通常の防御姿勢をとる場合は、
対して、炸裂防御は、体内フォトンではなく、身にまとう防御フォトンを利用するスキルだ。直撃の瞬間、一点に集中させたフォトンを破裂させる事で、敵の攻撃を相殺し、こちらの被害を無にする。一時的に防御フォトンが枯渇する、と言う欠点はあるが、ユニットと武器の仕込みが、新たに発生するそれを増幅する事で、ある程度補ってくれる。まぁ、今はユニットを外している為、欠点が顕になっているが。
そして、こちらの被害が無になる事で、今しがたのように、即座の反撃が可能になる。熟練のハンターともなると、意識せずとも発動させ、返す刀で攻勢に転じて、その欠点さえ克服すると聞く。
怒り以外の感情で、警告が出たのは初めてか。今の妾を満たすのは、歓喜。仮面被りの一撃を完璧に防ぎ切り、あまつさえ弾き飛ばしてやったのじゃ。首筋の肉を食い千切るなど、獣の所業。ようやっと、人間として一矢を報いられた。喜ばぬ道理など、あろうはずもない。
アレンの談によれば、この身体はタガが外れてしまえば、5分も持たぬ、じゃったか。であるならば、それまでにやつとの戦闘を終わらせなければならぬ、か。
「……殺すのは、やめだ」
言葉とは裏腹に、殺気が膨れ上がった。思考を中断。再び踏み込んだ仮面被りの狙いは、妾の武器。これも、見えた。準備が整っておったなら、炸裂防御にて止められる。しかし、まだ防御フォトンの展開には至っていない。突き出された切っ先を、半身を大きく引いて回避。反撃に移れる体勢ではない。やつの出方を伺う。
繰り出した勢いを殺さず、やつはくるりと回転。上段に振りかぶり、残像を残す程の速度で以て振り下ろすが、これを、とん、と跳び退って逃れる。本来であれば自傷する程の力が漲っている故か、己の思った以上に、やつとの距離が開いた。やつにしてみれば、必中を期した一撃だったのか。振り抜いた姿は、次の攻撃動作に移るには、いささか無理があるように見える。これは、好機か。
「いつまでも、貴様の手番と思うなッ!」
地面を蹴り、跳び込んだ。生涯最高と自負したあの踏み込みさえも超える速度で、彼我の距離が縮まる。やつが、姿勢を整えんと動いたが、構わぬ。そのまま切り付ける!
「せいッ!」
右手に握った緑色のフォトン刃が、紫色の刃と接触し――するりと、表面を滑った。突進の勢いが、いなされたと理解した妾の姿勢を崩す。その刹那に、ぞくり、と冷たい物が背中を走る。たたらを踏んだ左足に力を込め、無理矢理に跳び退くと同時、風切り音が耳朶を打った。
風切り音。文字通りに風を切り裂き、風圧を感じさせぬ一閃。ごろんと地べたを転がりながら何でもない風を装い、しかし内心では慌てて、自身の状態を簡易確認。異常なし。武器も無事。
「勘……、いや、経験か」
どこか得心が行ったように、仮面被りが呟いた。そうとも、経験じゃよ。それを何度受けたか。何度四肢を落とされたか。
「ふん。ご納得頂けたようじゃな」
軽口を叩きながら、防御フォトンの具合を調べると、未だに展開され切っておらぬ。修了任務故、ユニット装備は不自然と思い外したのが、仇になったか。ユニットさえあれば、とっくに再展開されている頃合いだと言うに。やはり武器の仕込みだけでは、間に合わぬか。じゃが、悟られてはならぬ。手の内を読まれれば、付け入る隙を与えるのみ。
不意に、仮面被りが接近。下段に構えた得物が、ぎらりと光った。切り上げるか、ならば、と刃が描くであろう弧よりも外へと跳ぶと、切っ先は、妾から随分と離れた空間を裂いた。小ぶりの攻撃、その意図に気付いたのは、やつが妾に肉薄した時だった。これは、不味い。左手側から、横薙ぎが来る。下がって避けると、間髪入れずにまた踏み入られ、今度は右手側から。咄嗟に屈めば、そこへ狙いすましたように、右足が迫る。転がるしか、避けようがない。乾いた土を装甲の角で荒らしながら転がり、立ち上がって振り返ると、すぐそこにやつがいた。こちらが体勢を整える間もなく、凶刃が振るわれる。すんでのところでしゃがみ込み、やり過ごした。
