境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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1話 RUN

 音が響く。空へと祈るように、届けるように。

 それはこの準バハムート級航空都市艦〔武蔵〕を構成する〔奥多摩〕艦首側、表層部の墓地から流れている。

 

「───通りませ────通りませ」

 

 それは武蔵の住民なら誰しも知ってる童謡だ。

 歌は静謐な空気に解けるように響き多くのモノ達を魅了する。

 それは凡そ一分にも満たない短い時だ。

 歌が終わればそれに入れ替わるように連続する鐘の音が鳴る。時報だ。

 

『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦〔武蔵〕が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝8時半をお知らせ致します。本艦は現在、サガルマータ回廊を抜けて南西へ航行、午後に主港である極東代表国三河へと入港致します。生活地域上空では情報遮断ステルス航行に入りますので、ご協力お願い致します。────以上。追加、嵐様が街を全力疾走しております。近隣住民の方は巻き込まれないようにご注意ください─────以上』

 

 “武蔵” の放送の最後に付け加えられた一文に街行く人々の視線がマジで全力疾走している白髪混じりの黒髪頭へと殺到する。

 

「ザッケンナ、武蔵ィ!!何で俺を態々晒し者にしやがんだァ!」

 

 彼の頬に差す赤みは運動によるものか、それとも羞恥か、怒りか、とにもかくにも嵐(らん)と呼ばれた少年は歩を早めて走り続ける。

 

「チクショウ何だってこんなことに…………目覚ましのせいだ……!」

「おーい!アラシ坊、これ食ってけ!」

「お、あんがとオッチャン!」

「アラシー!これ飲んできなよ!」

「うっす、どうもオバ…………ネーチャン」

 

 途中で商業地区を駆け抜けるなか店の行く先々で投げ渡される数々のそれはパンであったり果物であったり、密閉容器の飲み物であったりと、いつの間にか嵐の両腕には山が出来ている。

 それでも彼は足を止めることはない。軽快な足取りでスタこらさっさと駆け抜けていきやがて目当ての艦が彼の視界に収まってくる。

 そこで、有ることを思い出したのか顔が真っ青になっていた。

 

「そうだよ、今日はリアルアマゾネスのやつ、朝から体育とか抜かしてたな。うわ……行く気無くなってきた。めんどくさい…………けど、行かなかっ飛ばされるか…………はぁ……」

 

 駆けているのには変わり無いにも関わらず嵐の足は回転をガクリ、と落として普通の50メートル走レベルまで落ち込む。

 そこまで露骨に速度を落として止まらないのは、一重に罰が恐ろしいからだろう。

 既に武蔵の放送で彼の遅刻は確定し、尚且つ彼の担任が青筋立てているのだが…………彼はまだ、知らない。

 

 

 ◇■◇◇◇■◇

 

 

 武蔵アリアダスト教導院の校庭の上を渡すように木造の橋は掛けられており、その端、門側に近い階段の近くに1つの集団ができていた。

 一人の女性と向かい合うように集まる集団。

 

「よぉーし!三年梅組集合ーーー!良いかしら?」

 

 女性は軽装甲ジャージに長剣を背負って一団へと声を掛ける。

 一団である若者達はそれぞれが黒や白の制服を着ており、その中には人であるもの人ならざるもの等、様々だ。

 そんな彼らに女性は笑顔を向ける。

 

「それでは、これより体育の授業を始めまーす!さて、先ずはルールの説明よ」

 

 教師の発言に皆の注目が集まる。

 

「いい?先生これから品川の先にあるヤクザの事務所まで、ちょっとヤクザ殴りに全速力で走っていくから、全員着いてくるように。そっからは実技だからね?」

 

 教師の言葉に一同、制服姿の生徒達は、ん?と首を傾げた。あれ?何かおかしくなかったか?と。

 だが、そんなこと無視して彼女は笑顔で続ける。

 

「遅れたら早朝の教室掃除でもしてもらうからね。返事は?jud.?」

「judgment.!」

 

