魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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えー、ひなたさんの出番は暫くありません。主人公チェンジです


第四十九魔弾

 夢を、見た。とても嫌な夢で、今を構成するには必要な物で……この手で守れなかった物の、夢。

 僅か一か月とちょっと前の事。まだ、足を失う前の事で、ひなた達と知り合う切っ掛けとなったあの事件。つまり、体内に寄生し、宿主を爆破しそして新たな宿主へと寄生するあの魔獣の起こした悲劇の回想。

 

「嫌なの! 私はまだ生きていたい……ルナの成長を見届けて、ルナを見捨てたあの人の分まで、あの子に愛情を注いであげたいの!! 私にはまだ、やりたい事が……やり残した事がまだあるのよぉ!!」

「いやだよ……しにたくないよ……まだいきてたい……! おかあさんみたいにきれいなおとなになりたいし、けっこんもしたいの!! おねがい……たすけて……たすけてよぉ……」

 

 それは、ルナの母親と、ルナの声。彼女達は、決して今生に後悔を持っていなかった訳ではない。死を叩き付けられ、必死に解決法を模索してとうとうそれは存在しないと分かった時。それを告げた時、ルナの母は絶望にその顔を歪めて叫んだ。懇願した。死にたくないと。ルナが一人前になるまで生きていたいと。

 ルナは呟いた。やりたい事を。叫んだ。将来の夢を。助けてとミラにしがみついて呟いた。しかし、ミラにはそれをどうにかする術がなかった。父と共に方法を探し、探し、探し、しかし見つからなかった。そして宣告したのだ。

 ルナの最期は、三人を死なせたくないという言葉だった。だが、その前に、確かに今への執着を口にした。死への恐怖に屈した。死にたくないと泣き叫んだ。

 彼女の母親もそうだった。死にたくないと叫んで、叫んで。しかし、最期はルナを巻き込まないためにルナの元から離れ、死んだ。それが無駄になったのは、特筆すべき事ではないだろう。彼女の最期を彩るために。

 

『――けて……』

 

 声が、聞こえた。

 それは、聞き覚えがあるようで、聞き覚えがないようで。

 

『たすけて……』

 

 その声は、背後から聞こえた。

 

『たすけて……ミラ…………しにたく、ないよ……』

 

 肩を、触られた。

 そうだ、この声は、ひなただ。

 昨日、家を出て行ってしまったひなたの声だ。

 思わず振り向いた。そして、そこにある顔を見て、凍り付く。

 

『いきてたいよ……シャーレイとまだいっしょにいたいよ…………たすけてよぉ……』

 

 そこにある筈の眼球は無くて。歯も半数以上は抜け落ちていて。銀色の髪は紅に染まって、半数以上が抜け落ちてスカスカになっていて。手の肉は削がれていて、頬の肉はどこかへ落としていて、骨はむき出しになって内臓はむき出しになって足は崩れかけていて心臓は動いていなくて体温はなくてアバラはいまそのばにおとしていてちがしたたっていてなにもかもがたりなくてそんなひなたがそんなひなたがたすけをもとめていてだけどうごけなくて――――――

 

 

 

『ミラああぁあぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁあっ!!』

「ひぃああぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 

「ああぁぁぁあああぁぁぁ!!? あ、あぁ……あ?」

 

 目が覚めた。

 夢、それも特大の悪夢だった。

 自室のベッドで叫びを上げながら上半身を起こして目を覚まし、そのまま暫く呆然とする。そして、ようやく先ほどの地獄のような光景が夢だった事を知る。そしてようやく一息ついたが、自室に入ってくる光は無く、未だに日が昇る前の時間だという事が嫌にでも分かった。

 枕の傍に置いておいたリモコンで部屋の明かりを付けると、ようやく息と動悸が落ち着いた。

 

「……くっ」

 

 先ほどの悪夢に対して出てくる言葉はなく、昨日から感じている嫌な予感は更に強まるだけだった。

 恐らく、あれは警告の一種なのだろうと想像する。ひなたを助けないときっと手遅れな事になる。そういう、何かしらの啓示なのだろう。だが、抗う術なんて今は持っていない。悔しく思いながらも唇を噛むだけ。

 結局、昨日のあの後はひなたを連れ戻す事は叶わず錯乱するシャーレイを宥めたが収まらなかったため心が痛んだが腹に拳を入れて無理矢理気絶させて部屋へと連れていき、そのまま寝かせた。そしてミラ自身も心が落ち着くことはなく、ひなたが置いていった起爆銃をシャーレイの枕元に置いて暫く心を落ち着かせるために剣を研いでから寝た。

