境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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10話 Beginning of the end 下

 夜の教導院。本日はこの校舎は戦場と化していた。

 そんな震動の現況を中庭から見ることができる。既に辺りの住人には勘づかれており教導院の外周には観客の姿もチラホラあった。

 その中でも一番酷いのが宿直室の周辺だ。本日の宿直がオリオトライなのだからお察しである。

 いまはどうやら学生組とトーリが頼んだ傭兵組とで半ば戦争のようになっているらしく時偶一階の非常口等から形容しがたいナニか、例えば全身タイツであったり変なキグルミであったり多種多様なモノ達が逃げ出していた。

 

「さすが戦闘系、派手にやっておりますなぁ」

「さっき自分が宿直室覗いたとき先生酒瓶抱えてゲーゲー寝てたのですよ」

「それって実質止められるのが嵐だけって事じゃないかね?」

 

 アイツの白髪増えるんじゃね?と誰もが思い、同時に校舎の一角から目映い光と爆発音が巻き起こる。

 

「校舎、壊れませんよね?」

 

 代表したアデーレの言葉。それに対して誰も言葉を返さない、返せない。

 世の中フラグというものがあり、口は災いの元だ。言霊というのもある。

 つまりは不用意な、そして安易な発言でフラグが建てば校舎全壊も有り得る、ということだ。

 しかし、今夜の一件は爆音が上がった時点でどうやらフラグが建っていたらしい。

 

「一体全体、なんの騒ぎだこれはーー!!!麻呂の街で狼藉働くとは、実にけしからん!!」

 

 トランプのキング、武蔵王ヨシナオの降臨であった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 三年梅組所属の生徒達は揃いも揃って外道認定をくらうようなアクの強い面々が在籍している。

 そんな中で向井・鈴という少女は特異であり、同時に一同に揃って大事にされていた。それは一重に彼女の純粋さ、無垢さが彼らにとって得難いものに他ならないからだ。

 さて、彼女は再三言っているが盲目である。更に少々怖がりな1面もあった。

 そして今は今回の幽霊祓いで張り切りすぎてオーバーヒートした智の看病、ついでに鈴自身も少々焦っていたのだ。

 そこにヨシナオの怒号が響けばどうなるか。

 

「ひ、あ、あっ……!」

「む?何だね?君が説明するならば早くしたまえ!さあ!」

「うわあーーーーん!!」

 

 A.大号泣である。それも教導院の校舎隅々まで響くほどの大きな声。

 その泣き声に呼応するように校舎からは梅組の残りの面々が顔を出していた。そして二人ほどかなり過剰な反応を示していた。

 窓の1つが割れて凄まじい速度で黒い弾丸が一同の元、取り分け泣く鈴の元へと飛んでくる。

 弾丸は地面に当たると暫く滑り、そして鈴のすぐ側で優しくその胸元に抱き寄せ、反対の手に持った剣の切っ先をヨシナオへと向けていた。

 

「あり?王さまじゃねぇかよ何やってんだ?」

 

 黒い弾丸の正体は嵐だった。鈴に対して過保護ともとれるほどに彼は甘く優しい。それ故泣き声なんぞ聞いた暁にはそれまでしていたことを放り出してでも彼女の元に駆けつけるのだ。

 

「おーよしよし、大丈夫だぜ鈴。直ぐに王様の息の根止めてやるからなぁ」

「ら、嵐くん……ぼ、暴力はだ、ダメ、だよ?」

「いやいや、これは暴力じゃないさ。単に……そうだな……単に自分のしでかした事に対する報いを受けさせるのさ」

「あー、Mr.五十嵐。本気であるか?麻呂、この街の王なのだが?」

「オイオイオイオイ、王様よぉ。お前さんよりも鈴の方が俺にとって優先度が高いって事さ」

 

 ────他の奴等にとっても、な?

