出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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色々と立て込んで、投稿が遅れました。申し訳ありません。

今更ですけど、マターボードと時系列に合わせた結果、第九話から第十三話後半辺りまでが、2月21日なんですよね。書いてる本人がびっくりしております。


第十五話 孤独

 ゆっくりと、目を開き、上体を起こした。しかし、何も見えぬ。一面の暗闇。そして、寂寞。

 妾は、仮面被りと戦っていた。……否。あれは、とてもではないが、戦いとは言えぬ。ただ一方的に、嬲り殺されただけ。

 そう、覚えている。痛みを。屈辱を。絶望を。

 ……倒れた己に刃を向ける、仮面被りの姿を。

 

「ここが……、涅槃、か?」

 

一人呟き、鼻で笑って、頭を振った。涅槃へ逝ける程、悟りを開いたつもりは、ない。さりとて、奈落へ逝く程、腐り切った6年を過ごしたつもりも、ない。となると、仮面被りに殺された妾は、どこへ達したのか?

 

 暗闇に目が慣れ、ようやく、周囲の様子が窺えた。ここ数日で見慣れた、調度品。窓の外には、艦の機能として設定されておる、夜の風景。そして、寝間着をまとった、非戦闘用ボディ。

 彼岸にしては、随分と、俗な場所じゃな。と言うか、ここは、妾の自室ではないか。せっかくならば、家に帰りたかったぞ。

 ……まさかとは思うが、末期(まつご)の夢か? 試しに、己の頬を、抓ってみる。

 

「……痛い」

 

論理的な証拠とは言えぬが、一先ず、夢ではない、と考えよう。では、あの仮面被りとの戦闘が、夢だった?

 

 ……それだけは、絶対に、あり得ぬ。あの絶望、諦観、屈辱、激痛は、夢などではない。

 一体全体、どうなっておる? シオンに従い、ナベリウスへ向かい、一週間前に時間が巻き戻り、仮面被りに殺され、自室で横になっていた。物事の前後が、まるで繋がらぬ。

 

 待て。

 

 仮面被りとの実力差への、"絶望"。

 

 己の生存への、"諦観"。

 

 容易く嬲られた、"屈辱"。

 

 我が身を蹂躙した、"激痛"。

 

 では、死への"恐怖"は、どこにあった?

 

 たったの、6年。それしか、己は生きていないのだぞ。アークスになってからは、夢の足掛かりを得てからは、一週間しか経っておらぬ。だのに、妾は、死を恐れていなかった。生を、諦めていた。

 

 ……そして、あの快楽。

 

 やつの首筋に近付くにつれ、湧き起こり、荒れ狂った、官能の渦。やつの首筋に噛み付き、歯が肉に食い込み、人肉と血の味を感じた瞬間に訪れた、気を遣ってしまいそうな程の、快感。

 確かに、食えたものではなかった。しかし、あの時の妾は、やつの――人の肉を食らう行為に、悦んでいた。

 

「妾は、何なのじゃ……?」

 

 気付いた。気付いてしまった。今際の際にあって、死を欠片も恐れず、受け入れようとしていた己に。禁忌たる人肉食いに、快楽を見出していた己に。

 

 身体が、がたがたと震える。足を縮こまらせ、両肩を掻き抱いたが、震えは、まるで治まってくれぬ。

 

 死を恐れぬ己が、怖い。人の肉を食い千切り、絶頂に至らんとした己が、怖い。己の知らぬ己が、怖い。

 

 

  受け入れよ それも己じゃ

 

 

……黙れ、戯言を抜かすな。そんな己など、認めてたまるか。無茶はすれど、死に怯えぬわけが、あるものか。人の肉を食らうなど、許されるわけが、あるものか。

 

 

  染まったものよのぅ 人の理に

 

 

……黙れ、祟り殺すぞ。妾は、人ぞ。人が、人の理の中で生きるなど、当然であろうが。

 

 

  人とな? 妾は まことに人かや?

