出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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前話登場のM.I.Sは、『Multipurpose Investigation Silhouette』の略称です。作者の惰弱な英語力で必死にWeb辞書から単語を引っ張り出して『多目的探索機』と言った意味の名前をでっち上げました。


第二十七話 油断の代償

 巨大なロボットと聞いて、人はどんな物を想起するであろうか。世界征服を企む悪の組織に敢然と立ち向かう雄々しい姿か、戦争で運用される無個性な量産兵器か、はたまた自我を持ち子供と心を通わせる優しい巨人か。何にせよ大半において共通するのは、高い戦闘能力を持っていると言う事か。

 

 翻って妾たちが守っている巨人は、そのどれにも当てはまらぬ。

 移動は基本的に歩行。水中や無重力環境での移動手段もあるにはあるが、その速度は例えるならば鈍亀。先程の落下傘降下を見れば分かる通り、降下時の減速用ブースターさえ搭載されておらぬ。精々が小高い段差に登る為のジャンプブースター程度。護衛対象が護衛を置いて行くわけにもいかんしの。

 武器は自衛用フォトンハンドガン一丁。威力はダガン程度ならば一発で事足り、射撃精度も申し分ない。しかし構造上の問題で連射が利かぬ上、照準合わせにも手間取る故、数で攻めるダガンには結局押し負ける。弾倉交換も構造が災いして素早く行えん始末。

 総じて戦闘においてはがらくたと言う評価。役立つ局面と言えば、あらゆる環境下で問題なく活動出来る頑丈な装甲を活かした、即席の防壁か。まぁ、にっちもさっちも行かない状況での悪あがきじゃがな。普段からそんな戦法を取るには、この巨人にはあまりにも金が掛かり過ぎておる。

 

 じゃが、消えた日々に諳んじた通りこのM.I.S――正式名称は忘れたわ。あんな長ったらしい横文字なんぞ覚えてられるか!――には、アークス戦闘員複数名で護衛するだけの価値がある。人間には持ち運べずアイテムパックにも入らないような巨大な器具を機体各所に装備し、二足歩行特有の踏破性能で探索地点を選ばず、五指による繊細な作業を可能とするM.I.Sは、惑星探索にはなくてはならない機械じゃ。

 

『やはり落ち着かんな……』

 

搭乗者の気持ちはさておき、の。

 

「何なら俺が代わろうか? ぜってーそこらの木にぶつけるけど」

 

『……先に聞けて良かったよ、アフィン』

 

『かっ、勘弁して下さいよアフィンさん! 修理費用まで請求されたら、報酬も支払えなくなるかも知れないんですよ!?』

 

 降下地点からさほど進まぬうちに早速原生種の歓迎を受けたわけじゃが、ただ妾たちの戦いを眺めるしかないアーノルドは、戦列に参加したくてうずうずしていたらしい。妾も同じ立場であれば、似た思いに駆られていたろう。戦友は信用しておるが、そこに加われないと言うのは、あまり想像したくないのぅ。

 

「冗談っすよ、ロジオさん。それで、最初の目的地はここを真っ直ぐ行ったとこの十字路でしたっけ?」

 

『そう言う胃に来る冗談は、これっきりにして欲しいです……。えぇっと、はい、そうです。そこにボーリングマシンを設置して下さい』

 

「同時に岩石類の調査も、じゃったか。となるとM.I.Sだけでなく掘削機も守らねばいかんな」

 

歩を進めながら打ち合わせを行い、今後は妾とユミナでM.I.Sを護衛し、アフィンが掘削機の守りに就く事となった。たかが機械と侮るなかれ。掘削機も動力源はフォトン故、侵食体やダーカーに攻撃される。その場から動かせぬ採掘機を守るには、接近させてから撃破するよりも接近そのものを許さぬ方が良かろう。その点、M.I.Sは鈍足ながらも動ける為、まだ守りやすい。

 

 天然の道を北上し、最初の目的地である十字路に到着した。見通しが良いので索敵は容易じゃが、逆に大群が攻め寄せてくるにうってつけの地形でもある。

 

『これよりボーリングマシンを設置する。楓、ユミナ、物珍しいのは分かるが、危ないから離れていろ』

 

「おっとと。守らなきゃって思ってたら、ついつい」

 