 そう続け、嵐は背後を親指で指し示す。

 

「非常事態発生ッ!!非常事態発声ッ!!グルグルさっさとベルさん助けろゴラァーーーーッ!!」

「分かっとるわ、バカ!っと、ゴメンな鈴、うるさくしちまってよ」

「う、ううん……だ、大丈夫」

「そうか………さって、王様。アンタには選択肢を…………?」

 

 瞬間、空気がチリッと張り詰めた。

 鼻を鳴らし辺りを見渡す嵐と同じく涙の跡が残っているがそれでも何かを探して辺りを見回す鈴。

 そして────ある一点で止まった。

 

「聞こえる………………」

「コイツは…………臭う……」

 

 二人の見る先、そこにあるのは───────極大の火柱だった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 燃える燃える燃え盛る。

 末世は目の前まで迫ってる。

 ならば考えろ、人とは考える生き物なのだから。

 考える、考えろ、考える、考えろ。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「あれって……爆発じゃないのかね?」

 

 仕事柄、その方面に詳しい直政が少し詰まりながらも声を発する。

 爆発、というか言い表せば火の山。

 皆の疑問に答えるようにネシンバラが口を開いた。

 

「彼処は確か…………三河を監視する聖連の番屋、それも一番高いところじゃなかったかな。三征西班牙の生徒が確か詰めてた筈だけど…………下の番屋は気づいてないのかな」

 

 段々と周りからはどよめきが伝播していき憶測が飛び交う。

 その中で一人、眉間にシワを寄せその一点を睨む嵐は剣を握り直していた。

 

「嵐、くん?」

「…………悪い、鈴。喜美ー!ちょいと鈴を預かってくれ!」

「嵐?急にどうしたのよ」

「臭いがする…………あの時と同じ臭いだ」

「臭いって…………アンタ本当に人間やめてるわね…………」

「かもな…………」

 

 言われたとおりに鈴を迎えに来た喜美が軽口を叩くが嵐の返事は重い。

 それどころか表情、雰囲気。全てを引っ括めて引き締まりトゲトゲとしたモノへと変わっていく。

 

「おーい、どうしたんだよグルグルー。顔、スッゲェ怖いことに成ってるぜ?」

「顔が怖いのは昔っからだ」

「いや、嵐殿の顔は明らかな優男で御座るな」

「むしろ、見た目で大分詐欺ってるとも言える。それで落とされた姉キャラが何人いたことか」

「少なくとも初見で奴の本質は見抜けんだろうな口を開けばそうもいかんだろうが」

「ランちゃんは見た目は優しそうだよねぇ」

「口は……ま、開かなければいいわよね」

「顔も悪くないわよねぇ。ただ、たまぁに黙ってれば良いのに、何て思うだけよぉ。ええ、だから嵐のおバカは暫く黙ってなさいねぇ」

「人がシリアス演じてんだから少しは汲み取れやァ!!!そして揃いも揃って顔の事悪く言い過ぎだろ!?俺にだって人並みに傷付く場所が………………あ?」

 

 唐突に途切れる嵐の言葉に一同、首をかしげる。

 彼の反論は最後まで大体言い切るのだ。それが妙な場所で途切れ目を見開いている。

 そして同じく、鈴も嵐と同じ場所を見ながら震え、指を指す。

 

「あ、あれ……その」

「流石に俺も予想外だ、マジか?」

 

 歯切れの悪い二人の視線の先を見ればそこに居たのは一人の少年。

 

「えっと、余が何か…………?」

 

 東が問うが全員唖然としており誰も答えてはくれない。

 ならば、と自分のおかしな部分を探すことにする。

 服、制服のまま。その他、髪型や諸々確かめるもおかしなところは何も

 

「ん?」

 

 そこで気付く。皆の視線は自分の少し後ろを見ていることに。

 振り返り、絶句した。

 東の制服の裾を掴む小さな手。

 それは小さな少女だった。

 それは白く長い髪を乱した小さな少女だった。

 それは一メートルにも満たない小さな少女だった。

 それは────地に足をつきながらも半透明の少女だった。

 

「パパ、居ないの…………」

 

 蚊の鳴くようなか細い声。そして俯く。

 

「ママ、見つからないの…………」

 

