―――朝。
目が覚めためぐみんの視界に映ったのは、見知らぬ天井だった。
ベッドの中でぼーっと天井を眺めているうちに、少しずつ記憶が蘇ってくるめぐみん。
そう、アクセルの街でぶっ倒れて、気付いたらまったく知らない土地にいて、そこには妙な連中がいっぱいいて、ハルケギニアやらトリステイン王国やら聞いたこともない話をされて、挙句ルイズという女の子の使い魔になって。
視界が鮮明になってくる中で、意識を失う直前の出来事を思い出す。
我ながらついテンションが上がってしまって、ルイズの説得も兼ねて爆裂魔法を放ったのだ。ああ、そうだ。あれは最高に気持ちよかったな、なんてあの時の快感を思い出す。
そしてなぜかルイズにキスをされて、左手が物凄く痛くなったかと思うと……その辺りで記憶は途切れている。
「おはよう。やっと起きた?」
バッと視界の外から誰かが顔をのぞき込んできた。
薄い桃色のようなブロンズヘアーに、鳶色の大きな瞳。白いブラウスにグレーのプリーツスカートの姿。
間違いない。昨日、お互いに一悶着あったルイズだ。
その姿を見ると同時、ああ、やっぱり夢じゃなかったんですね、なんてぼんやりした頭で冷静に考える。
「めぐみん……だっけ? 主人を差し置いていつまで寝てるのよ。いい加減起きなさい」
「……」
少し不機嫌そうに眉を吊り上げながらも、声色からはどこか安心したような様子が受け取れるルイズ。
そんな彼女の姿を捉えて、めぐみんはしばらく沈黙を続けると。
ガシッ、と彼女の肩を思いっきり掴んだ。
「え!?」
突然の接触に驚愕するルイズを、めぐみんは構わずベッドから這い出るようにして押し倒す。
固い床に二人して転がりつつ、突然のことにルイズは目を丸くする。
「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ!」
紅潮した顔で怒鳴ってくるルイズ。
しかし上から覆いかぶさるめぐみんには聞こえていない。
というか。
聞けるだけの余裕がなかった。
ぐぅぅ~~~~、と情けなく鳴り響く腹の虫。
出所は最早、言うまでもない。
「……」
「……」
めぐみんの顔は到底起き掛けの女の子とは思えないほどやつれ切っていた。
「は……腹が減って、力が出ないというか……り、リアルに、あれです。し、死にそうです……」
「わ、分かったから少し離れなさい!」
アンデットモンスターみたく縋りつくめぐみんだが、寝起き一番の問題はやはり空腹であった。
そもそも三日も飲まず食わずでここに飛ばされてきた時点でかなり四面楚歌であったのだが、いい加減限界であった。寧ろこれだけ耐えただけでも褒めて欲しいぐらいである。
ルイズはそんなめぐみんから這い出るようにして解放されると、呆れた様子で口を開いた。
「この調子じゃ詳しい話はなにもできなさそうね……とりあえず今から朝食だから、あんたも行くわよ」
「朝食ッ!?!?」
ガバァッ!! ととんでもない勢いで起き上がるめぐみん。ついさっきまでの生気を失っていたような顔が嘘のように、ピッカピカに瞳を輝かせる。
「何が出るんですか!? 肉ですか!? 魚ですか!? それとも肉ですか!?」
「……別にあんたが期待してるようなものはないわよ」
「え!? あ、でも構いませんよ! この際もう何でもいいです! このままでは私、ルイズの部屋に死因餓死の死体を一つ作ってしまいそうです!」
「はいはい分かったから。まったく昨日といい、騒がしいんだから……」
ルイズは面倒くさそうに背を向けると、椅子の背もたれに掛けていたマントを手に取り背中に回す。
めぐみんはそれを見て、自分がローブ姿だけになっていることに気付く。部屋の中を見渡すと、隅の方に自身のマントと帽子、ついでに杖もまとめて置かれていた。
きっと寝てる間にルイズが脱がしてくれたのだろう。
