魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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正妻(ひなた)の危機に颯爽と駆け付ける夫(シャーレイ)

……あれ?


第五十七魔弾

「迎えに来たよ、ひなたちゃん」

 

 窓を破り突入してきたシャーレイは手に握っていたロープを手放し、足のホルスターに着けた拳銃を抜いてそうひなたに声をかけた。

 予想外の来訪者。ひなたはそれに対して開いた口が閉じない状態だった。それもその筈、もう会えないと思った最愛の少女がまさか武装して窓を蹴破って突入してくるだなんて、思ってもいなかったからだ。かなりドヤ顔をして立っているが、突入時に切ったのであろう、腕やら足やらから流れている血だったり刺さったままの大きなガラス片があったりと色々と台無しな感じは否めない。

 

「……これはこれは。望まない客が来たものだ」

 

 ヴァルコラキは如何にも参った、といった感じの表情と仕草でシャーレイを見た。その視線には威圧やら殺意やら、並の人間ではその場で失神してしまいそうな程の圧力があったが、シャーレイはそれを受けても倒れない。

 既に覚悟を決めている。絶対にひなたを取り戻すまで、負けてなるものかと。どんな事があろうが、意識を途切れさせないと。だから、今すぐにでも失神してしまいそうな圧を受けながらもシャーレイは口を開く。

 

「客として来たつもりはないからね。ひなたちゃんを返してもらいに来た」

「一人でか? ナメられた物だ」

「一人じゃない」

 

 一人な訳がない。こんなミッションに一人で挑むわけがない。

 その言葉を皮切りに、シャーレイが豪快に蹴り割った窓からもう一人の少女が入ってくる。

 

「ミラ……」

「……お待たせ」

 

 片手に杖を携えた隻脚の少女、ミラ。彼女があまり音を立てずに窓から中に侵入してきた。その身のこなしや、隻脚でありながらも杖を使い完全に衝撃を殺して着地をしたり、その後の一切隙のない抜刀からの構えにひなたは改めてミラの技量の高さを認識する。

 恐らく、彼女たちはこの部屋の真上の屋根にロープを固定して壁を蹴りつつ徐々に降りてきて、勢いをある程度付けてから壁を蹴り、ロープで高さ調整をしてから窓を蹴り割って中に侵入したのだろう。今も部屋の中にあるロープがそれを証明している。何処かの特殊工作部隊かよ、とひなたは笑ってしまったが、面白くない顔をしているのはヴァルコラキだ。一度ならず二度までも邪魔されたという事実は、真祖という生き物の何かプライドのような物に触れてしまったらしい。

 

「……小娘共が。死にに来たか」

「……死ぬのはお前だ」

「吠える物だ、人間風情が」

「そうやって大物感出すとすっごく小物っぽいけどね」

「……ほう? この私を小物と言ったか」

「女の子を拉致って結婚させて犯す男が小物じゃなくて大物とでも?」

 

 ただでさえ苛ついているヴァルコラキをシャーレイとミラが煽る。それに比例して顔を面白いくらいに動かすヴァルコラキ。もう小娘二人に煽られて苛ついている時点で小物臭しかしないという事実にヴァルコラキは気付いていない。

 その間にミラはこの部屋の内装やら広さやらを確かめる。

 広さは、かなりある。ベッドと机、それから本棚しかないこの部屋はまるで貴族の私室かと思える程広く、ミラが存分に戦うには少し広さが足りない物の、十分に戦える位には広かった。家具に関しては壊したり足場に出来るため場所やら大きさは予め覚えておく。

 こうして突入した以上、戦闘は避けられない。ミラが前衛で、シャーレイが後衛。しかもミラはシャーレイが狙われないように常にシャーレイの位置やら何やらに気を付けて戦わなければならない。正直に言えばかなりキツい戦いだが、やらなければもうチャンスは回ってこない。二人はそれを再認識し、改めて武器を構える。

 

「……いいだろう。ならば望み通り殺してくれる」

 

 ヴァルコラキのガウンのような寝間着が紅色の魔力に包まれ姿を変え、まるで何処かの貴族のような派手な服へと変わる。完全に臨戦態勢だと、ヴァルコラキの全身からあふれるような魔力がそれを示していた。