 一同揃って了承の返事を返す。

 即座に手が挙がる。“会計 シロジロ・ベルトーニ”という腕章を着けた長身の男子だ。

 

「教師オリオトライ、体育と品川のヤクザがどのような関係で?金ですか?」

 

 彼の問いは最もだ。

 何をトチ狂って、授業がカチコミになるのか。

 だが、この女教師は動じない。

 

「馬鹿ねぇシロジロ、体育とは運動することよ?そして殴るのって運動になるじゃない。そんな単純なこと、────知らなかったら問題だわ」

 

 つまりは『体育と運動』『運動と殴る』は繋がるのだから『体育=殴る』でも彼女の頭では繋がるらしい。

 流石、リアルアマゾネス。暴力的な思考だ。

 呆れてため息をつくシロジロの袖を隣に居た女子生徒が引く。“会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー”という名札を着けた彼女は笑顔のままで

 

「ほらシロ君、オリオトライ先生って最近表層の一軒家手に入れて喜んでたじゃない?そしたら地上げにあって最下層行きになって、自棄酒して大暴れで壁をぶち抜いて教員課にマジ叱られてたから…………」

「中盤以降は完全に自分のせいではないか…………教師オリオトライ、報復ですか?」

「報復じゃないわよー。これは、あれ、単なる八つ当たりだから」

「同じだよ!?」

 

 皆の突っ込みを華麗にスルーしつつオリオトライは自身の背にある長剣を鞘ごと手に取り、脇に抱えた。ブランド名である“IZUMO”の文字を撫でつつ出席簿を取り出した。

 

「休んでるのって誰か居たっけ?ミリアム・ポークウは仕方ないし、東は今日の昼にようやく戻ってくるらしいけど、他は────」

 

 問いに一同、互いを見渡し居ない顔を探す。

 すると、黒い三角帽の少女、“第三特務 マルゴット・ナイト”という腕章を着けた背に金の六枚翼を持った少女が手を挙げて口を開く。

 

「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョー、それからランちゃんが居ないかなぁ」

 

 その声を引き継ぐように彼女の腕に抱きついていた黒の六枚翼を背負う少女“第四特務 マルガ・ナルゼ”が首を傾げて口を開く

 

「正純は初等部の講師のバイトに行ってるし、午後から酒井学長を三河まで送るから今日は自由出席のはず。総長…………、トーリは知らないわ。嵐はもうすぐで来るんじゃない?」

「んー、じゃあ“不可能男”のトーリについて誰か知ってる?」

 

 その問いに皆が一斉に1つの場所へと目を向けた。

 中心から一歩引いた地点で立つのは茶髪の少女。ドタプーン、と効果音がつきそうな水蜜桃の前で腕を組みより強調すると一歩前へと歩き出す。

 

「フフッ、皆、うちの愚弟のことそんなに知りたいの?知りたい?聞きたいわよね?だって武蔵の総長兼生徒会長の動向だものね。フフッ────でも教えないわ!」

 

 ええっ?と皆が疑問の声をあげる。

 それに答えるように彼女は頷き口を開く

 

「だって八時過ぎに私が起きたとき、既に愚弟は居なかったんですもの!それに嵐のバカも起こしに来ないから本気で焦ったわ!むしろ嵐じゃなくて私が遅刻してないのが奇跡よ!」

「威張ることじゃないだろ!?」

「フフフ、大丈夫よ。メイクはしてきたし、このベルフローレ・葵、朝から余裕をぶちまけたいだけよ。だけどお腹は空いたから、そろそろ来る嵐に朝食を集るわ!」

「だから威張ることじゃないですよね!?というか、喜美!貴女嵐君にまだ起こしてもらってるんですか!?」

「何よ、ズドン巫女は羨ましいのかしら?そんなに羨ましいならそのホルスタインみたいなオパーイであの白黒ヘッドを染め上げれば良いじゃない!」

 

 な!?と自分の胸を隠そうとしてその豊満な肉体ゆえにむしろエロさを醸し出すのはズドン巫女ことオッドアイの浅間・智だ。

 その姿に一部生徒は何故だかメンタルブレイク寸前の精神ダメージを負う。

 

