境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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13話 ROBⅢ

「トーリ、君……嵐、君…………」

「おう、そうだよー。トーリ君&グルグルだよー」

「どうしたよ、鈴。かわいい顔が台無しだぜ?」

 

 いつもの通り笑うトーリを尻目に膝をついた嵐は鈴の頬を親指で優しく拭う。

 幼い頃より鈴が泣くとこうして嵐は彼女の涙を拭い優しく頭を撫でていた。

 いつもは腰を折る程度だが今回は膝立ち。何となく鈴の成長を感じられる高さだった。

 

「うんうん、やっぱり笑ってる方が良いな」

「──私、も、一人で、大丈夫、だから────」

 

 頭を撫でるために伸ばされた嵐の手を、しかし鈴は逆に掴んだ。

 一瞬、彼が固まる。

 次の瞬間────抱き締められた。

 

「す、鈴!?」

 

 流石に焦る嵐。顔が胸に埋まるのだから当たり前である。

 だが、動揺はすぐに収まっていた。抱き締め返すように鈴の背に腕を回す。

 

「わた、し、大きく、なった、よ?だから、一人でも、平気、だから………!ホライゾン、を助けて……あげて」

「Jud.」

 

 嵐の返事を聞き、鈴は惜しみながらも彼から離れ─────

 

「待った」

 

 出来なかった。

 嵐は小さな鈴を抱き締めて、抱き寄せる。

 

「一人はダメだぜ、鈴。“一緒”に行くんだ」

「え…………」

 

 抱き締めていた鈴から離れ、嵐は顔を付き合わせる。

 

「その、何だ……昨日は悪かった。怒り任せに動きすぎた。結局、しくじったしな」

 

 あの場で怒りに飲まれていなければ、もう少しマシな結果になっていたかもしれないのだ。

 だが、それは既に過去のこと。今は前に進まねばならない。

 それも一人ではなく

 

「だから、な……その、なんだ」

「…………」

 

 歯切れ悪く、言い淀む嵐。周りの目も彼に集まっている。

 因みに突撃しようとしたバカはその前に取り抑えられ、す巻きにされ猿轡を噛まされていた。

 

「ちょっと自分、ブラック珈琲が欲しいで御座るよ」

「奇遇だな点蔵、拙僧もだ」

「…………良いわね」

「ねえシロ君。恋愛映画でも作る?主演はあの二人で良いんじゃないかな?」

「ふむ……利益は出そうだな」

「いや、一応良い場面なんだから少しは自重しなよ君ら」

 

 一同ニヤニヤとした嫌な表情だ。

 彼ら、人の不幸もメシウマだが人の恥ずかしい姿もメシウマなのだ。

 それも基本的に隙の無い嵐の狼狽える姿などメシウマキタコレと歓喜なのだ。

 そのまま脇道にそれる。そう思われたその時、両の手が打ち合わされてオリオトライが皆の視線を教卓へと戻した。

 

「はいはい、嵐?何だかいい話な感じだけど、君授業放棄は厳罰よ?」

 

 ヒラヒラと原稿用紙を揺らして蟀谷に浮かぶはデフォルメされた怒りマーク。

 危機察知能力はピカ一な梅組一同。ちゃっちゃと席についている。

 

「さて、今日の授業内容は言えるかしら?」

「あん?私のしてほしいこと、だろ?」

「分かってるなら書きなさいよ!」

「え?いや、だって、俺は“してほしい”よりは“する”側だし」

「因みに内容は?」

「『俺の手が届く奴を助ける』それと『俺の大切なものを守る』この二つだな」

 

 グッと拳を握って宣言する嵐。彼は本気で言っているのだ。

 そして続ける

 

「その為の10年だったんだ。もう、負けねぇから」

 

 それは誓い。

 10年前伸ばして届かなかった手。昨晩伸ばして取られなかった手。

 今度こそは届かせる、取らせる。

 万感の思い全てを込めた宣言だった。

 オリオトライは数瞬ポカンと呆け、そして吹き出した。そのままケラケラと笑う。

 

