女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第十八話 新人雑用船員、静香の一日

 俺の一日は、太陽が昇る前から始まる。

 気持ちよく眠っているなのはを起こさないよう部屋を出て、船の上で目一杯、全身に新鮮な空気を浴びていく。

 

「うむ。

 今日も、絶好の踏み台日和だな!」

 

 いつもなら、ここでドラちゃんの合いの手が入るのだが。

 今はなのはの護衛に渡しているので、誰も返事してくれない。

 ちょっと寂しいと思ったのは、内緒だ。

 

 気持ちを切り替えた俺は、習慣のラジオ体操を始めた。

 すると、船上にいた海賊達が、ぞろぞろと周辺に集まりだす。

 

「お、もう始めてるな」

 

「日課だからな。

 お前達もやるんだろう?」

 

「あたぼうよ!

 嬢ちゃんの体操を取り入れてから、オレ達の目覚めが良くなったからな」

 

 ニッと爽やかに笑う、海賊。

 赤いバンダナがチャームポイントになっており、その厳つい顔つきが微かに軽減されていた。

 また、他の野郎共も、豪快に体を逸らしてラジオ体操をしはじめる。

 

 彼等とは、俺達が船の雑用係になってからの付き合いだ。

 精力的に働いている俺を見て、女の子にしてはやるじゃねーか、と気にかけて貰っているのだ。

 その関係で、こうしてタメ口を交わす仲にもなっている。

 

 ちなみに、なのははその愛くるしい姿と、ワタワタと一生懸命動く様子に、まるでアイドルの如き熱狂的な人気となっていた。

 噂に聞いたところによれば、なんとファン的な概念ができ始めているとか。

 流石、原作キャラ……恐るべし。

 

「よーし!

 行くぞ、お前等! 俺の動きに続けー!」

 

『おうっ!』

 

 俺の前にズラリと並ぶ、海賊達。

 一様に返事をした彼等に頷き、俺は再びラジオ体操を開始した。

 こんな感じで、早朝は過ごしていくのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 ラジオ体操をしている間に日が昇り、なのは達が起きる時間となる。

 朝食を食べ終えた俺達は、まずは船上の掃除をしていく。

 

「せいせいせいせい!」

 

 水につけたモップを手に、俺は後ろ向きで下がりながら床を擦る。

 近くでは、なのはがタルを抱えて運んでいた。

 

「んしょ……んしょ……わっとと」

 

 バランスを崩してたたらを踏むが、すぐ側にいた海賊に支えられたなのは。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、ありがとう!」

 

「なーに、いいって事よ」

 

 口ではカッコよく決めているも、海賊の顔はデレデレだ。

 笑顔で感謝を示したなのはを見て、それはもうニヤついた笑みを披露している。

 そんな海賊の姿に、他の海賊達が不満げに口を開く。

 

「テメェ! なのはちゃんに近寄るんじゃねぇ!」

 

「そうだそうだ!

 オレだって、なのはちゃんにお礼を言われたいんじゃい!」

 

「ああん? 見苦しい嫉妬はよせよ。

 お前らじゃなくて、オレが!

 このオレが、なのはちゃんに頼られたって事実は変わんねぇんだからよぉ?」

 

 ゲス顔を見せつける男だったが、剣呑な目つきの彼等を見たからか、頬が引き攣っていく。

 

「上等だ! おい、テメェら! こいつを締めようぜ!」

 

『おうよっ!』

 

「ちょ、待ってくれ──」

 

 逃げようとする男を囲み、フルボッコにしようとする海賊達。

 辺りに煙が立ち上ったせいで、その様子は詳しく窺いしれない。

 しかし、なんとなくギャグ補正で、大事には至らないと思える。

 

「わ、わわ!