素早く小さな振りで、矢継ぎ早に繰り出される攻撃。当然のごとく、牽制となる始めの一手は、毎度違う。しかし、一度始まってしまえば、打つ手はなくなる。初めてこの連続攻撃を披露された戦闘では、二撃目にさえ対応出来ず、あっという間にバラバラにされてしまった。そして、これまでの戦闘で、これを凌ぎ切れた事はない。やつの息が切れる前に、こちらの武器か四肢が切られてしまうのだから。
屈んだ姿勢から後ろへ跳んだ直後、そこを紫の軌跡が走った。過去を振り返る余裕はない。集中せねば、持って行かれる。
そこから四度の攻撃を避けた時、視界の端に、防御フォトン再展開完了の報せが出た。やつの攻撃に対し、炸裂防御を行使すれば、強引に中断させられる。右腕を引き絞った仮面被りに対し、両のワイヤードランスを掲げ、防御フォトンを収束させる。今の妾では意識せねば使えぬが、やつの動きを止められるならば、それで良い。
刃先が、外装に触れる。収束したフォトンを開放。破裂したフォトンが、周囲の空気を震わせる。得物を突き出した姿勢で、仮面被りは静止。こちらの得物は、無事。やつの連続攻撃を、止めてやった!
「ふんッ!」
先のように、ワイヤードランスを振るって弾き飛ばした。後方へ押し退けられた仮面被りに対し、ただ見送るは下策。これは、追撃の好機。一息にやつの懐に入り、姿勢を整え切れぬ内に仕掛ける!
踵で地を削り、ようやく止まったやつに、渾身の一撃を放つ。狙うは、心臓。分厚い外套に阻まれ、届かぬかも知れぬが、それも収穫。次に狙う位置を変えるのみよ。切っ先が、がら空きの胸に吸い込まれるように突き進み――やつの得物が、割って入り、
何かが、破裂した。
身体を悍ましさに満ちた圧力が襲い、視界が波紋のように歪む。突き出した右腕は、何かに阻まれているのか、それ以上先へ動かない。
眼前には、得物を胸の辺りに掲げた仮面被り。その外装に触れているワイヤードランスは、どれだけ力を込めようと、微動だにしない。
防御姿勢の仮面被り。破裂した何か。ぴたりと止まった得物。これは――
「……ふん」
「ぐッ!?」
無造作に跳ね除けられ、ワイヤードランスが砕け散った。妾の身体も飛ばされたが、咄嗟に脚部ブースターを噴射し、勢いを殺す。着地し、やつの仮面を睨み付けると、その下で嘲り笑っているような、そんな錯覚を覚えた。
間違いない。今のは、炸裂防御。何故、アークスではない仮面被りが、ハンターのスキルを使える? やつも、フォトンを操れるのか? いや、それにしてはあの感覚は、異常に過ぎる。そう、まるでダーカーに遭遇した時のような……。
「まさか、貴様……!」
仮面被りが、攻撃の姿勢に入った。膝を曲げ、今にも飛び掛からんと、両の足に力を込めているのが分かる。対するこちらは、防御フォトンはすっからかんで、得物も一方を喪失している。
仮面被りがぐっと腰を落とした、その時。
上空に、爆炎の華が開いた。
辺り一帯が赤々と照らされて紅葉を想起させ、暴力的なまでの爆風が木々を大きく揺らし、轟音は聴覚器官を強かに打ち据える。突然の大爆発に、仮面被りさえも動揺している。これは、もしや……!
「今だ、"相棒"!」
やつが背にしている物陰から、聞き慣れた言葉がこだました。
「……ようやくかえ。遅いぞ、"相棒"ッ!」
その呼び名に、心が奮い立った。端に追いやられていた警告が、とうとう視界の真ん中に入りおった。知った事ではない。妾は、喜んでおるのじゃぞ。そんな無粋なもの、妾を止めるには足らぬわ!
