三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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三人称


怒りは余裕の表れか否か

 

 

 天井に穴が開き、そこから近界民(ネイバー)──ガトリンとラタリコフが迅たちが待機している地下へと降り立った。

 

 ガトリンとラタリコフは侵入直後に一瞬だけ相対した迅の姿を認め、完全に先回りをされていたことを確信する。

 

 

『対応が早い……』

 

『我々の侵入も糸使いの作戦の内なのかもしれんな。だがここまで来れば俺たちも退けん』

 

 

 2人は表情を変えずに()人を見下ろし、内部通信で意志を固めた。

 ラタリコフは背中から"踊り手(デスピニス)"を起動させて宙へと円盤を浮き上がらせ、ガトリンは空中通路から飛び降りてボーダーのアタッカーたちと同じ目線に立つ。次いで小型(ゲート)から、頭部にブレードを装備したドグ・バトリーレを数匹喚びだした。

 

 

『サーチシールドは切るな。遠隔斬撃に注意しろ』

 

『了解』

 

 

 サーチシールドは迫るトリオン攻撃に対してオートで起動する。遠隔斬撃からの不意打ち対策であり、副産物として道中のバイパーも防ぐことが出来た。

 

 ガロプラ勢が糸使いの次に難敵としたのは、風刃の遠隔斬撃だった。アフトクラトルから齎された情報の中にトリオン斬撃とあり、威力も解析されていたが、遠隔からの軌道を読むのは容易ではない。因って、ガトリンたちは対遠隔斬撃用のシールドをヨミの改造で用意したのだ。

 だが、自らの意思とは別に反応する為、警戒の必要がなければ機能を切りたいところ。遠隔斬撃の使い手と相対した今は叶わない考えである。

 

 侵入側がやる気充分といったところで、太刀川がニヒルな笑みを浮かべ己の背後を指して口を開いた。

 

 

「あんたらのお目当ては、この中だ」

 

 

 指されたのは、トリオンで分厚く補強された格納庫(ハンガー)

 

 突然そう言い出した男に、空中通路の上でラタリコフは片眉をピクリと動かした。

 

 指さす太刀川の表情は変わらず、どこか胡散臭さを感じさせる薄い笑みを添えて挑発を続けた。

 

 

()()()をぶっ壊したきゃ、その前に俺たち4人を"ぶった斬るかぶち抜かなきゃ"ならないな」

 

 

 太刀川の挑発にガトリンは一呼吸分、思考が固まった。

 自分たちの目的は侵入から予測したとしても、武器や手段など手の内まで相手に知られているとはどういうことなのか。

 

───やはり糸使いは我々の予想を超えるサイドエフェクトを──

 

 

『! 隊長!』

 

 

 ラタリコフの警告にガトリンは辛うじて体を捻った。

 

 だが、左腕の肘から先を風間のスコーピオンで切り落とされる。

 宣言通りカメレオンを起動し、冬島が配置したスイッチボックスのトリオン反応に紛れて虎視眈々と隙を窺っていたのだ。

 

 サーチシールドは攻防の邪魔になる為、戦闘体からの直接攻撃には反応しない。故にガトリンは、奇襲に不意を打たれた。

 

 

「おっと、悪い。4人じゃなくて5人だった」

 

 

 挑発の言葉をそう締めくくった太刀川と、4人と合流して格納庫前に立ちふさがった風間。

 

 切り口と手際から、彼ら5人が一筋縄ではいかないことをガトリンとラタリコフは察した。

 

 ガトリンは切り落とされた腕を一瞥して皮肉を感じる。

 八神の腕を落とそうと考えていた己が先に腕を落とした。そしてそれが警告のようにも受け取れる。この場にいない糸使いからまるで『諦めろ』と圧力を掛けられているようだった。

 

 迅は小南の隣で微動だにすることなく沈黙していた。

 風刃の柄に手を置き、透明な表情でガトリンとラタリコフを注視している。

 

 だが彼の感情は、表情とは裏腹に荒れ狂っていた。

 

 敵を改めて視て、怒りで表情が歪みそうになるのを必死で押し留める。

 注意して視ても、やはりその未来が限り無く低い未来なのは間違いない。だが、優しく温かい両手はなく、血濡れで打ち棄てられ、虚ろな瞳を向ける八神の姿。

 

