出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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少々、猟奇的な表現が含まれております。ご注意下さい。


第十七話 希薄な少女

 クエストは、任務とは異なる。それを実感したのは、探索範囲を通達された時だった。

 広い。その一言に尽きる。もちろん、ナベリウス全域と比較すれば、米粒程度でしかない。しかし、人間にとっては、踏破するのに数日を要する程、広大。故に、少々嵩張るが、野営道具一式と、予想される期間分の食料を、持ち込まねばならない。アイテムパックに放り込めるので、移動や戦闘に支障はないのが、救いか。

 

 ちなみに、ナベリウスにも海洋があり、クエストの範囲となっている。そちらはそちらで、海洋専門の部隊が、四人パーティ三組、計十二人の編成で充てがわれるが、陸地のクエストと違うのは、各パーティから一人が、探索用の巨大ロボットに搭乗する点。なので正確には、アークス戦闘員九人、探索用ロボット三機の編成だ。

 この探索用ロボットは、フォトンに守られたアークス戦闘員でも活動不可能な地域での、各種サンプル収集を目的に開発された物で、戦闘行為は一切考慮されていない。武装も、連射の利かない自衛用フォトンハンドガンのみ。当たりさえすれば、並のダーカーや侵食体ならば、一発で事足りるが、数で押された場合には、どうしようもない。

 しかし、その耐久性は、折り紙付き。アークス戦闘員が赴けない場所、例えばナベリウス海洋であれば、視界の確保が出来ず、水圧の凄まじい深海や海溝。他の星であれば、恒星の表面や高重力環境下。そのような場所であっても、差し障りなく活動が可能な程に、頑丈に設計されている。また、防御用フォトンも展開されているので、ダーカーや侵食体の攻撃にも、高い耐性を有する。さらに、緊急時の脱出機能には、テレプールの技術が応用されており、搭乗者を高濃度のフォトンが包む事で、安全も確保されている。

 加えて、先述の劣悪な環境下でも、搭載した採集装備で、多種のサンプルを大量に収集可能と、惑星探索に特化したロボットである。

 この機体を運用する場合、随伴するアークス戦闘員は、護衛が主な仕事になる。クエストなのに護衛が仕事なのか、と言う疑問も、もちろんあろう。しかし、これにも理由がある。

 探索用ロボット三機によるサンプル収集効率は、アークス戦闘員十二人のそれを、軽く上回る。だが、建造費も運用費も、同じく上回るのだ。さらに、ダーカー汚染地帯にあって、戦闘能力は、アークス一人を下回る。そんな物を単独で放り込めば、サンプル収集どころではない。故に、生身のアークス戦闘員も随伴し、ロボットを護衛する、というわけだ。

 

 閑話休題。降下地点に面した海洋を見ながら、海洋探索についての基礎知識を、諳んじてみた。何が変わる、と言うわけでもないが。

 

「おーい、相棒! そろそろ行こうぜ!」

 

「ぼやぼやしてると、置いてっちゃうよぉ!」

 

「今回の探索で、例の少女が、見つかると良いんだがな……」

 

それぞれの武器を持った戦友たちが、妾を急かしている。まぁ、考え事をしている余裕は、お互いにない、か。

 

「済まぬ。それでは、参ろうか!」

 

腰に提げたワイヤードランスを握り、彼らに追い付く。呆けている暇はない。僅かでも良い。今この瞬間の己よりも、さらに上を目指さねば。

 

 

 

 あれから――あの夢を見てから、幾度目のナベリウスだろうか。少なくとも、死んだ回数は、五十を超えたか。正確には、覚えていない。そも、数える気がないのだから、十辺りで、すでに曖昧にはなっていた。そして、そのたびに2月22日に戻り、こうしてナベリウスへと降下しているので、その二、三倍と言ったところか。

 殺された回数、ではなく、死んだ回数と表現したのには、理由がある。ここ最近、と言う表現が正しいのかは分からぬが、ある時を境に、仮面被りは、妾を殺さなくなったのだ。

 

「……貴様、何度目だ?」

 

初めてそう聞かれた時は、背筋が冷えた。何者か、ではなく、何度目か。やつは、妾が、この五日間を繰り返しているのを、見破ったのだ。

 やつも、妾と同じく、同じ時を繰り返しているのか、とも考えたが、それはないはず。その回までは、やつは、妾を容赦なく、殺してくれていたのだ。であるならば、十も重ねぬ内に、気付いていたろう。

