すみれ色の瞳の乙女─天馬の章─   作:つきしまさん

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【8話】サンドラ・イルケ

 乾いた黄色い岩肌が蹴られ細かい石が転げ落ちていく。平らな岩棚に降り立ち動きを止めたリーダー格の男が振り返る。

 特徴的な吊り上がった双眸が部下を一瞥する。その目と黄色い肌の色は男たちに共通する特徴だ。また、黒衣の下の服装も民族的な特色を帯びている。

 その服はカラミティでは珍しい着物スタイルで、厚着をして隠しているものの特徴的な装身具までは隠しきれていない。

 ミミバと呼ばれる一族がいる──彼らはボォスの少数民族だ。生まれつき騎士として生まれてくるという特異な体質を持つ。

 

「撒いたようだな。騎士がいたか……」

 

 リーダー格の鋭い眼が部下に向けられる。その失態に部下たちは沈黙で答えた。

 身を切るような寒さだ。吐き出す白い息が暗闇の中で唯一存在感を示す。灯かりのない中、男たちは迷うことなく入り口のある方へと歩き出す。

 この絶壁の向こう側に道があろうとは誰も知り得ないことだ。

 ミミバ族特有の鋭い目は暗闇でもはっきりと見通すことができる。彼らは遠い星の人には見えない天の瞬きまで感じ取ることができるほどの視力を備えている。

 隠密に優れていることから彼らは重用されるのだ。高い身体能力を持つことから暗殺さえも手がける。

 

「感づかれたとすれば赤(テスタロッサ)に報告せねばな……」

「誰だっ!?」

 

 微量に感じた気配に仲間が振り向いて誰何の声を上げた。

 弾かれたように他の二人が光剣(スパッド)を抜き放つが、それを上回る速さで振り向いた左の男の顎が砕かれる。

 派手に吹き飛ばされる壁にしたたかに背を打ち付け骨が砕ける音が響く。

 不意の襲撃者に対して切りかかった男の喉笛を手刀が貫き、顔面に拳が放たれる。虚空に血飛沫が舞う。

 その体術の軌道に瞠目してリーダーは踏み込みを留まった。

 

「っ!?」

 

 暗闇に青白い光が散る。光剣の輝きだ。危うく一歩下がって頭は光剣で受け止める。暗闇の中で、一瞬の光のきらめきが双方の顔を照らし出す。

 

「貴様っ!」

「はい、はい、よく止めたね~ でも、こっちはブラフなんだよね」

「うかつ……」

 

 ごふり、と口から血を吐いてリーダーが倒れる。その腹に深々と突き刺さっていたのはサンドラの握り拳だった。

 暗闇の中、一瞬だけ少女の姿が浮かび上がる。サンドラは洞窟内部の構造を確認して足元に気をつけながらまだ生きている男を引っ張る。

 苦労しながらもう一度周囲を見回した。洞穴の入り口が遠くに見える。

 

「畜生め~ 手加減できなかったじゃんかよ」

 

 愚痴るように呟きながら男を引きずる。

 

「ちょっと、生きてるんでしょ~? 男の癖にだらしないなあ」

 

 顎を砕かれた男の側に座ってサンドラはその頬を叩く。そして呻き声を上げる男の頬口を手で掴んだ。

 

「さあ、お言い。あんた達は誰に雇われてるんだい? なぜ、シャトルバスを狙った?」

「……」

「あれ? 痛くて答えられないか? 背骨折っちゃったしな……」

 

 軽口のサンドラを見上げたまま男は無言で答えない。その表情には侮蔑の色が浮かんでいる。

 

「拷問とか趣味じゃないんだよね。お宅ら、いったいここで何してくれたわけ? つーか、買ったばかりだったのにあたしの靴~~~ オサレ着も全部ボーンだよ! ソープ様にどんな顔で会えってのよっ!!」

 

 半ば首を締めながら揺さぶるサンドラを見上げた男が声なく笑ってみせる。そのふてぶてしさは答える気配などまったく見えない。

 

「痛みには強いってか。こういう手合いは埒があかんで困るわ……」

「がっ!」

 

 身をよじらせる男の胸元をサンドラの足が踏みつける。内臓を傷つけているのか、圧迫を受けて口から血を吐き出す。

 

「ほれほれ、我慢せずに吐いちゃえよ。我ながら拷問とかきも~い。メイドさんだってこんなプレイやんないよ?」 

「じゅーよーな情報があればお手柄……ソープ様もアイシャよくやった愛してる~ ぶちゅ~~ そーだ、この流れだよ! ウヒヒ、あたしって天才だわ~~」

「グフ……」

 

 うめき声が上がり、サンドラは異変に気がつく。そして倒れた男の口元を掴む。げほり、と息を吐き出した後、男の体が痙攣して動かなくなる。

 

