すみれ色の瞳の乙女─天馬の章─   作:つきしまさん

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【12話】決戦

 地響きを立てて五騎のMHが大地に降り立った。ウモスの主力旗である青騎士だ。陽の光を浴びて紫に近い装甲が反射を照り返す。

  

「各自、連携を崩すな。ファティマたちは監視を怠るなよ」

『ラジャー!』

 

 青騎士のエンジン音が辺境に響き渡る。オリバー・メッシュ指揮での掃討作戦がついに開始されていた。

 表向きは不法キャラバンの一斉摘発だ。その実はここ数年に渡って暗躍する殺人鬼の拿捕、及び殺害という任務を帯びている。

 本隊の指揮を執るオリバー・メッシュは復讐に燃えている。

 

「功を焦るな。互いの座標位置を確認し、テレポートできる状態を維持しろ。これより作戦を開始する」

 

 了解の言葉の後に青騎士が散開して離れていく。

 その様を眺めている目があった。しびれを切らした頃、作戦が始まっていた。乾いた舌を舐めるのはミハエルだ。

 彼はこのときを待ちわびていた。

 

「パルセット、先遣隊のマーカーは追えているか?」

 

 電子音を響かせる機械郡も今はその音を潜ませて静かだった。稼働に必要な電源だけで空調まで切っている状態だ。いつでも駆け付けられるように電力を温存していた。

 首筋を溜まった汗が流れ落ちていく。妙に暑い。緊張のせいもあるのだろう。

 

『問題ありません、マスター。ノイズが発生していますが、おそらくキャラバン隊のものですね』

 

 コクピット内にファティマの声がやけにはっきりと響く。パルスェットの声を久しぶりに聞いたような気がした。

 

「キャラバンに張りついてた甲斐があった。すぐにボロを出すとは思えないが、ネズミは追い出せるだろう。こっち一人じゃ炙り出すこともできん。本隊だけが頼りだな」

『監視、続けます』

「早く動いてくれ……」

 

 希望的観測か。どのみち俺には後がないんだ。だったら、奴の面の皮を剥いでから辞めてやる。

 もし、何も起きず空振りに終われば笑いものだ。笑い者は俺だけじゃない。本国の青騎士本隊が介入して辻斬り一人捕まえられなければウモスの沽券に関わる。

 捕縛、もしくは処理という任務を受けての出兵だろう。国内での上部への突き上げも相当に溜まっているらしい。このまま日和見を決め込めば民衆の政府への信頼はガタつくことになる。

 何せ選挙も近い。政治的な思惑なんて知ったことか。

 いいように蹂躙され、多くの騎士とファティマが奴に殺された。奴だけは許すことができない。

 フィスにホラン……これは復讐なんだ。

 

 ミハエルは強く息を吐きだす。スタンバイに入ってから四時間あまりが経とうとしていた。ずっと待ちの態勢が続いていたがようやく事態は動き始めた。

 額に汗の粒が浮かんでは落ちていく。その不快感に耐えながら電子戦はファティマに任せるしかない状況だ。

 今はうかつにエンジンを動作させて悟られるわけにはいかない。隠密行動がすべてにおいて優先される。

 ネズミはどっちなのだろう? 俺がでっかい猫のケツについて別のネズミを探している。

 ミハエルはそんな想像をする。そしてパルスェットの声が響いて顔を上げる。

 

『マスター。メッシュ隊、右翼に動き』

「動き出したか……」

 

 唇を噛んでミハエルは呟く。モニターの動きに神経を集中させる。マーカーが点滅しながら一定の範囲で移動していくのを眺める。

 

『範囲最端から円を描いて北上中。こちらが動ける範囲線まで後数キロです』

 

 モニタのレーダーの警戒域と、現在のミハエルの位置と展開している部隊の位置。徐々に本隊のマーカーは遠ざかっていく。

 こちらが動いても気が付かれない微妙な距離を計算してのラインをパルスェットが設定している。

 