 理由は、妾の動き、であろうか。鍛練を積み、観察し続け、どうにか、やつの攻撃に対し、反応出来るようになった。とは言え、馬鹿正直に防御すれば、武器が破壊されるのは変わらず。故に回避せねばならんが、その動作は、無様の一言。それでも、初遭遇に比べれば、まだましではあるが。

 それに付随して、疑問も湧く。なぜやつは、妾が新人である、と気付いたのだろうか。あの言葉は、決して、ベテランを評する言葉ではない。妾が新人である事を知った上での発言としか、思えぬ。内通者がいるのか? それとも、巧妙に正体を隠したアークス戦闘員か?

 一時は、内通者あるいは裏切者の線で、コフィー殿に提言しようとした。が、すぐに思い止まった。この件を話せば、妾が、同じ時間を繰り返している事を、芋づる式に話さねばならなくなるかも知れぬ。そんな事になれば、精神異常者として、フィリア殿の世話にならねばならなくなる。

 また、別の懸念として、妾のクラスリミットや、クラススキルが持ち上がった。元より他者の実績に関する情報の閲覧権を持たない戦闘員はともかく、上層部や、管理官であるコフィー殿からも、何一つ言及されない。こうなると、逆に不安を覚えてしまう。今の妾は、明らかに、新人の範疇を、逸脱しているのだから。

 シオンについても、触れておこう。夢の中の女性が言っていた通り、2月27日、シオンは現れた。ナベリウスへ向かって欲しい、と。過日の件を話そうとしたが、あやつは、取り合わなかった。ただ一方的に、要件だけを述べ、消えてしまったのだ。あやつは言っていた。口出しせず、見ているだけ、と。その言に照らし合わせるなら、今の態度も、理解は出来る。だが、納得は出来ない。

 

 不安の種は、尽きない。しかし、そのいずれもが、考えたところで、詮無き事。であるならば、捨て置く。気に病む暇があるなら、少しでも長く、戦場に立つべきだ。

 

 

 

 群れの、最後の一匹を仕留め、一息ついた。今更、新人が割り当てられる区域の侵食体なぞ、物の数ではないが、気は抜けぬ。全ての会敵が、己の糧になるのだから。

 踏み込む動き。得物を振るう動き。攻撃を避ける動き。それらを、己の身体に染み込ませる。鍛練とは、そう言うものだ。いい加減な気持ちでやれば、それが染み込んでしまう。

 仮面被りの動きも、そうやって、身体に叩き込んだ。同じ攻撃は、二度と受けない。そんな気概でもって、死を重ねた。その努力が実ったのか、やつと対峙し、生きていられる時間は、少しずつだが、確かに伸びている。やつが妾を殺さなくなってからは、自害している故、正確には、やつの攻撃を凌げる時間、か。

 そう、自害。繰り返しに気付いた仮面被りは、妾を、殺さない程度にいたぶるようになった。全武装の破壊程度ならば、まだ生温い。時には、四肢を切断される事さえあった。武器を壊されては、腕を切り落とされては、自刃する事も叶わぬ。故に妾は、キャストらしい自害手段を執る。動力炉の、強制停止だ。まかり間違って、うっかり停止させてしまわぬよう、何重もの安全装置が掛けられているが、その全てが、己の意思で解除出来る。少々手間なので、ここ数回は、最終安全装置まで解除してから、戦闘に臨んでいる。気分としては、背水の陣か。

 しかし、親よりも先に、しかも自害しているのだから、妾も、実に罪深い女よな。親を残して逝った子は、賽の河原に送られるのであったか。ふん。その暁には、石塔を崩しに来る鬼なぞ、捻り潰してくれよう。まぁ、いつ死ぬのかは、分からぬがな。

 

「ん、分かれ道か。相棒、任せたぜ」

 

「ふむ。探索範囲と照らし合わすと、西側の道は、行き止まりになっていそうじゃな」

 

「行き止まりなら、今日のキャンプ地の候補になるかなぁ?」

 

「見通しが良ければ、な。水場があるなら、なお良いんだが」

 

「その辺りは、行ってみてから、考えようではないか。ついでに、最初のサンプル採取は、そこで行うとしようぞ」

 

妾の提案に、全員が頷いた。

 

