最初に動いたのは霊夢だった。今の彼女に博麗霊夢としての記憶はない。故に、この世界での博麗霊夢流の戦い方も何も知らない。ただホーミングアミュレットと呼ばれる博麗札を投げつけることしか脳がない少女に成り下がってしまっているが、今の霊夢にとってはそれが全力であった。
「……」
声を出す暇さえない。それは早苗も同じだった。一瞬でも油断すれば被弾してしまうような命懸けの戦い。これはごっこじゃない。もうごっこでは済ませない。
「「……!」」
霊夢と早苗、どちらの前にも現状で回避不可能の弾幕が飛んでくる。すかさず両者共にスペルカードを取り出す。
「夢符『封魔陣』!」
「開海『海が割れる日』!」
霊夢のスペルカードで霊夢にとって不都合な弾幕は全てデリートされ、早苗のスペルカードで半分以上の行動できる範囲が弾幕……というよりはレーザーの波が埋め尽くしている。
「まだまだ!」
早苗は追い討ちとばかりに槍のように連なった弾幕を霊夢に向けて発射する。逃げるスペースは削られているが、少し横にずれるだけでその槍は回避した。だが、早苗の放つ槍はまだある。逆に霊夢は早苗の動きが止まっているところを狙って封魔針と呼ばれる鋭い針を飛ばす。まさに一進一退。息つく暇さえお互いに与えない。
「いい加減……散れ!」
「そっちこそ消えなさい神紛い!」
「黙れ!奇跡を起こすは神の所業!つまり私は神だ!風よ巻き起これ!」
早苗の奇跡の力が強風を呼び起こす。風は早苗の弾幕の追い風に、霊夢の弾幕が向かい風になってしまう。故に霊夢の封魔針は早苗に当たるまでに風で勢いが殺されてしまい、届かない。早苗は既に勝利を確信していた。
「ははは!どうだ?これが神である者の力だ!博麗の巫女!もう諦めることね!」
調子に乗った早苗の煽りに霊夢の堪忍袋の緒が切れる……いや、爆発袋の導火線に火がついたとでも言った方が適切かもしれない。霊力とは主に女性が感じやすい霊的現象の察知能力の高さを言うものだ。つまり、現代で言うところの言霊のような信じ込みに近い。霊夢は人間の中では最強とも言える程の霊力の持ち主だ。脳内にある巫女としてのセンスや彼女自身の性格から生まれたものと推測される。だが、『今回のは』普段のそれとは一際違った。
「…………今、何って言った?」
殺意。一瞬で霊夢の脳内には早苗に対する怒りで埋め尽くされている。咄嗟に、反射的に早苗は後退りした。
「諦める……?誰が?私が?何に?この戦いに勝つことに?はっ!違うでしょ……あんたが私に勝てないと諦めなさい!」
何故だ?早苗の頭には疑問符ばかりが浮かび上がる。怒りに囚われているから?違うはずだ。もし、怒りに囚われてしまったからといってもこの力の差は歴然としている。どこからあんな自信が現れている?
「諦めるって言葉……嫌いなのよね。どれだけ不利だろうと……いえ、不利だからこそ言わせてもらうわ……博麗の巫女は絶対勝つ!」
霊夢の迫力に完全に押し負けた早苗は目の前から来た霊夢の攻撃を咄嗟に弾幕を放って相殺してしまう。先程彼女の攻撃は自分へ届かないと分かっていたはずなのに……そのたね姿を一瞬で見逃してしまう。はっと我に還った時にはもう遅い、見当たらなくなってしまった。ならば……と、早苗は1枚のスペルカードを取り出す。見失ったのならば、見境なく、更に現れざる負えなくなるように不利な状況にしてしまえばいい!
