出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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新人にこんなクエストを出すアークスも、割りとブラックだなぁとか思う今日この頃。と言うか誰もテレパイプ常備してないのか。


第二十二話 救出任務

 救出任務と来たか。しかも、新人ばかり四人のパーティに。じゃが、指示が下った以上は従わねばなるまい。それに、質問は再降下後の道中でも出来る。

 キャンプシップに戻り、端末から任務内容を確認。救出対象はアークス戦闘員。武器が破損したと言う連絡を最後に、通信が途絶えたらしい。なるほどな、ヒルダ殿の声色が緊迫しておったのも頷ける。これは、一刻を争う事態じゃ。このような地で、命を預ける武器が壊れるなど、考えたくもない。

 そのまま内容を読み進めると、末尾に要救助者の名前が書かれている。それによると、対象は二名。

 

「ニューマンの"カトリ"、それにキャストの"サガ"……、サガじゃと!?」

 

思わず声を張り上げた。目をこすりもう一度、今度は黙読してみたが、やはり見間違いではない。救出対象は、カトリとサガ。これはいかん。悠長に内容を確認している場合ではない。早く行かねば!

 

「わっ、びっくりしたぁ!」

 

「あ、あぁ、済まぬ。妾もちと驚いてな……」

 

「何だ、そのサガって人、知ってるのか?」

 

アフィンの質問に、登録操作を行いつつ、こくりと頷いた。……ちっ、操作を誤った。焦るな、慌てるな、何度もやった操作ではないか。

 

「知っているどころではない。……妾の、あにさまじゃよ」

 

「楓の身内だったか。しかし、アークスシップでは、それらしい人とは会っていないが……」

 

「去年からマザーシップに出向しておるのよ。新しいクラスの設立に協力せよ、との命でな」

 

くそっ、またしくじった。指が思う通りに動いてくれぬ。端末を殴り付けたい衝動に駆られたが、そんな事をしたところで何の解決にもならんのは明白。焦れた己でも、その程度の分別は付く。心中で悪態をつき、再度操作。

 じゃがそこで、横あいから逞しい手が伸びた。

 

「ともかく、楓の身内が救助を待っているなら、急いだ方が良いな。俺がやろう」

 

続いて、両肩にそっと手が乗せられ、後ろに引っ張られる。

 

「まずは深呼吸しよっか。怖ーい顔してたよぉ?」

 

そしてとどめとばかりに、目線の高さを合わせて、頭のてっぺんに、ぽふ、と手が置かれた。

 

「俺も気持ちは分かるよ。だから落ち着け。凍土が危ないってのは、サガさんたちも俺たちも一緒なんだからさ」

 

手袋越しでも分かるゴツゴツとした男らしい硬さを持ちながらも、ゼノ殿のような荒っぽさのない、気持ちの良い感触。先程までの焦りや苛立ちが、嘘のように消えて行く。腰を屈めて頭を撫でるなど、まるで子供をあやすかのよう。じゃが不快感などなく、むしろ心地良い。

 

「……そう、じゃな。頭に血が上ってしもうたわ」

 

 アフィンに頭を撫でられつつ、ユミナの言う通りに深呼吸し、手際良く登録を進めるアーノルドを見守る。……良し。だいぶ落ち着いたぞ。両手でアフィンの手を掴み、そっと下ろして、その表面を指でなぞった。

 

「戦う男と言うに相応しい掌じゃな」

 

「ん? あー、長銃とか大砲って、反動があるからな。訓練してる内にこうなっちまってたんだ。悪い、痛くなかったか?」

 

気遣いの言葉には、頭を振って応じた。これも、姉君との日々で培ったものなのじゃろう。ゴツゴツとした掌と繊細な手つきが不思議な調和を成し、えも言われぬ安らぎの一時であった。姉君を探し当てた暁には、是が非でも頭を撫でてやるべきじゃな。

 

「それじゃ、私もやっちゃおーっと!」

 

「む? むぐっ!?」

 

