「女の子をこんなに濡らすなんていい度胸だね、比企谷君?」
「ば、《万能》のお前と違って俺の属性は《水》なんだから仕方ないだろ!?」
その剣幕に何とか心を折られないように耐えながら、俺は必死にそう言い返した。
だが、説得虚しく逆にリューネハイムの目は据わり、
「ふうん、謝るよりも先に言い訳が出てくるんだ? ・・・これはお仕置きが必要だね」
リューネハイムがそう言い終わると同時に嫌な悪寒が走った俺はその場から思い切り飛んだ。
ドゴォォン!
その爆音と共に発生した爆風によって空中で態勢をずらされた俺は何とか着地の瞬間に受け身を取って不恰好ながらもことなきを得る。
慌てて立ち上がり、爆音の発生源を振り返る。
すると、数秒前まで俺がいた場所には隕石でも衝突したかのようなクレーターが出来上がっていた。
(・・・解答を間違えたな)
どうやら人間はありえないものを目にした時に的外れなことを考えるらしい。
そんなことを考えながらその場に固まっていると、くるりとリューネハイムがこちらの方を向いた。
・・・自身が持っている
(め、
流星闘技とは、自身の
それを視認した俺は突っ込んで来ると予想し、慌てて立ち上がって構え直すが、
「業火と雷の天秤よ あの愚か者の罪を測りーーー」
なんと、リューネハイムは流星闘技の星辰力を霧散させ、その場で唱い始めた。
完全に予想外なその行動に俺は対処が遅れる。
「断罪せよ 触れれば業火 退けば雷と!」
やがて、リューネハイムは唱い終わる。
後手に回った俺は攻撃の選択肢を諦め、完全に防御の姿勢を取る。
瞬間、俺とリューネハイムとの距離のちょうど真ん中辺りに巨大な天秤が出現した。
(なんだありゃ?)
普通ならありえない光景だった。
本来なら片方に物を乗せて、もう片方にはそれに釣り合うようにいくつか分銅を乗せることによって物の質量を測るはずの天秤にはそれぞれ炎と雷が渦巻いていたのだ。
当然重さがないその二つが乗っていても天秤は動く訳ない。
だが、今は雷が乗っている方の天秤が下に傾いていた。
その異様な光景に戸惑っていると、突然、
「うおっ!?」
雷が天秤から離れ、俺を攻撃してきた。
俺は慌ててその場から跳び退り、その攻撃は躱す。
しかし、次の攻撃まで躱すことができなかった。
「ぐあああっ!」
一瞬だったが雷が体に帯電し、俺はそのダメージで膝をつく。
帯電の影響で手足は麻痺し、動かそうとしても少し行動が遅い。
だが、やられながらも俺が食らった攻撃の正体はしっかりと見た。
(雷が“跳ねた”だと?)
そう俺が食らった攻撃の正体は躱したはずの天秤から飛んできた雷だった。
俺が避けたので地面に直撃するかと思った雷はなんとその場で跳ね、威力が落ちることなくそのまま俺のところに飛んできた。
地面に膝をついた状態で分析する俺に
当然そんな隙を見逃す相手の筈がなく、追撃で射撃が飛んできた。
その攻撃を何とか水で壁を張って防ぎ、よろよろと立ち上がると、
「どう反省した?」
と、遠くからそんなリューネハイムの声が聞こえてきた。
その挑発的な物言いを聞いた俺は自分で言うのもなんだが、不敵な笑みをを浮かべていたことだろう。
「全然? 俺を反省させたいんなら俺を叩きのめしてみろよ歌姫様!」
俺はそうリューネハイムに言い返し、地面に手を触れ、“仕掛け”をする
元から負ける訳にはいかなかったが、今のを聞いてカチーンときたぜ。
(大体、女にここまで弄ばれてこのまま黙ってられるかよ!)