「準備『神風を喚ぶ星の儀式』!」
赤い星型弾幕がいくつも展開し、早苗の周りを囲む。その数10ぴったし。それらが分裂した瞬間、次は青の星型弾幕が10個先程のように早苗の周りに展開する。赤と青の星型弾幕が交互に放たれる。
「さぁ、どこだ!さっさと出てきて……これは!」
早苗の視線からかなり離れたとこに何枚もの札が一列に飛んでいっている。まさかと振り返るとそちらからも同じようなものが、飛んでいる……これは結界だ。大量の札を媒体に自身の霊力を伝達させて一つのドーム状の檻のようなものが出来上がる。それが結界というものの仕組みなのだが、これは規模がデカい……早苗はこの危険度を察知した。
「……針か!」
ヒュンッ!という風を切る音が聞こえたかと思うと後ろから早苗の頬を掠めていった。グレイズという被弾扱いにはならない判定に助けられたが、早苗は一転して自分の不利になってしまっていることに気づいた。
「まさか、後ろに!」
先程早苗は追い風を生み出した。それは早苗の後ろから前へと吹く風だ。逆に言えば霊夢が早苗の後ろを取れれば、霊夢にとっての追い風となり、早苗には向かい風となってしまう。この状況を得るために霊夢はキレたふりをしてまで殺気を早苗に当てたのだ。
「今の針……山の方からか!小賢しい真似を!ならそちらを集中的に撃つだけ……」
「あら、敵に背を向けていいのかしら?」
「!?」
早苗の後ろから飛んでくる封魔針の方に霊夢がいると思い、振り向いたが、すぐ背後から声が聞こえる。化けも……霊夢だ。どうして後ろから針が来るのに霊夢本人がいるのかという彼女の疑問は言うより前に霊夢が答える。
「ちょっと最近、左腕が便利になってね」
少し前に河童の里にて……
「なんで強化外骨格にワイヤー機能ってのがあるの?」
霊夢は左腕をカチカチと叩いたりして触りながら偶然発見したその機能について製作者のにとりに自分の中の疑問をぶつけた。
「ああ、その……あれだ。ロマンだよロマン、それにワイヤーみたいな切断能力が高い奴がじゃなくてちょっと丈夫な蜘蛛の糸みたいなものさ。ほら、博麗の巫女は妖怪を捕縛する時も来るだろう?盟友、私はお前を思ってそれを付けたんだよ」
にとりは得意気に解説する。なんか話が長くなりそうだけど気になっていたことにも触れた。
「じゃあ、何でこの糸は妖力を持ってんのよ」
「捕縛した妖怪が動けにくくなる」
「なる~」
最初は妖力が糸全体に付与されたため、もし、糸を使ったとしても妖力のせいで、糸の存在がバレてしまうから使い道が限られているなと思っていたが、ここは例外。妖怪の山は全体的に妖力が充満している……左腕の強化外骨格に埋め込まれた何メートルにも伸びる糸で簡易的な罠を作ったとしてもバレにくいはず。更に最初に針を投げた時点で、針は山の方へ落っこちていた。後はその位置を覚えて、そこへ降りるだけ……下準備は既に済んでいた。
「ま、結果オーライね。右手薬指」
霊夢の右手薬指に結びついていた糸がシュルシュルと解ける。それとほぼ同時に早苗の後ろから再び針が飛び始める。
「くっ!」
「ほっ!」
早苗はまたもやグレイズする。霊夢も持っている針をぶん投げる。だが、早苗の能力で発生した強風がまだ残っているため、早苗には当たらないはず……のだが、霊夢の目的は早苗へ直接攻撃することではなかった。早苗の後ろから飛んできた外れの針に命中し、別の風の軌道に乗って再び早苗の方へと飛んできた。
「そんな……!」
早苗の弾幕が間一髪のところでそれらを撃ち落としたが、霊夢の右手の指についていた糸が更に解けているのに気付く。
「一体何時こんな作戦を!?」
早苗からすれば当然の疑問だ。霊夢が博麗の巫女の中でも天才だという話は聞いていたが、これほどまでに知略を使う軍師としての才も持ち合わせているとは聞いていなかったからだ。勿論、それもそのはず……たった2日前に霊夢の
「
先程までの早苗優勢だった状況は一転、今度は早苗の能力すら利用した霊夢の作戦で優勢なのがどちらかなんて、誰の目にも明らかだった。そのことが早苗の神としてのプライドと二柱から信頼されているというプレッシャーを刺激した。
「負けるか!負けるか!奇跡が、ただの人に……負けるものか!奇跡『神の風』!」
早苗の最後のスペルカードが発動する。大量の米粒型の弾幕が早苗の中心のように渦となって集まっていき、一気に逆方向へと飛ばされる。更には球状弾幕で全体攻撃である複数の米粒弾幕と合わせて追い打ちをかける。
「……!作戦変更ね」
霊夢は針を飛ばすのを止め、回避の方に専念する態勢に変更する。だが、逃げれる範囲は早苗の能力によって生まれた台風のような強風に狭められている。
「こうなったら……奥の手よ!霊符『夢想封印』!」
そのスペルカードの発動に巨大な結界が反応して発光する。結界が次々と早苗の周囲を取り囲み、霊夢の周りでは赤と白、更にそれらが混じったような色の6つの巨大な弾幕が飛び交う。
「行け!」
巨大弾幕も霊夢の合図に合わせて早苗の周りを飛び交うようになる。これら全部が早苗に当たるのだ。咄嗟に能力を最大に、スペルカードの威力を最大にした。
「負けるか!私は……」
負けられない!