「洗いざらい探索か。キャラバンの動きを読んでいる。狙いは同じだな……突いた先からどう出てくるか。どのルートが奴らの出てくる穴だ? パルセット、その穴を探せ」

『了解です、マスター』

 

 パルスェットが先行する捜索隊の動きを追う。こっちはそれに食らいついていくしかない。

 こちらが動けば先遣隊のレーダーに引っかかってしまう。ネズミの尻尾を彼らが捕まえてから動く。

 これは正式な任務ではない。すべて自分の独断行動だ。敵を見つけないうちからバレるわけにはいかない。

 復隊を任じられたばかりといってもまだ正式な青銅騎士ではない。メッシュからの助力の要請もなかった。

 だから、不始末が起こってもそれはメッシュには何の関わりもないことだ。責めは自身が背負えばいい。

 国を離れて傭兵にでもなるさというのも強がりではない。六年前の自分はそんなことすら考えられなかった。

 どうにか先回りできないものだろうか?

 焦りがミハエルを衝動的に突き動かそうとするのを抑える。

 ダメだ。ここで慎重にならないでどうする……六年前と同じてつを踏む気か?

 

「早く行ってくれ……まだ動けないのか?」

『もう少しです。ほんのわずかな時間差を利用できます。タイミングはこちらに』

「わかった……任せる」

 

 パルスェットは逐次その動きをトレースしている。ファティマの先読み演算(エミュレート)は騎士の勘などよりも遥かに正確だ。

 辻斬り捜索にブルーアーマー本国仕様の青騎士が五騎投入されている。後陣の控えもいるのだろうが、作戦の性格上、即時の戦力投入は考えにくい。

 国境が近い。最近の騒ぎのこともあって他国も敏感になっている。派手に動けばこの動きを悟られてしまう。

 指揮を執るオリバー・メッシュは実績がある指揮官だ。作戦に問題などあるはずがない。

 有能だ。有能すぎても困る。俺が奴の首を取れない。

 これだけの戦力を出して打ち漏らしがあれば笑いものだ。そこで俺が本隊を出しぬいて奴を倒したらそれこそ味方に泥を塗りつけることになる。

 そして、今度こそレスターは永久追放だ。そうなっても構わない。その覚悟は決めてきた。

 

 この機会を逃したら終わりだ。今しか、今しかないんだ。

 これは私怨だ。わかっている。でも、やらなければ一生後悔する。そんなのはゴメンだ。味方を犠牲にしてまで得られるものが何かなど今は考えたくもない。

 コクピットの中でミハエルは唇を噛む。焦るな。ここの地理は俺達の方がよく知っているはずだ。

 マーキングが遠ざかり、本隊のレーダーが範囲圏を外れる。

 

『エンジン始動しますっ!』

「よし、追跡開始!」

『シークレットジャマー発動。左迂回経路で行きます。プルート、行くよ』

 

 MHにエンジンが入るとドーリーが振動音と共に震えた。扉が自動開閉していく。巨大な足が乾いた大地を踏んで、体に振動を伝えてくる。

 駆動音が大地に響く。ミハエルとパルスェットの駆るのはデボンシャというタイプのMHだ。六年前の件で青銅騎士を降格されてからこの中古のデボンシャがミハエルの乗騎となった。

 名はプルートと言う。プルート、という名前の由来はよく知らなかったが、パラベラム・スタームが手がけたデボンシャ三番機シリーズらしい。

 中古品で癖はあるものの、一度馴染めば手足のごとく使いやすい機体だ。今ではパルスェットのお気に入りでもある。

 

『マスター、風向き変わります。視界に注意を──えっ? 見つけた!』

 

 わずかなノイズの間隙を拾ってパルスェットが叫ぶ。

 

「当たりかっ!?」

『アンノウンですっ! 戦闘、始まっています。この子、起動したばかりでテレポートにパワーが足りません。テレポート直後の即戦闘に備えます。約二分ください』

「無防備なとこをつかれたら目も当てられないしな……」

 

