境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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11話 ROB

 三河が文字通り終わり、それでも日は昇る。

 それはアリアダスト教導院も変わらず、だ。

 

「まだ8時よりかなり前ですし、誰ま来てないですよね」

 

 そんなことを呟きながら朝日に輝く黒髪を揺らして智は廊下を歩んでいる。

 昨日、というか昨晩のゴタゴタを神社の夜番として捌いてきた後に圧縮睡眠の術式を用いて彼女は登校してきていた。

 現在、武蔵の立ち位置は非常に不安定なものになっている。それもこれも三河の盟主にして武蔵の実質的な持ち主だった松平・元信公が文字通り吹っ飛んでしまった故にだ。

 何より

 

「大きな動きなんて、とりようもありませんしね」

 

 武蔵は一切の武装を積んでいない。それは聖連に対する服従の現れ、そして歯向かう意思を持たせないための措置だ。風防の重力制御術式を用いた対砲弾防御壁がギリギリ軍事転用できるくらいか。

 いや、もう1つ在るのだが、それは実質採れるような選択肢ではない。

 悶々とこれからの事を考えながらいつの間にやらその足は教室の前まで進んできていた。扉の前に立ち、1つ小さく息をつく。

 取り出すのは手鏡だ。寝癖の有無やその他にもおかしいところがないか確めていく。

 恐らく自分が一番早い、筈なのだ。それに情報に関しても自分が多く持っている。質問責めに合うかもしれない。

 だが、それはそれで構わないと智は思っていた。

 知りたいことを知ろうとすること。それはとても大切なことなのだから。

 手鏡を直して1つ頷き、扉へと手を掛け開く。

 そして見てしまった。

 

「トーリ君!?嵐君も!?」

 

 斜めの浅い日差しが入る窓際一番後ろの机に突っ伏して臥せっているトーリ、と彼から少し離れた席で椅子を後ろへと傾けて足を机の上に組んで乗せいつも首から下げるゴーグルを目元に当て天井を見上げる嵐の姿がそこにはあった。

 トーリはピクリとも動かず、嵐はギシギシと椅子のきしむ音をたてて前後に揺れるのみ。

 

「番屋で説教食らってたんだ。僕やみんなは早かったんだけど二人は残されててさ」

 

 ネシンバラの声、振り向けば数人がこの教室に集まっていた。

 彼は眠たげだが力の宿る瞳を智へと向けて表示枠を幾つか空中へと投影させて見せる。そして口を開く

 

「ようこそ、権限類いを殆んどの根刮ぎ持ってかれた生徒会兼総長連合の集まりに。他のみんなもそろそろ来るはずだよ」

 

 一拍の間。

 

「さて、酒井学長は下の番屋で足止め中。とりあえず戻ってくる前に僕らの指針を定めておこうか」

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 疑問があっても

 まとめられるか

 まとめられるのか

 配点(協調性)

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 窓から射し込む浅い日差しを受ける教室には多数の生徒達、というよりも殆んどの席が埋まっていた。

 常ならば騒がしい彼等も今は静かなものだ。

 そんな中で立ち上がるは会計補佐のハイディ・オーゲザヴァラー。彼女は教室の真ん中で表示枠を幾つも開いて周りに笑顔を向ける。

 

「欠席はミトにミリアム、マサとそれからセージュンに東君よね」

 

 ついでにチラリと突っ伏するトーリ、それと椅子を軋ませてそれ以外に動かない嵐へと目を向ける。

 智がそこでハナミを呼び出して表示枠に文字を打ち込む。

 

『昨夜ので番屋に引き取られて、今日は朝一番から教室に来てたみたいです』

 

 それに対して昨夜二人を追ったネシンバラ、ウルキアガ、ノリキが首肯く。

 

『僕らは比較的アッサリと釈放されたんだけど─────ほら、二人共ある意味ブラックリストに載ってるし』

 

 その文に一同思うところがあったのか各々、走狗や自身で表示枠を呼び出して文字を打ち込んでいった。

 

『確かに、街灯やら何やらに意味もなく登ってござるよな』

『嵐は一回暴れると壊しすぎるのよ』

『たまに住宅街のタイトな隙間に挟まってるよね』

『力試しとか言って賭け事もしてましたね。自分に全賭けして人間花火打ち上げて』

『そう言えば聖連の武神にも前に手ぇ出してたような…………』

 

 それからも出るわ出るわ彼ら二人の汚点?だと思われる部分。

 もうあっちこっちから表示枠が浮かび何度も更新されていた。内容も色々と酷い。

 

『あの…………一人ぐらいフォローしないの?』

『無理』

 

 ハイディが問えば一斉に表示枠にその文字が打ち込まれる。

 まあ、聞いた当人も予想済みの事だ。

 

