ル=フィヨンドの地下。試動させたイレーザー・エンジンの低音な調が鳴り響いている。
「基本がカイエン仕様だけど、僕にはでかすぎるんだよなあ……」
一人ごちてソープは操縦システムとモニタの点検を続ける。当のコクピットの調整は終っていて後は仮固定するだけだ。
まだこの機体に騎乗する者は選出されていない。そうであるからにはソープにできることは限られてくる。
基本機能はオールクリアだ。モニタには透明度の高い映像が映し出されている。床に落ちているチリの数まで数えられるくらいだ。
「ねえ、バシク、腕と指を動かして~」
「ラジャー」
ファティマ・ルームからの応えの後、指関節がむき出しのままのMHの手が伸びて関節を器用に動かし始める。
「問題なしっと」
「忙しない男だ。モーターヘッドばかりいじりおって」
この城の主であるサロモン・ルイ・ミッテラン子爵ことグラン・コークスが現れソープの仕事の様子を眺める。
「仕方ないだろう? お姫様は相手にしてくれないし。観光は一日あれば十分さ。それにお城からの眺めも申し分ない。仕事に集中できる環境だからね」
「ファティマを連れて来たのか?」
「ああ、うん。うちのスタッフと別便で直送さ。かなり気を使ったけれどね。そう言えば、顔を合わせるの初めてだっけ? おーい、バシクっ! 顔を見せてごらん。コークス博士だよ!」
ソープがMHへ向かって手を振ると、ファティマ・ルームが開いてファティマが姿を現す。
バクスチュアルはコークスとソープに向かって一礼するとまたルーム内に姿を消す。
「バクスチュアルか。A.K.Dの最高機密を連れ出すとは困ったやつだ」
「ルスの目を盗んでね。いざとなったら彼女が頼りさ」
「ザ・ブライドの名でも喧伝するのか? こんな辺境でA.K.Dのファティマと天照のモーターヘッドのお披露か」
「そういうわけじゃ。こいつの相棒はエディと決めてるし、それにバシクは子どものお守りみたいなものさ」
「人の隠居先にモーターヘッドなど送りつけよって。最近のきな臭さに惹かれてきたハイエナのようだ」
「こりゃヒドイ。ま、似たようなもんだけどさ。僕の新作に君のファティマを乗っけて派手にデヴューしたらみんな驚くと思ってね」
「それが本音か、貴様という男は……」
「ああ、でもね。彼女は僕をマスターとは呼びそうにないから。それはないかもね?」
むすっとしたグランにソープの愛想笑い。頑固狸と亜麻色狐のにらめっこだ。
「それより、緊急の患者じゃなかったの?」
話題を変えようとソープは話を切り替える。
「手術はとっくに終わっている。今はアレが面倒を見ている」
「今回の犯人は何年か前の辻斬りと同一犯だって?」
「確証はない、が、やつらはかなり組織立っているようだ。尻尾をなかなか掴ません」
グランもそれなりに事件の詳細を追っていた。相当大きい組織が関与している確証はある。
その黒幕もおおよそだが見当はついていた。
「君なら大体の予測は付いてるかと思ったよ」
「騒いでる連中も、辻斬りも、わしは興味などない。この近辺を荒らされるのが気に食わんだけだ」
「まあ、目的はとりあえず一致するわけだ。こいつを完成させるのが楽しみだよ」
「よりにもよってとんでもないものを運び込んでくれたわ。ディモスのヤツと張り合うつもりか?」
ほぼ組みあがってはいるが、装甲はまだ未完成のMHを一瞥して、グランが杖で地面を軽く叩いた。
ディモスとは剣聖ディモス・ハイアラキのことだ。
「アレはもうカイエンのだよ。ちょっと今はどっかに行方不明してるけどさ」
「それにお前が関わっているのではないか、と、どこかの筋から聞いているが?」
「うわぁ……それをリークしたのはもしかしてログナー?」
「わしにも耳というものがあるのでな」
「いいじゃない? 僕は僕が面白いと思ったものを作りたい。一人のマイスターとしてね」
柔らかな笑みを浮かべてお下げの先っぽに指を絡める。いたずらっぽい光を帯びた瞳がグランを捉える。
そのとき、グランの端末に通信が入る。
「何だ?」
『お客様が来ています。ウモスの騎士様でミハイル・レスターという方です』
「すぐに行く」
