三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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八神視点


小さな防衛戦、開始

 

 

 本部基地の廊下で冬島隊長と肩を並べ、互いに雑談を振っていく。雑談、と言ってもラッド()()()の解析結果についての話題なので、和気藹々としたものではないのは確かだ。

 

 身長差で歩幅に難があるけど、そこは冬島隊長がダルそうにのそのそと歩いて速度を合わせてくれていた。

 気づいた当初は「紳士的だ」と考えたのだが、様子を見る限り本気でダルいのだと思う。何故なら私が気を遣って足を早めると、冬島隊長はそのままの速度でのっそり歩いて「歩くのはえーよ」と文句を言われたからな。

 

 随分と前に解析自体は終わり、結果も教えてもらっていたが、現在は襲撃を見据えての防衛態勢なため会議など大きな場で話題に上らなかった。戦闘員に余計な混乱を与えかねない報告なので正しい判断だと個人的に思う。

 でも完全に箝口令を布かれたわけではないので、こうして雑談を交わしているのだが。

 

 

「やはりトリオン兵作成技術に富んだ国でしょうか。"羽化型のトリオン兵"なんて珍しいですし」

 

 

 ラッドもどきは第一次大侵攻のものだった。

 あの大侵攻は未だに謎が多いけれど、そのラッドもどきによっていくつかの謎が解けた。

 

 偵察用であり、蛹でもあった小型トリオン兵。

 

 近界民(ネイバー)たちは通常だとトリオン兵を卵にして運び、必要時にトリオンを注入して孵化させる。強力なトリオン兵ほど、注入する量が多い。

 

 だが、件の小型トリオン兵の仕様は通常と異なる。

 アフトクラトルのラッドと同様に潜入先でトリオンを収集するが、艇の燃料や別枠であるトリオン兵の孵化エネルギーへと流用したアフトクラトルとは違い、収集したトリオンを中身の成長・進化エネルギーに転換して小型から一気に大型へと文字通り"羽化"させる。

 

 更に、一体の小型から2体の大型が羽化することが判った。

 

 ボーダーはこの本部基地が出来る以前から、少数精鋭の秘密組織として動いていた。

 現在のように誘導装置はなくとも(ゲート)の把握は出来ていた為、一般人には秘密裏にトリオン兵を処理していたらしい。だが、奴らはラッドの行動パターンと同じく倒したトリオン兵から這い出て街に散らばっていたようだ。

 

 第一次大侵攻で三門市上空に巨大な(ゲート)が開いた時、ボーダーは(ゲート)観測時より"大量かつ広範囲"に現れたトリオン兵への対応に追われて中心部へ向かうのが遅れた、と報告書に載せられている。

 そのトリオン兵の出所が小型トリオン兵なのだろう。人気のない場所で脱け殻が見つかったのは、羽化する為のエネルギーを集め終わり合図まで駆逐されないよう身を隠していたからだ。

 

 三門市を捜せばもっと脱け殻が見つかりそうだが、第二次大侵攻前のラッド回収の際に『レーダーには映らなかったけどフォルムが似ているので回収した』とラッドと共に袋詰めされていたらしい。

 回収したものをチェックした人も『解析に掛けるとトリオンの塊だし』と深く考えずに処理していた。

 

 問題はあるけど、今回ばかりは街中を捜し回らなくて良さそうなのでグッジョブ。それでも、近い内に人気のない場所周辺を確認しなければならないが。

 

 トリオン攻撃しか通さないはずのトリオン兵に何故殺虫剤が効いたのかと訊いてみた。

 どうやら羽化前の中身は繊細な作りだったらしく、殺虫剤で中の回路が狂い、変態が中途半端に停止して機能不能となったのだとか。玉狛支部から送られてきた当時の資料にそう書いてあった。殺虫剤最強説。しかしモールモッドとか他のトリオン兵には効果がないので、最強ではなく有能に留めていよう。

 

 

「つっても、約5年前のトリオン兵なら多少は技術の片鱗があってもおかしくないはずだが、レプリカ特別顧問が残したトリオン兵一覧には載ってなかった。つまり軌道配置図に載ってる国じゃねーってことだな」

 