 

 

「黙れ、黙れ、黙れぇぇッ!!」

 

芝居がかった声が、酷く、うるさい。耳を塞ぎ、腹の底から叫んだ。しかし、いくら喚こうと、

 

 

  耳を塞ぎ 声を張り上げ

 

  己の声は 消えたかえ?

 

 

「うるさい、うるさい、うるさいッ!」

 

内の声は、妾を苛む。頼む、やめてくれ。妾は、人じゃ。人なのじゃ。

 

 

  良い 良い いずれ 理解出来ようぞ

 

 

「やめてくれ……! やめてくれぇ……っ!」

 

膝に顔を埋め、目をぎゅっと瞑り、ただただ、やめてくれ、やめてくれ、と呻く。己の異常性に気付いてしまった今、妾には、そうする事しか、出来なかった。

 

 

 

 いつしか、声は、消えていた。それでもなお、妾は、真っ暗な部屋の中、寝台の片隅に蹲り、震えていた。

 己が、分からない。現実が、分からない。頭の中がぐちゃぐちゃで、何も、考えられない。

 

「……そ、そうじゃ。シオン、シオンや。出て来ておくれ」

 

藁にも縋る思いで、シオンを呼んだ。あやつなら、きっと、教えてくれる。妾の身に起きた、非現実を。しかし、

 

「……シオン? ど、どうしたのじゃ? なにゆえ、出て来てくれぬ?」

 

待てど暮らせど、シオンは、来ない。

 

「い、今なら、前のような現れ方をしても、怒らぬぞ? じゃから、早う、出て来ておくれ……」

 

震える声で、虚空に向かって呼び掛けるが、返事は、ない。ただ、妾の声が、闇に吸い込まれるのみ。

 

 誰も、いない。この部屋の、この暗闇の中、己は、一人きり。そう自覚した瞬間、涙が、どっと溢れた。

 

 一人が、怖い。

 

 暗闇が、怖い。

 

 己が、怖い。

 

「あ、あぁ……。誰ぞ、誰ぞおらぬのか……?」

 

しゃくり上げながら、夢遊病患者のように、部屋の中を彷徨ったが、このような夜更けに、しかも妾の個室に、人がいるわけがない。しかし、頭では分かっていても、求めた。孤独を紛らわせてくれる、誰かを。妾を癒やしてくれる、誰かを。

 

 

  ひとりぼっちは いやじゃ

 

 

 幼い声が、心の中で、訴える。

 

 

  さむいのは いやじゃ

 

  ぬくもりが ほしいのじゃ

 

 

「温もり……。人の温かさ……」

 

人肉を食んでおきながら、人の温もりを求める。どうしようもない、矛盾。じゃが、今の己が欲するものは、幼い声が欲するものと、悲しい程に、一致していた。

 覚束ない手で端末を取り出し、連絡先一覧を表示。このような時間に連絡を入れるなど、本来ならば、迷惑甚だしい。しかし、それを考えられるような余裕は、今の妾には、なかった。

 

* * *

 

 遅番から自室に戻り、時計を確認すると、すっかり日付が変わっていた。夕方に、フランカさんの所で買ったサンドイッチを食べたきりで、お腹も空いている。夜中だけど、何か軽く食べてから、お風呂で埃を落として、寝るとしよう。

 重い装甲を外し、カバーパーツを取り付けていると、端末に、通信が入った。こんな時間だ。何か、緊急の招集だろうか。ともかく、出ないと。

 

「はい、フーリエです」

 

相手も確認せずに双方向回線を繋ぎ、ウィンドゥに映った相手に、驚いた。

 

「えっ、楓ちゃん……?」

 

俯き気味で、顔はよく見えない。けれど、あのさらさらで、艶のある金髪は、見間違えようもない。名前を呼ぶと、楓ちゃんは、無言のままで、小さく頷いた。

 

「何だか、元気がないみたいですけど、どうしたんですか?」

 

