境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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4話 DAY

 情報遮断ステルス航行中の白い空のもと武蔵の街並みは午前の流れをそろそろ終わろうかとしていた。

 

「P-01s、外に水撒いたら上がっていいよ。夕方からまたお願いね」

「Jud.」

 

 ここ、青雷亭も例に漏れず昼へ向けての仕込みの最中だ。

 女将から休憩を貰ったP-01sは頷くとカウンターから出て水桶と柄杓を手に表に出ていく。

 

 ────一年に一度、初めての三河です。

 

 そんなことを思いながら通行人に掛からぬように水を撒く。

 1年前、彼女、自動人形P-01sは三河から武蔵へと乗り込んだらしい。

 “らしい”というのは彼女にはそれより前の記憶がスッポリと抜け落ちていた為だ。

 市民登録は誰かにされており、携帯していた市民証は確かに本物で、本籍は武蔵だったが本籍地に行けばそこは道路だった。

 何が何だかサッパリだったがそこで今、働いている青雷亭の店主が保護者となることで生活を赦された。

 そういえば、とそこであることを思い出す。自分が保護された次の日、見た目は優男だが口の悪い彼が訪れたのは日のことだ。

 

 ──────はっ?

 

 目を見開いてこちらを凝視していた彼は一頻りパンを購入するとお釣りも受け取らずに外へと飛び出していった。

 それから暫くしてから“濡れた手の男”が来店し一頻り自分の手を握るようになったのは。

 

「あの二人はお知り合いということでしょうか」

 

 朝に一回、午前に一回、午後に一回。既に慣れ親しんだ、むしろ飽きがきそうな程やってきた水撒き。

 ルーティンワークとして身に染み付き、その他仕事をしていると自身が何者なのか、という命題を忘れることが出来ていた。

 パシャリ、パシャリ、と水を撒き、そろそろ桶の水が半分になった頃

 

『おみず』

 

 声が聞こえた。

 

『おみず ほしいの』

 

 声の方へと顔を向ければ、そこにあるのは排水溝。

 そこから黒いモコモコしたものが顔を出そうとよじ登っていたのだ。

 P-01sは声のする方に近づくとそのモコモコへと腰を折る。

 

『ばれてない?いけてる?』

「ばれておりません。いけております」

 

 問いに頷けば黒の藻、黒藻の獣は目とおぼしき部分を細めてコクコクとうなずき返す。

 彼らは武蔵やその他多くの都市で下水処理を行う意思共通生物である。彼らは光合成ではなく“汚れ”を食って“汚れてない”に浄化する。故に各国が黒藻の獣の集合意思と契約を結んで食料供給と下水処理の取引を行っている。

 彼らの住みかは下水が流れる側溝などまあ、汚く臭いところだ。自分達が表に出れば皆が良い顔をしないことを分かっている。

 だが、彼らはここに来る。何故なら

 

『おみず』

「また、淀みましたか?」

『うん した ちょっと つまり ぎゅっ だから ながすの みず ちょっと いけそう』

 

 見れば黒藻の体は少々乾いているようだ。

 武蔵は各艦が巨大であるためどこか皺寄せが来てしまう。

 黒藻の獣は食事である汚水が欲しいが、それが詰まっているらしく誰かがその淀みを取り除かねばならない。

 本来ならば役所の管理人がすべき所だが、生憎と今は三河に停泊するための準備に追われているようだ。

 P-01sはそれを理解し黒藻の獣に水をかける。

 黒藻の獣はプルリ、と体を震わせ全身に水を染み込ませると

 

『ありがと』

 

 側溝の下へと戻っていく。

 入れ替わりに新たな一匹が顔を出した。

 

『わんもあ ぷりーず』

 

 うなずき、再び水をかける。

 同じことを繰り返して都合七回目。

 最後の一匹が側溝の下へと戻ろうとして不意に問うた。

 

『いいの?』

「いいの、とは?」

『におうよね?』

 

 問われP-01sは首をかしげた。確かに臭う。下水の臭いだ。

 今は顔を覗かせるのみだからか自分しか気付いていないが完全にその姿を黒藻の獣が外気にさらせば周囲の店々は気付くことだろう。

 