護衛担当の妾たちが離れたのを確認し、アーノルドの操るM.I.Sは肩の掘削機を取り外し、十字路の中央に設置した。機体の腰程の高さもない機械じゃが、三脚を伸ばし、主要な部品を展開させると、ちょっとした集合住宅くらいの大きさとなった。うむ。やはり人間が運搬するのは無理じゃな。

 機体からの遠隔操作により、掘削機が起動した。土煙と礫を撒き散らしながら、ドリルが下へ下へと掘り進む。ここに護衛を置いて別の地点へ移動し、同時並行で二箇所以上を調査すれば効率が上がるのではなかろうか、などと素人考えをしたが、そうは行かんらしい。と言うのも、地質調査をするにはこのドリルは短過ぎるそうな。なので限界まで掘り進んだら、次のドリルを接続して再開、と言う作業を繰り返さねばならぬ。故に、一度に調査出来るのは一箇所のみで、その間M.I.Sは付近で別の作業を行う。これが基本的な運用なんだとか。

 ところでこの採掘機、とにかくやかましい。機械の力でもって土を掘っているのだから当然ではあるが、ここがアークスシップの一般居住区画だったならば、立看板を置いていても周辺住民から苦情が殺到するであろう。そしてM.I.S自身も、動くたびにがしゃん、がしゃん、と大きな足音を立て、装甲板同士がぶつかる派手な音が響く。

 人間よりも遥かに鋭敏な五感を持つ生物が跋扈する、人工物の見当たらない静寂の惑星で、明らかに異質な雑音ががこんがこん鳴ればどうなるか。まぁ、火を見るより明らかじゃな。ほれ、三方から原生種共がまっしぐらじゃ。崖上からはアギニス共が飛んで来よったぞ。

 

「アーニーは岩石調査を続けよ。相棒、ユミナ、参るぞッ!」

 

「りょーかいっ、アーニーには近寄らせないよッ!」

 

「アーニーからタグバルブ借りといて良かったぜ、そらよッ!」

 

言うが早いか、アフィンの大砲(ディバインランチャー)が火を噴き、西方面から迫る一団を木っ端微塵にした。初手としてはこれ以上は望めん程の好手。景気の良い花火が上がったからには、妾たちも奮起せねばなるまいて!

 フォトンを感じ取って興奮したのか、どいつもこいつも全速力で突っ込んで来る。ならばこちらのとる手は一つ。その速度を利用させてもらうまで。距離を見計らい、軽い足取りで踏み込みつつ、先頭を走る二匹のガルフの眉間へ切っ先を突き出した。余計な力はいらぬ。少し歓迎の手を差し伸べてやれば、あちらは喜んで迎え入れてくれる。案の定、二匹は脳髄でもって妾の意思を受け止めてくれた。その後もユミナよりも前に陣取り、がむしゃらに突撃する原生種共を蹴散らして行く。

 そんな妾の脇を抜けられたガルフも、ユミナによって丁重にもてなされた。M.I.Sへ熱い接吻を仕掛けんと飛び掛かる獣共は、一匹残らずユミナの長槍の露となった。己の間合いを割らせぬ姿勢から来るのじゃろうか、ユミナは戦場が俯瞰的に見えている節がある。一所に留まらず、妾の逃した者、別の方角から来る者の前に割って入り、一太刀で次から次に切り裂く。元々、訓練生の手本とも言われていた長槍捌きが、実戦を経験して肝が据わった事で、より鋭さを増したのじゃろう。さながら砦じゃな。

 空を飛び、こちらの隙を窺うアギニス共は、アフィンの長銃が片っ端から叩き落とした。掘削機を地を進む獣から守りつつ、空の敵を撃ち抜く。どれだけ神経を研ぎ澄ませても研ぎ足りぬであろう。しかし後から聞いてみれば、アフィンはけろりとした顔で言ってのけた。

 

「余裕があれば仕留めるけど、翼を撃てば落っこちるからな。墜落したのは相棒たちがトドメを刺してくれただろ?」

 

いささかずれた答えが返って来たが、恐らくはそれもレンジャーの、後衛の仕事なのだろう。前衛を信用しているからこそ、最低限の手を打って任せる。であるならば、妾たち前衛もその信頼に応えねばならぬな。

 

 こうして守られている間に、当の護衛対象たる単眼の巨人はどうしているのか。巨岩を前に膝を突き、ただじっと眺めておるように見える。じゃが故障したわけでも、燃料が尽きたわけでもない。こう見えてしっかりと仕事をこなしておる。

