この前書きを見て嫌だと思われた方は、閲覧を控える事を推奨します。
「SPWはクールに去るぜ」と去るか。
「おまえ、つまんないウソつくね」と進むか選択して下さい。
迅を軸とした三人称
冷たい空気に、湯船から立ちのぼる湯気が混ざる。肌寒さは感じるが、それもすぐにお互いの体温に触れ合うことで気にならなくなった。
「かゆいところはありませんかー?」
「ないでーす」
風呂椅子に座った迅の頭を、背後に回った八神が細指でわしゃわしゃと洗っている。
内湯側の洗い場にて八神はタオルを体に巻き、迅は腰にタオルを置いていた。
当初入る前にタオル攻防戦が起こったのだが「今更だから必要ないんじゃない?」と言い出した迅に、誘った側の八神は「……湯船では取るから、許して」と顔を赤らめてお願いしたことでなんとかタオルの許可を貰ったのだ。
頭皮を指の腹でもみ洗いされる感覚を楽しみながら、鏡に映る八神の胸を見てしまうのは、男として当然の反応だった。
タオルにしっかりと隠されているが、中身を知る迅にとっては何の障害もない。いや、却ってリアルに想像するからこその楽しみも───
「流すよ」
「ん」
邪念を感じとったかのようなタイミングで、八神が迅に目を閉じるよう促した。
耳に湯が入らないよう、丁寧に洗うやり方は新鮮でとても気持ち良い。指の腹で擦る力加減も優しく、マッサージを連想させる八神の手に自然と迅の口角は上がった。邪念は浄化されたようだ。
八神はいつも見ている迅の髪がペシャンと崩れる様に、昔シャンプー体験をさせてもらった犬を思い出していた。
リラックスした迅の顔を鏡越しに見て、可愛い、と考える八神のツボは謎だ。
「いいよー」
気持ちよさに若干半眼になった迅の視界に、へにゃりと柔らかく笑む八神の顔が鏡に映って思わず目を瞑る。そして確認するようにもう一度ゆっくりと目を開いた。ダメだ、可愛い。
八神の髪は既に濡れており、長い髪を器用に一本の簪で纏めて結っている。
タオルの留め部分をしっかり確認してからスポンジをモコモコと泡立て、その泡を迅の首や肩に載せ、これまたマッサージするように揉み擦っていく。
「うあぁ、それ気持ち良いわ」
「結構凝ってるね。やっぱり未来視って名称からして眼精疲労とか起こるのかな?」
「さあ?」
自分の能力とは言えそこまで意識したこともなく、"そういうモノ"と認識している迅にとって、さして重要ではない事柄だ。
迅の気のない返事に八神も特に気にせず、凝りを撫で擦る動きに変えた。
真剣な表情でマッサージを施す八神に羞恥はない。現在の八神にとって自分の体はタオルで隠されており、見える範囲の迅の上半身は夏場に良く見る半裸状態なので刺激が少ないのだ。
しかし、すぐに頬を染めて鏡越しに迅と目を合わせた。
「あの……前は自分で、洗って?」
「──わかってるって」
迅の返事にホッと胸をなで下ろす八神。
一瞬邪念が過ぎった迅だったが、
これでも迅はいつもの何倍もの理性を動員している。八神は仕事復帰をしているが、完全に体調を戻したわけではないのだ。彼女の体調を気遣って迅は己でも驚くほど自重しているわけである。
柔らかいタッチで擦る手を背中に感じながら、迅は前を手早く洗った。
たまに、男の理性を試してくる八神に悪魔かと悶絶しながら、なんとか内湯の浴槽へとたどり着いた。
「ふあ~気持ちい~」
タオルを取った瞬間は羞恥に染まっていた八神だが、お湯に浸かるととろけるように目を細めた。
一時的に目を逸らしていた迅は、八神を背後から抱きしめて「ほぉ」と感心する。
「なに?」
「いや、おっぱいって本当に浮くんだと思って」
「……わかるの?」
「そりゃあね」
