夢で、忘れた頃に   作:咲き人

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3.「影が、光になった頃に」

「うーむ、まずは名前かなぁ」

 

魔理沙がボソッとつぶやいた言葉にうん?と首をかしげたがすぐさま、あー……と納得する。そういえば、今の俺は確かに博麗霊夢だが、別の呼び名が必要だ。主に自分が勘違いしなくなるようにということと、魔理沙たちが分けて呼びやすくするようにという二つの理由で。

 

「ふーむ。凝った名前は面倒だし、取り敢えず『影』って呼んでくれ」

 

「え、そんな名前でいいのかぜ?別の方向で勘違いされると思うんだが」

 

「『二人っきり』の時だけその名前にしてくれ。紫さんもいいですか?」

 

「ええ、でも、その姿で敬語はやめて欲しいわ」

 

「あはは……まぁ、善処するよ」

 

覚えてたらね。よし。名前が決まったところで次は何をしようか。調理場と言えるほど立派な台所は神社(正式名は博麗神社らしい)にはないが、俺もプロの料理人という訳でもないだろうからこの暮らしに不自由は無さそうだ。ただ食材の残りのスタックが心許ないが、そこは今時話題のさとり世代(意味わかってない)として節約しましょ、そうしましょ。

 

「じゃあここらで私はおいとまさせて頂きますわ。捜索の件以外にもスケジュールがつまっておりますから。またお会いしましょう霊夢、魔理沙」

 

そう言って紫は少し後ろへ下がる。何をするのかと興味津々に見ていた俺の目は紫の背後の光景に目を奪われた。一面に敷き詰められた目、目、目……すべてこちらを見ている。ファンタスティック美女とゲテモノとは言ったものだ。なんて冗談言えるほど口はまわるが体は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまっていた。これが紫の能力か。次元を越える程度の能力?って程度じゃないじゃんパナいじゃん、いいじゃんいいじゃんスゲーじゃん。

 

「はぁ、どこが程度の能力なんですかねぇ」

 

「でもそれが普通なんだぜ。ちなみに私は魔法を使う程度の能力だぜ」

 

「ふむ、それっぽい格好してたからもしやと思ってたが、まじで魔法使いだったのか……」

 

「おう!景気づけに一発ドでかいのを撃っとこうか!」

 

「やめとけ。霊夢が戻ってきたときに大変だ」

 

「うぐっ、それもそうだな……あ、ええっとまずは物知りな奴に何処と無く、それとなく聞くのが一番だぜ!」

 

魔理沙の話題転換のやり方が下手なのには特に追求するのはやめておこうか。彼女が可哀想だし、物知りな奴……ねぇ、あまり俺が博麗霊夢であることをばらしたくはないんだよな。

 

「まぁ、最近大きな事件があったかどうかだけ聞けばいいだろうな」

 

「あ、それだとそいつは駄目だな。ニートだし」

 

どうやら魔理沙の頭の中には既に話を聞く候補が一人いたらしいが、俺の言葉でそれは却下された。ニートで物知りか……別に良いと思うが、まぁ俺はその人物を詳しく知っているわけじゃないしここは魔理沙に頼るとするか。

 

 

「そ、そうか……じゃ、結局どこに行くんだ?」

 

「人里だな!よぉし、しゅっぱ~~つ!」

 

(能力トチって落っこちたりしたら霊夢の体が大変なことになっちまうからな。徒歩で行こう)

 

 

人里……(多分)都会育ちの俺にとって、里とは全く無縁の存在。恐らくは行ったことすらないだろう。そんな俺の里への第一印象は疎開のイメージであった。ほら、よくそんな話テレビで放送してるし……でも、それはあくまで外の世界のこと。幻想郷は違う。これは江戸時代後半辺りの世界観が閉じ込められている。まるで時代劇の撮影を現場で見ているみたいだ。それか、タイムスリップして当時に来たみたいだ。それだけの感動に値するほどの人の熱気を感じた。東京駅前の人だかりも、サッカーで勝利した時の銀座109前の交差点も確かにそれらも圧倒されるものだが、今の人里に来た俺の感動に勝るものではない。

