境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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15話 ROB Ⅴ

 午後の空の下、小鳥の飛びそうな天気に響く重い金属音。

 その発信源は教導院前の橋の上。

 重武神である地摺朱雀の文字通り、鉄の拳が蒸気をあげるその巨体より放たれたのだ。

 仮に何の対策も施さなければ生物などミンチになりかねない。

 

「……一体どんな術式を使ったことやら」

 

 呆れたように呟く直政。その視線の先は地摺朱雀の拳圧によって巻き起こっていた土煙に居るであろう人物に向けられたままだ。

 

「無事……?」

 

 誰が言ったか、そんな言葉。

 風が土煙を遠くへと運び視界が戻れば、そこではシロジロが両の腕を交差させて鉄の拳を受け止めている姿があった。

 そう“受け止めた”。

 前に踏み出し腰を回して放たれた重武神の拳を伸びきる前に止めていたのだ。

 

「いったいどういう術式だい?」

「私が契約している神はサンクトは稲荷神の商業神だ。効力は神々の間のやり取りに金銭を挟めることだ」

 

 そしてシロジロは背後を顎で指し示す。

 そこは教導院の昇降口、床に座る多数の人影が群としてそこに居た。

 

「警護隊副隊長、以下150名─────彼らの警護隊としての力を“レンタル”しているということだ」

 

 それを引き継ぐようにハイディが口を開いた。

 

「警護隊の“労働力”を一括時給払いで借り受けたのね。契約外の神々の加護を仲介取引するのとやり方は同じだね。時給換算五千円に仲介料の倍払いで一万。それが百五十人分だから一時間で150万。────シロ君、ちゃんと使ってね?これ、急ぎだからポケットマネーだし」

「経費で落ちないか?」

「んー、警護隊に領収証切って貰って生徒会予算の雑費で処理した方が良いかも」

「Jud。総長連合の予算とも折半するように頼む、さて────」

 

 シロジロは再び直政へと向き直った。

 

「今、私は百五十人の警護隊の力を一点集中出来る。重量換算すれば一人七十キロとして約十、五トンと言った所か。十トンクラスの貴様の重武神に対して十分だろう」

 

 言い切ると同時にシロジロの両手足に長いアーマー型の鳥居型の紋章が浮かび上がった。

 

「────対等に見えるか?」

「そうだね」

 

 直政は地摺朱雀の両の腕を引戻し腰に回すと2本の長いレンチを取り出した。

 一度それらを回し

 

「だったら勝負といこうじゃないか!!!」

 

 直政の言葉と共に、地摺朱雀が打撃を放った。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 鉄の音が町に響き渡っていた。

 場所は自然公園を離れた奥多摩左舷後方付近の市街。

 片や巨大な鉄巨人、片や人としては長身だが痩躯である制服。

 その二つが先程から真っ正面でぶつかり合っていたのだ。

 街への被害は気にせずにぶつかっている。ハイディが手を回してその点の安全策を講じているためだ。

 

「シロジロ!!」

 

 そんな打撃の嵐の中に響く直政の声。呼び掛けだが拳を収める気は無いらしく踏み込みながらだ。

 

「あんたは何でそっち側で力を振るってるんだい!」

「知れたこと、利益の為だ」

「聖連の支配を受けてもあんたの手腕なら生活安泰だろうけどね!」

「逆に聞こう、直政。貴様は何故そちら側だ?」

「最初に言ったろ!力を見るためさ!」

 

 ガキリ、と二人は離れて睨み合う。

 

「あたしら機関部は武蔵が移譲されれば最終点検の後はお払い箱さ」

「ああ聞いた、その上でこちらも問う。本当にそれだけか?」

「なにが言いたい」

 

 二人の会話。その間に拳は交じらない。

 

「ふん。こちらは商談絡みで人の顔色を読み取るのは必須でな。直政、お前からは別の意思を感じた」

「…………ふぅ、やりづらいね。─────────ああ、そうさ。あたしの戦う理由はそれだけじゃない。言ったろ?一人におんぶに抱っこは許さない」

 

