出来損ないの最高傑作ーNT   作:楓@ハガル

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ブリアーダ戦も書きたかったけど、冗長になったのでカット。いまさら過ぎる気もしますけどね。

『かの』を使うのに抵抗があるのは、私だけでしょうか……?


第十三話 鍵が導く必然

 あの仮面被りと、一方的ながら接触し、それで妙に肝が据わったのじゃろうか。ブリアーダとの会敵にも怯まず、指定された区画のダガンの殲滅は、あっけなく完了した。

 とは言っても、進行速度は、袋小路に入る前後で、大きく違ったがの。警戒もせず、闇雲に突き進んで、やつと出くわしてしまっては、笑い話にもならぬ。さすがのパティ殿も、周囲を見渡しながらゆっくりと進んでいた。そんな様子を見るティア殿のやけに安心したような表情が、妙に印象に残った。

 

 船を降り、ゲートエリアに入ると、コフィー殿に出迎えられ、労いの言葉と、ナベリウス探索クエストへの登録許可を頂いた。

 

「本来であれば、ナベリウス各地に散布した『観測素子』の回収が、クエスト登録の試験なのですが、昨日の修了任務と、本日の任務達成状況を鑑み、特例として、許可を出します。今後も、弛まぬ努力と、ますますの活躍を期待します」

 

敬礼をするコフィー殿に、四人揃って敬礼を返し、その場を離れる。後続の者たちも、同じように出迎えるのであれば、いつまでもここに突っ立っておったところで、邪魔になるだけじゃからの。

 

 一先ず、ショップエリアで一休みする運びとなり、その道すがらに、アフィンに尋ねた。

 

「かんそくそし、とは、何ぞや? 相棒や、分かるかえ?」

 

「いや、この流れで、俺が分かるわけねーだろ。俺もお前も、訓練校で習った内容は、同じだろが」

 

「ほら、ティア、可愛い後輩が困ってるよ! 情報屋として、教えてあげないと!」

 

「情報屋なのは、パティちゃんも同じでしょ……」

 

観測素子については、ティア殿が教えてくれた。

 

 例えば、多種多様な花が咲き乱れる花畑。そこに一人の人間が入り、花を一輪、調べたとする。それで分かるのは、どれだけ詳細に調べようとも、そこが花畑のどの辺りなのか、であったり、どのような花なのか、と言った、極めて限定的な情報ばかりになる。

 では、多数の人間が花畑に入り、その場の花を一輪、調べたとしたら、どうなるか。花畑に咲く花の種類や、おおよその分布が、分かるようになる。人の数が増えれば、それらの情報は、より精度が上がる。

 観測素子とは、この話で言う、人間じゃな。惑星に大量にばら撒き、それぞれが、座標を含めた詳細な情報を収集する。その後、素子を回収し、統合すれば、広範囲に渡る詳細な情報が得られる、と。

 

「収集に特化してるから、データの蓄積は出来るけど、シップへの送信は出来ないの。だから、アークス戦闘員が、直接回収するしかないってわけ。とても小さな機械だから、原生生物が飲み込んでる時もあるね」

 

「ちっちゃくたって、仕事人! すっごいよね、カッコいいよね、観測素子って!」

 

「縁の下の力持ちは、良いものですな! ご教授、感謝しますぞ、ティア殿!」

 

「あー、うん、どういたしまして……」

 

あれま。ティア殿が、頭を抱えてしもうた。むぅ。何か、誤った認識をしてしもうたか?

 

「……うるせーのが増えた、って顔に見えるぞ」

 

「何か、言うたかや?」「空耳だろ。風の音かもな?」

 

こやつ、ゼノ殿の返しを学びよったか。……まぁ、良い。その成長に免じて、深く追求はすまい。

 

 長椅子に並んで座り、補水液を飲みながら、天井を仰ぎ見た。とりあえず、シオンに聞かねばならん事は、多い。マターボードの扱い、鍵となる偶事、仮面被り。そして、ナベリウスの人影。

