魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

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前回からの続き


第三十三魔弾

 その日はもう外には出なかった。シャーレイにとっては外はミラと会うかもしれない場所であり、ルナの下着を買いに行くときもなるべく小道を通り続けてきたため、行き帰りに時間がかかってしまっていた。ルナも自分からは動こうとはせず、ひなたはすぐに買ってきてもらった酒の封を開けてコップがなかったがためにラッパ飲みをした。

 その結果、一時間もしない内に顔が真っ赤になったりしたが、吐くまで飲むことなくある程度酔ったらすぐに飲むのを止めた。

 ひなたは酔いやすいものの酔っていてもテンションが高くなるだけで正気を失う事はほぼほぼ無いため、テンションが高いだけでほぼ素面の状態で会話していた。そして、運ばれてきた豪華な夕食も食べて満腹になった腹を擦りながらひなたは返してもらった煙草を吸っていた。

 

「……食後の一服は違うねぇ」

「もう、また煙草吸って……」

「ははは、今日はもうスパスパ吸ったりしないから」

 

 最近ニコチンを摂取しないと気分が悪くなりかける自分がいるのが若干嫌な気分になるが、それでも吸っていないとニコチン不足に気分が削がれるので吸わざるを得ない。吸血をして、食人をしたあの日から衝動を抑えるための喫煙がニコチン不足を解消するための術に変わってきてしまっている。

 だが、手放せないものは仕方がない。手放せば衝動を抑えることが出来ないしニコチン不足を解消することもできない。これは仕方の無いことだ。そう、仕方がないったら仕方がない。

 フィルター直前まで来た煙草を灰皿に押しつけて消して立ち上がる。

 

「どうしたの?」

「もっかい温泉行ってこようかなって。シャーレイ、一緒に行かない?」

「あー……私はいいかな。お腹いっぱいでちょっと休みたい気分だから」

「そう……ルナは? 一緒に行かない?」

「行く! また入りたい!」

「よし、じゃあ行こうか」

 

 シャーレイはどうやら食事の余韻に浸っていたいためか拒否したが、ルナの方は元気いっぱいで温泉に行きたいと言った。

 一人だとどうにも嫌な思考回路に至るかもしれなかったため、ルナがついてきてくれるのは嬉しかった。一緒に行くということでルナはさっさと二人分のタオルを手に戻ってきた。が、どちらもまだ湿っていたため、これはフロントで変えてもらわないといけないな、と判断した。

 

「ルナ、手は繋ぐ?」

「うん、繋ぎたい」

「じゃあ、タオル持っててくれないかな」

 

 両手があったら、荷物を持って手も繋げられたのに。と浴衣の腕に通っていない左手を見る。この左手がったのなら、まだやれる事は沢山あったのでは、と思う。隻腕だという事が普通に出来る部分をできなくしてしまう。それがどうしてももどかしくて恨めしくて……

 

「……ひなたお姉ちゃん? お顔、怖いよ?」

「あ、あぁ……そんな顔してた?」

 

 いけない。ルナがいるというのにこんな事を考えていては。ルナが怖がってしまうかもしれないし何かを察してしまうかもしれない。考えないようにしないと。

 もう温泉でミラに会うことはないだろう。だから、考えずにルナと一緒に温泉に入るだけにしなければ。じゃないと、本来心配する立場なのに心配されてしまう。余命短かな彼女に、要らない心配を与えてしまう。

 だから、ルナが悟らないように笑顔を貼り付け、それを本心のものに変える。じゃないと、ルナにどうしようにも悟られる。

 ルナと手を繋いで部屋から出てフロントへ向かう。そして、フロントでタオルの交換をしてもらってからやっと二人で温泉へと行く。脱衣所で浴衣を脱ぐと、ひなたはその下がすぐに全裸だった。

 

「あれ? ひなたお姉ちゃん、パンツとかは?」

「あー……そういえば着るの忘れてたよ。そして着替えの分も忘れたというね」

「……あっ! 持ってくるの忘れた!」

「部屋に帰ってから着ればいいと思うよ」

 

 今から部屋に戻っても興が削がれてしまう。だから、温泉から出たらすぐに部屋に戻ればいい。そうしたら誰かに見られることもないだろう。それに、見られたらひなたが記憶が無くなるまでぶん殴り続けるから構わない。

