出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

25 / 31
マターボードに関しては第一章開始からマトイ救出までに書きましたので、以降は詳細な描写は省きます。


第二十一話 厳寒の地へ

 翌日。枕元の端末がけたたましい音を鳴らした。支給当初は跳ねるように起きておったが、三桁近くも聞けばもう慣れたもの。布団の中に引きずり込んで画面も見ず音を止め、そこからたっぷりと5分、睡眠の余韻を楽しむのが、朝の日課になっている。布団の柔らかさと温もりに包まれる、まさに至福の一時。許されるのならば、ずっとこうしていたいものよ。

 まぁ、許されるわけがないがな。きっかり5分が経ち、むくりと起床。ベランダに面した窓からは人工の光が差し、室内と寝台脇のシオンを朝色に染め上げている。今日のハガルは晴れ。家族たちも気持ちの良い朝を迎えている事じゃろう。うむ、そう考えると気分が良い。さて、まずは眠気覚ましに顔を洗って……、ん?

 

「この時間の挨拶は『おはよう』で相違ないだろうか」

 

「……合っとるよ。おはよう、シオン」

 

「そうか、記憶しておこう。おはよう、楓」

 

ちと驚いた。まさか妾が寝ておる最中に、部屋に現れようとは。やや着崩れしている寝間着を整えながら、尋ねる。

 

「……よもや、妾が床に就いてから今まで、ずっと見ていたなどと言う事はなかろうな?」

 

「わたしがこの空間に干渉したのは、5分26秒前だ」

 

およそ5分半前となると、目覚ましを止めた辺りか。では、それから今の今まで、黙ってそこに立っておったのか?

 

「こうして現れたと言う事は、マターボードの準備が出来たんじゃろ? ならば起こせば良かったものを」

 

「貴女には無理をさせてしまっている。故に、休息の妨害はすべきではないと、わたしは判断した」

 

「大げさじゃなぁ……。しかし、妾を気遣ってくれたのじゃろう? ありがとうな」

 

相変わらず、プリセットを以てしても感情が読めぬ程の、完璧な無表情。じゃが、こうして妾を思い遣ってくれているのは十分に伝わるし、素直に嬉しい。昨日の説教紛いのあれで、人の心の有り様を考えてくれたのじゃろう。

 

「よし、お主のお陰でしっかり目が覚めたわ。早速、マターボードを渡してもらおうかの!」

 

 朝から実に気分が良い。漲る活力に任せてマターボードを求めると、シオンの指先に青い光が灯った。光は中空をふわふわと進むと、妾の差し出した指先に移り、やがて消えた。試しにマターボードを開いてみると、以前より少し大きくなっている。起点となる偶事は、"マルモス"の討伐か。

 

「事象とは、さながら蝶の羽ばたきの如し。捉え難く、捕らえ難い。時としてその行為は過誤に終わる。だが決して不為ではない。貴女は、どうか迷わないで欲しい。その為に、わたしはいる。貴女の標となる為に、わたしは在る」

 

「失敗は無駄ではない、か。嫌と言う程理解しておるよ。だからこそ、妾もここに在るのじゃからな」

 

「そう、貴女は迷わなかった。惑わなかった。故に、今だ遠かれど、道はあるべき所へ伸びんとしている」

 

妾の行動に未来が委ねられている、と言いたいのか。戦闘経験はそれなりに積んでおるが、まだ就任から一週間程度の新人には、ちと重いのぅ。まぁ、妾の目的は変わらぬし、張り合いがある、と考えよう。何故己がこんな事をせねばならぬのか、などと後ろ向きにつまらん事を考えるよりも、余程建設的じゃ。

 

「わたしは願う。貴女が掴む未来が、わたしの願う未来と等しい事を」

 

「お主が何を目的としておるのか話してくれねば、何とも言えんがの。詮索するつもりもないが」

 

「貴女の理解に、感謝を。ありがとう」

 

 すぅ、と消えるシオンを見送り、もう一度マターボードを開いた。マルモスを討伐し、『アルバスレイヤー』を入手せよ、とある。

 マルモスと言えば確か、ナベリウスの凍土エリアに生息する原生種じゃったか。凍土エリアは起伏に富み、気温は氷点を上回る事がなく、常に雪が降り積もる豪雪地帯と聞く。

 

「ともかく、まずは凍土エリアへの降下許可が出ねば始まらんのぅ」

 

 マターボードを閉じ、寝台から降りて洗面所へと向かう。朝食後に合流したら、アフィンたちに話を持ち掛けてみるか。

 