「うおぉぉぉぁぁぁぁッ!」
地を全力で蹴り抜き、同時に脚部ブースター最大出力。一瞬で仮面被りの懐に踏み込み、無手の右手で殴り付けた。容易く止められる。右手を引っ込め、左手のワイヤードランスで突く。これも止められる。
だからどうした。武器は止められても、妾の闘志は止まらぬ。際限なく湧き上がる力に任せ、ひたすらに殴り、突き、切る。
身体の帯びる熱が、加速度的に上昇する。動力炉の悲鳴が、駆動系の絶叫が、警告として視界を埋め尽くす。
それがどうした。現に、妾の身体は動いておるのじゃぞ。邪魔じゃ、疾く失せよ、やつの姿が見えぬではないか。
時間が迫っている。恐らく今の力は、アレンでも想定していなかった程のもの。限界は5分どころではなかろう。じゃが、一撃でも多く、速く、やつに叩き付ける。
「貴様ぁ……!」
得物同士がぶつかり合う鋭い音の向こうで、仮面被りが恨めしげに唸る。
「妾の名は……ッ!」
殴り付けた反動で、左腕を大きく引き、
「楓じゃぁぁぁぁッ!」
全力の刺突を見舞うと、一際大きな金属音に混じり、ぴしり、とヒビ割れの音が微かに聞こえた。真っ赤に染まった視界の先で、ワイヤードランスを突き立てた外装に、小さな亀裂が入っている。
良し、と喜んだが、それも束の間。びしり、と嫌な音が左のワイヤードランスから聞こえ、瞬く間に、柄を残して砕けてしまった。各パーツの装甲が開き、蒸気が勢い良く噴き出す。さらに、全身から一気に力が抜け、その場に膝を突いてしまう。
時間切れ、か。あれだけ五体に活力が満ちたと言うのに、やつの武器に亀裂を入れただけ。対する妾は、ワイヤードランスを双方失い、最早身体が満足に動かぬ。
仮面被りを退けるには、まだ足りぬか。まだまだ鍛練を重ねなければならぬか。まだまだ死を重ねなければならぬか。
上等じゃ。ならば、次へ繋ぐ為にも、最期まで足掻いてやろうではないか。手足を断つその太刀筋も、しかと見てやろうではないか。
パルチザンを取り出し、それを支えとして立ち上がった。柄を握る手も、身体を支える膝も、ぶるぶると震えている。未だに蒸気は漏れ出ており、あちこちから、ぎぎぎ、と耳障りな音が響く。その音は、もう立ち上がるな、休ませてくれ、と訴えているかのよう。
じゃが、立たねばならぬ。立たねば、やつの一挙手一投足が見えぬ。やつの呼吸が聞こえぬ。やつの剣気が感じられぬ。
さぁ、貴様の技を披露せよ。貴様の敵は、眼前にて死に体を晒しておるぞ。
仮面被りが、亀裂の入った得物を振り上げた。良かろう。屈辱を受けた刃で、妾を切って捨てるが良い。
陽光に照らされ、怪しく輝く紫の刃。今まさに、それが振り下ろされ――
――ぱん、ぱん、ぱん、と、場違いな拍手の音が、刃を止めた。
「くふッ、くははははッ! フォトンが派手に爆発してると思って来てみりゃ……。こんなクソつまらねェ星にも、たまには来てみるモンだなァ……!」
いつの間に近付いていたのか。濃紺の刺々しい外套を着た男が、妾たちを睥睨しながら、手を叩いていた。空色の髪を乱暴に後ろに流し、顔の左半分には入墨。一目見ただけで、粗野な印象を受ける。
「暇潰しにもならねェと思ってたが、こいつは面白ェ。こんなにうまそうな獲物が二匹もよォ……」
言うやいなや、男は瞬時に武器を掴み、仮面被りに殴り掛かった。その踏み込みたるや、仮面被りに引けを取らぬ程。
「オラァッ!」
振り抜かれた男の拳には、見た事のない武器が握られていた。拳全体をすっぽりと覆い隠す、金属の塊。それで殴り付けているのだから、鋼の拳、とでも言おうか。それを両手に握り、さながら嵐のような連撃を繰り出している。その速度は先の妾の比ではなく、また互いの得物がぶつかり合う音も、遥かに激しいものだった。さしもの仮面被りも、突然の乱入に心を乱されたか、あるいは純粋に男の技量が高いのか、徐々に圧されている。
発言は物騒じゃが、こうして仮面被りと相対しているのならば、とりあえずは味方と見て良いのだろうか。ともかく、ここに突っ立っておっても、巻き込まれるだけじゃろう。パルチザンを杖にして、足を引きずりながら、その場を離れる。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
すると、そんなほうほうの体の妾に、か細い声が掛けられた。目をやると、恐らくは男の仲間であろう少女が、こちらを眺めている。いや、青緑色の長い前髪ですっかり目が隠れている為、本当に妾を見ているのかは分からぬが。扁平な丸い帽子を被り、紺色の可愛らしい戦闘服を着た少女は、やはり見たことのない武器を握っている。長杖にしては、やけに短い。さしずめ、短杖とでも言えば良いか?