外に出るならば正装をしなければとそちらへ歩き出そうとしためぐみんだったが。
「待ちなさい」
まるで飼い猫でも叱りつけるようなルイズの声に制止される。
「あんたの帽子とマント。あと魔法の杖も。昼間はこの部屋にしまっておきなさい」
「え? なぜですか?」
「なぜって……あんたねぇ」
キョトンとするめぐみんに、ルイズはほとほと呆れたように肩をすくめる。
「昨日、散々エセ貴族だとか平民の癖に貴族の真似してるだとか周りに言われてたの忘れたわけ? そういう誤解を生まないために、貴族に見えちゃう格好はできるだけ謹んでって言ってるの」
「言わせる奴には言わせておけばいいのですよ。実際私は貴族ではないですが魔法使いです。もしどうしてもうるさいようだったら、私の爆裂魔法をぶっかませば……」
「あんなの校内で撃たれたら大惨事よ! 大体あんたの言う魔法使いって……」
言いかけたルイズは、部屋の時計を見てハッと言葉を止める。
コホン、と一度わざとらしい咳払いを挟み、部屋の出入り口へとめぐみんを急かした。
「……まあその辺の話は今日の授業が終わってから聞くとして。とにかくあの格好は目立つからやめて。私は平民を召喚したって周りに思われてるんだから、そう思わせておけばいいのよ」
「そうなのですか? 私だったらムカついて見返してやろうと思いますが」
「それはっ……と、とにかく! 時間もないからさっさと行くわよ!」
ほとんど引っ張られるようにそのままの格好で連れていかれてしまうめぐみん。
正直言うとマントを羽織っていないと肩から首周りがスースーして、外出中となると流石に落ち着かないのだが……ルイズが言う以上仕方ないと、黙って従うことに。
それにまずはお腹が空いた。とくにかく飯にありつきたい。ここで言い争っても飯が遠ざかるだけ。
とにかく食事のことで頭がいっぱいな14歳乙女である。
扉を開け、外に出るルイズ。後に続くめぐみん。
すると二人が廊下に出た直後、ほとんど同じタイミングで隣室の扉がガチャリと開いた。
中から出てきた姿に、思わずめぐみんは視線を向ける。
まず背が高かった。あくまで女性にしては、だが。小柄なめぐみんからすれば随分と大きく見える。そして何より炎のような赤い髪の毛はつい目を引く美しさだ。しっかりと化粧もしており、整った顔立ちと褐色の肌は大人の魅力を際立たせる。
だがめぐみんが最も視線を釘付けにされたのは、他でもないその女性の胸だった。つまりおっぱい。
とにかくデカイ。ブラウスを第二ボタンまで外しているせいで色香ムンムンの谷間まで覗いており、やはりデカイ。
つまるところ。
デカイ。
彼女はルイズとめぐみんの姿に気が付くと、いやらしい笑みを浮かべた。
「あら、ルイズじゃない。おはよう」
「……おはよう、キュルケ」
キュルケと呼ばれた彼女はめぐみんのことを指でさすと、笑いを堪えるように口を手で覆う。
「それ昨日あなたが呼び出してた平民の子よね? 結局契約したの?」
「……そうよ」
「ぷ、ははは! 本当に平民の、それもこんなチンチクリンな女の子を使い魔にしたのね!」
可笑しそうに笑うキュルケの言葉に、ルイズではなくめぐみんが、先にプッツン来た。
チンチクリン。身体的特徴を貶めるその一言はめぐみんにとって挑発以外の何物でもない。
なんだとおっぱいババアめ!! と反射的に叫び返しそうになったが、極限までお腹を空かせていたのが幸いした。
一瞬冷静になり、無駄な時間は要すまいと自分は口を噤んでおく。
まあ、内心では、
(あのぶら下がった肉塊を摩り下ろしてスープの出汁にでもしてやりたいですね)
なんて思ってるが、当然顔にも出さないよう気を遣う。
「サモン・サーヴァントで平民を召喚して使い魔にしちゃうなんて! 流石はゼロのルイズね!」
「うるさいわね……」