「はいはーい、そこまでね。それにあんた達の待人も来たみたいよ」

 

 オリオトライが背後の階段を親指で指せば、そこを上がってくるのは食べ物が小山の如く積み上がった何か。

 そのてっぺんから徐々に姿を現して腕、胴体、足、と姿を現した。

 彼は階段を登りきると一息ついて術式を展開し、その上に貰い物の山を乗せる。

 現れたのは白髪混じりの黒髪頭をした優男風の男子。前を開け、袖を捲った男子制服に身を包み、首からはゴーグルを下げそこだけが少々変わっているが後は普通だ。

 

「遅かったわね。あの放送があったからもう少し速いと思ったんだけど?」

「あれだけ持たされたら、そりゃ遅れますわな。つぅわけで遅刻取り消したり…………」

「無いわね。だって放送のタイミングでアンタ走ってたんでしょ?なに?体鈍ってるの?」

「い、いやいや、これには海よりも浅くて山よりも低くて、でも水溜まりよりは深い事情があるんすよ」

「いや、浅いじゃん」

 

 それもスッゴクと続く皆の突っ込みだが嵐はヘラリと笑って見せた。目の前にリアルアマゾネスが居るというのに余裕な態度だ。

 

「まあ、あれっすよ。アレがアレでアレだったもんで………………で、アレだったからバブッ!?」

「基本アレしか言ってないじゃない!あんまりナメてると殴るわよ!」

「殴ってから言うなよ!?」

 

 指摘通り、嵐はオリオトライのフルスイングを脇腹に叩き込まれて校庭へと落下していった。そして盛大な破砕音が響き渡る。

 

「…………さて、じゃあそろそろ始めようかしらね」

「待てやーーーー!!!」

「チッ…………しぶといわね」

 

 下から咆哮が上り、ついで階段から凄まじい速さで嵐は駆け上がってくるとオリオトライへと詰め寄る。

 

「問答無用でフルスイングとか酷いじゃねぇっすか!」

「いや、嵐殿は基本的にアレしか言ってなかったで御座るよ」

「ウルセェ!パシリ忍者は俺の戦利品をクラスの奴等に配ってろ!拙僧半竜!テメェもだ!」

「な、何故拙僧まで…………」

「お前、デカイからな此の分食うだろ?ペルソナにも多めに渡しとけ!俺はこのアマゾネスに用が有るんでな!」

 

 荒々しい物言いながらある程度真面目な人選をする辺り彼も人がいいということだろうか。

 表情の変わるキャップと赤いマフラーの第一特務 点蔵・クロスユナイトと航空系半竜の第二特務 キヨナリ・ウルキアガの二人も言葉では渋々従うようだったが彼、五十嵐・嵐の戦利品という名のお土産は基本的に外れがない事を知っているためその足取りは限りなく軽かった。

 そんなクラスメイトを尻目に二人の話はどうにかの落ちを模索する。

 

「まあ、とにかく嵐はペナルティよそれで遅刻の件はこれ以上突っ込まないわ」

「因みにどんな?」

「そうね…………ま、妥当なところなら【鎧を使わないこと】」

「お、俺の存在意義を全面否定……だと…………」

「返事は?」

「…………jud.」

「よろしい。それにしても今から走るのに食べ物やって良いのかしら?お腹いたくなっても知らないわよ?」

「授業レベルでやられる内臓じゃないっすよ。それに俺は点蔵とウルキアガに配れとしか言ってねぇですし」

「…………鈴も食べちゃったみたいよ?」

「っ!?ペ、ペルソナが運びますし、おすし」

「ふむ…………じゃあペナルティの二つ目【向井・鈴を安全に目的地まで運びなさい】」

「わ、わた、私、で、すか、?」

 

 目隠れ盲目少女にして外道の梅組の良心である向井・鈴が驚きの声をあげる。

 彼女、目が見えない変わりに頗る耳がいいのだ。彼女の前で内緒話など普通に話すのと変わらずに聞こえてしまう。

 