 

「いいとこだな。かなり」

 

「ま、唯一の人間が住める場所だからな。当然だぜ」

 

俺と魔理沙は歩を進める。目的は情報が集まりやすい人里で守護者と呼ばれる者に話を聞くこと。本来ならそれに至るまでに人達の信頼を得るべきなのだが、今は博麗霊夢に成りきることでその信頼を手に取ることができる。色々と思うとこはあるが、今は現状に甘んじて最速でこの事件を解決することが最大のお返しになるだろう。……なるのだが、ちょっと待ってくれ。なんでこんなに人達が離れている?なんかひそひそと話しているように見えるんだけど……だけど、魔理沙は何も言わない。こっちも面倒事は極力避ける方向で行動しているため、魔理沙が言わないのだったら俺も特に発言はしない。

 

「お、ついたぜ。ここが寺子屋だ」

 

「寺子屋……」

 

流石江戸時代。小規模一時的児童養護機関兼児童教育機関『TERAKOYA』。ここでお目にかかるとは…ありがたやーありがたやー……って今の俺は巫女でした。魔理沙は俺を待たずして中に入る。最近の若者はお邪魔しますの一言もないのか。まぁ、人里の守護者が寺子屋の先生といえのもどうかと思うが……

 

「邪魔するぜ。『慧音』いるか?」

 

「上白沢先生は今授業中です。もう少し待ってください。それと、こちらに用事があるなら予め連絡してください」

 

『上白沢慧音』……それが人里の守護者のフルネームのようで人気の先生らしい。魔理沙のような無神経な人の突然の訪問も笑顔で少し注意させる程度で受け入れられた。やっぱり田舎の人って優しいんだなとよくわかった。

 

「さてと、もうちょっと待つか。なぁ、霊夢」

 

「ええ、そうね」

 

魔理沙はそっと親指をぐっと立てる。どうやら霊夢っぽく発言できたようだ。ふぅ、一々緊張してしまうな。時間的には3時限目くらいか。授業の間の時間では恐らく、質問は足りなくなるだろうから次の授業は別の先生に代わってもらおう。さっきの先生にそのことを伝えると喜んで代わると言ってくれた。中々泣けてくるぐらい優しくて胸が痛みます。外の世界の人達もこれくらい優しかったら世界から戦争は消えるのに……まぁ、戦争が無かったら平和はないと思っているので、戦争が起こらないでくれとただただ、願うばかりであった━━完。なんて自分の頭の中で物語を終わらせたら丁度よく上白沢慧音先生がこちらにきた。ふむ。でかいな……胸じゃない。背だ……先生というのは背が高いのが特徴的になるが、人を見上げるというのは小学生の頃に戻ったみたいだ。

 

「どうしたんだ霊夢に魔理沙まで……?聞きたいことがあるとか……」

 

「ああ、ここ最近人里の周りで事件が起きたか知りたくてさ」

 

魔理沙と事前に決めていた台詞を魔理沙に言われたorz。でも今は誰が言いたかったとかは特にやらないで話を進めるのが先決だ。

 

「事件?それは霊夢の方がよく知っているだろう?昨日の夜の時だって事件があったと言っていたじゃないか。ってどうしたんだその包帯は!?」

 

な、なんだと!?霊夢に昨日会っている!?い、いやそこは特に驚くことでもない。問題は『霊夢が事件に巻き込まれている』ことだ!この左腕の包帯……つまりは左腕の傷はその事件でついたのか……そ、それにしても返しづらい状況だ。知っているはずの事件を問うことはできないぞ…!