 ナベリウスの人影は、推測の域を出ぬ。じゃが、鍵となる偶事とやらに、そやつの話が出た。そして、同じく鍵である、仮面被り。やつが探しておった、誰か。無論、その誰かとは、ナベリウスに降下したアークスの可能性もあるし、やつ自身が、その人影である可能性もある。が、その人影を探しておった、とも考えられる。

 一連の偶事は、シオンの言によれば、繋がっている。状況だけを見れば、ナベリウスの人影こそが、シオンの目的やも知れん。

 えぇい。推測ばかりで、もやもやする。煮付けを食らわねば、収まりそうにないわ。

 

「なぁ、相棒。考え事か?」

 

「まぁ、な。動き過ぎて、煮付けが恋しくなっただけじゃよ」

 

嘘は、言うておらん。こればかりは、相談したところで、詮無き事じゃからな。

 とりあえず、シオンへの質問は、後回しにしよう。あやつの事じゃ。この考えも、お見通しじゃろうて。順序など、あやつには関係なかろう。否。この思考も、演算の結果なのじゃろうな。

 優先すべきは、レダ。まだ会えぬかも知れぬが、顔くらいは、出しておきたい。そうじゃな、アフィンも誘うか。

 

「のぅ、相棒や。この後に予定がなければ、ちと、妾に付き合わぬか?」

 

「お? お? デートのお誘い? 良いねぇ、青春してるねー!」

 

「そうですな。妾の部屋で、しっぽりと」

 

「楓ちゃんの部屋で……? しっぽり……? …………!?」

 

「あーあ、変に首突っ込むから……」

 

ぼふん、と、擬音が聞こえて来そうな勢いで、パティ殿が赤面してしもうた。

 

「かかか。からかうつもりだったのでしょうが、まだまだ甘いですぞ、パティ殿?」

 

「んで? 付き合うってのは、どこにだよ?」

 

「うむ。ハンター科の同輩の、レダの見舞いにな。少しばかり取り乱して、病院(メディカルセンター)の厄介になっておるのよ」

 

「あー……。初っ端から、訓練校時代がヌルく思えるくらい、激戦だったからなぁ。同級生としちゃ、ほっとけねーな」

 

同輩の言葉であれば、レダも、落ち着いて聞いてくれるかも知れぬしな。では、早速、行ってみるとするかの。

 

「それでは、この辺で失礼しますぞ。お二人の戦い振り、勉強させて頂きました。このような機会があれば、またいずれ」

 

「お疲れ様でした! 次に組むまでには、相棒に自重ってのを覚えさせときます!」「やかましいわ」

 

ぺちんと、扇子で、アフィンの頭を叩いておいた。

 

「あ、二人とも、ちょっと待って。ほら、パティちゃん、しっかりして!」

 

「あうあうあう……、はっ!」

 

「わたしたちのパートナーカード、渡しておくよ。難しそうな任務とか、クエストとかあったら、遠慮なく呼んでね」

 

「そ、そうそう! それに、キミたちと一緒にいると、色々と面白そうな情報に、出会えそうな気がするんだっ!」

 

おぉ、ゼノ殿とエコー殿に続いて、パティエンティア姉妹からも、頂けるとは。ほんに、ありがたい。

 

「ありがたく、頂戴します。アフィン、妾たちからも、お渡ししようぞ」

 

「うん。二人とも、新人さんとは思えないくらい、戦い方が上手かったからね。頼りにさせてもらうよ」

 

互いに、パートナーカードを交換し合い、握手を交わしてから、改めてお二人と別れた。

 シオン、そしてマターボードの存在を知った今、この出会いが、確定した偶然なのか、それとも本物の偶然なのか、それは、知る由もない。じゃが、任務を経て、築いた信頼は、本物じゃ。これは、はっきりと言わせてもらうぞ、シオンよ。

 

 

 

 ゲートエリア、病院のカウンター前。"フィリア"と名乗る看護師に、名前と、レダの見舞いに来た旨を伝えると、奥の病室に通された。今しがた、目を覚ましたらしい。

 

「一応、まだお薬が効いてるから、さっきみたいな事には、ならないと思うわ。だけど、あんまり刺激しないようにね?」

 

「心得ております。二、三、話をするだけですよ」

 

「さっきみたいな、って、おいおい、どうしたんだよ、そのレダってヤツは?」

 

