肉体的にはそれ程でもないが、精神的には異常な疲労感をもたらしてくれる任務を終え、本日は解散と相成った。帰還する頃には任務に行くにせよクエストに行くにせよ、ちと中途半端な時間じゃったしな。ともかく気分を入れ替える為にも、ゆっくりと風呂に入って煮付けを食らうとしよう。湯船に煮付けと茶を乗せた盆を浮かべるのも良いかも知れんのぅ。
研究部の連中はもう祟った。早ければ今日の夕飯辺りに成就するじゃろうて。それで懲りてくれれば万々歳じゃが、いかんせん因果関係がさっぱりじゃろうしなぁ。まだまだ繰り返されるような気がせんでもないわ。
「随分と楽しそうな顔をしてるねぇ、君」
「む、顔に出ておりましたか?」
歯に食べ物が詰まって四苦八苦する姿を想像しておったからじゃろうか。傍から見て妾は随分と上機嫌に映ったらしい。そう声掛けして来たのは、臙脂一色の男性じゃった。他に表現のしようがない。帽子、戦闘服、色眼鏡、襟足から覗く編み込まれた髪、その全てが臙脂色なのじゃから。臙脂色に並々ならぬこだわりがあると見た。誰が見てもそう感じるじゃろうがな。
この男性の名は"クロト"。今朝の任務にも招集の掛かった、ハガルでも指折りのアークス戦闘員。その実力は新人の耳にも届く程じゃが、この方に関してはまた別の話も伝え聞く。噂の域を出ぬが、上層部、その中でも取り分け上にいる方々と密接な繋がりを持っており、管理官とはまた別の道筋で戦闘員を育成しているとか何とか。
いかにも若者が好みそうな、眉唾で胡散臭い噂話じゃが、火のない所に煙は立たず。根拠となり得る話も同時に耳に入って来る。
妾たち新人には未だ縁のない話じゃが、走破演習と言うものがある。仮想の敵性体を出現させられるよう惑星の極狭い領域を改装した隔離空間が作られており、開始地点から終点までの所要時間を計測する演習じゃ。無論道中の敵性体を討伐する必要があり、相手も小型から大形まで多岐に渡る。要は、地形を活かした擬似的なVR訓練施設じゃな。
クロト殿はその演習に関するクライアントオーダーを出しているが、その報酬内容は破格の一言に尽きる。一度や二度のクエスト出撃ではとても稼げない程の、文字通り桁違いのメセタが支払われるそうじゃ。走破演習の受注許可を受けている者ならば誰でも挑戦可能。当然、個人で支払えるような額ではない。となれば、クロト殿の背後に潤沢な資金を備えている誰かがいる、と言う噂が立つのも宜なるかな。
して、そんな噂の絶えぬクロト殿が、妾のような新人に何の御用じゃろうか。
「うん、ちょっと聞きたい事があってね。君、凍土で――いや、凍土に限る必要もないか。妙なダーカーを見なかったかい?」
「妙なダーカー、ですか?」
未だダーカーの生態には謎が多い為、何を以て妙と言えるのかはとんと分からぬ。じゃが続くクロト殿の話を聞き、なるほどと納得した。
今朝の任務中、クロト殿一行はエル・アーダと遭遇。すわ討伐しようと身構えたが、そやつは踵を返してどこかへ飛び去ってしもうたそうな。追い掛けようとしたが、そこへ狙いすましたかのように他のダーカーが現れ、結局取り逃した、と。
「妙だと思わないかな? あいつは私たちを視認していたのに、興味なさげに飛んで行ってしまった。それに、始めから実体化していたんだ」
言われてみればおかしい。通常のダーカーならば、フォトンを嗅ぎ付けてから実体化する。それに、天敵たるアークスを目の前にしながら逃げ出すとは。訓練校での講義やこれまでの実戦とは、どうにも行動が噛み合わぬ。
それで思い出した。昨日の救出任務中にふらりと現れたブリアーダじゃ。エル・ダガンを産み出して、自分はさっさとその場から逃げ出しおった。周囲に現れたダーカーに守られつつ。同じ、じゃな。
「私もそれなりに長くアークスをやってるけど、あんなダーカーを見たのは初めてだったよ。分からないってのは、こんなに不安を掻き立てられるんだねぇ」
