三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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ヒュースを軸とした三人称
八神視点の一人称


おおかみはつるぎの少年と笑う。そして、暗転

 

 

 ヒュースはボーダーのトリガーでトリオン体になると、玉狛支部の玄関から堂々と出た。

 外はすっかり夜の帳が落ちているが、巨大な建造物である本部基地を間違えるわけがない。更にポツポツと街灯が点いており、夜道だろうと真っ暗ではない。

 

 否、たとえ一寸先に死を思わせる暗闇があろうと、戦士(ヒュース)の心は迷わないだろう。

 

 

「……世話になったな……先輩」

 

 

 そんなヒュースが心に浮かべたのは、幼い少年である陽太郎だった。幼子特有の純粋さを感じさせたかと思えば、妙に大人びた表情でヒュースに接した。

 

 ──おそらく、彼ならば一言も告げずに出て行く恩知らずな己を「しかたない。ちゃんとかえるんだぞ」と、また妙に大人びた表情を浮かべる。強い男だ。

 

 ヒュースは陽太郎をそう認めて、トリガー(ホーン)を隠す為にフードを被る。

 急いで属国と接触する為に駆け出そうとした時、ガチャリと背後の扉が開いた。

 

 

「ヒュース」

 

「!」

 

 

 捕虜になった初期のヒュースなら振り返らない。

 

 だが、その声を無視するには、彼と過ごした日常があまりにも温かかった。

 

 

「なぜ」

 

 

 斯くしてヒュースは振り返ってしまった。

 口から突いて出た言葉は己に向けてなのか、眠っていた筈の陽太郎に向けてなのか、誰も判別できない。

 

 

「いくのか?」

 

 

 静かで、温かい声音だった。

 

 決して幼子が出せる音ではないのに、ヒュースは何の違和感も抱かなかった。

 この少年は、否。()は、気づいている。

 

 

「……ああ。分の悪い賭けだとしてもオレは帰らなければならない」

 

 

 情に絆されたわけではない。ただ、ヒュースが何を言っても陽太郎は止めないと確信があった。

 そして何より、嘘を吐きたくなかった。

 

 陽太郎はやはり止めることなく「そうか」と鷹揚に頷いて、雷神丸の背中に載っていたポシェットに手を伸ばした。

 

 数秒後、小さな手で蝶の盾(ランビリス)が差し出されるのに、ヒュースは驚きを隠せない。

 目をまるくするヒュースに向かって、陽太郎は変わらない声音で告げた。

 

 

「ヒュースがかえるならわたせって迅からあずかってた。いえにかえるんだろ?」

 

「……ああ」

 

「なら、わすれものだ」

 

「ありがとう……先輩」

 

「こうはいのめんどうはおれのやくめだからな!」

 

 

 ニッと何の衒いもなく笑う陽太郎に、ヒュースは心から感謝の言葉が出た。

 

 差し出されたランビリスを受け取り、左手首に填める。ボーダー側の目を欺く為にまだ起動するわけにはいかない為、ヒュースはボーダーのトリオン体のまま姿勢を正した。

 

 陽太郎の目をしっかりと見て、親指だけを立てた拳でトンと胸を叩く。それを見た陽太郎も──今度は間違えることなく──同じように胸を叩いた。

 

 "友好の証"。それを互いに交わした彼らに言葉は必要ない。見届けたのは一頭の獣だけ。

 

 2人はクルリと背を向け、親友の無事と健闘を祈る。そして今度は一度も振り返ることなく別れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライトニングによる速射で、吊られていたトリオン兵は瞬く間に数を減らした。

 

 

「む」

 

 

 しかし、それは存在に気づかれなかった最初のうちだけ。気づかれた後は吊られながらも盾を構えられ、威力の低いライトニングでは仕留めることは出来なくなった。それでも1枚の盾なのでイーグレットで撃ち抜ける強度だが。

 

 手早く一掃することを諦めてイーグレットの狙撃に切り替える。

 

 無力化したトリオン兵をきっちり仕留める理由は、敵が撤退する際の攻撃で残っているトリオン兵の拘束を解かれて殿軍にされては堪らないからだ。

 それと、万が一自力で抜け出した場合の奇襲攻撃を警戒してのこと。トリガー使いの刃だとどんなに強度を上げたスパイダーだろうと最終的に斬られる。トリオン兵主体の国ということは、動けるトリオン兵にどんな隠し玉があるかわからないからね。