 死ぬのは、怖くない。内なる声は、死の間際になると、死ぬのは嫌じゃ、とすすり泣くが、それを宥めながら、次の2月22日を迎える。

 怖気付いたわけではないが、策を弄した事もあった。あの十字路から少し後退し、ゼノ殿の到着を待つ。ゼノ殿と一緒なら、妾一人よりも、勝算はあると踏んでの、いわゆる戦略的撤退。しかし、それも、徒労に終わった。仮面被りが、以降もナベリウスを彷徨いていた事実で、気付くべきではあったが。

 娘は、あの場にいなかった。痕跡一つ、残さずに。ダーカーにやられたのか、目を覚まして、その場を離れたのか。その後も、娘の行方は(よう)として知れず、結局、妾は、自刃を選んだ。

 

 何度も死に、殺されて、神経が磨り減るのも、覚悟していた。己が言うのもなんだが、正気の沙汰ではない。それに、修了任務で、相棒ではなく楓と、アフィンに他人行儀に呼ばれるのも、正直、堪える。

 それでもなお、幾度も死を重ね、こうして正気を保っていられるのは。

 

 

『楓、こう見えて、俺はお前を買ってんだ。期待してるぜ?』

『楓ちゃん、頼りない先輩だけど、困った事があったら、いつでも相談に乗るからね?』

 

 先輩方が、応援してくれている。

 

『楓、お疲れ様だね。今日は、どんな事があったんだい?』

『楓姉様、お怪我はしていませんか? 病気になったりは、していませんか?』

 

 家族が、元気でいてくれている。

 

『私は、楓ちゃんを信じてますよ。だって私は、楓ちゃんの、あねさまですから!』

 

 あねさまが、信じてくれている。

 

「よーっし! 行こうぜ、相棒!」

「楓ちゃん、行き止まりまで、誰が一番速く着くか、競争しよっか!」

「遠足では、ないんだがな……。まぁ、今更か」

 

 戦友たちが、共に戦ってくれる。

 

 

 妾は、孤独ではない。だから、戦える。何度死のうと、人として戦える。

 

 

 

 行く手を阻む侵食体どもを薙ぎ倒しつつ、互いに競うように走った先は、果たして、行き止まりであった。

 全くの余談だが、これまで、探索範囲が同一だった事は、一度もない。クエスト登録の時間なのか、同行者の顔ぶれなのか、原因は分からぬが。しかし、こうして、ナベリウスの各所を巡っていると、惑星全体を踏破するのが先か、仮面被りを倒すのが先かが、密かな楽しみになって来る。出来るならば、踏破前に倒したいが。

 そんなわけで、到着した行き止まりは、木立がまばらで、水場もある、野営に適した場所じゃった。今日は、ここを拠点として、サンプル採集を進めるとしようかの。

 

「現在地を、マップに登録しておいた。各自、端末で確認してくれ」

 

「ん、助かるぞ、アーノルド。夜間の活動は、些か危険じゃからな。あまり、ここから離れ過ぎぬ範囲で、動こうぞ」

 

「りょーかいだよっ! みんなで動く? それとも、手分けする?」

 

「効率を考えるなら、分かれた方が良いなー。それで良いか?」

 

パーティ分割に、否の声は出なかった。こうなると、自然と、妾とアフィン、ユミナとアーノルドに分かれる。これは、どれだけ回を重ねようと、変わらぬ。集合時間を決め、妾たちは、先の分かれ道へ引き返した。

 

 

 

 サンプル採集は、頭を下げて、アフィンに頼んだ。己が護衛するから、そちらに専念して欲しい、と。そこまで手分けするのか、と、アフィンも難色を示すが、訓練校では採集道具を壊してばかりだった、と、それらしい嘘で誤魔化した。渋々と了承してくれるアフィンには、感謝するしかない。とにかく、妾には、経験が必要なのだ。

 援護する後衛も、並んで戦う前衛もいない戦闘は、訓練校以来となる。加えて、アフィンと言う護衛対象を背にした、実戦。得られる物は、多い。擬似的ではあるが、仮面被りとの戦闘の再現にもなっている。この状況で、アフィンに危害が及ぶのであれば、お話にならぬ。

 鍛練初期は、侵食されてなお健在な、原生種どもの狡猾さに、肝を冷やす事が多かった。アフィンも、背筋を冷たい物が流れたろう。しかし今は、惑わされぬ。守るに当たり、己は、どう動くべきか。優先すべきは、何か。それが、少しずつではあるが、分かって来た。最近では、アフィンに、逆に謝られるようにもなった。自分ばかり楽をして、済まない、と。そのたびに、笑い飛ばす。これは、己の為なのだから。