確かに、ダーカーは生態こそ先述の通りじゃが、行動そのものはこれ以上ない程に分かりやすい。アークスを見付けたら殺意を剥き出しにして襲い掛かる。実に単純明快。妾たちのような新人よりも多くの戦場に立って来たからこそ、今までにない行動への不安が募るのじゃろうな。
「まぁ、やつらが妙で不気味で不可解なのは、今に始まった事じゃないけどね。それにもしかすると、あれが噂のもの探しダーカーだったのかも知れないなぁ」
「もの探し……。あぁ、噂には聞いておりますよ」
強靭な個体の可能性がある、あちこちを彷徨くダーカーじゃったか。
「エル・アーダは足が速いから広範囲の探索に向いてそうだし、ブリアーダはエル・ダガンを囮にして探し物に回った、とも考えられる。妄想の域を出ないけどね」
ふむ。そう考えれば、彼奴らの妙な行動も辻褄が合っておるように思える。昨日取り逃したのも、あるいは正解だったやも知れぬな。下手にちょっかいを掛けていたら全滅していた可能性すらある。
しかし凍土での探し物、のぅ。仮面被りのやつも探し物をしておったな。ダーカーと、ダーカー因子を操る人物が、同じ地域で探し物。偶然とは思えん。
それじゃあお互い気を付けよう、と言い残して立ち去るクロト殿を見送り、コフィー殿へ報告しようかと思ったが、はたと思い留まった。
そもそも、もの探しダーカー自体が噂の域を出ていない。人に当てはめれば捜し物をしているように見える、ただそれだけ。それに、噂が出てからもう一週間は経っておる。だのに何一つ通達が来ないと言う事は、報告が上がっていないか、下らない妄言だと棄却されたかのいずれかじゃろう。少なくとも、もの探しダーカー単独に関しての報告は必要なかろう。
ならば仮面被りの件も合わせて報告すればどうなるか。この場合は妾個人にとって極めて都合が悪くなる。昨日の救出任務には、妾の他に五名いたが、その全員が、仮面被りの声なんぞ聴いていないかのように振る舞っていた。そんな中で、唯一やつとの交戦経験のある妾だけがやつの行動理由を知っているとなれば、面倒な事になるのは明白。かてて加えて、妾にはクラスリミットの件もある。いかなる処理が成されているかは分からんが、問題視されてはおらんらしい。しかし、余計に目立つような真似は避けた方が良かろう。
改めてマターボードを開き、今後やるべき事を確認してみたが、コフィー殿やお偉方への報告は書かれていない。であるならば、報告しようがすまいが大局には何の影響もないのじゃろう。己の不安を押し殺してまで動く価値は、見出せんな。この件は妾の胸に仕舞っておくとしよう。現状、やつからの被害は妾しか被っておらんし、それも全て届け出のしようがない上に妾の糧にしかなっておらんしの。
自室にてシオンと
「おはようございます、ドゥドゥ殿」
「む? おぉ、楓君か。おはよう、昨日振りだね」
朗らかに挨拶を返してくれたが、ドゥドゥ殿の佇まいは、普段とは明らかに違う。まるでこれから戦地へと向かう
「して、ドゥドゥ殿。そちらの方が……」
「うむ。私の師にしてオラクル随一の腕を持つ刀匠だよ」
赤の他人が過剰に飾り立てた言葉よりも、弟子による遥かに重みを持った簡潔な紹介。しかし当のジグ氏は、随分と気怠そうに見える。
「やめてくれ、そんな肩書で呼ぶのは……。わしにはもう、刀匠としての情熱など欠片も残っておらん」
控え目な身振りと共に発せられた声からは、覇気が感じられない。情熱を失った、と言うティア殿の情報はまことだったらしい。
「……と、朝からこの調子でね。君の事も話してみたが、他の者に頼め、わしはもう枯れ果てた、の一点張りなのだよ」
枯れ果てた、か。随分とお年を召しておられるようじゃし、寄る年波には勝てん、と言うやつじゃろうか。しかしティア殿の情報によると、作る意欲はあるらしい。故に、工房に立つのは職人としての己が許せない。妾は職人ではないが、その考えは分かる。それに、尊重すべきじゃ。
じゃが、引き下がるわけにはいかん。手元のマターボードには、ジグ殿が鍵と書かれておる。となれば、どうにかして氏の情熱を再燃させねばならんのじゃろう。まずは話を聞いてみるべきじゃな。
