女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第十七話 女船長とお人形

「──準備はいいか?」

 

「うん」

 

 なのはと共に頷き、俺達はタケコプターで昨日の海賊船へと降り立った。

 直ぐに物陰に隠れたので、船上をうろつく海賊達には見つかっていない。

 

「第一ミッション、クリア」

 

「くりあー」

 

 きせかえカメラを使い、迷彩柄の服に身を包んでいる俺達。

 近くのタルの中に入り込み、顔を見合わせて一息つく。

 

「第二ミッションもクリア」

 

「後は、あの人達に見つからなければ」

 

「ああ──俺達も、船旅ができる!」

 

 小声でそう告げると、なのはに額をぺしりと叩かれた。

 

「違うでしょ、静香ちゃん。

 わたし達は、あのお姉さんとお話をしにきたんだから」

 

「そういえば、そうだった」

 

 かべがみハウスの中で英気を養った、翌日。

 俺達はあの騎士とまた会うために、こうして出航する海賊船に忍び込んだのだ。

 

 にしても、こうしたスキーニングミッションは楽しいな。

 すずかの屋敷に潜入した時を思い出す。

 まあ、今回はなのはの安全にもかかっているので、あの時のようなおふざけはできないが。

 

 ため息をついた俺は、なのはの首にかかっているデバイス(・・・・)を一瞥。

 その視線に気がついたのか、蒼の宝玉はチカチカと明滅する。

 

《どうしましたか、マスター?》

 

「いや、なんでもない」

 

 昨日、不意にドラちゃんが漏らした言葉で、なのはに魔法の素養がある事が発覚した。

 なんでも、バイバイン騒動の時には、既に知っていたらしい。

 ただ、それを伝える間を逃したんだとか。

 

 まさか、なのはも魔法を使えるとはなぁ。

 と、思っていたが。

 よくよく考えてみれば、なのはは原作キャラなので使えてもおかしくはない。

 というより、魔法を使える事が必然ですらある。

 

 ここで、一つ驚いたのが。

 アリサとすずかには、魔法の素養がなかったのだ。

 二人が原作キャラなのは間違いないので、恐らく別方面でなにかがあるのだろう。

 例えば、実はすずかが悪の手先だったり、アリサが覚醒でもしたり。

 その辺のあれこれは、その時まで楽しみにしておこう。

 

 と、思考が脱線した。

 ともかく、魔法使いになれるなのはに、護衛としてドラちゃんを貸しているというわけだ。

 まあ、一時期的にマスターを譲渡しているが、使える魔法は限られた物しかないが。

 

「わわっ」

 

「お、船が動き始めたな」

 

 ガコンとタルが揺れ、俺達は自然と身体をぶつけ合う。

 狭いタルの中にいるから必然なのだが、こうしてなのはと身を寄せあっていると、なんというか少しドキドキしてしまう。

 かくれんぼで一緒に隠れれば、同じような気持ちを抱くのだろうか。

 息を潜めて鬼をやり過ごし、連帯感を共にする感じで。

 

「ねぇ、静香ちゃん。いつまでここにいるの?」

 

「……さぁ?」

 

《マスターが無計画なのは、いつもの事ですからね。

 とりあえず、外の喧騒が収まってからでいいんじゃないですか?》

 

 出航直後だからだろう。

 あちこちで、海賊達の怒号が響いている。

 野郎共の野太い大合唱に、なのはは耳を押さえて不安げだ。

 

「ちょっと、怖いかも」

 

「大丈夫。いざとなったら、ドラちゃんに転移させるから」

 

「静香ちゃんは?」

 

「俺にはどこでもドアがあるからな。

 それに、俺は嫁に心配されるほど落ちぶれていないぞ!」

 

「し、しーっ! 静香ちゃん、声が大きすぎなの」

 

 ドヤ顔を披露すれば、なのはは口元に指を立てて声を潜めた。

 その言葉を聞いた俺も、自分の過ちに気がつく。

 

 反射的に、自分を誇示してしまった。

 踏み台転生者としては、ここで高笑いでも響かせるところなのだが。

 状況が状況なだけに、中途半端な返しになった。

 しかし、中途半端は中途半端でも、しっかりと踏み台的な行動を取ってしまったので……

 

《あっ》

 

 なにかに感づいた声音で、呟きを漏らしたドラちゃん。

 同時に、タルのフタが開き、頭上から平坦な声が降り注ぐ。

 

「……なにをしているのだ?」

 