 アフィンに撫でられて呆けておったのか、はたまた持ち前の足捌きによるものか。いつの間にやら前に立っていたユミナに、抱きすくめられた。左手は背に回され、右手で頭を撫でられる。そして妾の顔は、豊満な双丘に埋もれた。

 

「ねっねっ、落ち着くでしょぉ?」

 

「……落ち着いてるか?」

 

「もがっ、もががーっ!」

 

こ、これが落ち着けるものかっ。柔らかくも弾性に富んだ二つの果実が、まるで不定形生物のごとく形を変えて、妾の口と鼻を塞いでしもうとる。息が出来んわ! 

 

「きゃっ、楓ちゃん、くすぐったいよぉ!」

 

「いや、ユミナ? そろそろ放してやった方が……」

 

あ、アフィンよ、頼む、助けてくれ……! 意識が……もたぬ……!

 

「もが……むぐ……」

 

「あっ、良い感じに力が抜けて来たっ」

 

手足に力が入らぬ。

 

「ちょっ、それ違う、しっかりしろ相棒!」

 

視界が暗く染まる。

 

「登録は済ん……おい、どうした、お前たち!?」

 

思考が 途切れ……

 

 もう なにも みえない

 

 もう なにも きこえない

 

 

 

「全く。何をやっているんだ、ユミナ……」

 

「ご、ごめんなさいぃ……」

 

 危ういところじゃった……。アフィンとアーノルドが慌てて止めてくれなければ、今頃死んでおったろう。下手人のユミナは、しゅんとした様子でアーノルドから説教を受けている。悪意は一切なかったのは分かるが、仮面被りがにじり寄ってくる姿を幻視してしもうたわ。ところで、もし今死んだら、どこまで時間が巻き戻るんじゃろうな。それとも、本当の意味での死を迎えるのか。まぁ、シオンに聞くような事ではないし、試すつもりもないが。

 

「さすがに、お前の手がブラーンとなったのは焦ったぜ……」

 

「うむ……。じゃが、あの抱擁も妾を心配してくれたからこそ、じゃからな。おぉい、アーニーや。そろそろ勘弁してやってくれぬか? 妾はこの通り、ピンピンしとるでな」

 

悪意がないからこそ、ああやって萎んでおるのは可哀想に思える。ユミナの後ろから声を掛けると、アーノルドはため息をつき、

 

「楓がそう言うのならば……。だがユミナ、最後に言っておくが、気を付けろよ?」

 

と、釘を刺した。

 

「反省してますぅ……。楓ちゃん、ごめんなさい……」

 

改めてこちらに向き直り、頭を下げるユミナ。むぅ。のんびり屋で、いつも笑顔を絶やさぬユミナには、ハの字の眉は似合わぬな。ここは一つ、道化を演じるとしよう。

 

「良い、良い。そなたの胸に包まれて、さながら桃源郷におるようじゃった。今度はそなたの部屋で、じっくりと堪能したいのぅ」

 

「うぇっ!? わわ、私の部屋で堪能って……!?」

 

「みなまで言わすな。存外、意地が悪いのぅ……」

 

――……その瑞々しい二つの桃を、味わわせておくれ。

 

唇をぺろりと舐めながら、つつ、と、扇子でたわわに実った桃をなぞると、ユミナの顔は真っ赤に染まった。おぉ、熟れた林檎が二つ生ったぞ。

 

「あわ、あわわ……」

 

「お前もスケベじゃねーか」「あだっ!」

 

ぐりぐりと忙しなく動くユミナの瞳を、演技半分、興味半分で見つめる妾の頭を、アフィンがぺしっと叩いた。良いぞ、良い反応じゃ。さすがは妾の相棒、機と言うものを分かっておる。

 

「ったく……。ごめんな、ユミナ。相棒がこんなんで」「こんなんとは何じゃ!?」

 

「……ふへ? い、良いの良いの! 任務から帰ったら、部屋はちゃんと片付けるからぁ!」

 