「あー……先生?俺は構わんけど、鈴は良いんすかね?本人の了承は必須でしょ?」

「問題ないわよ。鈴も良いかしら?今日は嵐の背中にのって着いてきてもらうわ。それと、嵐、遅れたらかっ飛ばすから」

「jud.死んでも俺は遅れない。そして鈴には傷ひとつ負わせないさ」

「あ、あ、あの、よ、よろ、しく」

「おう」

 

 今更だが、嵐の身長はけっこう高かったりする。少なくともオリオトライより頭1つ高い。

 そんな彼が小柄な鈴と並べば大人と子供だ。

 

「んじゃ、バカのせいで止まってた説明の続きね。私がヤクザの事務所に着くまでに一発でも当てれた生徒には出席点を五点あげる。いい?5回サボれるって事よ?」

 

 これに対して生徒達は突っ込みは入れない。むしろ、乗り気になっているようだ。

 あちこちから、一限五連続やら、丸一日やら聞こえてくる。

 っと、そんな中で手をあげるのは点蔵とウルキアガの二人だった。

 

「先生、攻撃を“通す”ではなく“当てる”で良いので御座るな?」

「戦闘系は細かいわねぇ。ええ、それでいいわよ。手段も構わないわ」

 

 オリオトライの返答にウルキアガは腕を組み、点蔵を見下ろし

 

「聞いたか?女教師が何したっていいと申したぞ、点蔵。拙僧、想像力を使用してよいか?」

「Jud.。しかと聞いた。しかし、ウッキー殿。相手は尻を“触られそうになった”ということで居住区画の床をぶち抜く傑物で御座るよ」

「点蔵、現実を前にして想像力はその上をいくのだぞ。忍の貴公がその事に気づかんとはな」

 

 この二人、真面目な顔をしながらアホなこと言ってやがった。むしろ、会話の中身が色々とアレ過ぎる。

 そんな中で点蔵は再び手をあげた。

 

「オリオトライ先生、先生のパーツで何処か触ったり揉んだりしたら減点されるところはあり申すか?」

「または逆にボーナスが出るような所とか」

「あっははは!授業始まる前に死ぬか二人?」

 

 その言葉に変態二人は押し黙る。

 何せ目が笑っていない。怖いにも程がある。

 このアホらしい空気に思わず皆が弛緩してしまう。

 

「よっと─────」

 

 その一瞬の隙にオリオトライは背後へと跳んだ。走り高跳びでいう背面跳びのフォームのまま彼女は階段を落ちていく。

 呆気に取られる面々。だが、オリオトライは難なく着地を成して、その先に続く“後悔通り”と呼ばれる通路を駆けていく。

 

「くっ────!」

「追え!行くぞ!」

 

 最初に点蔵が駆け出し、その後をウルキアガ。そして続々と全員が駆けていく中、ポツリと残るは二人のみ。

 

「行っちまったな」

「ご、ごめ、んね?わ、わた、私、の、せ、いで…………」

「いや、鈴のせいじゃないさ。それより行くかね」

 

 嵐は上着を脱ぐと鈴の前に膝をつく。

 そして彼女が乗るのを確認すると固定するために腰に上着を巻き袖を結んで支えとする。

 

「キツくないか?」

「う、うん…………平気、だよ?」

「そっか。よし、ついでに…………来い」

 

 片手で鈴を支えて空いた手を突き出し嵐は呼ぶ。その手に粒子が集まると一本の鞘入りの剣がそこに現れていた。

 

「こいつに腰掛けくれ。それで大分楽な筈だ」

 

 言われた通り背に回された剣へと鈴は座る。

 それを確認して嵐は階段へと歩を進める。既に戦塵はかなり先で立っており集団とはかなり離されてしまっていた。

 しかし、彼は慌てない、余裕を崩さない。

 

「んじゃ、鈴。確り掴まってな。ちょっと飛ばすから直ぐにアイツ等に追い付くぜ」

「う、うん」

 

 そして嵐は最上段から跳び出した。


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