 シャーレイとミラもそれを見て気を引き締めなおし、ヴァルコラキとの対決に備える。

 が、それに異議を投げたのはひなただった。

 

「ま、待て! 二人には手を出さないって約束だろ!!?」

 

 そう、ひなたは二人に手を出さないという条件でヴァルコラキに嫁いだのだ。だと言うのに、それを破られたら本当にひなたがシャーレイの助けを拒んでまで身を捧げた意味がなくなってしまう。

 

「知らんな」

「そ、んな……ふざけるな!!」

「知らんと言ったが? 元々私が君の条件を呑む義理なんて無いからな」

「ぐ、うぅ……」

 

 言い返そうとしても、どうせ全部理不尽な言葉で返されてしまう。だから、言葉に詰まってしまう。だが、このままじゃシャーレイとミラが殺されてしまう。

 しかし、ひなたに力はない。あるのは単体ではほぼ無意味な魔弾を作るだけの魔力と才能。これをどうしたって二人の助けになんてなりやしない。だと言うのに。ミラ自身が戦っても勝つのは無理だと言ったのに、大丈夫だと言わんばかりの自身に溢れた視線を向けてくる。

 何で、どうしてと問いたいがその答えを返す余裕は二人にはきっと無い。

 

「じ、地面! 地面に注意して!! 槍が突き出してくるから!!」

「……大丈夫。分かってるから」

「任せて。後は、こっちで何とかするから」

 

 じゃあせめて、とあの回避不可能とも思える攻撃に関して注意するが二人は顔色一つ変えない。なんで、どうしてと疑問が頭の中をグルグルと回っていく。ヴァルコラキは余計な事を、と声を漏らしているから効果的ではあったのだと思うが、真祖の能力は底が知れない。

 ブラッドフォードに下剋上を挑むのだからそこそこの実力があるのであろうヴァルコラキだ。かつてひなたが受けたコンボをそのままそっくり二人に浴びせる可能性だってある。それをひなたは見ているしかない。いや、起爆銃があったとしても、真祖を相手に戦うという選択肢が出てくる物なのか、とすら疑問を持ってしまう。それ位に、今自分の近くで魔力を垂れ流すヴァルコラキの力は未知数であり、強大だった。

 

「……ヒナタが嫁いだ理由も分かったし、遠慮なく戦える」

「予想通りだったね。ひなたちゃんを脅して嫁がせるって」

「……多分、眷属と自分の血を使ったデモンストレーションも合ってる」

「案外小物で安心してるよ」

「貴様等……ッ!」

 

 えっ、デモンストレーション? とひなたが頭の中で疑問を持つ。が、それの答えをシャーレイとミラは口にしないまま武器を構えつつ移動する。

 ミラがシャーレイの前に立ち、シャーレイはミラの斜め後ろへ。ヴァルコラキへの射線を通しつつ、ミラに前衛を張ってもらう即席のフォーメーション。だが、二人しか居ないが故にこうしたフォーメーションになるのは必然とも言えた。

 が、方や杖をついた状態の剣士。方や即席の銃使い。戦闘力的には不安しか生まれないメンツだった。それ故にヴァルコラキはミラの相手は多少手こずるかもしれないが、シャーレイに関してはただの雑魚。ミラに注意さえ払っておけば相手に勝ち目は一切ないと把握し、理解していた。

 数百年以上生きてきた真祖故の観察眼。例え戦闘を好んでいなかったとしても戦った数はシャーレイとミラの遥か上を行く。そこから得た戦闘経験は二人の倍以上であり、ミラとシャーレイには万が一程度にしか勝率は残されていなかった。

 だと言うのに、剣を下ろさない。銃を仕舞わない。ひなたを助けるという確固たる意志の元、各々の得物は敵を捉えている。対してヴァルコラキは不敵に笑って二人を見ている。ヴァルコラキからしたら二十にも満たない小娘如きに苦戦するなんて思ってすら居ないのだろう。

 

「……疾ッ!」

 

 そして、ミラが動いた。

 鋭く息を吐き自身に気合を入れつつ杖と己の足を使いその場から飛び出し目にも止まらぬ速さで風を切りヴァルコラキへ向かって斬りかかる。が、ヴァルコラキはそれに反応する。

