女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか? 作:スネ夫
「──こちら、静香。どうぞ」
《こちら、ドラちゃん。対象は見当たりません。どうぞ》
「了解。引き続き隠れる事にする」
現在、俺は校舎の陰に身を潜めていた。
付近には敵の姿が見えず、ひとまずは安心だ。
にしても、まさかころばし屋にこんな罠があったとは。
まさに、策士策に溺れるだな。天才静香ちゃんも、この展開にはびっくりだよ。
《マスター。下手の考え休むに似たりって言葉を知っていますか?》
「いやいや、良い作戦だっただろ。
俺の華麗なる策でアリサ達をギャフンと言わせる予定だったんだぞ」
《はいはい。すごいすごい》
ドラちゃんが適当すぎて辛い。
おかしいな。最初のドラちゃんはもっとクールで忠実だったのに。
いつの間にか、俺を弄る事が日課になってきている。
「そこんところどう思いますかね」
《自分の胸に手を当てて考えてください》
「……うん、わからん」
まったく、ドラちゃんはそうやって誤魔化そうとして。
俺は騙されないからな。ドラちゃんがSっ気を持ち始めている事を。
と、そんな事よりアリサ達がいないな……?
《マスター、マスター》
「どうした、ドラちゃん。なにか異常事態でもあったか?」
《いえ、後ろにころばし屋がいますよ》
「へっ?」
慌てて振り返れば、こちらに銃を突きつけるころばし屋。
「みぎゃぁっ!?」
突然の事に回避する余裕もなく、俺は盛大にすっ転んでしまった。
直後にバク転をして追撃を躱す。
あ、危なかった……下手すれば、ここからころばし屋のターンが続くところだった。
浅く息を吐き、思考を引き締める。
「という事で、さらばっ!」
再び疾走し、ころばし屋の元を去っていく。
右へ左へ不規則に揺れながら走っているため、銃撃は俺の足元をかするのみ。
死なないとわかっているとはいえ、銃弾が来るのは怖いな。
うん、アリサ達に使おうとしたのを後で謝っておこう。
校庭の隅に生えている木にたどり着いた俺は、するするっと登る。
適当な枝に腰掛け、ひとまず息をつく。
「ふぅ……ここなら安心かな」
《魔法を使うかと思いましたが、自力で登りましたね》
「これは俺とアリサの勝負だからな。
己の肉体のみで渡り合う。魔法なんて使うのは無粋だろ?」
《ころばし屋を使おうとしていましたが》
「あ、あの時はあの時だから!」
《はぁ、そうですか……うん?》
呆れた声音を響かせた後、ドラちゃんは言葉尻を上げた。
暫くチカチカとデバイスを光らせ、どこか困惑した口調で告げる。
《マスター。上を見てください》
「上?」
言われた通り視線を仰げば、頭上の枝の上に猫が横たわっていた。
初めは寝ているのかと思ったのだが、よく見ると身体が透けている。
それに、猫からは魔力の残滓を感じ、更に嫁センサーも絶賛稼働中だ。
つまり、ここにいるのは原作キャラ。そして、放っておけば死ぬ。
《どうやら、使い魔だったようですね。
契約を切られたせいで、魔力が供給されなくなっているようですが》
「なんだって!?
ど、どうにかしてやれないか!」
慌てて上に登り、猫を抱えた。
半透明な猫は弱々しく瞳を開き、俺の顔をじっと見つめる。
その目に宿るのは、多大な諦観と僅かばかりの後悔。
一体、どういう猫生を過ごせば今のような目になるのだろうか。
まるで野生の生存競争に負けて、悟りきっている感じだ。
《とりあえず、仮契約をしてマスターの魔力を供給すれば良いかと》
「なるほど……おい。今から、俺はお前と仮契約をする。
大人しく魔力を受け取れ」
使い魔だった動物は、人間の言葉を理解できるとドラちゃんに習った。
だから、目の前の猫を人間として扱い、目と目を合わせて話す。
しかし、猫は目を逸らして言外に否定の意を示した。
「おい!
