各々の里の名を示す笠を置き、腰を下ろす。肌に突き刺さるような沈黙が場を包む。無遠慮にも言葉を発する者はいない。里長の付き添いとして来た者の中には完全に飲み込まれた者もいるが、それを責める者も、責めるだけの余裕のある者もいない。皆が皆一様に沈黙を崩すまいと、物音一つ立てぬように細心の注意を払うだけ。そんな中、以前とは異なる顔が座る一席を一瞥だけして、沈黙を破ったのはこの場に置いて最高の指揮権と『忍連合軍総大将』の肩書きを持つ三代目風影だった。
「あの日から、五年の月日が経った。この場にいる忍びの面構えを見ても、以前とは比べるまでもないことは分かる」
まるで自身に言い聞かせるように、一言一言に確かな力を込めて言葉を紡ぐ。その様は逞しく、けど風が吹けば崩れ去るほどに脆かった。
「だが、あえて言おう。今の我々では、マダラにもウタカタにも勝てない」
それは変えようのない真実であり事実であった。成る程顔ぶれを見れば五年前よりも遥かに力をつけたのは分かる。この場には里長だけではなく、相当の実力者も召集されている。木の葉の三忍や、霧の忍刀七忍衆、輪廻眼を持つ青年などもその例だ。
そんな錚々たる面子を前にして、或いは彼らと共にマダラやウタカタと対峙する未来をイメージして、それでも思い浮かぶのは無惨にも首を刎ねられていく未来だけ。どう足掻いても勝てる未来が見えては来ない。
「マダラによる五影会談襲撃事件から僅か数日後に起きた墓荒らし。それによって先代の五影たちの遺体は根こそぎ姿を消した。まさか、この意味が分からぬ愚か者はいまい?」
沈黙は崩れない。それが答えだった。それでも風影が口を閉ざすことはない。例えそれがどれ程残酷な答えだとしても、この場に居合わせた面子に現実逃避などあってはならない。
「五年前、我々五影が目撃したマダラは穢土転生体だった。つまり、マダラは或いはウタカタは穢土転生を用いることが出来る。断言しよう、先の未来で起こる戦争で我々が倒さねばならん敵はマダラ、ウタカタの二人だけではない。この時代を築き、里を築き、忍び世界そのものを築き上げて来た先代達。その頂点に君臨した者達だ」
ある意味ではこれは激励の言葉。先の戦争まで、一切集中を乱すことを許さないという覚悟の言葉。故に誰も口を開きはしない。この言葉を聞き、無力な自分自身を恥じるのみ。
「我々はマダラ相手に手も足も出なかった。そして、……ウタカタにも」
先程よりも重い沈黙が場を包む。それは仕方のないこと。恐らくこの場に居合わせているメンバーはマダラ以上にウタカタをこそ恐れている。ウタカタが子供だから?違う。ウタカタが人柱力だから?違う。それはきっと、誰も彼もがウタカタの脅威を、死を目の当たりにしたから。
風影はあえて言葉を切って、目を瞑る。瞼の裏に映り込む景色は、あの頃からずっと変わらない。生まれて初めての恐怖。振り払うことも、払拭することも出来ない悪夢。
五年前、ウタカタを追って鉄の国を出た風影は、木の葉に寄る事なく水影を追った。単純にその方がウタカタと接触できる確率が高いと踏んだからだ。正直なところ風影からすればマダラによるウタカタは部下であるという話は話半分程度でしか聞いてはいなかった。マダラの話を鵜呑みにすることを馬鹿らしいと感じたのも一つだが、一番の理由はやはり水影の態度だった。
同じ影を背負うものとして余りにもウタカタ一人に肩入れする水影を咎めこそしたが、その実、それ程までに信頼されているウタカタを悪だと決めつける事はどうしても出来なかった。単純に風影の性格上、噂だけで何かを判断することを嫌ったのもあるにはあるが。
中立たるミフネにウタカタは犯罪者であると宣言させたこともあくまで水影に決意を固めさせるため。それも、ウタカタを敵として切る覚悟ではなく、ウタカタの身の潔白を表明し、あくまでウタカタの味方でいようという覚悟を固めさせるため。そうなれば、そうしてウタカタの身の潔白を証明したのであれば、疑ったことを土下座でもして詫びようと考えていた。風影の任を退いてでも謝罪しようと考えていた。
同時にそうしなければならなかった。一度もウタカタと会ったことのない風影にはマダラの発言を鵜呑みに出来ぬように、やぐらの発言を盲信することも出来はしない。だからこそ彼は中立的な立場であろうとし、フェアな対応を心がけた。その為には、ウタカタを信じる為には、信じさせる為には彼の身の潔白こそが必要不可欠であることを、風影は知っていた。
なんせ一度湧いた不信感というものはそうそうぬぐい切れるものではない。それでもそれが僅か数時間のことなら手を貸すことに、手を借りることに抗議の言葉をあげる者は少なかっただろう。
だが、それが二十年という長い年月になるとどうだ?