 

「それは……」

 

「まぁ、その事件の詳細なことは言ってくれなかったが……何か別の事件があったのか?」

 

た、助かった……!慧音が今の危機的状況を終わらせてくれた。まじセンキュ。

 

「そ、そうね。人同士のいざこざより、妖怪が絡んだ事件を教えてちょうだい。傷の件も大丈夫よ。紫が大袈裟に巻いただけだから」

 

「ああ、分かった。それが霊夢の言っていた事件と関わっているかもしれないんだろう?人里の平和にも関わる……協力は惜しまないさ」

 

現代だったらここでLINEを交換しているとこだが、幻想郷にそんなものはないし、今はその時間も惜しい。慧音先生は何か分かったことがあれば報告するとだけ言って次の授業の準備に行ってしまった。質問したいことは沢山あったが、さっきの衝撃の事実を言われたショックで聞き忘れてしまったが、さほど支障はないだろう。俺と魔理沙は外へ出た。さっさと立ち去って別の所に移動したかったが、野菜が売っているのを見て、今朝の食料の備蓄を思い出した。また、明日人里に行くことになるかもしれないが、そうやって明日あるからと、明日がある明日がある明日があるさー、と妥協するわけにもいかない。

 

「まいどあり!」

 

そっと買ってしまった。キャベツが安いとか世界がひっくり返るレベルですよ。

 

「もういいかぜ?」

 

「満足♥」

 

「はぁ……」

 

魔理沙よ。ちっちっち。YES!I am!じゃなくて甘いね!魔理沙!チョコフォンデュ魔理沙よ!よく聞け!他人のことで妥協はできても自分のことに妥協はできない質なのだよ!だが、食った分は働くさ。安心しな!

 

「はぁ、なんか予想外のことが多過ぎて疲れたぜ」

 

「そうだな。疲れることを考慮して団子も買えば良かったな」

 

「いい加減にしてくれよ!何でそんなに買ったんだぜ!?」

 

「何さ、安いやつを2、30個程度じゃないか」

 

「程度じゃないじゃん!影が言う外の世界の程度の基準が分からないぜ」

 

「幻想郷の程度の基準だって分からんわ」

 

完全にブーメランな魔理沙の言葉にツッコミを入れざるおえなかった。そのことは置いておき、話をしよう(どこぞの神様風)。

 

「さて、問題と疑問は溢れるように湧いてくるな」

 

「え?例えば?」

 

「魔理沙はもう少し考えてくれよ……まず、昨日の夜の事件だ。不可解なことが多すぎる」

 

俺の言葉に魔理沙は首を傾げる。わからんのかーい。

 

「第一に霊夢を見たという目撃者が少なすぎる!色んな人に聴き込みをしたが、誰一人として見ていない!」

 

「うぇ!?い、一体いつ聞いて来たんだぜ!?」

 

「買い物をした時だ。いくらなんでもこんなに買うわけないだろ」

 

「そ、そうだよな!(やっぱり程度じゃねーじゃんか!)」

 

「夜とはいえ、霊夢の服装を知らないものはいないだろ?なのに警備の奴らにもちょこっと話を聞いたが知らなかった。あの夜に人里を巡回していた慧音だけが霊夢を見たことになるんだ」

 

「確かにそれはおかしいぜ!慧音はどこで霊夢と会ったんだ!?確認する前に帰っちゃ駄目じゃないか?」

 

「まだ何も分かっていない状況で下手に聞いてさっきみたいにドジをしたらまずいからな。慎重に一つ一つの情報を見直すのが得策だ。次にこの左腕の傷だ」

 

「おお、そういえばその包帯……一昨日会った時は無かったぜ!」

 

「そう……しかも慧音まで驚いていたということは慧音と会った後に受けた傷なんだ」

 

なるほどと、魔理沙は頷いたが、いやいやと首を振る。流石にこれは分かったか。

 

「待ってくれだぜ!そうだったら慧音が霊夢と会った時間って……」

 

「ああ、事件現場に行く前ってことだ。つまり霊夢は神社にいる状況下で人里の近く辺りで事件が起きたことを知ったということ」

 

「そんなこと……い、いや!そういうことかぜ!?」

 

魔理沙が気づいたことは既に彼女の目の前にいる存在のことだった。

 

「そういうことかもしれないな。だって、俺が外の世界から幻想郷に来たタイミングだとしたら辻褄が合うんじゃねーか?」

 

