魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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もう連続更新無理ポ……(現在8/2)

R-18の話は果たして好評だったのかどうか分かりませんが、多分本編の動き次第ではまた新しい話を懲りずに投稿します


第三十五魔弾

 チュンチュン、と鳥が鳴く声がする。その声に自然と己の意識が持っていかれ、何時の間にかひなたは目を覚ましていた。目を開けて見えるのは和風の部屋の天井。そういえば、温泉宿に泊まりに来たんだっけ、と思い出すと体を起こす。

 片手だけで自分の体を起こすと、自分の体の惨状を見て軽く引いてしまう。というか、昨夜に何があったのかが思い出せないがために自分の現状が把握できていない。

 

「……何で全裸。しかも布団濡れてるし……」

 

 浴衣は肌蹴るどころの問題ではなく完全に脱がされている状態だった。明らかにナニかされたとしか思えない惨状。しかし、周りを見ればルナがすやすやと一人で布団に潜って寝ており、シャーレイは何故か壁を正面にして壁と密着して寝ている。

 本当に何があった、と思いながら浴衣を改めて羽織なおして帯を結ぶ。とは言っても、片手なので結構四苦八苦しながらになるが。最初に受け取った時はもう結び目を絞めるだけの状態だったしルナと温泉に入った時も一緒に出て結んでもらった。だから、結構楽だったが、こうも解かれたら流石に結ぶのは口と足を使っても苦労する。

 何とか汚くはあるが結び終え、一息つくと、布団に寝ていたルナがもぞもぞと動いた。そしてそっちを見ればルナがすぐに上半身を起こした。

 

「……お、おはよ」

 

 だが、ルナはかなり気まずそうな顔で挨拶をするとすぐに顔を赤くして視線を逸らした。

 もしかして何か昨日やっちゃった? と思ったが、顔を赤くして何を話そうか迷っているだけのように見えたため嫌われたわけではないと分かる。

 一応、おはようと返すと、ルナは結構考え込んでいたが、小さく口を開いて囁くように声を漏らした。

 

「……昨日はご愁傷さま」

「……な、何のこと?」

 

 本当に何があった。

 だが、昨日はご愁傷さまと聞いた瞬間、昨日は何かがあったのを思い出した。だが、細かいことはモヤのようなものがかかっていて思い出せない。そうしていると、ルナはひなたが覚えていないというのを何となく察してかなり悩んだ末に口を開いた。

 

「そ、その……シャーレイお姉ちゃんに、エッチな事されて……」

「………………あっ」

 

 その言葉を聞いて完全に思い出した。

 昨日、あの後にシャーレイに押し倒されたあの後。ひなたはシャーレイから逃げ出すことが出来ずに体を好きにされ、何度も犯された。しかも最後ら辺は軽く幼児退行して嫌だ嫌だと叫んでいた記憶すらある。恥ずかしい所を全部見られて触られ、限界なんてとうに超えているのに散々弄ばれ、最後にはひなたがもう耐えきれず気絶させられた。

 それを思い出した瞬間、ひなたの顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。耳まで真っ赤に染まる。そして涙目になる。

 恥ずかしさやら何やらが混ざり合った複雑な感情が胸の中を渦巻き、思わず邪魔だったらしく跳ね除けられていた布団を手に取るとそれを被って布団に潜った。

 

「……シャーレイお姉ちゃんに色々されてエッチな声をいっぱい出してたよ」

「や、やめてぇ!!」

 

 普通に聞きたくない。しかも、九歳の女の子から。

 性への知識がその歳からあるのか、というのは疑問だが、それを覚える前に恥ずかしさに消えてしまいたくなる。最初から最後までいいように犯されて、抵抗しようとも片手しか無い上にシャーレイの方が地力は強いという事実を押し付けられながら拘束され、最後は気絶させられて。思い出すだけでも恥ずかしくて消えてしまいたくなる。顔が赤くなって体中が赤くなっていく錯覚すら覚える。