「歓迎する気なのか……。ともかく、任務登録は済んだ。急ぐぞ」

 

「済まぬな、よろしく頼むぞ!」「相棒の家族を助けるんだ、腕が鳴るぜ!」「は、はぁい、頑張るよぉ!」

 

 アーノルドの号令に、めいめい応えてテレプールへと歩み寄る。その最中に、アーノルドが妾の右隣に並んだ。

 

「今度こそ落ち着いたようだな。……俺はどうにも不器用でな、あんな叱り方しか出来ん。フォローしてくれて、感謝する」

 

何じゃ、アーノルドも気付いておったのか。タグバルブを右肩に担ぎ、前を向いたまま謝礼を述べる姿が妙に様になっていて、思わず吹き出しそうになる。ほんに、不器用者らしいな。じゃが、それもこやつの魅力か。

 

「かかか、気にするでないわ。それに元はと言えば、妾が急いておったのが原因じゃからな」

 

「無理もない。俺も、家族が戦野にいるなどと聞けば、ああなるだろう」

 

「その時は、妾がそなたを押し退けて任務登録するとしようかの」

 

そこで堪え切れずに吹き出し、釣られてアーノルドも笑った。ユミナよ、まこと、良い相棒を引いたな。これ程に良い男子は、そうおらんぞ? まぁ、一番はアフィンじゃがな!

 

「……ところで楓。お前、さっき俺をあだ名で呼ばなかったか?」

 

ん? あぁ、そう言えば呼んだのぅ。じゃが、当然の事ではないかな?

 

「むしろ遅過ぎた気もするがの。そなたには、いつも助けてもらっておる。それに、あにさまを心配し動いてくれたのは、ほんに嬉しかった」

 

「……そう、か」

 

素直に信頼を伝えると、アーノルドは一言だけ返し、そっぽを向いてしもうた。

 

「頼りにしておるよ、アーニー」

 

「……ならば、その信頼に応えなければな」

 

簡潔な返事に合わせて、ガチャリ、と肩に担いだ得物が鳴った。

 

 

 

 雪原に着地し、駆け出す。同時にヒルダ殿との通信回線を繋ぎ、事の次第を尋ねた。

 あにさまたちは、新クラスと新型主武装の実戦試験の為に凍土エリアに来ていたらしい。試験は順調に進んでいたが、道中において異常が発生し、その武器が使い物にならなくなったそうな。最後の通信では、現場判断でテクニック行使試験に移行するとの事だったが、その5分後、通信が途絶えた、と。

 観測の結果、現在あにさまがいる区域を含む一帯は、ダーカー因子反応が急激に上昇している事が判明。先日の大規模発生程ではないが、ナベリウスとしては異常な状況であり、その影響で頼みの綱であるテレパイプも使用不可。敵中を突破し自力で帰還しようにも、テレポーター付近のダーカーを一掃して周囲の汚染を軽減し、再起動させねばならない。実戦投入前のクラスで、しかも銃剣とテクニックのみ。実行には多大な危険が付きまとう。

 さらに、悪い事とはやはり重なるものらしい。担当オペレーターの報告によると、通信が途絶えた原因は妨害によるものらしく、そのパターンが、過去のとある事件で発生したものと一致したらしい。

 

「よもや、その事件と言うのは……」

 

『察しの通りだ。お前が遭遇した仮面被り――アークス内でのコードネーム、"仮面"。ヤツの付近に発生したものと一致した』

 

 凍土エリアの探索を得意とする部隊は全て出払っており、練度の高い部隊への帰還及び任務通達が検討されていたが、丁度妾たちが任務を終えた事で、白羽の矢が立ったそうだ。仮面被りとの戦闘経験があるのは、全アークスで妾一人だけ。新人ではあるが、やつとの戦闘に関しては一日の長がある。故に、有事に備えて妾たちを派遣する事となったそうな。

 己の感情で受けておいて言う事でもないが、新人が就く任務とは思えんな。

 