このままだとお前は死んじゃうんだぞ!」
声を荒らげるが、猫は顔を背けたまま。
なんでだよ。俺の言葉は理解している、と態度から察せられる。なのに、目の前のこいつは死ぬ事を受け入れている節がある。
気に入らない。まだ生きられるのに、生にしがみつかない事に腹が立つ。諦めて死のうとしている態度が心の底からムカつく。納得できない。認められない。逃げるなんて俺が許さない。
《マスター……?》
ドラちゃんの呟きを無視して、俺は猫と至近距離で顔を合わす。
そして、困惑がちに瞬きする馬鹿野郎へと、心の赴くまま言い放つ。
「逃げんなよ。
お前がなんで死のうとしてんのか知らないけどな、そんな悔いがある目をして死ぬんじゃねぇ。
死ぬとなんにも残らないんだぞ。会いたい人にもう会えなくなるんだぞ」
会いたい人という単語に、耳をピクリと反応させた猫。
どうやら、こいつは会いたい人がいるらしい。
自然と眼差しが鋭くなり、睨みつけながら言葉を続ける。
「やり残した事があるんだろ。
だったら、なにをしてもそれをやりきれ。
じゃなきゃ、本当に死ぬほど後悔して死んでも死にきれねぇぞ」
そう告げると、猫の瞳の光が少し強まった。
もう一押しだな。後はこいつを挑発でもすれば生きようとするだろう。
あえて嘲笑を浮かべ、蔑む口調で言う。
「それとも、お前の想いはその程度だったのか?
会いたい人なんてどうでもよくて、さっさと死んで楽になりたいのか?」
これには反論したかったのか、猫は俺の親指を噛んできた。
力が入っていないが、初めてこいつから明確な返事を聞いた気がする。
嘲笑を不敵な笑みに変え、俺は猫を胸に抱え直して口を開く。
「やり残した事があるなら、なにを利用してでもやり遂げろ。
……仮契約、受けるな?」
今度は、無言で頷いてきた。
ドラちゃんの手順に従って仮契約を結び、猫に俺の魔力を供給していく。
気が抜けたのか眠りについた猫を魔法で俺の部屋に送り、続けて書いたメモ用紙も猫の側へと届ける。
よし。これで猫が起きたらメモの指示に従うだろう。なんとか猫が生きようとしてくれて良かった。
…………改めて、俺って猫になに講釈垂れていたんだよ!?
動物相手にドヤ顔で生死の持論を述べるとか、普通に黒歴史物なんだけど!?
うわー、恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしいわ。
これが他人に見られていたとしたら、本当に自殺ものだった。
死ぬのは逃げとか言っておきながら、マジで説得力に欠けるな。
頭を抱えて枝の上をゴロゴロしていると、ドラちゃんに声を掛けられる。
《セリフはカッコよかったですけど、絵面がシュールでしたね》
「やめろぉ! 俺の心を抉りにこないで!」
ここぞと言わんばかりに弄ってくるドラちゃん。
ドラちゃんの言葉の暴力に、俺のガラスのハートはボロボロだ。
一頻り取り乱した後、胸に手を当てて何度も深呼吸をしていく。
「ふぅ……落ち着いた」
《マスター》
「な、なんだよぉ。もう、これ以上からかってくるなよ?」
《うしろうしろー》
棒読みで告げるドラちゃんに従い、ゆっくりと俺は背後を振り返る。
薄々勘づいていた通り、いつの間にか枝の上にころばし屋がいた。
空気を読んでいたのか、俺が猫と使い魔契約をしていた時は静観していたらしい。
しかし、無事にそれも終わり、ころばし屋が待つ必要はなくなっただろう。
刹那でそう結論づけた俺は、引き攣った笑みを浮かべて。
「さらばー!」
アイキャンフライして、膝を使って柔らかく着地。
上手く衝撃を逃がし、直ぐに動けるようにしたのだが……
「ふぎゃっ!?」
ころばし屋の方が一枚上手だったようだ。
一歩踏み込んだ瞬間、的確に左足を撃ち抜かれてしまう。
勢いよく顔面から転び、みっともなくゴロゴロ転がりながら追撃を回避。
くそぅ、とうとう二回目も攻撃されてしまった。
元々、一度も転ばされないで俺スゲーだろ、ってアリサ達に見せつけるつもりだったのに。
現実では、全身土まみれで見るに堪えない姿だ。
「だけど、まだ三回転んでいない。最後に笑うのは俺だ!」
《はぁ。マスターが楽しそうでなによりです》
心が篭っていない発言だが、前向きに捉える事にしよう。
ドラちゃんにそう言われたのなら、全力で楽しまなきゃ悪いよな。
という事で、このまま俺は学校に行かせて逃げ切らせてもらいます──
「今度こそ逃がさないわよ……って、あんたどうしたのよその汚れ」
「げぇ、アリサ!?」
校舎の前で仁王立ちしていたアリサ。
風に靡く金髪を輝かせ、不敵な笑みで腕を組んでいた。
しかし、直ぐに俺の服装に気がついたようで、目を丸くして首を傾げている。
慌てて後ろを見れば、相変わらずころばし屋が追随しているし。
くっ、前後に挟まれて絶体絶命か。
「まあ、いいわ。とりあえず、殴らせなさい」
「返り討ちにしたりゃー!」
「やれるもんならやってみなさい……ふっ!」
アリサは流れるような動きで打撃を放ち、直後に演舞の如く手足を交えて連撃。
対して、俺も場に止まって捌いていく。
アリサが扉の前に立っているので、ここで彼女を倒さなければ俺は校舎に入れない。
「むっ!