 

 今回も、サンプル採集は、順調に進んでいる。妾は、敵を討ち倒し、アフィンは、次々にサンプルを集める。いつも通りならば、このまま、日が暮れるまで、この近辺を駆けずり回る。だが、今回は、違った。

 

「……む? 相棒よ、待て」

 

足を止め、後に続くアフィンを、手で制した。

 

「どうした? 何か、気になる物でも、あったか?」

 

急に止められて、当然の疑問を口にしたアフィン。そんな彼を、人差し指を唇に当てて静め、目を凝らした。

 何かが、いる。眼前に広がるのは、見慣れて久しく、もう何の感慨も抱かない、ナベリウスの自然。しかし、言葉で言い表せない、違和感がある。無理に、何かが溶け込もうとしている、とでも言おうか。一点が、妙に濁っているような、そんな感覚。息を潜め、その濁りの様子を、伺う。背後に控えるアフィンの喉が、ごくり、と鳴った。

 時を置かず、変化があった。濁りが、きらきらと光る粒子となり、人の形をとったのだ。その形――輪郭の内側が、速やかに色付く。同時に、確かな質量を感じさせる凹凸が、形作られていく。

 現れたのは、青髪の少女。そして恐らくは、ヒューマン。ニューマンの特徴である長い耳もなければ、このダーカー汚染地帯にあって、戦闘用キャストパーツを装着してもいない。腕や足に装甲をあしらい、腰の辺りに機械的な尻尾の付いた、いっそ扇情的にさえ見える黄色いボディスーツに、身を包んでいる。こちらに背を向けている為、顔までは、見えない。

 そして何より目を引いたのは、両前腕に提げている、一対の刃。青いフォトン光を湛える、柊の葉にも似たそれは、こうして目を向け続けねば、見失ってしまいそうな程に、希薄な印象を受ける。

 

「……ここにも、いない」

 

少女が、口を開いた。やや低めの、声楽家のように透き通った声。仮面被りに、もの探しダーカーに、この少女。探しものをしている連中が、多いのぅ。まさか、あの娘か、あるいは仮面被りを、探しておるのか?

 

「"ハドレッド"……、どこに……!」

 

静かな口調ながら、焦りを感じる。顔は見えぬが、声の様子から察するに、苦虫を噛み潰したような顔をしておるのだろう。

 

「……もし、そこの方。何か、お探しですかな?」

 

突如現れた少女。しかし、こちらが物怖じする必要などない。それに、もしかすると、そのハドレッドとやらを、妾たちは見ているやも知れぬ。

 少女は、妾の声を受け、肩越しに、こちらに視線をくれた。昏く、黄色い瞳は、感情を宿していないようにも見え、底冷えするような印象を受けた。そして、目を細めながら、右腕を一つ振ると、面妖にも、その姿が、景色に溶け込むように、掻き消えてしまった。

 

「消えた……? 相棒、今のは、アークスか?」

 

後ろで、端末を握っているアフィンに、尋ねた。じゃが、しきりに首をひねるばかり。

 

「なぁ、今の子、どんな奴だったか、覚えてるか?」

 

「むぅ? 相棒よ、何を言うておる?」

 

「いや、それがな、女の子だったってのは、辛うじて覚えてるんだよ。だけど、その他が、全然思い出せねぇんだ……」

 

「確かに、あの去り方は、妾も面食ろうたが、忘れるわけがなかろう? あのような――」

 

――あのような? あの少女は、どんな声をしていた? どんな服を着ていた? どんな目をしていた?

 おかしい。アフィンの言うたように、あの少女の事が、全く思い出せぬ。記憶領域から、直近のものを引っ張り出したが、映像も音声も、酷く乱れていて、何の手掛かりにもならぬ。

 

「済まぬ。妾も、思い出せぬ……」

 

それきり、二人して、押し黙る。少女が、虚空から現れ、虚空へ消えた。記憶に残ったのは、たったそれだけ。

 

「……サンプル集め、続けようぜ。ここで考え込んでも、何も始まらねーし」

 

「……そう、じゃな」

 

気を取り直し、駆け出す。あまりにも、奇妙な邂逅。しかし、立ち止まっている暇は、ない。しかし、

 

「ハドレッド、か……」

 