 喧嘩はダメなのー!」

 

「さて、続き続きっと」

 

 海賊達の仲裁に入るなのはを尻目に、俺はモップ掃除の再開。

 暫く鼻歌を歌いながら床を綺麗にしていると、船内からシグナムが顔を出す。

 

 海賊達が喧嘩しているのを見て、彼女は微かに眉をしかめた。

 

「……おい」

 

 その冷たい声が耳に入ったのか、海賊達はシグナムの存在に気がついたようだ。

 すると、彼等は一様にうげぇっと顔を歪める。

 

「げっ! 姐さんが来たぞ!」

 

「また怒られちまう!」

 

「逃げるぞ!」

 

 蜘蛛の子を散らす如き、素早い動きで逃げる海賊達。

 そんな彼等の対応を見て、ひくりと頬を痙攣させたシグナム。

 

「主の命を守れない貴様らの腐った性根を、私が叩き直してやる」

 

 目を細めて独りごちると、シグナムは地を蹴って彼等を追いかけていく。

 お馴染みになりつつあるその光景に、俺は手を動かしながら驚いていた。

 

 実は、元々。

 海賊達とシグナムの関係は、事務的なものだった。

 方や船長にしか興味がない女騎士で、もう片方は船長の側近になった事が気に入らない海賊達。

 両者の対立は必然であり、ぶつかるのは時間の問題となりつつさえあったのだ。

 

 そんな両者の関係を変えたのが、他でもないなのはである。

 鋭い勘でシグナム達の関係性に気がついたかと思えば、彼女なりのやり方で仲を取り持とうとしはじめる。

 

 もちろん、最初は上手くいかなかった。

 しかし、なのはの健気な働きかけが通じ、また海賊達が彼女の可愛らしさにやられた事により、こうしてふざけ合う関係まで発展したのだ。

 

「まあ、シグナムの方はどう思ってるかわからんけど」

 

 呟きを漏らした俺は、天を仰いで目を細めた。

 なのはのおかげで、海賊達は良い方向へと変わった。

 だが、シグナムは相変わらずの無表情であり、なにか変化があったとは思えない。

 

「今日も、いい天気だ」

 

 時代が違くても変わらない、太陽。

 まるでシグナムの存在を示唆しているようで、いつもは好きなそれが少し煩わしく感じてしまう。

 

「ふぅ……さて、さっさと掃除を終わらせよう」

 

 ため息をついて気持ちを切り替え、モップを動かすスピードを上げるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──遅い」

 

「ぐっ!」

 

 迫りくる長剣を右に逸らした俺は、勢いに逆らわずに飛び退く。

 直ぐに風に乗り、正眼に構えるシグナムへと三段突き。

 しかし、軽々とあしらわれてしまい、次いで吹き飛ばされる。

 

「突きは速いが、お前の場合は動きを読みやすい。

 だから、いなす事が簡単だ」

 

「わかってる……よ!」

 

 小柄な体躯を活かして、足元に攻撃を浴びせていく。

 そんな俺の小賢しいやり方に、シグナムはコンパクトに長剣を動かす事で対応。

 

 連続して響き渡る、金属音。

 暫く剣戟を交わしていたが、俺の呼吸が乱れてきた事により、剣舞は終わりを告げる。

 刀をかち上げられて隙を晒してしまい、喉元に剣の切っ先が突きつけられた。

 

「……参りました」

 

 そう告げると、シグナムは無言で長剣を鞘に納めた。

 遅れて大量の汗が吹き出し、思わず俺は尻餅をついて大きく息を吐く。

 

「ふぅぅ……シグナム強すぎ」

 

「お前が弱いだけだ」

 

 ぐっ、ごもっともです。

 少しは動けるようになったとはいえ、俺はまだ素人に毛が生えたレベルだ。

 だから、シグナムに一矢を報いるなんて、おこがましいにもほどがあるだろう。

 

 あーあ。

 全然、強くなった実感がしないなぁ。

 大の字で寝転がり、ぼーっと夕焼け空を眺める。

 

 初めて、シグナムと出会った時。

 あまりにもあっさりとやられてしまった俺は、その事が凄く悔しくて彼女に剣術指導をお願いしていた。

 もちろん、シグナムは指南する事を渋ったが、船長が面白そうだと許可してくれたので、こうして訓練をつけてもらえている。

 

