次の方ー……という言葉が何回か聞こえた後に俺以外に患者はいなくなった。皆立ち去る時に「ありがとうございました」と俺に言ってきたんだけど俺なんかしたかな?まぁ、いいや。人助けしたってことで……次の方コールが聞こえなくなってから俺はコンコンとドアを叩く。
「入って」
ただの患者ではない扱いのようです。まぁ、そりゃそうか。中身がこれでも……あくまでも『博麗霊夢』だからな。
「はぁ、本日はどのようなご用件で?」
「そんな下手に出なくていいわよ。今日は検診で来たの」
お初にお目にかかります誰ですかと言いたかったが、ここはぐっと我慢して目の前にいる銀髪の女性の前の席に座る。う~ん……どことなく紫っぽいな。あー、二人の(精神も含む)年齢が近いのかも?
「あら、天下の博麗の巫女が病気ですって?」
皮肉られてんな~……いくら天下の巫女でも一応は人間なんだよ?ってか天下の巫女ってなんだよ。俺はこほんと咳こんで左腕に付けていた強化外骨格を取り外し、包帯を取り、俺自身久しぶりに見るあの傷……いや、穴を彼女に見せる。
「これは……貴女ほどの実力者が油断でもしたの?」
「……最近、私をお役御免にさせたい奴らがいるみたいでね~」
「この穴を塞ぎたいのね?」
「まぁ、それ以外にも時々激痛が走ることがあるからそれもちょちょいっと原因解決してくれたら……ちゃんとお金払うわ」
ちゃんと指を丸めてあのポーズをとる。あ、これはお金欲しいポーズだった。お金払う時のポーズ……ないか、だれか作ってください不便……でもないや、いいや忘れて。
「……少し検査するわ。横になってちょうだい」
同時刻に上白沢慧音は小休止を終えていた。霊夢との会話の後、直ぐに授業をしていたが、霊夢がここ最近の事件について聞いてくる理由を考えていた。考え過ぎてしまい、休憩を入れたのだ。
霊夢の左腕は肌が見えないように包帯が全体に巻かれていた。それは私が三日前の夜に出会った時の霊夢には巻かれてなかった。これは私の憶測だが霊夢は何かしらの攻撃を受けて、その攻撃してきた人物を見ていないのだ。それで、それ以前にも人里の人が襲われた事件があるか探っていたのやもしれん。霊夢を蔑ろ……寧ろ亡き者にしようとする妖怪が少ない訳じゃない。だが、いままでは妖怪同士のプライドが相容れず、単独で巫女を討ち取ろうとする輩が9割以上だったから霊夢は負けなしだった。本当に「いままでは」……
だが、今回の事件は霊夢が油断して傷を負うほどだ。集団的計画だと断言していいだろう。本人は病気だと言ったが、たった三、四日で左腕を隠さなければならないレベルの病気なんてかかるわけがない。きっと、情報漏洩を避けたのだろう。私の部屋に来たとき、辺りをキョロキョロ見渡していたのは盗み聞きされている危険性があったから。
「上白沢先生」
他の先生に呼ばれて私は反射的に「はい」と返事をする。
「上白沢先生、守矢神社の方々がお見えに」
守矢神社。霊夢の存在を否定するもう一人の巫女。この人のせいで現在、人里では博麗の巫女に守護された恩を感謝している保守派と守矢の巫女を新たな幻想郷の守護者にしようと蜂起した革命派の二つが密かに対立するようになってしまったです。
「失礼します。人里の守護者さん」
人里の守護者。私はそう呼ばれているが、守護しているだけに過ぎない。異変を解決するのはいつも霊夢や魔理沙だ。
「過ぎた名前だよ。守矢の巫女、どうぞ私の部屋へ……すいませんが人払いを頼みます」
他の先生に人を近寄らせないように頼むと喜んでと返されて私と守矢の巫女は私の部屋に行った。今日は巫女二人を自分の部屋に招くことになるとは思わなかった。
「さて、紹介が遅れました。改めまして私は東風谷早苗……守矢神社の巫女をやらせてもらってます」
「ああ、私は上白沢慧音。ここで教師をやっている……それで、何の用かな?」
私からすれば彼女はあまり好印象とは受け取れない。勿論、単純に霊夢の方がいいとかそういう問題ではなく。霊夢にはキャリアがあり、彼女は未知数だ。現在、私の中の霊夢と彼女の信頼度は天と地の差がある。それに今は彼女の信仰は人間だけではなく、妖怪にまで及んでいる。そのせいで人里の周りに狂暴な妖怪が彷徨いている可能性が出てきてしまった。人里の守護者としての顔を持つ私からすれば早苗が良い存在だとは思えない。