 普通ならば迷子か、と心配するところだ。しかし、それ以上に少女には突っ込みどころがあった。

 

「で、出たあーーーー!!!」

 

 それは絶叫となって辺りに響き渡るのだった。

 

 

 ■◇◇◇◇■◇◇◇◇■

 

 

 色々とカオスとなっている教導院。だが、三河の花火を一目見ようと武蔵右舷の二番艦、多摩艦首側も負けず劣らずの状況ではあった。

 

「流石、三河の花火だよなぁ」

「確かにな。見た感じ火の山ってのが印象だけどよ」

(そんなわけないだろう!?あれが花火だなんて皆本当に思ってるのか!?)

 

 あちこちで緊張感無く駄弁る観客達に一人正純は焦っていた。

 あんな火山擬きが花火など堪ったものではない。

 

「正純様、これが花火なのですね。どこが花なのか私には分かりませんがとても綺麗です」

『はなび きれい』

 

 だが、口には出せない。それは一重に隣で目を輝かせて(しかし無表情)花火?を見つめるP-01sと黒藻の獣を思っての事だった。

 とはいえ悪い予感は膨らむばかり。

 こんな状況で必要なのは情報。戦時下でもそうだが全てが混乱している時こそ新鮮な情報が必要となるのだ。

 

「私は少し調べ物をしてくる。P-01sはどうする?」

「花火は見られないのですか?」

『まさずみ はなび みない?』

「少し気になるんでな。とりあえず青雷亭に神肖筐体があったはずだし、そこで色々と調べようと思う」

「Jud.お供します」

『おさき』

 

 P-01sの答えに併せるように黒藻の獣は近くの側溝へと潜っていった。

 それを見送り二人は青雷亭に足を向け、それは起こった。

 

「あれも、花火ですか?」

 

 先程と同じくして巻き上がる火の山。崩壊の時は近い。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 それは正に突然の事だった。

 この神州の大地のあらゆる場所で共通通神体により1つの放送が流されたのだ。

 

『全国の皆!こんばんわーーーーーー!!!』

 

 そこに映るのは学帽を被り、白衣を着た壮年の男。松平家当主、元信公だった。

 

『さてさてぇ!先生が今どこに居るか気になるよねぇ?気になるよね!』

 

 小指をピンと立てマイクを握った彼は背後を紹介するように手を突き出した。

 

『ここはねぇ!いい感じにグッツグツに暴走してる地脈炉のある三河に来ていまーーーす!!』

 

 恐らくこの放送を観ているもの達ほぼ全てがこう思っただろう。

 ────何やってんだ!?と。

 それは武蔵の教導院でも同じくだ。

 

『いやぁー!良いねぇ!いい“危機”だよ!』

 

 そんな突っ込みなど知らぬと元信公は上機嫌に言葉を紡ぎ続ける。狂っているとしか取れない。

 

『そしてそしてぇ!この日のために先生は皆のために出し物を用意したんだよ!』

 

 手を二度打ち合わせれば現れるのは何人もの自動人形の侍女達。彼女達の手には各々が笙に篳、篥に横笛、琵琶、太鼓、等々様々な楽器を持っておりそれが加圧器と共に構えられていた。

 そして、始まるのは皆に馴染みのあるあの歌。

 

『────通りませ────』

 

 通し道歌。

 それがあまりにも不気味だ。

 この歌には歌詞に対する考察が個人により異なる。だが、何れも良い印象とは言えない。

 歌は終わり、静寂となる。そして1つだけ響く拍手。

 

『皆も聞いたことあるよね?この歌は末世を掛けた全ての問題に関係があるんだよ?』

「……ッ!元信公!貴方は何を考えているのですか!」

 

 狂人に問いかけるは大罪武装“悲観の怠惰”を携えた金髪の青年だ。

 

「何故地脈暴走と三河消滅等ということをされるのですか!極東の未来を潰すつもりですか貴方は!」

『おやおや、西国最強の立花・宗茂君。それは愚問と言うものじゃないかね?それと質問の時は手を挙げなさい、先生答えるときは答えるから』

 

