魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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エピローグ


第六十一魔弾

「……はふぅ」

 

 ひなたは約二週間ぶりの我が家のソファに座り今まで張りつめていた気をようやく解いた。

 ヴァルコラキを殺してから、ひなたとシャーレイとミラは真祖を倒したという実感が沸かずに呆然としていたが、イヴァンは後始末は自分でやるから、とひなた達を一旦家に帰した。

 彼が今回の事の後始末を全て引き受ける、というのは何時もの三人なら申し訳なくて手伝うのだが、ひなたに関しては体と命の危機であったし、シャーレイとミラは明朝からずっと起きて気を張り詰めていた事、更にここ数日の疲れが祟ってもう正常な判断をする事が出来ず、それに頷いた。

 ヴァルコラキの死体を目の前にしているイヴァンを置いて三人は夜道をフラフラと歩き特に会話もなく家に辿り着き、ひなたが一番にソファに座り込んだ。

 

「疲れた……」

「…………」

 

 そして、その隣にシャーレイがボヤキながら座り、ミラに至っては無言で座った。

 そうして三人でソファに座り、ボーッと天井やら目の前やらを見て、ようやくひなたは実感した。

 

「……帰って、これたんだ」

 

 ヴァルコラキに脅されてこの家を出てから、もうこの家に帰る事はない。そう思っていた。そう思わざるを得なかった。また戻れる。いつかきっと戻れるなんて思っていたらその僅かな希望を潰されたときと一緒に心を潰されると分かっていたから、現実を受け入れ死ぬまでの間を気楽に何も思わずに生きていこうと、そう思っていた。

 だから、こうして二週間ぶりの家で三人一緒にくっついている事が、もうこの生活を脅かす脅威は消し去られたのだという実感に繋がり、ようやく涙が出てくる。

 大声で泣く体力すら無いため涙を流すだけ。だが、それでも十分にこれからまた三人一緒に暮らせるのだと実感し、死ぬ必要が無くなった事に対する安心感を感じ。両隣の温かさを感じて。それ故に涙が止まらない。

 

「……ひなたちゃん。煙草、吸う?」

「……うん。吸う」

 

 シャーレイはそうして泣くひなたに対して何か言うことなく、そっと懐のポーチから煙草の箱を取り出し、ひなたに手渡した。

 一本だけ減った煙草だったが、ひなたは特に何も言わずに箱から一本の煙草を取り出すと、ライターで火をつけた。二週間の間、吸うことが出来なかった煙草の煙を肺に入れて、その味に懐かしさすら覚えて吐き出す。

 

「……よくそんな不味い物を」

「慣れれば美味しいんだってば」

 

 何時か言ったような他愛もない言葉をミラと交わす。

 そして何度か煙を吸い、灰を落としたいと思ったが灰皿が近くにないのに気が付いた。まさかこのドレスの上に落とすわけにもいかない。いや、所詮ヴァルコラキが渡してきた服なので落としてもいいのだが、明らかに高価なそれに灰を落として焦がすなんて真似は金銭感覚は一般人なひなたにはする事が出来ず、仕方なく携帯灰皿に煙を落とす。

 

「……シャーレイから血の匂いがする」

「突入の時に色々と刺さったからね……何気に痛かったよ」

「……お馬鹿。私が先に行くって言ってたのに」

「我慢できなくて」

「ふふっ」

 

 ふとひなたが呟いた言葉から会話に繋がる。

 会話の流れからひなたは体の一部にガラス片を生やして血をドクドク流しながらキメ顔をしていたシャーレイを思い出して軽く笑ってしまう。その時はときめいたが、よくよく考えればシュール過ぎる光景だったのは全く否定できない。痛い中キメ顔をしていたシャーレイ自身、シュールだなぁ、と思っていたため笑われても笑い返すしか出来ないのだが。

 だが、こうして間抜けとも思える会話をするだけで帰ってきたと実感できる。

 そう考え、ふとあの言葉を言っていないのを思いだした。今言わないとタイミングを逃しそうなのでひなたは煙草を口から離して口を開いた。

 

「そういえば」

「何?」

「……何かあった?」

「ただいま」

『……おかえり』

 