 様子が、おかしい。まず、楓ちゃんは、こんな時間に通信したりしない。ちゃんと、相手の迷惑を考えて、動ける子だ。そして、通信が繋がったら繋がったで、昨日の親睦会のように、天真爛漫に、話し掛けてくれるはず。

 なのに、今の楓ちゃんは、黙りこくったまま。とてもじゃないけど、普通じゃない。

 夜更けだろうと、明け方だろうと、関係ない。何かあったのは、確かだ。気を引き締め、楓ちゃんの言葉を、待った。

 

『……あねさま……』

 

ゆっくりと顔を上げ、たどたどしい声で、あねさまと言う楓ちゃん。その目は、虚ろで、真っ赤に充血し、頬には、涙の跡。なのに、浮かべているのは、酷く、ぎこちない笑顔。その笑顔は、今にも崩れそうで。必死に取り繕っているのが、容易に、見て取れた。

 あまりにも、痛々しい。普段の、気丈な姿からは想像出来ない程、弱り切っていた。

 

「楓ちゃん、私の部屋は、分かりますか?」

 

『知らないのじゃ……。お会いしたいのに、あねさまのお部屋が、分からないのじゃ……』

 

迂闊だった。せっかく、五年振りに会えたんだから、部屋のアドレスくらい、教えておくべきだった。触れれば壊れそうな笑顔のまま、首を横に振る楓ちゃんを見ながら、自分の要領の悪さを、呪う。とにかく、直接、会わないと。楓ちゃんの端末に、この部屋のアドレスを送り、さらに部屋の入室許可者に、楓ちゃんを登録した。

 

「今送ったアドレスを、玄関先のテレポーターに入力すれば、私の部屋までひとっ飛びです!」

 

『……ほんと? ほんとに、あねさまのお部屋に、行けるの?』

 

殊更に大きな声で、はい! と答え、力強く、頷いた。すると、僅かに、楓ちゃんの笑顔に、安心の色が浮かんだ。

 

「あ、そうだ! 楓ちゃんの煮付け、久し振りに食べたいなぁ。ごめんなさい、持って来てもらえませんか? それで、一緒に食べましょう!」

 

『……うん、持って行くのじゃ』

 

「はい、楽しみにしてますよ!」

 

通信が、切れた。あの様子だと、多分、すぐにでも来るだろう。それまでに、カバーパーツの取り付けを、済ませておかないと。部屋は……、少しだけ、少しだけ散らかってるけど、大丈夫! 取り外した装甲が、ちょっとばら撒かれてるけど!

 

 ヘルメットパーツを外し、髪を軽く梳いているところで、すっと、玄関が開いた。あれ、思ったより、時間掛かったな、などと考えながら、一旦手を止め、そちらに目を向けて、ぎょっとした。

 ポニーテールを解いた髪は乱れに乱れ、目はウィンドゥで見たままに泣き腫らし、寝間着の浴衣は(はだ)けて、胸元が見えてしまっている。

 そして、小脇に抱えた包み。気晴らしになれば、と思い、一緒に食べようと持ちかけた、煮付けだろう。彼女自身の装いとは裏腹に、とても丁寧に包まれた、それ。そのちぐはぐ振りが、私の認識の甘さを、これでもかと言う程に、責め立てた。

 

「……あねさま、あねさま。楓特性の煮付けを、お持ちしましたぞ。一緒に、食べましょう……」

 

そんな楓ちゃんが、涙を零しながら、それでも精一杯笑顔を作って、包みを掲げて見せた。

 

「楓ちゃん……っ!」

 

彼女に、一体何が起きたのか。私には、知る由もない。だけど、こうしないと、本当に、笑顔だけでなく、楓ちゃん自身も壊れてしまいそうで。私は、楓ちゃんを、抱き締めた。かたん、と、包みが手を離れ、床に落ちる。

 

「……あったかい……。あねさまの、温もりじゃ……」

 

おずおずと、楓ちゃんの手が、私の背に回され、

 