 その返答として宗茂は“悲観の怠惰”を大上段で構えることとした。

 対して元信公もやれやれ、と画面に掌を差し向け、空いた手で眉間を摘まむ。

 

『では、宗茂君。それを降り下ろす前に先生の質問に答えてくれるかい?』

 

 そこで一拍空き、彼は至極楽しそうな表情で

 

『危機って面白いよね?』

 

 爆弾をぶちこんだ。

 絶句する人々を無視して彼の口は止まることを知らないかのようにペラペラと回る。

 

『先生よく言うよね?考えることは面白いって。じゃあ、やっぱり、どうあっても、────危機って面白いよね?考えないと死んじゃうんだもん!』

 

 狂人の独白は続く。

 

『考えないと死んじゃう、考えないと滅びちゃう。解決するにはやっぱり、スゴくスッゴく考えないといけない────最大級の面白さ、だよね?』

「────ッ」

 

 宗茂は何も言えない。

 あまりに、余りにも歪に思え、同時に普通の感性な彼では飲み込むことが出来ないためだ。

 その反応は予想通りらしく元信公は頭をかいて口を開く。

 

『危機って言うのは面白い。スッゴく考えるから。では、宗茂君!もっともっと面白いものって何だと思うかな?』

 

 宗茂は大声で答えた。

 

「時間稼ぎのおつもりですか!」

『うん、一般的な答えだね』

 

 元信公は頷き笑う。

 

『解らないから。だからそんな安直で面白味の欠片もない答えが出てくるんだよ宗茂君。君は考えなかった。何故か?簡単さ、君は目を逸らしたんだ。極々一般的で、そして皆が取る手法だね』

 

 だからこそ

 

『今の君は大層な名を持つが危機より恐ろしいものを目の当たりにして真っ先に死ぬ人間だよ』

「────」

『死ぬのが嫌なら考えなさい。じゃないと死ぬよ?これは誇張でも誇大でもない、純然たる事実さ。さて、全く、それこそ答えられたら明日は隕石が降り注ぎそうなほどに期待してないけど、本多君。考えなければいけない危機って何ですか?』

「はーい、我分かりませーん」

『ハイ、じゃあ自動人形を首から下げて街道に立ってなさい。大丈夫、君専用のバケツは用意してるよ』

「我の扱い酷すぎねぇか!?」

 

 先生ガン無視である。そして本多・忠勝の背後には山のようなバケツが積まれていた。

 

『さぁて、本来ならもう一人ゲストを呼ぶはずだったんだけど…………よし、彼にも聞いてみようか!』

 

 元信公が新しく開く通神。そこに映るのは

 

『やあ、始めましてで良いかな?武蔵唯一の武装にして“暴力装置”くん』

「…………何故に俺?」

 

 白黒頭の優男、武蔵で知らぬものの居ない有名人。

 五十嵐・嵐その人だった。

 

 

 ■◇◇◇◇■■◇◇◇◇■

 

 

 いきなり変な放送が流れて気づけば自分が映されていた件について。

 スレとしてそんな風にタイトルが付けられそうな状況。

 

『さあ、五十嵐君!答えたまえ!』

 

 画面越しとはいえテンションの高いおっさんに流石の嵐も引き気味だ。

 しかし一応は答えるらしく口を開く。

 

「ま、末世……か?」

『正解!その通り末世さ!前情報では君は酷く脳筋だと聞いていたけど頭の回転も悪くないみたいだし、ああ、やっぱり対面したかったよ』

「…………少なくとも見ず知らずの相手よりも優先すべき事が有ったんでな」

『アッハッハッハ!実に良い答えだよ!どうやら君は感情に任せて動くようじゃないか』

 

 愉快愉快と笑い元信公は向き直ると右の人差し指を立てて見せた。

 

『ああ、面白い。考えるのではなく感情の赴く方に進む人間と話すのは面白いね。先生機嫌が良くなっちゃったよ』

「……機嫌が良いならついでに暴走止めろよ」

『それは無理だよ五十嵐君!』

 

