出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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第五話が、丁度良いところで切れたので、大変申し訳ありませんが、週一のアニメのように、間を開けさせて頂きました。

登場人物が増えると、どうしても、会話が長くなってしまいます。プレビューで、逐次確認してはいますが、読みにくかったら、申し訳ありません。


第六話 帰還路の奪還

 ダガンの爪が、アーノルドに迫る。その動きが、やけに緩慢に、ゆっくりと見えた。

 妾の位置は、遠い。いかな奇跡が起ころうと、この刃が届く事は、あり得ぬ。普段なら何と言う事もない、絶望的な距離。

 その時、だった。

 

「『グランツ』ッ!」

 

可憐な声と共に、幾本もの光の矢が、ダガンを襲った。頭部を抉られ、足を千切られ、コアを貫かれ、ダガンは中空で霧散した。

 

「光の、テクニック……? 一体、誰が……」「楓ちゃん、後ろッ!」

 

正面のユミナが、青褪めた顔で、妾の後ろを、指差している。振り返り、前足を掲げたダガンを見てーーその背後。こちらへ、凄まじい勢いで駆け寄る赤い影に、目を奪われた。

 

「うおおぉぉぉりゃあァァァァッッ!!!」

 

 雄叫びを上げながら跳躍し、空中で二回点。その勢いを乗せ、手にしたソードを、ダガンに叩き付けた。その一撃で両断されたダガンの骸が、弾けるように、左右へ飛ぶ。それでも残った勢いで、刀身が地面に、半ばまで埋まってしまったのだから、その威力は推して知るべし、であろう。

 

「……いや、恐ろしいくらいドンピシャ。お前ら、怪我はないな?」

 

地面からソードを引き抜きつつ、あっけらかんとした様子で、妾たちを気遣う、赤い影は、

 

「……危うく、妾の柔肌に、傷が付くところでしたぞ、ゼノ殿」

 

「だーから、柔肌なんざ、どこにあんだよ?」

 

妾とアフィンの担当官、ゼノ殿であった。

 

「ほれ、この太ももに……とまあ、戯言は、さて置き。ともかく、危ういところを、助けて頂きましたな。御礼申し上げます」

 

「気にすんなって。それも、俺たち担当官の仕事だ。おいエコー、そっちの訓練生は、大丈夫か?」

 

「えぇ、二人とも無事よ。奇襲を受けて、ちょっとショックを受けたみたいだけど」

 

ゼノ殿の視線を追ってみると、ユミナの頭を撫ぜている、ニューマンの女性が。背中には、長杖(ロッド)を負っている。と言う事は、先程、アーノルドに襲い掛かったダガンを倒したのはーー

 

「ーーそ、そうじゃ。アーノルド、済まぬ! 気が抜けておった、怪我はないか!?」

 

「あぁ、問題ない。こちらも、回復にかまけて、身の回りを気にしてさえいなかった。お互い様、と言うやつだ」

 

 アフィンと並び、こちらへ、確かな足取りで歩み寄るアーノルドに、頭を下げたが、あっさりとした様子で、返された。

 

「楓も、襲われかけただろう。だが、俺も、お前も、こうして生きている。怪我一つなく、な。それで、良いじゃないか」

 

「……分かった。お主が、そこまで言うてくれるのなら、この話は、しまいじゃ」

 

畳み掛けられるような、妾を気遣う言葉に、それ以上、何も言えなくなった。だが、借りっ放しは、妾の主義に反する。いずれ、何らかの形で、返させてもらうぞ。

 

 一悶着あったが、六人全員、無事に合流を果たした。後は、この先にあるテレポーターを奪い返して、船へ帰るだけ、じゃな。

 

「お前らの、対ダーカーの戦い振りは、移動中に見させてもらった。エコーの班の二人は、うちの二人のマグを通してだが。最後の最後は片手落ちだったが、他は問題なし。合格だ。エコー、後衛としての意見はあるか?」

 

「レンジャーもフォースも、実戦では、ハンターより前に立って、戦わなきゃいけない時もあるの。アーノルド君と、えーと……」「はいっ! アフィンです!」「う、うん、アフィン君ね。二人とも、よく気付いて、実践出来たね。あたしが修了任務を受けた時は、ずっとペアのハンターの後ろで、テクニックを撃つだけだったから、本当に、凄いと思う」

 