 一瞬にして展開されたのは紅色の障壁。ひなたの使うシールドなんてペラッペラの紙程度の強度しかないと思える程強力な障壁。そこにミラの剣が激突した瞬間、紅色の魔力が暴風のように吹き荒れ、それに対抗するように青色の魔力が吹き荒れる。魔力には魔力を。そんな頭の悪いとしか言いようがない対抗によってミラは真祖の作り出した障壁と対抗している。

 そんなミラの力を受け、ヴァルコラキの表情が軽く歪む。が、それだけ。障壁が一層強く紅に光ると、ミラの体が押し出され、そのまま弾き飛ばされた。直後、その障壁に銃声と共に弾丸が突き刺さる。

 

「硬っ……」

「やっぱ効かないよねぇ……」

 

 ミラが弾き飛ばされた瞬間の隙。それを消すための弾丸だったが、やはり当たらない。だが、一応視線をシャーレイの方へ向ける事が出来たため、ミラは何とかかんとか着地をする事が出来た。

 今のミラではこうした一撃離脱戦法しか取ることが出来ない。細かい位置調整と追撃、連撃はとてもじゃないが素早く行うことが出来ない。そのため、一撃離脱しか出来ないのだ。

 だが、今は耐える時だ。剣を構えて杖でバランスを取る。その最中、後ろにいるシャーレイにミラは目配せを一瞬し、シャーレイはそれに頷く。直後、ミラが動いた。

 再び鋭く息を吐きミラが地面を蹴って高速でヴァルコラキへと肉薄する。そしてヴァルコラキとの距離が剣の間合いに入った瞬間、杖から手を放し腕から離れないようにしているベルトが辛うじて杖を手から離さず、杖は重力に従い地面へとその先端を下す。そして、ミラは両手で剣を握ると、そのまま力の限り振り下ろした。

 

「ハァァッ!!」

 

 叫びながら剣を振り下ろす。先ほどの片手よりも体重と力と魔力を乗せた先ほどよりも更に重い全力の一撃がヴァルコラキの障壁と激突する。それだけで先ほどよりもかなり激しい魔力と魔力がぶつかった事による衝撃と風圧が部屋を荒れ狂う。

 そんな人類トップクラスの少女と吸血鬼の頂点である真祖の力と力のぶつかり合いが繰り広げられる部屋の中、ひなたはこっそりと近寄ってきていたらしいシャーレイに手を取られた。ちなみに、ガラス片は既に抜かれており傷はミラから受け取っていたらしい秘薬を少しだけ飲むことで塞がっていた。

 

「こっち!」

「う、うん……」

 

 その言葉にひなたは拒絶の意を示そうか一瞬迷ったが、既にヴァルコラキの間で交わされていた約束は無碍にされている。ならば、シャーレイの言葉に従ってもどっちみち結末は変わらないと考え、その言葉に対して頷いた。その直後、ガラスのような物が割れる音が響いた。

 ベッドの上を移動してシャーレイが入ってきた窓の方へと移動しながらその音がした方へ視線をやる。そこでは、つい先程剣を障壁へとぶち込んだミラが、その障壁を剣で砕き、追撃をかけている所だった。ヴァルコラキはその攻撃の威力が完全に予想外だったのであろう、かなり間抜けな顔を晒していた。

 直後、その顔から股下までミラの剣がヴァルコラキを切り裂いた。

 

「ぐおぉぉ!!?」

 

 その攻撃を受け声を漏らすヴァルコラキ。夥しいまでの量の血が地面に落ちていく。

 頭から股下まで真っ二つ。そんな人間なら確実に即死する攻撃を受けてなお、ヴァルコラキは声を漏らしていた。つまり、ヴァルコラキはその攻撃を受けても死んでいない。

 ミラはすぐさま杖を握り後ろへ向かって飛び、着地をしてバランスを取ってから再び剣を構える。その後ろにようやくシャーレイとひなたも隠れるように駆け付けた。

 

「少々侮っていたみたいだ……まさか障壁を抜かれるとはな」

「……化け物」

「完璧な生命体と言ってもらおうか。私は人間のような脆弱な存在では無いのでな」

 

