境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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6話 DAY Ⅲ

 午後を少々過ぎた時間、教導院の木の橋上の内、正門に近い階段では幾つかの人陰が集まっていた。

 

「4997……4998……4999……5000……!」

 

 橋の欄干に逆立ちし片手で腕立て伏せを続ける嵐の姿もあった。他にもこの場にはトーリや喜美、シロジロにハイディ等の面々、つまりは午後から予定のない梅組の面々が勢揃いしていたのだ。

 

「ハイ、それではこれから臨時の生徒会兼総長連合会議を行う……んだけど、君は何してるのかな、五十嵐君?」

「何って…………ネシンバラ、見りゃ分かるだろ?腕立てしてるのさ」

「いや、この場ですることじゃないよね?それとその超重量の制服着て片手逆立ち腕立て伏せとかして殆んど汗かかないとか、君、結構人辞めてるよね」

 

 ネシンバラに結構な毒を吐かれた嵐は無言で着く手を空中に跳ねて換え、再び腕立て伏せを再開する。心なしか拗ねてるのか先程よりも速い。

 それを見て、1つ溜め息はついてネシンバラは空中に投影した鳥居型の鍵盤を叩く。

 

「えー、本日の議題テーマは“葵君の告白を成功させるぞ会議”。一応の進行は書記の僕、ネシンバラが勤めていくよー…………はい、適当に弄ってあげてねぇ」

 

 何ともやる気のない事だ。まあ、他の面々も似た形ではある。これが梅組クオリティー!

 

「んー……ぶっちゃけ視聴率を考えると俺がフラれた方が面白くね?」

「最初から本人がそれかよ!?」

 

 シンクロ突っ込み。腕立てしてる嵐も三河との貿易に掛かりっきりのシロジロも例に漏れず突っ込む。

 まあ、これから話し合おうとする議題を真っ正面からぶち壊そうとするような発言だ。致し方ない。

 

「何だよお前ら!俺がフラれちゃいけねぇってのか!?俺知ってるぞ!それって成功主義の押し付けってやつだな!モテない男を認めない社会の風潮だ!いいか?────誰もが結婚できると思うなよ!」

 

 ズビシッ、とトーリは帰宅途中の生徒たちへと片っ端から指差していく。途中で隣のクラスの担任である三要先生が巻き込まれて泣きながら駆け去っていったのは余談だ。

 

「お前、適当に口撃すんなよ。三要先生泣いてたぞ?」

 

 腕立てを終えた嵐は片手ハンドスプリングで橋に降り立つとトーリの頭にチョップを見舞う。

 因みにこの一撃はかなり加減して(彼の中で)の一撃だ。だが、“不可能男”等と呼ばれるトーリにとっては結構痛い。打たれた脳天を抑えて踞る。

 

「イッテェーーーー!!!ちょ、グルグル!お前、力強いんだから加減しろよなあ!」

「あん?スッゲェ加減したんだが?もう、蟻も殺せないぐらいの手加減だ」

「いや、スッゲェ痛いんだけど!腕力で俺のボケ術式抜いてくるとか、この脳筋ゴリラめ!」

「誰がゴリラだ、この大バカ!俺は毛深くない!」

「いや、そこかよ!」

 

 どうやら嵐は自分が脳筋である自覚が有るらしい。

 

「つーか、バカ。さっさと話進めろよな。お前の一パーセントにも満たない成功確率を俺達がどうにか二パーセントに上げてやるよ」

「はっ!バッカだな、グルグル!俺の告白の成功率は0パーだぜ!」

「お前がバカだろうが、この大バカ。0を1にするよりも1を2にする方が簡単に決まってるだろうが。つまりは死ぬ気でコクれ、そしたら多分、うん、万が一、億が一、兆が一、京が一、或いは那由多の一かもしれねぇがとりあえず0じゃなくなる」

 

 嵐の言葉に一同、応援?と首をかしげるがそこを突っ込むとバカにぶちこまれた(本人曰く)蟻も殺せないチョップをくらいそうなので、ついでに話も続かないため口には出さない。誰しも自分がかわいいのだ。