「はいっ! ありがとうございますっ!」「ありがとうございます、今後も精進します」

 

アフィンめ、妙に、舞い上がっておるな。妾の方が、恥ずかしいぞ。ほれ、見てみろ、あちらの担当官ーーエコー殿の顔を。頬が、引き攣っておられるではないか。少しは、冷静に謝辞を述べるアーノルドを、見習え、と言うものだ。

 

「ユミナちゃんと楓ちゃんも、二人の提案を、二つ返事で受け入れて、後ろの守りに入ってたね。これが、頭の堅い人だったら、なかなか譲らなくて、前衛後衛入り乱れての乱戦になってたよ」

 

「だって、アーニーにお願いされちゃいましたから!」「アフィンを信じ、任せるのもまた、相棒たる妾の務めですゆえ」

 

こくこく、と頷くユミナ。その隣で、妾も胸を張った。ふふん、当然じゃ。妾とアフィンは、相棒同士なのじゃからなっ。

 

「んじゃ、前衛の俺からも、前衛と後衛の総評ってやつを、述べるとすっか。つっても、俺の得物は大剣だから、武器の扱いに関しちゃ、深くは言えねぇけど」

 

ゴホン、と、それらしく咳払いをする、ゼノ殿。何と言うか、壊滅的に、似合っておらぬな……。

 

「まず、前衛組。ユミナの、間合いの取り方。楓の、暴れっ振り。今すぐ正式なアークスとして、前線に立って欲しいくらいだ。訓練校で、良く頑張ったみてぇだな」

 

「こ、光栄です、これからも頑張りますぅ!」「あ、暴れ……? だから、妾は、舞っておるのだと……」

 

「ダガンをぺしゃんこにしたアレは、断じて舞とは認めねぇぞ、誰が何と言おうと」

 

あ、あれは、行きがかり上、仕方なく……。

 

「次、アフィンとアーノルドの後衛組。自分から前に出た、あのガッツ。気に入った! 正式にアークスになったら、俺とクエストとか、任務とか行こうぜ!」

 

後ろから、アフィンとアーノルドの頭を両脇に抱え、ニコニコ笑顔で告げるゼノ殿。先輩の立場から任務に誘うとは、余程、あの二人が気に入ったらしい。ああ言う、男ならではの親愛の表現と言うのも、ちと、羨ましい。と言うか、先の拳こつんと言い、この頭抱えと言い、男同士のやり取りは、何とも、格好良い。憧れるのぅ。

 

「ちょ、ちょっとゼノ、あなたの後衛は、あたしでしょ!?」

 

「あん? 何を必死になってんだ、お前は」

 

そんなゼノ殿に、エコー殿が、慌てた様子で、噛み付いた。と思ったら、冷静に返されて、今度は、もじもじし始めた。ほぅ、これは……。

 

「だ、だって、前衛二人と後衛二人が、パーティの基本でしょ? アーノルド君とアフィン君を同行させたら、残ってるのは、前衛一人だから……」

 

「二人まとめて同行させる、なんて、誰が言ったよ? 俺のやり口を知ってるヤツがいないと、俺も戦いづれぇんだけど」

 

ほぅ、ほぅ。

 

「そ、そっか! そ、それに、ユミナちゃんと楓ちゃんから、パートナーを取っちゃったら、駄目だもんね!」

 

「そーゆーこった。どっちのペアも、上手く噛み合ってる。俺だって、お前を、頼りにしてんだぜ?」

 

「うん、うん!」

 

ほぅ、ほぅ、ほほぅ。

 なるほどのぅ。このお二方の関係が、少し見えた気がする。なかなかどうして、微笑ましい間柄のようじゃ。

 

 

 

 ゼノ殿たちからの総評が終わり、作戦会議。地べたに、ゼノ殿が端末を置き、それを六人で囲む。端末は、ナベリウスの『ほろぐらむ』だか『ほろぐらふ』だかを拡大し、この付近を映している。

 

「俺たちの現在地は、ここ。テレポーターは、ここだ。見ての通り、テレポーターが配置されてるのは、ちょっとした広場だ。アフィン、この場合の注意点を言ってみな」

 

「は、はいっ。広場と言っても、そんなに広くはないから、全員で突入すると、間違いなく乱戦になる事。それと、袋小路だから、入口が塞がれると、緊急時の撤退が、難しくなる事、ですか?」

 