少女が探している何かの名前は、妙に、記憶に残った。

 

 

 

 十分な量のサンプルを得た頃には、すっかり西日になっていた。全てを橙色に染め上げる夕日にも、今では、心を揺さぶられない。そろそろ戻ろう、と、アフィンを促し、野営地へと引き返す。初めて見た時は、少なからず、感動を覚えたのじゃがな。

 野営地には、アーノルドとユミナの姿があった。アーノルドは焚き火の用意をしており、ユミナは、自身の天幕を広げるのに、四苦八苦している。少し離れた所には、すでに天幕が一つ、張られていた。

 さっさと己の分を張って、薪集めでもしよう。アイテムパックから、野営道具を取り出し、天幕の組み立てを始める。もう、慣れたものだ。

 

「か、楓ちゃん、終わったら、こっちも手伝ってぇ!」

 

「分かった、少し待っておれ」

 

こうして、ユミナに助力を求められるのは、いつも通り。

 

「すげーな、相棒。随分、手慣れてるじゃんか」

 

「昔取った杵柄、ってやつじゃよ」

 

アフィンに褒められるのも、いつも通り。

 

「楓、済まないが、ユミナの手伝いが終わったら、薪を集めてくれ。俺が集めただけでは、心許ないんだ」

 

「うむ。夜通し燃やすには、確かに、ちと足りそうにないな」

 

アーノルドから薪集めを頼まれるのも、いつも通り。

 場所は違えど、やる事も、交わす会話も、いつも通り。違うのは、己が蓄えている力と、過去(今日)の感傷。

 だから、だろうか。先の、謎の少女との邂逅。それが、引っ掛かる。明確な違いが表れ、それが、胸をざわつかせた。

 

 

 

 携帯糧食での簡素な夕食を終え、明日の計画を詰めてから、就寝。当然、全員が朝までぐっすり、とは行かぬ。交代で、火の番と、見張りに立つ。今回の順番は、アフィン、アーノルド、ユミナ、そして妾。瞼を擦りながら、「楓ちゃん、交代だよぉ……」と、天幕に入って来たユミナと入れ替わり、焚き火の前に座った。ちなみにユミナは、妾の天幕で、そのまま寝てしもうた。

 補水液で口中を湿らせつつ、薪をくべる。原始的だが、この焚き火が、ナベリウスでは、存外役に立っている。原生種は、炎への耐性が低く、本能も相まって、火に近寄らないのだ。故に、こうして焚き火で、原生種の接近を防いでいる。

 ダーカーの対処は、薪を集めるついでに、ダーカー因子の感知器を設置してある。幸いな事に、今回は、一度も警報が鳴っていない。酷い時には、一晩の間に何度もダーカーが現れ、そのたびに、総出で対応せねばならなかった。

 

 ぱちぱち、と、薪の爆ぜる音だけが響き、炎が揺らぐたびに、火の粉が舞う。当たり前だが、焚き火は、何も語らない。夢で見た炎は、揺らめくたびに、あの女性に、何かを語り掛けていたのに。仮に、この炎が、何かを訴えようとしているなら。熱い、とでも言うだろうか。もっと薪を寄越せ、と欲張るだろうか。あるいは、もう消してくれ、と弱音を吐くだろうか。

 苦笑し、思考を止める。まだ眠気が取れていないのか、随分と、益体もない事を考えておった。ふと空を見上げると、東の空が、やや白んでいる。そろそろ、夜明けか。処理を考えれば、焚き火は、これ以上薪をくべぬ方が、良かろう。眠気覚ましも兼ねて、残り火で湯を沸かし、三人分の即席珈琲を入れてやろう。アーノルドはブラック、アフィンは角砂糖一個、ユミナは三個じゃったな。

 やかんと珈琲茶碗、即席珈琲を取り出そうとした、その時。

 

「質問があります。答えてもらえますね?」

 

背後から、『聞き覚えのない声』がした。同時に、言うことを聞かなければ、攻撃も辞さない、と言う、威圧感をぶつけられる。

 

「……不躾なやつよの。貴様、何者じゃ?」

 

「質問をしているのは、私です。貴女は、私の聞く事に、答えれば良い」

 

「答える義理がないのぅ。妾と同じ立場にあったとして、貴様は、従うかや?」

 

威圧感を跳ね除けて立ち上がり、振り向く。こんなもの、仮面被りに比べれば、屁でもないわ。第一、やつのそれとは、質が違う。やつならば、問答無用で、殺しに掛かるからの。