『仮面と交戦の必要はないが、危険である事は変わらん。……済まない。頼んだ私たちが言えた事ではないが、最大限の注意を払って臨んでくれ』

 

苦々しい顔のヒルダ殿に、しかし妾は不敵に笑って見せた。

 

「承知いたした。今回は頼れる相棒も一緒です。例えやつと戦う事になろうとも、必ずや全員無事に戻って見せましょう」

 

新人の言葉なぞ、多くのアークスを見て来たヒルダ殿からすれば、吹けば飛ぶように軽かろう。じゃが、視界に浮かぶヒルダ殿の顔は、幾分か晴れていた。

 

『目は口程に、とは良く言ったものだな。新人とは思えん、良い目だ』

 

「詐欺師の目かも知れませんぞ?」

 

『ふっ、抜かせ。……頼んだぞ!』

 

「心得ました!」

 

 通信を切り、前方を見据える。雪塊から、物陰から、高台から、ファンガルフルとガルフルの群れが飛び出し、立ちはだかった。えぇい、邪魔をするでないわ!

 

「一気に突破するぞ、続けッ!」

 

「援護は任せとけ、行って来いッ!」「ユミナ、楓に付け、近寄らせるなッ!」「りょーかいっ、私の本気を見せたげるよッ!」

 

 あにさま、もう少しだけお待ち下され。必ずや参ります故!

 

* * *

 

 何度目になるだろうか。アークスシップとの通信を確立しようとするが、返って来るのは不快なノイズのみ。この場を切り抜けるまでは、諦めた方が良いのかも知れん。

 

「あの、サガさん、通信は……」

 

「繋がらん。テレパイプはどうだ?」

 

「相変わらず、投げても転がるだけですわ……。大変でしたのよ、クレバスに落っこちる前に拾うのは……」

 

疲れ果てた、と全身で語るカトリ。クレバスとは逆の方向に投げれば、そんな無駄な苦労をする必要もないのだがな。しかし、こんな状況だ。カトリも混乱しているのだと解釈しておこう。

 

 試作品のテストのはずが、まさかサバイバル訓練の様相を呈するとは思わなかった。降下後しばらくは私の魔装脚(ジェットブーツ)もカトリの飛翔剣(デュアルブレード)も、良好な結果を出していた。だが規定コースを進み、侵食体の討伐数が増えるに連れ、可動部が異音を発するようになり、終いにはバラバラに分解してしまった。飛翔剣など、振り抜いた拍子にフォトンブレードよろしく刃が外れて飛んで行ってしまった。これはしっかりと報告し、改善を要求せねばなるまい。でなければ、来年に控える正式採用審査に間に合わん。

 だが、それでやれる事がなくなったか、と問われれば、そのような事はない。我々が実用化に向けてテストしている新クラス『バウンサー』は、武器による近接戦闘だけでなく、テクニックを絡めた戦闘も可能。故に、テクニックによる戦闘も実戦データとして十分な意味を持つ。魔装脚はテクニックを併用する事で本領を発揮する武器なのだが、壊れてしまったものは仕方がない。

 それからしばらく、銃剣で危なっかしい立ち回りを見せるカトリの援護に徹していたが、経過を報告しようとしたところで、通信が繋がらなくなっている事に気付いた。また試しに投げたテレパイプは起動せず、侵食体よりもダーカーの姿が目立つようになった。この状況を、私は知っている。いや、体験した事はないが、管理官からの通達にあった。一週間前の訓練生修了任務で起きた、ダーカーの大量発生と、仮面と名付けられた敵性人物の乱入。前者は訓練生と担当官の奮戦によって解決し、後者は訓練生一名とたまたま居合わせた正規アークスの手で撃退されたとあったが、環境は違えどここもナベリウス。撃退された仮面が、こちらに来ている可能性も考えられる。