ゼロのルイズ。そういえば中庭で気が付いたときにも、ルイズが周りの生徒から言われていた気がする。
どういう意味なんだろう? と思ってルイズの横顔を見るが、彼女は怒りで眉を吊り上げてワナワナと震えていた。
昨日何度か見た、ルイズの涙を思い出し。何となくいい意味ではないのだろうかと思って聞くをやめる。
「あたしも使い魔とちゃんと契約したわよ。あなたと違ってサモン・サーヴァントは一発で成功だったけど」
「そう」
「折角だから見せてあげるわ。ほらおいで、フレイム」
キュルケは自信高々と言った顔で部屋の中に呼びかける。
するとどうか、なんと開けられた扉の奥から―――赤い真紅の色をした、大きなトカゲがのそりと姿を現した。
「うわぁ!」
室内でまさか魔物を見るとは思わず、ビクッとめぐみんの体が跳ね上がる。
トカゲは尻尾の先端が炎で燃え盛っており、周囲にも伝わるような熱気を漂わせている。
飛び退いためぐみんの姿を見て、キュルケは面白そうにこちらを見下ろした。
「あら、ルイズ。あなたの使い魔ちゃんったら、あたしのフレイムにビビちゃったわね」
「ちょっとあんた! なにサラマンダー如きでビビってんのよ! 余計舐められるじゃない!」
「ええ!? いやだって! 魔物ですよ魔物! モンスターです! 丸腰ですよ私!」
むしろ二人は大丈夫なのかと慌ててトカゲの方へと視線を送るが、不思議なことにかのモンスターはもっとも近くにいるキュルケにすら危害を加えようとせず不思議そうに首を傾げている。
そこではっと思い出すめぐみん。
(な、なるほど。これが使い魔契約という奴ですか……)
どうみたって人間に対して攻撃加えてきそうな見た目にも関わらず、寧ろ人懐っこささえ感じさせる様。
この世界では人と魔物のあり方が少し変わっているようだ。少なくともめぐみんがいた世界のように、モンスターを率いる魔王軍がいて、人間と魔物は絶対的な敵同士、という間柄とは少し違うようである。
「あ、あのルイズ。少し気になったのですが」
「なによ」
「使い魔というのは『ああいった』のが普通なのですか? その、私みたいに人間が召喚されるっていうのは…」
ルイズは半ば諦めたような様子でため息をつく。
「……寧ろあれが普通よ。使い魔契約っていうのは、本来メイジと動物や魔物が契約を交わすものなの。人間が召喚されるなんてことの方がおかしいのよ」
なるほど、と納得する。
だから召喚された際はあんなにもアウェーだったのだ。ルイズも、てっきり力を持たない人間を召喚してしまったことで落ち込んでいたのだとばかり思っていたが、理由の一つにはそれもあったのだろう。
「しっかしあなた達……」
キュルケはルイズとめぐみん、二人ことをじっくりと眺めると。
最終的にその視線は二人の胸部辺りでピタリと停止した。
「ルイズ、あなたにぴったしの使い魔じゃない! 似た者同士ってところね」
「……ツェルプストー? ど、どどど、どこを見て言っているのかしら?」
完全に震えているルイズの問いかけに対し、まるで見せ付けるようにしてキュルケは自分の胸をぐっと腕で持ち上げる。
「まあ……ここ、とか?」
「きぃ~~~~!! む、むむ、胸のサイズは関係ないでしょう!!」
「別に胸のこととは一言も言ってないんだけど? でもよかったんじゃない? せめて同じロリっ娘だったってだけで」
「うるさいわねぇ!!」
顔を真っ赤にして怒声を上げるルイズに対し、キュルケは余裕の表情で不敵な態度を浮かべる。
まあ、傍から見ても肉体面、精神面、共に負けてるのはルイズなのでどうしようもないが。
しかしだ。
その言葉が自分にも向いていることを、決してめぐみんは聞き逃したりしていない。
「ルイズ」
「?」
「部屋から杖を取ってきてもいいですか?」
「!? や、やめなさい! それだけは駄目よ! 堪えなさい!」
影の落ちた作り笑顔でニコニコ笑うめぐみんと、それを慌てて止めるルイズ。
