魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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最終話まで書けたので投稿

七十六話まであるよ!


第七十一魔弾

 馬車が来たのは翌朝のまだ陽が上りきっていない時間帯だった。

 だが、常に何かあればすぐに起きれるように訓練しているミラはそれにすぐに気が付き早々に精神的に参って起きれなかったひなたと普通に起きれていないシャーレイを起こして元から纏めておいた荷物を持った。

 もうこの家には帰ってこれないかもしれない。帰ってこれるかもしれないが、何かしらの爪痕が残っていても全く可笑しくない。空き巣が窓などを割って中を漁るかもしれない。そんな不安を残しておきながらも今は外へと出るしかない。だから、最後は思い切りをよくして家を出ることにした。

 

「……じゃあ、行くよ」

「うん。ひなたちゃん、大丈夫?」

「……なんとか」

 

 まだ一人では不安定になってしまうためシャーレイにくっ付いているひなたは最近は着ることがなかったローブを羽織ってフードを深く被っている。毛布の代わりとして使っているが、昔から使っているためか毛布よりも安心感は強かった。それでも一人きりにはなれないが。

 女三人分の荷物は男性よりも少し多く、ミラが両肩からバッグをぶら下げ、ひなたは軽いものを詰め込んだ手提げバッグを肩からかけつつシャーレイに右手だけで掴まり、シャーレイはリュックを背負いその他大量の荷物が入ったバッグを持っている。ひなたはリュックを背負えない上に唯一残っている右手でシャーレイに掴まっていないといけないため必然的に荷物の分け方はこうなってしまう。

 最初はひなたももっと荷物を多めに持つと言っていたが、それでシャーレイと離れてしまい発狂してしまえば元も子もないためそれを防ぐためにこうした。それに、力仕事ならシャーレイとミラで十分だった、というのもあった。

 そんな訳でミラは家のドアにカギをかけ、ちゃんと自分の私物が入ったバッグの中にカギを入れる。

 

「嬢ちゃん達、とっとと乗りな。上から急いで避難所に届けろって言われてんだ」

「……分かった」

「一応ケツが痛くならないようにクッションは三つ敷いておいたから使いな。あと、一人煙草を吸うって聞いたから灰皿も用意しておいた。灰を落とすなよ?」

 

 馬車の御者である男性は中々サービスが良いようだ。ミラが馬車の中を覗いてみると畳んで紐で縛られた布団が三つ。そして馬車の端の端に魔獣が寄り付かないための結界を発生させる装置とランタンが固定されて置いてある。本当にサービスが良い。流石駆除連合の上の方が頼んだ馬車だ。サービスがかなり良い。

 

「途中で馬の交換とか御者の交代とかするけど、基本的には止まらねぇから夜中とかは中の布団で寝ておけ」

「……そうさせてもらう」

「まぁ、大体三日後のこの時間には着いている予定だ。暇だろうが我慢してくれや」

 

 口は少し悪いがそれでも面倒見がいいのだろうか、はたまた仕事だから猫を被っているのか分からないが、言葉の節々から御者の男の、人の良さと言える物が伺える。

 男は懐を弄ると煙草の箱を取り出し、それを咥えるとライターで火をつけた。どうやら、彼も煙草を吸うらしい。御者席の一部は改造されており灰皿が取り付けられていた。

 

「ふぅ……お客に喫煙者が居ると気軽に吸えるからいいや。一本吸うか?」

 

 確かに喫煙者がいる中でなら堂々と吸ってもそこまで文句は言われないだろう。現にミラもシャーレイも男に対して文句を言うつもりはない。煙草の臭いや煙なんてひなたが散々家の中だったり外だったり隣り合って歩いている時にお構いなしに吸っているため慣れたものだ。

 だが、男が差し出した煙草の箱。それはひなたではなくミラに向かっていた。明らかにひなたがこの中で最年少だと思われているしミラが成人済みの女性と思われている。

 何時もはあまり表情を変えないミラが結構な苦笑いを見せてそっと指先をひなたに向けた。

 

「……吸うのはあっち」

「え? いや、だって……」

「……あの子、今年で二十一歳。私は十九」

「…………世界って広いんだな」

 

 男はミラに苦笑いを返して煙を吸った。そして指先を向けられたひなたは特に気づくことなくシャーレイに引っ付いていた。確かに、何時ものクールさが少しは残っている状態ならもう少しマトモに信じられたかもしれないが、今のひなたは外見相応の少女そのものにしか見えない。

 つまりだ。今のひなたは何時もよりも子供っぽく見られていた。

 

 

****

 

 

 煙草の煙が馬車の色に白を混ぜる。ストレスの解消、精神の安定、そのどれもに手を貸してくれる合法麻薬とも言える煙草の煙を吸い肺にそれを貯める。息を吐けば肺から煙が吐き出され、代わりに胸の内、肺の中に息を吐くだけでは取れない重いものがあるような錯覚に陥る。

 しかし、それも慣れたもの。煙が与えてくれる安心感は頭の中の悪いことに対して一時的に煙をかけてくれる。それでも完全にフラッシュバックを防げている、という訳ではないためシャーレイかミラの傍から離れられない。

 