 

 

 起床時間は、身支度を済ませてなお合流時間に余裕が出来るようにしている。その時間を利用して、ショップエリアで雑多な買い物を済ませる為じゃ。特に携帯糧食は、クエストに出るたびに買い求めねばならんしな。今日もいつも通り、人影の少ない店先を歩いていたが、

 

「あっ、そこのあなた! あなた、楓さんだよね、合ってるかな?」

 

巨大モニター方面から駆けて来る少女に、呼び止められた。

 

「ん? いかにも妾は楓じゃが、どこぞで会った事があるかえ?」

 

「うぅん、初対面。わたし、"ウルク"って言うの、よろしくね!」

 

元気に満ち満ちた声で自己紹介すると、ウルクと名乗るニューマンの少女は妾の手を取り、ぶんぶんと上下に激しく振った。元気なのは大変結構じゃが、こちらは非力な非戦闘用ボディ故、少し手加減して欲しいものじゃが……。

 衣服から察するに、ウルクはアークスではなく一般市民か。ショップエリアでは特に珍しくはないが、何故妾の名を知っておるのじゃろう。

 

「ふ、ふむ。この一週間で、妾はハガルの民にまで名が轟くようになったか。あれか、『さいん』とやらが欲しいのか? 良いぞ、喜んで書いてやろうぞ、色紙はどこじゃ?」

 

やっと手を放してもらえたが、ちと右肩が痛い。これでは人生初の『さいん』が、みみずののたくったような字になってしまう。それでも、この娘は満足してくれるかのぅ。

 

「うにゃ? 違うよ、わたしは友達から、あなたの事を聞いてきたの!」

 

「……そうか」

 

……別に有名でも何でもなく、目的も『さいん』ではなかったらしい。朝方の活力に引きずられて、空回りしてしもうたか。それにしても、友達から聞いた、とな。妾を知っておると言う事は、アークス所属か?

 

「あなたの同期の、"テオドール"。知らないかな?」

 

「テオドール……。ハンター科では聞いた覚えがないな。となると、レンジャー科かフォース科か」

 

「うん、フォースやってる子だよ。フォトンの扱い方を聞いてみたら、新人のエースに聞いた方が良いよ、ってさ」

 

猪武者、期待のルーキーと来て、今度は新人のエースか。異名だか通り名だかが独り歩きしておるようで、少し面映い。実際の妾は、少しばかりナベリウスの侵食体と戦うのが得意なだけなのにな。

 

 ウルクが妾を探していた目的は、先の彼女の言の通り、フォトンの扱い方を学ぶ事だった。パン生地を捏ねるように、流水をせき止めるように、と、彼女の思い描くフォトンの扱い方を聞きつつ、己も改めて考えてみたが、この話題は不味い。

 己自身、特に意識をする事なく扱えているからだ。炸裂防御は未だ未熟であるが故、明確に想像せねば使えないが、それ以外の攻防となると、『何となく』使えると言う他ない。武器に流し込み、身の回りに張るなど、考えるまでもなくこなせてしまう。訓練校の一年次は、基礎学習としてテクニックの行使も学んだが、こちらも同様に、出来てしまった。尤も、訓練校の入学条件は、最低でも提示された程度にはフォトンを扱える事である故、当然と言えば当然ではある。

 これを言語として伝えようとすると、己までフォトンを扱えなくなりそうじゃ。教える側には教わる側の三倍の労力が要求される、とはよく聞くが、フォトンに関しては例外としか思えぬ。『何となく』使えるなど、どう教えれば良いのか。下手に理屈を付けようとすると、その『何となく』を失いそうな気さえする。

 

「そっかぁ、何となくかぁ……」

 

「こればかりは、そうとしか言いようがなくてな……。済まなんだのぅ、がっかりさせて」

 

「うぅん、気にしないで。少しでも感覚的に分かれば、って思ってたけど、その『何となく』が分からないってのが、わたしには才能がないって事なんだろうね」

 

気丈に振る舞っておるが、ウルクの表情には、落胆の色が見て取れた。そのテオドールと肩を並べて戦いたいのやも知れぬな。

 

「アークスが色んな星やわたしたちを守る為に戦って、わたしたち一般人はアークスの帰る場所を守る。そう言う風になってるもんね。……わたしは、何をしようかなぁ」

 

唇に指をやって、ああでもない、こうでもないと悩むウルク。ふむ。

 