 仮面との遭遇と言う最悪の状況を考慮しつつ、用心を重ねてテストを続行。しかしある時、カトリの足がピタリと止まった。曰く、この先に何かがいる。私が霞む程の恐ろしい誰かがいる。休憩の為の新しい言い訳か、と鼻で笑おうとして、彼女の尋常ではない怯え振りに気付いた。一先ずカトリをその場に残し、単独で先行。高台に上がって、行く先を覗き込み――呼吸が止まった。銀世界の中にあって一際目立つ、漆黒のコートを着込んだ人物。通達にあった仮面が、そこに立っていたのだ。カトリの様子に気付かずにのこのこ歩いていたら、鉢合わせしていたろう。

 幸い気付かれずに済んだが、最悪の状況の一歩手前でしかない。テストを続行し戦闘などしようものなら、仮面に気付かれる。我々との接触を避けるかも知れんが、その可能性は低いだろう。新人の証言によれば、問答無用で襲われたらしく、今回は逃げてくれるとは考えにくい。

 

 そして現在。我々は身を隠し、立ち往生を余儀なくされている。ほどなくして仮面は立ち去ったが、未だに通信もテレパイプも使えんのだから、油断は出来ない。下手をすると、通常妨害が起きている全域が、やつの索敵範囲と言う可能性もある。いや、あるいは我々に気付いていながら、見逃しているのかも知れん。

 用心し過ぎだ、と言う者もいよう。しかし仮面に関する情報は、せいぜいがでたらめな実力を持ち、ダーカー因子を操れると言う程度。過小評価は、己の身を滅ぼす。

 

「寒い……。フォトンのありがたみが身に沁みますわぁ……」

 

「鍛練が足りん、と言いたいが、この気候は人間には堪えるな」

 

 幸い、近くに横穴があったので、そこで風雪を凌いでいる。併せて、悪あがきとして防御フォトンの出力を可能な限り抑えた。仮面に対してどれ程の効果があるかは分からんが、近辺のダーカーや侵食体には有効らしい。有事に備えて、新人が割り当てられる地域をコースとして設定されたのが、良い方向に働いた。我々のフォトンを感知できないのか、一匹たりとも横穴には顔を見せない。代わりに、凍土エリアの環境を敵に回す事になったがな。

 

「……雪、止みませんわね。風もびゅーびゅー吹き続けてますし」

 

「なに、これだけの吹雪ならば視界はないも同然。悪い事ばかりではない」

 

「でも、ですよ? もし誰かが(わたくし)たちを探しに来ても、これでは見付けられないのでは……」

 

「……腹が減っているから、そんなネガティブになっているんだろう。これでも食べて、落ち着け」

 

不安を吐露するカトリに、携帯糧食と補水液のボトルを投げて寄越した。「わっ、とっと……」とあたふたしながらキャッチしたカトリを尻目に、外を眺める。一寸先も見えない雪嵐。救援部隊が編成されたとして、彼らが頼りにするのは、視覚ももちろんだが、それ以上に熱源走査だろう。この寒さにやられて死にでもしない限り、見付けてくれるはずだ。随分前に発した救難信号は、妨害されて届いていない可能性がある。こちらはあてにならんな。

 

 だろう、かも知れない、はず、可能性がある。……全く。自分の思考ながら、嫌になる。さっきから何一つ断定出来ていない。つまりは、不安なのだ。カトリに食料を渡して黙らせたのも、その裏返し。この悪天候の中、いつ仮面に見付かるか。いつ原生種やダーカーに見付かるか。そして、マザーシップに帰れるのか。救援は来るのか。

 だが、表には出さない。不安とは伝染するもの。私が弱気を見せれば、ただでさえ弱気になっている彼女が、余計に参ってしまう。

 

「もぐもぐ……。あっ、そうですわ。こう言う時の過ごし方を、以前に聞いた事があります」

 

背後でカトリが手を打った。

 

「お互いの体温を維持する為に、衣服を脱いで抱き合う、だったかしら」

 

ほぅ、衣服を脱いで、な。それはキャストである私への挑戦状と見て良いのだろうか。名案ですわ! とでも言いそうなカトリの頬に、己の手の甲を一瞬だけ当てた。

 