 時計を見てみれば眠りに落ちてからまだ一時間程度しか経っておらず、しかし眠気は完全に飛んでいてしまっていた。まだ日が昇るまでには一時間程度時間がある。前髪を握りつぶし、杖を片手にベッドから起き上がる。そして部屋から出ると、何故か居間に電気が付いていた。まさか、シャーレイが起きているのかと思い居間に入ると、そこには椅子に座ったシャーレイがいた。

 

「……シャーレイ。起きたの」

「ちょっと、ね。嫌な夢を見ちゃったから……」

 

 シャーレイは俯いたまま椅子に座っており、その手にはひなたの起爆銃が握られている。その起爆銃を抱え込むように握り、その目には涙を流したような跡が見て取れる。どうやら、つい先ほどまで泣いていたらしい。

 呆然自失で錯乱している状態から腹パン一発で抜け出せた事はまだ有り難い事だが、状況は嫌な雰囲気を纏い暗雲が包み込んだままだ。何をしていいのか分からない。どうしたらいいのか分からない。そんな思いがシャーレイには会った。

 一緒に居てくれると言ってくれたひなたが自分を残してあの男の元に嫁いでいった。それだけでシャーレイにとってはショックで。そして、ひなたなら大丈夫だと胸中で思い続けていた結果がこれだ。数時間前、ひなたの様子が可笑しかった時に問いただしておけば手は打てたんじゃないか、と思えば思う程泣きたくなってくる。

 が、泣いたところで事態は好転しない。涙を拭いてくれるひなたは戻ってこない。そう思うと最早涙すら出てこなくて、胸の中にポッカリと穴が空いたかのような錯覚が全身を支配する。

 体の関係も許してもらって、どこか無意識に思ってしまったのだろう。何があってもひなたとはずっと一緒に居れると。

 

「ミラちゃん……どうしよう……」

 

 今まで受動的に動いてきたから、動いてきてしまったから、自分でどうしたらいいのかを判断する事が出来ない。ひなたを取り戻したい。だが、そのための作戦や行動を想像する事が出来ない。

 だが、それはたった十四歳の少女にとっては仕方の無い事。むしろ現状でどうしたらいいかをスラスラ言えたらその人は精神が化け物だと思えてしまう。だから、ミラは自分で考えろ、なんて言わない。小さくそうだね、と呟いてから自分の頭を回転させる。

 

「……シャーレイはどうしたい?」

「どうしたい……って?」

 

 ミラの言った意味が少し分からない。どうしたいか、そんなん、自分ではよく分からない。

 

「……ヒナタを、どうしたい?」

「そ、れは……」

 

 ミラが頭が殆ど働いていないであろうシャーレイに、先ほどの言葉を意味は同じなままシャーレイに分かりやすいように諭すように口にする。

 その言葉を聞いてシャーレイは俯く。そんなの、決まっている。ひなたと共にいたい。ひなたと生きていきたい。あんな男に奪われたくなんてない。絶対に。ひなたと一生を分かち合い共有しあいたい。そんな気持ちで一杯だ。だが、ひなたがああして出て行ってしまった以上、こちらから手を出していいのかという気持ちや、もしひなたにまた拒絶されたら、という気持ちが心を支配して全ての言葉にフィルターをかけてしまう。

 ミラの言葉に言葉を返せない。だが、その表情は口ほどに物事を語っており、ひなたが居なくなって寂しいという気持ちで一杯一杯な表情をしていた。勿論、そんな事は表情を見なくても分かっているが、この門答でシャーレイが何処か躊躇してしまっているというのが分かった。

 

「……他人の事なんて考えなくていい」

「……え?」

 

 ミラは俯くシャーレイに言葉を投げかける。

 自分が説得したいのかどうしたいのかは分からなかったが、それでもシャーレイには元気を出してもらいたい。そう思ったから説得、なんとかして笑ってもらおうと言葉を投げた。

 

「……自分と大切な物の事だけ、考えればいい」

 

 自分がどれだけ人として最低な事を言っているのかは自覚している。

 だが、それでも大切な物を奪われて泣き寝入りなんてそんなの出来る訳がない。

 ミラは助けたい。ひなたを、ここへと連れ戻したい。それを伝えるための言葉を、シャーレイに聞かせる。

 