 その時間さえも惜しく感じる。

 テレポート直後の戦闘はこのプルートのスペックではすぐには難しい。青騎士ならばどうってことないんだが。

 エンジンを二つも積んでいれば別だが、そんなMHはお目にかかったこともない。

 

『プルート、テレポート開始しますっ!』

 

 一か八かだ。辻斬りを先遣隊が討ち取れば空振り。だがもし、チャンスが有るなら──そのとき、プルートがテレポートの光に包まれていた。 

 パルスェットがアンノウンを補足した頃、最初の戦闘はすでに終わっていた。

 砂塵が視界を覆い尽くすほどの風の中で二つの騎影がぶつかって重なりあう。

 

「ハハハっ! ブルーアーマーとはこの程度かザマアないな!」

 

 青騎士の肩装甲に分厚い剣が食い込んで一気にその腕を切り落とすと地響きを立ててMHが倒れこむ。

 灰色のブーレイのコクピット内で舌を舐めるのはギエロだ。

 

『ギエロ、遊ぶな。トドメだ』

 

 コクピットにラルゴの声が響く。先遣隊の二騎を先に始末したラルゴともう一騎のブーレイはこの砂では視認することもできない。

 味方の危機に駆けつけたもう一騎は体制が整わぬうちにギエロが先制して潰していた。地形を利用した予測不可能な不意打ちだ。

 

「ふん、アバヨ、だな」

 

 振り下ろし、胸部装甲に無慈悲な一撃を加える。コクピットは破壊され、中の騎士は即死だ。

 

『ギエロ様、テレポート来ます! 二騎。ブルーアーマーです』

「は、遅いわ」

 

 先遣隊を率いるオリバー・メッシュが急行したとき、すでに三騎がブーレイの前に惨敗した後だった。アンノウンの足元には無残に残骸をさらす青騎士が横たわる。

 コクピット部分と急所であるアゴ部分は容赦なく破壊されている。生き残りはゼロだ。

  

「なんてこった畜生……」

 

 メッシュら青騎士の目の前にブーレイ。破壊された青騎士を見てもう一人の隊員が呻き声を上げる。

 

『マスター、同様の駆動音が三つっ! ご注意を!』

 

 メッシュは歯ぎしりをする。あまりにも鮮やか過ぎる手並みだ。並の使い手ではないだろうと予測はしていたが、やはり殺人鬼は一騎ではなかった。

 

「無念だろう……」

「うぉ~~~! ふざけやがって!」

「待てっ! 迂闊に動くな!」

 

 メッシュの制止を振り切った青騎士がギエロのブーレイへ襲いかかる。

 

「はは、そうこなくてはなっ!」

 

 狂気を孕んだラルゴが笑う。怒りに燃える騎士の太刀がブーレイに届く前に青騎士を袈裟斬りに斬り捨てる。

 歪んだ金属音を立てて真っ二つに断ち切られる装甲。青騎士の巨体が砂の海の中へ飲み込まれていく。

 

「ラディーッシュ! 今のは居合かっ!」

「残りはお前一人よ。我らの力を見誤ったことを知れ」

 

 ラルゴの刃が残った最後の青騎士へ向けられる。

 

『テレポート来ます』

「何? だが、もう遅いわ」

 

 プルートが転移を終えて姿を現す。青騎士の後方一五〇メートル。新手の出現に双方が警戒して注意を向ける。

 

『プルート再稼働。マスターへコントロール戻します』

「畜生、なんてこった……」 

『無事なのはオリバー・メッシュ騎です』

 

 唯一無事な青騎士は一騎のみ。視認できる倒れた青騎士は二騎。灰色の敵MHは三騎はいるはずだ。残りの青騎士二騎の姿が見えない。

 信じがたいがすでにもう倒されたと考えるしかない。 

  