「……話せば、分かるさ」

 

 やはり、病室と言うのは、どこに行っても同じらしい。飾り気がなく、滞在者が興味を示しそうな物、と言えば、窓の向こうの景色だけ。あるいはそれも、治療の一環やも知れんな。病は気から。窓の外――退院後の世界を見ておれば、早く体を治したい、外に出たい、と言う気持ちが、沸き起こるとか。妾は医者ではない故、その辺は分からぬが。

 そんな病室の寝台で、レダは横になっていた。生気の抜けた面構えで、天井を眺めておる。

 

「見舞いに来たぞ、レダや。気分は、どうじゃ?」

 

「おーっす。初めまして、になるかな?」

 

「……あぁ、楓か。アフィンも、名前は知ってるぜ」

 

「あれ? お前、ハンター科だよな? 何で、レンジャー科の、俺の名前を?」

 

「あんだけ、狭い場所なんだ。腕が立つ奴の名前は、自然と耳に入って来んだよ」

 

ふむ。そう言うものなのか。己の鍛錬に夢中で、その手の話は、とんと聞き覚えがない。

 

「……ジャンさんから、聞いたんだろ? オレが、みっともねぇ事になったって」

 

「いんや。ジャン殿は、心配しておったよ。お主がいつ、修了任務の出来事から、立ち直ってくれるか、とな」

 

「ハハハ……。ダッセぇなぁ、オレってば」

 

力なく、自身をあざ笑うレダ。そして、虚ろな目をして、言った。

 

「オレもよ、分かっちゃいるんだ。アークスになったからには、こう言う事も、普通に起きんだってよ。でもよ、さっきから、頭から離れてくれねぇんだ。あの子が……、あの女の子が、倒れてる姿が」

 

「女の子、じゃと? しかも、倒れておった? 待て、レダ。お主、昨日は、人影を見た、とだけ言うたな。その他には、何も言っておらんかったではないか」

 

「薬でぐっすり眠って、記憶の整理が付いたんだろうよ。お陰で、はっきり思い出せるようになっちまった。見間違いとか、勘違いじゃなくて、ホントに、女の子が倒れてたって……」

 

ふむ。女の子が倒れていた、か。新しい情報が、手に入ったな。修了任務から、まだ1日と少し。この情報を共有すれば、発見の確率は、上がるかも知れぬな。

 

「何事もなければ、まだ生きておる可能性もある。他に何か、思い出した事はないかえ?」

 

「話がよく見えねーけど、手掛かりが多ければ、皆も探しやすくなるだろうしさ」

 

「そう、だな……。銀髪、だった。それと、白い服を着てた」

 

銀髪に、白い服。なるほど。ナベリウスの環境では、目立つ色じゃな。それに、人影が仮面被りである可能性も、消えた。外見的な特徴が、まるで正反対じゃ。

 

「アフィン。済まぬがコフィー殿に、女の子の特徴を連絡してくれぬか。それと、仮面被りの件も、合わせて頼む」

 

「分かった。ちょっと席外すぜ」

 

 通信の為、アフィンが、病室の外に出た。それを見送り、視線を戻すと、レダは、上半身を起こしていた。

 

「その、仮面被りってのは何なんだ?」

 

ふむ。どうせ、コフィー殿から、連絡が行き渡るしの。伝えたところで、何も問題はなかろう。

 簡単に、ではあるが、仮面被りについて伝えた。見た目の特徴や、何かを探しているような様子だった事を。そして、接触すれば、成す術なく殺されるであろう程、危険な空気をまとっていた、とも。

 

「オレが寝こけてる間に、そんな事になってたのか……」

 

「レダよ、勘違いするでないぞ。女の子の件と、仮面被りの件は、全くの別事じゃ。お主が、殊更に気に病む事ではない」

 

「分かってる、そりゃ分かってるって……。だけどよぉ……」

 

俯いたレダ。その手は、震える程に、固く握り締められ、戦闘服の手袋が、ぎりぎりと鳴った。

 

「オレは……、あの子を、連れて帰れなかった……!」

 