「おい、"シーナ"ァ! グダグダやってねェで、さっさとこいつらが誰か調べろ!」
「……っ! はい、"ゲッテムハルト"様」
ゲッテムハルトと呼ばれた男に怒鳴られ、シーナと言う名の少女は、武器をしまい、端末を操作する。その間にもゲッテムハルトは、仮面被りとの激しい応酬を繰り広げている。ちらと見えた顔には、狂気じみた笑顔が張り付いていた。
「こちらの金髪の方は、楓様。今回の修了任務を受けている訓練生です。それと、そちらの黒い方は……、該当なし。アークスではありません」
「該当なしだァ? だったら、なおさらここでブチのめさねェとなァ!」
シーナの回答を聞いたゲッテムハルトが嬉々として吠え、防戦一方の仮面被りへと拳打を放った。目に見えて大振りの一撃は、必殺の威力を秘めているが、それ故に回避される可能性もある。じゃが、仮面被りは避けなかった。真正面から受けた得物は、亀裂に拳が直撃した為に砕け散る。
「……チッ!」
ゲッテムハルトが、眉を顰めて舌打ちした。やつの武器を砕いておきながら何を、と思ったが、その理由はすぐに知れた。仮面被りは慌てる様子もなく大きく後退し、そのまま木々の間を縫うように跳んで、姿を消してしまったのだ。
「わざと壊させて、衝撃を殺しやがったか……。クソが、これからだってのによォ……」
恐らく仮面被りは、この二人の乱入を受け、状況が己にとって不利と悟り、逃走の機会を窺っていたのだろう。でなければ、あれ程思い切り良く、武器を犠牲にするとは思えぬ。
打ち捨てられたやつの得物の破片と、やにわに訪れた静寂が語る。戦いは終わった、勝つ事は叶わなかったが、仮面被りをようやく退けられた、と。
散らばったやつの得物の破片を忌々しげに踏み付けるゲッテムハルトを尻目に、パルチザンにしがみついたまま、空を見上げ、大きく息をついた。後は、あの娘を救助するのみ。
「おい、オマエ」
物陰に向けて呼び掛けようとしたら、ゲッテムハルトに肩を掴まれた。
「何かご用ですかな? 要救助者がおりますゆえ、手短にお願いしたいのですが」
事務的に返事をすると、乱暴に振り向かされた。足がもつれて転びそうになるが、なけなしの力を総動員して、どうにか踏みとどまる。やはり、見立て通りの粗野な男じゃったか。このような、力に任せたようなやり口は、好かぬ。
「つれねェ事言うなよ。なぁおい、今のヤツ、オマエを狙ってたよなァ? アイツはナニモンだ?」
ぎらぎらとした目が、妾を射抜く。しかし、
「さぁ、とんと存じ上げませぬ」
こう答える他に、ない。何せ、本当に知らぬのだ。幾度も戦ったが、やつについての情報なぞ、何一つ得られていない。せいぜいが、新人に毛が生えた程度の妾では、逆立ちしても敵わぬと言う事実くらいなもの。
しばしの沈黙。互いの目を睨み、一触即発の空気が漂う。その中へ、影が一つ、飛び込んだ。
「待って下さい、先輩!」
「あァ? 何だテメエは。お呼びじゃねェんだよ、黙って隅っこで震えてろ!」
飛び込んだ影――アフィンは、妾とゲッテムハルトの間に強引に割って入った。
「さっきまでは、そこの陰で震えてましたよ……。だけどそのせいで、楓は、相棒は疲れ切ってるんです、休ませてやって下さい!」
「知らねェな、俺が欲しいのは、アイツの情報だ。休みてェなら、とっとと教えろ! しらばっくれても、いいコトはねェぞ!」
「だから、相棒は知らないって言ってるでしょう!?」