「メッシュ隊長っ! 助太刀します」

『お前、レスターか? 何で来やがった!』 

「何だって覚悟の上です。こいつを倒すことが俺の散っていった者への弔いなんです」

『この大バカ野郎……かっこつけは一人前になってから言いやがれ』

「抜刀っ!」

 

 プルートが実剣を抜き放つ。同時にメッシュ騎とブーレイが動く。

 連携しなければやられる。

 

『レスター、合わせろ!』

「了解っ!」

 

 勝ち目の薄い戦いだ。相手は四騎の青騎士を短時間で難なく屠ってみせた恐ろしい手練だ。かといってもう一度テレポートして逃げる余裕はない。  

 ここが死に場ならそれでいいさ。六年間、俺は死んでいたようなものだった。最後の最後に男として、騎士として死ねるのであれば悔いもねえ。

 ヤケクソのこなくそだ!

 

「突撃、開始っ!」

『ラジャーっ!』

 

 メッシュに合わせて攻撃を開始する。眼前の敵は二騎だ。もう一騎の姿が見えないが、考えている時間はない。敵も武器を振りかざして矛先を絡み合わせる。

 敵との拮抗した力比べが始まる。もう一騎はメッシュが引き受けていた。

 

「はは、そんな中古品で俺の相手が務まるものかよ」

 

 ミハエルのプルートを相手にするのはギエロだ。

 

「パルセット、もう一騎はどこだ?」

『この風と妨害チャフで正確な位置掴めませんっ!』

「畜生、足場に気をつけろよ!」

 

 そのまま二太刀、三太刀と切り結ぶ。

 このパワー……プルートより上だ。腕も立つ。次第に守勢に立たされるのを感じて焦りがミハエルを襲う。

 落ち着け、足場を確保して一手一手を見切れ。

 

「喰らいやがれっ!」

 

 そのとき、メッシュの胴切りに見せたフェイントがブーレイの頭部を捕らえる。直撃だ。一撃で破壊されたMHの頭部が跳んで落ちる。

 

「お見事っ!」

「余所見してんじゃねえっ!」

 

 辛うじてミハエルはギエロの打ち込みを刃を走らせて受け流す。

 熱を持った関節部がわずかに歪んだ音を立てる。撃ち合いでのダメージを流しきれずに関節部に熱が蓄積されていく。

 これほどの相手、長丁場になればこちらがやがて撃ち負ける。その前に焼き切れちまうかもしれない。決めるのならば一手。こんしんの一撃を叩き込むしかない。

 そのとき、メッシュ騎が激しい音を立てて沈んでいた。そのすぐ背後に灰色の影が立つ。もう一騎のブーレイはラルゴだ。

 

「メッシュ隊長っ!?」

『クソッタレ……野郎、後ろから……』

 

 メッシュの声を聞いて一瞬だがミハエルは安堵する。

 

「ははは、もう残りはお前だけだ。観念して死にやがれっ!」

 

 ブーレイの撃ちこみをいなし剣を振り上げる。

 どの道後はない。こいつを道連れにしてやるさ!

 

「無駄、無駄、お前の動きはお見通しなんだよ。死ね」

「しまったっ!?」

 

 渾身の力を込めた突きだったが、敵はそれを読んでいた。大きく体勢を崩し敵の刃が目の前に迫る。

  

『退避を!』

「うぉぉー!」

 

 プルートの装甲が切り裂かれる瞬間。これが死だとミハエルは目をつぶる。その刹那、ミハエルはその音を聞いていた。

 質量のある鋼鉄の球体の飛来。誰がそれを予期できたか。戦いの最中、彼らの戦いに介入する存在があったのだ。

 その攻撃はギエロのブーレイの脚を粉砕し、止まらぬ勢いで胴の装甲に直撃する。

 強烈なその一撃でブーレイはもんどり打ちながら吹き飛び、装甲部に円形の跡を刻んで止まる。

 コクピットルームごと押し潰されて中のギエロは即死だった。

 