キュルケはさぞ不思議そうに眉をひそめた。あのルイズが誰かを諌めているというのは、なかなか彼女にとって珍しい光景だった。
「ま、いいわ。ところであなた、名前はなんて言ったかしら?」
キュルケの問い掛けがめぐみんへと向く。
名を聞かれたならば仕方ない。例え相手がおっぱいお化けでも礼儀を持って応えるべきだろうと、めぐみんの両目が見開かれた。
「ふっ、よくぞ聞いた……我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者!!」
「……。ねぇルイズ? めぐみんってなに?」
「一応こいつの名前らしいわ」
「お、おい! お前達!」
初見の相手に名前を名乗るといつもこれである。めぐみんは憤慨を感じられずにはいられない。
キュルケはちょっと困ったような顔でこちらへ向けて片手を振った。
「か、変わった名前ね。じゃあお先、失礼するわ」
そそくさとそれだけ言い切って先に階段を駆け下りていった。彼女の行く先を、先ほどのでかいトカゲが後を追っていく。
キュルケの姿が見えなくなって、ルイズはその先をキッと睨み付けていた。
「ほんとあの女、いちいち腹が立つわ! 人の嫌なところばっかりネチネチネチネチと!」
「ルイズ。やはり私は杖を持ち歩いた方がいいと思います。ああいった巨肉をぶら下げた暴れ牛がいた際、咄嗟に爆裂魔法で吹き飛ばすことができますから」
「……私が言えないけど、あんたも随分と喧嘩っ早いわね……」
「当然です。私は売られた喧嘩は買う信条ですから。それに私だけでなく、ルイズまでああもバカにされると流石に腹立たしいです」
めぐみんの言葉に、『え……』と僅かに動きが止まるルイズ。
めぐみんはさも当たり前のように続ける。
「まあルイズとは出会ってまだ一日しか経っていませんが、この見知らぬ土地で居場所をくれたことには感謝してます。加え共に爆裂道を歩む者として! やはりああいった言葉は許せません!」
「……つ、使い魔として主人に感謝するのは当たり前でしょう? とにかく私達もさっさと行くわよ!」
「え? あ、ああ待ってください!」
照れて僅かに赤くなった顔を隠すように、ルイズはそそくさと歩き出した。めぐみんは慌てて追いかける。
キュルケの出現で足が止まっていたが、元はといえば朝食に向かうところだったのだ。
いい加減腹と背中がくっ付きそうだと、お腹を撫でるめぐみんである。
ルイズ達は貴族であるらしい。ならばきっと、彼女達が食べる食事もさぞ豪華なものなんだろうなぁとワクワクが表情に浮き彫りになってしまう。
しかし食事を楽しみにするめぐみんの気持ちなど他所に、再び声を掛けてくる者がいた。
「ミス・ヴァリエール!」
一階に降りたところで通路の奥から駆け寄ってくる見覚えのある姿。
めぐみんは思い出す。昨日色々と教えてくれたハゲ頭の教師、ジャン・コルベールである。
「こ、コルベール先生!」
ルイズはコルベールの姿を見ると、若干気まずそうに視線を逸らす。
昨日、授業から逃げ出してしまったことを今も尚引きずっているのだろう。
「おはよう二人とも。君達が共にいるということは、契約はしっかり済ませたということなのだね?」
「は、はい……めぐみん。ルーンを見せて」
「ルーン?」
「左手の甲よ。使い魔の刻印が刻まれてるわ」
自分の左手に視線を落とす。
すると確かに、見たこともない文字……のような刻印が、めぐみんの左手の甲に刻まれていた。
思い出す。昨晩、気絶する直前に受けた左手の激痛。あの時の痛みは、使い魔契約によってこれを肌に刻み込まれている時の痛みだったのだろうか。
しかし手とはいえ、女子の肌が傷物に。本来であればこんなもの願い下げであるはずなのだが……めぐみんが抱いた感想は180度方向が違った。
(か、かっこいいです……!)