「その通りだ。それじゃ、次、エコー。担当官が持ってる情報を、伝えてやってくれ」

 

「了解。コードD発令から、今までに確認されたのは、ダガン、"カルターゴ"、"エル・アーダ"の三種。カルターゴとエル・アーダは、テレポーター周辺でのみ、出現が報告されてるわ。各担当官との合流後だから、その二種との戦闘による戦死者は、幸いな事にゼロ。負傷者は、出てるみたいだけど……」

 

「えーっと、それってもしかして、もう帰れた班もある、って事ですかぁ?」

 

「そうよ。ほとんどの班が、テレポーターの奪還に成功して、もうキャンプシップに戻ってるわ」

 

「ほとんどが戻った、か……。エコー先輩、俺たち未帰還班と、それ以外の班に、何か、違いがあるのですか?」

 

「良い質問ね、アーノルド君。その未帰還の班って、全部、ハガル所属の班なの。ハガル所属班は、この近くを順路に指定されるんだけど、オペレーターの話だと、不思議な事に、この辺りだけ、ダーカーの数が特に多い、って」

 

「俺がここに来るまでにも、結構な数と出くわしたからなぁ。エコーも、そうだったろ?」

 

ゼノ殿に、こくり、と首肯するエコー殿。

 ふむ。アークス側が、多いと認識する程に、この近辺に集中していた、と。

 

「妾の舞を、一目見ようと、集まったのじゃろうな。ダーカー共め、なかなかどうして、目が肥えておるではないか。かかか」

 

「……危ねぇキャストを潰してやろう、って腹だったりしてな」

 

「聞こえておりますぞ、ゼノ殿」

 

しかし、茶化してはみたものの、理由はダーカーのみぞ知る、じゃな。何か、理由があったからこそ、なのじゃろうが、まるで見当が付かぬ。ここまでの、彼奴らの行動を鑑みて、予想を立てるのなら、アークスの数を削る為に、たまたま、ここら辺りに集中した、と言ったところか?

 判断材料が、まるで足らぬ。とりあえず、この問題は、捨て置いて良かろう。

 

「ともかく、ここまでの情報を総合すると、だ。テレポーター周辺には、ダガン以外にも、カルターゴ、エル・アーダが出現する可能性が高い。念の為、"ブリアーダ"が出る可能性も、頭に入れとけ。数は、間違いなく、他の班が相手した連中よりも多い。お前ら、VRでの戦闘経験は、あるな?」

 

妾を含めた四人が、しっかりと頷いた。

 格闘能力は皆無だが、ダーカー因子を収束させ、高威力のレーザーを放つ、カルターゴ。左右へ不規則に動き、隙あらば目にも留まらぬ速さで突進し、鋭利な爪を繰り出す、エル・アーダ。毒性を有するダーカー因子凝縮弾の他、ダガンよりも戦闘能力の高い"エル・ダガン"を産み出す、ブリアーダ。

 いずれも、ダガンを遥かに上回る、脅威じゃ。

 

「なら、それを思い出しながら、戦え。あのプログラムには、過去の戦闘記録が、全部反映されてる。あの訓練で、上手くやれたなら、実戦でも、問題ねぇはずだ」

 

「承知いたした」「了解っす!」「わっかりましたぁ!」「了解しました」

 

口々に、了解の意を伝えた。最早、それ以外を、口にする段ではない。やらねば、帰れぬのだ。

 

「広場への突入は、こっちの班の三人だけだ。エコーの班は、入口の確保を頼む。楓、ユミナ、どうして、この割り振りになったか、分かるか?」

 

「広場とは言え、狭い空間での戦闘ならば、前衛が多い方が、戦いやすい。加えてアフィンは、長銃での前衛の援護に長けている為、ですかな?」

 

「入口付近は狭い道だから、大砲の爆発を活かしやすいアーニー、射線を気にせずにテクニックを撃てる先輩、それと、自分の事で恐縮ですけど、一定の間合いを維持出来る私が、揃ってるからだと思いまーす」

 

「良し、完璧だ。それと、分かってるとは思うが、アーノルド」

 

「ディバインランチャーは、使うな、ですね?」

 

「ホント、優秀なヤツらが揃ったもんだわ。それじゃ、作戦会議は、以上だ。そろそろ帰ろうぜ、俺たちの船に」

 

「みんな、あんまり気負わずにね。無理したら駄目だよ?」

 