そう決意を固めた俺はまだ少し痺れている手足に鞭を打って、動き出す。
すかさず、天秤の上に再発生した雷が俺を攻撃してくるが、
「『絶水』」
俺も今度はそう簡単にはやられない。
雷が当たるコースに水で壁を作って攻撃を防ぐ。
「水じゃ雷は防げ・・・えっ!?」
リューネハイムが煌式武装を腰溜めに構えながら、驚いたような声を上げる。
それもそうだろう、世間一般の認識なら水は電気をよく通す物として知られている。
だが、今回使った水は今まで使用していた威力や量重視の“ただの水”じゃない、“超純水”だ。
超純水は不純物の全く入っていない水でゴムよりも強い絶縁体だ。
俺が超純水を使った事にまだ気づけていないリューネハイムは驚いたままで攻撃を仕掛けてこない、その隙に俺は試合会場の端に到着し、そこでまた地面に手をついて“仕掛け”をする。
終わってからすぐに立ち上がり、今度はリューネハイムの方へと駆ける。
「っ!」
「『線渦』!」
こちらに気づいたリューネハイムが煌式武装で進行速度を遅らせる為であろう牽制の射撃を放ってくるが、それよりも先に俺が攻撃する。
目の前に作り出した水を渦巻かせながら射出し、リューネハイムの攻撃を全て防ぐ。
その間にも距離は縮み、遂にお互いの煌式武装が届く距離まで接近した。
「ふっ!」
「やあっ!」
煌式武装を逆手に持ち、下段から振り上げる俺と剣道のように上段から思い切り煌式武装を振り下ろしてくるリューネハイム。
奇しくも先ほどと同じ形となった競り合いは今度はすぐに終わった。
「えっ!」
リューネハイムの攻撃を俺は自身の煌式武装を滑らせるようにいなし、そのままリューネハイムの後ろへと駆け抜ける。
そのまま地面に手をつき、最後の“仕掛け”をする。
慌ててリューネハイムが振り返ってくるがもう遅い。
「『大海原』!」
瞬間、舞台の上に海が出現した。
それは俺とリューネハイムを遮るように出現し、リューネハイムを網の中へと閉じ込めた。
俺は星辰力をごっそりと持っていかれて倒れそうになったが、今度は堪えた。
それから海の中へといるリューネハイムに向けて、勝ち誇った笑みを浮かべる。
設置型の大技、『大海原』
これは俺の切り札で対エルネスタように開発した技だ。
大気中の《
この技は特にリューネハイムには効果覿面だろう。
なんせ、水の中では声が通らない。
厳密に言うと声は通るが、水の中で声を出すときに発生する気泡によってかき消されてしまう。
よってお得意の歌も歌えずにリューネハイムは今海の中から抜け出せないでいる。
・・・このまま苦しめるのは可哀想なので、俺は海水を操り、リューネハイムの校章を破壊する。
『シルヴィア・リューネハイム
そのアナウンスが流れると同時に俺は技を解除し、倒れそうになったリューネハイムを支える。
そして、
「残念、反省するのはまた今度だな」
そう耳元で囁いた。
それを聞いたリューネハイムは羞恥からだろう、顔を真っ赤にしながらこちらをキッと睨んでくる。
それに対して、俺が何かを言おうとすると、
「『いやー、比企谷選手見事な戦いぶりでしたね! 水を自由自在に操る姿はまさに《
「『お? そういえばまだ比企谷選手は二つ名を持っていなかった筈っすよね? 今の良かったんじゃないっすか!?』」
「『本当ですか!? なら、今度正式に本人に通達させてもらいましょうか?』」
と、何やら実況が勝手なことを言っている。
(おい、やめろよそんな痛い名前! 俺は絶対ゴメンだーーー)
目の前にいるリューネハイムのことをすっかり忘れて、抗議しようとすると、
「うおっ!?」
腕をグッと引っ張られた。
急なことで対処できなかった俺が慌てて振り向くと、
「よかったねぇ、《海宴の魔術師》君?」
悪魔がそこで微笑んでいた。