出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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第一話終了から色々すっ飛ばして、原作突入直前です。
原作と設定が異なる点がございます、どうぞご了承下さい。


序章:アークス訓練校修了任務
第二話 家族の為に


 ……ふむ、少々昔の事を思い出しておったが、良い暇潰しになったかのぅ。耳の辺りに埋め込まれた通信機から聞こえる話は、そろそろ終わりそうじゃ。

 

『ーーというワケだから、可能な範囲で調整してあるけど、絶対に無理をしては駄目だよ? ……ちゃんと聞いてるかい?』

 

「おぉ、聞いておるとも。土産は湧水が良いのだな。全く、欲のない男じゃ」

 

『聞いてなかったんだね、よく分かったよ……』

 

「かかか。支給品のパーツでは、手を加えてもたかが知れておる、じゃろ? お主も飽きんのぅ、もう何度目じゃ? 妾はそろそろ、耳にタコが出来そうじゃ」

 

そう言いつつ、扇子を開いて口を隠し、欠伸の真似事をした。この面妖な技術、『ふぇいすうぃんどぅ』と言ったか。通信機で会話している相手の顔が見える、と言う何とも摩訶不思議な代物じゃが、こうしてあやつをからかうのにも使えるので、気に入っておる。案の定、苦虫を噛み潰したような顔で黙りおった。

 と言うか、妾が過去に思いを巡らせていた事に、気付かずにおったのか、あやつは。顔が見えておるというのに、抜けておるのぅ。

 

『キミが冷静なうちは、全く問題ないように仕上げているさ。でも感情が昂ぶってタガが外れると、5分も持たない。くれぐれも落ち着いて、冷静にね?』

 

「あぁもう、分かった、分かった。興奮しそうになったら、お主のお漏らしを思い出して、笑い飛ばしてやるわい」

 

『なっ……!? そ、それは関係ないだろう!?』

 

「関係なくはあるまい? 妾が目を覚ましたあの日、あれほどに熱く、火照らせてくれたのは、どこの誰じゃったかのぅ……?」

 

扇子で口元を隠したまま、流し目を送ってやると、顔を真っ赤にしおった。実にからかい甲斐のある、愉快な男じゃて。

 

『言い方がおかしい! それにもう6年も前の話じゃないか、忘れてくれないか!』

 

「いんや、墓場まで忘れぬよ、かかか」

 

 この男、名を"アレン"と言う。妾が初めて会った人間でありーー殺しかけた人間だ。

 人伝の部分もあるが、それから今日に至るまでの経緯を語ろう。どうせあやつは、また毒にも薬にもならぬ話を続けるじゃろうし、その手の話は、妾もいい加減、聞き飽きたしの。

 

* * *

 

 事の発端は、アレンの所属するキャスト教育施設に、己が封印されたカプセルが届けられた事件だった。

 工場で製造されたキャストは、社会に馴染む為に教育施設へ運び込まれ、そこでオラクル船団での生活のイロハを学習する。当然、送られる際には製造元、製造年月日その他、必要事項は全て、書類に明記されている。

 しかし、己は事情が全く違った。予定にない搬送、製造元及び製造年月日不明、その他必要事項も不明。唯一分かったのは、カプセルに貼られた、今時珍しい紙に書かれた、己の名前だけだった。

 カプセルごとスキャンした結果、一部構造不明な箇所はあったものの、概ね通常のキャストとの差はなく、また危険物の反応もなかった為、暫定的な処置として、四肢拘束の上、首より下のエネルギー供給と伝達系をカットして安置、となった。

 

 そして起こったのが、己が怒った先述の事件である。……駄洒落ではないぞ。

 最初の記憶がぶつ切りになったのは、別室から監視していたスタッフが、遠隔操作で己の全機能を停止させたから、だそうだ。後少しでも遅れれば、己の拳は、当時の望み通り、アレンを物言わぬ肉塊に変えていただろう。

 当然の如く、施設では、己を破壊するべきだという意見が挙がった。対象である己からすれば迷惑極まりない話だが、客観的に見れば納得が行く。名前以外の何もかもが不明な上、起動したかと思ったら職員を殺しかけたのだ。同じ立場なら、己も破壊案に賛同しただろう。