「冷たっ!?」

 

「……私の身体は金属製だ。こんな寒空に晒された金属に触れたらどうなるかなど、火を見るより明らかだろうが。第一、ここで裸になれば、あっと言う間に凍死する」

 

それもそうですわね、と呟き、カトリは肩を落とした。少し考えれば分かるだろうに。だがこの突拍子もない迷案のお陰で、多少は気が紛れた。この怠惰で自堕落なパートナーに、また救われたな。

 彼女の、危険に対する嗅覚は侮れない。正攻法では、訓練に連れ出そうとしても逃げられる。それが今回、仮面の存在を知るきっかけになったのだ。素直に感謝するべきだろう。この気の抜ける提案も含め、カトリがいなければどうなっていたか……、考えたくもない。

 

 その時。吹き荒れる風の中に、何かの音が混じった。規則正しい音。新雪を踏み荒らしながら、何かが移動しているのか。それも複数。

 カトリに手で合図を送り、横穴の壁に背中を張り付け、息を殺す。カトリは何が何だか分からない、ときょろきょろしているが、それでも私の真似をして口を噤んだ。徐々に大きくなる足音に、獣の息遣いが重なる。これは、ガルフルか。目的が我々ではない事を祈りつつ、横穴の入り口をじっと見つめる。

 やがて、雪白の野獣共が入り口前を駆け抜けた。こちらには目もくれず、ただひたすらに。どうやらやつらの獲物は、我々ではなかったらしい。走り去ったのを見届け、待つ事しばし。後続はいないようだ。ふぅ、と私が息をつくと同時に、カトリは「ぷはっ!」と吹き出し、それからぜぇぜぇと肩で息を始めた。まさか、呼吸を止めていたのか? 音を立てんようにしておけば良かったものを……。

 

「こ、怖かったです……」

 

「私も肝を冷やした。だが、収穫がなかったわけではないぞ」

 

「収穫、ですの? ただガルフルを見送っただけでしたが……」

 

「あくまでも可能性だがな」

 

脇目も振らずに走っていたガルフル。あれは単に群れで移動していたのではなく、獲物を探し当てたのだろう。問題は、その獲物。不用意に縄張りに入った他の原生種か、あるいは侵食体共通の敵(アークス)か。どちらにせよ、少なくとも防御フォトンの出力を落とした意味はあった。ここまで横穴に接近されても勘付かれないと知れたのだから。そして、やつらが見付けた獲物がアークスならば、これ以上の朗報はない。

 私の推論を、ふんふん、なるほど、と相槌を打ちながら聞くカトリ。心なしか、先程までより瞳に力が宿っているように感じる。

 

 それから間を置かず。銃声と派手な爆音が横穴に届いた。

 

 

 

 戦闘音が止み、風の音だけが再び横穴を支配した。だが、確かに聞こえる。微かに、ガルフル共のものとは違う足音が。どうやらあの獣共は、返り討ちに遭ったようだ。確かな戦闘経験を持つ部隊が送られたと見える。

 

「こ、これ、人の足音ですよね? 私たち、助かるのですよね!?」

 

「あぁ、そうだ。よく頑張ったな、カトリ」

 

「まさかサガさんから優しい言葉を頂けるとは……! 我慢したかいがありましたわ!」

 

「その我慢を、普段から見せてくれれば良いのだがな……」

 

不安がたちまちに消え去り、互いにいつもの調子に戻った。軽口も、今回は大目に見よう。私とて不安だったのだ。安心して口から漏れた言葉をつつく資格などない。

 ともかく、救援が来てくれたのなら、やる事は一つ。銃剣を握り、カトリを促して、我々は久々に穴蔵の外へ出た。

 

 いつ止むとも知れぬ大雪。その向こうに、四つの人影が見える。その先頭を走る者が我々に気付いたらしく、声を張り上げた。

 

「あにさまぁぁ!」

 