「今日、ここら辺に霊夢さんがいたという目撃情報がありまして……実は今日はあの人に謝りたいことがあって……」
しどろもどろに話す早苗。謝りたいことか……そういえば今日、霊夢が早苗を懲らしめたとか言っていたし、きっとあいつのことだ。子供たちがよく言うギッタンギッタンのボッコボコにでもしたのだろう。最近まで調子に乗りすぎて天狗となっていた早苗がここまで畏まっている様子から推測は簡単だ。まぁ、その話はしない方がいいな。人払いをしているが……いや、人払いをしているだけに聞き耳を立てている輩がいないとは限らない。その人物に早苗が霊夢に負けたとなると、対立の火が一気に燃え広がってしまう。その可能性を視野に入れてその話をするのはやめておこう。
「なるほど、霊夢は永遠亭に行くと言っていた」
「うーん、迷いの竹林ですか。あ、でも案内してくれる人がいると聞きました!」
「……うん、まぁ……その案内人に会えるかどうかは別としているっちゃいるが」
「私、運はいいのでちょっと会いに行きます」
どうやら本当に霊夢に会いに行くためだったようだ。密かにこちら側になれとか言われたらどうしようかと内心、冷や汗が出てきそうだったが、要らぬ心配だったようだ。
「あ、でもその前に」
慧音は呼び止められる。まだ何かあるのだろうか。会ったこともないゆえに何の話が来るか予想できない。
「霊夢さんって……その、私と同い年らしいんですけど。大人、ですよね」
「霊夢が大人?成人とかそういうことではなく?」
「はい」
私は腕を組んで頭の中の記憶の引き出しを引っ張って見る。霊夢は昔からかなり自分勝手で邪魔する者には容赦のない。中国の皇帝のような暴君だ。参拝客が来ないから、改善策として色んなことをしてきたが殆ど失敗していたり、長続きしなかったりする。発想もどこか天然のような幼稚な感じだ。それが大人……まぁ、最近は確かにそう思うことがある。人間について哲学を述べるような奴ではなかったし、妙によそよそしいというか、昔あった包丁のような鋭い雰囲気がなくなったし、人をコキ使うのではなく、頼るようになった。神社への参拝客の改善策は上手くいってないのに、彼女自身の改善は恐ろしい程良くできているといった感じだ。まぁ、不意打ちで左腕がああなってしまって、慢心していたと反省したんだろう。何かが原因で人はあり得ない程変わることがある。私はそういう人間をよく見てきたからな。
「昔のあいつは君みたいに何事も思い通りみたいに我が物顔だったときがあったさ。大概失敗していたがね……それでも彼女の精神力は相当なものだ。最近は丸くなったというか、内側に抑える方法を身に付けたようだ。多分、それが君の言う霊夢の大人っぽい部分だろう」
「なるほど……私は、名一杯頑張って、悩んで、そして漸く得た力を……一蹴されて、悔しくて……でも、霊夢さんに言われて気づいたんです。意味無いことを頑張ってたし、意味無いことで悩んでたし、意味無い力を持った気になってただけなんだって……私、霊夢さんの強さが知りたくて、憧れて……謝りたいことが出来たんです」
そうか、彼女はかなり素直な人間なんだな。現人神と言う神でもあると言っていたが、人間であることをやめた訳ではなかったか。
「……少し時間があるし、私が案内しよう」
あまり永遠亭には行ったことはないが、妹紅に会うことはきっとできるだろう。
「はい、おねがいします」
「はい、もう起き上がっていいわ」
怖い装置を付けられるわけでもなく、ちょっと体の一部分を押された。押された場所がツボだったりして、かなり痛かったがそれでも検査は終わったらしい。言われた通り起き上がって見ると腰がボキボキボキと大きく音を鳴らした。おおふ……体の節々が……
「そ、それで……どうだった?」
「……変だわ」
「当然でしょ」
「いいえ。『異常なし』よ」
「は?」