 

 

『第三防衛ラインを突破されました。防衛スロープに侵入』

 

 

 6割方片付けたところで真木ちゃんから通信が入る。

 

 スパイダーの防衛ラインは第三まで。以降は防衛スロープと称して、本部基地周辺にトリオンで傍目では判らないほど緩やかな坂を作っている。

 エンジニアたちこだわりの"基地周辺の写真"というテクスチャが貼り付けられ、違和感皆無な坂だ。連絡通路を利用する時は関係ないけど、おかげでここ最近は生身で外から正面入口へ向かう場合、じわじわと体力と気力を削られるんだよね。

 

 防衛スロープの形状は簡単に言えば、跳び箱の踏切台。緩やかな坂の真下はあの踏み台のように空洞があり───

 

 

『落下トラップ発動。殲滅速度上昇。敵の進行、減速』

 

 

 早速ランダムに配置された落下トラップ、"落とし穴"に嵌まってくれたらしい。一面がトリオンの板だからトリオン反応だけで罠を見破られることもない。もちろん味方側には識別出来る仕様だ。

 

 落とし穴は約3m程の深さだが、穴の底にはメテオラを設置していたり、防衛装置の一つである串刺し刑(シュライク)がある。

 

 メテオラはトリオン量の調節次第で爆発の規模を変えられるけど、数が多いと調節しても派手な爆煙が起こる。そのため対外秘である今回、隊員の使用は禁止されていた。

 しかし、トリオン製の落とし穴の中ならば衝撃や音が軽減される上、トリオンの煙が天高く昇ることもない。よって、隊員の使用は禁止されたが罠での使用は許可された。

 

 また、串刺し刑(シュライク)は文字通り地面から槍が飛び出して敵を貫通する罠だ。

 第二次大侵攻でも活躍しており、落とし穴と相性が良かったので採用された。冬島隊長経由で知ったけど、名付けについてかなり白熱したんだっけ。

 

 

『屋上に攻撃! 小型の(ゲート)が発生!』

 

「小型の(ゲート)?」

 

『犬型トリオン兵を確認。スナイパー、後退します』

 

 

 ドグか。攻撃力が低いとは言え、スナイパーは一部を除いて近接戦闘が出来ない。後退はやむを得ないな。

 

 狙撃援護無しだとガンナーとシューターに掛かる負担が大きくなる。

 落とし穴で動きを止めたり、体勢を崩したりしているけど、盾を重ねられれば中距離戦で貫けるのは合成弾くらいだ。

 

 

『こちら八神。真木ちゃん、小型(ゲート)の発射地点の解析を』

 

『既に。データを送信します』

 

『ありがとう』

 

 

 さすが仕事早いなぁ。自分の足で移動しながら、視界に送られてきた地点へとイーグレットのスコープを回す。

 

 姿はない、か。発射後すぐに移動しているのだろう。

 

 

「見つけた」

 

 

 だけど地形への理解はこちらに分がある。発射地点からの移動ルートは予測済みだ。

 

 

『本部、こちら八神。小型(ゲート)を送っている近界民(ネイバー)を発見。狙撃します』

 

『了解した。三輪隊をそちらへ送る』

 

『こちら三輪、80秒後に目標地点へ到達する』

 

『八神、了解』

 

 

 狙撃姿勢は膝射で、民家の屋上ベランダの縁に身を乗り出した。

 

 標的は身を屈めている。背中から何かを抜き取って起動させ、地面に簡易版打ち上げ花火みたいな筒を設置した。

 面白いトリガー技術をお持ちで。おそらくアレが小型門の迫撃砲台だろう。

 

 

「!」

 

 

 油断しているだろう近界民(ネイバー)の頭に銃口を向けた途端、人型トリオン兵が標的と私の射線に割り込んだ。

 私が戦場に出てからの動き的に意外だったが、どうやらかなり警戒してくれていたらしい。

 

 今撃っても無駄弾になるが、敢えて撃つことにした。

 

 一発。ヒット。一枚盾を貫通して人型トリオン兵を破壊。

 

 近界民(ネイバー)が驚いた表情を浮かべる。私が撃つとは思わなかったのだろう。

 狙撃手は一撃必殺が常道であり、無駄弾は避けるからね。"お前の狙撃は見えているぞ"と牽制することで、狙撃手は攻撃を躊躇い逃走を優先するもんだ。

 