 キスもされたし胸も揉まれまくったし大事な部分も触られまくったし。布団が湿っているのも色んな液体が混ざっているからで。女性の体の快楽は男の時よりも凄いとか聞いたことはあるが、それ以上に一年間溜め続けたせいでそういうのに敏感になりすぎていたというのもあって。しかもそれをルナに見られていたのがもう何とも言えない。

 自分で適当に処理する筈がシャーレイに気を失うまで犯された。もう訳が分からなければ恥ずかしくて声にも出したくない。

 

「だ、大丈夫だよ!? 見てないから!!」

「見てなくても聞かれるだけで恥ずかしいの!!」

「……そ、そうだね」

「う、うぅぅ……」

 

 肯定されるのも恥ずかしい。つまり、そういう声を大音量で漏らし続けていたという事だから。寧ろ隣の部屋に聞こえていないか心配になってくる。聞かれていたら……殺るしかない。

 なんて思っていると、ルナがあっ。と声を漏らした。その声を聞いて一旦布団から顔を出すと、壁際で寝ていたシャーレイが体を起こしていた。

 

「んぅ……あ、おはよー」

「お、おはよう……」

「おはよ……」

 

 ルナは気まずそうに、ひなたは羞恥心を押し殺すように答えた。

 自分の上に乗って、手に痣が出来るのではないかと思うほどに強く手を握って布団に押し付け、そして体を蹂躙し尽くされた。その時のシャーレイの顔と行為がどうしても顔を見るたびに頭をチラつく。

 何度拒んでも犯されて、その度に見えるシャーレイの蠱惑的でありながら獲物を嬲る快感を覚えたような表情は今思い出しても背筋が冷たくなる。だが、その時の快感が、快楽がひなたの体に火を付ける材料として投下される。それを燃やす物は無いが、それがある事で何となく興奮してしまう。

 だが、それが軽くトラウマにもなっているためなんとも言えない。快楽堕ちとかはしなかったが、その寸前まで行っていたのは確実で。シャーレイの体を見るだけでそれが想起されて軽く興奮してしまう体になってしまっている。

 これ、治るのかなぁ、と心配になるが何となく体に巣食う火照りを悟られないようにするため、布団の中に隠れる。下手するとまた襲われる。

 

「……あ、あれ? ひなたちゃん?」

「私はこの対応は必然だと思うんだけどなぁ」

「うっ……だ、だって、ひなたちゃんが可愛かったんだし仕方ないよ……」

「だからって力づくで気絶するまでってどうなの……?」

「うぅぅ……」

 

 シャーレイはルナに場所を追われた結果、壁際で寝ていた。だが、それだけでルナの中の評価が変わるわけがなく、シャーレイへの評価は優しいお姉ちゃんから優しいけど鬼畜でエッチなお姉ちゃんへと変化していた。一緒に寝なかったのもひなたを犯し抜いた後の臭いがキツかったのと、自分も襲われたらたまらないと考えたからだ。

 シャーレイは困ったような表情で布団に籠ったひなたを見る。それと同時にそーっとひなたは布団から出ようとしていたが、シャーレイを見つけると顔を恐怖に染めて布団の中に再び籠った。それに傷つかないといえば嘘といえるが、ひなたのそういう動作がシャーレイの中の加虐心を煽る。

 思わず火が付きそうな自分の体を抑え、どうしようかと苦笑いする。

 

「い、一瞬あの時の顔してた……」

 

 ルナが何か呟いているが気にしない。

 まずは布団を片付けなければ。それのショーツとかも変えてもらわないと臭いもキツそうだ。だが、それをするには布団に籠っているひなたを引っ張り出さなければならない。

 シャーレイはどうしようかと迷った末、ある行動に出た。

 ゆっくりと布団に近づき、ニヤリと笑った。

 

「出てくれないと……犯すよ?」

 

 ねっとりと、嫌らしく。冗談と思われないようにそこそこ感情を込めて。

 きっと今のひなたにはこの言葉が一番効くだろうと思って軽率に言った言葉。だが、その言葉は……

 

「ヒィィィ!!?」

 