「む、しもうた。アレンへの土産の湧水が、用意出来ておらぬ……。この際だ、土でも良いか……?」

 

「土もらって喜ぶやつって、どんなんだよ……」

 

「でもでも、戦場の土を、生き残った記念に持ち帰るアークスもいるって、聞いた事があるよぉ?」

 

「修了任務のはずが、とんだ激戦になったからな。持ち帰るのも、悪くないかも知れん」

 

 全員が、程良い具合に、肩の力が抜けておる。では、参ろうか。おてて繋いで、野道を行けば、と言うやつじゃな。

 

 

 

 大した距離を移動せぬうちに、広場に差し掛かった。ここからは、妾たちの班と、エコー殿の班は、別行動じゃな。

 

「それじゃ、お前ら、覚悟は良いな? ……突入ッ!」

 

 ゼノ殿の合図で、三人で、広場ヘ突入。テレポーターは……見る限り、無傷のようじゃな。

 

「先輩、楓! ダーカーだ!」

 

周囲に、お馴染みの滲みが現れた。しかし、大きさの違うものが、いくらか混ざっている。見慣れた大きさの、特に数の多い物は、ダガンであろう。では、まるで大きさの違うーー二回り以上も大きい、あれらは。

 

「あのサイズ……、カルターゴが五、エル・アーダが三、だ! ダガンは、数えるのも面倒くせぇ!」

 

囲まれはしたが、ここに至っては、是非もない。どうせ、広場の周りは、高い崖だ。その崖に沿うように、滲みが現れたのだから、どう足掻いても、その外側へは、抜けようがない。

 

「エコー! そっちはどうなってる!?」

 

「こっちは、カルターゴが二匹、それとダガンがいっぱい!」

 

「こっちよりは、楽か。引き返すつもりはねぇが、一応、しっかり確保してくれよ!」

 

「分かってる、任せといて!」

 

ダガンが、一斉に、滲みから顔を覗かせた。カルターゴとエル・アーダも、徐々に、その輪郭を浮かび上がらせている。

 

「今のとこ、ブリアーダは、いねぇな。楓、お前は、カルターゴを始末しろ。エル・アーダは、俺が片付ける。アフィンは、俺と楓の援護だ。出来るな?」

 

「承知。アフィンや、互いに、尻を守り合おうぞ」「尻は、もう良いっての!」

 

「そんだけ元気がありゃ、安心だな。よし、行くぞッ!」

 

ダーカー共の出現と同時に、武器を構え、駆け出した。ゼノ殿は、エル・アーダへ。妾は、カルターゴへ。アフィンは、妾の後方を、守るように。

 

「彼奴の懐に入る!」

 

「よっしゃ! 邪魔なのは、俺が蹴散らす!」

 

 妾が仕掛けた、カルターゴ。こやつは、厄介な事に、可動式の盾を持っており、正面からの攻撃の一切を止め切る。攻撃の際は、まるで威嚇するかのように広げるが、それ以外は、貝のように閉ざされ、頭部を守っている。

 かと言って、他が脆弱かと言われれば、そのような事はない。盾ほどではないが、こやつは、全身が、異常に硬い。確かに『足を使っての移動』は不得手だが、その欠点を補うにしても、やり過ぎとさえ思える。

 さらに、強靭な個体に限定されるが、こやつ、『足以外を使っての移動』の術を心得ておる。一度、己の身体をダーカー因子に分解し、別の場所で、再構築するのだ。この移動法で、アークスを正確に捕捉し、ハンターの防御フォトンさえ貫く高威力のレーザーを、放つわけじゃ。

 攻守共に完璧な、移動砲台。妾も、初めて講義で学んだ時は、そのような感想を抱いた。しかし、こやつもダーカーである以上、共通の弱点ーーダーカーコアを持っている。その位置は、後頭部。しかも、ご丁寧に、こやつの胴体は、まるでコアを攻撃する際の足場として使ってくれ、とばかりに、後方へ伸びておる。

 要は、後背に回り込めれば、非常に与しやすい相手、じゃな。

 

 目標と定めた、右端の個体の、側面を目指して走る。この角度での接近は、背後を取る以外に、カルターゴからの攻撃を避けるにも、非常に有効じゃ。カルターゴのレーザーは、収束率が高過ぎる故か、照射面積が非常に狭く、また、真正面にしか照射出来ない。彼奴に向かって、斜め方向に近付けば、レーザーによる迎撃は、受けずに済み、安全に接近出来る。接近されれば、周囲360°にも照射出来るのだが、逆に言えば、懐に入るまでは、問題とはならぬ。