 ヴァルコラキはやはりとでも言うべきか、生きていた。体を左右に分割されて尚且つ、意識を保ちながらも生きていた。ミラは噂程度でしか真祖を含めた吸血鬼の回復力を聞いたことが無かったが、こうして目の当たりにしてみると分かる。相手は正真正銘の化け物であり、今までのような感じで戦っていては、絶対に何かしらのしっぺ返しを食らってしまうと。

 これを不死殺し無しで殺したという人間の噂は一応聞いたことはあるが、一体どうやって倒したのかと胸倉掴んで問いただしたい気分になってくる。真っ二つにしても死なない相手をどうやって殺したのかが本当に分からない。

 ミラは剣で駄目なら、と考え剣の切っ先をヴァルコラキへと向ける。

 

「……海より来たれ災厄の力。我が眼前の敵をその力をもって滅せよ」

「魔法か……猪口才な」

 

 ミラが口にしたのは魔法を発動するためのキーとなる詠唱だった。それを聞いた瞬間、ヴァルコラキは鬱陶しそうにまずは己の体を再生させくっ付けてから手のひらをミラの方へと向けた。その間にミラの詠唱は完成し、魔法の発動準備が完了する。

 魔力が剣を流れていき、杖の役割を持った剣が青色の魔力を纏い淡く光る。そして、それが一層強く光った瞬間、ミラの目の前の床から夥しい量の水が出現し、目の前に水の壁を作る。

 

「タイダル・ウェイブ」

 

 そして、ミラが魔法名を口にした瞬間、その水の壁は一斉にヴァルコラキの元へと殺到し、ただの水が質量の暴力と化す。ひなたが相手なら確実に防ぎようのない魔法。恐らく、名前の通り魔力で水を作り出し、それを津波のように相手に押し付ける魔法なのだろう。

 ミラの魔法の適正は、本来は氷ではなく水。氷魔法は水魔法からの派生であるため、ミラは元より水魔法の方が得意なのだ。氷魔法ばかり使っていたのは、直接的な質量を生める分、そちらの方が使い勝手が良かったからだ。だが、少量では目晦まし程度にしかならない水もこうして壁を作り波となれば立派な暴力となる。

 

「甘い!」

 

 だが、その暴力は真祖にとっては児戯に等しい。腕を振るい単純な魔力の暴力によってミラの作り出した津波は一瞬にして押し返され、波としての形を保てなくなりその場で弾け消えていった。が、その合間から今度はミラが飛び出してくる。

 魔法の発動とほぼ同時に踏み込んだミラが障壁を作らせる間もなくヴァルコラキへと肉薄する。そして、次の瞬間にはミラは剣をヴァルコラキへ向けて振っていた。しかし、その渾身の一撃は金属の音を鳴らすだけでヴァルコラキの体に届くことは無かった。

 

「槍……っ」

「完璧な生命体たる私が武器を持たないとでも思ったか?」

「……無論、知っていた」

 

 一瞬顔を歪めたミラ。その視線の先には真紅の槍を携え嗤うヴァルコラキが居た。

 が、相手が近接武器を何もない場所から生み出し振るう事なんて知らない訳がない。相手の言葉に言葉を返し、片手故に力が出ないため下がりつつ一気に剣を振りぬき、槍の上で刃を滑らせ、刃の切っ先が槍から離れ腕が下へ下がったと同時に牛戸へと飛ぶ。しかし、それを逃す訳がなくヴァルコラキがミラを追う。

 それを見て舌打ちをしたミラが己の背中からその後ろの床まで魔法で氷の台を作成し自分の体を支えさせると杖を手放し両手でヴァルコラキの槍を迎撃する。

 真祖としての力を余さず発揮された脚力と腕力による渾身の突き。それをミラは受け流すのが現状困難だと判断し剣の先端部分の腹に手を添え、剣の中心で槍の矛先を受け止める。

 が、片足がないミラではそれを受け止めきる事ができず、己を支えるために生み出した氷は一瞬にしてその役割を果たし終え砕け散り、ミラは突進の勢いをそのまま受け後ろへと吹っ飛ぶ。直後、轟音と共にミラの体が壁に埋まり、壁に亀裂が走る。

 

「ぐぅ!!」

 