威圧感を隠そうともせずに凄むゲッテムハルトに対し、アフィンは膝を震えさせながらも、声を張り上げた。妾の窮地を救ってくれただけでなく、こうして庇ってくれるとは……。つくづく、思う。まこと、そなたは男前じゃな。
「任務中に要救助者を発見したところで、襲われたのですよ。それに反撃しただけの事。妾が持つ情報なぞ、そちらと大差ありませぬ」
改めて、己の持つ情報の大半を話した。残りは、後に起きるであろう事実。話す必要はない。
「……ふん、本当に知らねェみてェだな」
ようやく納得したか。全く、疑り深い輩じゃ。アフィンが、ほっと息をついたのが、こちらにも聞こえた。じゃが次の瞬間、ゲッテムハルトは、アフィンを撥ね退けた。
「うわっ!?」「な、何をする!」
地に転がるアフィンを一瞥もせず、ゲッテムハルトは、抗議の声を上げた妾を、頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと睨め付けた。まるで品定めをするかのような視線が、酷く嫌悪感を掻き立てる。
「雰囲気は良い感じだが……、弱い。オマエとヤるのは、まだ早いな」
「……訓練生に、何を期待しておられるのやら。女を口説きたいのであれば、言葉を選ぶがよろしいかと」
「くははッ、抜かしやがる。……おい、帰るぞシーナ。ここにはもう用はねェ」
愉快そうに笑ったゲッテムハルトは、シーナを伴い、この場を去ろうとする。その背中に、待ったを掛けた。
「お待ちを、ゲッテムハルト殿。あの場を収めて頂いた件、感謝します。ですが、アフィンへの……相棒への仕打ちは、容認致しかねる。相棒へ、謝罪の一言を頂きたいのですが、いかに」
大した理由もなく、ただ妾を挑発せんが為にアフィンを蔑ろにした件は、例えどれ程の実力差があろうとも、捨て置けぬ。怒りを込めて問うと、ゲッテムハルトは視線だけをこちらに寄越し、
「俺に謝って欲しけりゃ、実力で、殴り倒してでも跪かせな。力がねェヤツの言葉なんざ……、クソ程度の価値しかねェんだよ!」
手近にあった木の幹を、素手で殴り付け、へし折った。あの鋼の拳を用いずに、この拳打。思わず、息を呑む。
「それとな、感謝の言葉なんてクソみてェなモンは、ダーカーにでも食わせちまえ。とことんめでてェ頭してんな、テメエは。あれか、頭ン中お花畑か?」
「……糞も肥料とすれば、花々の恵みとなりますな。ゆえに、感謝の言葉を伝えんとし、実力もない妾の頭に花が咲き誇るのも、当然と言えましょう。となると、血の気の多い貴方の頭には、さぞ美しい曼珠沙華が咲いておるのでしょうな」
「まんじゅ……? チッ、よく分からねェ事を。……楓、だったな。テメエの名前、覚えたぞ」
売り言葉に買い言葉。軽く皮肉を交えて挑発してみたが、あまり伝わっていないようで、ゲッテムハルトは舌打ちをして、さっさと行ってしまった。
「……それでは楓様、アフィン様、失礼いたします」
残されたシーナは、アフィンに手を貸して立ち上がらせ、深々とお辞儀した。ふむ。あやつと行動を共にしておる割りに、シーナは随分と礼儀正しいな。
「シーナァ! とろとろしてんじゃねェ!」
などと考えていると、怒声が飛んで来た。その声にびくりと肩を震わせ、シーナはそそくさと駆け出した。凸凹などと言う生易しい度合いではない。あれは、主人と奴隷にさえ見える。一体全体、どう言う関係じゃ?