深い後悔に彩られたその言葉に、妾は、何も言えなかった。たった、6年。その程度の人生では、今のレダに掛けられる言葉など、学べなかった。脳裏に浮かんだ言葉は、どれも、酷く薄っぺらだった

 

 どちらも口を噤んでから、どれほど経ったろうか。レダが、顔を上げた。

 

「……楓、まだ捜索は、続いてんのか?」

 

その目に、表情に、息を呑んだ。先程までの、生気の抜けたような顔が、すっかり、色を取り戻し、瞳は、活力に満ちておる。しかし――

 

「あの子を見たオレが、捜索に参加しねぇってのも、変な話だろ。ちょっと、ジャンさんのとこに行って来るわ。看護師さんには、適当に言っといてくれよ」

 

「ちょっと待て、レダ。お主、本気か? ヤケを起こしては、おらぬだろうな?」

 

――この、気持ちの変わり様は、危うい。急激に過ぎる。

 

「ヤケ? そんなわけ、ねぇっての。第一、オレってば、そんなガラじゃねぇだろ? それじゃ、行ってくるわ」

 

「ま、待て! 落ち着け、冷静にならぬか!」

 

引き留めようとした手をすり抜け、レダは、部屋を飛び出してしまった。すぐさま、その背を追おうとしたが、あちらは、アークス戦闘員として鍛え上げられた肉体。こちらは、非戦闘用の、非力な身体。追い付ける道理など、ない。遅れて部屋を出た頃には、レダの姿は、どこにも見えなかった。

 抜かった。これほど、あやつが追い詰められておったとは。薬で落ち着いたのが、仇となったか? それとも、仮面被りの事を話したのが、不味かったか?

 

「お、おい相棒! アイツ、どうしたんだ!?」

 

「……下手を打った。追うぞ」

 

最早、追い付けるとは思えぬ。かと言って、放っては置けぬ。ジャン殿と会ったのは、ショップエリアの奥じゃったな。急がねば。

 

 

 

 何度も転びそうになりながら、ようやっと、ショップエリア奥に着いた。アフィンが気遣ってくれておるが、今は、そんな場合ではない。膝に手を突き、肩で息をしながら、周囲を見渡し――共用端末の前に立つ、ジャン殿とレダを、見付けた。

 

「れ、レダ! やっと追い付いたぞ……!」

 

よろめきながらも、二人に近付き、そこで、へたり込んでしもうた。さすがに、非戦闘用の身体では、全力疾走は厳しいか……。

 

「おぉ、楓君か。……大丈夫かね?」

 

「ったく、無茶すんなよな。ほら、肩、貸してやるから」

 

「む、済まぬな……」

 

アフィンの肩を支えに、ようやく立ち上がる。膝は、ぷるぷると笑っておるが、とりあえず、話すのに支障はない。

 

「レダ君が、自分も捜索に参加させてくれ、と言っていてね。私としては、その気持ちを尊重したいのだが、どうにもな……」

 

「なぁ、聞いてくれよ楓! オレはこんなに、やる気になってんだぜ? なのにジャンさん、聞いてくれねぇんだよ!」

 

「とにかく、落ち着け。お主、ナベリウスでのクエスト登録許可は、受けておるのか?」

 

本命ではないが、これも、捜索に出るのならば、無視は出来ぬ。理屈を突き付けてやると、レダは、押し黙った。

 

「それにじゃな。今のお主は、急き過ぎておる。件の女の子が、心配なのは理解出来る。じゃが、妾から言わせてもらえば、今のお主も心配じゃよ」

 

「うむ。レダ君、君の目は、やる気に満ちている。だが、そんな目をした者は、皆、若くして死んだ。分かるかね?」

 

「お、オレは、そんなつもりはねぇよ!」

 

「皆、そうだったよ。自分は冷静だ、落ち着いてる、戦える。そう言って戦場に出て、それきりだ」

 

遠い目をして言う、ジャン殿。その表情から窺えるのは、無念。無茶をしようとする人たちを、止められなかった事に、起因するものであろうか。

 

「だけどさ、レダの気持ち、俺は分かる。手掛かりがなくても、探し当てて、助けたい。……俺も、そうだからさ」

 