い、異常なし?この穴があって、そのせいで神経が切れてて強化外骨格なしじゃまともに動かせないのに?異常なし?チョットナニイッテルカワカラナイ。思考停止です。もうギブアップ。
「……それと貴女、記憶障害があるでしょ」
止めを刺された。咳き込みが止まらない。もう図星って思われてもしょうがないものだ。
「やっぱりね」
うん、そーなんです(白目)もう頭が頭痛です。回路がショートしそう。疑問符ばかりで何も確証が得られません。真実はいつも一つなんだろうけどその真実が顔を出すようには見えないし、その尻尾すら掴むどころか見つけられないやしていねえ。
「打撲痕は見当たらなかったから精神的ストレスか傷のショックか……記憶を失ったことに変わりはないけど原因はどちらかだと思うわ」
最先端技術越えてるんじゃないかって驚いてしまうほどの検査結果。凄腕にも天才レベルか……
「……そうよ」
「それを知っている人は?」
「紫だけね」
魔理沙も知っているがわざと教えない。俺の知らないところでこの人と魔理沙が何らかの話をしていて、どちらかが敵だったとしたら目も当てられない。まぁ、どっちにも知られてしまっている時点で、もしそうだとしてももう手遅れなんですけどねー。
「どうりで言い淀むことが多かったのね。私の名前を思い出せないから」
読者に勘違いされたくないので今言っておくが俺は記憶喪失だが、博麗霊夢の記憶を持っている訳ではない。つまり、彼女の名前が思い出せないのではなく、知らないのだ。ついでに八意先生というワードはご老人から聞いていたがこの世界で霊夢に名字で呼ばれる人は少ないだろうという判断から私はわざと八意先生という言葉を使わなかったのだ。
「改めて私は八意永淋。弟子は鈴仙・優曇華院・イナバ……霊夢、貴女はどこまで覚えているの?」
永淋ね。覚えた覚えた。さっきのウサミミJKは名前長いよ。う、うどんでいいかな?
「そう……ね。魔理沙と紫は辛うじて覚えていたわ。後、弾幕ごっこのスペルカードも」
「殆どのことが欠落してるわね」
「幻想郷については……よ?人間の基礎的行動とかは全然大丈夫よ?」
「そこら辺は聞いてないわ。生活に支障が出てないのは見れば分かるわ」
永淋がそう言って俺が部屋の隅っこに寄せておいた強化外骨格を見る。確かに言わなくても良かったかもな。寧ろ適応していると思われたと思う。
「異常なし……ね」
「ええ、その穴が開いていても身体に異常は見られなかったわ。つまり、仮に塞いだとしても貴女の言う激痛は収まらない可能性があるわ」
最後の望みがタタレター。ってふざけている場合じゃないな。この穴と共に事件を解決しないといけないとは……いつか相棒とか言っちゃうぞこれ。穴だけど相『棒』とはこれいかに。上手くないな……
「つまり、普通にしてたら悪化はないってことかしら?」
「普通にしてたらね……絶対しないでしょ」
「うん」
「はぁ……痛み止めは出してあげるから一ヶ月後か、悪化したらもう一度来なさい」
「あ、それと……」
「じゃあ、さっさと帰ることね」
「はい、せんせー」
そう言って俺は永遠亭を出る……あ、そういえばどうやって帰ればいいんだ?俺がわざわざ案内役に任命してあげたてゐも俺がぶん投げちゃったし、いや待てよ?確か慧音が言っていた案内人ってのは本来別の人物だったな。そしててゐが言うには永遠亭にいるとか……探すしかあるまい。思考は放棄したがまだやることが積み重なっているのだからな。しかし、ここはあくまで診療所。奥はかなり広い……恐らくそっちにいるな。
俺は自分の能力で空を飛び、上空から見ようとした次の瞬間……!
「爆発音!?」
え?え?何戦隊何レンジャーが現れたの?それともライダーキック喰らった怪人が爆発した?大丈夫?どっかに飛び火来てない?火が燃え……燃え移ってるうぅぅぅ!消火器!消火器はよ!火災報知器鳴れ!中にいる永淋と
鈴仙・うどん・ソバ?そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。取り敢えずノーファイアーにスモークはバーニングしねぇ!火元を鎮圧する!俺は霧の捨て台詞を吐きながら飛び出した。