「ウルクや、一つ話をしようか。妾の家族の話じゃ。あぁ、それとさん付けは勘弁してくれぬか? 妾の同輩と同じ年齢ならば、そうして畏まる必要もなかろう?」

 

「あっ、それもそうだね、えへへ。じゃあ、楓!」

 

「それで構わぬよ、かかか。では、話すとするかの」

 

 ウルクに話したのは、妾のあにさまについて。真面目で、人に厳しく、自分にはもっと厳しい方。あにさまは、いつもこう言っておった。

 

――人と言うのは、何かしらの長所を必ず持っている。どれだけ未熟であっても、怠惰であってもだ。楓、自分を決め付けず、あらゆる道を試せ。そこに無駄などない。

 

笑った事など片手で数えてなお余る、昔気質(むかしかたぎ)の頑固者。あねさまと同時にアークスに就任した為、家で一緒に暮らした時間は一年しかなかったが、その毅然とした振る舞いは今も目に、心に焼き付いている。

 去年の四月頃に、マザーシップに出向するとの連絡があったが、元気にしているじゃろうか。いや、心配する必要などあるまい。あにさまなら、どんな所でも持ち前の忍耐力で最良の結果を出すからの。

 

「色んな道を試せ、かぁ……。そう、だよね。フォトンが扱えないからって、諦めたら駄目だよね」

 

残酷ではあるが、フォトンを扱えぬのならば、アークスになる事は叶わぬ。しかし、今ここでそれを言うのは、この上なき野暮。眼前の多感な少女は、己の道を選ばんとしておるのじゃ。口を閉じ、見守ろう。

 

「未練がましいかもしれないけどさ、わたし、もう少し考えてみるよ。フォトンが使えなくたって、アークスの皆の役に立つ仕事があるかも知れないし!」

 

「その意気じゃ、ウルク。何事も、やってみなければ分からぬ。ひょんな事から、己に合う何かが見つかるものじゃよ」

 

そう励ましながら、妾は訓練校に入学して間もない頃を思い出していた。

 実のところ、当時は自在槍を振るうのを諦めておった。どれだけ訓練を重ねてもワイヤーが絡まり、己に巻き付き、戦線に立つ事さえままならなかった。故に長槍を使い、それなりに結果を残していたが、ある時ふと考えた。ワイヤーがなければどうなるのか、と。試しにちょん切ってみると、これが当たりであった。僅かな違和感はあったが、長槍よりも遥かに使いやすく、己の身体に馴染み、訓練結果として明確に表れたのだ。

 教官殿も、ドゥドゥ殿も、こんな事をする者は見た事がない、と言っておった。じゃが、これこそが妾にとっての正道。ウルクにも、がむしゃらに走るその先に、彼女にとっての正道が見つかるであろう。

 

「ありがとう、楓! わたし、絶対に見つけてみせるから!」

 

「うむ。応援しておるぞ、ウルク!」

 

走り出したウルクを見送りながら、思う。自分に合う事とは、決して大衆にとって正しいとは限らぬ。時にそれは、邪道ともなる。じゃが、あの子ならば心配あるまい。その胸に宿る決意の炎が、正道を照らし、示してくれるじゃろうからな。

 

 

 

 ウルクとの話で、少しばかり集合に遅れてしもうた。必要な物を急いで買い揃え、小走りでいつもの場所へ来てみると、やはり妾以外の三人はすでに来ておった。

 

「済まぬ、遅くなった!」

 

「気にすんなよ、5分も待っちゃいねーからさ」

 

「それより楓、少し相談があるんだが、良いか?」

 

 集合場所に一番に着いたアーノルドに、コフィー殿がこう言うたらしい。妾たち四人の戦闘実績を鑑み、凍土エリアへの降下許可を出す。それにあたり、まずは基礎となる任務を受けてくれ、と。もちろん強制ではないが、凍土エリアに行きたいのならば、その任務は避けては通れんらしい。

 

「私たち三人で少し話したんだけど、決めるのはリーダーの楓ちゃんかな、って」

 

「誰がリーダーじゃ。そんなのになった覚えはないぞ」

 

「深く考えるこっちゃねーって。んで、どーするよ、リーダー」

 

苦笑し、考える。渡りに船、とは違うか。これもマターボードの影響なのじゃろうな。でなければ、こうも都合良く物事が進むとは思えぬ。妾としては、その任務に向かいたいのじゃが、アフィンたちはどうなのじゃろう。

 

「ちなみにだが。俺たちは、行きたいと思っている」

 