ふんわりと湯の中で浮いた胸を上から覗き見る迅に、八神は羞恥に百面相をしてからソッと息を吐き出して開き直った。
「脂肪の塊なので浮きます。そしてそれなりの重量から解放されるので肩がすっごく楽なのです」
開き直っているが、やはり少し恥ずかしいのか丁寧語になっている。
「へぇ、やっぱり重いの?」
「……今は、前より軽いもん」
ほんの少し拗ねた口調に、迅は言葉のチョイスを間違えたことを知る。だがそこまで本気で拗ねている様子ではないようなので、質問を続けることに。
「侵攻前のこと?」
「っそうだよ。今が元のサイズだからね!? 悠一が毎日揉むからサイズが変動して下着選びが大変だったんだから!」
「へ? そんなに揉んでたっけ?」
「無意識なのはわかってるけど寝てる時もね。キスマークとかつけるから起きてるのかと思えば、寝てるし……」
「あー」
付けた覚えのない部分に赤い
浮気を疑ったことがないので話題に上がることもなかったが、どちらにしても迅が要因だ。寝てる時の行動は制御出来ないので勘弁してほしい。
「そういう時は私もキスマークのお返ししてるんだから」
「え」
ちらりと振り返って悪戯っぽく笑った八神に、迅は完全に虚を突かれた。その表情にまたニヤリと笑みを深めた八神が、機嫌良く正面に向き直って背中を迅の胸に預けた。
女性特有の柔らかさと華奢な体を脊髄反射で支えながら、迅は他の話題を探る。このままでは色々と危険だ。
「そういえば下着と言えば、玲の胸が服の上からだと半減するのって下着が合ってないから?」
しかし咄嗟の話題も胸。尻派なのに胸の話ばかりである。
「あれはそういう仕組みなの」
「へぇ」
話題に乗ってくれた八神によって迅は話題の転換を諦めた。尻派でも胸だって普通に好きだから仕方ない。
「あのね、私のサイズはまだマシなんだけどさ。制服ってYシャツでしょ?」
「うん」
「ああいう服、肩幅に合わせて買うと胸が苦しいんだよね」
「……うん」
「でも胸のサイズに合わせると肩幅が大きくて、なかなか丁度良いのがないの。隊服は体のサイズに合わせて換装するから良いけど」
小さく溜め息を吐く八神に迅は若干目を逸らす。まさかそんな苦労をしているとは思わなかった。
サイズの変動に八神が怒ったのもなんとなく解る。
「どうしようかと悩んでたら、FとかGとかの友達から『小さく見せるブラ』を教えてもらったんだ」
友人に巨乳が多過ぎないか、と考えはしたが口に出さないのは賢明な判断だ。
「あれを開発した人は天才だとその時は感動したよ。Yシャツもだけど、他にも諦めてた服が色々とあったし」
うんうんと嬉しそうに頷く八神。
迅は動きに合わせて揺れる胸へと視線をやりながら女性下着事情を聞く。
どちらにしろ、脱がすまで女性の胸サイズはわからないのだということは解った。やはり尻が至上なのかもしれない。
変な悟りを開いた迅に八神が露天風呂へと誘う。
タオルで隠された胸から視線を引き剥がして、先を歩く八神のヒラヒラとタオル裾から誘う尻へ視線を動かす。
見えそうで見えない塩梅を堪能し、やはり己は尻派だとおかしな結論に至る。
先に露天風呂へと着いた八神はタオルを取らず、先ずは手で湯を掬ってから足を流す。そしてそのまま縁に座って足湯のようにユラユラと遊ばせた。
「入らないの?」
「ちょっと休憩」
追いついた迅が問いかければ、八神がはにかんで答えた。内湯が少々熱めだったので八神も軽く逆上せたらしい。
迅も八神と同様に足を流して隣へ腰掛けた。
先ほどとは違い、お互いの間に会話はなくなった。気まずいわけではない。火照った身体に、冬の冷たさが心地好い。
けれど、心は少しだけもの寂しさを感じる。どちらからともなく指先を絡ませ、無言で肩を寄せ合った。