アフィンが、小さな声で、己の心情を吐露した。そうか。アフィンは、姉を探す為に、アークスを志した。故に、今のレダの心が、痛い程に伝わっておるのだろう。

 どうにかしてやりたいが、妾やアフィンでは、今のレダは御し切れぬじゃろう。かと言って、こやつ一人を暴走させれば、結果は、火を見るより明らか。どうしたものか……。

 

「……レダ君。私が出す条件を呑むならば、捜索への参加を、許可しよう。呑めないなら、きっと、ここでただ一人、悶々とするだけだろう。どうするね?」

 

ジャン殿が、動いた。ジャン殿に従うか、ここで女の子の無事を伏して待つか。究極の二択と言えよう。

 

「その条件ってのは、何なんだよ?」

 

「君が、条件を飲むと約束しない限り、教えない。後で反故にされては、この提案の意味がなくなる」

 

レダは、ジャン殿を睨め付け、ジャン殿は、その視線を静かに受け流す。一瞬の静寂。そして、

 

「……分かった、呑むよ。そんで、絶対破らねぇって、約束する」

 

レダが受け入れ、ジャン殿はゆっくりと頷いた。

 

「では、教えようか。なに、簡単だよ。君が出撃する時には、必ず、私を同行させる事。これだけだ」

 

「それは、つまりジャン殿が……」

 

「おっと、楓君。勘違いしていないか? 私には長い事、相棒と呼べる者がいなくてね。レダ君さえ良ければ、共に戦場を駆けたいと、そう思っただけだよ」

 

恥ずかしげに、鼻の頭を掻きながら、ジャン殿が『言い訳』を口にした。しかし、その真意は、ジャン殿がレダを守る、無茶は決してさせない、に他ならない。

 

「嘘が下手っすね、ジャンさん。でも、カッコいいっすよ」

 

「うむ。ジャン殿がもう少し若ければ、惚れておったわ」

 

「これ、老人をからかうものではないよ。それで、レダ君。君は、条件を呑むと言った。今更やめるのは、なしだ。良いな?」

 

「分かってるよ。約束した手前、これ以上、ダッセぇ真似はしたくねぇしな。……その、ありがとよ、ジャンさん……」

 

「おや、変な条件を出したつもりだが、礼を言われるとは。だが、ここは、どういたしまして、と答えておくよ」

 

全く。二人揃って、不器用者と見える。しかし、先程と打って変わって、晴れやかな顔をしたレダと、頼り甲斐のある穏やかな顔のジャン殿が、がっしりと手を握っているのを見ると、そんな野暮な考えは、吹き飛んでしまう。レダの件は、ジャン殿にお任せするのが、最良であろうな。

 

「それでは、妾たちはここで。レダよ、ジャン殿から、多くを学べると良いな」

 

「応援してるぜ、レダ。お前も、頑張れよ!」

 

「二人とも、ありがとな。ちゃんと、あの子を連れ帰ってやるぜ!」

 

「意気込んでいるところ済まないが、その前に、クエスト登録許可をもらわねばな。コフィー君の所に行こうか」

 

軽く手を振り、ポータルへ向かう二人。その後ろ姿は、先生と生徒にも、父親と息子にも見えた。

 

「色々慌ただしかったけど、一段落だな。それで、この後はどうすんだ?」

 

「ふむ。ちと、小腹が空いたな。部屋に戻って、煮付けを食うとするかの。アフィンや、お主も、どうかえ?」

 

 シオンのやつも、アフィンが食い終えるまで、出て来たりはせぬじゃろう。確信はないが、きっとそうじゃ。そんな軽い気持ちで誘ってみたが、アフィンは、首を横に振った。

 

「いや、俺も腹減ったけど、噂で聞いた、"フランカ"さんのとこに行ってみるわ」

 

「フランカさん……、あぁ、妾も聞いたな。料理人志望の女性だったか」

 

「そうそう。それが美味いらしくてさ、気になってたんだよ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんな」

 

フランカ殿は、このハガルで、軽食の立ち売りをしておる女性じゃ。ショップエリアの片隅で、『さんどいっち』や『はんばぁがぁ』などを、格安で提供しておるそうな。素材は一般市街区画で仕入れた、新鮮な物を使用し、味も格別じゃと聞く。……中には、各惑星の原生生物を使用した物もあるらしいのじゃが……、まさか、のぅ?