嫁よ、この短期間で強くなってないか?」
「逆よ。あんたが弱くなってるのよ。
今にも聞こえてこないかしら、あんたのお腹から」
その言葉が合図だったように、俺の腹の虫が泣き叫ぶ。
しまった。昼休み直後にアリサから逃げたから、俺は昼食を食べていないんだった。
意識し始めると、お腹が空いて力が入らなくなってきたし。
……まさか、アリサ達は俺を置いて昼食を済ませていたのか?
だから、さっきまでころばし屋しか俺を追いかけていなかったのだろう。
「ならば、短期決戦だ!」
アリサの腕を絡めとり、ダンスのように場所を入れ替えた。
次いで、柔らかそうな耳元に顔を近づけてブレス攻撃。
「ひゃぁっ!?」
思わずといった様子で、耳を抑えてしゃがみ込むアリサ。
「可愛い悲鳴だったぞ、嫁よ!」
そう言い残した俺は、涙目になるアリサを置いて校舎に潜入。
数瞬後には銃撃音がしたので、間一髪だった事がわかる。
さて、教室に入る前に服を着替えなきゃな。
適当な女子トイレに飛び込み、ポケットから新たな聖祥小の制服を取り出す。
こんな事もあろうかと、制服は数着予備を用意していたのだ。
「……よし、誰もいないな」
手早く着替え、恐る恐るドアを開く。
ころばし屋もアリサもいないので、ひとまず安心して早足で教室へと向かう。
《無駄に洗練された無駄な技術でしたね》
「怪盗みたいな感じでカッコイイだろ?」
ドラちゃんと言葉を交わしていると、俺のクラスの前で二人の人物が立っていた。
オロオロしているのはすずかで、重圧感を背負っているのはなのはだ。
……なのはさんが怒っていらっしゃる。
「静香ちゃん?」
だけど、踏み台転生者はここで謝ってはいけない。
内心では怯えながら、表面上は朗らかに手を上げて口を開く。
「どうした、なのは?
そんなに俺と会いたかったのか?
はっはっは、嫁に好かれて俺も嬉しいぞ」
「静香ちゃん、そこに立ってて」
「……?」
言われた通りにすると、なのはは手前で何度も拳を振って風切り音を鳴らす。
ちょっと、待て。明らかに普段より腰が入って様になっているのだが。
それを俺に打つつもりなのか?
……ま、まあ、なのはの攻撃なら大丈夫だろ。
嫁の愛を受け止めるのも、踏み台転生者の役目だしな。
腹に力を入れて気合を入れ、腰に両手を当てて尊大に佇む。
「さあ、どこからでもかかってくるがいい!」
「いい覚悟なの。
これは、すずかちゃんにいじわるをした罰だよ」
「な、なのはちゃん。私は大丈夫だから」
「やー!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、なのはの放たれた拳には威圧感が伴っていた。
小学一年生が出せるとは思えないが、俺なら耐えられるはずだ。
逃げ腰になりそうな身体に叱咤し、お腹に目掛けてくる攻撃に備える。
しかし、俺はここでもっとも大事な存在を忘れていた。
三回転ばすまで諦めない、ころばし屋の存在を。
「あ、後ろになにかがいる」
「うわっ──」
「食らうのー!」
「──ぐぶぉ!?」
「ふぇ?」
足元をすくわれた俺は、前方へと倒れ込んでいく。
なのはの拳に近づいていき、そして吸い込まれるように鳩尾に着弾。
今度は巻き戻しのビデオの如く仰け反り、勢いよく仰向けに倒れる。
「う、うぉぉぉぉ……」
「し、静香ちゃん!?」
お腹を抑えて転げ回っていると、なのはが駆け寄る足音が聞こえた。
しかし、そんな事はどうでもいい。
確かにすずかに意地悪したのは認めるけど、それにしたってこの仕打ちはないと思う。
うぇぇ……吐きそうで気持ち悪いよ。
あ、意識が遠のいていく──
「──」
誰かの声を耳に入れたのを最後に、俺の視界はブラックアウトするのだった。