すみれ色の瞳の乙女─天馬の章─   作:つきしまさん

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【4話】辻斬り事件

 闇夜に包まれた荒地にMHが一騎立つ。MHを駆る騎士が追うのは不法なキャラバン一味だ。

 ドラッグから人身売買。臓器売買など、あらゆる違法行為を行う者の摘発に当たっている任務の最中だ。今日は新たな情報を得て、非番であるにも関わらず出撃していた。

 くすぶるようなMHのエンジン音が虚空に鳴り響く。鈍重な外見をしたそれはデボンシャと呼ばれる騎体だ。

 デヴォンシャ・シリーズとも呼ばれる、死刑執行人を思わせる外見が特徴的な名工パラベルム・スターム公の作品の一つである。

 搭乗するのはウモス共和国の正式な国家騎士フィス・マイヤーだ。

 

 デボンシャはウモス共和国では主力である青騎士より配備数が多いMHだ。低出力ながらも安定した性能を持つ騎体として多くの騎士が愛用している。 

 辺境警備を担当する騎士団が所有するMHの多くはこうした量産品が主流だ。

 本国の青騎士に乗るのはエリート騎士に限られていたから、実質、国家騎士が使う騎体として非公認ながらも認知されている。

 こうした形式で他国の騎士も同様のMHを使用するので、戦ともなれば国家仕様の迷彩や機章を施されて出撃することになる。

 風吹く空に低出力に抑えたデボンシャのエンジン音がこだまする。

 

「たく……待つのは苦手だぜ……ポリスじゃ手に負えない連中追いかけるのも骨だぜ……」

 

 その音に嫌気が差して騎士は額に手を当てた。こうもうるさくては逃げてくださいと言っているようなものだろ。

 本来であれば、こういった捜査の追跡任務にMHで当たるものではない。人手不足もあり、勝手な出撃とあって本部に応援を頼むことはしていない。

 そんなことをしていたら捕まえられるものも捕まえられない、というのが辺境騎士の辛いところだ。実際、応援など待っている余裕はみじんもない。

 不法キャラバンの犯罪者どもがMHを持ちだしてきたら警察では対応不可能だ。

 

『マスター、キャラバンからの反応消えます』

「おいおい、ここまで来てとんずらか? そりゃなかろが」

 

 どう考えてもこっちの動きを悟られたに違いない。人手不足も程がある。

 脳裏に頼れる友人の名前も浮かぶが、その友人も下手を打てばクビが危うい。結局、一人で当たるしかない。

 チッと舌打ちするが逃げるのを放置することもできない。

 

『……いました。風上に反応確認。おかしいですね?』

「いいさ、見つけたんだからな」

『ラジャー。シークエンス・モニタリングを続行します。コントロールをそちらにお任せします』

「よし、逃すんじゃないぜ。久々の捕り物だ。応援が来る前に片つけちまおう」

 

 ふと、風向きが変わる。北からの風がよりいっそう強くなってデボンシャのボディに砂を打ち付ける。

 

「吹け吹け、そんなん効かないけどな」

 

 そのとき、緊張したファティマの声が騎士の耳朶を打つ。

 

『マスターっ! MH駆動音です。この音は……?』

「はいはい、連中隠し持ってやがったな。最近溜まってんだから憂さばらしするぜ」

『種別不明。エンジンベースの判別ができません』

「何だそら? 正体不明ってそりゃあよ……例の辻斬りなんじゃないのかよ?」

『短距離テレポート来ますっ!』

「おいおい、真っ暗だってのによ!」

 

 ギリっと騎士が奥歯を噛む。幾人もの騎士が辻斬りに殺されている。その弔いをする機会が回ってきた。

 

「わりーな、レスター。賭けは俺の勝ちだ」

 

 騎士は旧友の名を呼ぶ。賭けの代償は酒場での一杯の約束だ。

 

『マスターっ!』

 

 ファティマの悲鳴に似た叫び。

 エンジンを全解放し、闇の中より疾走する土気色のMHが太刀を抜き放つ。それは「居合」と呼ばれる駆動剣術の技である。

 

「はええっ!?」

 

 驚愕の声を発する。対応しきれずデボンシャが回避に動く。

 

『回避っ!』

 

 回避運動と共に光剣(スパッド)を放つも、一閃した太刀の軌跡がデボンシャの光剣を持つ腕を切り落とし、返し刀に上胸から顎を袈裟切りに、さらに破壊した頭部に止めの一撃を放った。

 頭を失ったMHが膝を突いて倒れる音が響き渡る。残酷なまでにMHの弱点を切り裂いた技はあまりにも鮮やかであった。

 すべては一瞬で決まった。一方的な殺戮劇だった。

 掃射レーザーが放たれ、上空に投げ出されたファティマの身を焼く。

 