「まだ何も言うとらんぞ?」

 

「私たちの意見を聞いてから、って顔してたよぉ?」

 

む、顔に出ておったのか。これはいかんな。ウルクの件で凝りたつもりが、まだ切り替えられておらんかったらしい。しかし、遠慮する必要はなくなった。

 

「満場一致だな。よし、レベッカさんのとこに行こうぜ!」

 

そうと決まれば、善は急げ。アサインカウンターにて手続きを済ませ、キャンプシップに乗り込むとするかの。

 

 レベッカ殿からの説明によると、今回の任務『凍土地域状況調査』は、侵食を受けた原生種の討伐が目的との事。とは言っても、任務としては珍しく、緊急性は皆無に等しい。危険だから、ではなく、危険を減らす為の任務だそうな。ちとややこしい。

 と言うのも、凍土エリアの原生種は、森林エリアの個体以上に手強いからじゃな。外見は共通する点も多いが、その戦法はまるで違う。初めてVRで戦った時などは、辛酸を舐めさせられたわ。まぁ、その後は華麗にブチのめしてやったが。

 そんな連中が地の利を得て襲い来る、戦場に慣れたと勘違いしたアークス戦闘員が毎年数人は帰らぬ人となる、過酷な地。森林では上手く戦えた、VRで戦い慣れている、などと自惚れ、軽い気持ちで挑めば、手痛いしっぺ返しを食うじゃろう。故に、まずは比較的簡単な内容で、凍土エリアに慣れさせようと言うのが、この任務の目的らしい。

 

「今回の任務は、全員にテレパイプが支給されるからね。危なくなったら、すぐに帰って来るんだよ?」

 

 森林エリアでの任務では、このような支給品は成されなかった。スタンロッドは受け取ったが、あれは捕獲任務遂行の為の必需品であり、生還を目的とした物ではない。比較的簡単な任務でありながらそれをわざわざ与えられると言う事は、組織として、これより赴く地の危険性を認識している証左。他人に漏らせぬ目的があるとは言え、軽い気持ちで受諾した己の気を引き締めるには、この支給品の存在はあまりにも十分過ぎた。

 

「ご忠言、痛み入ります。必ずや、全員何事もなく帰還いたしましょう。みなの者、抜かるなよ?」

 

妾の言葉に、全員が無言のまま頷いた。このような時、言葉で表すは軽薄。吐いた言葉と共に、意思が漏れ出てしまう。アフィンたち三人の目は、閉ざされた口の代わりとなって、己が決意を雄弁に物語っていた。

 

「では、行って参ります!」

 

「気を付けてね、行ってらっしゃい!」

 

 

 

 降下した妾たちを待っていたのは、一面の銀世界じゃった。本当にここはナベリウスなのか、と疑いたくなる程に、森林エリアとは様子が違う。大地も、枯れた木々も、何もかもが雪化粧をしておる。

 見ているだけでも体の芯から凍てつきそうな、寒風吹きすさぶ風景とは裏腹に、寒さは一切感じない。防御フォトンはダーカーや侵食体の攻撃だけでなく、周囲の環境からも身を守ってくれるからじゃ。このような極寒の地だけではなく、極暑の地でも同様。あまり度が過ぎると、さすがに守り切れんがの。

 

「足元に気を付けよ。『かんじき』は持って来ておるな?」

 

「かんじき……って、何?」

 

「なぬ?」

 

雪上戦の備えは万全か、と問うと、ユミナから予想外の返事が飛んだ。そんな馬鹿な。訓練校で習ったじゃろう。まさか、忘れてしもうたのか?

 

「ほれ、靴に取り付ける、雪上歩行用の……」

 

「楓。かんじきは知らんが、それはスパイクではないか?」

 

「雪上で靴に付けるっつったら、スパイクだよな」

 

「だよね。それならほら、もうみんな付けてるよぉ」

 

……『すぱいく』? ユミナが足裏を見せ、それにアフィンとアーノルドも続いたが、確かにかんじきがくっついておる。……むぅ?