 

「よし…………テンゾー!オマエ、回数“だけ”はこなしてるだろ?告白って基本どうやるんだ?」

「い、いま自分、色々と否定されたで御座るな!?」

「いいから話してみ?」

 

 いつもの扱いに近い為に点蔵腕を組んで頷いた。そして君だ腕の上で人差し指を一本立て、

 

「ぶっちゃけ、いきなりコクるのは感心せんで御座る。誰だって心の準備があるというもの。トーリ殿だって朝家ノ前に見知らぬ女の子が立っておって“好きです”とか言われ────、いいで御座るなそれ!いらない!心の準備要らないで御座る!」

「うん。しかしその子が例えばテンゾーだったら俺はかなり嫌だなぁ。オマエが俺にコクるために出待ちしながらくねくねしてたら、正気度下がる前に俺は逃げるね。間違いなく」

「さ、最悪で御座るな貴殿!?」

「…………なあ、点蔵」

「何で御座るか、嵐殿」

 

 一通り話を聞いていた嵐が手をあげ点蔵も応える。周りも意外に真面目な表情の彼に自然と注目していた。

 そんな中で彼は口を開く。

 

「もしも、その出待ちが先生みたいなリアルアマゾネスだったらどうすんだ?」

 

 思った以上に下らなく、そして色々と精神的に変態に傾いている男衆には爆弾とも言える発言が飛び出した。

 さて、ここで彼らの担任であるオリオトライだが。リアルアマゾネスやら暴力ゴリラやらその他諸々、とてもではないが女性につけるようなものではない渾名やら異名やらがつけられている。

 しかし彼女、見た目は良いのだ。顔立ちは整っており、プロポーションも申し分ない。その性格さえどうにか出来れば引く手数多に男たちが放っておかないだろう。

 

「ぐっ…………ぬ……!」

「何故だ……!拙僧は姉キャラ専門の筈……!しかし……何故、こうも揺さぶられるのか!」

 

 若干二名、新たな扉を開けそうになっていた。

 因みに尋ねた本人はというと

 

「えっと……喜美?何で無言で詰め寄ってくるんでせうか?ちょ、ハイライトが仕事してないぞ……!」

「うふふ…………ねぇ、嵐」

「な、なんでせう?」

「さっきの質問の意図を聞きたいのよ。なに?貴方って年上スキーだったのかしら?だからこの私に見向きもしなのかしら?ねぇ?ねえ?聞いてるの、嵐?」

 

 ハイライト消した喜美に詰め寄られてガクブルしていた。

 

「はいはい、君ら少しは真面目にやりなよー。仮にも総長兼生徒会長の告白なんだからさ」

 

 ネシンバラに引き戻され、発端であるトーリと点蔵の二人が腕を組んで唸る。

 そして再び、点蔵が指を立てた。

 

「……ここは1つ“手紙作戦”など如何で御座ろうか?」

 

 そう言い、取り出すのは紙とペン。

 

「いいで御座るか?コクる際は誰しも緊張するもの。例えば彼氏もちに“君の事が好きだ”と言うべき所を慌ててしもうて“君の男が好きだ!”と炸裂し申したり、思いっきり噛んで“き、きめぇとこが好きだ!”と暴発したり、無理に楽しく行こうとして“ミーはユーのことを好ーキデースネ───!?”等とアメリカンジョークも尻尾巻いて逃げ出すハズレぶちかましたりするで御座るよ」

「オマエはホントに体験豊富な。心強いけど少しは忍べよ忍者なんだからよ」

「説教された!説教されたで御座るよ自分!」

 

 ────バカの癖に!