 ひなたはとっとと浴衣を脱ぎ去ってタオル片手にルナを待つ。ルナもすぐに浴衣と下着を脱いでからひなたと共に脱衣所と温泉を仕切る扉を開けた。

 そして扉を開いてすぐ。温泉にここの客が浸かっているのが見えた。そして、すぐにその人達の視線がひなた達に行き、そしてひなたの左手に向かった。肩から切断された腕。傷口なんてもう無いが、それでも一部の人は気持ち悪いと思ってしまうだろう。ひなたは手で持っていたタオルで左手を隠すようにしてそのままルナに何も言わずに洗い場へ向かった。

 

「……お顔、暗いよ?」

「……ちょっと、ね」

 

 適当な椅子に座るとひなたはルナにタオルを渡した。

 

「ちょっと、髪の毛を纏めてくれないかな。片手だと無理でさ」

「あ、うん……」

 

 ひなたの暗いままの表情での無理した笑顔を見てルナは何も言うことが出来ずにひなたの髪の毛を大人しく纏めた。

 

「……ごめんね。やっぱり、興味本位とかで見られるの、慣れていなくてさ」

 

 無くした左腕。服の上からなら物珍しさの視線だけで済むが、こうして全裸でいなくてはならない場所で晒してしまえば、どんな事を言われるか分からない。シャーレイとルナは気味悪がらなかったが、他人がそう思わないという根拠なんてない。むしろ、自分の体は気持ちが悪いと自分ですら思ってしまうほどだ。

 

「……やっぱり、人と違うとさ。ちょっと怖いんだよ。面と向かって否定されるのがさ」

 

 臆病だと人は言うだろう。だが、人間なんてそんな物だ。特に、一度全てを失った人間なんて、臆病で臆病で……人から面と向かって拒否される事を一番に覚えてしまう。だから、ついそれを零してしまう。

 自分の左手の跡を忌々しく撫で、ひなたは苦笑した。何時もは年上だから、お姉さんだからと粋がってシャーレイを、ルナを引っ張るようにしているのにこうして皮が一枚剥がれればボロが出てきてしまう。これも、シャーレイに依存してしまった原因だろう。拒否しない人に、依存して依存して……弱さを見せないようにする。

 

「……大丈夫だよ。ひなたお姉ちゃん」

 

 そうして表情が段々と暗くなっていくひなたをルナが後ろから抱きしめた。何時の間にか、髪の毛は纏められていた。

 

「ひなたお姉ちゃんは強いから。きっと、大丈夫」

「ルナ……でも、ボクは……」

「大丈夫。誰かに嫌われても、ひなたお姉ちゃんには味方がいるから」

 

 まるで子供をあやす親のように、優しく説くように耳元で囁きかける。

 

「怖がらないで。ひなたお姉ちゃんは、綺麗だから」

「……綺麗じゃ、ないよ。こんな穢れた体。穢れた、根源」

 

 ひなたという要素を構築する根源の一つ。食人鬼。それを孕み続ける以上、綺麗な部分なんて、ある訳がない。それが構成する身体が、綺麗な訳がない。

 

「もう。そんなに卑屈じゃシャーレイお姉ちゃんの事はどうするの?」

「……」

「好きなんだよね? 守りたいんだよね?」

「……」

 

 会ってから丸一日も経っていないのに、バレている。それに若干の羞恥心を感じるが、それ以上に今の心は暗く、暗く沈んでいた。

 自分を知らない誰かに否定されるという事は恐怖だ。言葉という見えない暴力で心を殺されるのは嫌だ。怖い。怖くて、怖くて。怖くて泣きそうになる。それがもう関わることのない羽虫の言葉であろうと、そういう人が居るという事実を認識してしまうと、縋った人すらそう思ってしまっているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。それが、とても怖い。

 シャーレイに依存している今も、そうして面と向かって否定されるのは怖い。

 

「……そんなんじゃ、わたしが居なくなった後が心配だよ」

「…………え?」

 

 だろうね。そう返そうとした。だが、返ってきた言葉は予想外にも程があった。

 居なくなった後。それが指すことは……

 

「今、なんて……」

「……大好きだから。こんなわたしを助けてくれたひなたお姉ちゃんとシャーレイお姉ちゃんが」

「ま、待ってよ……」

 

 その言葉、まるで。

 

「だから、時間はないけど、精いっぱいのお節介はしたいの」

「まさか、気付いて……」

「わたしの身体だもん。わたしが一番、わかってるんだよ?」

 

 嗚呼、それは……それは、なんて……

 

「……先に温泉に浸かってるね」

 