「お目に掛かれて光栄です、ジグ殿。お噂はかねがね」
「何じゃ、わしを笑いにでも来たのか? 過去の栄光に縋る老いぼれと」
「そのようなつもりは、決して」
ちと荒れておるな。ままならぬ自分の心に苛立っておるのじゃろう。
「師よ、楓君はそのような人間ではありません。落ち着いて下さい」
「ふん……。お主が、こやつの言っていた楓か」
鼻を鳴らして、妾の目を見据えるジグ殿。切れ長の赤い
「……なるほど、な。若いのに、悪くない目をしておるわ」
「キャストゆえ、作り物の目ですがね」
「物質的な話ではない。工場で生産されようとも、人として生きるキャストには魂がある。わしはそう信じておる」
眼球の品質ではなく妾自身を評したか。いや、分かってはおったが、オラクルにその名も轟く御方にこうも面と向かって褒められると、つい茶化したくなる。そう言えばつい一昨日も、詐欺師の目かも知れぬと茶化したのぅ。
それにしても、魂か。長く大切に扱われた物には魂が宿り、人々はそれを付喪神と呼んだ。ならば一つの種族として生産されるキャストには、九十九年どころか生まれたばかりのキャストには、どのような魂が宿るのじゃろうな。妾のこの思考は、感情は、いかな魂がもたらすのじゃろうな。
まぁ、ひねくれた魂が宿った事には違いなかろう。かかか。
「おやおや、普段は寡黙な師がこんなに喋るとは。老いらくの恋、とやらかな?」
「馬鹿者、わしをからかうなぞ10年早いわ」
降って湧いた疑問を内心で笑い飛ばしていると、何とドゥドゥ殿がおどけていらっしゃった。普段は仕事に熱心に取り組む姿と、子や孫を見守る年長者のような姿しか見られぬ故、これは貴重な一幕じゃのぅ。しかしこれでよく喋っているとは、普段はどれだけ無口なんじゃ、この御仁は。妾ならば耐えきれずに発狂するわ。
「不思議と、この嬢ちゃんとは話しやすくてのぅ」
「これでも、家や仲間内では話上手に聞き上手で通っておりますでな。あまり油断が過ぎると、何でもぺらぺらと喋ってしまいますぞ?」
「ふん、わしが語れるのは武器の何たるかのみよ。嬢ちゃんが望むのなら、いくらでも話してやるぞ?」
「かかかっ、アークス戦闘員としては願ったり叶ったりですな! いずれ一献傾けながら伺いたいものです」
「……楓君、君はまだ6歳だろう。酒を飲むのは感心しないね」
……む、一献傾ける? なぜそんな言い回しが出て来たのじゃろう。酒なぞ飲んだ事はないと言うに。しかし、不思議としっくり来たのぅ。酒への願望でもあるんじゃろうか。
「言葉の綾ですよ。飲もうと思った事すらありませぬ」
「どうだろうね、君はやけに大人びているからなぁ」
「まま、それは置いておきましょう。しかし、ジグ殿程の御方が情熱を失ってしまうとは、一体どうしたのです?」
少々強引な運びであったと己も思う。荒れておられる故、下手をすれば激昂して会話を打ち切られる可能性すらあった。じゃがジグ殿からは、妾が相手だと話しやすい、との言質を取っておる。ドゥドゥ殿からも、ジグ殿は普段これ程喋らない、と驚かれた。ならば思い切って聞いてみる価値はあろう。いつまでも世間話をしておっても、何も進展せぬ。
「……凪いだから、かのぅ」
意を決した問いに、ジグ殿はポツリと答えた。凪いだとは、何がであろうか。流れからすれば、恐らくはジグ殿の心か。口を結び、続きを待つ。
「40年前、わしは一人の武器職人として働いていた。大群を率いるダークファルスから民を守る為の武器を作り、そして直した。不謹慎な話かも知れんが、充実しておったよ。己の手掛けた武器が、オラクルの天敵を退ける一助になっておったのだからな。10年前のハガル襲撃もそうじゃ。
じゃが、今は違う。アークスの戦力が時を経て大きく増強され、ダークファルスによる被害もなくなった今、あの頃のような情熱が湧かなくなったのじゃよ。この身を焦がさんばかりの、武器へ注ぐ情熱がのぅ……」