 殺気が漏れそうになるのを自覚し、迅は腰に差したかつての師である風刃の柄を握って心を落ち着けた。感情に振り回されるわけにはいかない。

 

 八神のこととなれば黙っていない迅が、感情を爆発させずに済んでいるのは風刃の存在が大きい。

 空閑のボーダー入隊の為に本部へと返還した風刃だが、使い手が定まっていないことから即戦力投入の為に迅へとまた託された。一時的な措置とは言え、もう一度振るうことが出来る喜びを迅は当初感じていたが、もしかしたら風刃は己の感情を抑える為にまた手の中に来たのではないかと思わせる。

 

 迅はスッと目を細めて敵を見据えた。容赦をする必要はない。

 

 対するガトリンも、腰を落としてトリガーを起動させた。どれだけ警告をされようとここで目的を達成すれば問題はない。

 

 

「背中から武器が……」

 

「レイジさんの全武装(フルアームズ)みたい」

 

「なるほど……こいつはよく斬れそうだ」

 

 

 ガトリンのトリガー"処刑者(バシリッサ)"は、鋭い爪を先端に持つ四本のアームが背中から伸びる形状だ。持ち主の体格もそうだが、トリガー自体が大きく、見るからに重量級。さらにアームには関節がある為、細かく動かすことも可能だとボーダー側は一見した。

 

 ラタリコフのトリガー"デスピニス"は、形状は円盤だが、同じような部隊構成をしている太刀川が一目でシューターだと見当をつける。

 

 ガトリンは"バシリッサ"とは別に、背中のホルダー部分から追加トリガーを出して腕の切り口へ翳す。すると、腕の代わりにトリオン砲が戦闘体へと接続された。

 

 

「ありゃあ……手まで生えちゃったよ、風間さん」

 

「次からは脚を狙う」

 

『悪いね風間さん。牽制になると思ったんだけど意味なかったっぽい』

 

『構わん』

 

 

 太刀川と迅にそれぞれ応答しながら臨戦態勢を崩さない風間。

 

 否、この場にいる誰もが油断などしていなかった。

 

 

「悪いがあまりおしゃべりもしてられんのでな。戦闘開始だ」

 

 

 ガトリンがわざわざ口に出して注目を集め、アームの爪を床に突き立てた瞬間。

 

 

格納庫(ハンガー)!」

 

「鋼!」

 

 

 反応したのは風間と迅だった。

 

 トリオン砲が火を噴き、真っ直ぐに格納庫へ伸びる。

 

 その射線上に戦闘体を滑り込ませたのは、シールドモードのレイガストを携えた村上だ。

 咄嗟の反応だったがしっかりとレイガストへ着弾させた上に、事前に言われていた通りシールドも用いた二段構えの防御である。

 

 

「くっ……!」

 

 

 しかし、砲撃はシールドモードのレイガストを突き破り、集中シールドではなく半端に広げて展開したシールドは割られ、格納庫の防壁へと接触を許してしまった。

 それでも充分に威力を削られて表面が焦げただけだったが。

 

 村上を始めとして、敵味方関係なく全員が防壁へと視線を走らせた途端、迅が風刃を抜き放って駆け出す。

 誰よりも速く結果を()る迅の一手は躊躇いなどない。

 

 一呼吸分もない間に遠隔斬撃がガトリンとラタリコフへ襲い、サーチシールドで動きを制限されたガトリンに風刃の刀身が迫った。

 

 

「!」

 

 

 バシリッサのアーム一本で風刃を受け止め、残りのアームで反撃を仕掛けるが、思いもよらぬ妨害を受ける。

 

 サーチシールドがガトリンの攻撃を防いだのだ。

 

 

「なにっ」

 

 

 鼻白むガトリンに、風刃が容赦なくトリオン砲を落とさんと振るわれる。

 意思を駆使してアームを引き戻し、なんとか刀身を受け止めたガトリンは、風刃ごと迅の戦闘体を弾き飛ばすことに成功した。

 

 迅の着地点にラタリコフがドグ・バトリーレとデスピニスを差し向けるが、村上が難無く斬り裂いてフォロー。

 

 迅が駆け出してから一拍後にカメレオンを起動していた風間だが、迫るデスピニスの円盤軌道を把握していない今は武器無しで防ぐのは難しく、姿を現してスコーピオンで対処した。