 これに待ったをかけたのが、他ならぬ殺されかけたアレンだと言うのだから、世の中とは実に不思議なものだ。

 曰く、初回起動で混乱していたようだ。プリセットの記憶が噛み合わなかったんだろう。でなければ、あんな事を言うはずがない。

 あんな事、とは言わずもがな、大切な物を返せ、だろう。工場で出来立てホヤホヤのキャストに、大事な物など、ましてそれが奪われるなど、あるわけがない。

 アレンは根気強く説得して回り、あやつ自身が専属の教育担当者になる、という結果を得たらしい。何とも侠気に溢れた男だ。

 

 全機能停止後、己は再び拘束されていたそうだ。狙いが逸れて壁に突き刺さった右腕と、床を砕く程に踏み切った両足が、原型を留めぬ程に大破したままで。

 メディカルセンターからキャスト専門の医師を呼び、修理を依頼したが、簡易な診断の後、医師はこう言ったらしい。

「出力制限を自力で解除した形跡がある。修理はするが、またやらかすようなら、もっと頑丈なパーツを用意してやれ」

あり得ない話だ。自傷するほどの力を抑えるリミッターが、本人の意思で解除出来るわけがない。例えキャスト以外の種族ーーヒューマンやニューマンであったとしても。出来るのなら、このアークスシップは、いや、オラクル船団は、今頃死体で埋まっているだろう。

 

 目の前で修理される己を見ながら、アレンは、殺されかけた日の事を思い出した。己が目を開けた事。身体を動かし始めた事。喜びのあまり部屋へ向かったら殺されかけた事。

 あやつが気付いたのは、この時だった。モニター越しに見た己は、異常な動きを見せなかった。対面した己は、怒りに身を任せ、自身を省みない異常な動きを見せた。その豹変振りに思い至り、記憶を探った結果、アレンは、1つの結論に至った。

「感情の昂り……なのか?」

 そもそも、製造直後に、これ程感情の振れ幅が大きいキャストなど、見た事がなかった。どのキャストも、多少感情を表に出す事はあれど、普段はそう、『己が身体を動かし始めた時のように』無感動、無表情なのだ。

 故に、教育施設が存在する。産まれたての彼らに、感情を表す事の、感情を制御する事の大切さを。オラクル船団で生きる、他の種族と共存する為に。

 

 次のーー今に至る記憶の始まりは、アレンの顔だった。それはもう驚いた。この男は己が、狗も狸も裸足で逃げ出す肉塊に変えてやったはずだ。なのに、なぜそんな血色の良い面で、己の顔を覗き込んでいるのか……。

 目を見開く己の手を両手で包み、アレンは、こう言ってのけた。

「改めて、おはよう。僕に、キミが失くした物を探す、手伝いをさせてくれないかな?」

 

* * *

 

「……まぁ、色々勘違いしておったんじゃがのぉ……」

 

『ん? 何か言ったかい?』

 

「いんや、何でもない」

 

* * *

 

 感情の振れ幅が、限界を超えた力を生み出したのは間違いない。怒りが己を満たした途端に、力を込めただけで、あのけたたましい警告が始まったのだ。プリセットの記憶が誤作動を引き起こした、と言うのも、あながち間違いではないだろう。

 しかしあやつは、『己は知りもしない感情の制御法を、記憶の齟齬で失くしたと思い込んでいる』と、勘違いしている。

 

 己は、確かに『"何か"を奪われた』。大切な何かを。その証拠に、あの時に気付いた身体の重さ、漠然とした喪失感は、6年経った今も、まるで解消されていない。

 

 かと言ってアレンの、勘違いから来る努力は、全て徒労だったのかと問われれば、己は胸を張って、異を唱えられる。

 まず、あやつはパーツの取扱いを学んだ。根本的な強化までは出来ずとも、修理、整備、調整と、己の感情が昂ぶってパーツを壊してしまっても、対応出来るようになった。男に己の身体を任せる、というのは、何とも気恥ずかしいものがあるが、あやつは顔色一つ変えずに取り組む。女として少々の敗北感はあるが、だからこそ己も、安心してあやつに任せられる。

 続いてあやつは、常に己と共にあった。教育の時間はもちろん、三食全て己と一緒に摂り、休憩時間は時に並び、時に手を引いて、己を他のキャストと交流させ、就寝の際も己が床につくまで、話し相手になってくれた。さすがに風呂や同衾は、あやつから辞退しておったが。