 

「相棒、お前まさか、横文字だからって別の名前で覚えたんじゃねーだろな?」

 

「だとしても、どこからかんじきと言う名前が出たんだ……」

 

アフィンに言われ、そこで思い出した。確かに習ったが、横文字は苦手故、別の覚え方をしておったのじゃった。形状はまるで違うが、用途は同じなので、かんじきと。

 

「い、いやぁ済まぬ。ちと呆けておったわ、かかかっ!」

 

「笑って誤魔化しやがった……」

 

「一番抜かってたのは楓ちゃん、ってオチかな?」

 

「このくらいなら可愛いものだ。それに、お陰で良い具合に解れた」

 

「そうじゃ、アーノルドの言う通りじゃ! 変に緊張するよりも、適度に気が抜けておった方が良かろう!」

 

……などと言い訳したところで、恥をかいた事実は変わらんが。苦し紛れに口元を隠して笑ったが、アフィンの視線が痛い。ぐぬぬ。今回は、甘んじて受け入れるしかないか……。

 

「良し、行くぞ!」

 

 アーノルドの掛け声で、一斉に駆け出した。やはり妾は、リーダーの器ではないな。アーノルドの方が、余程リーダーらしいわぃ。

 余談ではあるが、キャストはかんじき、もとい『すぱいく』は必要ない。レッグパーツに収納式の物が標準搭載されておるし、ホバー機能もあるでな。ハンターは前者を、レンジャーとフォースは後者を使う傾向かのぅ。ファーネン・レッグ? あれは『突き刺さる』故、収納式の『すぱいく』は外されておるよ。

 

 生きる事さえ困難なこの地で確実に餌にありつく為か、凍土エリアの原生種は縄張り意識が強く、また多数で群れを成している。そして狩りは、森林エリアの原生種以上に効率的かつ狡猾。

 例えば、先程始末した"ガルフル"と"ファンガルフル"。骨格や外見からガルフ及びフォンガルフの近親種とされておるが、狩りの際には群れが三つの役割を分担する。獲物を追い立てる役、首筋などの急所を狙う役、そしてガルフ共にはなかった、足を狙う役。こやつらは、理解しているのだ。急所への攻撃を避けられても、最低でも足をズタズタにして動けなくしてやれば、後はこの劣悪な環境がとどめを刺してくれる、無駄な体力を使わずに餌を得られる、と。現に、命からがら帰還したアークスや、天候などの問題で救助が遅れ死体となって戻ったアークスは、例外なく足を執拗に切り裂かれていた。

 手段は違うが、ウーダンの近親種と目されている"イエーデ"とその親玉の"キングイエーデ"も同様。こちらの場合は、確かな威力を持ちながらも砕けやすい氷塊を、雪を握り固めて作って投擲する。砕けた氷塊は獲物に付着して体温を奪うだけでなく、氷点下の気温によって凍り付き、動きを阻害する為、その場で力尽きて食われる事が多いらしい。

 さらに厄介なのが、こやつらの体表を覆う毛皮。この白銀の世界にあって保護色となる白色で、寒さから身を守る為に非常に分厚い。そのせいで視認しづらく、また外敵からの攻撃への耐性が高い。

 加えて、ダーカー因子による汚染。ここまでに述べた特徴に、侵食由来の凶暴性が上乗せされるのだから、テレパイプを支給されたのも頷ける。ここの原生種は、凍土エリア全域が狩場と言っても過言ではないのだ。有事の際に悠長に降下地点まで戻る余裕など、ありそうもない。

 

 そんな危険地帯に飛び込んだ妾たちじゃが、彼奴らからの洗礼に対し、どうにか危なげなく任務を進められておる。幾度も任務やクエストを共にした事で互いが互いの勝手を分かっておるし、かてて加えて妾は、桁違いの日数をアフィンたちと過ごしておる。そんな妾たち四人の連携は、強固な上下関係で繋がった原生種共に引けを取らぬ程であるらしい。

 また、昨日のうちに渡しておいた贈り物も、功を奏した。マターボードによって手元に転がって来た各種武装が、原生種共の分厚い毛皮を貫くのに十分な威力を示してくれたのじゃ。アフィンには長銃『アルバライフル』、ユミナには長槍『グレイヴ』、そしてアーノルドに大砲『タグバルブ』。いずれも、修了任務で支給された物よりも高い火力を有しておる。みなも、新しい武器に満足げな様子じゃな。

 

 

 

『オペレーターよりパーティリーダーへ。管理官からエマージェンシートライアルの実行指示が出た。制限時間は2分、内容はこの先に出ている反応……マルモスの殲滅だ』

 

 今回のオペレートを担当しているヒルダ殿からの通信。回線を繋げて了承の意を伝えると、『ふぇいすうぃんどぅ』の向こうのヒルダ殿は、僅かに口角を吊り上げた。

 

