「そこで、彼は言ったんだ…………」
「おぅふ!?ちょっ、鈴……!」
「……ッ!ッ!!」
「ちょっと嵐!そこに居るわよね!?動いたら酷いのよ?ほら!この賢姉様を早く抱き締めなさい!?」
「ぐへぇ……!?く、首がし、絞まる……!」
前から鈴、後ろから喜美に抱きつかれ抱き締められる嵐は情けない声を上げて助けを求める。
幸せだろう、て?彼の顔色は赤から青へと変わっているところだ。
抱きつく二人は確かに少女で非力ではあるが嵐も思いっきり振り払うわけにはいかない為にろくな抵抗が出来ず首が極っている為に仕方ない。
「自分、あの話がどう怖いのか全く理解出来ぬので御座るが…………」
「鈴は何となく分かるさね。あの子は目が見えない分余計に想像力が働いちまったのさ」
「喜美も昔から怖い話や幽霊は苦手ですからね。そ、その度に嵐君に抱き着くのはどうかと思いますけど」
「お前ら話す前に助けろや……!」
どうにか鈴を前で抱え、喜美を背中に背負った嵐が一同に近づけば、全員が揃って顔を逸らす。
その反応に青筋を立てるが、特に彼は咎めない。ただ、内心でチョップとデコピンが猛威を振るうのみだ。
「ご、ごめ、んね?こ、こわくて……」
「大丈夫だ。鈴に怒ってる訳じゃないからな。…………ただあの外道どもをどう嬲るか考えてただけだ」
「嬲るだなんて……!そのムッキムキの筋肉でアサマチに襲い掛かるのね!獣欲に任せて蹂躙するのね!ヤバイわ!滾ってきちゃうじゃない!」
「何で私!?べ、べべべ別に期待なんてしてませんからあー!」
「嵐の攻め……!……ゴクリッ!」
「ガっちゃん目が血走ってるよお~」
「ふむ…………売れるか?」
「多分売れると思うよお?ランちゃん人気者だしねえ」
脱線に脱線を重ねて元の道が分からなくなるほどに話がぶっ飛ぶ状況に、口は災いの元、という言葉を実感する嵐。因みに盛大に誤爆ったどこぞの巫女は隅で膝を抱えて首筋まで真っ赤にしていた。
「…………はぁ……鈴ー俺の周りバカしかいねぇよぉ。勿論鈴は天使だぞー」
「ふぇ!?え、えっと、その………」
胡座をかいてその上に鈴を抱えた嵐は彼女の頭に顎を乗せて深々とため息をついていた。
別にクラスメイト達が嫌いではい。むしろ、好ましいと思っているほどだ。
ただ、どうにも尻拭いが多いためか貧乏くじを引きやすいため時偶自重しろよ!と内心で怒鳴ったりしてるだけである。
そんな脱線どころか線路そのものが宙を舞うような梅組だが締めるところはキッチリ締めていた。
「ここからは浅間によるスーパーエロトークショーよぉおおおーーー!!!」
「えええ!?ちょっ、喜美!何を勝手に─────というか男衆も正座しないっ!何で静聴モードなんですか!」
「良いじゃない浅間。これでアンタもモッテモテのエロ巫女よ!その乳で世の男共をメロッメロにしちゃうんでしょう!?」
「なっ……!?き、喜美だって大きさはそんなに変わらないでしょう!?」
「あぁら、このベルフローレ・葵に楯突こうって言うのかしら?私の体に恥じる所なんて無いわ!」
実際のところ、二人揃って美少女である。片方はある意味残念で、片方はズドンだが美少女なのだ。
そんな二人が面と向かって向き合えば、前面に装備した水蜜桃が歪む歪む。周りの男衆は揃いも揃って前屈みと相成った。
「大体私はファンなんて要りません!嵐君に好かれればそれで………!?」
人間、焦っているときや頭に血が昇っているときは大抵へまをやらかすものだ。
例に漏れず智は再び自爆した。しかも先程よりも直接的な言い方であり相手が朴念神(誤字にあらず)であろうとも色々と感付くであろう暴発。
「………………ん?どした?」
だが、聞こえていなければ何の意味もない。
鈴を胡座の上で抱き込み頭の上で頬ずりしていた嵐は欠片も話を聞いていなかったのだ。
喜ぶべきか、悲しむべきか。ある意味救われた、と思うべきか。それとも成り行きの誤爆といえども気持ちを知ってもらうべきだったのか。
少なくとも、誤爆った本人からすれば九死に一生を得た、と言った所。─────まあ、智の気持ちを知らないのはその思いの矛先が向けられた嵐だけなのだが。
「何事?」
「フフフやっぱり嵐は筋肉おバカね!脳ミソまで筋肉が詰まってるじゃない!」
「何でいきなり罵倒されてんだ!?お前だって脳ミソ真っピンクだろうが!」
「だって私はエロの神様を信奉してるもの!正確には芸能ウズメ系のサダ派ね」
「俺だって力の神様信奉してるし!」
「でも、脳筋なのは否定できないわよね?明らかにレベルを上げて物理で殴るが貴方のモットーじゃない」