 顔面のおよそ八割を占める単眼は伊達ではない。多目的な情報取得機能を有しており、岩の組成を調査している。岩とは、早い話が冷え固まった溶岩。地質調査で得られた情報と照らし合わせる事で、星の成り立ちを知る重要な手掛かりとなる。ロジオ殿からの受け売りじゃがな。

 このように、M.I.Sは人が立ち入れぬ場を調べるだけではなく、人よりも多く、精細な情報を得る為にも使われており、無論、星の成り立ちを調べるにも重宝されている。しかし妙な話じゃな。海洋探索には投入されているが、陸地では情報の不足が示す通り、まともに運用されておらんらしい。これも素人考えじゃが、陸地の方が海洋よりも楽だと思うんじゃがのぉ……。

 

 考え事をしている間にも、ここで数え切れぬ日々を過ごした身体は動いてくれた。辺りを支配する音は掘削機の稼働音だけとなり、やがてそれも収まった。

 

『ここのデータは十分に届きました、ありがとうございます。次の場所は、マップを参照して下さい』

 

得られた情報は、M.I.Sを介してロジオ殿に送られる。表情と声の調子からして、どうやら満足の行く情報が届いたらしい。

 

「承知しました。しかしこの進捗具合ならば、当初の予定よりも早く終えられそうですな」

 

『念の為、予定は戦闘が調査活動より長引いた場合を前提に組みましたからね。それだけみなさんの腕が立つと言う事ですよ。アーノルドさんの操作も見事ですし』

 

『それなりに真面目に訓練しましたからね。いざ使うとなって事故を起こしてばかりでは、調査どころではありませんから』

 

岩石調査を終えたアーノルドが、掘削機を畳みながらロジオ殿に答えた。声の調子からすると、こりゃ相当照れとるな。謙遜して誤魔化したつもりのようじゃが、妾には通じぬぞ。ああ見えて可愛いところもあるではないか。

 

「はは、耳が痛ぇや……」

 

 アフィンの情けない呟きを聞き流しつつ、地図を参照する。当然各方面の詳細は分からんが、目的地を示す光点から察するに、東への道を進めば良さそうじゃ。

 

「早く済んだら、それだけ早く休めるんだよね? さくさくっと次行こっか!」

 

ユミナの掛け声に一同頷き、進路を東へとった。妾とユミナが前方を警戒し、M.I.Sを挟んでアフィンが殿を務める。

 前方広範囲へ視界を巡らせながらも、妾の心は少しばかり浮かれていた。これはもしかすると、埋もれている何かを発見する切っ掛けになるのではなかろうか? そう、ジグ殿から頼まれていた珍しい物品じゃ。この惑星に古代文明か何かがあったかは知らぬが、調査の結果、失われた文明とかそんなものが発見されるかも知れん。無論、掘削機が得たデータはロジオ殿が吟味する故、即座の発覚はなかろう。じゃがもし、妾の求めるものが見付かったならば……。

 おっと、いかんいかん。自分でも分かる程に頬が緩んでおったわ。幸い、隣を行くユミナには気付かれておらぬらしい。こんなに気もそぞろでは、守れる者も守れんわい。気を引き締めねばな。

 

 

 

 ……結論から言ってしまおうか。ロジオ殿からは朗報なぞなかった。日付をまたいでも淡々と調査を続け、巣に陣取るロックベア――今さら手こずる相手でもない――を流れ作業のごとくブチのめし、予定よりも一日早くアークスシップへと帰還する事となった。

 よくよく考えてみれば分かる話ではある。そう都合良く古代文明の存在を示唆する遺物など見付かるわけがない。もしそうならば、考古学者は軒並み廃業せねばならん。さすがにシオンと言えど、惑星の成り立ちまでどうこうする力はあるまいて。

 

 

  実に浅薄じゃのぅ 情けない

 

 

  せんぱくって なんなのじゃ?

 

 

  そこで疲れ果てておる 間抜けの事じゃ

 

 

  かえでは せんぱく?