 効きすぎた。

 ひなたは布団から脱兎のごとく飛びすと、そのままルナに抱き着いて彼女の背中側に回り込んだ。そして、その一部始終を見たルナはシャーレイにドン引きしている。

 カタカタと震えながらルナを盾にするひなた。シャーレイ的にはそこまでトラウマになっていないと思っていたためのおふざけだったが、昨日の事は予想以上にひなたの精神を痛めつけていたらしい。

 

「……あ、あれ?」

 

 予想以上の反応に思わずへこむシャーレイ。しかし、ルナからしたらそれは必然であり、気絶するまでイロイロとやらかしたのだから考えればわかるでしょ、と軽く呆れていた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「…………シャーレイお姉ちゃん、今日は近寄らないでね」

「ひどい!?」

 

 最早シャーレイそのものがトラウマになりかけているひなた。その様子から色々と複雑なシャーレイ。そしてそんなひなたを見てシャーレイの評価がガンガン下がっていっているルナ。もうこの空間はカオスの権化としか言いようが無くなっていた。

 結局、その後はシャーレイが涙目で布団を片付け、臭いが酷いためシャーレイは一人内風呂に、ひなたはルナに連れられて温泉へと行き、体や髪を徹底的に洗って臭いを落とした。

 

 

****

 

 

「いやー、ごめんねルナ。迷惑かけて」

「それはその……止められなかったわたしもダメだったし」

 

 温泉に入ってサッパリしてからひなたとルナは酒を買いに行くという名目で外に出た。

 ひなた自身がシャーレイに軽く恐怖を感じているのと、気まずいけれどもどちらかと一緒にいなくちゃいけないというルナの利害が一致した結果の外出だったが、それだけでひなたの気分は大分変わった。シャーレイの顔は暫く見れないと思うが、普通に話すだけなら多分大丈夫なまでに回復し、ルナもその様子に一安心していた。

 酒瓶をルナが持ち、もう片方の手をひなたと繋ぐ。実はシャーレイ以下の力しか持たないという衝撃的な事実が判明したひなたの手だが、ルナと手を繋ぐには弱すぎず、強すぎなかった。

 まるで本物の姉に手を繋いでもらっているような錯覚にルナの表情は明るく、笑顔になっていた。

 死の恐怖を一時的に忘れ、今を楽しむ。そうしないと壊れてしまいそうな幼い心はひなたによって補強され、こうして笑顔を作れている。

 

「止められたら止められたできっと矛先はルナに行ってただろうし……」

「怖いよ!?」

 

 ルナの性的な知識は一人で街の中をブラブラしているときに見つけた捨てられていたエロ本が元だったりするが、自分がその本のような事をシャーレイにされると考えるとゾッとする。というか、それを数時間前にたっぷりとされたひなたが不憫で仕方がない。可哀想な人、とついつい思ってしまう。

 ひなた的にはもっとマイルドに。キスして互いが満足するだけで終わらせるような物が良かったのに、気が付いたらシャーレイに力づくで犯されていたというのは流石に恐怖でしかないしトラウマ物なので、ルナの怖いという言葉は最もだった。

 己が身体をキャパを超えた快感が襲うというのは最早一種の拷問だ。もしもシャーレイと恋人になったら毎回する時は気絶するまで。考えるとゾッとするし絶対にいつか人格に支障が出る。確実に男になんて戻らなくていいやとか思ってしまう。三大欲求って怖い、と思いながらルナと手を繋いで歩く。

 そして、温泉宿まで角を曲がればすぐそこ、という所で。

 

「…………あっ」

「うぉ!? ミラ!!?」

 

 何故かその角を曲がってきたミラと遭遇した。

 そう、ミラとだ。

 思わず驚き、ルナから手を離して起爆銃を抜きかけるが、すぐにミラはもう敵ではないというのを思い出してその手を戻した。

 

「ビックリした……」

「……こっちも」

 

 ミラの手には近くの店で買ったのかフランクフルトが握られていた。既に何本か食べたのか串がフランクフルトが入った袋から覗いていた。

 

「……それ、もしかして朝ご飯?」

「……そう」

 