「Jud.、正直に申しまして、臭います」

『どうして?』

 

 臭いのにどうして相手をするのかと問う。

 

『いつも たすけてくれるの でも ほかのひと いままで おこまりとか だめ なぜ?』

 

 その問いにP-01sは即答する。

 

「貴方の匂いは貴方が誰かに害を成そうととして生んだものでありません。元はP-01s達が生んだ臭いです。そして貴方は側溝から完全に出ずに臭いが広がらないように努力しています。ゆえに率直に申しまして、P-01sが貴方を否定する理由はどこにもありません」

『ともだち?』

「Jud.、認めあっている両者の関係をそう言うのであれば」

『おなまえ ぷりーず』

「P-01sと申します」

『ありがと いつも』

 

 黒藻の獣は頷きその身を側溝へと戻していく。

 

『て あらって おねがい』

 

 それだけを言い残して側溝の蓋は完全に閉じられた。

 P-01sはその言葉に従い、桶に余った水で手をそそぎ、落としていた腰を上げた。

 すると、視界の端に影が映る。

 そちらを見ればた黒の男子制服に身を包んだ線の細い黒髪の少年?がそこにいた。

 そして一言も発することなくフラりと揺らぐとパッタリとその場に直倒れしてしまう。

 

「店主、お客様です。いつものように正純様が、見た感じで申しますと、────餓死寸前です」

 

 何だか色々ととんでもなかった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 オリオトライの授業は少々一般的なモノと比べると変わっている。

 必罰主義のやり方であるのだ。

 1:授業する

 2:解答者に質問する

 3:答えられなかったら授業点数は引かれずに厳罰が下る。通称“処刑”

 4:答えられたら、申告していた厳罰に応じた授業点が貰える。

 因みにこの厳罰は月始めに自己申告するシステムだ。更に質の悪い事にその内容は執行時に戦犯以外の者達で協議して刑重を調整してくる。

 つまりはネタキャラ色の強いものが厳罰をくらうと申請した以上の罰が降りかかってくることもある。逆にこのクラスの良心である鈴等は厳罰が限り無く軽くなるのだ。

 更にオリオトライの授業には“ご高説”というものもある。

 

「ハイじゃあ今日の極東史は、神州が暫定支配される経緯となった“重奏統合争乱”についてだけど────」

 

 その言葉に自信の無いものは一斉に目を逸らす。それに加えて一部生徒は顔をあげすらしない。

 梅組一同は最強クラスのバカも居るが全員が全員、頭がお粗末という悲惨なものではない。やる気になれば一人を除いて良い点取る位には頭がよかったりする。

 しかし、そこは梅組クオリティ。勉強に対して熱意を持って取り組む者は少ないのだ。

 

「んじゃあ、鈴。知ってる範囲で良いから先生の代わりにご高説よろしくー」

「あ、え?ええ?────って、は、はい、ですっ。重奏統合争乱、です、ね?」

 

 顔を赤くして慌てて立ち上がった鈴は確認すると、少し息を吸い込んだ。

 そして、言葉として吐き出す。

 

「わ、私が知ってる、とこですと、…………え、昔、世界は、ち、地脈の制御によって、現実側の神州と、い、別空間にコピーした重奏神州に分か、分かれて、ますっ。で、現実側の神州は神州の民、異世界側の重奏神州には、世界各国の民が住み、お互い仲良くしてたと、そう思うんですけど、い、いですか?」

「いいわよー。つまりそうやって、安全な神州の外にある過酷な環境への対応を考えつつ、現実側と異世界側の聖譜記述の再現してたのよね」

 

 オリオトライがそう言い、他の皆も頷きを返す。

 そんな中で窓際最後列の席に座るトーリが買ったエロゲの説明書片手に立ち上がる。

 

「おーいベルさん安心しとけよ!危なくなったら俺かグルグルが代わりに殴られてやるからさ!大丈夫!今日、俺、エロゲの最初の分岐に行って悶々と悩んで、セーブするまで死なねぇから!」