 

「良い良い、気にするでない。煮付けは、冷蔵庫に備蓄しておるゆえ、気が向いたら、いつでも来るが良いぞ」

 

「備蓄って、どんだけ貯め込んでだよ……」

 

「妾の生命線じゃからの、暇さえあれば、作っておるのよ。かかか」

 

笑い飛ばし、歩み去るアフィンを見送る。備蓄している、と言ったが、そうでもせんと、間に合わぬのじゃよ。煮付けがなくなるなど、考えただけで、身体がガタガタと震えるわい……。

 

 

 

 煮付けを食いながら、マターボードを眺めておると、背後に、気配。ふむ。今回は、不快な視界の乱れも、雑音も、ない。あのような現れ方しか出来ぬ、と言っておったが、やれば出来るではないか。

 

「静かに出て来てくれたのぅ、花丸じゃ。褒美に、煮付けを食わせてやるぞ?」

 

「……ごめんなさい。わたしは、食事を必要としない」

 

「なぬ? 物を食わずに、生きられるとな? 損をしておるのぅ……」

 

試しに、容器をシオンの鼻先まで近付けてみたが、眉一つ動かぬ。むぅ。

 

 閑話休題。

 

「こうして現れた、と言う事は、妾の質問に、答えてくれるのじゃろ?」

 

小さく頷く、シオン。しかし、恐らくはまた、答えられぬ事も、あるのじゃろうが、まぁ、構わぬ。それならそれで、別の情報を、引き出すまでよ。

 

「一つ目は、質問と言うより、要望なのじゃがな……」

 

掌に、マターボードを広げ、シオンに見せた。

 

「こいつを、もう少し使いやすくは、出来ぬか? こいつが、周囲の人間に見えていようと、見えていまいと、迂闊に人前で操作すれば、危険人物と取られかねんのじゃがな」

 

「……ごめんなさい。周囲の人間、と言う要素を、失念していた。――構造変更を完了した。今後は、視界に展開される。操作も、貴女の視線をトレースするように改変した」

 

試しに思い描くと、目の前に、マターボードが広がった。各偶事に注目してみれば、その詳細が、頭に流れ込んで来る。なるほど。これならば、他人の目を気にする必要は、なくなったな。

 

「助かるぞ、シオンよ。それで、二つ目じゃ。鍵となる偶事とは、何ぞや? わざわざ、鍵としておる以上は、単なる偶事では、ないのであろう?」

 

妾も、シオンに毒されておるな。単なる偶事、などと宣ってしもうた。そう易々とは起こらぬからこそ、偶然、偶事と呼ぶはずじゃがのぅ。

 

「偶事とは、鍵へと至る道程。鍵とは、因果を収束させる要素。そしてマターボードとは、鍵となる偶事を集め、必然と成す標」

 

「つまりは、単なる偶事を辿って、鍵となる偶事を起こす事で、何かが変化する、と言う事か」

 

「その通りだ。貴女は、全ての鍵を、その手に収めた。因果は、収束する」

 

「その因果の収束に、ナベリウスの人影が、関わっておるのじゃろう? 三つ目の質問じゃ。その女の子と、あの仮面被り。お主は、正体を知っておるのか?」

 

妾の見立てでは、シオンは、この二人を知っている。じゃが、教えてはくれぬじゃろう。案の定、シオンは、知っていると言い、即座に、話せないと拒否した。

 

「今知れば、因果が崩壊し、終焉へ進む事となる。案ずる事はない。時が来た時に、貴女は、全てを知るだろう」

 

「知らずにおれば、易となる、か。では、詮索はやめておこうかの」

 

それに、情報も得られた。あの二人は、間違いなく、演算の中心にある。たかだか二人。その素性を知るだけで、全てが終わるのならば、極めて重要な項になっておるはず。

 知れば、不易となる、か。まるで、疫病神じゃな。まぁ、仮面被りに関しては、そう言ってしまっても、差支えなさそうじゃがの。

 