ふむ。オラクルを守りたい一心で武器製造に打ち込み、めきめきと頭角を現したわけか。この辺りもティア殿の情報通りじゃな。それに先の発言を聞くに、刀匠と呼ばれる事に執着はないと見える。でなければ過去の栄光などと己を蔑みはせんじゃろうからな。
「心を込めずして武器など作れようはずもない。どれだけ頭を下げられようとな。古臭いと嘲られても構わん。それが職人としてのわしの矜持じゃ」
「師の背中からそう教わった私も、嘲られるかな? 望むところですがね」
とぼけたように言ってのけたドゥドゥ殿に、ジグ殿は「口ばかり達者になりおって」と苦笑した。
「口ばかりかどうかは、これからじっくり見て頂きましょう」
おっと、そろそろ仕事の時間か。さすがにこの短時間でジグ殿の情熱を取り戻させるなど叶わぬ、とは思っておったが、どうやら思っていた以上に難しそうじゃな。あるいはドゥドゥ殿の仕事を見ている間に何かを取り戻すかも知れぬが、それは希望的観測が過ぎるか。それに、いつになるかも全く想像がつかん。マターボードには期日までは書かれておらぬが、今こうしている間にも仮面被りが探し物に近付いているやも知れぬと考えると、悠長にその時を待つのは得策と言えぬ。何かしらの取っ掛かりがあれば良いのじゃが……。
じゃが、その取っ掛かりを生み出してしまうのだから、妾のもらい物は恐ろしい。
「愚痴を聞いてもらっておいてなんじゃが、嬢ちゃんに頼みたい事があるのじゃよ」
一礼して立ち去ろうとした妾を、ジグ殿が呼び止めた。
「いや、お主なら何とかしてくれそうな気がしてのぅ。もし今後、何かわしの情熱を滾らせてくれるような物を見付けたら、わしの所に持って来てくれんか」
「情熱を滾らせる物、ですか? それはまた、何とも難しい注文をなさる……」
武器なんぞ持って来たところで、ジグ殿は何の反応も示さんじゃろう。それどころか鼻で笑われるのが関の山じゃろうな。
武器に関しては浅学非才の身である己が考え付く物と言えば、古代の遺物とかその辺りじゃろうか。となると発掘作業に勤しまねばならんが、そんな暇はない。むぅ。実に難解な頼み事をしてくれたものじゃ……。
「……む? ではもしかすると、今日こちらにおいでになったのは……」
「察しが良い嬢ちゃんじゃな。弟子の成長を見たかったのももちろんじゃが、こやつの仕事から何かインスピレーションが得られぬか、と思ったのよ」
なるほどのぅ。若かりし頃の己を思い出そうとしておられるのかも知れぬな。初心に立ち返るのも、行き詰まった時に打開するきっかけになるとはよく聞くしの。
「師の手助けとなるならば、一層奮起しなければなりませんね。楓君、どちらが先に師の情熱を滾らせられるか、一つ競争と行こうか」
「望むところです。まぁ、妾が勝つでしょうがな、かかかっ!」
ちとばかり安請け合いじゃったか、と言う内心を笑って隠し、今度こそアイテムラボを離れた。刀匠を満足させる代物、か。やはり一筋縄で行くとは思えんのぅ……。この勝負、と言うよりジグ殿を再起させるのは、ドゥドゥ殿の役目やも知れぬな。
買い物を済ませて集合場所に来てみたが、どうも三人の様子がいつもと違う。揃ってアサインカウンターを眺めておる。
「お、相棒も来たか。いつもより遅かったじゃん」
「ん、ちと野暮用でな。それより、どうしたのじゃ?」
いち早く妾に気付いたアフィンに事情を尋ねると、アーノルドが「あれを見てみろ」とカウンターに指を差し向けた。その先にいるのは、緑色の制服を着た男性と、アークス戦闘員四名。何やら制服の男性が頭を下げているが、対する四名もそれを制しようとあたふたしておる。揉め事にしては、やけに大人しいな。否。揉め事ならばこの三人が放っておくわけもないな。
「ちらっと聞こえたんだけどね、あの男の人、何か頼み事があるらしいんだよ。それでさっきから色んなアークスに声を掛けてるんだけど、断られっ放しみたいで……」
ふむ。こうして話を聞いておる内に、四人連れは男性から離れた。また断られてしもうたらしいな。しかし、一体何を頼もうとしておるのじゃろう。これだけ断られているところを見ると、余程の面倒事か?