 ひなたの呟いた言葉に、二人はお決まりの言葉を返した。

 こうして、ひなたはシャーレイとミラの元に帰ってきた。もう、災禍たるヴァルコラキは消えた。

 後は三人の平和な日々が続いていくだけ。また事件があるかもしれないが、無ければ延々と三人はこの家で山も谷もない普通の生活をしていく。

 帰ってきたという実感と共に吸う煙草は、何時もよりも美味しく感じることが出来た。

 

「あ、じゃあ今日は三人で寝ようよ。で、三人でベッドの上で第二ラウンドでも……」

『台無しだよ……』

 

 そして何時も通りなシャーレイに対し、ひなたとミラは溜め息を零した。

 結局疲れていたから三人ともベッドに潜ればすぐに就寝したのだが。

 

 

****

 

 

 翌日のお昼頃。ひなた達は家に客を一人迎えていた。

 客と言っても、それは昨日共闘したイヴァンなので特に凝り固まった挨拶等はなく、用事があるから来たというイヴァンの言葉を聞き三人はイヴァンを家に上げた。

 ちなみに、この家の場所はミラの手紙に住所が書かれていたため分かったようだった。

 

「まぁ、改めて。昨日は色々とお疲れさん」

「それはこっちの台詞だよ。助けてくれて本当にありがとう、イヴァンさん」

「俺にとっちゃ助けるのはついでだったんだが……まぁ、一人娘の友人だからな。助けないわけにもいかないさ」

 

 昨日は嵐のように現れてそのまま何も言わずに別れたため、二人は改めて挨拶をし、言葉を交わしていた。

 一応、イヴァンが急いでこの街に来た理由の中にはひなた救出の意味合いもあった。それは正義感から来るものではなく足を失ったミラと共に居てくれている友人である彼女をヴァルコラキに渡してはミラの親としては失格だと思ったから。ただでさえ放任主義でミラとは一年に数回顔を合わせる程度なので親失格とも言えたが、せめてこういう時だけはいい格好をしたいという父親としての威厳からでもあった。

 もし攫われたのがひなたやシャーレイではなく別の誰かならイヴァンは急がなかっただろう。

 

「で、だ。ヴァルコラキの首だが、ここの駆除連合に昨日のうちに持って行った」

「……大丈夫だったの?」

「ん? あぁ、ヴァルコラキはしっかり死んでいたし、駆除連合の方にも元々言っておいたから営業時間外でも何とかなった」

 

 ミラの言葉足らずな問いに関してイヴァンはいつも通り考えられる回答を全て答えることでミラを納得させた。

 

「まぁ、それでだが。ヴァルコラキの討伐報酬が出されてな。綺麗に四分割するって事で持ってきた」

 

 そう言い、イヴァンは話を区切ってから彼の持ってきた本題とも言える物を口にした。

 それはヴァルコラキを討伐した事によって出された特別報酬とも言える物であり、金の入った袋をイヴァンは己の持っていた鞄から四つ取り出すと、目の前のテーブルの上に置いた。

 明らかにミラとひなたがでも簡単に稼ぐ事が出来ないくらいの金が入った袋が四つ。三人はよくわからないとでも言いたげな表情で目の前の袋を見ている。

 

「ちなみに、袋の中はざっとこんな感じだ」

 

 イヴァンは呆けている三人の目の前に報酬を四等分した際の一つの袋に入っている金額が書かれた紙を見せる。それを覗き込んだ三人は目が飛び出そうな程に驚いていた。

 何せこの家が後二軒以上は買えそうな程の大金がその袋の中には入っていたのだ。それが、三袋。これから十年近くは遊んで暮らせるレベルの大金が三人の目の前にあった。スラム出身のシャーレイも、性根は一般市民のひなたも、大金を稼ぐ事は普通にあったミラも、流石にこの量の金を一回で稼ぐのは初めてであり、無言で驚くことしか出来なかった。

 

「まぁ、一つ目はこんな感じだ」

「い、いやいやいや! なんで綺麗に四等分!?」

「そりゃ、俺とお前ら四人だし」

「だ、だってボクは捕まって足引っ張ってたし……」

「私も最後に一回撃っただけ……」

 

 ミラに金が渡るのは疑問も違和感もないが、ひなたとシャーレイにとってはこれは明らかに過剰とも言える報酬だった。

 ひなたはヴァルコラキの脅しの真偽を判断することが出来ず騙されて捕まって足を引っ張っただけだ。シャーレイに至っては最後に銃弾を撃っただけで後は置物だった。

 そう自分を評価しているからこの報酬は過剰であるとしか思えていなかった。が、それを聞いてイヴァンは溜め息を一つついた。

 