「レスター?」
「ウモスの馴染みだ」
ソープの問いに答えグランは背を向けて去っていた。
◆
初めてル=フィヨンドの館に踏み入れた騎士は長い廊下を眺めてから玄関を振り返る。すでに時刻は夕刻に近い。
「領主館に行けと言われて来たが……パルセット、お前知っていたか?」
「はい?」
「自治領主殿がグラン・コークス博士だって」
「私は知りません。マスター」
ミハイルの隣でパルスェットが首を振る。
「本当に?」
「はい」
「そうか……」
無論、パルスェットは知らなかったのだろう。だが、どこか不意打ちに似た事実にミハイルは納得いかない気持ちもあった。
少しばかり子どもっぽい感情ではあったが。
「こちらへどうぞ」
使用人に案内され二人は応接広間に通される。
シュロの町を訪れてファティマ医師がどこにいるのか尋ねたのだが、その際に返ってきた答えは領主館に行けというものだった。
城を訪ね、そのとき初めてサロモン・ルイ・ミッテラン子爵がグラン・コークスの別名であることを知ったのだ。
ソファに座り領主が来るまで時間が過ぎるのを待つ。
軽い金属音を立てて車輪が回る。それは車椅子だ。薄暗い廊下から応接間を通り過ぎようとして足が止まった。
車椅子を押す黒衣の少女と、頭に包帯を巻いた少女がそこにいた。黒曜の瞳が来客を一瞥するとエディは無言で頭を下げた。
「フロリー……」
車椅子の少女が誰であるのかをミハイルは知っていた。
フェルドリック・ホランのファティマであるフロリーは先日の辻斬りとの遭遇で重傷を負いヘッド・クリスタルを割られた。
そしてシュロの町のファティマ医師の元に送られて治療をしたことまで知っていた。
その際に知った事実がミハイルにもう一つの再会があることを予感させた。それはこの六年間、心の何処かで畏れていた再会であった。
ミハイルの声が届いたのか届かぬのかわからぬが、フロリーの澄んだはしばみ色の瞳は前を見つめたままだ。
そしてもう一人の少女から目を離せない。彼女が誰であるのかをミハイルはもう悟っていた。
君が──それ以上の言葉をミハイルは口に出すことが出来なかった。
二人のファティマ。エディとフロリー。かつて自分が殺した少女。そして主を理不尽に奪われた少女。
立ち上がったままミハイルは一歩も動けない。彼女の前に立つ勇気がなかったのだ。乾いた上あごに舌が張り付く。何かを言わなければ。
何を躊躇っている。お前はもうあのときの若造じゃないだろう──
そのミハイルの横顔をパルスェットが心配そうな顔で見つめる。
再びエディが車椅子を押そうと椅子に手をかけたときパルスェットが話しかけていた。
「私、パルスェットって言います。その、初めまして……」
エディの黒曜の瞳がパルスェットを捉える。一瞬震えてパルスェットはその瞳を受け止めた。
パルセット……俺はなんて馬鹿なんだ。表に待たせておけばよかった。
「初めまして、エディです。お父様はそう呼んでいます」
エディはお客様に失礼のないように応える。向かい合う二人を挟んでフロリーは視線すら動かさない。
一瞬の邂逅はまるで時が止まったかのような錯覚を覚えさせる。その沈黙を破ったのは大きく戸を閉める音だ。室内にブーツの音が高く響く。
広間に現れたのは黒衣の老人だ。この城の主にしてファティマ医師でもある。ミハイルは姿勢を正してグラン・コークスを迎える。
「久しいなレスター。お前の用事はアレのことか?」
「今日はフロリーのことでお話を伺いに来ました」
唇を湿らせミハイルは用件を伝える。駄目元ながら医師の言葉から何か掴めないかとシュロにやってきたのだ。それが思わぬ再会を生んでいた。
「いいだろう」
グラン・コークスはソファに腰掛けミハイルに座れと目線で促す。ミハイルは向かい側に座る。
「お前たちは書斎に行っていなさい。少し取り込んだ話をする」
「はい、お父様」
エディがフロリーを押して背を向ける。それにパルスェットも続く。
革張りのソファに座ってグランと対面しすっかり冷めたカップに手を伸ばすとミハイルは唇を湿らせる。
六年振りになる老人の顔はあのとき以来変わりはないように思えた。