「……シャーレイは、ヒナタが好き?」

「好き、だよ。大好き」

「……現状は、嫌?」

「……嫌」

「……なら、変えないと」

「どうやって」

「……暴力っていう素敵で無敵な手段」

「言ってる事最低だよ……?」

 

 だが、シャーレイは小さく笑った。しかし、ミラは本気だ。相手に暴力をぶつけて勝てるとは思わない。むしろ暴力で蹴散らされるのは恐らくこっちの方だ。何故なら相手は吸血鬼だと思うから。相手が人間なら暴力出来るが。

 

「……ヒナタを奪われたなら、奪い返す」

「出来るの?」

「……やれるかやれないかじゃなくて……やる。シャーレイが嫌でも、私はやる」

 

 そう、ミラはやると決めた。昨日、手紙も出した。既に打てる手段は打ち尽くした現状で、今さら止めますなんて出来ない。

 だから、ひなたを取り戻すのを諦めない。それが死に繋がるのだとしても死ぬまで諦めない。既に、そう決めている。

 

「……シャーレイは?」

「私……?」

「……やるか、やらないか」

「……ミラちゃんは?」

「やる」

 

 シャーレイの問いには即答だった。ひなたを取り戻す。それがどれだけ難しいと分かっていても諦めるつもりはない。シャーレイはその言葉を聞いて小さく笑った。

 ここまで食い気味に即答してくるミラが珍しかった、ともあるがひなたをそこまでして助けたい、と思ってくれている事が嬉しかった。

 そして、その気持ちに心を動かされ、シャーレイも決める。自分よりも付き合いの短いミラがやると言っているのに自分が迷っていてどうする。またひなたに拒絶されたらどうしようと迷っていてどうする。力が無いからと迷っていてどうする。ひなたは泣いていたという。それならこっちが助けないで誰がひなたを助ける。

 

「……私も、やるよ」

「……実行係は私だけどね」

「あはは……」

 

 例えミラに頼り切りになるのだとしても構わない。ミラに協力する。ミラの言う事を聞き、ひなたを助け出す。ひなたを愛しているから。

 

「……シャーレイが立ち直った所で作戦を考える」

「私、そんなの考えられないけど……」

「……私が考える」

 

 シャーレイを頼っていない訳ではない。が、そんな事を考えたことが無いであろうシャーレイに考えさせるなんて出来ない。だから、ミラが考えて実行する事となる。

 そうして考える物の、ミラとてまだ十八歳の少女だ。ロクな物が思いつかない。

 

「……強行突破からの誘拐…………いや、だめ」

 

 そんな事、リスクが高すぎる。それに、もしもひなたに拒絶され、ヴァルコラキに襲われて逃げられたとしてもこちらはただの犯罪者となってしまいひなたを取り戻す機会を二度と失ってしまう。

 ひなたが事前に助けを求めてくれればまだ作戦の打ちようはあった。そう、あったのだ。ひなたに二十日、何とかして時間を稼いでもらい父と共に特攻する。それに、早いうちに父に事情を説明できれば父の同僚やミラの知り合いを呼び寄せヴァルコラキ、もしくは他の吸血鬼を数で押しつぶす事も可能だった。

 ひなたが相談してくれれば、この問題はまだ幾分か楽に終わる事だったのだ。だが、ひなたの相談が無かったばかりに内通者としてひなたを送り込む事も敵わず、今ひなたがどんな状態かも探れず、完全に手探りの状態になり、相手がヴァルコラキと確定していないのも相まってヴァルコラキ退治という確固とした面目で相手の居城に乗り込む事が出来ない。

 全てが遅かった。いや、これも相手の作戦なのだとしたらまんまと乗せられた。

 恐らく、ひなたが相手の元へ行く決心をした……させられたのはスーパーで買い物をしていた時だろう。ひなたに考える時間を与えない事で内通をするという考えを消させる。

 いや、それでは不完全過ぎる。相手は脅したのかもしれない。もしも口外したらシャーレイを殺す、とでも。いや、他にもまだ可能性はある。

 考えれば考える程そういう経緯を思いついてしまう。が、どっちにしろそれは過去の事だ。一旦忘れる。

 

「……まずは、相手が誰か」

 

 まずこれは仮定しておかなければならない。

 シャーレイの言葉から分かるのは、相手は老人ではなく中年と青年の中間辺り、つまりはいい大人位の外見だろう。そして、名前はワラキア。最後に、これは重要な情報だが、太陽の陽の下を歩いている。