「……うっ、うぅっ……。うあぁ……」

 

そして、私の胸に顔を埋め、泣いた。

 

「……よしよし、もう、大丈夫ですよ。あねさまは、ここにいますよ」

 

泣きじゃくる楓ちゃんの髪を、そっと梳きながら、背中をぽん、ぽん、と、一定のリズムで、優しく叩く。これは、ただ事ではない。ちゃんと、話を聞いてあげないと。

 

 

 

 しばらく経ち、楓ちゃんも、泣き止んでくれた。深夜の来訪をひたすら謝る彼女の唇に、人差し指を当てて微笑み、浴衣の乱れを直してから、椅子に座らせた。

 

「わぁ、美味しそう! ちょっと待ってて下さいね、すぐに盛り付けますから!」

 

包みの中の密閉容器は、幸いな事に、落ちた衝撃で壊れたりは、していなかった。蓋を開けると、煮汁に浸った煮付けが、てらてらと光っている。こんな状況で不謹慎だけど、お腹が、ぐぅ、と鳴ってしまった。

 大皿に煮付けを移し、小皿とフォーク二セットと一緒に、テーブルに運んだ。当時の楓ちゃんは、『オハシ』って言う、二本の細い棒で、器用に摘んで食べてたっけ。私も試したけど、不器用だからか、全然上手くならなかったなぁ。ふふ、何だか、懐かしいや。

 

「それじゃあ、いただきます!」

 

「……いただきます」

 

この、両掌を合わせ、お辞儀をしながらの、食前の挨拶。これは、楓ちゃんから始まった、食材になった動植物への、感謝の気持ちを表す言葉。楓ちゃん自身は、プリセットに入っていたから、と言っていたけど、施設の先生たちも、とても良い言葉だって言って、それから、食事の時の、慣習になったんだったなぁ。訓練校でも、アークスになってからも、誰も言ってなかったから、驚いたのを、今でも覚えている。

 

「……ごめんなさい、あねさま。お邪魔だったでしょう?」

 

一口だけ食べ、フォークを置いた楓ちゃんは、もう何度目かも覚えていない、謝罪の言葉を口にした。

 

「そんな、まさか。私だって、さっき戻ったところですよ。それに、私は、楓ちゃんのあねさまですからね。妹が頼ってくれるのは、あねさま冥利に尽きるってものですよ!」

 

胸を、どん、と叩いて、出来るあねさまアピール。と思ったが、

 

「けふっ、けほっ……」

 

力加減を間違えて、むせてしまった。ちょっと、恥ずかしい。すると、くすくすと、小さいながらも、笑ってくれた。

 

「やっと、笑ってくれましたね。落ち着きましたか?」

 

「……あっ、はい。どうにか……」

 

自分が笑った事に、言われてから、気付いたんだろう。慌てて、顔を伏せてしまった。とりあえず、一安心……かな?

 

 以前に増して美味しくなった煮付けを、口に運びながら、考える。楓ちゃんの様子は、尋常ではなかった。

 確かにこの子は、施設にいた頃、ずっと、誰かと一緒にいた。目覚めてすぐは、アレン先生と。それから、私がアークスになるまでは、私を含む、キャストの子たちと。つまり、一人になる時間が、なかった。昨日……日付が変わったから、一昨日か。一昨日は、修了任務で慌ただしくて、今になって、ある程度落ち着いたところで、ホームシックになったのかな。

 ……いや、違う。そんな、単純な話じゃあ、ない。ホームシック程度で、あんな、ヒビだらけのガラス細工みたいになるとは、到底思えない。

 彼女が部屋に来た時は、浴衣の乱れから、心ない誰かに、乱暴をされたのか、とも考えた。が、同種族として、それはあり得ない、と、すぐに否定出来た。キャストには、男女問わず、生殖器官は存在しない。故に、性的暴行を働く意味がない。それに、浴衣を直す際に、それとなく体を検めてみたが、それらしい痕跡は、一切見付からなかった。

 ホームシックでは、ない。乱暴されたわけでも、ない。じゃあ、原因は、何だ? 何が楓ちゃんを、ここまで痛め付けた?