「ぐぬっ…………否定できん」
「そろそろ良いか。お前たちの金にならん談義を続けるのは時間の無駄だ」
「つったってアレだろ?トーリが来ねぇと話にならねぇだろ?」
「だから場繋ぎに浅間のエロトークしましょうよ!」
「しませんから!それより皆さんに聞いてほしい話が────」
「浅間のエロトークよーー!!!」
先程の繰り返しのごとき光景が展開される。先程と違うのは嵐と鈴が加わっていることと、喜美の顔色が若干悪いことか。
「もう喜美!自分が都合が悪いからって邪魔しないで!」
「智の話ってことは怪異関係だろ?何だよ、今日の肝試しはガチって事か?」
「えっとですね…………皆さん“公主隠し”をご存知ですか?」
「確か、神隠しの亜種だったか?どっかで聞いたな…………」
「五十嵐君の言ってるのは多分去年のじゃないかな。ほら、本多君のお母さんのやつさ」
ネシンバラが表示枠を空中に投影しながら補足説明を行っていく。
隣では喜美が耳を抑えてアーアーと声をあげながら現実逃避していた。
「“公主隠し”は二人が言ったように普通の神隠しとは別物です。本来神隠しは空間を作る流体が乱れて裏側に入り込んでしまう事です。ですから術式を使えば追えますし、何より消えた本人も存在が残ります」
「でも“公主隠し”では────全部消えて帰ってこない。魂や身体、装飾品の類いもね。聖術や魔術による消滅系の術式をぶつけた時に似てるよね」
「てぇと、何だ?単なる怪異じゃなくて殺しって事か?」
「そういう見方、組織的な連続殺人じゃないかって言う人も杜には居ます」
智の言葉に空気が重くなる。
「その根拠になってるのが、この印です」
橋の路面に描かれたのは円とそれを横に貫く線だった。
「…………何か、ショボいな」
((言うとこソコかよ!?))
ボソリと誰かが呟いた言葉に一同が内心で突っ込みを入れる。実際のところマークとして見れば単純だろう。それが血文字でなければ、だが。
とりあえず空気がほんの少し軽くなった所で喜美が震えを無理矢理抑えて強がり口調で口を開いた。
「…………フ、フフフ、べ、別にそんなの犯行の印にエロイマーク書こうとして書き損じただけでしょ!皆エロマーク大好き!大好き!」
「そんなマークを最後に残していく犯罪組織なんてねえよ!?」
一同からのツッコミ。喜美は再び耳を塞ぐ。
そんな中で鈴の頭を撫でながら嵐が手を挙げる。
「この公主隠しって回避方法はねぇのか?」
「残念ながら。私が知らないだけかもしれませんけど」
「そもそも公主ってのは中国王家に生れた娘の事を言うんさね」
「娘……?…………なあ、ネシンバラ。公主隠しって30年前からチラホラあるんだよな?」
「うん、そうだね。場所的には─────浅間さん」
「一番多いのは多分、三河と京の周辺じゃないかな」
「そうか………………」
「嵐君?」
脳筋と揶揄され、自他ともに認める最強の物理攻撃信奉者の嵐だが存外頭は悪くない。いや、学力はお察しだが頭の回転は悪くないのだ。
思考する。2度と後悔しないように、させないように。
少しでも可能性が有るならば思考を続けねばならない。
「モロに直撃圏内ですねー、今。組織相手ならまだしも怪異なら無差別ですしねー…………」
「フフフつまり逃げられないのよ!無駄なの無駄!良いこと言ったわアデーレ!」
喜美は立ちあがり笑い出す。遂に恐怖で壊れたか、と皆が目を向けるなか
「無駄!モテない男が何しても無駄なように都市伝説に対処なんて不可能なのよ!フフフこのモテない男共め!お前も!そこのお前もよ!」
「こ、こら喜美!テンゾーとウルキアガを指すのを止めなさい!」
「ウッキー殿……これが理不尽で御座る…………」
「ああ、そうだな点蔵…………拙僧泣いても良いだろうか…………」
モテたい男二人は崩れ落ちてメソメソと泣き出すが誰も触れない、触れられない。モテない男に生半可な励ましやリア充の言葉は突き刺さるからだ。
因みに特務ということを差し引いても二人のポテンシャルは比較的に高い。ただ、言動があまりにも変態に寄りすぎているために少々敬遠される。
「オーイ!終わったぜ!早く来いよー!」
二人ほど沈んだ後、新たな話題を振ろうとしていた彼らのもとにバカの声が届く。目を向ければ校舎の正面玄関から笑顔で手を振るトーリの姿があった。
■◇◇◇■◇◇◇■
夜の校舎。幽霊の正体見たり枯尾花、とあるように見慣れたものも夜闇に紛れて輪郭のみしか分からなければそれは恐ろしい恐怖の対象となる。