 

 

  そうじゃ 言ってやれ 言ってやれ

 

 

やかましいぞ、貴様ら。好き放題に言いおって。

 

 M.I.Sとの共同探索では、帰還時の手順が異なる。テレポーターは使わずに通信を入れ、キャンプシップに直接迎えに来てもらわねばならぬ。テレポーターはでかぶつの転送を想定しておらぬそうな。そして今回は、少しばかり順序も違う。

 ロックベアの巣へ通じる道は、二手に分かれた道の一方。じゃがもう一方の道の奥には最後の調査地点があり、それなりに近い。ロックベアを無視して先に調査を始めると、フォトンと騒音に釣られて巣から出てくる可能性がある。単体ならば先に述べた通りに容易く屠れるが、小型原生種共と入り乱れて、となるとM.I.Sと掘削機双方無傷、とは行かんかも知れぬ。

 幸い、探索において大型を討伐したらすぐに帰還しなければならない、といった規則はない。故に後顧の憂いを断ち切ろうと、先に巣へ向かったわけじゃな。せっかくここまで無傷で守り切ったのじゃから、安全に行かねばの。

 

 無駄口を叩きながら、しかし警戒を怠らぬまま行き着いたのは、森林と凍土の境界じゃった。改めて見てみると、何とも不思議と言うか不気味と言うか、どことなく不安を掻き立てられる光景が広がっておる。

 想像した事はないだろうか。晴天と雨天の境目に立つとどうなるのか、と。半身は濡れ鼠となり、もう半身は乾いたままとなるのか、などと考えた者は少なくないはずじゃ。一般居住区画は場所によって天候が違うと言う事はないが、人工的に作られた雨雲を見ると、妾もふとそんな事を考えてしまう。

 ここは、まさにその体現。緑が生い茂る森林から一歩踏み出せば、雪が分厚く降り積もった極寒の凍土となる。まるで線引きでもされたかのように。その線からあちら側へは、日の光が届いていないかのように。

 

「話には聞いてたけど、いざ自分で見るとすげーな、これ」

 

アフィンの口から漏れ出た感想に首肯した。己が口を開いても、凄いとしか言えなかったろう。それだけ眼前の自然現象は、想像を超越している。否。いっそ異様ですらある。

 

「やっぱり、あの境目を越えた途端に寒くなるのかなぁ?」

 

『こちらのセンサーで見る限り、空気が断裂しているとしか思えんな。その線より向こうは、気温が急激に低下している』

 

惑星の特性と言ってしまえばそれまでじゃが、妾たちの常識と照らし合わせると、やはりおかしい。森林側から凍土側へ熱の移動が起きていなければならんのに、こちらは暖かく、あちらは寒い。アーノルドがそんな感想を抱くのも無理はない。

 

「何はともあれ、調査はせねばならん。アーニー、採掘機を頼むぞ。ロジオ殿、森林エリア側で問題ありませんな?」

 

『はい、今回の調査で必要なのは森林エリアのデータですので、凍土側には入らなくて良いです』

 

「フォトンで守られてっから寒くはねーけど、気分的に寒くなるんだよなー」

 

「それ分かるかも。ここから見てるだけでも体が震えちゃいそうだもん」

 

「そなたらは肌の露出面積が原因かも知れんがの」

 

特にユミナ。ぱっと見では戦闘服と思えん程の露出具合じゃからな。フォトンの守りがなければ、とても凍土には入れんじゃろうて。

 

『ここら一帯の小型が活発化しているかも知れん。慎重に頼むぞ』

 

 ドリルの起動と同時に、アーノルドから通信が入った。大型を討伐すると、自分よりも強い種がいなくなった為に小型共が活発化する、と聞き及んでおる。最後の最後じゃ、油断出来ぬぞ。

 

「そら来たぞ、後ろからは凍土組がお出ましだ!」

 

前門の虎、後門の狼と言ったところか。掘削機の稼働音に引き寄せられ、挟み撃ちの様相を呈しておる。ひょっとすれば喉笛を食い千切られるような相手ではあるが、今さらじゃな。そしてその牙に掛かってやる程、妾たちもお人好しではない。

 

「これが最後じゃ、抜かるでないぞッ!」

 

得物を握り直して、迎え撃つ。

 

 

  気付くかのぅ? 気付くかのぅ?

 

  気付かなければ (まこと)の阿呆ぞ?