「気になるの?」
「まぁ、の。そなたたちが心配になる程断られるような話、逆に聞いてみたいわぃ」
「んで、引き受けるんだろ?」
にやりと笑って言うアフィンには、そなたたちの意見を聞いてからじゃがな、と返した。訓練校時代ならばいざ知らず、今は妾一人ではない。そして訓練生の簡単な願いではなく、戦闘員に対しての依頼。そうほいほいと決められるような事ではない。
改めて男性を見やる。ちらと見えた表情にはさほど必死な色はない。つまりは火急の要件ではないのじゃろう。急ぎでないのならばコフィー殿を通してクライアントオーダーとして発注すれば良かろうに。もしや、並のアークス戦闘員では達成出来ぬ程の厄介事か? そのような依頼をするような人物には見えぬが……。いや、人は見かけによらぬもの。ともかく、聞いてみねば分からぬ。
立ち去る四人連れの背を見送りながら深い溜息をつく男性の背中に、声を掛けた。
「もし。何やらお困りのようですが、どうかされましたかな?」
自分から声を掛けてばかりで、逆の立場になるとは思ってなかったのじゃろうか。男性は大きく肩を震わせてこちらに振り返った。波打つ濃い灰色の髪とふちなしの眼鏡、そして理知的な顔立ちが印象的じゃった。
「えっ、あぁ、えぇと、その……」
やはり想定外だったようじゃ。見ているこちらまで伝染りそうな程に動揺しておる。とりあえずは落ち着かせるのが先決か。
しどろもどろな様子の男性に、まずは深呼吸して落ち着きなされ、と言って待つ事しばし。ようやく落ち着いた男性は、あの憎き研究部所属の"ロジオ"と名乗った。反射的に祟りそうになったが、よくよく話を聞くと、地質学方面の研究員らしい。ならばナヴ・ラッピーの件には関係しておらんのじゃろうな。
ふむ、ロジオのぅ。この名前、マターボードに載っておったな。となれば、妾の都合としては彼の依頼は受ける必要があろう。まぁ、例え三人が難色を示したとしても、後日改めて人員を募っても良かろうな。己のわがままに付き合わせるのは忍びん。
「それでそれで、どうして研究員さんがここにいるんですか? 何かいろんな人にお願い事をしてたみたいですけどぉ」
「それがですね、恥ずかしい話なんですが、クライアントオーダーを受けてくれる方がいなくて……。それでここまで来て、受けてくれる人を探してたんです」
予想が少しばかり外れたか。どうやらロジオ殿は、すでに依頼をコフィー殿に発注していたらしい。
「して、その依頼と言うのは?」
「惑星ナベリウスの地質調査です。ナベリウスはすでに探索し尽くされているので、みなさん気乗りしないのでしょう……」
ふむ。妾たちが普段ナベリウスのクエストへ赴くのも、どちらかと言えば予行演習の意味合いが強い。今後未開の惑星が発見されても、臨機応変に探索を進められるようにじゃな。故に、調査を目的とした依頼を出されたところで、今さらだと言って食指が動かんのも宜なるかな。
「調査を終えた惑星を、どうしてまた?」
しかし学者殿がわざわざ調査を依頼するのならば、何か理由があるのじゃろう。アーノルドが尋ねると、ロジオ殿は困ったような顔で答えた。
「……明確な根拠があるわけではないんです。強いて言えば、勘でしょうか」
勘と来たか。それはまた随分と曖昧な理由じゃのぅ。全員揃って顔色を変えよった。気持ちは分かるぞ、妾もちとばかり胡散臭く思えたわぃ。