 ボソリとした呟きだったがしっかり聞こえたらしく元信公は勢いよく振り返り通神の表示枠へと顔を寄せた。

 

『感情派の君も考えなさい。じゃないとそこの宗茂君みた危機の前で死んじゃうかもしれないし。そこの本多君みたいにバカの極みになっちゃうからね』

「何で我がdisられてんの?」

「忠勝様お黙りください。貴方がバカなのは皆が知っておりますから」

 

 解せぬとぼやく東国最強を尻目に嵐は口を開いた。

 

「……この計画、何年前から始まってた?10年前か?それとも30年前か?」

『君の視点は面白いね。返事は曖昧としておこうか。さて、末世を防ぐために君たちには手段が与えられているよね?』

 

 元信公はクルリと指を回して通神へと突き付けた。

 

『────大罪武装さ』

 

 その言葉に真っ先に反応したのは大罪武装を持つ宗茂だった。

 

「それこそおかしいではないですか!大罪武装を各国に配ったのは貴方の筈だ!それを再び集めろ等と…………」

「いいや。理には適う」

『では、五十嵐君。回答をどうぞ!』

「あれだろ?意思の統一ってやつだ」

 

 腕を組み、その状態で指を立てる嵐。珍しく知的な様子だ。

 

「世界は反目しあってるからな。どいつもこいつも腹の中じゃ何考えてるか分からねぇ。だからこそ相手を今一つ信用できねぇし。全力で末世にも向かっていけない。なら、和平でも武力行使でも良い。とにかく1つの国として纏まる、もしくは纏めちまえばそれで一応不意打ちの危険性は無くなる。大罪武装を集めるってのはそういうことだろ?」

『正に!正に!その通りだよ五十嵐君!いや、ホントどこぞのおバカさんにも分けたいぐらいの脳の回転だね!』

 

 元信公の反応にしかし嵐はそれだけじゃ無いだろうに、と内心で付け加えていた。彼自身オツムの出来は宜しくないと自負がある。計画を寸前まで気付かせない元信公の計画など一割も把握できていないと判断していた。

 

『君達が集めるのは“9つ”の大罪武装だ!さてさて、誰が全部集めるのか、先生ドッキドキだよ!』

「きゅ、9?8じゃないのか?言い間違い?」

「元信公、大罪武装は8つではないのですか?」

『フム、そうだね。少し講義をしてあげようか。大罪武装が八つの想念をモチーフにしていることは知っているよね?憤怒、暴食、悲観、嫌気、淫蕩、強欲、虚栄、傲慢。それは8つはその後の七つの大罪の原盤ともされている。けどねこの話には続きが有るのさ』

 

 ニコニコと笑う元信公。だが、それを聞く面々は嫌な予感が拭えない。特に質問した二人は冷や汗を流している。

 

『その八つの想念のさらに原盤。それは負の感情の始まりと言った所かな。つまりは────九大罪、といった所だね』

 

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 誰も何も言えない。完全な沈黙、絶句。

 そんな中でも講義は続く。

 

『さて、さっき先生が言った中で欠けているモノがあります何でしょうか?』

「…………嫉妬、ですね」

『お、宗茂君正解だよ。そう嫉妬だ。君達もおかしいとは思わなかったかい?考えれば分かるよね?それぞれが統合されて出来た七つの大罪だけど嫉妬だけはどう組み合わせても出てこないんだ。さて、さらに質問だ。七つの大罪にはそれぞれに動物が当て嵌められるんだけど…………ここにも嫉妬が全ての始りっていう考えを補強する答えが有るよ、分かるかな?』

「嫉妬の動物だ……?」

「蛇、ですね」

『またまた正解。五十嵐君、発想は良いけど知識不足だね』

「ウルセェよ」

 

 そっぽ向く嵐。やはりオツムが宜しくない。

 