「ホント、嵐らしいわ。じゃあ貴方は答えが出たのね?」

「おう。何度そっぽ向かれても手を伸ばす。まあ、意地だわな」

「気づいてる?貴方の発言、何だか告白みたいよ?」

「は?何がだ?」

 

 どうやら素で言っていたらしい。

 因みに先程の発言の後ろに(意味深)と書けば愛の言葉に早変わりである。

 

「おいおい、グルグルー!お前人の女に手ぇ出すのかよぉー!」

「あん?出さねぇよ。つーか、テメェは行く気あんのか?簀巻きにされてんじゃねぇか」

「そうだよ!聞いてくれよグルグル!あいつ等問答無用で俺を縛りやがったんだ!ご丁寧にボールギャグまで着けやがって!」

 

 背中に五月蠅いみのむしを装備した嵐は後ろを振り返る。数人がその視線を断つように目をそらした。

 ため息をついて、彼は友人の縄を解く事もなく前へと向き直った。

 

「で、まあ、どうすっかね」

「何が?」

「バカ、ホライゾン助けに行くんだろうが」

「…………おお!そうだな!」

 

 直後、鈍い音が響き、ついでに教室の壁が一部崩壊した。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「おう、こら、大バカ。この状況、端的に言ってみい」

 

 いつもの優男な面にデフォルメされた怒りマークを浮かべた嵐は先程折檻したトーリを教卓へと座らせて凄んでいた。

 

「えっと、大体、手詰まりなのは解ってるんだ!」

「どう手詰まりなんだ?説明してみい」

 

 問われ、トーリは右の人差し指を立て、口を開き、

 

「─────」

「おい、こら、こっち見ろや」

「あ、あははは…………グ、グルグル顔怖いぞ?」

「頭のテメェが分かってねぇと動けねぇだろうが!!」

 

 面と向かって顔を付き合わせた状態からのヘッドバット。

 ゴツッと鈍い音が響いて額から煙を上げてトーリは伸びてしまう。

 

「もういっぺん聞くぞ?どこまで分かってる?」

「い、いや、だからさ────」

 

 未だにクラクラとしているトーリがしどろもどろに答えれば嵐の蟀谷に青筋が浮かぶ。彼の背中しか見えないクラス一同はその背から立ち上る黒いオーラに寒気が止まらないでいた。

 

「おぅふ、ゾクゾクしてきたな」

「おう、そうか。タコ殴りにすんぞ大バカ」

「くそう!ちょっと待てよ!筋肉達磨!手詰まりってことは分かってんだから部分点ぐらい貰えるだろ!」

 

 必死の抵抗としてトーリが皆に問えば全員が顔を見合わせ、嵐をちらっと見てまばらな拍手が出た。ついでにヒソヒソと話し出す。

 

「馬鹿なのに、手詰まりということは理解してるぞ」

「実はこの問題、…………チョロいんじゃねえ?」

「オッパイ会話じゃないトーリ君の話は新鮮ですよね…………」

「あれじゃね?嵐の頭突きで変なスイッチ入ったとか」

「それだ!」

「それだ、じゃねぇよバカ共。だったら一人一発かましてやろうか?」

 

 ギロリと振り向く嵐。優男の癖にこういう仕草は恐ろしい。

 そこに待ったをかけるは我らが総長だ。

 

「まあ、落ち着けよグルグル。ぶっちゃけ手詰まりってのは分かるんだけどよ。ここからどうすれば良いのかさっぱり分からねぇんだ」

「…………まあ、な。最悪、俺一人特攻かましてそのままフケるってのも案には…………」

「ならねぇから!」

 

 本当にやりかねない嵐の提案は満場一致否決された。

 仮にホライゾンを救えたとしてもその後が単に戦争するよりもヤバすぎる。下手すれば世界VS嵐という馬鹿げた事になりかねない。

 そんなことは誰も望まないのだ。

 