……何? あにさま、だと? そんな馬鹿な。あいつはつい先日任命されたばかりの新人。ここにいるわけがない。だが、この声と呼び方、心当たりはあいつしかいない。

 

「……まさか、楓か!?」

 

 私の声を聞き届けたのだろうか。先頭の影がさらに加速し、薄っすら見えていた姿がはっきりとした。目を引いたのは、雪を被ってなお翳らない金色の髪と、その金糸を結い上げる赤いリボン。間違いない。あれは、私の妹の楓だ。

 後続の三人を引き離した楓は、私の前に着くなり背筋を伸ばした。

 

「あにさま、カトリ殿、ご無事ですか!?」

 

「あ、あぁ。私もカトリも大丈夫だ。……だが、何故お前が来た?」

 

「詳しい話は後程。とにかく今は、ここより撤退する事を最優先と致しましょう」

 

言いながら、腰の武器を引き抜く楓。そこへ後続の三名が到着し、その内の一人、黒い肌の男性ヒューマンが端末を操作しながら口を開いた。

 

「ここからなら、引き返すよりもテレポーターの方が近い。どうする?」

 

「進むぞ。引き返したとて、ダーカーとの戦闘は避けられぬじゃろう。ならば近い方が良い」

 

「そう言うと思ったよ。楓ちゃんのお兄さんに、カトリさんだっけ。行けそうですかぁ?」

 

楓の決定に笑った少女が、背負った長槍を握りながら我々に尋ねた。戦闘行動そのものは問題はない。だが、気掛かりは仮面の存在。今の私とカトリは、あくまでも『戦いようはある』程度。クラスそのものの完成度が低く、専用武装も失っている現状、やつに対する戦力としては新人未満と言って良いだろう。

 

「付近に仮面がいる。下手にフォトンを行使すれば、我々の存在が気取られるかも知れんぞ」

 

楓たちも知っているだろうが、念の為に忠告した。すると楓は、表情を一段と引き締め、

 

「……あにさまも、見ましたか」

 

こう言った。

 

「も、だと? 楓、お前――」

 

「相棒、ダーカーのお出ましだ!」

 

私の追求は楓を相棒と呼んだ少年の声に遮られ、それを皮切りに四人は一斉に戦闘態勢をとった。見れば、我々の周囲に多数の滲みが現れている。何とも間の悪い。詳細は後にするとしても、触りの部分さえ許されんか。だが、仕方あるまい。我々も、我々に出来る事をしよう。

 

「私は戦闘補助に回る。カトリは遊撃だ、新人の前で無様を晒すなよ」

 

「わ、分かってますわ!」

 

へっぴり腰で銃剣を構えるカトリに不安を覚えつつ、右手に炎属性に変換したフォトンを収束させる。意識を集中してさらにフォトンを送り込み、練り上げ、そして開放。

 

「発動する!」

 

解き放たれたフォトンが円形に広がり、味方の攻撃フォトンに同調する。一時的に攻撃フォトンを増幅、強化する効果を持つ戦闘補助テクニック、『シフタ』だ。感謝を述べる者、己の手を握っては開いてを繰り返す者、突然の事に慌てる者と三者三様だが、構わずに氷属性のフォトンを収束。そして十分に収束したフォトンを開放するのと同時に、滲みが肉体を得た。現れたのは、小型原生種(ナベルタートル)に似た体構造を持つダーカー、"ミクダ"。

 

「ありがとうございます、あにさま! ……行くぞッ!」

 

楓の掛け声で、戦端が開かれた。




この時点でのカトリとサガの衣装及びパーツは、それぞれエクエスティオーとロニアシリーズです。オウカテンコウとサイハジンシリーズは、まだ存在しません。衣装類の実装時期も可能な限りストーリー進行に合わせたいと言う私の無駄なこだわりのせいです、ご了承下さい。

フォトンも万能じゃありません、きっと。多分。恐らく。宇宙空間は行けても、物理的に塞がれたらアウトなんじゃないかなぁ、とか。

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