 と、言いながらミラは食べかけのフランクフルトを口に入れる。

 それに一瞬何処か煽情的な物を感じたが、すぐにその思考回路を消す。どうやら、シャーレイに調教されかけた分がまだ頭の中に残っているらしい。ミラはフランクフルトをひなたの目の前で食べ進め、食べかけだったフランクフルトを食べ終えるとすぐに二本目を取り出して食べ始める。

 朝ご飯とミラは言っていたが、朝ご飯にしては結構重いものだし量も多い。もしかして、見かけによらずに大食いなのかな? と思うと何処かミラが可愛く思えてきた。

 

「好きなの?」

「……かなり」

「へぇ、意外。結構小食なのかなって思ってたし、好きなものはもっとアッサリ系なのかなって予想してた」

「……果物も好き」

「女の子だもんね」

「……うん」

 

 確かに、こうして日常会話を心に余裕を持ってしてみると、ミラはただ口下手なだけで悪い人間ではないと思える。そして、そんな少女が自ら嫌われ役を買って出ようとしている。その事実が少し悲しかった。

 けど、こうしてミラの真実を知った今なら、そう考える事ができて、ミラと敵対するなんていう発想はもう浮かんでこなかった。

 軽くそういう日常的な会話をしていると、ミラは買ってきたフランクフルトを食べ終わったのか、袋の上から串を片手で握り折ると、少し遠くのごみ箱に向かってそれを投げた。が、それは微妙に狙いを逸れ、ごみ箱の淵に当たって見当違いの方向へ向かう。それをひなたが起爆銃を抜いて撃つ事で軌道を修正してゴミ箱にシュートイン。それにルナとミラが拍手をしてくれる。

 それに照れながら調子に乗ってガンスピンをした結果、すっぽ抜けた起爆銃がひなたの鼻っ柱に激突してひなたの苦悶の声が漏れた。ルナはそれを笑い、ミラも無表情な顔がちょっと笑顔に変わっていた。

 そんな感じで少し硬かった空気が和んだ所で、ひなたは自己紹介をしていなかった事に気づき、ミラの本名も知らなかったため自己紹介をする事にした。

 

「そういえば。ボクはヒナタ・アカツキ。自己紹介してなかったからこの際しようよ」

「……ミラ。ミラ・バートリー・マイヤーズ」

 

 一瞬ミドルネームを聞いて首を傾げたが、すぐにそれがミドルネームだと気が付いた。日本人だからか、ミドルネームを聞いても一瞬どういう事だ、と思ってしまう。が、これでやっとミラの本名が分かった。この際のミドルネームは苗字が二つっぽいし母方の姓かな? と勝手に思いながらもひなたは彼女の本名を記憶する。

 ミラ・B・マイヤーズ。そう何度か呟いて間違えないように覚えてから改めてよろしく、と言う。ミラはそれに頷いて答えた。

 

「……少し、いい?」

「ん?」

 

 自己紹介をしてからすぐ、ミラはひなたに声をかけた。それを拒む理由もないため、ひなたはそれに言葉を返す。

 それを聞いて喋ってもいいと判断したのか、ミラは数秒経ってから口を開いた。

 

「……ルナの事」

 

 それを聞いた瞬間、ひなたの表情が暗くなる。ルナも表情を暗くしてしまう。

 ミラの表情は変わっていないが、それでもミラは言葉を続ける。

 

「……今日が期限」

「……分かって、いるよ。ルナ本人からも聞いて、昨日の言葉が嘘じゃないって事も分かってる」

 

 けど、ひなたの心の中にある感情がルナを死なせたくないと叫んでいる。こんな子供が死ぬなんて可笑しいと叫んでいる。だけど、もう救う事は出来ない。ミラのようなひなたよりも数倍強くて凄い人が救えなかった子が、たった一日で救える訳がないと知っているから。

 理解はしている。だが、納得ができない。それが今のひなたの心情だった。ルナはその様子のひなたを見て自ら手をつなぐ。が、それでもひなたは胸の内のモヤモヤを取っ払う事ができない。

 

「……仕方ないこと」

 