 

「……ねぇ、楓ちゃん。一体、どうしたんですか? 話したくないのなら、何も聞きませんけど……」

 

意を決して尋ねると、肩をびくり、と震わせた。まるで、イタズラを見咎められた子供のよう。やっぱり、触れられたくないのだろうか。

 

 だけど。楓ちゃんは、小皿に残った煮付けを一口で平らげ、大きく深呼吸し、端末を操作し始めた。そして、次々と表れる画面を見ては、溜息をついて、「なるほど……」とか、「これは、助かるな……」とか呟いている。

 

「あねさま」「は、はいっ!?」

 

不意に呼ばれて、上ずった返事になってしまった。うぅ、何だかさっきから、格好がつかない……。

 

「……今日は、2月の22日。間違いありませぬよな?」

 

自分に言い聞かせるような質問だった。私は、頷く。

 

「……まずは、こちらをご覧下さい」

 

手渡された端末に映っていたのは、楓ちゃんの、クラスリミットと、クラススキル。いずれも、昨日、正式にアークスに任命されたとは思えない程のものだった。それこそ、『一週間』は実績を重ねないと、到達出来ないだろう。

 自分の端末を取り出して、楓ちゃんの任務、クエストへの登録履歴を参照した。並んでいたのは、修了任務と、昨日発令された、四つの任務だけ。計算が、合わない。そして――

 

「妾は、一週間後より、参りました」

 

――続く言葉が、私の頭を、真っ白にした。

 

 

 

 信じてはもらえないでしょうが、と、前置きしてから、楓ちゃんは、ぽつり、ぽつり、と語った。

 始まりは、昨日。任命式直後に、謎の女性と接触し、偶然を辿れ、と言う依頼を受けた。なんでも、その時にもらった物に従うと、必ず、書かれている通りの事が、起きるんだとか。その偶然と言うのは、エネミーを討伐した報酬品であったり、特定の場所での誰かとの会話であったり。そして楓ちゃんは、昨日一日で、特に重要な偶然を、全て起こした。

 恐ろしい話、だと思う。私なら、きっと、そのもらった物を、捨てていただろう。人の動きさえもコントロールしているみたいで、何だか、気味が悪いから。

 

「……あやつと話していなければ、妾も、捨てていたでしょうな。捨てられるかは、ともかくとして」

 

「じゃあ、何で……?」

 

「あやつを信じても良い。そう、感じたから。……口車に乗せられた、とも言いますが」

 

茶化して、苦笑する楓ちゃん。そっか。この子は昔から、人の見極めが、誰よりも上手いんだった。そして、困っている人は、絶対に見捨てない。だから、その女性の依頼を、引き受けたんだろう。

 

「特に重要な偶事――あやつは、鍵と言っていましたな。それらを集め終えたら、2月27日まで、己を鍛えてくれ、と」

 

 たった一日とは思えないくらいに、クラスリミットの緩和と、スキルの習得が成されていたのは、そんな理由があったのか。合点が行った。

 それから、時間が経ち、2月27日。女性に頼まれ、ナベリウスへと降下すると、修了任務、ダーカー大量発生まで、時間が巻き戻った。そこで、助けを求める声と、何かを探す声を聞いた、と。

 

「それって、もしかして、オーザさんが言ってた子ですか?」

 

「えぇ。間違いありませぬ。修了任務時に発見した者の証言とも、特徴が一致しましたゆえ」

 

「と言う事は、保護出来たんですね! 良かったぁ……」

 

朗報を聞き、思わず、背もたれに寄り掛かった。背もたれが、めきり、と、嫌な音を立てた。おっと、危ない、危ない。

 

「あ、あの、あねさま。お喜びのところ、申し訳ないのですが……」

 