「では、最後の質問……、いや、確認じゃな。鍵は、集まった。因果は集束し、必然が生じる。それは、いつじゃ?」

 

偶然を寄せ集め、その全てを絶対のものとする。そんな大掛かりな事を、しておるのじゃ。その必然とやらは、小事ではなかろう。ならば、こちらとしても、対策は打っておきたい。

 

「貴女たちの暦で、2月27日。その日に、因果は集束を見せる。その時に、わたしはまた現れよう。貴女は、力を蓄えて欲しい」

 

「6日後か。何とも中途半端じゃが、それまでは、己を鍛えよ、と。分かった、従おう。偶事に含まれておったなら、仮面被りと相対したとて、不思議ではないからのぅ」

 

手元にある情報では、それを否定出来ぬ、と言うのが、実に恐ろしい話よな。しかし、たった6日鍛えたところで、やつと一合でも打ち合えるとは、到底思えぬが。逃走さえも怪しい。背中を見せれば、一歩踏み出す前に、ばっさりじゃろうな。

 

「また会おう、楓。ありがとう、鍵を集めてくれた事に、感謝を」

 

「うむ。また、6日後にの」

 

 物音一つ立てず、シオンは消え失せた。さて、これから、忙しくなるな。煮付けを作る時間も、なくなりそうじゃ。床につく前に、作り置いた方が、良かろうて。

 

「アークス専用区画で、売っておるかのぅ……。ま、なければ、市街区画まで行けば良いか」

 

そうと決まれば、善は急げ。端末をアイテムパックに放り込み、足早に、自室を出た。

 

 

 

 翌日から、妾はアフィンを伴い、何度もナベリウスへ降下した。目的は、鍛錬と、女の子の捜索。時に、ゼノ殿たち先輩方と。時に、ユミナたち同輩と。

 レダとジャン殿の二人組とも、幾度か一緒になった。時折、レダが突出し過ぎる事もあったが、ジャン殿は、冷静に対応し、的確な援護を見せていた。さすが、歴戦の兵と言うべきか。

 しかし、どれだけ探しても、例の女の子は、発見出来なかった。その痕跡さえも。シオンの話を聞いていなければ、妾も、存在自体を疑っておったろう。

 仮面被りと遭遇する事もまた、なかった。恐らくは、未だにナベリウスに潜伏しておるのじゃろうが、目撃情報すらもないのは、却って不気味と思える。

 

 妾とアフィンは、コフィー殿から実績を認められ、『クラスリミット』の緩和と、『クラススキル』の習得が許可された。

 リミット緩和は、攻撃や防御に回すフォトンや、身体能力の向上。戦い方を知らぬまま、力に振り回されてしまわぬよう、戦闘技術の練度に合わせて、制限を緩和するらしい。

 スキルは、リミットとはまた別に、戦闘を補助する為の技能じゃ。各種フォトンや身体能力を、恒常的に強化するものもあれば、短時間だけ爆発的に強化するものもある。こちらもリミット同様、段階的に許可が下りるようになっておる。

 それと、ついでと言うには、おかしな話ではあるが、マターボードには、ここまでに達成して来たもの以外にも、いくつかの偶事が記されている。それらを達成する事で、有用な武器や防具が入手出来た。シオンからの贈り物、と解釈して、良いのだろうか。

 

 

 

 新光暦238年、2月27日、14時。

 出来得る限りの事は、した。アフィンも、よく付き合ってくれた。今日、何かが起きる。そして妾は、その中に、飛び込む。

 

「因果が、集束を見せている。一つの事象を、産み出しつつある。この手で掴める程に」

 

「……来たか」

 

午前の内に雑務を済ませ、自室で心を落ち着けていたところに、シオンが現れた。

 

「それは恐らく、運命という概念への冒涜だ。しかしそれこそが、わたしとわたしたちが渇望し、切望した事である」

 

「わたしたち、と来たか。何じゃ、お主には、仲間がおったのか?」

 

運命への冒涜、と言う言葉も、引っ掛かるがの。確かに、偶然を引き起こすなど、道理を蹴飛ばすも同然。しかし、気にするのも今更か。すでに妾も、片棒を担いでおるのじゃからな。

 妾の質問に、シオンは一瞬だけ、沈黙した。そして、

 

「……ごめんなさい。曖昧な言葉では、貴女たちに伝わり難い事を理解せず、失念していた。思考を修正し、伝える」

 

素直に、謝った。ふむ。少しずつ、ではあるが、こやつも、会話に(こな)れて来たか?