 立っていたのは、『見覚えのない少女』じゃった。扇情的にも見えるボディスーツをまとった、青髪のヒューマン。両腕には、やけに希薄な印象を受ける、柊の葉を模したような、歪な刃。

 

「まぁ、立ち話もなんじゃ。座れ」

 

「……は? 何を言って……」

 

「座れ、と言うた。貴様は、まだ会話が成立しそうじゃからな。珈琲を入れてやる」

 

焚き火の傍を指差しながら、必要な物を引っ張り出す。少女は困惑しておるようじゃが、無視。礼を知らぬ相手に、礼を尽くす程、妾は出来た人間ではない。

 

 へそを曲げて立ち去るかと思ったが、少女は意外にも、焚き火の傍に、腰を下ろした。驚いたが、言うた手前、顔には出さず、珈琲を準備する。適当に素を入れた茶碗に湯を注ぐと、独特の香ばしい香りが、鼻腔を刺激した。ふむ。やはり妾は、珈琲が苦手だ。一服するならば、煮付けを傍らに添えた、茶に限る。

 

「ほれ、熱いうちに、飲め。朝方は、やはり冷えるでな」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「ほぅ、礼は言えるのか。感心じゃ。砂糖は、いるかえ?」

 

半目で睨まれたが、小さな声で、二つ下さい、と返された。なかなかどうして、面白いやつではないか。笑いを堪えつつ、ご希望通りに渡してやると、今度は匙を要求された。

 

「おっと、これはうっかり。匙で掻き回してやらねば、甘くならぬからのぅ」

 

「……ふん」

 

少女は、受け取った匙を茶碗に突っ込み、苛立ちを紛らわすように、乱暴に掻き回す。むぅ。見ておれぬ。

 

「余計な世話かも知れぬが、な」

 

「今度は何ですか!?」

 

声を荒げた少女を、静かに諭す。

 

「砂糖を溶かす時はな、ゆっくりと、優しく、前後に動かせば良いのじゃよ。力任せでは、駄目じゃ」

 

「ぐっ……。本当に、余計なお世話です……」

 

ちと、遠回しじゃったか。何を焦っておるのかは知らぬが、先のように、唐突に現れて、脅しを掛けるような真似は、悪手じゃ。そんなやり方では、得る物はない。あるいは、どうでも良い物を掴み、本当に大事な物を、得られぬ。珈琲にしても、そうじゃ。あんな掻き混ぜ方では、砂糖は、きちんと溶けてくれぬからな。

 

 珈琲は、音を立てずに飲む物、と聞く。この少女も、その作法を知っておるのか、はたまた育ちが良いのか、啜る音一つ立てず、静かに飲んでいる。

 

「さて。聞きたい事とは、何じゃ?」

 

 空になり、差し出された茶碗を受け取りながら、尋ねる。

 

「私が言うのもおかしいですが、答えるのですか?」

 

「内容によるな。貴様は一応、談話の席に着いた。そこは評価するが、第一印象が最悪じゃ。ゆえに、答えぬ事もある。そこは、理解して頂こう。無論、また脅しを掛けるようなら、こちらも、相応に対処するがな」

 

と、大きく出てはみたが、正直なところ、まともに抵抗出来るとは、思えぬ。この少女、妾の見立てでは、かなり強い。気を張っていたつもりだったが、声を掛けられるまで、こやつの気配に、全く気付かなかった。妾では、手も足も出ぬだろう。じゃが、大見得を切った手前、ここで引くのも、つまらん。

 

「……無礼は、詫びます。ですが、こちらにも、都合があるのです」

 

「都合、か。まぁ、聞かせてはくれんのじゃろう?」

 

少女は、こくりと頷いた。予想通りじゃな。これだけの手練が、新人が派遣されるような区域に、大した事のない理由で来るとは、考えにくい。何かしらの、事情があるのじゃろう。

 

「良い、良い。詫びてくれた以上は、妾も、相応に接しよう。では改めて、聞こうか」

 

「は、はい」

 

返事をして、少女は、居ずまいを正した。

 

「貴女は、頻発している暴走龍の乱入の件、ご存知ですよね?」




ちょっと素直にし過ぎた気がしないでもないですね。

※2017/10/11 12:17
  用語を誤っていたので修正しました。
  フォトンプール→テレプール

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