「もうボクはニコチンとタールが無いと生きられないんだ……」

「……完全に中毒」

「ヤニカスなんて実質薬中だよ……」

 

 そう頭の中で理解していても止められないのが煙草なのである。

 この世界に来てからの劇的な環境変化やブラッドフォードが押し付けてきた特大のストレスと吸血衝動を忘れたいからと吸ってみた煙草がここまで効果的で尚且つ手放せない物だとは吸い始めた頃は思いもしなかった。

 最初は一日一本。吸血衝動が来たときにだけ吸っていたが今や趣味にまでなってしまいそうだ。もしもこのまま日本に帰ったらこの世界よりも味や種類が沢山あるため自分に合う煙草を探すという名目で色んな種類の煙草を買ってしまいそうだった。

 それに、こうして吸っているのはシャーレイもミラも煙草を嫌っていないから、というのも大きい。もしもシャーレイが煙草は嫌だ、と言えば煙草は止めていたかもしれない。代わりに吸血回数が増えてシャーレイに襲われる回数が増えただろうけども。ミラの場合も同じだ。そのせいで今や肺が真っ黒なのだろう。自分の胃や腹の中身は見たことがあるが胸の内までは見たことがないため断言は出来ないが。

 自分の胃や背骨を臓物を見たことがあるのに生きているというのは明らかにおかしいが、それはシャロンの腹パン(強)のせいなので仕方ないといえば仕方ない。

 閑話休題。

 ひなたは煙草の灰を灰皿に落とし、短くなった煙草を咥える。

 馬車の中に灰皿が備え付けてあり固定されているのは嬉しい誤算だった。お陰で煙草を遠慮なく吸える。

 

「だけど、これのお陰で少し楽になったかな……」

 

 煙草を吸っている間は多少だが精神が安定する。少なくとも二人にくっ付いたまま吸っていればトラウマのフラッシュバックも和らいでくれる。

 煙を肺に落とし、もう吸えなくなった煙草を灰皿へと捨てて新たな煙草を嫌な事を思い出させる頭を振りながら取り出し、火を付けて吸う。新たな煙草の煙に落ち、メンソールの味が舌と喉に残る。そして肺から吐き出し、吸い込む煙の温度でメンソール独特の爽快感が強調される。それがまた気持ちよく、そして煙の効果で悪いことを思いだす事を抑制してくれる。

 こうして煙草を吸えば分かる。人間が麻薬というこれよりも強力で中毒性のある物を手放す事なんて出来やしないと。

 

「でも、これから後三日なんだよね……」

 

 シャーレイがそう呟いた。

 後三日。空が紅に染まってから四日以上の時となる。その時までブラッドフォードが動かないとは限らない。いや、むしろ既に動いていたとしても不思議ではないのだ。

 この三日の間にブラッドフォードの無差別爆撃だろうと人間を一人一人探し出して塵殺だろうと、どちらにしろブラッドフォードが動けば三人に生き残る術はない。それがシャーレイにとっては心配だった。それを慰めるのは何時もひなたの役目だったが、今のひなたはポンコツ、というよりも機能不全を起こしまくっている。だから、それを慰めるのは必然的にミラの役目だった。

 

「……大丈夫。根拠は無いけど……きっと間に合う」

「そう、だよね……」

 

 やはり、この中で唯一暴力に抗う術を持たない存在であるシャーレイにとって、この状況は何時もよりも恐怖が倍増しているのだろう。

 勇気という名の蛮勇で己の中の恐怖を塗りつぶしていたヴァルコラキの時とは違い、今回はこの恐怖を蛮勇で塗りつぶすための手段を持たないシャーレイは己の中の恐怖とずっと戦い続けるしかない。ひなたのように折れてしまった心ではなく、まだ折れていない心を持っているがために。

 

「あー、お客さん。ちょっといいかい?」

「……なに?」

 

 そうしてミラがシャーレイを慰めている中、御者台の方から声が聞こえてきた。

 その声に対応するのはやはりひなたではなく、ミラ。

 

「ちょいと煙草が切れちまってね……一本くれませんかね?」

 

 そう言って三人の乗る荷台の方へ顔を出した御者の持つ煙草の箱は確かに空で、御者の顔は少し申し訳なさそうな笑顔を張り付けていた。

 だが、煙草関連はひなたの物だ。ひなたが嫌だと言えばあげられない。

 そのためミラがひなたの方へ視線を投げると、ひなたは自分の鞄から自分の煙草を一箱取り出すと、それを御者に向かって投げた。それを少し驚きながら受け取る御者。

 

「一本で良かったんだがなぁ……まぁ、あんがとさん。お礼に快適な旅路をプレゼントしてやるよ」

「煙草を吸いたいのは、お互いさまですから……」

「それもそうか。こんな空じゃ、どうしても不安になっちまうからな……」

 

 御者は御者台に戻りながらそう呟き、暫くしてから煙を吐く音が聞こえてきた。

 

「……不安なのは皆一緒なんだね」

「……仕方ない」

 

 こんな空じゃ、何時も陽気な人だろうと気が滅入る。

 特に、真祖の魔の手がすぐ傍まで迫っていると知っている人なら。




と、いう訳でここからが最終盤

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