木の葉のざわめきの中で、アフィンがぼやきながら、衣服に付いた土汚れを払っている。妾も手伝ってやりたいが、満足に動けぬ故、こうして得物に身体を預けるしかないのが、何とも歯痒い。
「相棒よ、そなたには、二度も助けられたのぅ。ありがとう、心より感謝するぞ」
「ん? あぁ、気にすんなよ。隠れてばっかりって、ホント嫌だからさ……」
アフィンの顔に浮かんだのは、後悔。視線は妾から逸らされ、遠くを見ている。こんな表情をする時、アフィンは決まって、姉君の事を考えている。妾の知らぬ、姉君との古い思い出があるのじゃろう。
『……えで、おい、聞こえるか、楓! 聞こえてるなら応答しろ!』
そうして、アフィンの憂いを帯びた顔を眺めていると、通信機にゼノ殿の声が届いた。
「はい、こちら楓です」
『やっと繋がりやがった! 通信妨害が酷くて、マグからの映像も届きゃしねぇんだ、無事か!?』
「えぇ、どうにか……。妾の方は、しばらく動けそうにありませぬ。しかし――」
アフィンに視線を向け、次いで物陰を見やると、アフィンは大きく頷き、物陰に戻った。
「アフィンは任務続行に支障なし。要救助者も、無事です」
『動けそうにねぇって、一体何があったんだよ……。とにかく、俺は他の班の連中と合流して、移動中だ。もうすぐ着くから、そこで待っとけ!』
「承知しました。では、一旦通信を切ります」
ゼノ殿からの通信内容を、娘を抱えて戻ったアフィンに伝えつつ、考える。通信妨害が起きていた、とな? 言われてみれば、数えるのも億劫な回数を重ねる内、ゼノ殿から通信が届いた事は、一度もなかった。例え届いていたとしても、繋ぐ余裕があるかは、また別の話じゃが。
そして迎えた今回、仮面被りを初めて撃退した。繰り返しが始まって初めての状況で、通信妨害が起きていたと知った。となると、その原因は、仮面被りと言う事か?
炸裂防御で感じた感覚。やつが撤退するまで発生していた通信妨害。しかも、ナベリウスからアークスシップまで繋がっていた通信が、同じ惑星内でさえ使い物にならなくなる程の強度。戦闘中の疑惑は、確信に変わった。
全く。まさか新人しかおらぬナベリウスに、『ダーカー因子を操る人間』が現れるとはな。おまけに、並のダーカーなんぞ比ではない、すこぶる付きの化物。何が、人外に片足を突っ込んでおる、だか。片足で済んでおるとは、到底思えぬぞ。
「おーい! お前たち、大丈夫かー!?」
小道の向こうに、ゼノ殿にエコー殿、そしてユミナとアーノルドの姿が見えた。ゼノ殿の声で、改めて、終わったのだと実感が湧き、同時に、頼もしい先輩や仲間が来てくれた事に安心し――パルチザンを取り落とし、崩折れた。
……その後は、特筆すべき事はない。エコー殿のテクニック、『レスタ』で身体を回復して頂き、娘を含めた七人でテレポーターへと向かった。幸い、ダーカー因子は空間許容限界内まで低下し、ダーカーどもは霧散。近辺のフォトン係数も正常値まで落ち着いており、侵食体がまばらに現れはしたものの、概ね安全な道中であった。
シップに搭乗し、エコー殿が娘の容態を見ている中、ゼノ殿に事の顛末を語った。マグの映像を見たゼノ殿は、仮面被りの危険性を察し、コフィー殿へ、全アークスへの通達を上申する、と真剣な顔で言っていた。以前よりも早期の通達となり、かつダーカー因子を操ると言う新たな情報も共有出来るので、状況は好転した、と言えよう。
アークスシップ帰還後は、意識の戻らぬ娘を病院のフィリア殿に託し、一時解散。親睦会までの待機時間には、部屋にアフィンがやって来た。事情は把握しておるので、今回は激昂する事もなく、穏やかに、正式な相棒となった。むしろ、先の窮地を助けてもらった件もあり、一層強い絆を結べたのではなかろうか。
親睦会もつつがなく終わり、翌日からは任命式を経て、正規の任務が始まった。娘を救出した事で何が変わったかと言えば、最も顕著なのは、この辺りであろう。当然ながら、レダは娘を見捨ててしまった件を悔やむ事なく、訓練校時代のような調子で任務に臨んでいた。それをダガン殲滅任務でジャン殿に咎められ、紆余曲折あり、二人で行動するようになったそうな。むしろ、例の件で焦って先行する事がなくなり、銃剣で遠近に対応出来るレダと、長年の経験から来るいぶし銀の仕事で彼を助けるジャン殿は、傍から見ても上手く噛み合っており、戦果も上々らしい。