「あの星は確かに調べ尽くされています。ですがあまりにもデータが少ないんですよ。私は星の成り立ちを主に調べているのですが、ナベリウスだけはそこに至るまでの情報が欠けているんです。それが不思議で……」
記憶から訓練校での講義内容を引きずり出して参照してみる。それによると、惑星ナベリウスが発見されたのは新光暦40年。もうそろそろ200年が経とうとしている。だのに調査を終えたと言う割に、学者殿の立場から見ると他の惑星に比べて情報が圧倒的に少ないと。
少々お待ち下され、と断って四人で話し合う。可能ならば今受けたいが、どう転ぼうと構わぬ。
「でも、何すりゃいーんだ? 地質調査なんていきなり言われても分かんねーよ……」
「普段の探索とは違うのは間違いないだろう。だが分かるのはそれだけだな。内容までは俺もさっぱり分からん」
「地質って言うくらいだから、土を掘って持ち帰るとか?」
「それでは単なる探索と変わらぬ。専門の道具が必要なのじゃろう」
と言ってはみたが、妾たちは学問とは縁遠い戦闘員。どんな道具を使うのか検討も付かんがの。ところで、疑問は発せど行く事への否定的な意見は何も出んな。これは、全員参加と見て良いのじゃろうか。
「えっ、ホントは行きたくねーの?」
「いや、そうではない。しかし誰もが断った任務じゃぞ?」
「じゃあじゃあ、楓ちゃんは途方に暮れるロジオさんを見たいの?」
「ばかを申すでないわ。そんな事をすれば寝覚めが悪くなる」
「決まりだな。それに、お前の噂は俺の耳にも届いていたさ」
思わず、呆気に取られてしもうた。三人の顔には、嫌々同行する、仕方ないから行ってやる、と言った色はない。本心から、この依頼を受けよう、ロジオ殿の手助けをしようとしておる。
「……何じゃ、そなたたちも人の事をとやかく言えんではないか。お人好し共め」
「お前に感化されたのかも知れんな」
「またまたぁ。アーニーってば照れ屋なんだからぁ!」
「伝染るにしちゃ短い時間だったよなー」
腹積もりは同じ、と言うわけか。ならば話は早い。この依頼、妾たちが引き受けさせて頂こう。
「ロジオ殿、その依頼、お受け致しましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます、このまま時間ばかりが過ぎるものと思っていました……!」
色良い返事を得られたロジオ殿は、飛び跳ねんばかりに喜んでおられる。こうも喜んで頂けると、己の都合なぞどうでも良くなるな。訓練校時代を思い出すわぃ。懐かしむ程時間は経っておらんがの。
「ですが、俺たちには地質調査のノウハウがありません。もちろん道具も。その辺りを教えてもらえると助かるのですが」
「それなら大丈夫です、心配ありません。適宜こちらから指示を出しますし、必要な物も用意してあります」
一歩前に出て先の疑問を口にしたアーノルドに、ロジオ殿は少しばかり胸を張って答えた。やはり専用の道具類は必要か。しかしロジオ殿は手ぶらに見受けられる。アイテムパックに放り込んであるのじゃろうか?
「ですが、一つだけ確認させて下さい。それが一番大事なんです――」
一番大事な確認事項か。地質調査なのじゃから戦闘能力や実績ではなかろう。となれば探索の経験か?