「あのなぁ……まず、そっちの魔弾使いの嬢ちゃん。後衛と回復を兼ねるってだけで俺たちは大分楽に戦えたから十分に報酬を払うに値する。それに、捕まった件に関しては仕方ない。あれを初見で嘘と見破れなんて誰も不可能だ。次に、そっちの嬢ちゃんに関しては、最後の弾丸。あれが勝敗を決したんだ。だから報酬を貰っても可笑しくない」

 

 イヴァンの言葉は二人の行動をちゃんと評価した物だった。

 ひなたが後衛をする事で隙を作っていた。これは前衛にとってはとてもありがたい事であり、一瞬であろうと隙を作ってくれる後衛というのはイヴァンやミラと言った一秒すら命取りとなる戦闘をする人種にとってはとても有り難い事だった。

 そして、シャーレイに関しても、だ。シャーレイの直感だけで撃ったのであろう弾丸はヴァルコラキの目に直撃していた。あれがなければミラは死んでいたしそれが原因で戦線が瓦解し全滅していたかもしれない。それを救ったというのはある意味でこの場にいる全員よりも活躍したと言っているのと同義だった。

 だが、それでもイヴァンとミラの分と同じだけの金をもらう理由にはなっていないと喚く二人だったが、次にイヴァンの発した一言で押し黙った。

 

「もしもお前らが受け取らないならミラに押し付ける」

「……ちょっ」

 

 流石にそうされるとひなたとシャーレイにはどうする事も出来ない。口下手なミラとイヴァンが話し込んでしまえばイヴァンが怒涛の勢いでミラの反論を押しつぶして金を押し付けてしまう事だろう。二人は流石にミラにいらぬ迷惑をかけるわけにはいかないと思い直し、結局金を受け取った。

 

「よし。で、次だ」

 

 ようやく金の行き先が決まった所でイヴァンは次の要件を口にし始める。

 

「ヴァルコラキを倒した件だが……これは俺とミラの二人で倒したって事にしようと思う」

 

 イヴァンは結構真剣な顔で二件目の要件を口にした。

 それは、ひなたとシャーレイの功績を完全になかったものとし、金で揉み消させてくれという手柄の横取りもいい所な話だった。ミラはそれに対して何かを言おうとしていたが、何かに気が付いたのか開きかけていた口をすぐに閉じた。

 ひなたとシャーレイはイヴァンの言葉を聞き、こう答えた。

 

『別にいいけど』

「軽っ!?」

 

 二人はそれをあっさりと受け入れた。流石にこれに関しては少し揉めるかもしれないと思っていたイヴァンだったが、まさかここまであっさりと受け入れられるとは思ってもいなかった。

 だが、よく考えれば金を受け取らなかった二人の謙虚さ故に二人がこう答えるのは予想の範囲内と言える物だった。

 

「……い、一応理由だけは話しておくな?」

 

 二人のあまりにも軽い承認を受けたイヴァンだが、苦笑いを浮かべながら説明はしておくべきだろうと思い、すぐに手柄を横取りする理由を口にした。

 

「まぁ、簡単に言えば嬢ちゃん達に要らん手が伸びないようにするためだ」

「要らない手……?」

「引き抜きやらお見合いやら……そういう、自分達の勢力圏内に囲おうって思う連中に目をつけられないようにするためだな」

「あー……なんかよくあるやつだ……」

 

 ひなたはその言葉を聞いて頭を抱えた。

 確か日本に居た頃に読んでいた小説でそんな話があった気がする。名声を上げすぎたが故に様々な組織や家から好条件と共にこっちに付け、という条件を叩き付けられる話。それを拒み続けた結果、暗殺やら強姦での既成事実の作成と言った強硬手段に出る人間の話。

 ひなたはそれを聞いてようやく自分たちがそれに似たような立場になるかもしれない状況にあるというのを理解した。

 何せ、真祖であるヴァルコラキの討伐に参加して生き残ったのだ。特に、ひなたは後衛として十全な活躍をし、シャーレイは起死回生の一発を撃った。それだけでもこの世界では評価され、何としてでも己の勢力下に収めようとする人間が出てくるのだ。