そして、ミハイルは最近、活発になってきた辻斬り事件のことを語り始める。
すでに知っている事件であったがグランは頬杖を突いて聞きに入る。その間、グランは眉一つ動かさなかった。
車椅子を引いてエディは応接間から出て書斎に向かう。
「ここです」
「お邪魔します」
開いた扉の向こうは書斎らしく本棚と大きなマホガニーのテーブルが見える。躊躇ったのは一瞬だけでパルスェットは書斎に足を踏み入れていた。
◆
広い書室の本棚の前で二人は本を選ぶ。何冊も絨毯の上に並べて、どれがいいのか短い言葉で談義しながら、右と左へ選り分けて行く。
施設に持っていく本を選んでいるのだ。大量の本は児童書や絵本の類が大半を占めている。
発注主はエディだ。本もどれが良いのかわからず多くの絵本を発注したため沢山の包みが届いた。
星団中の絵本が集まっている。お父様に本屋でも開くつもりかと言われたが、誰かに売るつもりで購入したわけではない。
少し反省して返品を申し出たが、コークスは不要だと言って、市の町民会館に寄付すればいいと助言した。
お父様の許しが出たので選別作業をすることになった。メイドの子も手伝うと言ってくれたのだが、自分の仕事でも忙しいだろうと断っている。
書斎に持ち込んだ本だけで数百冊ある。
お父様とお客様の話し合いが終わるまで届いた本の選定を始めたのだ。それにパルスェットが手伝う形で加わっていた。
エディとパルスェットは並べばよく似ていた。外見的な特徴と雰囲気に差異があまりないのだ。一般的な意味での姉妹という形容も当てはまりそうなくらい似通っている。
とはいえ、同様の意味ではない。見た目が似通うのは、同じ工場か工房の出身であるか、または師弟関係にあるマイトなどが同一の胚から分けたファティマによく見られる傾向だ。
パルスェットはモラード指揮下の工房で生み出され、エディはコークスが生み出した。
同一の胚を共有したとしても不思議ではない。マイトの師弟であればよくあることで、そのファティマが同様の特徴を有していることも珍しくなかった。
そういう意味で、二人は姉妹に近い従姉妹のような関係といって差し支えないのかもしれない。
「この絵、素敵ですね」
「じゃあ……これはこっちに」
選んだ本を積み重ねる。絵本を選ぶ判断基準は挿絵や表紙絵が気に入ったかどうかである。それ以外で気になるものは開いて読んでいたから、この作業はまったく捗っていなかった。
二人のやり取りを耳にしながら車椅子のフロリーは微動だにせずにいる。術後のファティマの世話はエディに任されていた。
今度の訪問でフロリーを孤児院に連れて行っていいか尋ねたら、お父様は構わないと承諾した。
それに、あの子にもまた会ってみたい。暴漢から助けた少女アイラ。まだ、まともに会話すらしていなかった。
お父様は気にするなと言った。でも、私は……よくわからない。
フロリーの術後の経過は順調だ。ファティマの強靭なボディは命を繋ぎ回復に向かっていた。後二ヶ月もすれば直に歩けるようになるとのことだ。
ただし、失われた記憶は元に戻らなかった。ファティマの記憶は基本が焼付けで、基本的な知識は失われにくいとされている。
しかし、ヘッド・クリスタルの破壊によって受けた精神的なダメージでフロリーの積み重ねてきたデータはすべて破壊されていた。
つまり、事件以前のことから、自らのマスターの記憶に至るまでが破壊されてしまっていた。
今の彼女は生まれたてのファティマと変わらない状態だ。否、壊れファティマをそう呼ぶならばだが。
フロリーは心を閉じていた。外界のすべてから自らを閉め出している状態だ。
「こんなに本を孤児院に持っていくのですか?」
「子どもたちに……読み聞かせるの。お父様がそうしろと」
読んでいた本を閉じてエディは答える。ほとんどは寄付していいと許可はもらっている。あちらの本棚が許す量でだ。
孤児院には定期訪問をしている。絵本の読み聞かせをせがまれるようになって、エディも本を読むのを内心では楽しみにするようになった。
一度読み聞かせを始めれば、拙い読み手でも子どもたちはエディの前に集まってくる。
アイラはお喋りしてくれるでしょうか?
