三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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番外編1 心と一緒に胃袋を掴め!

 

 

 私は名もなき女子生徒の1人である。

 私のクラスには目立つ2人組がいる。顔は整っているが中身がちょっと胡散臭い雰囲気を発するヘタレ系男子の迅悠一と、容姿は可もなく不可もないというか、化粧っ気が全然ないしぶっちゃけ地味。ただ姿勢が綺麗で雰囲気が清楚を思わせる三つ編み女子の八神玲。八神さんはどこかキャリアウーマンっぽいが、対する迅悠一が軽薄な感じだ。

 この2人はよく一緒に居てお弁当も一緒だから初見だと恋人だと思うだろう。私がそうだった。しかし、2人は付き合っていない、親友の類だと言い張るのだ。類とは何ですか。というか迅悠一は明らかに好意を寄せてるでしょ!

 

 こほん、前置きが長くなったけどこれから話すのはこの2人についてだ。

 2人ともボーダーに所属しており、公式サイトをチェックすると名前がちゃんと載っている。近くで警報が鳴ったり、端末で呼び出しが掛かって教室を飛び出すこともしばしば。迅悠一なんてそのせいで成績がヤバいみたいだけど八神さんはキープしている。要領が良いんだろう。

 その日も八神さんは臨時で呼び出しが掛かって飛び出して行った。家庭科の調理実習の班決めと品目決めだったし、授業内容にそこまで響かないと思う。八神さんの班は、白熱じゃんけんバトルの末に決まった。

 八神さんは料理が上手い。それはクラス共通の認識だ。

 

「冷凍食品の味が苦手なんだ」

 

 という理由でお弁当のおかずを毎日全品手作りをしているし、迅悠一がつまみ食いして褒めているから。

 一応顔が整っている迅悠一狙いの女子は居て、惚れた男が絶賛する料理が気にならないわけがない。

 男子と女子総出でじゃんけんバトルとなった。奇しくも私は勝ち残り、迅悠一も参加していたが決勝戦で負けていた。

 

「お前はいつもつまんでるだろう羨ましい!」

 

 という男子たちの抗議を平然とスルーしてた迅悠一の面の皮は厚い。

 

 実習日、エプロンの着こなしが様になっている八神さん。私なんてただ着けてますって感じさ。

 男子の数名が八神さんの後ろに座って「……いいな」と呟いていたのを聞いてしまった。すぐにその男子たちは迅悠一に移動させられてた。

 調理道具を最初に洗って、サラダのための湯を沸かし始めてから材料を振り分ける。八神さんは素早くリズム良く材料を切っていき、肉をこねるのは男子に任せた。私はサラダ担当だったよ。

 たまにレシピの分からない部分を八神さんに聞きながら、なんだかんだで私たちの班が最初に作り終わった。調理道具も既に洗い済みで要領よく終わらせた私たちは家庭科教師に褒められた。

 

 お楽しみの実食。

 普通に美味しい。あんまり料理しない私だけど、素直に美味しいと思える味だ。自然と頬が緩む。同班の男子たちなんて笑顔だよ。八神さんはご機嫌な私たちに微笑みながら食べていた。やっぱりいつも食べている料理だからあんまり感想が湧かないのかな。

 そう考えたところで迅悠一が爆弾を落とす。

 

「やっぱり八神の味が美味しい」

 

 全員がぐりんと八神さんを見る。真偽を問いただす前に八神さんが気まずそうに目を逸らす。

 この味より美味しいだと!? 迅悠一羨ましい!!

 確かに今日は授業だから先生が持ってきたレシピ通りの味付けだ。つまりいつもの八神さんの絶品手作り料理ではないのだ!

 その事に気づいたのは私だけでなくクラス全員だった。茫然とする私たちにどう思ったのか八神さんが土曜日に食事会を開くことを提案してくれた。みんな一も二もなく頷いたよ。

 

 

 

 待ちに待った土曜日、八神さんのお手伝い兼調理テクを学ぶために早めに出てきた。私は約20人前の材料の量に「うわぁ」と引いてしまったが、八神さんは反応することなく着々と料理を仕上げていく。前日に用意出来る物は仕込みを終わらせてたっぽい。ボーダーで忙しいのにすごいなぁ。

 

 出汁をきっちり取った味噌汁があんなに美味しいなんて思わなかった。ハンバーグなんて実習よりもふわふわジューシーで香りだけでよだれが溢れてたし、餃子はにんにく有りと無しで分けられてて中のキャベツが美味しいし、肉じゃがは文句の付けようがない。おひたしは初めて食べたけどすぐに好きだと思った。

 

 気づけば私は泣いていた。

 料理を食べて泣くなんて初めての経験だった。顔を上げれば皆も泣いてて、八神さんが珍しくオロオロしてた。

 迅悠一曰わく、八神さんの味付けは三門市のお袋の味にそっくりだと。そう言われてみれば、お母さんの肉じゃがだ。もう食べれないと思ってた肉じゃがだ。

 

「泣ける時にいっぱい泣いた方がいいよ。肉じゃがとお味噌汁のお代わりはまだあるから、ね?」

 

 いつの間にか隣にいた八神さんに背中を撫でられて思わず抱きつくと、やんわりと抱き返されて頭を撫でられた。その撫で方にまた涙が零れた。

 

 落ち着いてからゆっくりと食事を再開する。もう八神さんの母性感がヤバい。

 料理が上手い女性、いや、八神さんとなら私は結婚したいと思うレベルなんだけど。はたから見ていた皆もそうなのか、じわじわと距離を縮めて来ようとしている男子がたくさん居た。でも迅悠一がにっこり笑って牽制している。

 しかし、それを振り払った勇気ある男子が1名叫んだ。

 

「(八神さんが)好きだー!!」

 

 緊張が走る。迅悠一なんてギョッとしている。

 

「えっと、ありがとう。そんなに料理を気に入ってくれて嬉しい」

 

 きょとんとした後はにかんで返された言葉に撃沈した。

 さっきのは男子が悪い。言葉足らずだし、肉じゃがのお皿を持って叫んでたし。八神さんは全然悪くない。

 

 とりあえずその場はお開きになったけど、家庭科の教師からもレシピを強請られた八神さんがクラス新聞みたいな形で毎週レシピを配布してくれることになった。

 さらに空き時間に料理教室も開催してくれるらしい。仕事も勉強も忙しいのになんだか申し訳ないけど、あの肉じゃがを私もマスターしてお父さんに食べさせたいから。

 

 八神さん! 宜しくお願いします!

 

 


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