まるで子供というか完全に子供としての感想を抱きつつ瞳をキラキラさせているめぐみん。
それをコルベールが確認するように覗き込んできた。
「うむ。間違いないようだね……はて、見たこともないルーンですが……」
一人ぼやくようにコルベールは呟く。
彼はしばらく神妙な面持ちでルーンを眺めるが、しばらくして諦めたように視線を外すとめぐみんへと向き直った。
「めぐみんさん、と言ったかな? 念の為キミの体にディテクトマジックを掛けても?」
「ディテ……、なんですか? それ」
聞き覚えのない横文字に咄嗟に疑問を口にすると、隣のルイズが小声で教えてくれる。
「探知の魔法よ。あんたの体に魔力があるかどうか、あるとしたらどんなものなのか。それを調べるの」
『たぶんあんたがただの平民かどうか調べるためよ』と耳元で囁く様に付け加えてくる。
なるほど、それは重要なことだとめぐみんは頷く。というかそれに関しては、本人であるめぐみんも少し気になっていることがあった。
堂々と、胸を張るようにしてコルベールへと一歩踏み出した。
「どうぞ! 私の体を調べたいのであればご自由に! 何もやましい事などありませんからね!」
「? では、失礼して」
めぐみんの同意を聞いて、コルベールは小さく杖を走らせた。詠唱はない一瞬の魔法。
すると、めぐみんの体が一瞬、輪郭をなぞるようにして輝いた。
コルベールはほんの二秒程度しかない動作をやり終えると僅かに黙る。それからルイズの方を向き、優しく頷いた。
態度から察するに特に問題はなかったらしい。
「これといって魔力は感じられないね。とにかく、これでキミも無事に使い魔契約完了というわけだ。おめでとうミス・ヴァリエール」
「え?」
コルベールの言葉にポロリと疑問符と飛ばすルイズ。
それは、ルイズが昨日の授業を逃げ出してしまい、その上担当講師が監督していないところで勝手にコントラスト・サーヴァントを行ったのに何一つ咎めずに褒めてくれたこと……ではなく。
『これといって魔力を感じられない』。
めぐみんへのディテクトマジックに対する結果。その一言に対する反応だった。
「どうかしたのかね?」
「あ、いえ、……ありがとうございます」
コルベールに聞き返され、慌ててを頭を下げるルイズ。
その隣でめぐみんは、珍しく真面目な表情で思考を巡らせていた。
(私の体からは魔力を感じられない……私は紅魔族ですよ。普通はそんな事はあり得ない)
めぐみんの生まれである紅魔族は、生まれながらにして魔力が非常に高い一族だ。
加えてめぐみんはアークウィザード。一発で動けなくなるとはいえ、爆裂魔法を使えるだけの魔力もある。
なのに『感じられない』。それは即ち、
(この世界の『魔法』と私の『魔法』は、やはり別物ということですか。当然その源となっている魔力も)
結論はそこに落ち着く。
そもそも異世界などという時点でそんな気もしていたが、ようやく証拠を得られた気分。
まあだからと言って爆裂魔法以外に興味はありませんが、と速攻で思考が切り替わる。そんな事より腹減った! という思いがグルグルと回ってくるめぐみんである。
「そういえば、君達は見たかね? 昨日の晩に学院付近で起きた巨大な爆発を」
ここで話を切り上げるかと思いきや、コルベールの問いかけにルイズの肩がビクッと震えた。
「発生した直後から学院の教師で調査を行っているが、今だ原因が分かっていなくてね。今日の授業で他の先生からも重ねて言われるだろうが、夜中は何が起きるか分からない。特に大事な用事でもなければ寮の外に出ないように。いいね?」
「……? なにを気をつけることがあるのですか? あれは私が、んむっ!?」
「お、おほほほ! 物騒で怖いこともありますわね! 肝に銘じておきますわ!」
自分が爆裂魔法で生徒を狙うんじゃないかという疑いを掛けられているように感じためぐみんは、すぐに訂正しようとするがルイズが物凄く慌てながらその口を横から塞いだ。