「んじゃ、案出せよな。下らねぇ事でグチグチ言い続けるなんて俺等らしくねぇだろ」

 

 嵐は不敵に笑ってみせた。

 そもそも、とれる手段など総長がバカの時点で決まっているようなものなのだ。

 

「ふん、筋肉バカ。ならば問おうか。私たちに今足りないものは何だ?」

「あん?そりゃあれだろ。……………権力?」

「あながち間違いではない。ならばそれを取り戻すにはどうする」

「偉いやつをぶん殴って脅す」

「ヤクザかよ!?」

 

 全員の突っ込み、脳筋は首をかしげる。強ち間違いとも言えないこともないのだ。

 権力とは確かに多くの人々を屈服させるが、例えば即物的な暴力には弱いのだ。つまりは権力に屈しない暴力的な相手には滅法弱い。

 そして五十嵐・嵐という男はこの武蔵でも屈指の武力保持者にして上層部にたいして媚び諂わないまさしく前述の事を体現した男だった。

 

「ダメか?王様程度なら秒で捻れると思うんだが?」

「却下だ筋肉バカ。ハァ……正直期待はしないがトーリ、お前にも聞いておくか」

「何だよシロ!言っとくけどグルグルと一緒にすんなよな!」

「いや、お前が嵐よりもマシな意見を出せるとは私も思ってない」

「あ!ナメんなよ!あれだ!臨時生徒会を開けば良いんだけど、セージュンしか権力無いから開けないんだろ!」

 

 話聞いてから余裕だぜ!と得意気なトーリ。周りも驚きを禁じ得ない。

 バカが理解している、と。

 

「やっぱり脅した方が早いだろ。待ってろ、10分せんうちに帰ってくるから」

「落ち着きなさい、嵐。貴方達にもやれることが有るんだから。その案は最終の後がない時に使いなさいよ」

「んじゃ、案をくれよ先生。ほら、亀の甲より年のこべっ!?」

 

 言いきる前にフルスイングを叩き込まれ嵐は壁突き破って隣の教室へと消えていった。

 二度目の壁破壊、隣の部屋からは三要先生の悲鳴が聞こえた。

 

「ほらー、シロジロー?答えを言いなさい、じゃないと貴方も前衛アートよー?」

 

 オリオトライ、(怒)である。

 まあ、基本的に殴られるのはバカやったトーリかアッサリと地雷を踏み抜く嵐位のものなのだが。前者はボケ術式が、後者は単純な肉体強度のお陰で大ケガを負うこともない。

 

「おー、イテテ…………先生少しは加減しろよな。三要先生驚いてたぞ」

「ちょっと黙ってなさい、嵐。さて、シロジロ。その案をこの馬鹿二人にも分かるように説明したげなさい」

「釈然としないが……金にもならん。だが、Jud.。私とて殴られるのは勘弁願うのでな」

 

 ビシリと馬鹿二人へと指を突きつけシロジロは朗々と語るべく口を開いた。

 

「簡単な話だ。本多・正純副会長の不信任決議を起こせば良い。それならば此方に権力が無くとも臨時生徒会の場へと引きずり出すことが出来る」

「てーと、何だ?…………えっと、相対だったか?」

「そうなるな。やれやれ授業料でも取るべきか?」

「おいおーい、ちょっと空気が堅すぎね?」

「今は真面目な時だろうが。少しは大人しくしやがれ大バカ」

「何だよ何だよ!グルグル!お前だってどっちかってぇと馬鹿の方だろ!」

「お前に言われたくねぇよ!あんまり口が減らねぇなら簀巻きにして吊るすぞ!」

「やってみろー!!!」

 

 そこで何故だかトーリは服を脱ぎ出した。それも1枚1枚ではなく脱皮のごとく一気にだ。

 

「見ろ!グルグル!この肉体美!」

「粗末なモン見せてんじゃねぇえええーーー!!!」

 

 三度目の壁破壊と相成った。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 世界を敵にまわしても

 通したい、意地があったから

 配点(闘争)


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