 義手の右手を突きつける直政。併せるように地摺朱雀も右腕をあげてレンチをシロジロへと向けた。

 

「あたしらがアイツから泣く時間を奪ったんだ。トーリ、喜美、あの二人を合わせても嵐のホライゾンとの付き合いは遜色無いほどさ」

 

 直政の語ることは皆が知っている事だ。

 

「ホライゾンが死んで、皆が泣いてるとき。あいつ一人泣かなかった。手を握って、手のひらに爪が突き立って血が流れても、アイツは泣かなかった」

「それは…………」

「分かるだろ?嵐だって泣きたかった筈だ。けどその前にあたしらが崩れた。だからアイツは…………あんな馬鹿げた特訓を始めたんだ!」

 

 最後は叫ぶような口調になっていた。

 常軌を逸した加重術式より始り、その他筋トレと千本組手etc.。

 人間のやるようなもの、それどころか生きてるモノがやるような鍛練ではない。

 始めた当初など術式だけで圧死しかけ、筋トレのしすぎで筋肉は至るところが切れ、組手では自分よりも格上の相手をシュミレートした木偶を相手にし、骨は全身至るところがへし折られ、血反吐をぶちまけた事など数えることが億劫なほどだ。

 全員が最低でも5回は止めろと言った。トップは喜美と鈴の27回。

 だが、止まらなかった。止まれなかった。

 

「アイツは誓っちまったのさ!神の前で!誓いをたてたのさ!あたし達を守ると!その為には手段を選ばないと!」

「…………」

「戦争を始めれば間違いなく嵐は前線に立つ!腕が飛ぼうが、足が飛ぼうが戦うだろうさ!血反吐を吐いて、それでも戦うだろうさ!あたしらを守るために!!!」

 

 直政の言葉は的を射ていた。

 今も現在進行形で折檻を食らっている嵐は威力偵察等と言っていたが、本気で相手を叩き潰すつもりでいたのだ。

 因みにそれがバレた直後にイイ笑顔の巫女にズドンとやられていたりする。

 さて、場面は戻るが未だに相対は未だに続いているのだ。

 

「それが貴様の理由か?」

「ああ、そうさ。あいつ一人に背負わせるならここであたしが止めてやるよ」

「そうか………………1つ、訂正を入れさせてもらおうか」

「なんさね」

「あの筋肉バカがそう易々と死ぬと思うのか?」

「…………死ぬときは人は簡単に死ぬもんさね」

「ふむ、一理ある……がやはり納得できんな。──────ハイディ!」

 

 シロジロは表示枠を呼び出し叫んだ。

 そこに映るのは呼ばれたハイディと橋に若干埋まった嵐の姿。

 

「アレをやる」

『いいのー?』

「構わん。今回ばかりは金に糸目はつけん」

『Jud.ランちゃーん、生きてるー?』

『ば…………ばんぼが……(な…………なんとか……)』

『とりあえず、起きてくれる?そしたらこれにサインしてね?』

『…………ッ!!オオオッ!!』

 

 全身に力を込めて起き上がる嵐。腕が先ずあがり掌が橋に若干めり込み上体が持ち上げられる。

 その状態の彼の前にハイディは1つの表示枠を提示した。

 今の嵐にそれら全てを確認する術などある筈もなく、震える右手を持ち上げて、表示枠へと叩き付けた。

 

『契約成立だねー。シロくーん、いつでも良いよー!』

「Jud.。値段はどうだ」

『勿論、ローリスクハイリターン!』

「完璧だな」

「いったい何を…………!?」

 

 直政が問う前にその答えは出てしまう。

 表示枠を消したシロジロの力が明らかに増していたのだ。彼を包むように渦巻く所々に朱の入り雑じる白銀のオーラ。

 オーラはその姿を徐々に徐々に変えていき、やがて1つの形をとる。

 