 もう一発。ヒット。迫撃砲台を破壊。

 

 ハッと逃走を始めた標的に、トリオン兵越しから狙いを定めたところで真木ちゃんから通信が入る。

 

 

『三輪隊が接敵しました。警告、人型トリオン兵1体が高速で接近中』

 

『了解』

 

 

 応答しながら構えを解いて足を動かす。視界に映るマップ上の点に思考を割く必要もない。

 隣の屋根へ飛び降りる瞬間、人型トリオン兵が私の背中に追い縋る形で姿を現した。

 

 手の甲からブレードを生成した人型トリオン兵が、私を追って壁を蹴る。あ、家にヒビが。

 

 自分でも暢気だと思う思考とは裏腹に、戦闘体は咄嗟にイーグレットとバックワームを解除して両手をフリーにする。

 シールドを新たに起動し、ブレードをガリガリと受け流してトリオン兵の股をくぐり抜けた。

 

 そしてすぐに腹筋──トリオン体だから筋肉は関係ないけど──を使って逆上がりの要領で両足を振り上げて体を回転。人型トリオン兵の背中に両足裏を着地させて、思いっきり、踏み抜いた。

 トリオン兵が屋根から蹴落とされ、私は屋根瓦を壊すことなく着地。

 

 とにかく距離を取ろうと一歩足を踏み出し途端、ビームが飛んできて足場が吹っ飛んだ。狙撃手には距離を取らせないってことか。

 

 屋根から地面に落ちる合間にもう一度ビームが飛んできて、シールドを張る。ヤバい。後手に回ってる。

 

 ビームに削られたシールドが、トリオンの飛沫をあげて視界を僅かに遮った。地に足が着く間際にバックワームを起動。死角から現れたブレードが突きの型で迫るのを、半ば反射で上体を捻った。

 肘に掠めたが支障はない。バックワームで体の線を隠せたのが大きい。

 

 イーグレットを起動し、生成途中の銃身でトリオン兵の顎を下からカチ上げ、上体が伸びたところで生成完了した引き金を引いた。

 しかし、相手も良い反応で避けてくれやがる。

 

 重そうな機械のクセに身軽にバク転をして距離を取った。距離と言っても7mくらいだ。

 狙撃手との戦いに慣れていて舌打ちしたくなる。

 

 

「?」

 

 

 違和感。戦いに"慣れている"?

 まるで動きが、人間のような───

 

 

『あ!! トリオン兵の中で3体だけ動きが違います。落下トラップに嵌まった兵を足場に基地外壁へと接触!』

 

 

 思わず、といった風に慌てた声を出した真木ちゃんだが、すぐに状況を教えてくれた。

 

 弾幕が減ったことによる強行突破だろう。3体のトリオン兵は特殊なトリガーを使って壁に穴を作成し、内部へと侵入した。

 そしてその正体は、トリオン兵に化けていた近界民(ネイバー)のトリガー使い。

 

 さて、こちらもなんだか動きが違う人型トリオン兵がいるけど……コイツも化けてたりするのかな。

 

 

『こちら忍田。そのトリオン兵は()が違う。君と同程度だそうだ。トリガー使いと仮定してあたってくれ』

 

『八神、了解』

 

 

 忍田本部長からの警告に返事をして、イーグレットとバックワームを解除してシールドを張った。

 

 地味に"目からビーム"が痛い。

 ブレードの切れ味はモールモッドと同等だが、重さがない分受けやすい。ただ、イーグレット相当の威力があるビームは、下手にシールドを広げ過ぎるとヒビが入った。

 距離が近いのも関係するだろうか。

 

 ()()()()()ってことは、相性次第で食われるじゃん。トリガー構成失敗したかも。

 単純にメテオラを抜けば良いかって考えた過去の私をぶん殴りたい。防御と攻撃手段がメインに偏り過ぎてて、生成と解除で無駄にトリオンが減らされる。

 

 とりあえず攻防のリズムは一旦リセットされた。もう後手には回りたくないな。

 

 さて、トリガー使いと仮定するならば、思考の隅にあった"逃げる"の選択肢は消え失せた。

 今回の作戦ではどう足掻いても敵を捕縛することは出来ない、と悠一が未来視したんだ。

 ならば"次"の作戦を考えて動く必要がある。先の為にトリガー使いの実力を測ることと、兵力を削ることが戦闘員としての作戦目標だ。

 