 その気持ちを汲んだのか、ミラは慰めの言葉をかける。それは、ミラが自分自身に言っているようにすら聞こえてしまう。が、それでも納得しきれないのが人間という生き物だ。歯を食いしばり、左手で髪の毛を滅茶苦茶に掻き回そうとして、それが出来ないのに気が付いて。

 ルナから手を離して彼女を抱きしめる事で何とかその癇癪にも似た感情を鎮める。

 

「……このままだと、ヒナタも死ぬ」

 

 ひなたが死ぬのではなく、ひなたも死ぬ。もしかしたら、シャーレイの方が死んでしまう。それがわかっているのに、もしかしたら希望があるのではないかと期待してしまっているが故に受け入れる事を拒んでいる自分がいる。そんな希望、ある訳がないのに期待してしまっている。

 泣きじゃくって解決出来ないと理解した筈なのに、受け入れる事が出来ないなんて。そんな自分の心の弱さを痛感しながらも、ただ頷く事しか出来ない。

 

「…………辛いのは、同じ」

 

 分かっている。分かっているとも。ルナの話を聞いてから、そんな事は。

 彼女はルナの母を助けようとしていた。精一杯、焦って焦って、されども全力で。だけど、間に合わなかった結果、ルナという出なくてもいい犠牲を出してしまった。それが悔しくて辛いのは分かっている。

 だけど、どうしても、どうしても。日本人として、平和ボケしたクソッタレな国でぬるま湯に浸かってきた人間としての感情が、それを認める事を許さない。もしかしたら希望があるのではないか、と様々なフィクションを見てきてしまったがために、無駄な希望を持ってしまっている。

 そんな自分を嫌悪しながらも、ルナを抱きしめる手が離れない。

 

「……ねぇ、ひなたお姉ちゃん。わたし、シャーレイお姉ちゃんに本当のことを言ってくるよ」

「それは……」

 

 そうしたら、きっとルナは自らミラの元へと向かうだろう。それを止めようとひなたとシャーレイが阻もうと、もう恨まれないミラがそれを拒み阻む事でルナはその命を終わらせるだろう。それが出来てしまう布陣を、ルナがやろうとしてしまっている。止めないと、きっとルナは自らその命を終わらせに行く。ひなたとシャーレイにどうしようにもダメだった、と諦めさせ、ミラには罪悪感を植え付けずにミラが二人を止めている間に一人でひっそりと死ぬ。

 それが分かっているから、抱きしめる手を離したくはなかった。離したら、そのままルナは死んでしまいそうだったから。ぎゅっと抱きしめて、逃げようとする光を押しとどめる。

 

「……ミラお姉ちゃん。後で剣を貸して」

「……なんで?」

「ミラお姉ちゃんに迷惑かけたくないから。近くの林で全部終わらせて来る」

「……ダメ」

「お願い」

「……絶対にダメ」

 

 そう言うミラの目には何処か悲しさが浮かんでいた。

 まるでもうすぐ泣いてしまう。そんな悲しみの淵に立っているようにも思えて、だけどそれをルナの手前、見せないようにと必死になっているようにも見えた。

 

「ミラお姉ちゃん、お母さんが死んでわたしが死んじゃうことを悲しんでるから。その状態でわたしを殺したら、壊れちゃいそうだから」

「……いらない、しんぱい」

「だとしても。ミラお姉ちゃんの事が好きだから」

 

 あぁ、この子はなんて優しいのか。自分よりも人が傷つくのを恐れ、理不尽を涙を堪えて耐える。そんな聖人のような人としては壊れた心を持った、優しい子。だが、その優しさが報われる事はなく彼女は今日の夜中には命が終わる。それが分かっているからなお悲しい。何でこんな優しい子が死ななきゃならないんだとこの世に向かい呪詛を投げかけても罰が当たらないくらいには、この子は優しすぎてこの世界は理不尽すぎた。

 ミラが剣を渡すことを拒むと、ルナはダメかぁ。と小さな声で呟き、それを諦めた。ミラはそれに安心したが、ひなたにはその言葉がヤケに胸の中に引っかかった。

 こういう時、優しい人はどうしたか。どうやって死んでいったか。理不尽に負け続け最後も理不尽でその人生を不幸にも閉ざしていった人たちは映画や史実でどうやって死んでいったか。