「それは可能性が低いというだけで断言は出来ませんから。訪れた後に開発された可能性も無きにしもあらずです」

 

「どっちにしても国は不明なままか……」

 

 

 空を仰ぐというように、天井を仰いだ冬島隊長。前を見ないと危ないですよ。

 

 そう考えた途端に、前方の角からエンジニアの男性職員がこちらへ歩いてくるのが見えた。ぶつかりはしないだろう。

 

 スッと会釈をしてから雑談へと戻る。

 

 

「トリオン兵技術だけを見るなら、アフトクラトルもロドクルーンも怪しいと思います。アフトクラトルへの遠征は確定ですが、私はロドクルーンにもカチコミに行きたいです」

 

 

 すれ違い様に内容が聞こえたのか、職員の方からギョッとした気配が伝わった。

 冬島隊長もそれがわかったらしく、ニヤリと悪い笑みと共に揶揄される。

 

 

「おいおい、見た目に似合わない言葉使うから驚かれてんぞ」

 

「ええ? じゃあ見た目に似合った『カチコミ』に代わる言葉って何ですか?」

 

「『訪問』?」

 

「意味がズレているような……私、結構自分勝手ですからクズ発言もやろうと思えば出来ますし」

 

「ワルい子だなぁお前」

 

「隊長ほどでも」

 

「どういう意味だコラ」

 

 

 冬島隊の隊室が見えてきたところで、隊の通信端末から警報が鳴り響く。

 とうとう始まったかな。

 

 

「随分はやいな」

 

「ですね。もう少し情報(エサ)を与えないと動いてくれないと思ってましたし」

 

「防衛側としては長期間神経使わないで済むからありがてーこった」

 

「慌てん坊さんなのかもしれませんよ」

 

「なんか敵が可愛く思える不思議」

 

「言葉のマジックですね」

 

 

 特に焦ることなく既に見えている隊室の扉まで冬島隊長とテンポ良く会話していると、名前を呼ばれた。

 

 

「玲!」

 

 

 呼び掛けに後ろを振り返ると、悠一が少しだけ焦った表情で走ってくる。

 

 先ほど私たちとすれ違った職員の横を抜けて、悠一は私たちの前まで速度を落とさずそのままの勢いで私を抱きしめた。勢いがあり過ぎてよろけたけど、悠一がしっかり支えてくれている。

 

 

「悠一?」

 

「あー、八神、おれ先に行ってるから」

 

 

 気まずそうに冬島隊長が隊室の扉を開き、離れていくのを察した。

 でも、突然の行動に私も戸惑うしかない。

 

 

「はぁ~間に合って良かった~。玲不足のままだと頑張れないからさ~」

 

 

 思わず「は?」って言いそうになった私は悪くない。むしろ我慢したから。

 

 でも、次の言葉で行動の意味を悟った。

 

 

「玲、ごめん……頼む」

 

「!」

 

 

 小さな声だったが、抱きしめられている形だからきちんと聞こえた。

 

 悠一が傍から見ればキスをするように顔をズラす。それに合わせて私も小さな声で「大丈夫だよ」と答えた。

 

 それからグイっと悠一の胸を押し剥がす。

 悠一の向こうから、いくつかの視線がこちらを見ていた。悠一との接触は、これ以上は作戦に支障が出るからダメか。

 

 

「っ仕事中だから。やめて」

 

「えー、もうちょっと」

 

「もう充分でしょ。また後でね」

 

 

 体を離すように押しのけて、背を向けてさっさと隊室へ入った。

 

 隊室の閉じた扉を背にしてから、大きく溜め息を吐く。

 悠一に面倒な役割を任せてて大変申し訳ない。当人は「もっと頼れ」って言ってくれるから甘えちゃうんだけど、今回は私たちの"傍から見る関係"を変えるものだ。私のワガママも入ってるから本当に申し訳ない。

 

 

「おーい、相談なら後でのってやるよ。頼れる隊長に話してみ?」

 

 

 オペレータールームから冬島隊長がキャスター付きの椅子を動かして顔を窺わせた。それに慌てて扉前からオペレータールームへと移動する。

 