 

 迅を弾き飛ばしたガトリンは、すぐさま太刀川の弧月と小南の双月の対応に追われる。

 遠心力も加えた豪速のアームを真っ先にかい潜った小南が、防御へ回ったアームに下から双月を殴りつけ刃と柄の間に引っ掛けたのを支点に、戦闘体をガトリンの頭上に跳び上がらせた。

 

 ガトリンを見下ろす小南の手には既に斧はなく、8分割のメテオラ。

 

 

「!」

 

 

 上下に四発ずつメテオラが発射された。向かう先は、ガトリンと空中通路。

 

 足場を崩されたラタリコフがその場から脱した途端、村上のレイガストがスラスターを起動して放たれる。

 ラタリコフは三枚のデスピニスを使ってレイガストの軌道を逸らすが、いつの間にか壁に垂直で待ち構えていた太刀川に気づくのが遅れた。メテオラの爆煙に紛れてガトリンから離れ、必殺の旋空弧月を放つ機会を狙っていたのだ。

 

 ハッとラタリコフが気付いた時、遠隔斬撃でサーチシールドが発動して更に動きが制限される。

 

 攻撃手ランクNo.1の弧月が振り抜かれた。

 

 ガギギン!! と烈しい音が発される。

 ガトリンがラタリコフと太刀川の間に入り、旋空をバシリッサの頑丈なアームで受け止めていた。

 

 

「硬えな、おい」

 

 

 太刀川がぼそりと呟く。

 

 旋空はトリオンで伸ばされた刀身の切っ先に向かうほど、速度と威力が上がる弧月のオプショントリガーだ。

 ラタリコフとの距離は十分であったが、間に割り込んだガトリンへは本領発揮とならず。

 

 絶えず襲う遠隔斬撃に2人分のサーチシールドが発動する中、ガトリンは壁に爪を突き立てて体を固定し、力を逃すことなく太刀川へアームを振り下ろした。

 

 爪を弧月で受けた太刀川が衝撃のまま壁にめり込む。通常なら腕が痺れるほどの衝撃だが、太刀川は弧月を手放すことも、受け身の姿勢を崩すこともないのは流石だった。

 

 だがすぐに身動き出来ないことは一目瞭然。ドグ・バトリーレが太刀川の後方から狙いを定める。

 

 それをわかっていた風間がすかさず足のブレードで仕留め、両手の双月を接続器(コネクター)で戦斧に変更した小南が、太刀川を押さえているバシリッサのアームへ大上段から振り下ろした。

 

 

「!?」

 

 

 短時間で何度目の驚きだろうか。ガトリンは戦斧で折られたバシリッサのアームに目を見開いた。

 

 その隙に太刀川は抜け出し、接続器(コネクター)を解除して小回りの利く手斧の形に双月を戻した小南が、デスピニスの円盤を捌いて後退。

 

 格納庫前の初期位置へ戻ったボーダー側に対して、ガトリンとラタリコフは2人分の間を空けて肩を並べた。

 現時点での戦闘損害は、ガトリンのアーム一本のみ。

 

 ガロプラに存在するトリガーの中でも、かなりの硬度を誇るバシリッサが折られることはガトリンの予想外だった。それも、数年前まで未開拓地だと考えていた玄界(ミデン)通常(ノーマル)トリガーで。

 

 

『……ラタ、ドグを追加して引き気味に戦え。狙われてるぞ』

 

 

 切り替えて、部下へと指示を出した。動揺を引きずっても得はない。

 

 

『「弱い敵から集中して落とす」。基本に忠実な相手ですね』

 

『サーチシールドを起動したままでは、大砲の装填(チャージ)にもうしばらくかかる。10分で片付けるのは無理だな。15分に変更だ』

 

『了解です』

 

 

 指示通りラタリコフが小型門からドグ・バトリーレを喚びだしたのを確認して、予定していた作戦時間の変更を言い渡す。

 情報伝達の要であるヨミが現在アイドラを同時操作中の為、ウェンと外の部下へ指示が届かないことが気掛かりであったが、5分程度なら想定の範囲内だ。

 

 

『風刃の遠隔斬撃にあんな使い方があったとはな』

 

 

 風間が風刃を構えた迅へ含むような口調で通信を繋ぐ。

 