 デイウォーカー。つまり相手は陽の光を弱点としない吸血鬼だ。この吸血鬼という過程も、ひなたの言葉から推測しただけなため、相手が人間の可能性もあるが今は吸血鬼と仮定する。

 ただのデイウォーカーならまだ対策は出来る。ひなただって行ってしまえばデイウォーカーの吸血鬼の仲間でもあるし、真祖程の力を持っていなければ今のミラ一人でも対抗は可能だ。ひなたが加われば確実に勝てるとも言える。だが、ひなたはヴァルコラキ、と具体的な名前を出した。これはつまり、相手はヴァルコラキ本人かヴァルコラキレベルの真祖と言える。

 ヴァルコラキは真祖の中では最底辺レベルとも言える。だが、真祖というのは通常の吸血鬼とは比べものにならない。吸血鬼十体以上の力を軽く使える化け物だ。足が無くなる前なら互角に戦えたが、足が無くなった今、父を呼ばない限りは真祖には歯が立たない。瞬殺とまでは行かないが、数分で殺されるだろう。

 と、なると現状、ミラとシャーレイではひなたを取り戻せない。

 だが、それでもまだチャンスは残っている。相手がヴァルコラキなら、の話だが。

 

「……相手がヴァルコラキなら、時間に猶予はある」

「え?」

 

 そう、相手がヴァルコラキなら、少なくとも一週間二週間はひなたを無傷で取り戻す時間が用意できる。

 

「……ヴァルコラキは結婚式を挙げる」

「結婚式……」

 

 そう、父の話でしか聞いた事はないが、ヴァルコラキは攫った女と体の関係を持つ前に結婚式を挙げる。これは相手が既婚者でも同様で、結婚式という一つの儀式を終わらせる事によって相手の女にもう逃げれないという現実を突きつけて絶望させてから犯す……らしい。

 犯した後は、ヴァルコラキが今も嫁を作っている時点でどうなるか分かるだろう。少なくとも、ミラの母はもうこの世には存在していない。

 そして、結婚式は大体一週間か二週間後に行われる。これは嫁にした女を愛でる期間だ。手を出さず蝶よ花よと愛で、結婚式までひたすらに愛する。詳しい事は分かっていないが父から聞いた話によるとそうらしい。父はヴァルコラキに女を取られたり娘を奪われたりした被害者達に話を聞いていたためほぼ間違いないらしい。

 この期間は本当にその時によって左右されるため正確な時は分からない。だが、教会を結婚式の場として使うのは確定しているため、その情報に関しては買うしかない。

 

「……情報屋に行く」

「情報屋に……?」

「……ワラキアの結婚式はいつかを調べさせる」

 

 そう、ミラとシャーレイが嗅ぎ回ったら何かマイナスな事が起こるかもしれない。だからミラとシャーレイは手を出さず情報屋という偵察や情報収集を生きがいとしている人間に金を渡す事でワラキアという男、もしくはひなたという女の結婚式が何処で挙げられるのか、という情報を買う。

 もしもワラキアがヴァルコラキでなければその時点で根底から崩れる作戦だ。だが、今は懸けるしかない。相手はヴァルコラキだと。

 詳しく話していないため困惑しているシャーレイに一から十まで考えて練った作戦を話し、相手がヴァルコラキだと仮定して動く理由も話した。

 

「……分かった。それなら、後はミラちゃんに任せるね」

「……任せて」

「何かあったら、言ってね。荒事でも私はやるから」

「……頼もしい」

 

 戦闘能力が無いシャーレイは基本的に留守番をする事になる。だが、シャーレイはそれに文句を言わない。

 変にしゃしゃり出て困るのはミラだ。そして、それで死ぬかもしれないのは自分だ。今すぐにでもひなたを助けに行こうと言いたくなる気持ちに蓋をして我慢して作戦の実行をミラに任せる。だが、一言、例えそれが戦闘なのだとしても協力をすると口にする。

 そんなシャーレイが何となく背伸びをした子供みたいで可愛く、ミラは微笑みながら頭を撫でる。

 

「……大丈夫。ひなたはちゃんと連れ戻すから」

 

 ひなたには返していない恩がまだある。だから、手を抜いたりはしない。

 今持てる全力を尽くす。

 それを誓いシャーレイの頭を撫でた手は、少し震えていた。




Q:もしも相手がヴァルコラキじゃなかったら?

A:バッドエンドです

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