「何だっ!?」

 

 ギエロのブーレイを攻撃したそれの動きをラルゴが目で追う。その球体は円を描いて反転すると砂の海に派手に落ちた。それは巨大な鉄球だ。

 武器と呼ぶには歪すぎるその形はイガイガの付いた巨大な鉄塊そのものであった。

 砂塵の向こうからそれを放ったのは白い騎影だ。吹き荒れる砂のカーテンがその姿を覆い隠して二基のエンジン音が戦場にこだまする。

 

「何者だ?」

 

 ブーレイの中でラルゴは目を細めた。砂の向こうに新手の敵がいる。

 

『エンジン音二つ。あのMHは二基のイレーザーを積んでいる?』

「どこの誰かは知らぬが、とことん邪魔が入るものだ。役に立たぬ分析は不要だ」

 

 太刀を眼前に構えラルゴは新手の敵を迎え撃つ。

 

「何だ……パルセット、あのMHは? ぐ……」

「マスター、動かないで。怪我の手当をします」 

 

 プルートの装甲はパイロットルームまで切り裂かれ、あわやというところで止まっていた。

 九死に一生を得た。生きているのは奇跡に近いといえるが、内臓破裂に肋骨数本。それに手の骨折と数え上げればきりがない。

 ファティマの治療に任せ、ミハエルはプルートのモニターを見つめる。

 そこに映しだされたもの。砂塵の中から現れたそのMHはどこまでも純白の美しい騎士だった。

 

「あー、もう使えんっ! ソープ様ってば思いつきで変な武器もたせるんだから!」

 

 白いMH──MkIIが持っていた武器の柄を投げ捨てる。鎖に繋がれているこの武器は分離式で投擲するときに切り離すことが可能なのだ。

 正式名称はけん玉フレイル。世にも恐ろしいただの鉄球である。

 

『投てき調整完了。〇.〇〇四%の誤差修正。次はもっとうまく投げれます』

「あのねエディ! 次なんていらないから!」

 

 コクピットで頬を膨らませるのはアイシャ・コーダンテだ。

 もっとかっこいい登場シーンを考えていたのにいろいろ台無しである。それもこの武器を試してご覧というソープの言葉に乗せられたせいだ。

 テレポートに手間取ったのは、現場の妨害が激しくて正確な座標を出しにくかったことにある。それをエディが現地の風のデータを読みだしてより近い位置を割り出すことに成功していた。

 間に合ったので良かったが、そうでなければ今頃は地団駄を踏んで悔しがっていただろう。もはや辻斬り退治はアイシャのうっぷん晴らしついでとなっていた。

 

『マスター、敵、来ます……』

 

 黒曜石の瞳を光らせエディはコンソールを叩く。戦闘プログラミングの制御も実はギリギリで間にあわせている。

 

「よっしゃっ! エンジン全開っ! エディ、ぶっ潰すよっ!」

『イエス、マスターっ!』

 

 全開フルスロットルの「アパッチ君」がその咆哮を轟かせると、灰色のブーレイの一撃を「片手」で受け止めていた。

 

「何というパワーっ!?」

 

 モーターヘッド同士がぶつかり合う金属音が戦場に響き渡る。エンジンから伝わる振動を受けながらラルゴは驚愕する。

 バカな、この私が動けぬとは! 

 ブーレイの拳が悲鳴を上げる。白騎士の機械の手がその拳を締め上げていた。

 

「ひとーつ! 人の世、生き血をすすりー!」

 

 アイシャの口上でブーレイの拳が剣の柄ごと握りつぶされる。

 つぶした手を突き放すとブーレイはのけ反っていた。その態勢が整う前に白騎士が動く。

 

「コントロールっ!」

『間に合いませんっ!』

「ふた~つ。不埒な悪行三昧! じょしこーせーキ~ック!」

 

 白騎士から蹴りが放たれブーレイの胴へ直撃する。激震に見舞われたブーレイが砂の海に足を取られ沈み込む。

 

「何という見事な無茶っぷり……ふつー蹴りません」

 

 ファティマルームでエディがぼそりと呟く。

 この程度の無茶な機動は想定内ですが、バージンMHでこんなことするのはきっとこの人だけです。たぶん?