「まだ……まだだ」
早苗はギリギリのところで耐えていた。けほけほと舞った煙を吸ってしまったようで咳き込んでいる。
「さっきの爆発で罠が壊れて使い物にならなくなったとはいえ、私はまだ1枚、スペルカードを持ってる。文字通り、完全にひっくり返してあげたわ」
これが博麗の巫女。いや、博麗霊夢の力……勝てない。
「……頑張れ!早苗!」
「そうだ!お前は強い子だ!」
神奈子様……諏訪子様……そうだ。これは私と霊夢さんとの試合であっても、私一人の戦いじゃない!応援してくれる二人がいる。私の支えになってくれる二人が!あの二人のために私はもっと強くなりたい!霊夢さんを越えられるぐらい……!
「……!これは……」
ここにきて早苗の力が膨れ上がっていく。疲れや体力は回復していないようだが、こちらを倒す力は確実のものになってきている。
「ふ、あはははは!見ろ!視ろ!観ろ!これは私たちの奇跡!絆という名の最強の奇跡が起きたのだ!」
「……ふふ」
笑ってる……?何でですか霊夢さん……貴女の状況ははっきり言って絶望的のはず。私の奇跡で巻き起こった風は幻想郷の中でも強大だ。何故この状況で笑えるんだ……
「なあんだ。あんたまだ、捨ててないじゃない。一番大切で一番忘れていたこと」
「一番大切で一番忘れていたこと……」
「最初に会った時からさっきまで『それ』が一切感じられなかった。いえ、正確には自主的には表に出てこなかった。あんたが不必要だと恥じて裏に隠してきたもの……それが一番大切なものよ」
「何をくどくどと!私の力が増したと言うことは、弾幕の質も量は上がったということ!」
そうだ。事実その弾幕のサイズも量もランクアップしているんだ。だから何故……当たらない。霊夢さんを狙って撃っているのに、こっちの方が有利なのに!何故彼女は終わらない!?
「あんたの大切なものはね!今の貴女の状況!」
「は?何を言って……」
「応援してもらって、喜んで、嬉しくなって、応援してくれる人のために強くなりたいと心から願う……なんて、貴女はやっぱり『人間』なのよ」
「」
声が出なくなった。私はまだ人間?違うはずだ。いや、違う……違うんだ。何でだ、何でこんなに自信がないんだ……私は神だ。神になったんだ。何のために?決まっている!二人と同じ場所に立って、二人を救おうと━━━━痛みを共感するのは人間だからじゃないの?