「――『M.I.S』の操縦訓練は受けていますか?」
幸いにもアーノルドが自主的に十分な訓練を受けており、また報酬の話もまとまった故、正式に依頼を受諾した。明らかに曇った顔で報酬の話をされたので、何事かと聞いてみると、M.I.Sの使用許可を受ける際に貯蓄を崩した為、満足の行く金額ではないかも知れない、と答えられた。
提示された額を見ると、一人当たり一度のクエストで稼げる程。じゃが逆に言えば、何も依頼を受けずに赴いた場合の倍のメセタが得られる。報酬面で断る理由などない。そも、報酬が気に食わんから掌を返したとあっては、それこそ家族に合わせる顔がないわ。
全員が渋い顔一つせず頷いたからか、ロジオ殿は何か自分に出来る事はないか、それを報酬に上乗せしたい、と申された。そう聞かれてもすぐには答えられんが、彼は研究部所属。ならば妾たちの求めるものは一つしかなかろう。アフィンたちに耳打ちして確認し、ナヴ・ラッピーが二度と脱走出来んような檻を担当者に作らせてくれ、と頼んだ。少々引きつった顔をしておられたが、なに、出来なかったのならまた祟るだけじゃ。
そして現在。ナベリウスへと飛ぶキャンプシップには、妾の他にアフィンとユミナの姿があり、アーノルドは――
『実物に乗るのは初めて、しかもうつ伏せで格納されている都合だろうな。顔に血が溜まりそうだ』
――床下の格納庫に搭載されたM.I.Sの操縦席で、愚痴を零しておる。
「済まぬ、アーニー。実戦を経験したいそなたには、損な役割を引き受けさせてしもうた」
『損とは思っていない、これもアークスの仕事だ。だが正直なところ、棺桶に入っている気分だな』
「棺桶って、またひでー言い草だな……」
『戦場で手を出せないんだ、そんな気分にもなるさ』
「だいじょーぶ、私たちがしっかり護衛してあげるよぉ!」
『俺の分もしっかり戦ってくれよ。その代わり、ロジオさんのオーダーは俺に任せておけ』
姿は見えずとも、こうしてパーティ内通信を開いておけば言葉のやり取りは出来る。言葉に乗った感情も読み取れるし、『ふぇいすうぃんどぅ』で表情も分かる。アーノルドは色黒故、顔に血が溜まっておるのかはよく分からぬがの。ともかく、いつも通りに行けると言う事じゃ。
『降下前の再確認です。みなさんにはこれから、森林エリアの地質調査を行って頂きます。とは言っても、調査は全て、アーノルドさんの乗るM.I.Sが行います』
「調査地点はロジオ殿の指示通り。妾たちは随伴し、M.I.Sの護衛に徹する……、相違ありませんな?」
『はい、その通りです。今回の調査はM.I.Sでしか入手出来ないサンプルが目的ですので。それでは、よろしくお願いします!』
ロジオ殿からの最終確認が終わり、同時に降下可能距離に達したとの通達があった。M.I.Sはまず歩兵が先行して降下地点の安全を確認し、その後投下する手順になっておる。降りた先が原生種やダーカー犇めく危険地帯では、まともな戦闘手段を持たぬM.I.Sなぞアーノルドの言通りの棺桶じゃからな。
「先に行くぜ、アーニー。露払いは任せとけ!」
「着地で事故らないように気を付けてね!」
「高空からのナベリウスを楽しんで来るが良いぞ。では、先行する!」
思い思いにアーノルドへと声を掛けた妾たちは、一斉にテレプールへ飛び込んだ。
着地と同時に得物を引っ掴み、周囲を見渡す。三方を小高い崖に囲まれた袋小路には、見える範囲には敵性体の姿はない。
「相棒、何か見えるか?」
「……いや、葉陰に敵影なし」
「ユミナ、木陰はどうじゃ?」
『異常なし、静かなものだよぉ』
長銃の照準器越しに周囲警戒するアフィンと、即座に走り出して長槍片手に木陰を探りに行ったユミナからも、ここは安全だとの回答が出た。念の為に耳を澄ませたが、聞こえてくるのはアギニスの鳴き声ばかり。それもかなり遠い。
「こちら楓、降下地点の安全を確保した。M.I.S投下に支障なし」
『了解、これより降下する。危ないから少し離れておけよ』
安全を確保した旨をアーノルドに伝え、返信があったその数秒後。遥か上空に黒い点が現れた。点は徐々に大きくなり、やがてそれが点ではないと分かる。遠目でも確認出来る無骨な手足を持ち、人型であり、それでいて人とは比べ物にならん程の巨体。
巨人から何かが飛び出し、大きく広がった。鋼線で巨人と繋がったそれは落下傘。風を受けて巨人の落下速度を急激に、大きく落とす。ゆらゆらと揺れながらゆるゆると降下し、そして確かな地響きを伴って、
『こちらM.I.S、降下完了』
見上げんばかりの鋼の護衛対象が、大地に立った。
以前の話にチラッと出て来た探索用ロボット登場。名前付けようと単語を調べたらA.I.Sと丸被りして慌ててWeb辞書引き直したのは内緒。