 

 

馬鹿にしたような内の声を振り払うように、眼前のガルフ共を薙ぎ倒した。

 

 

 

 無事にM.I.Sを守り切って帰還したアークスシップでは、ロジオ殿が出迎えてくれた。喜色満面な顔を見るに、満足出来るだけの情報が得られたようじゃな。

 

「本当にありがとうございました。報酬は全額振り込ませて頂きます」

 

修理費用なども必要なかったらしい。端末で振り込まれた額を見て、ついにやけてしもうた。これだけの金があれば、また煮付けが作れるわぃ。あねさまの部屋に持参したり、あにさま宛に送ったりするのも良いのぅ。

 と、皮算用に思案を巡らせながらふと顔を上げると、ロジオ殿が浮かない顔をしておられた。

 

「おろ、どうかされましたかな?」

 

尋ねてみると、彼はおずおずと口を開いた。引き続き凍土エリアの地質調査を依頼したい、と。

 つい先程、森林と凍土の境目を目の当たりにしたわけじゃが、学者殿の知識を以てしても、あの風景は異常に過ぎるんだとか。だと言うのに、この現象が自然のものなのか、はたまた別の要因によるものなのかを示す情報は記録されていないそうな。なので、凍土の情報も取得して比較調査したい、と。

 明確に気象が変わっておるのに情報がまるで足りておらんと言うのも、これまた首を傾げる話じゃのぅ。ここまで色々不足しておるとなると、本当に調査を終えたのかどうかも怪しく思える。資源的な価値が低いとは聞いておったが、その結果もろくに調査していないが故の決め付けではないのか? 学のない己が考えたところで詮無き事ではあるが、どうにも、喉に小骨が突っ掛かったような感覚を覚える。

 

 こちらも正式にオーダーとして依頼したいとの事じゃが、断る理由はない。途中まで調査を進めておいて他の者に丸投げ、と言うのはどうにも座りが悪い。それに、ロジオ殿には申し訳ないが、このオーダーを受けてくれる者がいるとは思えぬ。森林でさえ声掛けした相手全員から断られておったくらいじゃしの。

 

 

 

 そして、翌日。再びM.I.Sと共に降下した先は、昨日の最後に掘削機を稼働させた地点。それが証拠に、戦闘や掘削機設置の跡がくっきりと残っておる。違いがあるとすれば、ほぼ誤差の範疇じゃが、凍土側に降り立ったと言う程度。つまり今回の探索は、事実上昨日の続きと言える。

 

『最初の調査は、ここです。森林と凍土を比較するなら、ここが一番分かりやすいですから』

 

普通ならばあまりにも隣接し過ぎており、比べるような違いはなかろう。しかしここは普通ではない。目に見えぬ壁や扉があるのではないか、と疑いたくなる程に環境ががらりと変わっておる。であるならば、調べる意味もあると言うもの。

 昨日は最後の戦場となったが、その際にあらかた片付けたからじゃろうか。M.I.S降下前の安全確保では敵影は見られず、こうしてがりがりと大地を削っている間も平和の一言。

 

「相棒、厄介な連中は来ておらぬな?」

 

息を殺して照準器を覗くアフィンに問うと、無言ながらもしっかりと頷いた。厄介な連中とは言わずもがな、イエーデ種とマルモス。やつらは森林の原生種と違って、遠距離攻撃を仕掛けてくるからの。単純な身体能力やずる賢さよりもよほど脅威となる要素じゃ。岩を武器とするザウーダンも警戒すべき敵ではあるが、あれは群れの頭故に数が少なく、群れを形成する大多数であるイエーデよりも危険性は低い。あちこちの装甲がぼこぼこに凹んだ機体を返却しようものなら、ロジオ殿が泡を吹いてしまう。今回も無傷で帰らねばな。

 

 

 

 調査を終え、静寂に包まれた三つ目の指定地点を見渡しながら、ほぅと一息ついた。相変わらず掘削機やM.I.Sの騒音は敵を集めるが、今のところ大小問わず問題は起きておらず、案内するロジオ殿の声も、昨日より安堵の色が強い。

 順調ではあるが、昨日までの森林調査とは意味が異なる。あくまでも、ロジオ殿が事前に立てていた行程に沿うかたちで順調。先に述べた通り、狡猾な凍土原生種相手ではこちらも慎重にならざるを得ん。調査地点の数だけで見るならば、森林の約半分の消化速度か。これは次の調査を終えたら、野営の準備をせねばならんかのぅ。

 

「次は……、ふむ、この先の丁字路か。今日はそれで終いとしようぞ」

 

「さんせー。何かすっごく気疲れしちゃったぁ……」

 

『今日の分はそこで終わりですからね。日が落ちる前に、さっきの場所に引き返してゆっくり休んで下さい』

 