「つまり霊夢は影が幻想入りしたことを結界を通して知って、それを確認する時に慧音と会って事件と言った。その後、そこで何かあった!それで精神が……乗り移ったというか、交換したという感じかぜ?」

 

結界……やっぱり幻想郷の創設者の紫がわざわざ出てきた時点で怪しいと思っていたが、博麗霊夢……いや、巫女は特別だったんだ。結界というのは外の世界と幻想郷の間にある壁のようなものという解釈でいいのか分からないが、霊夢はそれの管理役を仰せ仕っていたんだ。

 

「しかし、乗り移った場合も、交換したという場合にもどちらも新たな疑問が生じる。どっちにも言えることは二つ!『事件の発生場所はどこだったのか』、『俺の体はどこにあるのか』だ。これは俺に記憶がないから慧音や目撃者に頼るしかない」

 

「それに追加で霊夢の行方もだな。精神が交換したと考えたら影と同じ記憶喪失をしていると思うぜ!」

 

「だがそれなら深夜とはいえ明かりのあったであろう人里の方に行くだろう。でも、記憶喪失の男の姿をした人物がどこからか来たら事件と言われるはずだ。結果としてそのような人物は見られていない。つまり、精神が交換した時に誰かに連れ去られたというのを除けば精神交換説は無いに等しい」

 

「乗っ取った説はどうだぜ?」

 

「それはまず最初からないようなもの……というか一番確証が取れない説なんだよ。『なんで俺が霊夢の体にいるのか』という根本的な問題だけでなく、『何故元々体の主であった霊夢でなく、俺が体を動かせるのか』という疑問が浮かぶんだ」

 

魔理沙は俺の話を一通り聞き終わるまでずっと俺を見ていた。なんだろうか。霊夢の声でこんなセリフが出てくるのが珍しいのだろうか?いやまぁ、俺の見立てでは霊夢は巫女ヤンキーなので俺の性格とは全然違うと思っているので、魔理沙の視線はあまり不自然なものではないのだが、やはり、元の姿の時から人にじーっと見られるのが苦手なフレンズだったのかもしれない。

 

「なーんか……やっぱり……霊夢じゃない感じが新鮮だな」

 

「新鮮……そうかい」

 

「それに何だか霊夢の体なのに霊夢じゃないみたいだ。あ、性格うんぬんの話じゃないぜ?」

 

霊夢なのに霊夢じゃないって何よ。夢だけど?夢じゃなかったー!みたいなことかい?ま、どっちもでいいか。俺は俺だし、霊夢は霊夢だ。俺の体が現在霊夢の体だとしても俺は俺であることを止める理由にはならない。

 

「……まぁ、取り敢えず今日はこの世界と女性の体と口調に馴染むことにするよ」

 

「ああ、そうした方がいいぜ!じゃあ、私はいつも通り本借りに行く用があるからここらで帰らせてもらうぜー!」

 

「じゃあな魔理沙」

 

「おう、じゃあな影」

 

そう言って魔理沙は箒を跨いで飛んで行った。その速力の源は魔法・魔力と呼ばれるものなのだろう。う~ん、霊夢の空を飛ぶ程度の能力はどれくらいの速度まで加速可能なのだろうか……色々と試さなければこれからの贋者生活にも支障をきたすな。

それに巫女らしい仕事というのもどういったものかさっぱり分からない。言っては何だが外の世界にいた頃の俺は神仏は特に信じない奴だったのだろう。この世界でのそれは自殺行為みたく思えるので、外の世界に戻ったら真面目に神社巡りしようかな……

 

そんな風に俺は考え事をしながら博麗神社まで帰ってくる。問題は山積みだが、まずは生活拠点兼家兼神社であるここのボロボロさが何となくだが心配だ。霊夢が戻ってきた時のために予め綺麗にしたり、暇さえあればリフォームも考えておくべきだな。何はともあれ、まずは夕食の準備だ。

 

俺は階段をゆっくりと上がっていった。目の前に見えるのは赤い鳥居と神社の本堂、そして見慣れぬ女性がそこに立っていた……


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