 

「魔弾使いの嬢ちゃんは分かったか。まぁ、そんな感じだ。お前ら三人、この家でのんびりと生きていたいんだろ? そうすると名声が邪魔だから俺とミラで全部受けちまおうって訳だ」

「……なんで私も」

「お前は慣れてるだろ? 昔からやんちゃしてたしな」

「……そうだけど」

 

 ミラは自分も名声を受ける事に異議を発したが、確かにミラもそういった輩の対処には慣れている。トップクラスとして活躍していけば嫌にでも名声はついて回る。そうするとミラをどうにかして自分達の傀儡にしたいと思う人間が出てくる。

 子供のころから名声を浴びて誘拐未遂にあったり強姦未遂にあったり暗殺未遂にあったりしてきたミラはそういった輩からはとっくにもうどうにもならないと諦められており、新たにミラに手を出そうとしてくる人間が居たとしてもミラはそれを全部どうにか出来る程度には力を持っている。

 それに、ミラは真祖ヴァルコラキを追っていたイヴァンの娘だ。今更真祖を倒した所で真祖殺しとでも呼ばれる程度で普段と特に変わらない扱いだろう。だからミラは渋々だが頷いた。

 ちなみに、そうやってイヴァンとミラが口論している間にひなたはシャーレイに現在の自分達の状況を説明していた。その説明を聞いたシャーレイは笑顔で手柄を持って行ってとイヴァンに言った。シャーレイにとって、手柄よりも金よりも何よりもまずはひなたが優先されるから、当然とも言えた。

 そんな訳で名声は八割がイヴァン、二割がミラという感じで駆除連合に伝えられる事となった。

 そして、イヴァンの話は大体終わり、最後の話となる。

 

「最後にだが、俺、近くに家買うから」

「……へ? この街に住むの?」

「あぁ。ヴァルコラキも殺したしやる事なくなったからなぁ……そろそろ定住するのもいいかと思ったらここの近くの空き家があるのを知ってな。丁度いいしそこを買うかってなってな」

「……それなら何か起こっても安心」

「起こらないのが一番だがな。何か起こったら守ってやるから安心しろ」

 

 最後の話はご近所にイヴァンが引っ越してくるという話だった。まぁ、それは至極どうでもいいとも言えたのでひなたとシャーレイは何かあったらお願いしますとだけ言ってその話は終わった。

 

「んじゃ、そろそろお暇するわ。何せ駆除連合のお偉いさんから呼び出されてるしヴァルコラキの死体を教会に届けにゃならんし不動産にも行く必要があるし根回しの必要もあるし……何気に忙しいからな」

「あぁ、うん。本当になにからなにまでありがとう、イヴァンさん」

「良いってことよ。まぁ、ヴァルコラキの討伐に関わらせてくれたせめてもの礼だ」

 

 イヴァンは去り際にかけられたひなたの言葉にそう返すと、そのままサッと家から出て行った。

 イヴァンが去ってから暫く、家の中は静まり返り、三人は顔を見合わせた。

 この机の上のお金どうしよう、と。

 

「…………取り敢えず二階の物置に置いておこうか」

「そ、そうだね……これ、使い切るの何年後になるんだろ……」

「……暫くはニート」

 

 結局最後はグダグダになってしまった今回の騒動だが、今の三人にとってはこれが一番いい雰囲気とも言えた。

 二週間、全てを諦め生きてきたひなたと、彼女を助けようと奮迅したシャーレイとミラ。彼女達が余計なシコリもなくまたいつも通りの日常を送るのは、これくらいのグダグダ感が丁度よかった。

 

「じゃあ、この後はお昼にしよっか。ひなたちゃん、何か食べたいのある?」

「食べたいもの? そうだね……」

 

 二週間ぶりのシャーレイの手料理。それが食べられる当たり前とも言える幸せを感じながら、ひなたは昼食の注文をした。

 

「じゃあ、カレーで」




と、言うわけでひなたがヒロイン化した今回の話ですが、これにて終了です。今回もひなたはアバラが折れるっていうアクシデントで死にかけてました。毎回死にかけてんなこいつ

次回の更新は、多分番外編を一つ投稿しますが、それすら遅れるかもしれません。ですが、これだけは先に書いておきます



次回、最終章

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