 しかし、その衝撃とダメージを受けてなお、ミラの体には痛みが走るのみで骨まで折れる事はなかった。片足と両手で上手いこと衝撃を分散させた結果ではあったが、それでも背中側からの悲鳴が激しい。恐らく、次同じことをされれば背骨にヒビの一つや二つ入るかもしれない。そんなダメージチェックにも似た思考を一瞬で終え、壁に埋まった状態で剣を構える。

 その瞬間にはヴァルコラキが目の前に居た。

 

「やばっ……」

「遅い脆い弱いィッ!!」

 

 直後、ミラの腹に槍が突き刺さり体と壁を縫い付けられる。

 

「ごふっ!?」

「お仕舞だ、人間ッ!!」

「ま、だァ!!」

 

 血を吐き、縫い付けられるミラ。そのミラへと向かってヴァルコラキは新たな槍を手のひらから射出するようにして生み出した後にそれを握り、ミラの心臓へ向けて振るう。

 それを甘んじて受けるミラではない。腹からの激痛に耐えながら魔力を体内から引っ張り出し即席で魔法を発動させる。剣の先端付近から氷を生み出し、それに刃を付け一気に伸ばし、槍のリーチを一瞬にして超えると半分ほどが氷の刃に覆われた剣を下から上へ、剣を振り上げる事によってヴァルコラキが槍を握っていた右腕を二の腕から切り飛ばす。

 切られた腕はそのままひなた達の方へと吹っ飛んで行ったが、そんな事を気にしている余裕なんてない。ヴァルコラキが舌打ちをしてから血が噴き出す右手を再生させる。噴き出した血が勢いを無くし空中で腕の形を作りそれが肉体を持つことで完全な再生を完了させるという見慣れない光景を見たミラだが、それを見届けていた訳ではない。

 振り上げた剣の先端を一旦保持するのを止め折る事によってリーチを調節し、再び先端に刃を持たせてからヴァルコラキの体へと氷の刃を突き刺す。

 

「射出!」

 

 その言葉と同時に剣先から伸びていた氷の刃が丸々射出され、ヴァルコラキごとミラの対面の壁へと郵送していく。その間にミラは手を壁に当て、力づくで貼り付けにされて己の体を壁から引きはがす。そして、ミラが腹から飛び出す槍を剣で叩き切った後に己の背中から伸びる槍を掴み、小さく痛みに喘ぎながらも短くなった槍を引き抜く。

 

「けっこう、きつい……」

 

 息を切らしながら呟いたミラは地面に手と膝を付きながら片手でポーチから薬を取り出すとそれを服用し容器を投げ捨てる。その数秒後には腹から流れていた血は止まり、皮膚と肉が再生する。だが、槍が腹に刺さるという痛みはどうにも耐えきれる物ではなく、しかも刺された際に内臓を突き破れらたらしく、その余韻として傷は誤魔化してあるのに痛みが走って現在進行形で意識が朦朧としかけている。

 対してヴァルコラキは反対側の壁まで吹き飛ばされミラと同じように壁に縫い付けられたのにも関わらずすぐに壁から脱出し己の体から飛び出す氷の刃を掴んで引き抜いた。

 

「片足の人間にしてはよくやる。誉めてやろう」

「……ぺっ」

 

 満身創痍、と言うほどではないが大幅に体力を削られたミラとダメージが入っているのか入っていないのかよく分からないヴァルコラキ。ミラは床に血の混ざった唾を吐きだし、なんとか杖を手にして立ち上がる。

 人間対真祖という戦いを考えれば、この程度は簡単に予想ができる。傷を自力で全て治癒する術がなく痛みに弱い人間と、傷を自力で、瞬時に何の対価も無く再生できる真祖。こうして一進一退の戦いをしていけばどちらが先にダウンするかなんて分かりきっている事だ。

 技量で人間が押せたとしても真祖は己の力でゴリ押ししていけば何時かは人間に傷を負わす事ができる。少しでも傷が付けば動きが鈍る人間はそれから何度もゴリ押しされて沈む。魔法での戦いを挑もうと、真祖の魔力は桁外れ。しかも真祖は自力で回復する。どうしても人間が後手に回ってしまう。