 道すがら、ダガンが邪魔をすべく、こちらへ向かって来る。しかし、無視。妾が目指すは、カルターゴ。任されたからには、しかと潰さねば。それに、彼奴らを後回しにしては、常にレーザーを警戒し、立ち回らねばならなくなる。優先順位は、ダガンなぞより、高い。

 それに、どうせダガン共は、妾には、近寄れぬ。ほれ、そう考えておる間に、また一匹、屍を晒しおった。妾の後を追うアフィンが、露払いを、してくれるからの。

 

「そのまま走れ、楓ッ!」

 

「心得た! その献身、彼奴らの屍で、応えようぞッ!」

 

 レーザーが、地を抉り、切り裂くように、迸った。しかし、当たらぬ。飛散したダーカー因子が、フォトンの守りを、叩く。こんな物、屁でもないわ。構わず、駆ける。

 間合いに、入った。全力で跳び、カルターゴの頭を越え、その胴体に着地。薄気味の悪い脈動が、硬い外殻から、足の裏を通じて、伝わった。VRにはなかった、感触。そうか、こやつらも、生きておるか。ならば、やはり、殺さねばな。

 カルターゴの頭頂部に、ダーカー因子が、集中する。身の危険を感じたか。それとも、単なる防衛本能か。構わぬ。それを撃つ前に、終わる。

 振り向きつつ、右のワイヤードランスを、突き出した。剥き出しのコアに、刃が、易々と滑り込んで行く。すぐに、少々硬い手応えを感じる。気にせず、そのまま、押し通す。そして、今度は、一切の抵抗がなくなった。

 ちら、と見て、理解した。カルターゴの頭部を、貫通していたのだ。なるほど。抵抗がなくなったのも、道理じゃな。

 霧と消える前に、得物を引き抜き、飛び降りる。そしてすぐさま、ゼノ殿の周囲のダガンへ牽制射撃を加えるアフィンの、背後に迫っていたダガンの胴体を貫いた。

 

「サンキュ、楓!」

 

「構わぬさ。それよりアフィン、ここまで寄れば、妾の心配は、いらぬ。ゼノ殿の背を、見てやっておくれ」

 

「……良いのか?」

 

「寄ってしまえば、あやつらは、木偶の坊よ。ほれ、行け!」

 

「分かった。でも、お前も、ちゃんと見とくからな」

 

 残る砲台は、四匹。同輩をやられたからか、妾を脅威と見なしたらしく、のろのろと、こちらへ向き直ろうとしている。遅い。まことに、遅い。まるで、アーノルドを助けようとしていた、先の妾のようじゃな。

 ギリ、と、己の怠慢の記憶を、奥歯で噛み殺す。思い出すべきではない。反省すべきではない。今は、この場のダーカーを殲滅し、帰還する事だけ、考えるべき場面じゃ。

 

 次の標的を決めた。妾から見て、一番手前の個体。貴様じゃ。

 カルターゴは、常に単独、あるいは横列を組み、出現する。互いに射線を確保し、初撃で、敵を仕留める為に。

 では、もし。初撃を外した上で、敵に懐に入られたなら。ド新人にすら、容易くコアを抉られる程度の個体。分解及び再構築による移動は、出来ぬと見て、良かろう。横並びの端に接近出来たなら、後は、固まって現れ、満足に動けぬ彼奴らの背後を狙い、飛び回るのみよ。

 

 横っ面目掛けて十分に接近し、跳躍。胴体には乗らずに、そのまま跳び越えつつ、コアを切り裂いた。頭部が大きく痙攣し、だらり、と垂れ下がる。これで、二匹仕留めた。残り三匹は、まだ、こちらを向き切れていない。ふん、ウスノロめ。

 二匹目に近付いた時より、正面寄りの角度で、三匹目に接近。しかしまだ、レーザーの加害範囲には、入っておらぬ。気にせず、駆ける。そして、胴体後方辺りで、振り向きつつ、急制動。ガラ空きのコアへ跳び、頭部ごと、貫き通した。残るは、二匹。