『講義の続きだよ。ウロボロスを知っているかな?これは互いに尾を食らう蛇とも自身の尾を食らう蛇とも描かれるものだよ。これは無限、始まりにして終わりを内包するものを表すんだ。つまりは0だね。1よりも前に存在し、全ての起源となるもの。意味深だろう?そんなものをシンボルの動物として挙げているんだからね』

 

 察しの良いものは既にここである程度の答えを出せている。

 とはいえこの話は嫉妬が如何に想念に関与しているかの説明だ。本題ではない。

 

『よしよし、この位で良いだろう。ついていけてない子も居るかもしれないけど今はスルーだから。先生意外に時間がないんだよね。分かったかい本多君』

「我に対する扱い、辛辣だなぁ。なあ鹿角、どう思う?」

「Jud.妥当だと判断します」

「主も従者も我に厳しい件について」

『はい、本多君。立たされてるんだから私語しない。ふーっ、やれやれできの悪い生徒の相手はやっぱり疲れるね。さて、皆は多分嫉妬の大罪武装がどこにあるか知りたよね?あれ、知りたくない?』

「元信公!」

『あらら、宗茂君はせっかちだね。でもまあ、良いよ。先生は許してあげよう。噂を聞いたことはあるかい?ほら、大罪武装に付き物の噂の一つさ』

「…………人を使ってるって話か?」

『正解!やっと正解だよ五十嵐くん。そう、大罪武装の材料は人間、の感情とそこから産み出される動き、といったところかな。例えば宗茂君の持つ“悲観の怠惰”は対象を“掻き毟る”。どうだい?現実味が出ただろう?』

 

 既に使い古されたと思えるほどに、何度目かの沈黙。

 元信公の言葉はまだ、続く。

 

『大罪武装は人間の感情を元にして作られている。では、その材料となった人物は誰なんだろうね』

 

 一拍。

 

『その人間の名は、ホライゾン・アリアダストという』

 

 それは、その名は、武蔵の住人にとって当然知る名であり、そして幼馴染達にとって後悔がつきまとう名だった。

 

『10年前、私が事故に遭わせて大罪武装と化した子の名だ。そして昨年、彼女の魂に嫉妬の感情を詰め込んで9つ目の大罪武装“焦がれの全域”として、自動人形という体を与えて武蔵に送ったよ』

 

 その言葉が放たれた直後、教導院には爆砕音が鳴り響いた。

 血が滲むどころか掌を抉りそうな程に握り締められた拳。噛み砕かんばかりに噛み締められた顎。正に怒髪天を突く、と逆立った白黒の髪の毛と全身から吹き出す流体の激流。

 

「元信ゥウウウウーーーー!!!!」

 

 怒号、いや、それはもはや咆哮ともとれるほどの爆音。生物として逸脱したその音量は武蔵の端から端まで響き渡る程のものだった。

 

『うひゃあー!ビックリだね!先生、驚きすぎて帽子が落ちちゃったよ』

「フザケンナァ!!!テメェ!そこで待ってろゴラァ!!!!真っ二つにしてブチコロシテやる!!!!」

 

 激昂。それも十数年生きてきた彼の中で始めて発露した最大級の怒りの感情だった。

 だが、元信公の言葉はそれだけ嵐が許容できるものではなかったのだ。

 10年前のあの日に一度、全てが壊れたのだ。それが不慮の事故だったからこそ無理矢理にでも納得した。

 しかし、事故に“遭わせた”?

 そんな事を、避けること叶わぬ理不尽を、嵐は許さない。

 今もペルソナから始まり戦闘系技能を持つ面々、更には力自慢の野次馬なども全力で彼を止めていなければ直ぐにでも三河に身一つで飛び込みそうな勢いだ。

 

「嵐殿……!」

「浅間!術式切るんじゃないよ!切ればアタシ等じゃ止められんさね……!」

「分かってます!」

 

 数十人に押さえ付けられて嵐は漸く、その場からズリズリと這いずる程度の速度で動く形となった。それでも引き摺るのだから彼の怪力は計り知れない。

 

『さて、横槍も入ったけどその自動人形の名はP-01sというんだ。今日は彼女が手を振ってくれたよ』

「…………殺す……!」

 