 

「みーつっ! 醜い浮世の鬼を退治してっ! エディ、何か言った?」

『いいえ』

 

 とても地獄耳です、とメモに付け加える。

 

「そりゃ~~!」

 

 次にはブーレイの機械の腕をねじ上げる。両腕で固定し、足で胴部を踏みつけると「思い切り」腕を引き抜く。

 質量のある金属同士がぶつかって軋みを上げる。MHの神経ともいえる無数のチューブや鋼線がねじ切られていく。

 モーターヘッドのエンジン音が悲鳴のように響き渡る。白騎士のパワーに抗うブーレイの叫びであるかのようだ。

 引き抜いた腕を片手にぶら下げた白騎士の姿は、まさに《狂える騎士》(シバレース)の姿そのものであった。

 

「よーっつ……まあいいか」

『いきなり投げやり……面倒になりました……』 

「いーんだよ。つーわけで、あたしがアイシャさま(暴れん坊プリンセス)じゃー!」

 

 アイシャは面倒ともぎ取ったブーレイの腕を後方に放り投げる。

 圧倒的なパワー。それを体感するアイシャも全力の力を引き出せているわけではなかった。今もまだそのパワーに振り回されそうになるほどだ。

 

「あれがモーターヘッドだというのか!」

 

 信じられない思いで観戦していたミハエルが叫ぶ。目の前で起きている現実があまりにも浮世離れしすぎている。

 自分たちが苦戦したMHが、いとも簡単に子どもが人形を解体して遊ぶかのように蹂躙されているのだから。

 その衝撃をラルゴは自らの身で受けていた。フィードバックされた衝撃はパイロットである騎士にも伝導される。

 脳の神経が焼き切れるような痛みの後にラルゴ自身も片腕を持っていかれていた。血みどろのコクピットで怨嗟の混じった悲鳴を上げる。

 押しつぶされた肺に溜まった血を吐き出し戦闘服を汚す。

  

『マスター、退避を。戦闘はもう無理です』

「ぐおおー! ふっざけるな! この私がっ! 退避などしたら貴様を殺す! 赤(テスタロッサ)が引くなどありえん!」

 

 血走った眼でラルゴが叫ぶ。あったはずの腕は千切れてスーツから落ちる。

 

「立ちな! それくらいでくたばっちゃいないだろ?」

 

 ブーレイが態勢を起こすのをアイシャはわざと待った。中の騎士がどうなっているかなど予想はつくが気持ちに容赦はない。

 

「侮りか、余裕か……貴様は殺すぞっ!」

 

 残った腕で光剣を抜いたブーレイが白騎士へと挑みかかる。

 

『了解、ラルゴ様、本懐をっ!』

「それでいい……」

 

 ブーレイの損傷擱座率はすでに三〇%越えに達している。これ以上の稼働はMH自体の自壊を招く。

 焼き切れたジェネレーターや過負荷を負った関節部が完全溶解するだろう。後先を考えぬ最後の一撃をラルゴは繰り出そうとしていた。

 

「正々堂々。騎士らしくってかー。エディっ! 剣ちょうだい」

『MkII。秘匿モード解除。アルマスソード開放します。出力最大っ!』

 

 中空に青白い電光(プラズマ)が伸びて大気中へと火花を散らす。

 

「何だ、あれは?」

 

 戦闘を見守るミハエルが青く光る電気騎士に瞠目する。

 白騎士そのものが青白い燐光に包まれる。ツインエンジンから生み出された莫大なエネルギーがバックロードし、ボディから体外へ放電される現象だ。

 抜かれた伝家の宝刀は超高密度のエネルギーソード。すべてを一刀両断にする秘剣(アルマスソード)。

 