 圧倒的な種族の性能の差。これがどうしてもヴァルコラキとミラの壁となってしまう。

 

「だが、これはどうかな?」

 

 ミラが立ち上がったと同時にヴァルコラキが再生させた腕で指を鳴らした。それを聞いた瞬間、ミラはその場で身を捩った。

 ミラが身を捩ると同時にミラの目の前から大量の槍が床から生えて襲ってくる。ミラはそれを身を捩り即死、または重症に繋がる槍だけを避け、掠り傷程度の槍はその身で受ける。

 一瞬にして全身から血を流すミラ。しかし、その全てが掠り傷。全ての槍をどうにかしたと判断した瞬間、ミラは剣を持った腕を振り目の前の槍を全て剣から出した魔力の爆風で折り飛ばしヴァルコラキまでの進路を作り出す。しかし、直後に指が鳴らされる。それを聞いたミラは顔を顰めながらもその場で上へ向かって跳躍する。

 跳躍とほぼ同時。真下からは槍が生え、ミラを串刺しにせんとする。が、ミラが天井に手を付き、指を天井にめり込ませ下半身を筋力だけで持ち上げ天井に貼り付くと槍を伸ばすのがそこで限界だったのか、ミラから三十センチ程離れた場所で槍が停止する。

 それを肉眼で確認した直後、ミラは天井から手を放し落ちながら目前の槍を剣で叩き折り安全に腕で着地。そして、足が地面に付いた直後、腕と足の力で一気に体をヴァルコラキの方へと射出する。

 この間、十秒未満。ひなたが危ないと口にする前にミラは全ての行動を終わらせ攻撃に移っていた。その動きは、足を失っているのにも関わらずひなたの数倍速く、数倍力強かった。だが、その行動全てをヴァルコラキは予想していた。

 

「甘い」

 

 ――そう呟き、ヴァルコラキは指を鳴らした。

 その音が鳴り響いた直後、ヴァルコラキの体のあちこちが起伏し、ミラが何が起こっているのかを判断しきる前に飛び出したミラへ向かってヴァルコラキの体から槍が生え、一直線に向かってきているミラを迎撃していた。

 ミラがそれに気づいた時には、剣山のような槍が目の前を面制圧し、死を悟らせていた。

 片足しかない現状で、この状態から後ろへ跳ね退く事は出来ない。剣を振ろうにも間に合わない。ミラの直感がそれを知らせ、本能が死ぬしかないと喚き散らしている。

 言葉一つ放つ事も出来ず、なんとか足を動かしているが間に合う気がしない。ミラの見る世界が完全にスローモーションになり、槍が迫ってくる。目前まで迫ってくる死。それをどうにかしようと頭を働かせ――

 

「油断すんなっつったろうが、馬鹿娘」

 

 声が聞こえた。

 その直後にもう顔に突き刺さろうとしていた槍は急激に離れていき、ミラの体が逆再生をするの如く後ろへと吹っ飛んでいく。

 吹っ飛んでいく最中、見知った男の後姿が見えて、それが見えた時には、ミラの目の前にあった槍が全てその男がミラの目にも止まらない速さで振るった剣によって叩き折られていた。

 

「何ッ……?」

「よぉ、久しぶりだなヴァルコラキ。テメェの(タマ)、取りに来たぜ」

「……パパ。いつの間に」

「はぁ!? パパって……はぁ!!?」

 

 ヴァルコラキが驚愕し、男がヴァルコラキに向かってそう呟き、ミラがその人物の大雑把な詳細を口にし、ひなたが一度だけ見たことがある男の詳細を聞いて仰天する。

 

「そっちの嬢ちゃん、後は俺達に任せな。あん時の詫びもある。このクソヴァンプを殺して、助けてやる」

「貴、様……何者だッ!」

 

 剣を構えひなたに向かって声をかける男。そして、直後にヴァルコラキからかけられた問いに男は答えた。

 

「俺の名は、イヴァン・マイヤーズ。ヴァルコラキ、テメェに殺されたマイ・B・マイヤーズの夫だ。思い出したか?」

 

 彼こそが、ミラが救援を頼んだ男。彼女の父でありヴァルコラキを憎む者、イヴァンだった。




復讐しにいざ鎌倉

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