 

 パーツを学びつつ、常に己と接する。この矛盾を、アレンは睡眠時間を犠牲にして解決した。殺しかけた相手が、身を削って尽くしてくれる。これには己も黙ってなぞおれなかった。

 2度目に目覚めてすぐ、己の境遇は知らされていた。故に勘違いで暴れた事を、アレンへ平に詫びた。そして、身体を壊すような真似は辞めてくれ、と頼み込んだ、聞き届けられぬようであれば、地に額を擦り付ける事さえ辞さぬつもりだった。

 案の定、アレンは能天気なーー最初の記憶と同じ笑顔で「気にしないでいい」などと嘯いた。目の下に大きな隈をこさえているのに。

 やはりか、と、その場で膝を突こうと屈んだ途端、あやつは己の身体を抱き留め、しかと目を見据えて、こう言った。

 

「謝ってくれて、心配してくれて、ありがとう。キミがこうして成長してくれるから、ボクは頑張れるんだ」

 

 まるで理屈が通らない。勘定が合わぬではないか。ならば己に何かを求めてくれ。感情の昂りを乗せ、吠えた。弱い警告が、これ以上興奮するな、と言わんばかりに自己主張している。知らぬ。己に言うな。このうつけに言ってやれ。

 それじゃあ、と、困ったような顔で頭を掻きながら、アレンはこう提案した。

 

「もっと皆と仲良くなって、仲間を……友達を増やせるよう、頑張ってみないかい?」

 

 さすがに呆れた。これだけ言ったのに、こやつが求めるのは己の将来、と申すか。こやつはこれ程に頑なであったか。

 ならば勝手にせい。己も好きにやらせてもらう。顔を背け、吐き捨てるように言ってやった。視界の隅には、あやつの顔が、相変わらず困ったような顔が映っていた。警告が、少し弱まった。なぜだ。己はこやつに怒っているのだぞ。

 顔を背けた先で、アレンと共にいた女性職員がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。その顔は何だ。己は怒っているのだぞ。

 

 ……結局、アレンは止められなかった。しかしその努力があったからこそ、己も安心して、今日まで過ごせたのだから、感謝する他ない。

 それにその時は、他に収穫もあった。件の女性職員ーー己を強制停止させた職員、名を"セレナ"と言うそうだが、そやつが場を上手い事茶化し、収めてくれたのだ。その過程で、アレンが失禁してしまった件が、彼公認の笑い話となった。今でも、あやつが口煩くなった時などに、使わせてもらっている。

 一歩遅れれば大惨事となっていたあの事件を、公認の笑い話へと仕立て上げるセレナの弁術は、見事、いや、美事の一言に尽きる。己も、かくありたいものだ。

 

 その後は宣言通り、己も好きにやらせてもらった。さすがにアレンを出し抜くような真似はしなかったが、今まで以上に、自由に振る舞った。おどけ、からかい、なだめ、すかし。幸いな事に、己のプリセットには、相手の様子を見極める術が記憶されていた。そのお陰で、相手の感情の振れ幅が、限界が分かる。

 故に、時に女王のように尊大になり、時に道化のように茶化し、時に母親のように大らかに見守り、時に父親のように厳しく叱る。

 いつしか己は、同輩たちを仲間……否。友達……これもしっくり来ぬ。……そう、家族。家族のように、愛おしく想っていた。皆もそう想ってくれているのなら、感謝の極みだ。幸か不幸か、心を見透かす術は持たぬ故、そう祈るのみではあるがの。己が輪の中心にある、などと自惚れるつもりはない。

 

 アレンや多くの同輩と語らい、共に過ごす事で、他の職員も安心したのだろう。遠巻きに見ているだけだった彼らも、己と接してくれるようになり、気付けば己は、施設の一員として、認めてもらえていた。

 それを感じた時に、己は理解した。ここに至り、人間として成長したのだと。アレンの努力は、求めは、成就したのだと。

 しかし、あやつの努力に、求めに比し、己の得た物は、あまりにも大きい。やはり、勘定が合わぬ。

 笑顔に満ちた施設……『家』を見るにつけ、思う。

 

 借りは、あまりにも大きい。そして、借りっぱなしは、己の流儀に反する。

 

* * *

 