 嵐の力が強くなった。引き摺る距離が延び、押さえつける面々もより一層力を込めねばならない。

 既に呪詛のごとく殺すと呟き瞳には剣呑な光が点り、徐々にその強さを増していた。

 

『五十嵐君。君は見た目にそぐわない聡明な生徒だと思ったんだがねぇ。怒りに飲まれてしまうとは』

「…………ッ!」

『ホライゾンは元気そうだった………何よりだと私は思うよ』

「どの口が…………!」

「愚弟!?」

 

 再び激情をぶちまけようとした嵐を遮ったのは驚きの声。

 全員がそちらに目を向ければ走る少年の背が見えた。

 誰もが衝撃の事実に止まるなかで一人駆けだし、階段を駆け下り徐々に小さくなっていく。

 その背に喜美が叫ぶ。

 

「愚弟!アンタ、どこに行くの!?」

 

 トーリは答えず、やがて後悔通りへとたどり着く。

 誰かが小さく、あっ、と声をあげた。しかし、トーリは僅かに悩み

 

「────ッ!」

 

 振り切るように暗い道へと飛び込んでいった。

 それに呼応するように、嵐を押さえていた人の壁が僅かに揺れる。半拍おいて風が吹き抜けていった。

 

「脱皮で御座るな」

 

 点蔵がその手に持つ上着をみて再び後悔通りへと目を向ける。

 残されたのはシャツと上着のみ。嵐は蛇の如く脱ぎ捨てて変わり身としていたのだ。

 

「愚弟……!嵐……!」

 

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 夜の下、人々の目が三河に向けられる中、その視線とは逆方向へと進む二人組の影があった。

 

「正純様、寒くありませんか?」

「いいから」

 

 被せられた制服の上着のしたで訊ねるのはP-01s。そしてその手を引いて歩く正純。

 二人は人混みから逃げるように反対方向へと急いでいた。

 そんな状態で正純は内心、酷く混乱の極みと相成っていた。

 自分が何を成したいのか自分でも把握、理解が出来ないのだ。グルグルと様々な事柄が回り続け、正解へと至れない。そもそも正解が有るのかすらもわからないという状態だ。

 

「……ッ、くそっ!」

 

 空いた手で苛立たしげに頭を掻く。髪が乱れるがそんなことすら今は気にしていられない。

 そんな正純を見て、P-01sの歩みは遅くなりやがて止まってしまった。

 怪訝な表情で振り返る正純だったが戦闘系ではない彼女も気が付いた。いつの間にか辺りには人の姿がなく、代わりに気配だけが濃密に自分達を囲んでいることに。

 

「その大罪武装を渡していただこうか」

 

 暗がりより現れるのは若い男。眼鏡をかけた神経質そうな雰囲気、淡い金髪をピッシリと纏めているところを見ると職務に忠実である、ということが読み取れるだろう。

 

「さあ、早く」

 

 男は手を差し出す。対して正純は未だに内心での答えがでないために迷ってしまっていた。

 一歩、男が近寄り、周りの暗がりから銃を構えたK.P.A.Italiaの隊員たちが姿を見せたのだった。

 状況は正に最悪。正純の頬を冷や汗が伝う。

 手が震え─────

 

「退けやァアアアア!!!!」

 

 包囲の一角が吹き飛ばされていた。

 粉塵が空へと舞い上がり、隊員たちの一部が衝撃により吹き飛ばされる。

 

「簡単に連れていかせて、たまるかよ!」

 

 右手を顔の近くまで持ち上げ握る動作で関節を鳴らし、嵐は吠える。

 

「“暴力装置”……!」

「嵐!?どうして此処に…………」

「嵐様…………」

 

 三者三様。

 身内に近い正純は安心し、P-01sはいつも通り…………よりも若干声のトーンが低く、男は苦虫を噛み潰した様子だ。

 

「こっちとしても早々引けんのでな。腸煮えくり返ることもあったし八つ当たりだ!」

 