 隊長の隣に座ってPCを操作している真木ちゃんも、チラッと私の顔を見て心配そうな表情になる。たぶん、悠一が走ってきたのを隊長から聞いたからだろう。

 

 真木ちゃんに安心させるように微笑んでから、冬島隊長に向かって肩をすくめて見せる。

 

 

「いえ、大丈夫です。隊長に相談するくらいなら円城寺さんか寺島さんに相談します」

 

「なんだオレには言いにくいのか?」

 

「はい。恋愛に疎い隊長にはちょっと……」

 

「ぐっ」

 

 

 飄々としていた態度から、胸を押さえ、一気に打ちひしがれる冬島隊長。それからボソボソと早口で喋る。

 

 

「ちがうんだ、おれは疎いんじゃないんだ。ほら、男は三十路からって言うだろだからおれは始まってすらいないんだつまりおれのスタートは1年後なんだ」

 

「そうやって先延ばしにするから行動出来ないんじゃないですか?」

 

「がはっ」

 

 

 真木ちゃんのトドメで冬島隊長は崩れ落ちた。相変わらずノリが良いですね。

 

 真木ちゃんは隊長の屍に一瞥もくれることなく、キーボードを叩いてから私を呼び寄せる。茶番は終わりだ。

 

 

「予定通り、北東部からの侵攻です。距離は現在600m。第一防衛ラインは突破され、第二防衛ラインに接触中」

 

 

 第一・第二防衛ラインとは警戒区域に張り巡らせているスパイダーのことだ。スパイダーの規模は第二次大侵攻で私個人が実行した範囲と同程度。もちろん、私が禁止令を破って無茶しているわけではない。

 

 今回の迎撃は対外秘だ。その為、防衛装置の殆どが使えない。防衛装置には大量のトリオンが消費されるのだけど、今回は使えないのでトリオンが余っていた。

 外壁の強化に回す案も出たが、今回はスパイダーに使わせて貰っている。

 スパイダーを張ること自体は私主導で行ったが、繰糸(そうし)で操るなどの処理は本部の中央オペレーターたちに任せている。情報(演出)の為に私が外に出向く必要はあったけど、それ以外ではオペレーターたちがトリオン兵を捕らえてくれるから私が昼夜問わず出向かなくて済んだ。

 

 以前行ったトラッパートリガーとの連動では、大量のトリオン消費で運用に問題が出た。しかし、今回は本部のトリオンを使っている為その問題はクリアしている。

 対外秘だからこその運用である。

 

 

「数は?」

 

「トリオン兵は確認出来るだけで100体ほど。第一防衛ラインにて17体を無力化」

 

「映像をお願い」

 

 

 画面上に吊られたトリオン兵を観る。

 ラービットとは違う型の人型か。どうやら刃を持ち、それを複数体で連携してシールド強度のスパイダーを斬っているらしい。しかしバラけさせるとそこまで脅威ではなく、結構あっさりと吊られているように見える。

 

 いや、敢えて1体を吊らせてその隙に抜けているのか。かなり連携力の高いトリオン兵だろう。

 

 

「このトリオン兵の布陣だと中央が崩れない……トリオン兵の司令塔が中央にいる可能性が高いけど、このまま散らして貰おうかな。第二防衛ラインをトリオン兵が突破したら私も出ます。とりあえずは吊られている兵を破壊してフリーのスパイダーを増やす方針で。隊長復活してます?」

 

 

 真木ちゃんのPCから視線を外して、冬島隊長の方を振り返る。

 

 

「あいよ。お前を送ったらおれは中央の方へ行く。隊の通信はオンにしとくから反応はできるぞ」

 

「了解です」

 

「既に先輩たちスナイパーは配置についています。迎撃態勢は万全、と通信を受けました」

 

 

 当真くんは基地の屋上でスナイパーを率いて待機。

 普段はのんびりマイペースだけど、こういう時に素早く動いてくれる当真くんマジエース。

 

 

「第二防衛ライン突破予測まであと1分を切りました」

 

 

 さてさて、私も防衛任務に参加しますかねっと。

 悠一から頼まれた事柄が一番大変だけど、それにたどり着くまでも色々とやらなきゃいけない。

 

 


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