「お前が使っている武器──刀、だったか。

 それと、私の武器とは扱い方が違う。

 だが、それでも基礎の足運びなどは通ずるものがある。

 まずは、足腰を鍛える事だな」

 

「わかった」

 

 いまだに、シグナムに対して複雑な感情は持っているが。

 それと俺が悪対応をするのは、話が別だ。

 こうして教えてくれているのだし、本当は凄く良い人なのだろう。

 ……何故、いつも無表情なのか。

 

「なんだ?」

 

「なぁ、シグナム。

 お前──いや、お前達はなんなんだ?」

 

 数日前、ドラちゃんが言っていた。

 シグナムさん以外にも、同じような存在が何人かいるはずです、と。

 船長に尋ねようかとも思ったが、どうして知っているのかと聞かれそうなので、中々言い出せないでいる。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にかシグナムがすぐ側で俺を見下ろしていた。

 空から降り注ぐ茜色の光に照らされ、彼女の顔全体に影が差す。

 無表情の中に冷たい色を宿し、シグナムはいつでも剣を抜けるよう手を添えて口を開く。

 

「……貴様、なにを知っている?」

 

「いや、俺はなんも知らん」

 

 そう返すと、言葉を選ぶように沈黙を挟んだ後。

 

「元々、私も貴様に問いたい内容があった」

 

「それは?」

 

 俺の合いの手を聞き、鋭い眼光で重心を落としたシグナム。

 虚偽を許さないといった表情で、静かに問いかける。

 

「貴様は──なんだ?」

 

「なんだ、とは?」

 

「言葉の通りだ。

 この世界(・・)には、主以外に魔法を使う存在がいない事を確認済みだ。

 しかし、貴様は魔法を使った。それも、私が見た事もない魔法を使って」

 

 見た事がない?

 それは、どういう意味だ?

 シグナムの話し振りから、そちらも魔法使いなのは理解できる。

 だが、その言い草ではまるで、魔法に種類があるみたいではないか。

 

「魔法って一種類じゃないのか?」

 

「……私が使っている魔法は、ベルカ式だ。

 しかし、貴様の魔法は私のものとは違う──いや、どこかで似たようなものを見た記憶があるか?」

 

 数瞬悩む素振りを見せた後、シグナムは小さく息をついて口を開く。

 

「それで、貴様は一体なんだ?」

 

「俺がなにか、か」

 

 そう聞かれれば、答える言葉は決まっているだろう。

 バク転をして起き上がり、警戒した様子のシグナムへと胸を張る。

 

「俺の名前は、小鳥遊 静香。将来、お前を嫁にする踏み台転生者だ!」

 

「……ふざけているのか?」

 

 無反応でなかったのはいいけど、そんな怖い反応は求めていない。

 しかし、俺が省みる気はないぞ。

 踏み台転生者として、むしろどんどん畳みかけてやろう。

 

「はっはっは。

 シグナムは照れているんだな。でも、安心してくれていいぞ?

 俺は、シグナムが内心では嬉しいって事をわかっているからな!」

 

「貴様っ……!」

 

 ちょ、なんでそんなに怒っているの!?

 無表情が崩れて嬉しいが、明らかに負の方面にぶっちぎっている。

 このままでは、俺はシグナムの剣の錆にされてしまう。

 そう結論づけ、更に言い募ろうとした時。

 

「──やめな、シグナム」

 

「はっ」

 

 船長が現れてそう告げると、瞬く間に人形然としたシグナム。

 音もなく船長の背後に控え、以後は口を閉じて瞳に無機質な色が戻る。

 そんな様子を一瞥した船長は、酒瓶を傾けながら俺の方へと近づく。

 

「どうだい、シグナムとの訓練は?」

 

「まあ、ボコボコにされてるよ」

 

「アッハッハ。

 そりゃそうだろうね。シグナムは強いし、その装備はあたいが与えたやつだからな」

 

「そうなのか?」

 