 無理のない範囲で相手の手札を暴く。距離をそう簡単に取らせてもらえなさそうだし、近接戦闘の構えが必要だな。

 

 敵の武器はビームとブレード。単純に万能手の攻撃範囲。ブレードは手の甲の黒い部分で生成してくる。一枚盾の生成も手で行うらしく、形状は丸盾だ。

 ビーム・ブレード・盾はどれか一種類ずつしか発動出来ない。

 

 

「スパイダー」

 

 

 敵のビームをシールドで防いで、27分割のスパイダーブロックを生成。太さは靴紐くらい。

 足元と地面に壁、そしてトリオン兵(仮)に向かって発射。

 

 

繰糸(そうし)介入(アクセス)接続(コネクト)

 

 

 盾で防がれて撓んだスパイダーを極細絹糸に変更してから、指貫にくっつけて回収。よし。

 

 弾ではなくただのワイヤーだったと判ったトリオン兵(仮)がブレードを構えて迫ってくる。

 

 防御は作った。攻撃手段は、ライトニングを選ぶ。

 

 右手にライトニングを掴んで右半身を一歩下げた。左から斜め袈裟切りの形で振りかぶってくるのに合わせて、摺り足でそのまま下がる。

 ブレードを振り下ろされ、やけにあっさりと奴の上体が沈んだ。

 

 

「っ」

 

 

 トリオン兵(仮)の肩にある黒い部分から伸びたブレードを紙一重で避ける。右手に持っていたライトニングにブレードが掠って取り落とした。

 なるほど、黒い部分は全部変形できるのか。狙ってたなコイツ。

 

 避けたところを垂直に切り上げをしてきたと思ったら、私の脇腹を薙ぐように水平に動かしてきた。

 

 ははは、トロいわ。

 

 スパイダーがギチリと音を立てた。

 

 左手の指貫から伸びるスパイダーは極細絹糸のまま奴の腕に絡みつき、顔のそばに構えた右手に繋がっている。立射姿勢。

 

 右踵で軽く蹴り上げたライトニングはピタリと両手に納まった。

 

 

「───」

 

 

 ああ、()()()な?

 

 靴紐サイズから極細絹糸に変更したスパイダーは見えなかっただろう。周囲に張った靴紐サイズのスパイダーがあるから尚更。

 なに、ライトニングはけん玉みたいな要領さ。お前が遊んだことあるか知らないけどなッ!

 

 

「ヒット」

 

 

 避ける間もなく頭部から下に四発。一拍後、ぐらりと背中から倒れる相手に合わせて腕の拘束を解いた。

 

 

『お見事です』

 

「ありがとう」

 

 

 真木ちゃんからの称賛を素直に受け取って、ライトニングを構えたまま倒れた奴を観察する。

 

 驚き、戸惑い。

 あの時確かにそう反応したコイツは人間だ。トリオン兵の行動設定ならば無反応のまま破壊されている。

 

 

「……おかしいな」

 

 

 人間だ、と断じた筈なのにトリオン兵(仮)の様子が変わらない。というか、最後の倒れる瞬間は人間じゃない感じがした。

 

 もしかして、間違えた?

 

 

『っ警告! 左右か』

 

「!?」

 

 

 真木ちゃんの警告を最後まで聞く前に、トリオンの煙があがった。

 

 

 

 




・防衛スロープ
作中で跳び箱の踏切台と例を出していますが、ロイター板のようにスプリングは入っていません。単純に緩勾配の坂を模した板です。"✓"の記号を上下ひっくり返して地面に置いた感じの物を想像しています。この説明で余計にわからなくなったらすみません……作者に説明力のわざマシンを下さい。

・槍の罠『串刺し刑(シュライク)
公式で名前が出てこなかったので、識別の為に名付けました。ネーミングセンスないので悩みました。
トラップの印象から『くし刺し公』の記述を真っ先に思い浮かべていましたが安直かも、と思い直す→ワートリ世界で良く使われているギリシャ語関係で神話から護国の女神であるアテーナーとかは?→一応舞台は日本だしな、と織田信長様関係にでもしようか→でもしっくりこない。そこでふと昔TVで見た『百舌(もず)早贄(はやにえ)』を思い出し、結局『百舌』を英語にしただけです。あまりお勧めはしませんが、画像検索は自己責任でお願いします。

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