『ここまでの手並み、見事だったぞ。なお、対象の殲滅を以て任務完了とする。トライアルの成否は問わんが、やれるな?』

 

「むしろ、やれぬとお思いですかな? 完膚なきまでに叩きのめして、凱旋して見せましょうぞ」

 

『ふっ。吐いた唾は飲まんように気を付けておけよ』

 

「承知しておりますよ。では、一旦通信を切ります。……聞こえたな?」

 

ここに来てようやく、マルモスが現れるか。こやつらを倒し、アルバスレイヤーを入手すれば、本当の意味でマターボードを辿る日々が再開する。自然と、ワイヤードゲインを握る手に、力が篭もる。

 眼前の雪原を割り、地中から白い巨体が姿を現した。長い鼻に、ギョロリとした大きな目、延髄辺りから突き出した瘤。こやつがマルモスじゃ。見間違えようもない。その数、五匹。

 

「弱点は分かっておるな、一気に片付けるぞ!」

 

「了解、俺とアーニーは上から狙う!」

 

「エマージェンシートライアルなんだ、五匹で終わるわけがない。油断するなよ!」

 

「はぁいっ。楓ちゃん、肩借りるよっ!」

 

妾の肩を即席の足場として、ユミナが跳んだ。目的は、最も手前に出たマルモスの背中。そして、危なげなく着地し、逆手に握ったグレイヴを瘤に突き立てる。瘤とまとめて延髄を貫かれたマルモスは、断末魔の雄叫びを上げながら背を反らして痙攣し、やがて崩れ落ちた。

 

 凍土エリアでも有数の巨体の持ち主、マルモス。本来は大人しい草食種だが、ダーカー因子に侵食され、他の肉食種同様に脅威となってしまっている。やつ自身にしてみれば、少しばかり興奮してじゃれついているだけなのかも知れんが、こちらにとっては、そんな軽い話ではない。キングイエーデ程ではないにせよ、人間にとっては十分な巨躯。体当たりなど食らおうものなら重傷は避けられず、また鼻の吸引力で雪を圧搾した強固な氷塊も、当たればただでは済まぬ。

 そんなマルモスにも、弱点は存在する。ユミナが刺し貫いた、延髄上の瘤だ。この部位は柔らかい脂肪を溜め込んでおり、それ故に寒さから守る必要がないからか、多少の甲殻が張り付いているのみ。銃剣でも容易に延髄に達する為、ここを狙うのが定石となっている。

 

 背から背へ飛び移って瘤を破壊する妾とユミナ。崖沿いの足場に上がったアフィンとアーノルドは、高所から長銃で撃ち下ろす。後からわらわらと出て来るマルモスも成す術なく討伐されて行き、やがて緊急試験の場に響く音は、妾たちの息遣いと、崖の間を吹き抜ける風だけとなった。

 ひとまず、周囲に敵影はない。しかしマルモスが雪原から現れたように、他の原生種も、物陰だけではなく雪の中に隠れている場合がある。辺りへ目を光らせながら、ヒルダ殿へ通信を入れた。

 

「パーティリーダーよりオペレーターへ。敵性体を殲滅いたした。他に反応はありますかな?」

 

『こちらオペレーター、敵性反応の消滅を確認した。上首尾だな』

 

ヒルダ殿からお墨付きを頂けたか。ならば後は、テレポーターでキャンプシップに戻るだけじゃな。

 

『管理官からも合格が出たぞ。戻っ……いや、少し待て』

 

帰還を指示されるかと思うたが、ヒルダ殿はやや慌てた様子で待ったを掛けた。緊急試験は、周囲の状況次第では稀に続行あるいは内容が上書きされるらしいが……。

 

「どうしたんだよ、帰還指示が出たんじゃねーのか?」

 

「いや、指示待ちじゃ。追加の緊急試験かも知れんのぅ」

 

それから間を置かず、ヒルダ殿から指示が来た。しかしその内容は――

 

『緊急の任務だ。一度キャンプシップに戻り、端末から該当の任務に登録しろ。内容は――』

 

――妾の予想を、上回っておった。

 

『――救出任務だ』




名前だけですが、あにさま初登場。

今更ですが本作では、雑魚エネミーでも多少それらしく脚色して強敵っぽくしております。原作では苦もなく倒せる動く的状態ですが、そう書いても私自身がつまらないので、このようにしています。ご了承下さい。

イエーデって肉食なのかな。ガルフルはそれっぽいけど。マルモスは、象と言うかマンモスっぽいので草食にしました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。