 俺の言葉に頷き、船長は懐から一冊の本を取り出した。

 黒の表紙に十字架が描かれており、どこか重苦しい威圧感を漂わせている。

 

 手中のそれを優しく持ちながら、遠い目の船長が口を開く。

 

「シグナムが言うには、これは闇の書っていう魔法の本なんだとさ。

 そんで、あたいにはこの書に適性があったとか」

 

「へー、そうなんだ」

 

 そこで言葉を区切ると、自嘲の笑みを浮かべる船長。

 

「ま、あたいの適性が中途半端なせいで、シグナムしか出てきてくれなかったけどな」

 

「うーん、そんな事ってあるのか?」

 

 適性というのは、その本を使うための性質だろう。

 仮に船長の適性が十全だったとしたら、シグナム以外にも誰かがいたかもしれないという事か。

 というか、シグナムが出てきたとか、色々と気になる内容を話してくれたな。

 興味深く闇の書を見つめていると、船長はふんと鼻を鳴らす。

 

「さあねぇ、どうでもいいさね。

 それに、あたいは魔法なんてものに興味がない。

 海賊なら、己の手で欲しい物を掴み取る!

 そうやって生きてきたからね、そしてこれからもそのつもりさ」

 

 船長がニヤリとほくそ笑み、一気に酒を飲み干す。

 そのまま後ろに酒瓶を投げ捨てたが、それをシグナムが慣れた手つきでキャッチ。

 

 ……意外と、シグナムとの関係性は良好なのか?

 ズボラな主人に対して、甲斐甲斐しく世話をする騎士といった具合に。

 そんな事を思いつつ、表情には呆れた色を張りつける。

 

「ポイ捨てはダメなんだぞ」

 

「ポイ捨て?

 よくわかんないけど、あんたに指示される筋合いはないね」

 

「まあ、シグナムが拾ったからいいけど」

 

「……なぁ、お前さん」

 

「ん?」

 

 不意に、真面目な表情で俺を見つめた船長。

 なにか重要な事でも言うつもりなのだろうか。

 自然と居住まいを正し、彼女が告げるのを待つ。

 

 しかし、船長の口から言葉が漏れる事はなかった。

 代わりに、目を見開いた彼女が、吐血したのだから。

 

「主っ!?」

 

「お、おい大丈夫かよ!」

 

 慌てて駆け寄る俺達を手で制し、船長は口元の血を乱暴に拭う。

 

「これぐらい平気さ。慣れたからね」

 

「慣れたって……」

 

 明らかに、ただの吐血量ではない。

 びちゃびちゃと床を汚している大量の鮮血に、シグナムの顔色は真っ青だ。

 俺もなにかできる事はないか、とポケットに手を突っ込んで道具を取り出す。

 

「これは、“お医者さんカバン”か!」

 

 これなら、使い方が直ぐにわかるぞ。

 急いで聴診器を伸ばし、無理矢理座らせた船長の胸元に当てる。

 

「おい、なにをしている!」

 

「黙ってろ!

 今、船長の病状を調べてるんだからよ」

 

「ほ、本当か!?

 主は、主は助かるんだな!」

 

 騒ぐシグナムを無視して、俺は鞄の画面の結果に目を向ける。

 そこには、赤い文字でエラーと書かれていた。

 

「はっ?」

 

 何故だ。

 このお医者さんカバンならば、現代の難病も治せたはずだ。

 なのに、現実にはエラーの文字が書かれている。

 

 思わず愕然とする俺を見て、大体の状況を察したのか。

 シグナムは表情を絶望一色に染め上げ、それでも俺の胸ぐらを力強く掴んでくる。

 

「どういう事だっ!」

 

「こっちだって理由を知りたいわ!」

 

 彼女の手を振り払うのだが、直ぐに喉元を掴まれてしまう。

 自然と身体が浮いて息ができなくなり、できる抵抗はジタバタともがくのみ。

 

「……貴様が主になにかしたのではないだろうな」

 

「ぐっ……俺が……そんな事をするわけ……ねぇだろうが……っ!」

 