もがもがと言いながら束縛を逃れようとするめぐみんと、それを力ずくで抑えながらも笑顔を浮かべるルイズの姿を見てコルベールは困惑した表情を浮かべる。
「?? まあ、そういう事だから頼んだよ、ミス・ヴァリエール。それでは」
そこまで怪しまれるようなことはなく、コルベールは身を翻してその場から去っていった。
ルイズに解放され、ぷはぁっ! と思いっきり息を吐き出すめぐみん。鼻も一緒に押さえられていたせいでほとんど涙目のめぐみんは思わず叫ぶ。
「と、突然なにするんですか!」
「あんたこそ突然なに言い出そうとしてるのよ! 部屋を出る前にも言ったでしょう? 悪目立ちしたくないから今のあんたは平民のフリをしていればいいの」
「なぜ目立ってはいけないんですか? 私の爆裂魔法が分かれば、他の生徒だってルイズをバカにしたりしなくなるかもしれないのに」
「それでもよ。あれをあんたが撃ったなんて知れ渡ったらそれはもう面倒なことになるんだから」
さっさと行くわよ! と続けていって、ルイズはズカズカと先へ行ってしまった。
ルイズにそう言われてしまっては仕方ないと諦めるめぐみん。本音を言うなら自身の爆裂魔法を周りの奴らに見せ付けて、はっはっはー紅魔族随一のアークウィザードめぐみん様のお通りだぞー! なんて胸を張りたいところだが、たぶんルイズにもルイズなりの考えがあって言っているのだと思った。
「ルイズ! 待ってください~」
先行するルイズをめぐみも追いかけ、二人は共に学院の食堂へと向かった。
◇
トリステイン魔法学院の食堂は、中央本塔の中にある。
扉を開ければ、そこにはズラリと長いテーブルが三つ。席に座っている生徒のマントの色が列ごとに違うことから、おそらくは学年ごとに座るテーブルが違うのだろう。
テーブルの上はそれぞれが豪華な飾りつけを施されており、まさに優雅な貴族の食卓といった印象。
純白のテーブルクロスの上に置かれたいくつもの大皿には、めぐみんが見たこともないような果物や複数人で自由に取り分けていいのであろう、大きなローストチキンなどがたんまりと盛り付けられている。
朝食の時間となると、生徒達。そして別席に座る教師達は共に手を合わせ、口を揃えて合唱する。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝致します」
目を閉じながら唱和するそれに、『いや感謝すべきは動物達やこれを調理した料理人じゃないですかね?』というマジレスをめぐみんは考えずにはいられないのだが、きっと校歌斉唱とかと同じような決まり文句なのだろうと適当に納得しておく。
そこまではいい。
そこまではいいのだ。
テーブルの隅から隅まで並ぶ、THE・貴族メシ。それは空腹がいよいよ限界へ訪れようとしていためぐみんにとって、天国のような光景であった。
こいつを今からお腹一杯になるまでしゃぶり付くせる。ああ、なんと幸福なことか。これほどない幸せに、始祖ブルガリアだか何だか知らないが、神様にだって感謝してやるとめぐみんは己の心が清らかになるのを全身で感じた。
……の、だが。
「………………、あの。ルイズ」
「……なに?」
「この……床の皿に乗っている、見るからに固そうな小さいパンはなんですか?」
「さっきも言ったでしょう? あんたの朝食よ」
「………………、あの。ルイズ」
「この会話繰り返すの三度目よ」
めぐみんの瞳から光が消えていた。
絶望する。目の前に広がる現実にただただ絶望する。
食堂入った際、まずルイズはこんなことを言ったのだ。
『めぐみん。本当だったら、平民のように地位の低い人間はこの「アルヴィーズの食堂」に絶対に立ち入ることができないの。つまりあんたは、他の使い魔と同じように外に出ていなきゃならないわけ。私が特別に計らって入れてあげてるのよ。感謝しなさい』