『騎士とファティマの死亡を確認しました』

 

 電子音が響く中、無機質なファティマの声が告げる。

 

「ふん、見ろ。また太刀を一本駄目にしてしまったぞ」

 

 謎の土気色を帯びたMHのコクピットで仮面の男が呟く。

 亡骸となったデボンシャを冷酷な瞳で見下ろす。その関心は殺害した者にではなく太刀に向けられていた。

 

「後はミミバどもに始末をさせろ。帰投する」

『了解』

 

 そして現れたときと同様に闇の中にその姿を消していた。唯一、その足跡の痕跡だけを残して──

 

 

 ウモス辺境バーテロ─の町。ウモス辺境を守る国家騎士団が駐屯するバーテロー駐屯地に今日も砂交じりの強い風が吹く。

 

「レスター、聞いたか?」

 

 その日、ミハイル・レスターが稽古を終えて騎士団の詰め所に戻ると、上級騎士のフェルドリック・ホランが仮眠室の奥から姿を現した。

 ホランはミハイルの今の同僚だ。ヤニ臭い匂いが染み付いた男だがミハイルはこの男を信頼している。

 出勤して顔を合わせるのは二日振りだ。二日の休暇は鍛錬のための稽古に当てていた。朝は顔を会わせる機会がなかったのだ。

 最近、ミハイルは稽古に力を入れている。特に目立った任務もなく、暇とあれば腕を磨く以外に打ち込めるものがないのだ。

 町に出て憂さを晴らすといえば酒しかなかった。

 いつもは斜に構えた印象が強いホランが真面目な顔をしているので、賭けに買った負けたという話でもなさそうだ。

 

「何をですか? ホラン先輩」

 

 緊張した面持ちのホランに何かあったなと直感的に悟る。

 

「フィスがやられた。D地区だ」

「な……」

 

 息を飲みホランを見返すミハイルの肩にホランが手を置く。

 

「やつとお前は同期だったな?」

 

 肩を掴んだまま用心するような声でホランがミハイルの耳元に囁く。

 

「はい……」

 

 お互いに目を合わせミハイルは神妙に頷く。 

 ミハイルと同期であるフィスは確かな腕を持つ騎士であった。反骨精神が強い性格なせいでこんな辺境に飛ばされた男だ。

 気のいい男で、人怖じせずに自分と対等な付き合いをしてくれる友人の一人だ。

 そのフィスは着任したばかりだ。バーテローの隣の管区なのでミハイルとは近い内に酒を飲む約束を取り交わしていたのだ。

 そのフィスがやられたという。にわかには信じられずミハイルは拳を握り締めた。

 何があったんだ、フィス?

 

「例の辻斬りらしい」

「まさか」

 

 首を切る仕草をするホランにミハイルの懐疑的な言葉が投げかけられる。

 辻斬り──その言葉は、ミハイルに苦い思い出を思い起こさせる。

 

「まさか、だったらいいんだがね。たったの三太刀だったそうだ。生き残りはいないのもだ。顎を裂いてさらに頭部に一撃。騎士もファティマも生かしておかない殺人鬼野郎らしい」

 

 背中を見せてホランが窓の外を眺める。イラついたように煙草を咥える。

 表では強い風に砂が混じって安っぽい素材の壁にパラパラと打ちつけていた。

 

「そんな……まさか」

 

 たった三太刀でフィスを殺せる者がいることがミハイルにとっては信じられない。

 同期の中でも腕っ節が強く、タフで粘り気のある剣技で定評がある男だ。上には上がいるがそう簡単にはやられまいという自負もあった。

 

「似てるだろう? やつだ。手口が六年前とそっくりなんだ」

 

 ホランが拳を壁に打ち付ける。

 いつも冷静な男が憤りを隠せない。その様子にミハイルは見ていられない気持ちになる。

 視線をそらすように風すさぶ外の景色を眺める。

 

「先輩の奥さんは六年前に……」

 

 言いよどむ。その先は言わなくてもいいことだ。

 ホランの妻は夫と同じウモスの騎士だった。六年前、哨戒中に正体不明の辻斬りに殺害されている。

 

「あの、辻斬り野郎にやられたんだ」

 

 はっきりとした声で告げるとホランはいらついたように煙草に火をつけた。

 

「あの辻斬りとは限りませんよ?」

 

 ミハイルの言葉にホランは答えない。ジジジ……と火が煙草を焼く音だけが聞こえる。

 いつもの吸い方ではない。冷静さを欠いていた。いやな予感が胸に込み上げる。

 

「先輩、早まらないでください」

「あ?」

「仇を取ろうとか思っていませんか?」

「……」

 

 ホランは応えず、最近、ようやく男らしい顔つきになってきたミハイルを見返した。

 