 声を振り絞っていると、俺達の間に鋭い声が降り注ぐ。

 

「やめなッ!」

 

「主!」

 

 俺を投げ捨てたシグナムは、慌てた様子で船長の元に駆け寄った。

 

「うっ……ごほっ、ごほっ」

 

 うずくまって喉に手を当て、俺はなんとか息を整えていく。

 く、苦しい。死ぬかと思った。

 シグナムの慌てる気持ちもわかるが、こうした直情的な行動を取られるのは困る。

 

 ……恐らく、こうした対応をされたのは、俺の事が信用できなかったからだろうな。

 仮になのはが同じ事をしても、シグナムは冷静に問いただすだけだったはずだ。

 まあ、踏み台転生者の俺に対しては、正しい対応なのだろうが。

 

 無意識に笑みを零していると、立ち上がって身体を捻る船長が。

 

「やっぱり、いつも通り問題ないね。あんたらは大袈裟すぎなんだよ」

 

「ですが!」

 

 なおも言い募ろうとするシグナムに、船長は眉尻を跳ね上げる。

 

「シグナム……あんた、変わったね。

 前にあたいが血を吐いた時は、事務的に対応してただけだったのに」

 

「そう、なのでしょうか……?」

 

「そうさ、かなり変わったさ」

 

 どこか嬉しそうに微笑んだ船長は、チラリと俺の方に目を向けた。

 新たに取り出した酒を口に含み、口内に残る血と共に吐き捨てる。

 

「ぶはっ!

 クックック……いやはや、これだから海賊はやめられないねぇ!」

 

 上機嫌な様子で、踵を返した船長。

 慌てて追随するシグナムを引き連れながら、背中越しに俺に声を掛ける。

 

「すまないね、うちのシグナムが迷惑をかけて」

 

「……はぁ。

 ま、特に実害はなかったからいいよ」

 

「あんたならそう言うと思っていたさ」

 

 顔だけ振り向くと、船長は悪どい顔で酒瓶を揺らす。

 

「お詫びと言ったらなんだが、後であんたにあたい秘蔵の酒をご馳走してやる」

 

「いや、子供に勧めんなよ」

 

「アッハッハ!

 あんたぐらいの歳なら、みんな酒を飲んでるからね。

 細かい事は気にしなさんな!

 じゃ、また近いうちに期待してるよ」

 

 話はそれで終わりなのか、そのまま彼女は去っていった。

 しかし、途中でシグナムは足を止め、振り返って俺に頭を下げる。

 

「すまない。

 いくら焦っていたとはいえ、短絡的な行動をしてしまった」

 

 ふむ。

 先ほども言ったが、俺は特に気にしていない。

 しかし、顔を上げたシグナムの瞳は固く、ちょっとやそっとの言葉では折れないだろう。

 

 ……ここで、オリ主なら。

 無理矢理納得させて、シグナムの好感度アップに繋がる。

 というわけで、踏み台転生者の俺はゲスい行動に移そうと思います。

 

 自然と頬をニヤつかせた俺は、シグナムの元に近づいて手をワキワキとさせる。

 

「フハハハハ!

 ならば、お前は俺の嫁となり、そのドスケベボディを俺に委ねるのだ!」

 

 普段ならば、冷めた視線で返事をするのだろうが。

 よほど申し訳なく思っていたのか、シグナムは唸り声を上げて目を伏せた。

 

「むぅ……私は主の物なのだが、かといってお前の提案を一蹴するわけにもいかない。

 それと、どすけべぼでぃとはなんだ?」

 

 こてりと小首を傾げ、尋ねてくるシグナム。

 普段が凛々しい麗人な姿なだけに、今の仕草はグッと来てしまう。

 つまり、ギャップ萌えというやつだ。

 

 も、悶えそう。

 いつもは無表情で感じが悪かったが、改めて話すとシグナムのポテンシャルに戦慄だ。

 正直、最初の悪感情はなりを潜め、ただただシグナムと色々と話したい欲求が湧き上がる。

 

「ぐっ……やるな、シグナム!」

 