 と猛る点蔵。

 

「と、とにかく!そんな誤爆を防ぐための手紙で御座ふっ!…………ッ!」

 

 興奮しすぎて口癖すらも噛んでしまった。

 クラス一同、揃って外道の癖に微笑ましい、生暖かい視線を送る。

 忍者爆死である。

 

「てーっと、あれか?つまりは、手紙に書いときゃ誤爆しねぇし、もしもテンパっても紙を渡せば万事解決って事だな」

「…………嵐殿はたまに脳筋らしからぬ理解力を示すで御座るな。それと、Jud.。まあ、おおむねそんな所で御座るよ」

「えっと……?」

 

 一人、?を浮かべて首をかしげるトーリに点蔵と嵐は揃ってやれやれと首を振り手をあげる。

 

「やっぱバカだな」

「バカで御座ったな」

「何だよ!お前らだって鍛練バカとパシリ忍者じゃねえか!!!」

「ルッセェ!超弩級のバカめ!!さっさとパシリ忍者の提案通りに書きやがれ!」

「だから何をだよ!ま、まさかナニを書けば良いのか!?」

「こんの……変態大バカ!コクる相手の好きなところを書いてけば良いんだよ!」

「好きなところを…………それって難しくないか?」

「急に冷めんなよ。まあ、確かに気持ちだしな。点蔵、そこのところはどうすんだ?」

「ふむ……まあ、魅力的なところを書くのが良いのでは?基本的に惹かれるところを書くべきで御座ろう」

「…………お前って何で彼女いないんだろうな?」

「…………そこを今、抉るとは嵐殿は鬼で御座るな……」

 

 二人揃ってため息。

 その傍らではバカがペンを片手に唸っていた。どうやら何を書けば良いかよく分かっていないらしい。

 

「仕方ないわねぇ。この賢姉様が助言あげるわ。試しにそこのパシリ忍者と筋肉おバカの嫌いなところを書いてみなさい」

「いや、姉ちゃん、さすがに友人の嫌なところをスラスラ書くとか」

“いつも顔を隠しているのは人としてどうかと思うが上手く言葉にできない”

“ゴザル語尾はそれギャグのつもりかと思うが上手く言葉にできない”

“たまに服から犬のような臭いがするのは本当にどうにかしてほしいが上手く言葉にできない”

“鍛練ばっかでたまに汗臭い中でこっちに寄ってくるのはどうかと思うが上手く言葉にできない”

“加減したと言うけども本人が筋肉ゴリラであるため人な俺は結構痛く止めた方がいいと思うが上手く言葉にできない”

“鍛えすぎてもはや別の生物なのではと思うが上手く言葉にできない”

「やっぱ上手く言葉にできないもんだなあ、友人の悪いところは」

「ス、スラスラ書きまくってるで御座るよ!?しかも箇条書き!」

「そんなに加減してほしくないならそう言えよな。…………ボケ術式ぶち抜いて武蔵の外まで殴り飛ばしてやる」

「あっれ、おかしいなぁ。俺、オマエ等の良いところ書けないのにな。ハア…………」

「何が“ハア…………”で御座るか!最悪で御座るなこの男!?」

「よっし点蔵。こいつ吊るそうぜ。武蔵に頼んで船尾に吊るさせてもらおう…………ビニール紐で」

 

 トーリの襟をつかんでガクガク揺らす点蔵と若干本気で殺しに掛かってる嵐。

 

「ほら、気持ちを表すなんて簡単な事じゃない。その調子で、お熱なあの子のそそる所を書き連ねなさい愚弟!」

「そう言われてもなあー」

“顔がかなり好みで上手く言葉にできない”

“しゃがむとエプロンの裾からインナーがパンツみたいに覗けて上手く言葉にできない”

“ウエストから尻の辺りまでのラインが抜群で上手く言葉にできない”

「やっぱり清純な思いを言葉にするのは難しいなー」

「かなり具体的で御座ったが!?それに即物的で御座る!!」

「むしろ、この変態、コクる前に番屋のお縄になるんじゃねえか?」

「おいおいテンゾー、グルグル。俺が具体的に書いたらこんなものじゃねぇぞ?」

「マジモンの変態じゃねぇか!?」

「ハッハッハッ!よせやい、照れる」

「誉めてねえよ!?」

 