 言い切り、嵐は周りを煽るように大振りな攻撃とも言えない拳を振り回す。

 当たらずとも拳が掠っただけで岩が砕けたりしているため振り回すだけでも十二分に牽制として成り立っていた。

 常ならば彼はこんなへまはしなかっただろう。今の嵐は頭に血が昇りすぎていた。

 

「ハッ!浅慮だな暴力装置。貴様は所詮、その程度ということ、だ!」

「ガッ!?」

「ッ!トーリ!」

 

 男は嘲笑し拳を振るった。その一撃は正確にトーリの横っ面を捉えており容易く殴り飛ばしてしまったのだった。

 反射的に嵐は駆け寄ろうとするが、一斉に銃を向けられその動きは止められてしまう。

 いや、本来ならば銃に狙われる程度では嵐は止まらない。しかし今回その銃口が向けられた方向が問題だった。

 トーリと正純。

 この二人は有り体に言って戦闘能力はほぼ皆無である。弾丸を見切ることなどできるはずもない。

 

「動くなよ、暴力装置。貴様が指一本動かせば、その二人は蜂の巣だ」

「…………チッ……」

 

 人質が複数いる場合、本人をそのまま脅すよりもその隣の奴を撃つと脅す方が効果的なのだ。何故か。それは誰しも通常の感性ならば罪悪感を多分に含み、それを経験したくはないと考えるためである。

 そして、嵐は1:9の命題について、1に自身の大切なものが居ればあっさりと9を切り捨てる。そんな人間だ。

 故に一度懐を許した相手には頗る甘い。

 だからこそ動けない。血が垂れるほどに拳を握り、視線で人が殺せるのでは、と思えるほどに相手を睨むことしか出来ないのだ。

 

「ホライゾン……!」

「…………」

 

 うつ伏せに倒れたトーリは揺らぐ視界の中でP-01sへと目を向ける。本来彼は戦闘処か運動もそこまで得意ではない。隊長格の男の一撃で延びなかったのが奇跡と言える。

 

「ホライゾン聞いてくれ……!俺は………!」

「ッ!待て、葵……!」

 

 状況は最悪。嵐は動けず、トーリがこのまま聖連に歯向かった反応を示したまま傷を負えば、それだけで極東は終わりかねない事態なのだ。

 判断は一瞬だった。

 振り抜かれる右足、跳ねるトーリの頭部。

 

「ッ正純……!?」

「…………すまない……」

 

 さすがに嵐も目を見開き、凶行の実行犯である正純に目を向けるのみだ。

 話は済んだと言わんばかり男は踵を返し、P-01sはその背に続くように促されて一歩を踏み出してしまう。その背があまりにもあの日と被ってしまう。無力さを味わったあの日と。

 

「ホライゾン!お前はそれで良いのかよ!」

「…………」

「何で死にに行く!」

「…………」

「答えろよ!」

 

 嵐の問いは言葉というよりは血を吐いている様に見える有り様だ。実際、彼にとっては吐血に等しい事なのだろう。

 

「それが最善だからです」

 

 P-01sは背を向けたまま淡々と語る。

 

「そもそも、私、ホライゾンが大人しく従えば総長兼生徒会長は殴られず、嵐様、正純様は銃を向けられることも有りませんでした。これが最善であると判断します」

「命を……捨てるってのか……?」

「嵐様、私は自動人形。人間ではありません。故に命の定義には」

「んなこと言ってんじゃねェ!テメェって存在がこの世から消えて良いのかって聞いてんだ!」

「それが最善ならばそうすべきです」

「この…………!」

 

 感情が昂りすぎでそれ以上の言葉が紡げない。ただただ悔しい。

 感情が希薄であることも相俟って今のP-01sには嵐の言葉が響かないのだ。

 そして今度こそ彼女は消えてしまった。ついでに隊員たちも一緒に船へと消えていく。

 後に残るは倒れ伏すトーリと動けない正純、そして

 

「クソがァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 天に向かって吠える嵐だけだった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 通達

 本日午後六時を持って三河当地においてホライゾン・アリアダストの“自害”を執り行う。


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