 少なくとも、ルナのような境遇の人間をフィクション、歴史の勉強共々でひなたは見たことがない。だが、そういう人の最後。それを考えながらルナの事を飲み込もうとすると胸の中に何か突っかかりが出来てしまう。この程度じゃ理不尽は終わらない。そう言いたげな突っかかりが。

 そんな事を考えるしか出来ない位に惨めで愚かだが、無力なら無力なりに、彼女の最後を寂しい物にはしたくない。そう思ってしまう。

 

「……取りあえず、ルナ。行ってきて。ボクは……ちょっと耐えられそうにないから」

 

 押し殺していた悲しみが波のように襲い掛かってくる。そんな姿を見られてくないから、とルナを無理矢理一人で宿のシャーレイの元へ行かせる。なるべく笑顔で、顔が引き攣らないように最低限の見てくれはある笑顔で。だが、その笑顔が上手く作れていたのかは分からない。もしかしたら、視線は下を向いていたかもしれないし歯を食いしばっていたかもしれない。

 自分の作っていた表情を他者視点で想像することが出来ず、もしかしたら不出来だったかもしれない笑顔でルナの背中を押す。ルナはひなたの方を何度も何度も確認していたが、宿の入り口が近くなった辺りでひなたの方を見るのを止め、中に入っていった。それを見届けてから、ようやくひなたは表情に無理矢理張り付けていた仮初の笑顔を剥がした。その内側から出てきた素顔は、涙を堪えるだけの表情だった。

 

「……ボク、どんな顔だった?」

「……」

「……ごめん、変なこと聞いて」

 

 余程酷かったのか、はたまた彼女がただ口下手だっただけなのかは不明だが、少なくともひなたが良い表情をしていなかったのだけは定かだった。

 歯を食いしばりながら額に手を当ててぐしゃ、と前髪を握りつぶす。最早癖のようになったそれもやらなければマトモに思考を紡ぐことすら出来ない。情けない。二十年も生きておきながら、精神的にはシャーレイとミラよりも何十倍も脆い。日本という温室での育ちという欠点が、ひなたの心をそうさせている。

 少しでも心を落ち着かせようと煙草を吸おうとして、だけど今日、腰には煙草を入れたポーチが無いのに気が付き、それにすら苛立って髪の毛を掻き毟る。

 

「ボクも、多分シャーレイも、ルナの最後には付き合うよ」

 

 そうしないと、多分心の中で踏ん切りが付かないから。きっと、何時までもルナの事を心の中に留めて、死者に魂を引っ張っていかれるから。きっと、復讐に心を燃やしていた時のように、死に魂を惹かれていってしまい、最後には無様な死にざまを晒してしまうから。

 

「……相当辛い」

「今だって同じさ」

 

 けど、ルナの最後を見届けないと、もっと辛いことになる。それが分かっているから、せめて彼女の最後を見て、心の中のモヤモヤを少しだけでも解消したい。 

 完全なエゴだ。だが、そうでもしない限りこの件に関しては踏ん切りを付ける事が出来ない。そう、心が叫んでいる。それがミラにも伝わったのか、ミラは少し視線をひなたから外してから頷いた。それにありがとう、と伝えて何とか笑顔を作る。

 その笑顔を見たミラは再び複雑な表情を作ってから、小さく笑った。

 

「……その笑顔」

「なにかな」

「……凄く、辛そう」

「……君もね」

 

 二人の笑顔は、辛いものを噛み潰したような笑顔だった。




この話が一区切り付くまでは話が完成し次第、投稿をするか連続更新が間に合うなら連続更新をしていきますが、一区切りついたら再び十話分位の書き溜めの作成に入るため、早くても一週間か二週間、長くて一か月の時間を頂ます

その間、幕間の話として番外編やR-18番外編を書くかもしれませんが、本編はプロットの見直しも兼ねて暫し更新が止まります。本当に申し訳ございません

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