魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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実は10/8の1:06分頃に一分間だけ誤爆で投稿されていたりした話です


第五十六魔弾

 全ての始まりは、あの時。シャーレイにミラを売ってほぼ手ぶらで外へと出かけた時だった。あの時、ひなたはヴァルコラキに声をかけられ、目を付けられた。

 が、あの時……最初に顔を合わせてしまう前からヴァルコラキはひなたの事を狙っていた。最初からヴァルコラキはひなたの身柄を我が物とし、殺す事でブラッドフォードへの下剋上を行うための手駒として確保する気だった。本当にはた迷惑な話だ。吸血鬼共の下らない地位争いに巻き込まれ殺される。ひなたの運命は、ブラッドフォードの眷属とされたその瞬間からそう決まってしまっていたのだ。

 だが、それだけならひなたは抗った。だが、抗えない……抗ってはいけない事情が出来てしまったのだ。それが、結婚式の場でシャーレイの助けを拒んだ結果にも繋がる。

 二週間前、三人で一緒に外出した時の事だった。あの日、ひなたはシャーレイとミラが店の中に入っていくのを見送ってから煙草を口に咥え肺に煙を落としていた。その一服は僅か数分で終わり、その後はシャーレイとミラに合流するつもりだった。が、その時にひなたは声をかけられた。かけられてしまった。

 

「やぁ、いつかのお嬢さん。元気にしてたかな?」

「……たった今不機嫌になったけど」

 

 店に入ろうとした所を声をかけて呼び止めたのは、当時はまだワラキアという名前しか知らなかった男……つまりはヴラド・ヴァルコラキだった。ヴァルコラキは如何にも無害だと言いたい位の笑顔でひなたに声をかけてきた。

 その声を聞いた瞬間、煙草も吸ったことでかなり穏やかになっていたひなたの気持ちは一気に不機嫌になった。

 相手を魅了で洗脳して何処かへ連れて行こうとする男に対して不快感やら何やらを抱くのは当たり前の事だ。ひなたは片手を起爆銃に添えた状態でヴァルコラキの声に反応した。

 

「今日は早速だけどね。用があって君に話をしに来た」

「へぇ。要件だけ言ってさっさと帰ってほしいんだけど」

 

 まだ、魅了にはかかっていない。起爆銃に手を添えながらひなたは手の中に魔弾を……レジストの魔弾を作成した。もしも魅了にかかったらこれをすぐに割って起爆銃を抜き、脅して金輪際関わらないように言質を取るつもりだった。

 ひなたの挑発的な言葉に対してヴァルコラキは何の躊躇いもなく己の要件を口にした。

 

「君を我が花嫁として迎えたい」

「さっさと回れ右して帰れクソ野郎」

 

 ヴァルコラキの言葉に対し、ひなたは若干食い気味に返した。

 その言葉に対してヴァルコラキはやれやれ、と肩を窄めた。その様子に何処か驚いた様子も残念に思う様子もなく、この言葉を返してくるのはまるで予想範囲内だとでも言わんばかりの態度だった。

 だが、ひなたにとってそれはどうでもいい事であり、その時のひなたは困惑していた。

 何故魅了をかけて来ない。魅了を使えばひなたがそれに気づく前にイエスと答えてしまう可能性は無きにしもあらずだったのに、と。ただお茶に誘うだけで魅了を使い、婚約を申し出る時には魅了を使わない。その様子にひなたは大きな違和感と今すぐにミラの元へ行けという直感の悲鳴のような物を聞いた。

 その直感に従えなかったのは、次にヴァルコラキが口にした言葉があったからだった。

 

「やはり、ブラッドフォードの眷属を手中に収めるのは面倒だ」

「な、に……?」

 

 ヴァルコラキは、ブラッドフォードの名を口にした。ひなたにとって、タブーとも言えるワードである、ブラッドフォードの名前を。

 今でも憎み、殺し、復讐を果たしたいと思う仇敵の名前を目の前の男は口にした。そして、その眷属であるひなたを手中に収めるという言葉。この事から、ひなたはヴァルコラキの事を真祖の事を少なからず知るものだと捉え、ブラッドフォードの情報を吐かせるためにレジストの魔弾をポケットに仕舞い、起爆銃を握った。

 

「では、こうして私が真祖に関連する者だと分からせた故に、改めて自己紹介をしよう。私の名はワラキア……ではなく、ヴラド。ヴラド・ヴァルコラキ。これから一年後にはブラッドフォードを超え真祖の王となる者の名前だ」

「ヴァル、コラキ……ッ!?」

 