「竜……!」

「ほう、これが嵐の力の一端か」

 

 対面する直政は勿論、シロジロも少々驚いた様子を見せる。

 シロジロを包むように顕現している朧気ながらも力強さを感じる白銀の竜はどんどん肥大化していき、それは地摺朱雀と殆んど同格の大きさにまでなっていた。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

「デカイ…………!」

 

 誰かが呟く。相対している者達からも徐々に大きくなる半透明の巨大な白銀の竜は確認できていた。

 同時に感じる禍々しいオーラ。圧倒的な破壊の雰囲気。

 

「ハイディ……!これって」

「一時的な力の貸借だね。さっきの契約の内容は警護隊の人達のと似てるけど、これは力の一部を借りるって契約」

「つまりアレは嵐殿の力の一部と言うことで御座るか?」

「そうなるかなあ。私もシロ君もちょっと予想外だけどね」

 

 現在、シロジロが嵐より金銭契約で借り受けているのは凡そ全体の五十分の一以下だ。

 それだけで立ち上るオーラがこれほど大きいとは思ってもみなかった。

 ハイディはチラリと契約と同時に再び突っ伏してしまった嵐へと視線を送る。

 未だに呻きながら重さと格闘するその姿にアレほどの力が在るようには到底見えないのだ。

 しかし、契約の内容は絶対。神を通しているのだから、瑕疵は無い。

 

「浅間殿、嵐殿の力はどういうものに御座る?」

 

 この中でこの状況を理解できているであろう智へと点蔵が問う。周りの視線も彼女へと集まる。

 応えるように口を開く。

 

「嵐君が悪鬼纏身の保持者なのは知ってますよね?」

 

 問えば、知っている、といった返事が返ってきた。

 

「悪鬼纏身は字のとおり身に纏うことで効果を発揮するものです」

「鎧だもんね。纏わなきゃ意味がない」

「Jud.。そして悪鬼纏身は身を守るだけじゃなくて色んな効果を使用者に与えたくれるんです。その一つに力、つまりは身体能力向上の効果もあるんです」

 

 指を1つ立てて更に続ける。

 

「ハイディが言ったとおり力の一部を借りるってことは嵐君の力だけじゃなくて、その悪鬼纏身の力も一部流れるって事。多分、嵐君の身体能力と悪鬼纏身の身体能力向上が合わさってるからさっきまでの契約よりも強い筈ですよ」

 

 智の言葉が真実ならば、百五十人の警護隊よりも素の嵐が強いと言うことになってしまうのだが、生憎と誰も突っ込みは入れなかった。

 白銀の竜が動いたからだ。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

「ッ!出鱈目すぎやしないかい!?」

「文句は嵐の奴に言え、これはアイツの力の一部だからな」

 

 戦局は完全に逆転していた。膨脹していたオーラはシロジロが攻撃に移る直前に急激に収縮していき、半透明のオーラの鎧となっていたのだ。まあ、鎧と言っても彼の周りを覆い、時折朱が駆けるだけなのだが。

 だが、その効果は凄まじい。先程まで互角だった“力”に関して、完全にシロジロが押していたのだ。

 

「成る程、アイツが使いたがらない訳だな。一撃が重すぎる」

「くっ……!」

 

 レンチを片手で押し止め、空いた手を顎にやりシロジロは呟く。まさしく余裕だ。

 そしてニヤリと笑った。

 

「分かるか、直政。これは嵐の力の一部だが、それでこの力だ。私は借り物だが、本人が振るえば更に強いだろう」

「…………」

「貴様はアイツが死ぬことを危惧していたが、少なくとも武神相手で単騎でやり合おうともアイツは死なない」

「…………かも、ね………………はぁ……何だかアホらしくなってきたさね」

 

 地摺朱雀は既にベコベコに凹んだレンチを下ろした。

 間違いなくこのまま続けていれば地摺朱雀がジャンクへと変えられていたことだろう。

 