 再び脱線していく彼ら。

 その二段下で腕を組んで座っていたウルキアガから声が上がる。

 

「その箇条書き、トーリとしては肝心なことが抜けておらんか?」

「え?トーリ君の即物的な好意に、何か抜けがあるのかな?」

「ああ、────このオッパイ県民が何故か相手に対する胸の言及が無いだろう」

 

 その発言に皆は一斉にハッとした様子でトーリへと目を向ける。

 更に周囲の帰宅中の生徒たちもヒソヒソと何やら話し込んでいた。

 

「俺、ひょっとしてその道の権威になってね?」

「ひょっとしなくても権威になってるで御座るよ」

「で?何でお前はそこは言及してないんだ?」

「ふむ…………出来た!」

 “オッパイは、揉んでみないと、解らない  とおり”

 

 自信満々に上の句を読み上げるトーリ。

 全員、通行人も含めてドン引きである。

 そんな中でも歪みないのが喜美だ。

 元よりエロとダンスを信奉する彼女だ、弟のエロ発言では揺らがない。

 

「ふふっ、素晴らしいわ愚弟!オパーイに対していい加減できないのね?なんて誠実な!」

「俺、こう見えても真面目だからな!適当なことは言わないぜ!」

「…………この姉弟頭おかしいのは前からで御座るが、その点はどう思われるので御座るか?」

「ここで俺に振るか?…………まあ、トーリが真面目ってのはないな。適当なこと言わないなら俺への被害が多少減る筈だ」

「フフフ、負け犬忍者と筋肉おバカは黙ってなさい。しかし愚弟、アンタの歌の通りだとしても大体は見た目で分かるんじゃないかしら?浅間なんて見た目そのまんまだし」

 

 喜美が言った直後、背後にそびえる校舎三階の窓が開いた。

 そこから顔を出すのは赤面全開な浅間だ。

 

「こらー!勝手に人のカラダネタやらない!大体なんですか見た目そのままとか!」

「そうだよな!浅間のは見た目通りじゃないよな!こう、まろやかな中に少しの────」

「うわ、ソムリエが語りだした最悪です────!ちょっ、そこ動かないっ!弓!弓!!」

「あー……何でか嫌な予感がするんだが?」

 

 言った直後、嵐の額にズドン、と重い一撃。

 流石に不意打ちすぎて反応することも出来ずに彼の体は背面跳びのように階段の最上段から飛び出し一番下へと頭から墜ちていった。

 一同、唖然としてしまい誰も言葉を発さない。

 

「スゥーーーーーッ、ズドン巫女が遂に殺ったぞーーーー!!!」

 

 最初に再起動を果たしたトーリに息をめい一杯に吸って、そう叫んだ。

 それを契機に辺りにもざわめきが伝播する。

 

「ヤバイで御座るよ、頭から地面に刺さるとは…………」

「いつかやると思っておったが………まさか嵐が一撃とはな」

「仕方ない、葬儀の費用を少し出すか」

「シロ君珍しいね。それにしてもランちゃんホントに死んじゃった?」

「皆、冷静すぎない?少しは五十嵐君の心配してあげなよ」

「え、えっ、と、い、生きてる、よ?」

 

 鈴に言われ皆が目を向ければ、泥だらけの嵐がフラフラとした足取りで階段を登っていた。

 

「…………し、死ぬかと思った」

「むしろ賢姉様はアンタが生きてることに驚きよ。どうなってるのかしら?脱いで見せてくれない?」

「何ナチュラルに脱衣所望してんだよ。そして、脱がねぇからな?」

 

 脱ぎネタはトーリの専売特許だ、と続けて嵐は最上段へと腰かける。その背からは哀愁が漂っていた。

 そんな彼を放置して頭おかしい姉弟は会話を続ける。

 そして何故だかオパーイ談義は発展して誰かのオパーイにπタッチすることになった。

 

「────?こんなところに座り込んで何してるんですの?」

 

 生け贄はここに現れた。


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