 互いに顔を合わせ、一緒に見上げる。

 そこには案の定、微かに眉をしかめた騎士が俺達をのぞき込んでいたのだ。

 暫く見つめあっていると、彼女はタルを抱えて持ち上げる。

 

「え?」

 

「主から、貴様らの処遇を伺う。だから、大人しくしていろ」

 

「あ、はい」

 

 こうして、俺達は出航から僅か十分ほどで、見事に捕まってしまうのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「で、こいつらが例の侵入者かい?」

 

 現在、俺達の前に一人の女性が座っている。

 赤い海賊帽子を被っており、酒瓶を片手に愉快げな様子だ。

 彼女に尋ねられた騎士は、俺の後ろで長剣を突きつけたまま口を開く。

 

「はい。

 この者達の処遇はいかがしましょうか」

 

「そうさねぇ……おい、お前さん」

 

「俺?」

 

 自分を指差すと、目の前の海賊はニヤリと嗤う。

 

「ちょいと、あたいの奴隷になる気はないかい?」

 

「へ……?」

 

 今、この人は奴隷と言ったか?

 じょ、冗談じゃないぞ。どうして、俺が初対面の人の奴隷にならなきゃいけないんだ。

 思わず立ち上がろうとした俺の機先を制するように、背中に長剣の切っ先が食い込む。

 

「動くな」

 

「あ、当たってる! 当たってるから!」

 

「ハッハッハ!

 なんだい、その間抜けな面は! 将来は大道芸人にでもなるつもりかい?」

 

「笑ってないで止めてくれよっ!」

 

 半泣きになっている俺を見て、彼女は豪快に酒を喉に流し込む。

 白い喉が艶やかにゴクゴクと動いた後、口元を拭って言い放つ。

 

「やめな、シグナム。

 これじゃあ、おちおち話す事もできないからね」

 

「はい」

 

 た、助かった……。

 ほっと胸をなで下ろし、騎士──シグナムの顔色を窺う。

 彼女は相変わらずの無表情を披露しており、直立不動で先ほどの命令を遂行している。

 

「し、静香ちゃん……」

 

「大丈夫。

 なのはには指一本触れさせないから、安心しろって」

 

 隣にいるなのはが不安げな面持ちをしていたので、手を握って安心させようとした。

 というより、元々この船の船長に会うのが目的なのだから、こうして時間を短縮できたと前向きに捉えるべきだ。

 恐らく、目の前にいる女海賊が船長なんだろうし。

 

「……ありがとう」

 

 暫くすると、心が楽になったのか。

 手を握り返したなのはが、小さくだが微笑む。

 そんな俺達の様子を、興味深そうに観察していた女海賊。

 

「なるほどねぇ。

 こりゃ面白い子供が船にやって来たね」

 

「なんですか?」

 

「こっちの話だ。気にすんな」

 

 内心では気になるが、はぐらかされたので話を先に進める。

 

「それで、貴女が船長でいいんですよね?」

 

「その通りだけど、その口調はやめな。

 鳥肌が立って気持ち悪いったらありゃしないよ」

 

 き、気持ち悪いって。

 一応、立場的に敬語で話しただけなのだが。

 ばっさりと切り捨てられ、結構ショックを受けてしまう。

 まあ、許可を貰えたんだし、普通にタメ口に変えようか。

 

「じゃあ、改めて。あんたが船長なんだよな?」

 

「そうさ。あたいが、この船を率いる長だね」

 

 肯定の声を上げた女海賊──船長。

 大仰に足を組んで笑みを浮かべ、酒瓶を傾けて酒を口に運ぶ。

 

「名前を聞いてもいいか?」

 

「そんなものはとっくに捨てたさ。あたいの事は、敬意を払って船長とでも呼びな」

 

「じゃあ、船長。

 俺達を、しばらくこの船にいさせてくれ!」

 

 頭を下げて頼み込むと、コツコツと足を叩く音が鳴る。

 思案するような一定の感覚で、足音が駆け抜けてから少し経ち。

 机の上に酒瓶を勢いよく置く音が鳴り、それから船長が立ち上がる気配も察知。

 

「いいだろう。

 あんたらを、あたいの船の雑用係に任命してやる」

 

「本当か!」

 

 頭を上げた俺を見て、船長は視線を隣に移す。

 

「そっちのお嬢ちゃんも、こいつと同じって事でいいのかい?」

 

 船長に話を振られたなのはは、頷いてシグナムの方に目を向ける。

 

「うん。わたしは、この人とお話したいから」

 

「シグナムとぉ?」

 

 その言葉を聞いたからか、はっと鼻で笑って椅子に座り込む船長。

 眉をしかめて舌を打ち、険が乗った口調で告げる。

 

「こんな人形と話しても、なんにも面白い事はないね」

 

「人形……?」

 

「そうさ!