「ああ、思ってるさ。だがな、俺は騎士だ。命令がない限り無闇には動けねえ」

 

 ミハイルの真摯な眼差しにホランは耐えかねたように息を吐き出して手を振る。そして煙草を吸い込む。

 

「ああ、くそっ! 不味い……そうさ、騎士だからな」

 

 ホランが自分に言い聞かせているのか、自分に言っているのか判別できず、ただ沈黙で彼の横顔を見つめた。

 

「お前さんもあと一年もしたら中央に戻れるさ。エリートのボンボンなんだしよぉ。辺境暮らしが長かったからって、ちったぁ箔がつくぐらいだと思っとけよ」

 

 話題を変えるようにホランは明るい声で言うと今度は軽くミハイルの肩を叩いた。

 ホランは背を向けると自分のロッカーを開けて夜の巡回に出る支度をする。

 

「気をつけてください、先輩」

 

 その背中にミハイルは声をかける。

 

「ばーか、いつもの散歩だよ。辻斬りもこっちまでは出ねえだろう。B地区にやつが現れたことはねえんだから。それに三日も経ってねえ」

「そうですね」

 

 笑顔を作って送り出すミハイルに、おうよ、と返事を返してホランが外に出て行く。

 強い砂交じりの風が戸を打ち付ける。 

 後に残されたのは灰皿の煙草が上げる白煙。不安を消すようにミハイルがその残り火をもみ消していた。

 そして、ミハイル・レスターがフェルドリック・ホランの背中を見たのはそれが最後となった──

 

 

 PIPIPIPI……

 

「マスター、本部からの呼び出しです」

 

 肩を揺さぶるパルスェットの細い手の感触にまどろんでいた目を開ける。よく眠れない夜だった。

 

「パルセット……こんな時間にか?」

「はい」

 

 夜明けを迎えた頃、鳴り響く本部からの呼び出し音に目を覚ましたとき、ミハイルは新たな事件が起きたことを知った。

 嫌な予感が的中する形で── 

 ミハイルは騎士団寄り合い所の待合室の戸を開ける。

 安普請で戸は傾いている。辺境の寄り合い所はどこも似たようなものだ。窓際からは隙間風が舞い込んで砂が落ちている。

 

「マスター」

 

 椅子に座って待っていたパルスェットが振り向く。コーヒーメーカーから液体をカップに注ぐと大事そうに持ってミハイルに差し出す。

 

「お疲れ様です」

「いや……」

 

 まだ何もしていない。呼び出しと報告を受けて、当直に入って話を聞いただけだ。そして、ホランをやったのは例の辻斬りであることを確認しただけだ。

 

「パルセット、明日、シュロに行く」

「シュロ? 近くの中立都市ですね。何かの御用ですか?」

「ファティマが収容された先がシュロらしい。そこの医師に詳しい事情も聞きたいんだ」

「わかりました」

 

 パルスェットが頷きポットの湯を取り替える。

 ミハイルは手渡されたコーヒーの黒く光るうねりを見つめる。ゆらりと映る自らの顔が歪んでいた。

 

『お前さんもあと一年もしたら中央に戻れるさ。エリートのボンボンなんだしよぉ。辺境暮らしが長かったからって、ちったぁ箔がつくぐらいだと思っとけよ』

 

 ホランは常にミハイルのことを気にかけてくれた。一時期、騎士を辞めようかとさえ思ったこともある。それでも立ち直れたのは、彼とパルスェットが側にいたからだ。

 同期で仲間だったフィスもやられた。味方になってくれるのはもうファティマしかいない。

 

「早まらないでくださいか……畜生」

 

 コーヒーを一口飲む。熱い。喉から胸の下に焼けるような熱の塊が落ちていく。それを飲み込んで目をつぶる。

 何をしているんだ?

 あのとき、止めていれば。

 いや、止めてどうなった?

 レスター、仇を取るんだ。二人の無念を晴らせっ!

 だが、甦るのは震えて部屋に閉じこもった自分の姿だ。とたんに血流が強まってめまいがする。息を吐き出して動悸を抑える。

 脳裏に関節の焦げたMHがちらつく。

 飲み干した紙コップを握り潰す。

 何という情けなさだ。

 俺は……六年前から何が変わった?

 何を変えられた?

 俺は臆病な間抜けのレスターのままなのか?

 

「マスター?」

 

 心配そうな顔でパルスェットがミハイルの顔を覗き込んだ。

 

「何でもない。パルセット」

 

 笑え──口の端を曲げてミハイルは笑う。自分がどんな顔をしているのかなんて見たくない。

 

『ファティマに不安を与える男は騎士として二流。いや三流だ』

 

 六年前のあの日──黒衣の医師に投げかけられた言葉を思い出していた。


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