 ここでようやく、妾に、射線が通った。だが、やはり遅い。力を溜める間に、妾は、自由に動ける。……ほれ、もう、軸をズラしたぞ。出会い頭に、仕留められなんだのが、貴様らの運の尽きよ。寄って来たダガンを、一撃で黙らせ、また走る。四匹目と五匹目は、やけに距離が近い。旋回と移動の結果であろうが、妾には、好都合。手間が一つ、省けーー

 

 ーー背筋が、冷えた。

 

 踏ん張って止まり、後ろへ跳んだ、その瞬間。レーザーが、周囲の地面を、互いの胴体を、焼いた。あのまま走り、胴体に跳び乗っていたら、妾の身体は、あれに焼き切られていたじゃろう。

 こやつら、互いを犠牲にしてでも、妾を殺そうとした、と言うのか。妾を殺す為に、知恵を絞った、と言うのか。何ともーー

 

「ーー小賢しい真似を、しおるわッ!」

 

空中に漂うダーカー因子を物ともせず、再度、接近。彼奴らも再び、因子を溜めておるようだが、手の内は知れた。最早、通じぬぞ。

 四匹目に跳び乗ると同時に、コアを抉り抜き、仕留める。五匹目のレーザーが放たれたが、それが弧を描く前に、離脱。安全を確認してから飛び掛かり、五匹目のコアを、破壊した。

 

 カルターゴ五匹、討伐完了。ゼノ殿は、既にエル・アーダを倒したらしく、アフィンと共に、残敵(ダガン)の掃討に当たっている。エル・アーダは、カルターゴなぞよりも、余程強敵だと言うのに。さすがは、現役アークスじゃな。おっと、呆けてはおれぬ。

 

「遅れて申し訳ない、加勢しますぞ!」

 

「いーや、十分、早ぇよ! この虫野郎共を殲滅すりゃ、帰れるぞ。気合入れろ!」

 

「承知!」

 

手近なダガンを抉り、戦列に加わった。本日の締めの舞、鮮烈に、舞って見せようぞ。

 

 

 

 最後の一匹を、アフィンが撃ち抜いた、その時、

 

『オペレーターより、ゼノ班、エコー班へ。ダーカー因子の減少により、テレポーターが再起動しました。直ちに、帰還して下さい!』

 

ようやく、帰り道が、開かれたようじゃな。

 

「了解! 聞いたな、お前ら! また絡まれる前に、とっととオサラバするぞ!」

 

ゼノ殿の声で、エコー殿たち三人も、広場へ入って来た。欠員、なし。六人全員での、帰還じゃ。

 全員が、テレポーターの、青い輪の内側に入ったのを確認し、ゼノ殿が、端末を操作する。そして、

 

「よし。ゼノ班、目標を達成した。帰還する!」

 

「エコー班、同じく、目標達成しました。帰還します!」

 

ゼノ殿とエコー殿の宣言を聞きながら、浮遊感に身を委ね、目を閉じた。

 

 

 

 目を開けると、無機質な、見覚えのある風景じゃった。窓の外は、星々の瞬く、漆黒の宇宙。正面には、この部屋への出入口。そして背後には、微かに波打つ、テレプール。

 アイテムパックから、給水用の経口補水液を取り出し、一口。キンキンに冷えた、少し酸味のある液体が、喉を潤す。そこで、ようやく、実感した。

 

「終わったんじゃなぁ……、ようやっと……」

 

「ゆ、夢じゃないよね? 私たち、ちゃんと、生きて、帰れたんだよね?」

 

辺りを見回し、妾を見つけたユミナに、問われた。あの激戦の後じゃ。実感が湧かぬのも、無理はない。……ふむ。解してやるか。

 

「ほれ」「うひゃっ!?」

 

良く冷えた補水液のボトルを、頬に当ててやった。おぉ、随分と、可愛らしい悲鳴を上げよる。

 

「全員、無事に帰れたんじゃよ。お疲れ様じゃな、ユミナよ」

 

「無事に……。アーニーも、楓ちゃんも、アフィン君も、先輩たちも、みんな、生きてるんだよね?」

 

「全員、ちゃんと、足があるじゃろ?」

 

「う、うん……。うっ、うぅっ、ふえぇ……」

 

おどけた感じで、全員の足を指してやると、一つ頷いてから、座り込んで、泣き出してしもうた。緊張の糸が、切れたか。

 屈んで、そっと抱きしめ、頭をポンポン、と、撫でてやる。

 