 こいつは、あたいの命令しか聞かないグズ。

 己の意志というものがない、可愛い可愛いお人形さんなのさ」

 

 明らかに、自身を卑下する言葉が含まれていたのだが。

 シグナムに堪えた様子はなく、ただただ静かに佇んでいた。

 その姿を見とがめ、船長は更に機嫌悪さげに眉間を寄せる。

 

「やめてください!」

 

「あん?」

 

 更に、船長がなにかを言い募ろうとした瞬間。

 大声でなのはが言葉を遮り、毅然とした表情で言い放つ。

 

「そうやって、人を悪く言わないでください!

 シグナムさんは、ちゃんとした人間です!

 だから、だから……そんな悲しい事を言わないでください」

 

 涙目のなのはを睨めつけていた船長だったが、やがて目を逸らすと酒をかっ食らう。

 

「……興がそがれたね。

 シグナム。こいつらを部屋に案内しな」

 

「御意」

 

 慇懃に頭を下げると、踵を返してドアに向かうシグナム。

 慌てて立ち上がって追いかける俺の耳に、微かな呟き声が耳に入る。

 

「──これも、運命なのかねぇ」

 

 運命、か。

 どういう意味で漏れた言葉なのか、今の俺には察せられない。

 しかし、憂いに帯びた船長の横顔を見ると、どうしてもシグナムに対して思う部分があるように感じてしまう。

 

 船長室を後にして、船内を歩いていると。

 前にいたシグナムが、なのはの方へと振り向いて目を細める。

 

「……貴様」

 

「えっ?」

 

「先ほどの事だ。

 主の言葉に割り込むとは、一体どういう了見だ?」

 

「なっ!」

 

 どうして、シグナムがそんな事を言うんだよ。

 なのはから庇ってもらった、お前が!

 胸中に怒りの感情が湧き上がり、意識の赴くままシグナムを強く睨む。

 

「なんだ、その目は?」

 

「あんたがなのはの好意を無下にしたからだろっ!」

 

「いいの、静香ちゃん」

 

「良くないだろ!

 こいつの顔を見てみろよ! 俺達をなんとも思ってねぇ!

 ……こいつには、船長の言葉しか耳に入っていない。

 主の存在しか認めてないから、なのはの思いを切り捨てる事が──」

 

「静香ちゃん」

 

「──っ……」

 

 再度止められたので、渋々矛を収める。

 不満顔になる俺に微笑みかけた後、なのははシグナムへと手を差し出す。

 

「わたしの名前は、高町なのは。

 シグナムさん、なのはとお友達になってください」

 

 瞬間、なのはが輝いたように見えた。

 辺りに漂う存在感が増大していき、自然と惹かれる出で立ちとなる。

 自分の意志を突き通そうとする、その鮮烈なる双眸。

 目が離せないとは、まさにこの事だ。

 

 シグナムも同様だったのか、初めて表情を大きく崩す。

 目を瞑って沈黙を保ちながら、首を横に振る。

 

「友達、というものがどういう意味なのか、私にはわからない。

 だが、それでも、この胸に来る感覚は──」

 

「シグナムさん?」

 

 ふと、なのはが尋ねた事がきっかけだったのか。

 シグナムの雰囲気が、瞬く間に常の硬い物に戻ってしまう。

 瞳を開いた時には、既に無表情だ。

 

 なのはの伸ばされた手を一瞥する事もなく、シグナムは踵を返して足を動かし始める。

 

「あっ……」

 

「主を待たせるわけにはいかない。早く行くぞ」

 

 早足で進むシグナムに、なのはは寂しげな眼差しを送っていた。

 しかし、直ぐに気を取り直したようで、笑顔で俺に声を掛ける。

 

「わたし達も、行こっか」

 

「……そうだな」

 

 なんだろうか、この気持ちは。

 嫉妬……とは違う。かと言って、プラスの感情でもない。

 シグナムを見ていると覚える、ムカムカと胸に募る不快感。

 

 色々と思うところはあるが、今は目先の出来事に目を向けよう。

 ため息をついて気持ちを切り替えた俺は、なのはと一緒にシグナムの背中を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 


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