「なにを言ってるんだ?」

 

「と、とりあえず、シグナムは船長の方へ行っていいぞ」

 

「む、そうか。では、そうさせてもらう」

 

 一つ頷いたシグナムは、船内へと足を運んでいった。

 ふりふりと揺れるポニーテールを見送り、やがて大きく息をついて胸をなで下ろす。

 

「凄い破壊力だったな……さて」

 

 視線を落とせば、辺り一面に広がる血の池。

 なんだか、さり気なくこの後始末を押しつけられた気がする。

 いや、どう考えても押しつけられたな。

 

「掃除、しますか」

 

 ポケットからモップとバケツを取り出した俺は、一人寂しく掃除をしていくのだった。

 なお、この場は船の物陰に位置しているので、他の人がやって来ない。

 つまり、船長は初めから俺に任せるつもりだったというわけだ。

 

 ……後で、特別手当でもねだろう。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「じゃあ、おやすみー」

 

「おやすみ」

 

 なのはが毛布にくるまり、寝息を立て始めた。

 俺もベッドに横になりながら、頭の下で手を組んで天井を見上げる。

 時刻は夜となり、見張り番の海賊以外は眠る時間だ。

 雑用係の俺達もそれは同じで、こうして身体を休める事となっている。

 

「ドラちゃん」

 

《はい、マスター》

 

「船長について、なにかわかったか?」

 

 そう尋ねると、なのはの胸元にあるデバイスが小さく明滅していく。

 

《……恐らく、といったところでしょうか》

 

「その内容は?」

 

《船長さんの吐血。

 あれは、闇の書が彼女の身体を蝕んでいる影響だからだと思われます》

 

「名前的にヤバそうだもんな」

 

 ──闇の書。

 

 船長とシグナムから話を聞いた後、ドラちゃんに彼女達を調べるように頼んでおいたのだ。

 ラスボスが持っていそうな名前から、色々と気になる魔法の本だったが、まさかそこまで危ない物だったとは。

 しかし、シグナム自体は危険ではなく、むしろ船長を護っているのではないか。

 

《詳しくは未来に戻らないとなんとも……ただ、あれは危険です》

 

「危険?」

 

《迅速に未来に帰る事を、お勧めいたします》

 

「へぇ」

 

 様々な事をやってきた俺だったが、ドラちゃんにここまで真剣な声で忠告された時はない。

 それほど、あの闇の書は危険なのだろう。

 

 しかし──

 

「断る」

 

《何故でしょうか?》

 

「色々と細かい理由はあるが、やっぱりシグナムを見ていられないからだな」

 

《……それは、踏み台転生者としての考えですか?》

 

 その問いには、首を横に振る事で応える。

 

「その気持ちもある。でも、それ以上にあいつを見ていると……」

 

《マスター?》

 

「いや、なんでもない」

 

 寝返りを打った俺は、目を瞑りながらドラちゃんに言葉を返す。

 

「明日も早いから、もう寝るわ。おやすみ」

 

《あ、はい。おやすみなさい》

 

 シグナム、か。

 今は多少表情が良くなったが、最初の機械的な行動。

 合理的さが詰め込まれ、ただただ船長のためだけに生きる存在。

 己という中身が空っぽで、虚無感が篭る瞳。

 

 まるで──かつての俺を見ているようだ。

 

 誰からも必要とされず、言われた事をこなすロボットのような在り方。

 気に入らない。腹が立つ。腸が煮えくり返る気持ちだ。

 

 ああ……でも、シグナムは俺とは違うか。

 原作キャラなのだから、きっと誰かに救済されるのだろう。

 それこそ、隣で眠るなのはが救うのかもしれない。

 

「はっ」

 

 自分の考えに、思わず鼻で笑う。

 バカバカしい。

 シグナムの未来の事なんて、どうでもいいだろ。

 大事なのは、今の彼女なのだから。

 

「……ねよ」

 

 毛布を顔の上まで持ってきた俺は、身体を丸めて意識を落としていくのだった。

 

 

 

 

 


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