「機関部は何をすればいいんだい?」

「今まで通りだ。金を集めるにも、戦争するにも足がいる。機関部にはこれまでの通りに武蔵の運行に尽力してもらいたい」

 

 この会話により最初の相対は幕を下ろした。武蔵側の先ず一勝だ。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 一戦目の軍配は武蔵側へと挙がり、次の相対となる。

 騎士階級の代表であるネイト、対するは─────

 

「……皆様、何してますの?」

「ちょっとタイム!考えタイムだからチョーーーーーッと待ってくれ!」

 

 梅組の面々は仰向けに向き直り再び橋に埋まった嵐を囲むように頭付き合わせて円陣を組んでいた。

 

「どうする?ネイト、かなりノリノリ何だけど?下手したら直政よりやる気じゃね?」

「…………自分、一応毒持ってるで御座るし、使ってみるで御座るか?」

「それよりもミトは中~近距離系ですし、ここは私が遠距離からズドンと」

「拙僧が思うにシロジロが戻ってきてから銀弾を調達してだな…………」

「二人一組で良いならナイちゃんがガッちゃんと空から安全に…………」

「俺!俺でたい!いい加減に加重地獄は飽きた!」

「「却下」」

「何でや!」

 

 割りと真面目にネイトを倒すための算段をたてている件について。

 声が大きいため倒される算段を突きつけられる当人は黒い気持ちが胸を占拠していた。

 

「─────あの、早くしてくださいませんこと!?」

 

 ついでに、輪から外れている寂しさがほんのちょっぴり在ったりする。

 とにかく女騎士の要求に答えるべく皆は改めて額付き合わせて唸る。

 そのなかで、トーリがヨシと呟いた。

 

「いいこと考えた。点蔵────土下座してこい」

「も、目的の無い土下座はダメに御座るよ!?特にミトツダイラ殿はあまりギャグ通用しないで御座るから簡単に土下っちゃ駄目え────」

「やっぱ俺だろ!出せ!」

「「却下」」

「にべもねぇ!?何でだよ!」

「嵐君、正面からミトを殴れます?」

「………………」

「こっち見なさい」

 

 嵐、全力で目を逸らす。

 先程の直政戦ならまだしも生身のネイトを殴ることなど彼にできる筈もないのだ。

 分かっているからこそ、皆は彼の提案を却下する。

 

「ならば、拙僧が出よう。もしもホライゾンの救出が叶うならば戦えんのでな」

「あの、自分も従士ですので無理です」

「仕事持ちって大変なんだなぁ…………やっぱ、点蔵土下座だろ」

「戻ってきたで御座る!?さっきウッキー殿が逝くって言ったで御座るよ!」

「まて、点蔵。明らかに字がおかしいだろう。拙僧、行くとは言ったが逝くとは欠片も行ってないぞ」

「でも、拙僧半竜考えてみなさいよ。ミトツダイラの鎖でズドンやられて平気なの?」

「………………」

「こっち見なさいよ」

 

 知っているからこそ出来ないこともある。

 例えば、シロジロに金を借りる、嵐に物理的に喧嘩を売る、等々。前者は尻の毛まで抜かれ、後者は物理的に地獄に叩き落とされる。

 ネイトもその類いだ。梅組の中でも戦闘能力は高い方。

 正直に言って正面からかち合うなど出来ない。

 あーでもない、こーでもないと話があっちこっち、跳んで跳ねて、逸れて流れて、漸く結論がでる。

 

「よしっ」

 

 トーリの声がしてスクラムが割れた。

 ネイトも漸く、といった感じで向き直り─────そして絶句し立ち尽くしてしまう。

 相手。相対の相手は拙僧半竜でも、なければ、パシリ忍者でも、ズドン巫女でも、白黒頭でも、なく────

 

「………………えっ?」

 

 鈴だった。


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