 あんな、とはガトリンに攻撃した際、誤作動を起こしたかのようなサーチシールドを利用した時のことである。

 

 迅は遠隔斬撃をガトリンとラタリコフへ飛ばしたと同時に、己の戦闘体にも伝播させていたのだ。それにより、サーチシールドが反応し遠隔斬撃を防ぐ反面、ガトリンの攻撃も防いだ、という訳だ。

 

 マスタークラスの攻撃手や万能手ならば近距離での斬り合いにシールドを張る者の方が少ない。普段の太刀川がそうであるし、先ほどバシリッサで押さえ込まれた際も弧月だけで対処している。

 しかし、咄嗟の防御はやはりシールドが必要だ。そういう点では、攻撃特化で防御手段がない風刃での特攻はやはり危険としか言いようがないが、迅に限ってはそうとも言えない。

 

 未来視と風刃、そして迅の戦闘経験が合わさることで成せた技だ。

 

 

『ほら、言ったでしょ。俺って生粋の能ある鷹だって。でも今回は風刃対策をあっちが練ってくれてたから逆に利用してやろうと思ってさ』

 

 

 風間の黒トリガー争奪戦時(含み)を完璧に読み取った迅は、ラタリコフが飛ばしてきたデスピニスを捌きながら余裕そうな声音で応えた。

 

 

『ねぇ、プランの変更はないのよね?』

 

『おう。たぶん、相手はベイルアウトみたいな機能を持ってる。でも早く倒し過ぎてもダメっぽいから、出来るだけ()()()を引っ張って倒す方向で頼むよ』

 

 

 小南の問いにも迅は変わらない声音で肯定する。

 

 倒すだけならこのメンバーでそう時間を掛けずに実行できることを未来視は示していた。だが、それを行えばどういうわけかボーダー側が不利に陥る未来へ繋がっている。

 何故そうなるのかは流石の迅でも戦闘中では思考の余裕がないので不明だが、望まない結果が解っているならそこは重要ではない。

 

 

『重い方をですか。格納庫狙いで動きを制限される中、更にギリギリ倒さないってのは逆に難しいですね』

 

『手を抜いてるって悟られてもダメなのか。めんどいな』

 

 

 デスピニスとドグ・バトリーレの突撃をそれぞれ防ぎながら、軽口を交えた打ち合わせを開始する。

 

 

『犬また増えたんだけど、なんでいっぺんに使ってこないの?』

 

『多すぎると細かく動かせないんだろ。連携しなきゃただの雑魚だ』

 

『飛び回る円盤も犬も重い方の攻撃をサポートしている。分断(バラ)したほうがやりやすい。()()()は俺のカメレオンを警戒しているようだ。ちょうどいいから俺が受け持つ』

 

『じゃ、俺は風間さんと鋼のサポートしながら重い方に参加するよ』

 

『ああ、重い方は4人でかかれ。犬は各々で対処する。いいな?』

 

『了解』

『了解!』

『了解!』

 

 

 迅は浮かんでは過ぎる未来を視ながらタイミングを見計らう。防衛へ出る前に視た八神の未来を思い出しながら。

 

 ガトリンたちは心なしか表情が引き締まった敵を見て、油断は出来ないと改めて考えた。目指すは遠征艇の破壊だが、糸使いの思惑を崩す為に必要な手を探らねばならない。

 

 ガロプラの精鋭たちは時間が経る毎に虚像を大きくしていた。

 彼らが相手にしているのは"糸使い"という虚像。八神だけを見ている。

 

 だが、実際のところ"糸使い"とは八神と迅の2人だ。この2人が立てた策を軸に、仲間と組織が補助・補強をしている。

 ガトリンたちが勝利するには、先ず、この虚像を見破ることが必要不可欠なのだ。

 

 気づくか、気づけないか。

 分岐の一部は迅だけが()り、そして迅にも視えないところで常に未来は変動している。

 

 

 

 




 原作の迅は未来視で焦ることはあっても、その未来に怒ることはないと思います。どんな理不尽な未来でも都合が悪ければ怒るよりも暗躍を優先するかと。善い未来なら微笑みと安心を持って傍観するのかな、と。

・サーチシールドについて
 独自解釈による設定です。独自解釈については12/18の活動報告に載せさせていただきました。薄い補足説明ですが、興味があればご覧下さい。

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