「あちゃ~、口の中に毒か……よく調教された草はこれだから。くそったれ!」

 

 思わず壁キックをかますが岩が濡れていたのかサンドラは足を滑らせて転ぶ。

 

「あぎゃ~ お尻打った~~」

 

 パンツ丸見えであるが気にもしていられない。痛むお尻を擦りながら立ち上がる。

 

「あたしっておバカー! はあ……」

 

 死骸となった男たちを見下ろしてサンドラはため息だ。捕まえるつもりだったがこの有り様である。

 不意打ちとなった襲撃も相手側に態勢を整えられてはさすがに不利だったし、この暗闇の中では全力を出し切れない。それゆえの先制だった。結果の現状には苦笑するしかない。

 そして、せっかくの手がかりがパァになってしまった。生きて捕まえられればよかったのだが、すでに後の祭りだ。

 これではソープ様に合わせる顔がない。服もない。

 サンドラはポケットを探ると一枚のカードを見つける。

 デルタベルン発行の旅行用ゴールドキャッシュカードだ。暗い中でも燦然と金色のサンドラ・イルケの名前が記されている。

 唯一無事に残った命綱だ。

 

「あ、クレカあった~~! これさえあれば何とかなるよね~~! 風呂入りたいなあ。たく、何であたしが死体あさりなのさ!」

  

 男たちの身元の保証になるようなものはない。それに騎士登録をしているとも思えない。草としての生粋の忍びだ。

 特徴から見てミミバと予想をつけるが自信はない。こんな辺境にミミバ族の間諜がいるなどおかしなことだ。

 

「最近良く聞く辻斬り絡み? なくもないけど、もしそうならビンゴなんだけどなあ」

 

 何にせよ裏があることは間違いない。

 サンドラは立ち上がると遠くに見える街明かりを見つける。城塞都市シュロの明かりだった。

 

「おお、ラッキー。とりあえずあそこを目指そう」

 

 夜明けの近い空を見上げる。強い風が髪をさらう。そしてサンドラは崖の向こうの城壁に覆われた町に向かって歩き出していた。

 

 

 赤い液体がグラスになみなみと注がれる。紅に揺らいで映る自らの姿を飲み干すようにラルゴはグラスをあおる。

 グラスが置かれ、後ろに控える魔導師(ダイバー)へ顔を向ける。

 

「偵察に出た連中が戻らぬと?」

 

 分厚く垂れ下がった天幕の向こう側に気配を消した男が立っている。ラルゴの問いにダイバーは黒目のない白眼を返して応えた。

 ダイバー・パワーにより超常の力を発揮するダイバーを束ねるのは、ダイバーズ・パラ・ギルドという組織だ。

 国家騎士団や騎士ギルドと同様、ダイバーという異形の存在を星団法の枠組みに属させている。

 そのパラ・ギルドに属さぬもぐりのダイバーをラルゴは雇っていた。

 

「捕縛されたのか?」

 

 ラルゴは苛つきながらも、彼が何を見ているのかをまた問いかける。

 高い金を出して雇っているのだ。苛ついたくらいで切り捨てていてはやっていられない。ダイバーも貴重な手駒だ。

 

「……命の……灯火……は消えた……相手は魔導師(ダイバー)…ではない」

 

 ラルゴの脳に直接声が響く。ダイバーの声帯は潰れていて一声も発することができない。精神波で脳に干渉して言葉をイメージとして刻みつけているのだ。

 言葉を発した後、水晶球を押し抱いたままダイバーは沈黙の世界に身を置く。

 

「ふん……」

 

 ラルゴはダイバーの覗く水晶球を眺める。球体内部に新たな光景が浮かび上がっていた。何が映しだされているのかなど見当がつかない。それは超感覚を持つダイバーだけが予見しうるのだ。

 

「……争った形跡……ネズミに……嗅ぎつけられたものかと……」

「ウモスかロッゾの捜索隊か?」

「相手は……一人……女?……緑の……」

「ウモス……クバルカン……それ以外のいずれか? どのみち、しばらくは出られんがな。この風が止むまではな。ミミバの欠員だが」

「ギエロ様が……補填……要員を……連れて……来られる」

「そうか、ではいい。下がれ」

「はっ……」

 

 天幕から男の気配が途絶える。空間を渡る術もダイバー特有のものだ。

 

「ダイバーめ……役立たず」

「ラルゴ様、ギエロ様が到着いたしました」

「そうか、通せ……」

 

 士官が姿を消すと現れたのは民族色のある黄土色の服をまとった痩せた男。

 

「お久しゅうございます。ラルゴ様、ブーレイのギエロ参上仕りました」

 

 ノイエ・シルチスの制服姿のラルゴに対し、ギエロはミミバの服装である。

 フィルモアの手足として騎士として雇われている。表に出ることのない任務でミミバ出身の騎士がMHを駆るといえばこんな泥仕事しかない。

 