 名前と、歪なプリセットだけを与えられ、そして恐らく、比較にならぬ何かを奪われた問題児。そんな妾が、家族の為に出来る事。あやつへの借りを返す為に出来る事。それを成す為に、妾は今、ここにいる。

 オラクル船団所属アークスシップ第9番艦『ハガル』。そのゲートエリア。アークス訓練校の制服を纏い、これより修了任務に臨む。

 

『考え事かい?』

 

「ん、まぁ、の。ようやく気付いたか、このうつけめ」

 

『はは、返す言葉もないよ……。皆の事かい?』

 

「詮索するでないわ。お主、『でりかしぃ』が足りぬ、と言われぬか?」

 

『言われるよ。……9割以上、キミからだけどね』「うむ、知っておるぞ」

 

 妙なところで、こやつは妾の考えを言い当てるのだから、油断ならん。扇子で口元を覆い、茶化し、誤魔化した。少しばかり、強引だったやも知れぬな。

 

『デリカシー不足ついでに、最後に1つだけ、良いかい?』

 

「ん、良いぞ。寛大な妾が聞いてやろう」

 

 冗談めかして促してやると、アレンは顔を引き締めた。

 

『その道を選んだキミを、ボクは尊敬している。もちろん、施設の皆もね。そして誰一人、キミが不合格になるなんて考えてない』

 

「そうじゃろう、そうじゃろう。何せ、妾じゃからな」

 

『ここまで6年間、施設でも訓練校でも、キミは一生懸命だった。アークスになる、って聞いた時は驚いたし、心配もしたけど、理由を聞いて、嬉しかったんだ。ボクが求めた以上に、キミは美しい心を持ってくれたんだ、ってね』

 

「……ふん、この美貌じゃぞ? 心だって……美しいに、決まっておろうが……」

 

 ……いかんな、皆の顔が浮かぶ。揃いも揃って、良い笑顔をしておるわ。そのようなきらきらした目で見るでない。心が昂り過ぎるではないか。

 皆の声が聞こえよる。頑張れ、だと? 怪我しないでね、だと? 妾を誰だと思っておる。お主らの家族じゃぞ? 頑張らぬ道理など、還らぬ道理など、あるわけがなかろう?

 

『……頑張って来なさい、"楓"』

 

 優しい声。そっと、しかし確かに、背中を押された気がした。

 

「……ありがとう。そろそろ時間じゃ、切るぞ」

 

 素っ気なく、時間がない風を装って、通信を切った。一拍遅れて、目から溢れた雫が、頬を伝い落ちる。このような姿、あやつには見られたくない。

 目を閉じれば、アレンの優しい笑顔が浮かぶ。その周りには、家の皆がいる。

 アレンの激励、皆の激励。妾に、しかと届いたぞ。

 

 

「行って来ます、皆。行って来ますーーお父さん」

 

 

 濡れた頬を袖で拭い、目を開き、顔を引き締める。感傷に浸るのは、ここまで。この日の為に、3年間、訓練に明け暮れたのだ。ここで躓いては、笑い話にもならぬ。

 視界の隅に表示されている時計を確認。午前9時44分。それが見ている間に、1分進んだ。そろそろか、と考えていると、

 

『これより、アークス訓練校の修了任務を開始します。訓練生及び担当官は、指定のキャンプシップに搭乗して下さい。繰り返します。これよりーー』

 

「ふむ、いよいよじゃな」

 

 人でごった返していたゲートエリアが、一層騒がしくなった。ヒューマンが、ニューマンが、キャストが、男が、女が、一斉に中央ゲートへ向かう。

 

「全く、喧しいのぅ……」

 

パチン、と、口元を隠す扇子を閉じーー

 

「……じゃが、この空気、嫌いではないぞ?」

 

不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと、優雅に、ゲートをくぐった。

 

 

 

 新光暦238年2月20日。アークス訓練校修了任務、開始。

 なぁに、妾ならば、万事上手く進められる。大切な人たちを守る権利、義務を、この手に収められるさ。




本作でのキャストは、過去作のように工場で製造されます。原作の設定(自身のフォトンに耐えられない者が改造される)だと、色々頭が痛くなるので…
次回、原作開始です。

2017/07/01 9:49
  言い回し1ヶ所、誤変換1ヶ所 修正
2017/07/02 21:11
  記号を統一
2017/07/17 8:54
  三点リーダーを修正

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