そう言えば、仮面被りとの初遭遇を果たした妾は、パティエンティア姉妹の好奇心を大いに刺激したようで、ダガン殲滅任務を機に、以前以上に懇意な間柄となった。その任務中に仮面被りを発見した事も、情報屋を名乗る彼女たちとしては、妾にピンと来るものがあったのかも知れぬ。
あねさまには、全てを伏せてある。あの時には多大な心配を掛けてしまったが、それらがなかった事となり、決着が付いた今、再び超常の話をして、またぞろ心配を掛ける必要はない。それに、あねさまは言ってくれた。妾はあったかい、故に人間だ、と。それだけで十分だ。妾は、人として戦える。
無論だが、ユミナとアーノルド、相棒となったアフィンとも、戦友として共に戦場へ赴いている。アークスシップでの忌憚のない語らいは、クエストでの焚き火を囲んでの憩いは、心が安らぐ。彼らの笑顔を見るにつけ、思う。諦めずに、あの牢獄から抜け出そうと足掻いて、本当に良かった、と。
そして、ゲッテムハルトとシーナ。後で照会した結果、シーナの本名は"メルフォンシーナ"と言うそうだ。あの二人とは、同じハガル所属であるにも関わらず、あれから一度もシップ内で会っていない。ゼノ殿に尋ねてみると、任務やクエストなどそっちのけであらゆる惑星へ赴き、そこで侵食体やダーカーを思うさま虐殺しているのだとか。どうやら、単に粗暴なだけではなく、戦闘狂のきらいもあるらしい。話の終わりがけにゼノ殿が放った「アイツには関わるな」と言う簡潔な一言と、その時の怒りや悲しみがない混ぜになった顔が、やけに頭から離れない。
全ての物事は、あの娘と仮面被りを中心として、変容した。良き方向へ進みはしたが、その裏で、なかった事となり、あるいは上書きされた物事も多い。新たな絆は、古い絆と必ずしも対等ではない。それが、少なからず物悲しい。せめて妾に出来るのは、記憶し続ける事。上書きされた過去を、消えた過去を忘れぬ事。それらも、己の糧なのだから。
しかし。その中にあって、変わらぬものもあった。
2月25日、惑星ナベリウスの夜明け前。アフィン、ユミナ、アーノルドは、自身の天幕で眠っている。今日の火の番は、妾が最後。どれ、目覚めの珈琲でも入れてやるか、とアイテムパックに手を伸ばし、
「質問があります。答えてもらえますね?」
『聞き覚えのない声』で、『聞き覚えのある台詞』が、背後から突き付けられた。
そうか。この少女は、変わらなんだか。思い返せば、この少女と出会ったのは、巻き戻るたびに消えた、あの鍛練の日々であったな。
「ふむ。答えるのは構わんよ。じゃが――」
今度は、覚えておいてもらいたいものよな。
「――まずは、腹ごしらえと行こうではないか」
そして願わくば、また笑って欲しいものよ。例え妾が見惚れた笑顔が記憶に残らずとも、笑ってくれた事実を、この胸に刻ませておくれ。
攻撃、防御フォトンとPPについて、こちらにて原作用語を交えつつ少し補足します。
何もユニットを装備しない場合、PPはゲーム内通りに100が上限となります。そこから余ったフォトンが、攻撃、防御フォトンとして出力されます。レベルが上がっても攻撃、防御の出力が上がるだけで、PPには影響しません。
ユニットを装備していると、防御フォトンが増幅され、各種耐性が向上します。また、ジャスガで枯渇した防御フォトンも素早く再展開されます。極端な数字を出すと、アークスからユニットへ、1の防御フォトンが入力されると、ユニットが2に増幅して出力してくれます。それでも短時間ながら、極端に耐性が低下するのは避けられませんが。
ゲッテムさんにクソクソ言わせ過ぎましたね。でも、何となく作者のイメージでは、妙に合ってる気がしてます。それと、頭に曼珠沙華、ってノリで書きましたけど、花言葉がゲッテムさんにピッタリなのがビックリ。
※2017/10/25 8:08
フィリアさんの名前を間違えていたので修正。