赤毛の少女は病院から孤児院に移っている。孤児院でも誰とも打ち解けず一人でいることが多いようだ。
「あの、セルマ……お姉様」
躊躇いがちに発せられたパルスェットの言葉にエディが髪を揺らして顔を上げる。その瞳に映るのは俯いたパルスェットの横顔だ。
「セルマ? 私はエディ」
その単語に聞き覚えはない。セルマという名を首を傾げて問い返す。
なぜ、その名前で呼ぶのだろうか?
二人の間に沈黙が訪れる。
「ええと……」
「お姉様……私が?」
エディは疑問を言葉に乗せて瞳をパルスェットから離さない。
兄弟や姉妹がいた記憶はない。かつてはいたのかもしれないが、ファティマの家族とは、姉妹とは、この世界において、いつ敵同士になるかわからない存在だ。
機械として生み出され、巨大な兵器の部品として組み込まれるモノでしかない。
そしてその記憶をエディは持たない。その前の記憶と心は破壊されてしまったのだ。フロリーと同じように壊れてしまったのだから。
「わ、私……モラード先生にお世話になっていたんです。小さいときに、セルマ……お姉様が私にいろいろ教えてくださって……」
パルスェットが無言の視線に耐えかねたように語尾を下げて行く。その手元の絵本に視線を落とす。エディもその絵を眺める。
赤い原色の色使いの背景に白い馬が描かれている。
萌えるような赤は夕日に染まる草原の様だ。荒々しいタッチのように見えて、絵の中に浮き出たような、翼の生えた白馬の姿が印象的に描かれていた。
ペガサスという。馬に似ているが、今では忘れ去られた伝承の中に登場する生き物だ。伝説では、この白馬はその翼で天を翔けるのだという。
二人がそれを選んだ理由は、独特な絵のタッチからだ。それに天馬という、星団では存在しない種の動物の姿には魅せられるものがあった。
空想であるにせよ、そこに描かれている天馬の絵は素晴らしいものだ。それは一言で言うならば美しさだ。その絵を一目で気に入った。
遠くで雷の鳴る音が響くのをエディは聴く。
「私は──記憶がない。昔のことはわからない。あなたと会ったことがあるのかもわからない。セルマというのが、以前の名前なのかすら知らない。今の私はエディ。お父様がつけたAll D2(オールツーディートゥ)という名前だけしか知らない……」
窓際のフロリーを一瞥する。
私は彼女のようであったのか?
マスターもなくして、壊れてしまっていたのだろうか?