「ふはは、美しいな。壊しがいがあるぞっ!」

 

 狂気の笑みを浮かべたラルゴのブーレイが神速の剣を振り下ろす。その刹那、それ以上の速さでアルマスソードがブーレイの胴体を両断する。

 まるでチーズでも寸断するかのようにMHの装甲とフレームを一瞬で切り裂いていた。

 

「速い……」

「思い出したよ。そいつはあの子どもたちの分だっ!」

 

 振りぬいた姿勢のままアイシャは呟く。ミミバ族が破壊したシャトルバスのかたき討ちを間接的にだが果たす。

 

『脱出モード。すべて焼き払います。マスター、ご無事で』

 

 意識のないラルゴをファティマがコクピットごと排出する。それを確認するとブーレイの自爆装置が押されていた。

 同時に離れた場所にあった三騎のブーレイが火を噴いて爆発するように溶解していく。MHの装甲すら溶かす瞬間数万度に達した熱が周囲の砂をも溶かして結晶化させていく。

 まるで溶岩が突如地表に噴出したかのような火炎がモニターを埋め尽くす。瞬光遮断していなければ即失明してもおかしくないほどの熱と光が放たれていた。

 

『マスター、デミフレアナパーム(瞬間溶解焼夷弾)です』

「あーあ、これじゃ証拠も何も残りゃしない。ま、残ってたらそれで大問題だろうけど……」

 

 政治的なことは知らんとアイシャはコクピットにふんぞり返る。

 

『マスター、事後処理は……』

「辻斬りはウモスの青騎士隊が始末したってことでいいじゃん。あたしらはただの通りすがり。さあ、ずらかるよエディっ!」

『ラジャー。ビーコン送ります。内容は』

「てきとーで」

 

 生き残ったウモスの青騎士に光ビーコンを送った後、白騎士は煙幕の中へと消えていく。

 

「証拠の隠滅か……」

 

 伏せていた身を起こしミハエルは目を瞬かせる。ようやく視力が戻ってきたところだ。謎のMHはすでに煙幕の彼方に去っていた。

 

「この信号は……セルマ姉様?」

 

 通信を解読したパルスェットが白騎士が去った方角を眺める。

 

「まったく、余所者に獲物をかっさらわれるたあ青銅騎士の名折れだぜ」

「メッシュ隊長……」

 

 しかめ面でメッシュがミハエルの脇に立った。メッシュも戦いの間に治療を済ませ、腕を包帯で吊るしているが大事はないようだ。

 その後ろでメッシュのパートナーのジャカルナがパルスェットに話しかけている。

 

「隊に穴ができちまったなぁ……その分、お前にはきっちり働いてもらうからな。覚悟しとけ」

 

 胸を軽く小突かれミハエルは当惑気味にメッシュを見返す。

 

「しかし、自分は……」

「あん?」

「自分は違反を犯しました。本部の命令なく勝手に出撃して……」

「仁義で出撃して辻斬り野郎をぶったおした英雄様ってところだな」

「それは事実では……あの白いモーターヘッドのことは?」

「あー、こまけえこたあいいんだよ! 世間向けに英雄様ってことにしておこうぜ。辻斬り退治を英断したお偉い様のいい宣伝役ってところだ。ほれ、選挙のやつな」

 

 ポンポンとメッシュはミハエルの肩を叩く。

 

「そんな……」

「世間には表沙汰にならん方がいいこともあるさ。辻斬りの中身も、謎の助っ人もだ。どこの国の奴らが関わっていたかなんて民草は知らんでいい。悪い奴らを正義の味方がやっつけた。そういうメルヘンな筋書きさ。白銀の騎士なんて化け物が出たなんてニュースは都合が悪い連中もいるだろうよ。上層部は慌てふためくかもしれんが、政治的なことは任せておくさ」