 その名前には、微かに覚えがあった。

 一体何処でその名前を……いや、真祖の名前を聞いた。そう思考の海を手繰り、そしてようやく思い出した。

 ヴラド・ヴァルコラキ。それはひなたをたった一撃で戦闘不能にしたミラの父であろう人物が口にした名前だと。つまり、ミラの父が探していた真祖。

 それが、目の前に居る。ひなたは咄嗟に起爆銃を抜いた。だが、ヴァルコラキはそれを嘲笑い眺めているだけ。

 

「こうして改めて自己紹介をした所で、聞こう。我が花嫁となる気はないか?」

「断る」

 

 ただでさえ普通の人間の花嫁になんてなりたくないのに、真祖の……それも仲間の父が探している敵の花嫁に自らなりに行く分けがない。起爆銃を構えた状態でひなたはヴァルコラキから徐々に距離をとる。

 ミラを呼ばなければ。ミラを呼んでこの場を凌がなければ。周りにいた人間はひなたが起爆銃を構えた時点で何処かへ逃げており、それでも物好きな野次馬は離れた場所からひなたとヴァルコラキの事を見ている。見世物じゃないんだぞ、と叫びたかったが、少しでもヴァルコラキから目を離す訳にはいかない。ミラを呼んでこの場を凌がないと、最悪の場合はここで何も出来ずに死ぬ。いや、ミラがいなければ確実に死ぬ。

 真祖の生み出すゾンビにすらギリギリ勝てるか勝てないかというラインなのに真祖本体を相手にして勝てる訳がない。自分の力を把握しているからこそ、助けを求めずにはいられなかった。

 

「……ならば仕方ない。少し、脅すとしよう」

「脅す……?」

 

 そしてひなたがミラに助けを求めるため、ジリジリと後ろに下がり、あと数十秒で確実に逃げれるであろうラインに到達するという所でヴァルコラキが声を出した。

 脅す。その意味はよく分かるが、一体どうやって。そう思った瞬間、ヴァルコラキが指を鳴らした。

 それと全く同時に、ヴァルコラキの後ろ……ひなたの視線の先で野次馬をしていた男が真下から出現した紅い槍のような物に貫かれ串刺しにされ、その野次馬が持っていた買い物袋が地面に落ちた。

 

「…………は?」

 

 ――人が死んだ。

 少し遠く、十数メートル離れた場所にいた男が、悲鳴を上げる間もなく地面から生えてきた槍に刺されて死んだ。

 その事実を飲み込むまでにたっぷり十秒の時間を要した。そして、その間にも状況は変わっていった。

 地面から生えた槍に刺された男はそのまま溶けるように槍に吸収されていき、男の姿は完全に消え去った。それを周りに居た野次馬はただ眺めているだけで悲鳴の一つを上げる事すら出来ない。ひなたすら、いきなり出た異常な光景に脳を追いつかせる事が出来ていなかった。

 そして、誰かが尻餅を付いた瞬間、もう一度指が鳴らされた。

 それが皮切りに、周りの野次馬達はまるでそこには誰もいなかったのだと認識したかのようにその場から視線を外した。誰も、悲鳴すら上げない。

 

「な、なにを……」

 

 いつの間にかひなたの手は震えていた。そして、言葉すら震えていた。

 反応する事すら許されず、一人の人間が死に、誰もがその事を覚えていない。

 それはひなたに見せられた幻覚だったのかもしれない。だが、野次馬の持っていた買い物袋は未だにそこにある。誰も気に留めないそれが、先ほどの男が死んだという現実を知らしめている。

 

「簡単な事さ。あの男を串刺しにして死体を消した後に周りの人間からあの男がここに居た、という記憶を纏めて消しただけだ。君以外から、だが」

 

 その瞬間、ひなたの背中には冷や汗が伝った。

 反応なんて出来るわけがない、逃げれる訳がない。ヴァルコラキが殺ろうと思えばひなたは今この瞬間にでも殺されるのだと、嫌にでも分かった。

 

「……べ、別にボクはここに居る野次馬が全員死んだ所で考えは改めない」

 

 無関係な人が幾ら死のうがひなたにとっては関係ない。人の命よりも自分の命だ。その程度じゃひなたは揺れない。

 見知らぬ野次馬程度では、だが。

 

「いや、違う。君が断れば……あの中にいる君の大切な友人達が同じような目にあう。ただそれだけさ」

 

 これが、決着だった。

 例えひなた自身が生き残ってもシャーレイとミラが死んでしまえば生きている意味なんてないと思ってしまうだろう。片思いなのか両想いなのか分からない恋をしているシャーレイと、友人として、親友として、仲間として共に生きるミラ。彼女達を人質に取られては、どうしようもない。

 

「例え一撃目を避けられても私自身が殺す。ここで君が頷き助けを求めても殺す。君が私の元から離れても殺す。果たして君の友達は急に地面から生えてきた槍を避けきる事が出来るかな?」

 