それはもう感謝した。ご飯なんていただけないところを、ルイズお嬢様のご好意で食事に有り付けるのだ。とにかく感謝した。
だがルイズは、自分が席に着いた時に続けてこんなことを言った。
『あんたは
めぐみんが涎を垂れ流しながらノリノリで椅子に座ろうとしたところ、そう言って阻まれてしまった。
とはいえ、これも仕方がないとは思う。確かに身分の低い者が貴族と普通に同席して食事を行うのは、おかしな光景だ。そもそも椅子が足りないのでは仕方ない。
目の前に広がる豪華絢爛。こいつを喉に通せるのであれば、立ち食いなんて気にしない心の広いめぐみんだ。
しかし。
めぐみんが料理に手を伸ばそうとした時、ぺしっと手の甲を叩かれた。
『あんたの朝食はそれ』
一言呟きながら指差した先には、床にポツンと置かれて、一枚の皿の中央で鎮座するクソちっちぇパン。
ただのパンである。
それだけである。
「…………」
めぐみんはカタカタと震えた手でパンを掴み、おもむろに齧る。
なかなか噛み切れない。思わず感想が漏れた。
「かった」
ついでにポロポロと涙が零れ落ちるのが分かった。
その涙は悲しいから流したわけではない。いや悲しいが。
悔しいわけでもない。いや悔しいが。
目の前のクソほどもおいしくないパンに対する哀れみだった。ああ、どうしてお前はもっと美味しく焼いてやれなかったのか、と。パンと、それを齧る己に対する哀れみだった。
「うっ……! うっ……! 四日ぶりの食事がっ……! こ、これですか……! あれ? なんだかパンに塩っけのある風味を感じてきました……」
なぜだか今自分が歯を食いしばりながら噛み千切っているパンに妙な愛着さえも湧きながら、約一分。
完食。
腹はちっとも満たされない。何が愛着だクソったれ。
ガクッと項垂れるめぐみん。しかしこれではあまりにも辛い。満腹どうこうという以前に、スタミナが絶対に続く気がしない。また次の食事の時間になるまでキリキリと空腹を訴えかける腹痛と格闘しなければならないのは、流石に気が滅入る。
とりあえずめぐみんは、椅子に座るルイズにおねだりしようと思った。
「……あの~、ルイズ? 私、小柄ではありますが実は結構食欲旺盛なんです。さすがにこれでは足りそうにもないので、よければ……、」
できるだけ怒らせないように笑顔を作りながら自分の皿を差し出そうとする。
すると。
「……」
めぐみんが懇願を言い切る前に、パッと振り向いたルイズはめぐみんの皿を受け取った。
えっ、と思った矢先。呆然とするめぐみんをよそにルイズは大皿に盛ってある料理をいくらか皿に取り分けると、改めてこちらに皿を返してきた。
皿に盛られた鶏肉やら野菜やら果物やらに加え、さっきのクソみてぇなパンとは大違いの非常に美味しそうなクロワッサンも。
目を丸くして動きが停止するめぐみんに対し、ルイズは背中を向けたまま言った。その耳が少し赤く染まっている。
「……平民としての"フリの分"は、食べ終わったんでしょう? なら残りは……えっと、そうね。貴族ではないけど、私の使い魔への分よ。ありがたく食べなさい」
「ル、ルイズ……」
「か、勘違いしないでよ! それ以上は貴族でもないあんたには食べさせられないわ! まあ、ただの平民でもないみたいだし……たったアレだけってのは、上に立つ者の責任としてどうかと思うだけで……」
「るいずぅぅぅ~~~~……!」
ブワァァ!! と涙腺が崩壊する。
感極まっためぐみんはたまらずルイズに背後から抱きついた。
「ちょ、めぐみん! 抱きつかないで! お、お行儀が悪いでしょう!」
「ルイズぅぅぅうううう! 私は今あなたと出会えたことに深く感謝しています!!」
ガッタンガッタン騒いで微妙に周囲の視線を集めるルイズとめぐみん。
とはいえそんな些細なこと気にすることなく。
結果的にまともな食事を貰えて、めぐみんはどうにか四日分の空腹を乗り越えるのだった。