その横顔を悲しそうな顔でパルスェットが見つめる。
そう、あの子のように記憶を失い、以前の私というものはもういなくて死んでしまったのだ。悲しいと思うより、記憶にないものを実感することは難しい。
私ではない誰かの記憶。ときたま混じるのは誰かの意識と記憶。懐かしいようで、とても怖い記憶の隙間。
どうして、この人は私をそんな悲しい目で見るのだろう……
途端、揺り動かされるような心の動揺を感じる。それを沈めるシステムが次には心の動揺を収めた。
胸に残るのは小さなわだかまりだ。もどかしく思いながらもそれに自分の過去が関係あるのかと思う。
ダムゲートは感情を制御するのみだ。生まれた感情の行き先、それは沈み込んで心に歪を残す。
ファティマが人前で感情的になることは許されない。ダムゲートが機能しても感情の名残のようなものを感じることはできる。
それは悲しかったのだ、とか。怒っていたのだ、とかの遅れてくる感覚だった。それを元に感情を再現することはできる。
私は何者なんだろう。セルマという名の個体であったのだろうか? わからない……
「パルスェットさんはモーターヘッドに乗って戦闘をしたことがある?」
「はい……」
エディの問いかけに神妙な顔でパルスェットは頷く。
おかしな質問をしたと思ったが、その問いをせずにはいられなかった。MHに乗るのはファティマであれば当然のことだ。
戦場にマスターと赴き戦って壊す。
自分とよく似た目の前のたおやかな少女もMHを駆る機械の一部である。マスターを持つ以上、戦場を知っているはずだ。
だからエディはその問いを発した。自分にはまだその経験がない。
MHに乗ったことがない。ファティマとしてそれは欠陥を意味する。それどころかMHに拒絶され、乗ることを拒否する自分。
それは気後れとなっていた。MHに乗れないファティマに何の価値が有るのだろう。
「私は、わたしという、今の自分になってからモーターヘッドに乗ったことがないの。でも、なぜか、私のこの頭の中に、戦場の記憶がある……きっと、ううん、乗っていたんだろうと思う」
胸に手を当てていったんエディは言葉を切る。
破壊されたヘッド。
戦車を打ち砕いたベイル。
戦場を飛び交うビーム兵器。
着弾し、飛び散った兵士達の残骸──
その記憶にエディは身を震わせる。
怖いのだ。
何を?
失うことが?
失われることが?
ただの機械は考えることをしないというのに。
また雷が鳴り、今度は近かった。徐々に近づいて来ているようだった。
「私はモーターヘッドに乗るのが怖い──ダムゲートがそれを拒絶する。戦えって命令するの。私はコクピットに乗ると頭がおかしくなってしまいそうになる」
エディの黒曜石の瞳が照明の角度できらめいて明確になる。床に置かれたもう片方の手にパルスェットの指先が重ねられる。
その下には白馬の絵がある。
壊れているからだ。そう、壊れているのだ。ファティマが怖いと戦いを拒否することは許されない。そんな感情があってはならないのだ。
いっそ、ダムゲートがすべてを忘れさせて、私を戦う道具にしてくれたらいいのに、と思う。
「あなたは怖くない?」
「わ、私も。本当は怖いです。いつも……」
エディとパルスェットの視線が交じり合う。重ねられた手は互いの指先を絡め合う。二人の距離はとても近かった。
思いもよらぬ言葉に、エディはその言葉を胸の内で反芻する。
「そう……」
「ファティマはモーターヘッドに乗るのが当たり前です。でも…やっぱり怖いです。私が乗った子が誰かを殺して、誰かの人生を奪って、誰かを不幸にする。でも、私が負けたら、マスターがいなくなっちゃうかもしれない。そんなの嫌だから……私は一人になりたくない。マスターを一人にしたくない……だけど、モーターヘッドに乗るのが、私たちファティマだから、だから……」
戦う、という言葉を飲み込んで、肩を震わせる。その先はダムゲートが制御していた。
それが、かつて姉と呼んだ相手であろうと、運命は残酷にも両者を戦い合わせたのだ。そして彼女は今パルスェットの前に存在している。
パルスェットの瞳にわずかに涙が浮かぶ。
ダムゲートでも強すぎる揺らぎは抑えきれない。戦場でもない限りダムゲートはその強弱を変えるものだった。
極度の戦闘状態でない限り、ダムゲートの感情抑制機能は抑えられたものとなる。精神的に不安定なファティマの精神崩壊を防ぐためのシステムだからだ。
エディは唇を噛んで、胸の内に湧き上がる感情を繋ぎ止めようとする。
押さえつけようとするダムゲート・コントロールをなだめ、その感情を抱いたまま、パルスェットの肩に腕を回した。
「ごめんね……」
そして謝罪の言葉を口にしてその細い肩を抱きしめる。
城の近くに落ちた雷が派手に音を立てる。無反応だったフロリーが顔を上げて、真っ暗な空に走った稲光を見上げていた。