「はあ?」

 

 メッシュの独白にわからぬままミハエルは疑問を返す。そして答えを得られそうにないとわかると口をつぐんでメッシュの横顔を眺めた。

 

「しかしまあ、派手に焼いたもんだ」

 

 残り火くすぶるブーレイの残骸を二人で見下ろす。

 これで終わったのか……本当に? 俺は散っていった者の無念を晴らせたわけじゃない。

 ただ、無様にやられただけだ。どこの誰かわからぬ相手に全部持っていかれた。

 

「悔しければもっと強くなれ、レスター」

 

 メッシュが背を向けるとプルートから飛び降りる。

 

「ようしジャカルナ、後方の部隊を呼べ。回収用のやつもな。全部焼けちまったが取れるデータくらいあるかもしれん」

「わかりました」

 

 そのやり取りを聞きながら振り返るとパルスェットが目の前にいた。

 

「悪いなパルセット。まだ当分、騎士は辞められそうにない」

「残念です。でも、どこへだってついていきますから。マスターがいるところが私がいる場所です」

 

 風が吹いて二人の髪をかき乱す。

 

「ああ、そうだな」

 

 ミハエルははるか遠くの青い空を見上げた。薄っすらと白いノウズが見える。過ぎ行く雲に散っていった友と仲間の顔を思い浮かべる。

 

「帰ろう。俺たちの基地に」

「はい、マスター」

 

 そう応えたパルスェットがミハエルの肩に寄り添うと共にノウズを見上げるのだった。

 

 

「完全、完璧大勝利っ! やっぱりアイシャが来てくれてよかったよ!」

 

 うんうんと頷いて自分の作ったMHの完全勝利に微笑むのはソープだ。

 

「ソープ、サマ……」

「ん? 何だい。バシク?」

「ホンゴクカラ……トテモ……コワイカオノ……ルスサマ……カラ……レンラク」

「今さら気がついても遅い。この大勝利をみんなが見たら驚くだろうね。まあ繋げて」

「ハイ」

 

 バシクが映像を回すとドアップのA.K.D重鎮ルスの顔が映る。

 

『陛下っ! お遊びはそこまでにしてさっさとお帰りくださいっ! 政務ほっぽり出して何をやってるんですか! 一言でも言ってくれればいいのにこっそりとは情けない! このルス、今からでも陛下の首に鎖を繋げに参りますぞ! そーれーとー、いつもの癖でロボット弄り回して辺境でオイタなどなさっておられないでしょうな。聞くところによれば辻斬りがどうのこうのと……まさか関わってなどおられませんでしょうな?』

「あー、それについてはこっちの実験でウモスから問い合わせがあるかもしれないんだけどさ……」

『へーいーか~~! 勘弁してください。ケツを拭うのは我らの役目! ですが陛下──』

 

 額に血管を浮かせたルスドアップ画面の回線がぷっちり途切れる。スイッチをオフにしてため息のソープ。

 

「さっさと帰れということだ。この騒動、隠居の身には少々刺激的過ぎたわ。娘も嫁いだことだし、そろそろ静かにさせてくれ」

 

 黒衣のグランがソープを見下ろして告げる。その傍らに分厚い医療カバンがある。

 

「あれ、どこに行くんだい?」

「これから診療だ。できの悪い助手が一人いなくなったところだが、それを話せば寂しがるジジババどももおるだろうて。不思議と子どもらにも懐かれていたからな、アレは」

 

 そう言ってグランは背中を向ける。

 

「ここを離れるつもりはないのかい? 彼女には君が必要じゃないか」

「巣立ちした娘にいつまでも構うのは親バカというものだ」

「かもしれないね」

 

 そのまま振り返らず、グランは地上へのエレベーターに乗り込んでいた。そしてすぐに姿は見えなくなる。

 これがレディオス・ソープとグラン・コークスが交わした最後のやり取りとなった──


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