それは一重に人間が視覚情報に情報収集を任せきっているためだ。第一印象が重要視されるのもそのため。
「…………なぁにやってんだ、アイツ等」
ドッカンドッカン響く校舎を見ながら嵐は鞘入りの剣を肩に担いで死んだ目で呟く。あ、窓割れた。
「トーリぃ……お前、何やったんだ?明らかにアレ智の矢だろ?」
「トーリ、お前何を仕込んだ?金に繋がるか?それとも貴様、死ぬか?」
「おいおいシロ、グルグル。何で俺を真っ先に疑うんだよ!俺、何も仕込んでねえよ」
「本当だな?嘘ついてないな?金懸けるか?」
「言っちゃなんだがこの手のことでトーリを信用しないことにしてんでな」
「ああ!?何だよお前ら!少しは信じてくれても良いだろうが!また、俺を疑うのかよ!」
「お前…………日頃の行いを省みろよ……」
「幼馴染みだろ!グルグル!」
「幼馴染みだからこそ、だ。このバカめ」
頭痛い、と額に手をやり嵐はため息をつく。因みに前にも肝試しは行われており、その際はトーリは全身金色のタイツに身を包んで参加者を襲っていた。
さて、話が脱線する男衆の間にハイディが割って入ってくる。
「シロ君もランちゃんも落ち着いて?さっき合流したばっかの東君がついていけてないから」
いつもニコニコ笑うハイディに少なくとも守銭奴と暴力装置は話をもとに戻しにかかる。と言っても指摘は変わらない。
「で?結局どうなんだ?仕込んだのか?」
「金はどうだ?もし、使い込んでるならお前を見世物にして稼がねばならんからな」
「本当に仕込んでねぇよ!今日、そんな時間が有ったと思うか!?俺は半日以上エロゲに打ち込んでたんだぞ!」
「知らねぇよ!」
「お前が二次元に没頭した半日は誰かが欲した半日だぞ……!」
「はいはい、二人ともー?つられちゃダメだよ。特にランちゃんはそれでいつも痛い目見てるでしょー?」
「…………はぁ……だな」
「危うく金の無駄になるところだ」
「ハ、ハイそこ!静かに作戦会議しない!何だよお前ら空気悪いな!」
直後、恐らく後側棟の辺りから響く爆発音。ついでに悲鳴の数々。
「スマン、シロジロ。バカの追求任せるわ」
剣を担ぎ直して嵐はそちらへと足を向けた。
その背からは中間管理職のようなそんな哀愁が立ち込めていた。
「頑張れよー、グルグルー」
「嵐は貴様の尻拭いに行くんだぞ……!少なくとも私はあんなところに飛び込む気にもならん」
「ハッハー!シロは貧弱だかんなー!」
「アイツは!お前の!尻拭いに!行ったんだろうが!この大バカ!」
トーリよりも頭1つ高いシロジロは上から押さえ付けるように凄む。
「貴様、本当に何もしていないのか?」
「あったりめえだよ!俺は何もしてねぇ!─────ただ、頼んだだけだ!」
「誰にだーーーー!!!」
胸ぐらを掴みガクガクと揺らす。
「誰に頼んだ?ちゃんと金で済むのか?誠意なんてもので手をうっていないだろうな?それが一番面倒で金がかかるんだぞ?分かってるか?」
「ま、待てって。揺らすな揺らすな、それから何言ってるか理解できねぇ」
「なら、端的に言ってやる────金払って死ね」
「あれぇーーー!?何か予想外の方に転がってね?」
直後、再び響く爆発音。阿鼻叫喚の声も相変わらずであり、ついでに割れまくる窓の数々。
『わはぁーーーー!!』
『バカ、こっちに来るなァ!』
『ズドンが……!ズドンが来るぅぅぅ!?』
『ちょっ、止まれって!?あ、死んだかも…………』
『オワタ…………』
『何で自分までーーー!?』
『理不尽に御座る!?』
『拙僧達が何をしたァ!?』
そんな悲鳴があちこちから響き窓やら、酷いときには扉が吹き飛んでいた。
「金がかかるだろ。これは」
「お、倒置法ってやつだな」
「というかこれ、ランちゃん一人で治められるかな?ぶっちゃけ一番物壊して被害が酷いのって彼だよね?」
「今回は鎧は使わない筈だ。アイツ等にも剣を向けないだろう」
シロジロの言葉はある意味希望的観測だ。
次の瞬間、空に向けてバカデカイ斬撃がうち上がっていた。
「…………抜いちゃったみたいだねぇ」
「…………みたいだな」
守銭奴二人は遠い目をして教導院を見続ける。これ以上の被害が出ないことを祈りつつこの件の主犯に近寄った。
そして徐に左右から首へと肘フックをかまして引き摺っていく。
「あ、あれ?これって俺も行くやつ?」
「当然だろう。これ以上金を懸けれるか」
「ランちゃんもちょっと暴走してるし、止める人は多い方が良いもんねぇ」
より一層の喧騒が起こる教導院の校舎。はてさてこのままどうなることやら。