波の揺れる水音が静かに響き、露天風呂から見える飾られた庭を目で楽しむ。
それから時折、クスと小さく
無言でも相手を蔑ろにせず想い合う、居心地の良い2人っきりの空間だ。誰が見ても幸せな色が浮かんでいるだろう。
「きれい……」
ふと、八神が空を見上げて呟いた。
迅も見上げると、そこには満天の星。雲一つない快晴の夜空に、冬の星座たちが輝いていた。
「うん。綺麗だ」
視線を八神に移して言った迅の言葉に、八神は気づくことなく見上げたまま頷いた。それに声もなく笑って、迅は再び星空を仰ぐ。
かえる座はそろそろ役目を終え、もう次のみつばち座が姿を見せ始めている。一等輝きを主張する冬の大三角と大六角形を見つけ、あとは名前を覚えていない星を指差しては2人で首を傾げた。
しばらく星を眺め、くしゃみをした八神に笑った。また内湯の時と同じように、迅が八神を支えて湯に浸かる。
「ン……くすぐったい」
「だって冷たいし」
冷えた八神の項を迅の唇が甘く食んだ。くすぐったさに首を竦める八神だが、迅の腕の中にいるので甘受するしかなかった。
それに気を良くした迅が赤い耳をからかおうとして、確定した未来に驚いて動きを停めた。
その隙に八神が反転して、お返しとばかりにカプリと迅の首筋に甘く噛みつく。
「っ」
すぐに離れた八神がしてやったりと笑う。
迅は薄くついた歯型を軽く撫でて、憮然とした表情を作った。『卵が先か、鶏が先か』ということわざがあるように、迅も『未来視が先か、行動が先か』と図りかねることが何度か。
されど今回に限っては、今までとは比べものにならないくらい八神が大胆なのは確かだ。
「うーん、なんで今日は一緒に入ろうって言ってくれたの? いつもは逃げるのに」
「それは」
直球で訊ねてみれば八神は即答しようとしたが、唇を一度結んでから目を横に逸らした。
さっきまで子どもっぽく笑っていた少女が、瞬く間に女へと変わり、頬を染める。
「それは、悠一がこんなに用意してくれたから、私だって何かやりたくて。全部は、その、ムリだったけど! せ、背中洗うくらいしか思いつかなくて……でも、あの、広いお風呂に1人で入るのも、なんかさびしいなって」
しどろもどろに説明する八神を、迅は瞬きもせずにしっかりと見つめた。
バスの中で"告白"してからの八神はどこか垢抜けたように、迅との関係を受け入れている。
善い方向へ関係の変化が起こり始めた。
それを実感した迅は、心の底から堤に感謝した。温泉の情報誌を観ていた迅に、この温泉宿を勧めてくれたのは、ボーダー内でも顔が広く女性にモテる堤だった。雰囲気良し、食事良し、サービス良しと太鼓判を押した堤。なぜそう推薦出来るかは想像に難くない。
そばで聞いてしまった諏訪がクダを巻いていたが、2人は一切取り合わなかった。
それにしても、と迅は一度目蓋を閉じて八神を正面から抱き込む。
「俺は我慢してるのにひどい。わかってたでしょ?」
「……誘われるの、いや?」
「ぜんぜん」
努力は水の泡とされたが、いつもより艶やかな八神の表情を引き出せた対価と思えば何のその。
庭の景色も星空も消え失せ、色をのせて笑むお互いしか映らなくなった。
・数日前の2人
八神「大侵攻終わったし温泉行こう!」
→ふと自分の体を見る→赤い点だらけ→冬だし虫刺されだと誤魔化せない(夏でも誤魔化せていない)と結論
八神「……しばらく悠一と別に寝ようかな」
迅「(未来視)……よし、温泉行こう」
・八神の胸事情 D→?
そこそこの重さの胸を支える為に八神はストレッチトレーニングで体を調えています。しかし、それが下地となり、迅が揉むので徐々に大きくなっているという裏設定。