整備班と補給班の第一陣が上陸を完了した。
桟橋には第二陣が次々と上陸してシュヴァンフヴィードの前に整列していく。
最後の班が上陸したのを確認したシュヴァンフヴィードは妖精たちに話し始めた。
「みんな、現在単冠湾鎮守府は襲撃を受けて甚大な被害があった。その中で上陸許可を出して頂いたことを鑑みて行動するように、以上」
「敬礼!」
ザっと妖精は一糸乱れない敬礼をして各班長の指示で動き始めた。
その行動は迅速。おそらく前もって各班に割り当てがあったのだろう。
そしてその指示を出したのは副長なのだろうと、シュヴァンフヴィードは部下の優秀さに出る幕がないと事の嬉しさと寂しさが入り混じった複雑な心情を感じた。
桟橋から艤装を眺めていると後部から艦載機のメーヴェが飛び立った。
近いうちに本格的な第二次攻撃に備えて周辺への偵察に飛ばすように航空機長に指示を出していたからだ。
しかし、発見できたからと言っても先制攻撃できるほどの戦力はない。鳳翔の艦載機は20余機の内、艦戦11機、艦攻7、偵察1である。鎮守府の迎撃機10機を入れてもあまりにも数が少ない。
結局のところこちらからは手が出せず、防戦一方を強いられる形になっている。
戦術的不利を少しでも減らそうと、シュヴァンフヴィードは偵察機メーヴェの索敵能力で敵艦隊もしくは敵編隊を早期発見することで少しでも優位に立とうとしていた。
そうすれば自身単艦で出撃して敵艦隊または敵編隊の迎撃に向かうことができるからだ。
そうすれば、ここにいる艦娘たちと三島少将以下、多くの妖精たちを救えるだろうとシュヴァンフヴィードは考えていた。
だが、裏腹に自身の性能を明るみに出すことになる。
今でさえ、映像や資料など三島らが判断する材料はない。直接的にシュヴァンフヴィードの性能を目にしてないから彼らも半信半疑だろう。しかし今度の襲撃を一人で打ち払ってしまえば半信は確信になるだろう。
そうなれば自分の待遇はどうなるのだろう?
今以上に優遇されるのだろうか?
それとも恐れられ拿捕されてしまうのか?
そうなればランドグリーズとラーズグリーズはどうなるのだろう……。
深海棲艦である彼女らは人類の敵、尋問の末最悪殺されるだろうか。
そうなれば自分は拘束されて徹底的に調べ尽くされるのだろう。
副長たちも同様に。
そうなれば――私はどうする?
「………………」
「かんちょー? 艤装に戻られますか?」
「そうする。ここに居てもやることは無いからね」
桟橋から内火艇に乗り込む。
何れにせよ、遠くない未来に起こることだ。
そうなれば私は、私が最善だと思える選択をして進もう。
内火艇から鎮守府を見つめながらシュヴァンフヴィードは強く拳を握りしめた。
「航空機長よりCICへ。これより偵察行動に入る」
『CIC……了解……』
艤装より飛び立ったメーヴェⅠは100キロ以上離れた海域で高度を6000メートルに上昇して対空レーダーとセンサーカメラによる目視での索敵を開始した。
しかし、広大な海域を二機の偵察機でカバーをできるはずはなく、穴は空いてしまう。なにより時間的猶予が少ないことから航空機長は悪戯に進路を取るのではなく、来るであろう海域近くを二機のレーダー範囲ぎりぎりで平行に飛び網を張る偵察方法を取った。
「センサー員、レーダーから目を離すなよ」
「わかってます。機長こそ燃料に気を付けてくださいよ。いざ敵機と遭遇戦になった時、燃料がなかったら笑い話にもなりませんよ」
「ハッ。俺の腕なら深海棲艦の蚊トンボに撃ち落とされることはねぇよ」
「よく言いますね。まだ飛ばして二回目のくせに」
「お前も二回目だろう」
互いに軽口を言いながらも二人は索敵を続ける。
「メーヴェⅠからメーヴェⅡ(ヅヴァイ)へ。初飛行の調子はどうだ?」
『やや東風が出てきましたが快調です』
「了解だ。無理せずにな」
『はい!』
二機の海鳥はそれぞれ別れ、索敵行動を開始した。
艦橋に戻ったシュヴァンフヴィードはランドグリーズとラーズグリーズ、副長と航海長の合わせた五人で第二次攻撃艦隊の予想進路を特定しようとしていた。
「ランドグリーズ。貴女たちの本体の規模はどれ位なの?」
「ハイ。空母ヲ級ガ三隻、ヌ級三隻、戦艦ル級二隻、タ級二隻、重巡リ級一隻、イ、ロ、ハ駆逐級ガ一二隻デス」
「計二三隻……空母機動艦隊ですね」
「旗艦ハ恐ラク空母ヲ級elite。コノ作戦ヲ提案シタ深海棲艦デス」
「elite個体ですか……」
副長は腕を組んで唸る。
深海棲艦には同個体であっても序列ある。
一般的に、通常、elite、flagshipに分けられ、それとは別に鬼、姫、水鬼(水姫)という個体も確認されている。
後者に行くほど脅威度は上がっているが、鬼、姫、水鬼(水姫)と言った個体は内地の奥深くに潜んでいる可能性が高く、先兵としてくるのは通常のイロハニホヘトチリムルヲと識別されている個体群である。