「丁度良い洞窟が見付かって助かったぜ。探してる間に日が暮れちまうよ」

 

『俺も少しばかり尻が痛い。昨日までは気にならなかったが、どうもコイツは乗り心地まで削っているらしいな』

 

アークス謹製の天幕は、吹雪程度で吹っ飛ばされる程柔ではない。しかし分かっていても不安になるのが人間の性というもの。故に凍土で探索するアークス戦闘員は、適当な洞窟や横穴を探し、そこに天幕を張って少しでも風雪から逃れようとする者が多い。専門の探索部隊ともなると、平原のど真ん中に張っても熟睡出来る豪の者ばかりと聞くがの。

 閑話休題。今は降雪も穏やかで柔らかい日差しが降り注いでおるが、いつお天道様が機嫌を損ねるか分かったものではない。早いところ調査を終えて引き返すとしよう。この天候の最中にあって、雪解けの気配すらないのはやはり違和感を覚えるが、それもロジオ殿の研究が明らかにしてくれるじゃろうて。

 

 左右を崖に挟まれた道を北へ進み、ほどなくして件の丁字路が見えた。もしかすると原生種共の通行の要所にでもなっておるのだろうか。遠目でも中央部の雪が広く抉れ、凍った大地が顔を覗かせておるのが分かる。『すぱいく』がなかったら、ちと戦闘に難儀しそうな地形じゃな。

 

「こちら楓。間もなく四つ目の調査地点に到着しますぞ」

 

ロジオ殿にその旨を伝えんと通信を入れ――返って来たのは、不愉快な雑音じゃった。

 

「……アーニーや、M.I.Sの通信機は使えるか?」

 

断定するには早い。アークスシップの位置や距離の兼ね合いで、個人用端末では通信が不可能になっただけかも知れぬ。M.I.Sには情報の送受信用に高出力の通信機が備えられておる。それならば、あるいは……

 

「アーニー、聞こえておるか?」

 

しかしアーノルドからの返答は、同じ雑音に取って代えられた。

 遥か彼方のアークスシップどころか、数歩の距離でさえも通信が繋がらない。この状況、悠長に可能性を探る段ではないな。

 

「楓ちゃん、これってもしかして……」

 

「そのまさか、じゃろうな」

 

緊張した様子のユミナに短く答え、低く唸るでかぶつを見上げる。通信が使えん以上は、身振り手振りで伝えるしかあるまい。今まさに一歩踏み出そうとしたM.I.Sの前に立ち、両腕を目一杯広げた。そこらの木なぞ比較にならんくらい太い金属の足は、妾の意を汲んだかゆっくりと引き戻され、元の位置に収まる。

 

「……なるほどな。体を張った理由が分かった」

 

背部の搭乗口から覗いたアーノルドの顔は、あからさまに顰められていた。恐らくは妾に文句の一つも言おうとして、通信妨害を受けている事に気付いたのじゃろう。

 

「強引だったのは謝罪する。じゃが通信が使えんのなら、こうするしかなかろ?」

 

「……まだ凍土にいるのか、仮面は」

 

「それも近くに、な。相棒、ちょっと様子見てくるぜ」

 

「済まぬ、頼んだ。妾たちはM.I.Sの守備につく」

 

長銃を構えて周囲に目を光らせつつ、アフィンが進む。丁字路へ向かって左手側の崖に沿い、そろそろと前進。と、その時。思わず声を上げそうになった。

 西へ分岐する道から、ブリアーダが二匹、丁字路に差し掛かった。そしてこちらには目もくれず、ただ真っ直ぐに飛び、東への道に入っていった。

 

「あれって、もの探しダーカー、かな……?」

 

「分からぬ。じゃが特徴は似ておるな」

 

始めから実体化していて、フォトンを纏う妾たちに気付きもせず飛び去るあの挙動。やはり、普通のダーカーとは違う。……待てよ。

 

「あー、ビックリした……。いきなり目の前に――」

 

「相棒、下がれッ!」

 

額を左腕で拭いながら引き返すアフィンに叫ぶと同時。大量のダーカー因子が、妾たちの間に収束した。




M.I.Sの外見は読んで下さったみなさまのご想像にお任せしますが、A.I.Sの外装を色々取っ払って顔面に大きなレンズがくっついたような感じ、と想像して頂けると私の想像とだいたい一致するかと思います。

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