「おいーー!!何言ってんだ!?何で俺を毎度の如く巻き込みやがる!?俺はテメェと違ってボケ術式入れてねぇんだぞ!?」

「ケチケチすんなよグルグルー。お前、武蔵から紐無しバンジーしても死ななそうじゃん!大丈夫だって!」

「確証ねぇだろうが!大体テバ!?」

「うるさいよぉ、バカ二人。それと君は死亡フラグみたいなこと言ってないで、っていうか何で授業中に説明書広げてアンケートまで書き込んでるのかな?」

 

 風通しの良くなった教室でオリオトライはオコマークを浮かべて笑顔でトーリに問う。嵐は外で犬神家ごっこに勤しんでいた。

 

「何だよ先生!会員特典欲しいだけなんだから俺のことは放っておいてくれよ!!」

「あはは、うん、出来れば凄く放っておきたいけど、でも、ビジネスだし」

「ハ、ハッキリ言うな先生!ビジネスか!?ビジネスだな!?じゃあこっちもハッキリ言うけど大人って汚ぇーーー!!」

「うぇー…………頭痛い」

 

 トーリが椅子の上に立ち、嵐はベランダをよじ登って戻ってきた。顔に砂が付いてるが見上げた耐久力である。

 

「な、何で俺が殴られたんだ?」

「あ、グルグル!聞いてくれよ!先生汚ぇんだぞ!」

「なんだ?先生風呂入ってねぇのか?」

「そうなのか先生!?」

「んなわけないでしょ。いい加減にしないと打つわよ」

「既に俺は打たれたんだが!?」

 

 何故だかオリオトライが不潔か否かの舌戦になっていた。

 彼らの騒ぎに会計のシロジロが顔を上げる。その据わった目で見やり

 

「静かにしろ。今仕事中だ」

「シロ君?今一応授業中なんだけど」

「うるさいよ、君ら。今、執筆中なんだけど」

「ネシンバラーあんたも人のこと言えないじゃい。マルゴットー、そっちのベタ塗り終わったぁー?」

「ガっちゃんも人のこと言えないよぉ」

 

 帳簿つけたり、自作小説を書いたり、同人誌作ったりと自由なものだ。

 

「え、ええと、い、いですか?」

「あ、ごめんね鈴。浅間、ちょっと手伝ってあげて。私はバカ二人を絞めなきゃいけないから」

「J、Jud.!」

「ちょっと待って!?俺既に…………!?」

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「ひ、酷い目にあった…………」

「だ、だい、じょうぶ?」

「おう…………ありがとな、鈴………それとすまんな、説明聞いてなくて」

「う、ううん、大丈夫、だよ」

 

 頭にでっかいたん瘤をこさえて机に突っ伏する嵐。そんな彼のたん瘤を労るように鈴が撫でる。

 大天使鈴、降臨である。

 

「さぁて、ちょっと色々あったけどトーリ。君、厳罰ね?」

 

 オリオトライの言葉に鈴に癒されていた皆は言葉を失い、そして一斉にトーリへと目を向ける。

 ────お前、何やった?

 と、視線が語っていた。

 

「さっきの鈴の説明ね?北朝が独裁を開始したのは1413年なの。ま、チョイミスだし。後の説明で十分挽回できてるからオッケー、何だけど…………さっき殴られるなら任せとけ、みたいなこと言ってたわよね?」

 

 全員があーあ、的な残念な目となってトーリを見る。ついでに嵐は青くなっていた。

 立ち上り出席簿と帳面を取り、オリオトライは中身を確認する。

 

「…………トーリの今月の自己申告厳罰は、“グルグルと脱衣ショー”?」

「うわぁーー!!俺またそんなソフトコアなこと書いたのかよ!?もっとスタートから激しい、超ハードコアってかビッグコアくらいのもの書いておくべきだったな俺!」

「バカヤローーー!!!何で毎度の如く俺が巻き込まれんだよ!?さっきも似たやり取りしたばっかだろうが!?」

 