「おぉっと、はいはい、何でしょう?」

 

何だか、ばつの悪そうな顔をした楓ちゃん。言葉も、何だか、歯切れが悪い。

 

「つかぬ事を伺いますが、もしや、妾の話を、全て信じておられるのですか?」

 

「へ?」

 

「いえ、信じて頂けるのは、妾も嬉しいのですが、その……」

 

「じゃあ、逆に聞きますよ? ここまでのお話は、全部、嘘だったんですか?」

 

「断じて違います! 妾が、あねさまに嘘をつくなど……!」

 

「ほら、やっぱり」

 

声を荒げた楓ちゃんに、笑って見せた。私が、楓ちゃんのお話を、疑うわけがないじゃないですか。

 

「だって、楓ちゃんは、私に嘘をついた事なんて、ありませんからね。まぁ、冗談は、何度かありましたけど」

 

それに、楓ちゃんなら、そんな顔をした人の話を、疑ったりしない。だから、私も、最初から真面目に聞いていた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「どういたしまして。それで、その女の子は、どうなったんですか? 何で、ナベリウスにいたんでしょうね?」

 

 頬を赤らめて礼を言う楓ちゃんに、続きをせがんだ。民間人にせよ、アークスにせよ、修了任務の只中で倒れているなんて、前代未聞だろう。

 

「あの娘がどうなったか……、それは、分かりませぬ。保護した後、妾は、殺されましたゆえ……」

 

「え……?」

 

「コフィー殿から、仮面被りの話は、聞いておりませぬか?」

 

 仮面被り。夕方過ぎに、要救助者に関する追加情報と共に通達された、警戒情報。遭遇した場合には、即時の撤退が推奨されていたが、まさか、交戦したのだろうか?

 

「女の子の発見地点が、袋小路でしたので、已む無く。これは、信じられないでしょう? 死んだはずの人間が、あねさまと煮付けをつつく、など」

 

青褪めた顔で、自嘲するように笑う楓ちゃん。

 

「……妾も信じられませぬ。妾は確かに致命傷を負った。倒れた妾の傍らにやつが立った。だのに目が覚めると自室の寝台に寝ておった……」

 

ぶつぶつと、早口で捲し立てる。

 

「……一週間前に戻りそこで死んだと思ったら今度は二日後。時間の勘定も合わぬではないか。そも今はどの修了任務の二日後なのじゃ? ここはどこなのじゃ……?」

 

瞳が、流れる涙に光を奪われたように、輝きを失い――

 

「……なにゆえ妾は死を受け入れた。なにゆえ妾は死を恐れなかった。なにゆえ妾は生を諦めた……」

 

何かに怯えるように、耳を塞ぎ――

 

「……妾は人の肉など食らいとうない。悦んでなどおらぬ。妾は人間じゃ。人間なのじゃ……」

 

椅子の上で体を縮こまらせて、がたがたと震え――

 

「……やめてくれ。やめてくれ。妾は、妾は――」

 

不意に、楓ちゃんが、動きを止めた。あまりにも、唐突に。あまりにも、不自然に。一切の動きを、止めた。

 

「――あねさま」

 

私を呼ぶ声は、あどけない。しかし、私に向けられた顔は、無表情。まるで、仮面を被っているかのようで。気圧された私は、言葉を、返せなかった。

 

「わらわは、なんなのじゃ……?」

 

悲しげな問いを投げ掛け、ぐりん、と白目を剥き、楓ちゃんは、椅子から床に崩折れた。

 

「楓ちゃんっ!?」

 

駆け寄って上半身を抱き起こしたが、ただ、

 

 ――さみしい……、一人は、嫌じゃ……

 

と、うわ言を繰り返すだけだった。




フーリエは銀髪のイメージです。何故か分からないけど、緑の瞳には、銀髪が似合う気がしましたので。また、装甲を外したランクス一式は、レオタードを着たメカ娘って感じです。キャストベースやキャストインナーとは、また別ですね。

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