時間をかけてウタカタの人となりを理解し、歩み寄っていけるのならばそれでいい。マダラの発言はやはり嘘だったんだと思えるのならばそれに越した事はない。だが、初めこそほんの僅かだった不信感が徐々に徐々に広まり、それがそのまま忍び同士の関係にまで響いたら?あり得ないことだとは言えない。たった一人スパイがいると判明すれば、隣の者まで疑わしくなることは何らおかしなことではない。僅かだった隔たりは、歯車のズレは、時間を置けば置くほどに大きくなることだろう。そうなれば致命的だ。敵は外だけではなく内にもいるなど、内乱で滅びるなど、笑い話にもなりはしない。
だからこそ、誰よりも忍びの未来を考えた上で風影は行動した。その行動が正しいかどうかは分からない。提示された問題ならばともかく、人生なんて最後にハッピーエンドならばその行動は正しかった。そんなものだ。
尾獣の力まで借りた水影に追いつける筈もなく、一時的に引き剥がされたものの、風影が水影やウタカタに追いつくまでにそう時間はかからなかった。
追いついた風影が目にしたのは涙を流しながらウタカタを抱きしめるやぐらと、同じく涙を流しながらそれを受け入れるウタカタだった。それを見て、確信した。やはりマダラの発言は嘘だったのだと。同時に安堵した。人間味溢れるウタカタのその姿を見て、彼も子供なのだと、柄にもなく喜んだ。ならば自分は自分にできることをしよう。どの道マダラの発言を聞いたのはその場に居合わせた面子だけ、皆が起こった出来事を飲み込めば無かったことにすることも不可能ではない。問題は気持ちだが、それも時間を置けば大丈夫。きっと理解し合える。
甘い考えだ。何処までも楽観的な考えだ。馬鹿馬鹿しい理想論だ。けど、誰もが望むハッピーエンドは、きっとそんな甘い考えがあってこそ成り立つのだろう。理想を追いかけたものこそが成し得るのだろう。現実を認識した上でそれでもなお希望を捨てられなかった者が手に入れるのだろう。残酷な世界がそんなエンディングを望む筈もないのに。
抱き合う二人に歩み寄ろうとした風影だったが、そこで漸く自身の体が思い通りに進まなくなっていることに気付いた。正確には、自身の体の主導権が別の何者かに奪われていることに気付いた。油断はしていない、ただ風影の肉体を乗っ取った何者かが、風影よりも一枚上手だっただけ。その何者かが共存よりも戦争を望んでいただけ。
宙を舞う砂鉄が風影の意に反して二人を襲う、普段のウタカタならばまず間違いなく防げていたであろう奇襲。だが、精神的に不安定だった為か、親友であるやぐらを前に彼の絶対の武器であるシャボン玉を見せることを躊躇した為か、その時のウタカタに奇襲を防ぐ術はなかった。呆然と眺めることしか出来なかったウタカタを救ったのはやぐら。ウタカタ同様反応こそ遅れたが、体勢が良かったのか辛うじてウタカタを突き飛ばす事ができた。逆に言えば突き飛ばすことしか出来なかった。結果、ウタカタを貫く筈だった砂鉄はその場に残ったやぐらを、その心臓を無情にも貫いた。
誰かが笑う声が聞こえた。風影がそれを聞いた時、すでに何者かはそこにはいなかった。その場にいるのは止めどなく血を流すやぐらと、只々それを眺めることしか出来ないウタカタと、周囲に砂鉄を浮かせながら二人を見る三代目風影だけ。
それだけだった。それが全てだった。
時は止まらない、血は止まらない、時は戻らない、血は戻らない。仙術を扱うウタカタは、自身の傷を治す術しか知らない。
慌ててやぐらに駆け寄るカツユを、感情を感じさせない瞳で眺めながら、
ああなんだ、この世界に救う価値なんて無いんだ。
じゃあ壊すか
暫くはシリアスですね。さっさとシリアルにしたいですけど、なんせ作者が愉悦部出身なんでね。まあ(主人公以外)ハッピーエンドを目指します。
追記、コメント欄にも書きましたが、主人公は地雷原です。伏線もしっかりとはっています(伏線と言えるほど大層なものではありませんが)。しかしこれは本来ならば第一話でやるべきだった事をしなかった作者のミスです。申し訳ありません。