 嵐は必死の形相でトーリへと詰め寄り胸ぐらを掴んでガクガク揺らす。

 

「ちょ!グルグル!酔う!酔うって!揺らすなよー!」

「ウルセェバカ!超弩級の大バカ野郎が!大体なんで俺まで脱ぐんだよ!?脱ぎネタはお前の専売特許だろうが!」

「いやいや、そうなんだけどさあ。そろそろマンネリ化してきたし新しい風を吹き込もうと思ってさ!」

「だったら点蔵とかにしろよ!アイツの格好で帽子とマフラーだけ残して全裸にひんむけよ!」

「嵐殿!?錯乱しているのは分かるが何故に自分に御座るか!?」

「ネタキャラだからに決まってんだろーが!!!」

「マ、マジトーンで断言に御座るぅーーー!?」

 

 ガックリ項垂れる点蔵。彼の扱いなどいつもこんなものだ。

 

「とにかく俺はやんねぇぞ!大体、野郎の脱衣ショーに需要なんて…………」

「ハイディ!カメラを用意しろ!確実に稼げるぞ!」

「Jud.!高性能のHDだよ!動画も写真も何でも御座れ!」

「ハァ……!ハァ……!男二人の脱衣ショー……!ふ、筆が止まらないわー!」

「ガっちゃん!?鼻血!鼻血が出てるよ!?」

 

 腐女子と守銭奴が猛り。

 

「はわわわ……!じ、自分が思うにそう簡単に肌をさらすものでは…………!」

「ら、嵐君の脱衣……!」

 

 この俊足従士とズドン巫女を筆頭に一斉に鼻息荒く嵐へと視線を集中させる。

 

「さぁ!脱ぎなさい嵐のおバカ!脱げないならこの賢姉様が剥いてあげるわ!」

「き、喜美!そんな淑女が……!」

「なぁによミトツダイラ!良い子ぶりっ子してないで欲望をさらけだしなさいよ!このムッツリ狼め!」

「なぁ……!貴女ねぇ…………!」

 

 ストッパーになりそうなミトツダイラは喜美に煽られ援護は期待できない。

 嵐は頬をヒクつかせて口を開く。

 

「こ、このクラス……バカしか居ねぇ…………!」

 

 ────何を今更。

 彼の言葉にはそんな返答が返ってくるが言わずには居れなかったのだ。

 そして何故だかトーリと脱ぐのではなく、嵐が一人だけ脱ぐ流れになっている。ホントどうしてこうなった。

 

「嵐ー」

「せ、先生?止めるよな?な?」

「諦めなさい。厳罰は絶対よ」

「おいぃぃぃ!教師ィィィィ!それで良いのかよォォォォ!!」

「おいおい何躊躇ってんだよグルグル!」

 

 オリオトライにも見捨てられ項垂れた嵐の肩に元兇の手が乗せられた。

 振り向けば

 

「おい、何でもう脱いでんだよ!?」

 

 バカは既に全裸で仁王立ちしていた。

 そして股間に光は肌ではなく、何だか小さな四角を纏めたナニか。

 

「見ろよコレ!光源操作可能な天照系光学神奏術の光学迷彩で、英語名はゴッドモザイクって言うんだよ!符をシロに大量に仕入れてもらったからいつでも脱ぎネタ可能だし、ボケ術式が常時発動でダメージ0だぜ!?スゲェだろ!」

「ああ、スゲェよ!お前の天元突破したバカさ加減には呆れを通り越して最早何も言う気が起きねぇぐらいだよ!それと何で俺に符を押し付ける!?止めろ!は、放せ……!HA・NA・SE!」

「ウッキー!点蔵!手伝え!グルグルをひんむくぜ!」

「承知で御座る!」

「何で拙僧まで…………Jud.!」

「や、止めろ!つーか、拙僧半竜!テメェ渋るわりにノリノリじゃねぇか!?おい、バカ!止め………!?」

 

 廊下にまで響く声にならない悲鳴。

 次いで、女性陣の黄色い悲鳴が上がる。

 そして、教室の背後の壁が人型にぶち抜かれた。


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