 残酷な、死刑宣告なんだ。

 ルナは笑顔のままひなたから離れて洗い場から出て行った。ひなたは茫然としていたが、すぐにルナを追うために立ち上がる。が、一瞬の立ち眩みを覚えて壁に手をつく。

 気付いている。自分が近いうちに死ぬことを。どうしようも出来ないことを。本人が、一番わかってしまっている。そして、それは同時にひなたの心の中にあった一筋の光が……ミラの言ったことは嘘でありルナはミラに命を狙われた哀れな少女ではないという物が確定してしまった瞬間だった。それを完全に理解してしまったことも、立ち眩みの原因だった。

 すぐに頭を振って無理矢理立ち眩みを治すとかけ湯を浴びてから温泉に浸かっているルナの隣に座り込む。

 

「……事実、なんだね」

「……うん。ミラお姉ちゃんがね、シャーレイお姉ちゃんに気づかれないように教えてくれたの。ひなたお姉ちゃんに全部教えたって」

「そっか……」

 

 どうしようもない事実だった。ルナは助からないという覆す事の出来ない事実。

 ルナの言葉はまるで死期を悟った人間のような、生者へ遺す言葉のような物だった。自分の私情を混ぜる事無くその人の事だけを考えた優しい言葉。それがひなたの胸を抉っていく。

 

「……怖くないの?」

「……怖いよ」

 

 ひなたはボソッと呟くように聞いた。ルナはそれに呟くようにして返した。

 

「お母さんはね、わたしの目の前で死んだの。ミラお姉ちゃんがお母さんを助けようって頑張ってたけど……駄目だった。見つかったのは、宿主を殺すって方法だけで……でも、ミラお姉ちゃんがそれを躊躇っている間に、お母さんは死んじゃって、それからお母さんを殺した魔獣は、わたしに……」

 

 目の前で肉親が死ぬのを見た。それは人の心を壊すのには充分な事だ。ひなただって、恩人が死んだ事で心は折れかけ、復讐で心の中が真っ黒に染まってしまったのに。

 この子は、それでも優しいままだ。生きることを諦めてしまったからこそ、彼女は共に生きるのではなく共に居てくれた人へ恩を返そうと……せめて、その人の助けになろうとしている。それが、とても悲しくて、切なくて、泣きたくなった。

 

「それでね、ミラお姉ちゃんとそのお父さんはわたしに猶予をくれたの。死の三日前までに、未練を無くしてきてって」

「……」

「でもね、怖くて逃げちゃった。そしたら、ひなたお姉ちゃん達と会って……」

 

 なんて悲しいんだ。たった数日しかない猶予を精一杯生きようとして……でも、どうにも出来ないと知って。怖くて、怖くて、逃げ出してしまって、こうして生きながらえている。

 その期限も、一日しかない。ルナは、明日の夜には死んでしまう。明日の夜が、タイムリミットだ。

 その時、ひなたは正常な判断ができるのか? 自らの手でルナを楽にするか、ミラに託すか……ルナと心中するか。ルナが死ねば確実にひなたかシャーレイのどちらかが新たな犠牲者となる。

 

「……明日、きっとミラお姉ちゃんがわたしを迎えに来る」

「……」

「でもね、その後、ミラお姉ちゃんは一人だと壊れちゃうから」

「……壊れる?」

「うん。ミラお姉ちゃんって話すのが苦手なだけで、優しすぎるから」

 

 その言葉を聞いて、今までミラがどうしてあんなに言葉足らずに言葉を投げかけていたのかがようやくわかった。あの子は、人に言葉を伝えるのが苦手なんだ。俗に言う、コミュ障。それもかなり重症な物だ。

 そう考える真実と当てはめると、ミラの言葉全てに納得が言ってしまう。彼女は、ずっと一貫してルナを引き渡す事を要求し、あちらから攻撃をしかけることはなかった。むしろ、自衛のために剣を振るっていた。それも、鞘に入れたまま。

 なんだよ、それ。と思わず呟いてしまう。そんなの、初対面の時に懇切丁寧に説明すればすれ違いなんてなく終わったことじゃないか。無意味に敵対することだって、なかったのに。

 

「だからさ、ひなたお姉ちゃん。わたしが死んだらミラお姉ちゃんと一緒にいてあげて?」

「……ミラと、一緒に?」

「うん。ミラお姉ちゃんってずっと一人で……全部抱え込んじゃってるから」

 