「わざわざ足労だな。飲むか?」

「いえ……」

 

 杯を掲げるラルゴにギエロは直立不動で答える。

 

「ここは悪くない狩場だ。もっとも少しばかりネズミが多くなりすぎた。俺の足元を嗅ぎまわっている連中がいる。それを始末してから帰っても問題あるまい?」

 

 問うようにギエロを一瞥し、ラルゴは杯を飲み干す。

 

「本国はラルゴ様に帰還を求めておいでのようですが……」

「ウモスの連中が大分ピリピリしているようでな、俺の首を上げたくて仕方がないようだ。これを見てみろ、俺の首に懸賞金だそうだ」

 

 机の上に置かれた賞金首のチラシを指差す。偵察に出た配下の者がバーテローで仕入れてきた情報だった。

 

「ミミバの手の者はお役に立てていますかな?」

 

 ギエロは媚びるように口元に笑みを浮かべて尋ねる。

 

「存外にな」

 

 だが消えた。使えぬ奴らよ。秘密を漏らしたのではあるまいか?

 ミミバを使うのはレーダー陛下の命令であるからだ。ラルゴはミミバ族をただの手足として使っていた。そこに感情を挟むことはない。

 

「雑魚どもの巡回ルートの割り出しには役立った。ネズミが入り込んでいるようでな。先刻、何人か行方知れずになった」

「尻尾を掴まれましたか?」

「わからんが、ここも引き払う」

「ふむ……」

 

 無言になったギエロが思案した後にラルゴを一瞥する。

 

「だが、いまいち、俺の好みに合う手合いがおらぬな。青騎士、イザット、デボンシャにキラーラなどではな」

 

 ラルゴの酷薄な視線にギエロは口の端を曲げると声なき笑いを放って追随する。

 辺境警備の任務に当たる各国の巡回経路はラルゴがこの地に来て一番に把握させたことだ。

 この地での活動に当たってラルゴが選ばれたのは、ラルゴが過去に起こした知られざる事件が背景にあった。

 居合いの達人であり、その腕前は天位に届くといわれる男が未だ無冠なのは、その人斬りの「性」が原因だ。

 

 六年前、ラルゴが起こした辻斬り事件は、手合いと称したMH同士の戦いから始まった。

 それが手加減無用の力試しになり、次第に手に負えなくなっていった。破壊したMHは数知れず。騎士は殺害され、その骸は晒された。

 ファティマの末路は言うまでもなく悲惨なこととなった。証拠を残さずに解体され、キャラバンのブラックマーケットに流されたのだ。

 そのときもミミバ族を使い、この地での利を生かして暗躍したのだ。

 

 フィルモア本国にいられなくなったのは、ラルゴがノイエ・シルチスで刃傷事件を起こしたことがきっかけだ。

 少しばかりやりすぎたこともあって、上院からの突き上げを食らったのだ。

 懲罰の意味でレーダー八世はラルゴを勘当し、追放することとなった。しばらく辺境でほとぼりを冷ますまで戻ってくるなと命を受けたのだ。

 

 その人斬りのシバレースとしての血が目覚めたのは幼少の頃からだ。

 ラルゴはフィルモア王家に連なる家柄であったため、血に流行るラルゴを止めえるのは一番近くにいたレーダーだけであった。

 ケンタウリの名を慮り、ラルゴはレーダーの元で騎士としての教育を受けた。

 それでもシバレースの血は抑えきれず、騎士同士の決闘が原因で放逐されたが、辺境でまた辻斬り事件を起こした。

 ラルゴは呼び戻される。その頃には、人斬りの狂犬ラルゴ──そう呼ばれていた。

 そして今回与えられた任務は、非公式ながら国家の裏の仕事であったのだ。

 

「仕方ありますまい。大っぴらにやるな、とのご命令。もっと任務に相応しい地もあるでしょう。ラルゴ様の腕を示すには……後は我らに任されよ」

 

 感情を押し隠してギエロは告げる。真実はラルゴにこれ以上かき回され、問題が大きくなるのは避けたいところであった。

 内心、ラルゴへの畏怖がそこにある。それをしまいこんだままギエロは無表情な能面の顔を装う。

 

「ブーレイは何騎持ってきている?」

「三騎ほど。この地の砂に合わせてエア・シールドをしてきましたが、想像以上に噛みますなぁ」

「俺のブーレイもそろそろ限界だ。一つ回せ」

「しかし……」

「何、引き上げる前にネズミを狩るだけのことよ」

 

 押し黙るギエロ。それをラルゴは肯定と受け止める。

 グラスにまた赤い酒が注がれる。ラルゴはグラスに注がれた赤い色に魅入る。

 白砂の大地を惨劇の赤に染めてみせようぞ──


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