『ま、とりあえずトーリ君とランちゃんは動けないっぽいから、先に進めるよぉ。おいで、エリマキ』

 

 ハイディが手を伸ばし、シロジロの元から白狐が飛び彼女の上に陣取ると表示枠を出現させた。

 

「とりあえず、今の現状だけど────ぶっちゃけ、武蔵とホライゾンの大ピンチってことかな」

 

 ハイディが言えばお世辞にもオツムの出来がよくない一部面々は首を傾げる。

 

「私も含めて、会計のシロ君に書記のネシンバラ、総長兼生徒会長のトーリ君は権限をヨシナオ王に取られちゃって何も言えない状態なの。副会長のセージュンは取られてないんだけど、暫定議会はセージュンを丸め込んで聖連に媚売るって感じかな」

 

 明らかに暫定議会に対して辛辣な物言いだが、まあ、最初から逃げに徹する相手に良い印象を持つのは難しい。

 ハイディは首をかしげて辺りを見渡す。

 

「じゃあ、ここから本題ね?皆の方向性の確認ね」

 

 いつもの表情に戻りハイディは問う。

 

「まあ、色々と障害はあるけどとりあえず────ホライゾンを救出したり、武蔵の移譲を止めた方が良いと思う人ーーー?」

 

 見回し、見渡し、一人として手を挙げない。そもそも

 

「判断材料がない。まずはその点をハッキリしてくれ」

 

 代表としてノリキが言えば他の皆も頷いた。

 そのなかでファッション雑誌の切りぬきをしていた喜美が顔を上げ口を開く。

 

「アレよね?えっと……ことなかれ主義って奴?暫定議会も王様も聖連に睨まれたくないから穏便に済ませたいんでしょ?」

 

 一息。

 

「それから武蔵の住人の殆どはホライゾンの処刑を受け入れて武蔵の移譲を勘弁してもらおうとするんじゃないかしら?実際、殆んどの人は巻き込まれたって認識でしょ?」

 

 意外や意外、喜美が割りと色々理解していることに戦慄を隠せない梅組一同。

 そんな空気を知ってか知らずか喜美は胸を張ってふんぞり返る。

 ハイディはそれを見ながら口を開く。

 

「Jud.。それじゃあホライゾンが自害するとどんな不利益があるか分かる?」

「そんなことこの賢姉様に分かるわけないでしょ!────アレよお空に昇るのよ!若しくは夕日の向こうに行っちゃうの!」

「無理に答えるなよ!?」

 

 突っ込みが入るが、少なくともこのクラスで事態を完璧に理解してるものなど片手で間に合うレベルだ。

 

「えっとね、元々武蔵が松平・元信公の所有物なのは皆知ってるよね?それで彼は吹っ飛んじゃったけど、その権限は肉親でもあるホライゾンに移譲されてるの。それで彼女が自害すると、武蔵の所有権は聖連に移譲されるんだよ」

 

 分かる?と首を傾げる。

 

「つまり極東が聖連に支配されちゃうって事だね」

 

 これには流石に全員が眉を潜めた。

 少なくとも今、この教室に居る面々は武蔵が故郷だ。それは納得いかないものなのだろう。

 

「さぁて、皆これは乗るか逸るかじゃないよ?降りるか、降りないか、の話なの」

「武蔵の住人だから、だね」

「Jud.。そういうこと」

 

 皆の目はそこで色が変わる。

 やるべきはただ1つなのだから。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 暗い部屋のなか、一人身を起こした正純は眠たげな目を擦り辺りを見渡した。

 いつもの部屋だ。

 言ってはなんだがよく眠れなかった。意識は未だに半分惚けており時折、フラりと揺れている。

 

「アイツのあんな顔、始めて見たな…………」

 

 思い出すのは昨夜のこと。

 たった数時間の内に色んな事が起こっていた。

 チラリと傍らに置かれたテーブル、そしてその上に重ねられた資料と一枚のメモ。そこに書かれているのは

 

「助け、か…………」

 

 ホライゾンを助ける方法だった。

 相手である聖連からの主張、そしてこちら側の反撃、等々。政治家志望であるため言葉による戦争に打ち勝つために必要なことを考え続けていた。

 そしてそれが余りにも無茶で無謀なこと、ということを思いしる。

 

「無理だろうな」

 