「私タチハ奇襲後直グニ連絡ヲ入レテ合流スル予定デシタ。場所ハコノ海域デス」
ランドグリーズが海図に示した場所はシュヴァンフヴィードと接敵した海域より東側に20キロの辺りであった。
「この位置からなら第二次攻撃も北側からになりますね。襲撃完了時に連絡を入れてこの規模の艦隊となると……位置によりますが最悪一週間ですか」
「本体ハ前持ッテキス島ニ集結シテイマシタカラモット早イデス」
「キス島……25ノットで進行するなら最悪今日か明日のどちらかですかんちょー」
「副長、直ちに航空機長にこの海域の付近を徹底的に監視するように伝えて。それと出港準備を」
「直ちに。ですがたった今陸に上がった乗員を収容すれば時間的なロスになりますが」
「最低限の乗員だけでも戦闘は行えるし、なにより一個空母機動艦隊だけならそれで十分」
「「エ?!」」
流石にランドグリーズとラーズグリーズはシュヴァンフヴィードの言葉に驚くが副長は「そうでしたね」と肩を竦めた。
「マサカ、オ一人デ……イクラオ姉サマデモソンナ」
「ソウデスヨ! 無謀スギマス!」
動揺する二人にシュヴァンフヴィードは、
「この程度の敵に屈するのなら一国を背負う戦艦で居ることなんてできない」
そう言い放ち、艦長席に座ると艦内通信機のスイッチを押した。
「艦長より全乗組員に通達。これより本艦は敵の第二次攻撃部隊の迎撃に向かう。一部乗員が陸に上がっているが、事態は一刻を争う。そのため一部乗員が欠如するけど皆ならその間を埋めることができると期待している、以上」
「出向用意! 抜錨!」
艤装は錨を上げて、機関の出力が上がっていくのをシュヴァンフヴィードは感じられた。
「反転180度。湾内より出たところで進路を北北東へ」
「了解です! バウスラスター起動! 反転180度回頭後に第三戦速で湾の出入り口に向かいます!」
いつも以上に張り切っている航海長は舵を握る。
艤装は前後部バウスラスターによりその場で時計回りに回転後、速度を上げて太平洋に側に向かう。
『かんちょー……三島少将から……通信です』
「繋いで」
『……はい』
『こちら三島だ! シュヴァンフヴィード! 君はどこに行こうというのだ!』
繋がれた途端、三島の慌てた大声が鼓膜に響いてシュヴァンフヴィードは体を少し傾けた。
「愚問です三島少将。本艦はこれより襲来するであろう第二次攻撃艦隊を迎撃に向かいます」
『どういうことだ? まさか敵はもう来たのか?!』
「いいえ。偵察機を飛ばして索敵をしていますが敵の襲来はまだです。が、時間的に見ても敵はすぐそこまで迫ってきています。敵の進路はおおよその見当がついています。失礼を承知で言いますが、湾内に居るより自分が出撃をして迎撃する方が被害を少なくできると考えたからです」
『しかし……いくら君が客人艦娘であっても勝手が過ぎるぞ』
「勝手は承知しています。ですがそちらの現戦力で正面から決戦を行えば全滅は必然。ならば活路を開くために貴方は私を使うべきでは?」
『っ……シュヴァンフヴィード……君は……』
しばらくの沈黙にシュヴァンフヴィードは三島の心中を大方察した。遅かれ早かれ自分は単艦で出撃していただろう。体のいい囮として。別にそのこと自体、シュヴァンフヴィードは気にしていなかった。なぜなら自分でも恐らくそうしたであろうと思いつく非情さがあったからだ。それでも三島と言う人物はその非情な命令を喉のすぐそこまで来ているのに言い出せない優しさがあることに人として常識人なのだろう。しかしそれは時に決断を鈍らせる要因でもある。
「三島少将、私は客人艦娘です。貴方の指揮下にありますが正式なものではありません。この状況を打開するための最善の選択をしてください」
『…………わかった、出撃を許可する』
「ありがとうございます」
『だがこちらの艦娘5人を連れて行ってくれ』
「それは……」
『現状こちらが出せる最大限の戦力だ。せめて……これだけでも連れて行ってくれ』
重苦しく三島が言う。
この援助は恐らく贖罪から来たものなのだろう。逃げない為の監視だとも考えられたが、乗員を陸に残してあるため後者はないだろうとシュヴァンフヴィードは思う。そしてちょっとした厄介を押し付けられたことに頭を悩ませる。
「わかりました。湾外で合流します。もしもの時は陸に上がった乗組員をお願いします」
『了解した。貴官の奮闘を期待する、そして必ず生還してくれ。以上』
通信を終え深いため息を吐く。
「首輪ですかね?」
「多分違うと思う。図星を突かれたことの謝罪だと思う」
「根はいい人のようですね。裏表がない」
「そう思う。航海長、第二船速に減速して。後方から来る艦隊と合流する」
「了解です」
誤字脱字なんでも待っています