「おぉ、よしよし。そなたは、良く頑張っておったぞ。頑張ったから、帰れたのじゃ」

 

「ご、ごわがっだよぉ……!」

 

「うむ、うむ。怖かったのぅ。じゃが、もう、安心じゃよ。気の済むまで、泣くが良い」

 

そんな風に、ユミナをあやしていると、そばに、アフィンとアーノルドも、尻餅でもつくように、座った。

 

「帰れたかぁ……。さっきまでのドンパチが、嘘みたいだぜ……」

 

「静か過ぎて、逆に落ち着かない……。良いのか悪いのか、あの空気に、慣れてしまったのかも知れん……」

 

みな、思う事は、同じか。しかし、正式なアークスとなれば、このような戦いは、日常茶飯事なのだろう。

 

「慣れねば、ならぬじゃろうなぁ」

 

「そう、だよな……」「合格していれば、だがな」

 

「うむ。まずは、任務の結果を聞く。話は、それからじゃな」

 

「あん? 全員、合格だぞ」

 

しみじみと語り合っているところに、ゼノ殿が、あっさりと言った。全員、合格、じゃと? 任務は、ほんの今、終わったところじゃぞ?

 

「じじい……おっと。六芒均衡の一、レギアスからの通達だ。あぁ、立たなくて良いぞ。そのまま座っとけ。今回の修了任務を受けた訓練生は、全員、正規のアークスに任命する、ってな」

 

「今入った連絡によると、他のハガル所属の訓練生も、全員無事に、キャンプシップに帰還出来たそうよ。みんな、おめでとう!」

 

「今のは、略式の辞令みてぇなもんだ。明日の午前10時に、正式な任命式が、執り行われる。実際には、それが終わってから、だな。遅刻すんなよ?」

 

「それと、これはオペレーターとして、じゃなくて、ブリギッタさんとしての、連絡ね。本当に、お疲れ様でした。明日からの業務が、とても楽しみです、だって。頑張らなきゃね!」

 

「ってわけだ。……ん? どうした、お前ら。アギニスがグレネードシェル食らったみてぇなツラして」

 

それはいわゆる、断末魔ではなかろうか。ま、まぁ、それは良いとして。

 

「い、いや、あまりにも急な話で、面食ろうておるところです……」

 

「急でもねぇよ。本来の流れでも、アークスシップに帰る頃には、結果が出てるんだからな。それが、ちょっとばかり、早まっただけだ」

 

「ユミナちゃん、良く頑張ったね。最後なんか、前衛一人だったのに、寄って来るダガンを、バッタバッタと。これで、不合格なんて結果が出てたら、管理官に怒鳴り込んでたよ。……ゼノと」「おいコラ、勝手に巻き込むんじゃねぇよ」

 

「うぅっ……、えごーぜんばぁい! ……やぁらかい」

 

「きゃっ!? ちょ、ちょっと、ユミナちゃん!? どこ触ってるの!?」

 

妾から離れ、エコー殿に抱き付いた、ユミナ。まぁ、今の妾は、金属の身体だから、確かに硬いが……。何じゃろうな、この敗北感は。

 

「アフィン、アーノルド、良かったな。だけど、覚悟しとけよ? 手が空いてるようなら、遠慮なく、連れて行くからな?」

 

「うっす、全力で頑張ります!」「期待以上の結果を出せるよう、尽力します」

 

「よーっし、上等だ、お前ら! ますます気に入った!」

 

男連中は、約束を確認してから、肩を組んで笑っていた。あぁ、妾も、あの中に入って、頭を空っぽにして、馬鹿笑いしたいのぅ……。

 

 兎にも角にも。新光暦238年2月20日。時計によれば、13時。妾は、掴んだ。アークスの資格を。権利を。義務を。

 まだ、ここは始点に過ぎぬ。進むも、退くも、妾次第。浮かれるには、早い。しかし、ここに立たねば、進む事さえ、許されぬ。

 少なくとも、迷う事は、ないであろう。大切な人たち(家族)を、守る。

 

 この道だけは、決して、違えぬ。




こうして書いてると、不思議と、本編と一切関係のないネタが、色々湧いて来ます。
関係あってたまるか、ってのばかりですが、その内、書けたらいいなぁ、とか思ってます。

2017/07/16 11:58
  エコーの一人称を修正
2017/07/17 9:55
  三点リーダーを修正

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