 他国に対して正当性を叫ぶ方法が何一つ見つからなかった。

 そもそも、ここ武蔵は三頭政治でありヨシナオ王、暫定議会、そして教導院となっている。まあ、王と議会が大分近いのだが。

 そして現在、教導院は権力を没収されており唯一持つのは副会長である自分のみだ。

 議会と王の目論見としては対外に対する迅速な対応と未熟な意見に左右されない、という、つまりは教導院に対する一種のクーデターを起こした形となる。

 大人は利潤で動き、子供は感情で動く。

 今の現状において最善なのは“武蔵”という戦力で立ち向かうのではなく、支配であれ何であれ聖連の傘下に収まることだ。そうすれば少なくとも最悪には至らない、筈である。

 そしてその選択は感情を主とする者達には早々受け入れられない。この選択肢はホライゾンの自害があって始めて成立するからだ。

 そこまで思い至り同時に自嘲する。

 昨夜、あの瞬間。P-01sを、ホライゾンを、あちら側に引き渡すのを手助けした形になったのは自分ではないか、と。

 あの瞬間、トーリの意識を刈り取り、嵐に対する牽制として人質となり、最後には─────

 

「私は……何を成したいんだろうか」

 

 答えるものは居ない。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 場面換わって教導院の梅組教室。

 真面目に議論をしていた筈なのだがいつの間にやら斜め上に話の方向がシフトしていっていた。

 

「ヤバくないか?昔有ったじゃん。ミトツダイラ・ネイトだったからミトネイトに成って」

「最後はミトナットーだろ?」

「トーリ君ボコボコにされてましたよね」

「しかもあの時より今は数段強いし」

「まあ、いざとなったら嵐に突っ込んでもらえば良いじゃない。説教狼も筋肉おバカには弱いもの」

「あれ?でもその時って五十嵐君も混じって葵君をボコボコにしてなかったっけ?」

「あ…………」

 

 議題が今、この場に居ないものに移っていき、直政やネイト、正純やミリアム、東の話だったのだがいつの間にかネイトがいかに化け物じみているかの話になっていた。

 実際、人狼ハーフであり彼女の実力は高い。

 そんな彼女が敵方に付くのは教導院サイドとしては避けたいことなのだが、何故だかそこから彼女の昔のあだ名が再燃していた。

 

「アレで御座ったな。確か嵐殿は『ネイト泣かしたバカは何処だー!』と言っておったで御座る」

「そしてバレたトーリが捕まり」

「イイ笑顔で死刑執行☆って言ってましたね」

 

 因みに補足するとその時のトーリは濡れ衣とまではいかないがそれでもスケープゴートにされたことには代わりなかった。

 

「アレは虐殺と言っても過言ではなかったで御座るな」

「むしろ生身だったら死んでただろうな」

「小生、アレほど寒気がしたのはありませんな」

「アイツは金の威光が効かんからな。止めるには物理的に縛るしかない」

「ら、嵐を縛る…………ゴクリ」

「ガっちゃんヨダレ出てるよー?」

 

 真面目な話は何処へやら。いつも通りの3年梅組だ。

 

「ハイハイハイハイ!話が逸れてるよー?何で皆友達の話なのに悪い思い出ばっかり言っちゃうのかなぁ?」

「仕方ないですよ。基本的に後ろめたいことばっかなのがうちですからね」

「あぁら、アサマチ。この賢姉に後ろめたいことなんてないわよ!」

「…………この前、たい……むぐ」

「な、なななな何言ってるのかしら!?」

「むー!むー!」

「喜美、それぐらいで止めときなよー?っと、またズレちゃった」

 

 やれやれとため息をつき、ハイディはシロジロへと目を向けた。

 そこから語られるのは商人として見る武蔵の現状とこの状況の不味さ。そして意外にもシロジロが乗り気であるということだ。

 問題点を挙げるならば

 

「先ずはその生徒会長兼総長と副長代理の二人をどうにかしろ。とにもかくにもそうせねば始まらん」

 

 シロジロの言葉に一同の視線が突き刺さる。

 未だに臥せっているトーリと手動揺れ椅子状態の嵐はどちらも動きを見せてはいなかった。

 皆が思う。いつでも先陣を切る二人はよくも悪くもこのクラスの指標なのだ。

 航路を示す船頭と道を切り開く得物。

 その二つが今、この時全く機能していなかった。

 無言でそれぞれがどうにか出来ないかとアイコンタクトを送りあう。

 そこに光明。突然教室の扉が開いたのだ。入ってきたのは

 

「オリオトライ先生?」

「ハイハイ、皆大好き先生ですよー」

 

 やって来たオリオトライはいつもの服装で教壇を登り、教卓に紙束を置いた。

 

「ま、色々考えてたみたいね。それでも授業を潰す気はないわよ」

 

 置かれた紙束をトントンと指で叩く音が響く。

 

「これから、原稿用紙を配ります。制限時間は一時間半。題は────」

 

 教室を見渡し不敵に笑む。

 

「“私がしてほしいこと”よ」


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