 それを打ち明けられる友達もいない。ただ一人で言葉足らずを自覚してヘイト役を引き受けて、ひなたとシャーレイの憎しみを一身に受け続けるつもりで……だけど、最後はひなたに全てを打ち明け、手を貸してもらおうとした。ルナの真実を伝え、ルナに苦痛を与えないために。

 だが、それでも。ヘイト役とならなくとも、彼女は子供を殺したという事実に耐える事が出来ないのだろう。子供に手をかけ、首を飛ばすという行為が心を圧迫し……壊してしまうのだろう。この一軒が、彼女の心を。

 ひなたは自分の手を見る。

 人を殺した事は、沢山ある。子供も殺した。大人も殺した。恩人も手にかけた。だが、それでも耐えた。折れそうな心を支えてくれたのは復讐心だった。そして、今は恩人の残した言葉とシャーレイだ。だが、手を見れば見えてしまう。赤色の染みが。助けてくれてと懇願した人の血が、正気を失った人の血が、恩人の血が、シャロンの血が。罪を忘れるなと嘲笑う。

 それを、支えのない女の子が耐えられるか?

 否。耐えられる訳がない。きっと、彼女は空回りする。ルナの母がなんでルナを巻き込んだと囁き、ルナはなんで死ななきゃならなかったの、と囁きるつづけるのだろう。それが、彼女の心の中にしかない幻だとしても、それを真に受け続け……壊れてしまうのだろう。ルナは、きっとそれが分かっている。

 

「……お願い」

「……うん。ルナのお願いなら」

 

 だから、引きうけてしまう。もう死にゆく少女の願いを、引き受けるしかなくなってしまう。

 

「……ありがと。後は、ひなたお姉ちゃんの卑屈が治せれば満足かな」

「卑屈って……」

 

 そこまでジメジメとした性格ではないはずだけど、と言いたかったが今の状態はジメジメしていると言えるだろう。言い返す事は出来なかった。

 ルナは暫く考えると、何か思い出したかのように言葉を紡いだ。

 

「自分を諦めないで」

 

 出てきた言葉は、それだけだった。

 

「……自分を?」

「うん。自分は綺麗じゃない、とか自分は足手まといだ、とか自分は弱いとか……そんなことを思わないで。守るために戦う事をしてもいいけど、それで自分が死のうだなんて思っちゃダメ。絶対に生き残って生き残って……最後には笑顔で笑えるようにして」

「それは……」

 

 自分に自信を持て。あるだけのハッピーエンドをつかみ取り、後悔を無くせ。彼女は、そう言った。

 

「それさえしてもらえれば、わたしは安心かな」

「自分を、諦めない……」

「うん。もっと自信持って? ひなたお姉ちゃんは綺麗だから」

 

 もっと、自信を。それが今のひなたに一番重要な事だろう。弱くて弱くて、自分の体がコンプレックスで、酒と煙草とシャーレイに縋る事でなんとか自分という物を確保して。だけど、一人だと何も出来なくて。

 そんなひなたを変える言葉。自分を諦めない。

 弱いのが事実でも、決して諦めない。綺麗じゃないと決めつけない。そして、最後はシャーレイと共に笑いあう。そんなハッピーエンドを掴むため諦めない。それが、自分を諦めない事。

 

「……分かったよ。胸に刻み込んでおく」

「うん……」

 

 ひなたにルナがもたれかかる。

 こんな子供に説教されるなんて、自分が嫌になる。

 が、それも今日までだ。これからは、ルナにこうして説教されなくてもいいように強く生きる。自分を諦めずに生きていく。それを成すために、心を強くもつ。

 ルナの死を迎えたとしても……彼女が安心出来るように精一杯の自分を見せて生きてハッピーエンドを掴み取る。ルナを乗り越えて、生きる。

 もたれかかるルナの体温を感じながら、ひなたはそっとルナの体を抱き寄せた。自分を諦めるなと言った少女の体温を感じ、忘れないために。胸に刻み付けるために。




実は全部気づいていたルナ。そして、全ての真実。多少強引ですが、ひなたの説得

陰口を気にする人と気にしない人。ひなたは前者な上に豆腐メンタルです。復讐心を一旦錆びらせた結果、弱い部分がポロポロと。ルナはそれが心配だった、という事です。その結果、ルナは自分を強く持て、とひなたに言いました

これは、ハッピーエンドが存在しない、一番マシなバッドエンドを摘み取るために戦う話です

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