 

「あぁ、気にするでない。妾も、少し気になっただけじゃからな」

 

「これは、わたしから貴女への依頼である。……惑星ナベリウスに向かって欲しい」

 

「ナベリウス、じゃと? 理由は――その様子では、聞いても、答えてくれそうにないな」

 

依頼、などと言うから身構えたが、ナベリウスに向かえ? それこそ、今更ではないか?

 

「答えは、貴女の未来にのみ存在する。わたしは、観測するのみ。観測しか、出来ない」

 

「口出しはせず、見ているのみ、か。ちと癪じゃが、良かろう」

 

ここで問答しても、仕方ないしの。こやつが、ナベリウスで何かが起きる、と言うのなら、確実に起こるじゃろうからな。大人しく行って、その答えとやらを、拝ませてもらおうではないか。

 

「それと、シオン。依頼などと、堅苦しい事を言うでない。こう言う時は、お願いするもんじゃよ」

 

「……分かった、修正する。わたしから貴女へ――」「今度で良いのじゃ!」「――分かった。次の機会に、活用する」

 

妙なところで、融通が利かんな……。まぁ、子に言葉を教えておるようで、少しばかり、楽しくもあるが、の。

 

 アフィンに連絡し、共に行こうと誘おうとしたが、随分と慌てたような声で、否を返された。

 

『リサ先輩に、捕まっちまった! あっ、ちょっ、先輩、危ねーですってば!?』

 

『うふ、うふふ。こうやって、足元を撃ってあげるとですねえ、敵さんは、踊ってくれるんですよお。怯えた様子が伝わって来て、とってもとっても、気持ちが良いですねえ!』

 

リサ殿の声に、銃声が重なっておる。VR訓練でも、やっておるのか? 実に、教育熱心な方じゃな。……しかし、巻き込まれたくは――

 

『おやおやおや? もしかして、楓さんと話してるんですかあ? 丁度良いですねえ。楓さんにも、ぜひぜひリサの授業を――』

 

「これから立て込む予定じゃ、切るぞ!」

 

――危ないところじゃった。済まんな、アフィン。後で、骨は拾ってやるぞ……。

 ともかく。これも、シオンの差し金じゃろうな。一人で行け、と言う事らしい。

 

 妾一人(ソロ)での登録となったが、レベッカ殿からは、特に何も言われなかった。クエストの性質上、何かしら聞かれるかと思っておったが、拍子抜けじゃな。まぁ、聞かれたところで、返事に窮しておったろうから、助かったがの。

 一人で乗り込んだ船は、想像以上に、広い。いつもならば、必ず、アフィンがいて、先輩や同輩がいて、それなりに騒がしい。じゃが、今は。誰も、いない。誰も、喋らない。誰も、笑っていない。

 

 

  さみしいのは いやじゃ

 

 

 己の奥底の声を、両頬をぱちんと叩いて、掻き消した。今は、感傷に浸っておる場合ではない。これより先、何が起こるのか、想像も付かぬ。だと言うのに、この体たらくで、どうする。気を、しっかりと持たねば。

 

『間もなく、降下可能距離へ到達します。降下準備に入って下さい』

 

通達に従い、テレプールの前に立つ。目を閉じ、深呼吸を一つ。……良し。腹は、括った。

 

『降下可能距離に到達』

 

縁を蹴り、テレプールに飛び込んだ。そして、水面へ足が触れる、その瞬間。

 

 全てが、歪んだ。




番外編含め、煮付けを食べてばっかりな気がしますね。それだけ、楓はある物が大好きなんです。オラクルで作られているかは不明ですが、和風な物も、少し名前を変えて原作中にありますので(オキク・ドールとか)、楓の好物も存在する、と言う事で。

クラスリミット緩和は、レベルアップです。原作中のレダのイベントで言及されていますが、少し言い回しを変えています。

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