 もう、ひなたにはどうする事も出来なかった。後は想像が出来る通り、起爆銃を下ろし、言われるがままにヴァルコラキの要求を飲み、その日の夜に荷物を纏めて屋敷まで来いという要求を飲まされ……後は二週間後の結婚式が来るまでドレスを着させられて毎日外を眺めるだけだった。もしもミラがヴァルコラキを倒せるのなら、助けを求めたかもしれないが、それを無理だと言われてしまった以上、ひなたはヴァルコラキの要求を全て飲み、代わりに二人には絶対に手を出させない事を約束させた。

 それ故に、ひなたはヴァルコラキの元から離れる事が出来なかった。逃げれば二人が死んでしまうと分かっているから。

 

「……シャーレイも、ミラも……無事だよね」

 

 そして、時は結婚式後……その日の夜に移る。

 特に美味しくもない夕食を食わされ、暫く後にひなたはヴァルコラキの私室へと連れていかれ、ベッドに座って待っているようにと言われた。つまり、夕食を食べてちょっとしたら頂かれるのはひなた、という事なのだろう。全く持って笑えない。

 だが、もう諦めた事だ。貞操はシャーレイに色々とアレな事をされて奪われた。性行為の初めてと言える初めては大体シャーレイが奪ってくれたから、後は天井のシミでも数えて死ぬまでのカウントダウンをするだけの単純作業が待っている。ただ、それだけ。例え犯されようと知ったことじゃない。初めてはシャーレイに捧げられた。そして最後にシャーレイとミラに会えた。それだけで大分気が楽だった。

 ベッドに座り、ジッと外を見る。ヴァルコラキの私室の窓は大きく、月がよく見えた。それと同時に、月明かりだけを明りにしていたからか、目が慣れて星々がよく見える。天井のシミを数え終わったらオリジナルの星座でも作ってみるか、なんて思ってしまう。きっと、くだらない星座ばかり完成する。

 そうして特に緊張感もなく時間を消費し、ヴァルコラキがあまりにも遅いため遺書でも書いておこうか、とヴァルコラキの机の上にある紙を見て考えたところで、扉がノックもなしに開いた。

 

「待たせたね、私の花嫁」

「待ってねぇから死ね」

 

 入ってきたヴァルコラキに対して中指を立てる。最早恒例行事のようだが、それ故に最初はその動作に多少苛ついていたヴァルコラキも完全に無視している。

 ヴァルコラキはそのままいけ好かない顔を変えずにひなたの前まで歩いてくると、徐にひなたの手首を掴んでベッドの上にひなたを押し倒した。それに対してひなたは抵抗をしない。どうせ無駄だと諦めているからだ。そろそろ天井のシミを数える準備でもしようかな、と思っている位だった。

 

「それじゃあ、夫婦としての愛を育もうか」

「勝手に育め。そして死ね。ボクの愛はシャーレイの物だ」

 

 ぺっと唾を吐き捨てるがヴァルコラキはそれを避ける。そして自分に向かって降ってきた唾は勿論避ける。クソがっ、と悪態突いて天井に焦点を合わせる。

 

「それじゃあ、昼間は出来なかった愛のベーゼとでもいこうか。結婚初夜に初めてのキスというものも中々いいものだろう?」

「知らねーよクソ野郎」

 

 そんな最初は聞くたびに何か言葉を返してきた毒舌も無視される。

 押し倒された状態で顎に手をやられ、そのまま少し持ち上げられる。そして、徐々に近づいてくるヴァルコラキの顔。それに嫌悪感を覚え今すぐにでも蹴飛ばしてしまいたくなるが、股の間に足をやられ、スカートを抑えられているせいで足を動かすことが出来ない。

 いよいよ年貢の納め時か、と思いさっさと天井のシミを数え始める。

 どうせなら、男なんかに唇を奪われたくなかった。そんな気持ちを抱えながら徐々に零距離へと近づいてくる唇から無意識下で逃げるように顔を動かし――

 

「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 物凄い音を立てて割れた窓にビックリし、そっちへ頭を動かした。

 

「ふぁっ!!?」

 

 ひなたが物凄い間抜けな声を発しながら窓を見る。窓は外側から完全に破られ、かなり大きな穴が生まれてしまっている。ヴァルコラキも予想外だったのか、押し倒していたひなたから手を放して一旦立ち上がりそっちを見た。

 

「いたたた……ひなたちゃんは私の物! だから、絶対に渡さない!! キスなんて持っての他だ!!」

 

 立ち上がりながら、そう叫ぶ人物を見てひなたは思わず叫んでしまった。

 

「シャーレイぃ!!?」

「……迎えに来たよ、ひなたちゃん」

 

 窓を割り突入してきたのは、力を持たないはずのひなたの最愛の少女だった。




ひなた救出にいざ鎌倉

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