「違う!」
思わず怒鳴った。怒鳴ってしまった。どこからの声に疑問に怒ったのだ。それじゃ駄目な大人と同じだ。訂正しようと慌てて口を開こうにも言葉が喉から上に出てこなくなっている。
「何が違うのよ!」
っ!霊夢さんの一喝だ。何故だろう……彼女の方がさっきの私の怒号よりも声の大きさは小さいはずなのにズシンと胸に届き響いている。
「あんたはもしかしたら凄い神なのかもしれない!でも、それ以前にあんたは人間として世界に生まれたのよ!それを誇りと思わずしてなんと言うの!」
「……」
人として生まれたことを誇りに……神を信じる側に、元から神ではない私には足りないものがあることははっきりと分かっていた。だって二つの憧れが、遠くに見える存在が直ぐ側にいたから……でも、人間に……しかも、よりによって一番敵対しているものに悟らされた。
「今のあんたも強いのかもね。でも見せかけにしか見えない。何故なら……私の方が強いから!」
霊夢さんの手には既に新たなスペルカードが握られていた。私は咄嗟に弾幕を放った。
「夢符『二重結界』!」
弾幕が霊夢さんに被弾する前に霊夢さんのスペルカードが発動した。するとどうだろうか……私の弾幕は全て霊夢さんの前に張られた結界に吸い込まれていくではないか。
「あんたが強くなればなるほど、この結界も強くなる!あんたの奇跡……返して上げるわ!」
もう一つの結界が私を取り囲み、吸収されていた弾幕が解放される。
「……!完敗です」
私は対抗策が思い付かず肩に限界まで入っていた力をやっと抜いた。敗北を受け入れたんだ。
「あ、ついでに針投げとこ」
「え、ひぃ!?や、やめ……」
ピチューン!私はあろうことか自分の奇跡ではなく、思い出したかのように投げられた針に刺されてゲームオーバーとなったのであった。
「ぐすっ……ぐす、せめて、自分の技でやられたかった」
「……なんか、ごめん。ふと、あ、針投げとこうかなって思っちゃってさ」
「要らなかったですよねぇ!?最後のあの針!」
早苗の激しい抗議はもっともだ。アレは所謂駄目押しというやつだが、まさか早苗がアレに当たるとは思わなかった。見事に刺さってたし、痛かっただろうなぁ……
「でも、針が刺さってから目がよくなった気がします!」
「ツボに刺さってるじゃない」
先程の早苗とは正反対で目を輝かせている……ツボに針一本刺さっただけでこうもハイライトが変わるものなのか……どうも、針治療師霊夢です。皆さんもどうです?ちゃんと効果以上に金をぼったくりますよ。
「じゃあ、私帰るわ。またお茶でも飲みに来なさいな」
「……ま、待って下さい!」
「うん?」
私は咄嗟に飛び上がって霊夢さんを呼び止めた。思っていたのと違う。今日の朝に会ったあの時の彼女と今の彼女は何かが違うように思ったから……
「ここを……潰さないんですか?」
「潰す理由ないでしょ?」
「え……」
「ふ、ここどこだと思ってんのよ」
俺は早苗を嘲笑う。それに便乗して今のいままで完全に空気だった魔理沙が割り込んでくる。
「そうそう!ここは幻想郷、外の世界とかけ離れているんだぜ!」
「って訳よ。幻想郷に二つの神社ありけり……って歴史に刻めるように頑張りなさい。行くわよ魔理沙、帰ったらパーティーよ」
「お、いいね!久しぶりに上手い酒が飲みたいぜ~」
そう言ってお二人はここから姿を消した。私はそれを呆然と眺めていた。そこに神奈子様と諏訪子様が私の横にくる。
「ふふ、早苗。私たちは『今から』新参者だ」
「もう、早苗は元気いっぱいだね。でも先人から学ぶことも大切だよ」
「神奈子様、諏訪子様……私、気付きました」
二柱はうんうんと頷いた。早苗に足りなかったものは落ち着きと情報だと二人は途中で気づいていた。それを分からなかった早苗が今回負けるのは当然だと心の何処かでは感じていた。そして、早苗はようやく理解した。これからまた一からどうにかしようと頑張ろうと早苗が言うのを期待していると……早苗はもう一度口を開いた。
「幻想郷って、お酒を二十歳以下から飲めるんですね!」
「「そこかよ!」」
……どうやら早苗はまだまだ足りないものが多すぎたようだ。