女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか? 作:スネ夫
「──準備はいいか?」
「うん」
なのはと共に頷き、俺達はタケコプターで昨日の海賊船へと降り立った。
直ぐに物陰に隠れたので、船上をうろつく海賊達には見つかっていない。
「第一ミッション、クリア」
「くりあー」
きせかえカメラを使い、迷彩柄の服に身を包んでいる俺達。
近くのタルの中に入り込み、顔を見合わせて一息つく。
「第二ミッションもクリア」
「後は、あの人達に見つからなければ」
「ああ──俺達も、船旅ができる!」
小声でそう告げると、なのはに額をぺしりと叩かれた。
「違うでしょ、静香ちゃん。
わたし達は、あのお姉さんとお話をしにきたんだから」
「そういえば、そうだった」
かべがみハウスの中で英気を養った、翌日。
俺達はあの騎士とまた会うために、こうして出航する海賊船に忍び込んだのだ。
にしても、こうしたスキーニングミッションは楽しいな。
すずかの屋敷に潜入した時を思い出す。
まあ、今回はなのはの安全にもかかっているので、あの時のようなおふざけはできないが。
ため息をついた俺は、なのはの首にかかっている
その視線に気がついたのか、蒼の宝玉はチカチカと明滅する。
《どうしましたか、マスター?》
「いや、なんでもない」
昨日、不意にドラちゃんが漏らした言葉で、なのはに魔法の素養がある事が発覚した。
なんでも、バイバイン騒動の時には、既に知っていたらしい。
ただ、それを伝える間を逃したんだとか。
まさか、なのはも魔法を使えるとはなぁ。
と、思っていたが。
よくよく考えてみれば、なのはは原作キャラなので使えてもおかしくはない。
というより、魔法を使える事が必然ですらある。
ここで、一つ驚いたのが。
アリサとすずかには、魔法の素養がなかったのだ。
二人が原作キャラなのは間違いないので、恐らく別方面でなにかがあるのだろう。
例えば、実はすずかが悪の手先だったり、アリサが覚醒でもしたり。
その辺のあれこれは、その時まで楽しみにしておこう。
と、思考が脱線した。
ともかく、魔法使いになれるなのはに、護衛としてドラちゃんを貸しているというわけだ。
まあ、一時期的にマスターを譲渡しているが、使える魔法は限られた物しかないが。
「わわっ」
「お、船が動き始めたな」
ガコンとタルが揺れ、俺達は自然と身体をぶつけ合う。
狭いタルの中にいるから必然なのだが、こうしてなのはと身を寄せあっていると、なんというか少しドキドキしてしまう。
かくれんぼで一緒に隠れれば、同じような気持ちを抱くのだろうか。
息を潜めて鬼をやり過ごし、連帯感を共にする感じで。
「ねぇ、静香ちゃん。いつまでここにいるの?」
「……さぁ?」
《マスターが無計画なのは、いつもの事ですからね。
とりあえず、外の喧騒が収まってからでいいんじゃないですか?》
出航直後だからだろう。
あちこちで、海賊達の怒号が響いている。
野郎共の野太い大合唱に、なのはは耳を押さえて不安げだ。
「ちょっと、怖いかも」
「大丈夫。いざとなったら、ドラちゃんに転移させるから」
「静香ちゃんは?」
「俺にはどこでもドアがあるからな。
それに、俺は嫁に心配されるほど落ちぶれていないぞ!」
「し、しーっ! 静香ちゃん、声が大きすぎなの」
ドヤ顔を披露すれば、なのはは口元に指を立てて声を潜めた。
その言葉を聞いた俺も、自分の過ちに気がつく。
反射的に、自分を誇示してしまった。
踏み台転生者としては、ここで高笑いでも響かせるところなのだが。
状況が状況なだけに、中途半端な返しになった。
しかし、中途半端は中途半端でも、しっかりと踏み台的な行動を取ってしまったので……
《あっ》
なにかに感づいた声音で、呟きを漏らしたドラちゃん。
同時に、タルのフタが開き、頭上から平坦な声が降り注ぐ。
「……なにをしているのだ?」
互いに顔を合わせ、一緒に見上げる。
そこには案の定、微かに眉をしかめた騎士が俺達をのぞき込んでいたのだ。
暫く見つめあっていると、彼女はタルを抱えて持ち上げる。
「え?」
「主から、貴様らの処遇を伺う。だから、大人しくしていろ」
「あ、はい」
こうして、俺達は出航から僅か十分ほどで、見事に捕まってしまうのだった。
♦♦♦
「で、こいつらが例の侵入者かい?」
現在、俺達の前に一人の女性が座っている。
赤い海賊帽子を被っており、酒瓶を片手に愉快げな様子だ。
彼女に尋ねられた騎士は、俺の後ろで長剣を突きつけたまま口を開く。
「はい。
この者達の処遇はいかがしましょうか」
「そうさねぇ……おい、お前さん」
「俺?」
自分を指差すと、目の前の海賊はニヤリと嗤う。
「ちょいと、あたいの奴隷になる気はないかい?」
「へ……?」
今、この人は奴隷と言ったか?
じょ、冗談じゃないぞ。どうして、俺が初対面の人の奴隷にならなきゃいけないんだ。
思わず立ち上がろうとした俺の機先を制するように、背中に長剣の切っ先が食い込む。
「動くな」
「あ、当たってる! 当たってるから!」
「ハッハッハ!
なんだい、その間抜けな面は! 将来は大道芸人にでもなるつもりかい?」
「笑ってないで止めてくれよっ!」
半泣きになっている俺を見て、彼女は豪快に酒を喉に流し込む。
白い喉が艶やかにゴクゴクと動いた後、口元を拭って言い放つ。
「やめな、シグナム。
これじゃあ、おちおち話す事もできないからね」
「はい」
た、助かった……。
ほっと胸をなで下ろし、騎士──シグナムの顔色を窺う。
彼女は相変わらずの無表情を披露しており、直立不動で先ほどの命令を遂行している。
「し、静香ちゃん……」
「大丈夫。
なのはには指一本触れさせないから、安心しろって」
隣にいるなのはが不安げな面持ちをしていたので、手を握って安心させようとした。
というより、元々この船の船長に会うのが目的なのだから、こうして時間を短縮できたと前向きに捉えるべきだ。
恐らく、目の前にいる女海賊が船長なんだろうし。
「……ありがとう」
暫くすると、心が楽になったのか。
手を握り返したなのはが、小さくだが微笑む。
そんな俺達の様子を、興味深そうに観察していた女海賊。
「なるほどねぇ。
こりゃ面白い子供が船にやって来たね」
「なんですか?」
「こっちの話だ。気にすんな」
内心では気になるが、はぐらかされたので話を先に進める。
「それで、貴女が船長でいいんですよね?」
「その通りだけど、その口調はやめな。
鳥肌が立って気持ち悪いったらありゃしないよ」
き、気持ち悪いって。
一応、立場的に敬語で話しただけなのだが。
ばっさりと切り捨てられ、結構ショックを受けてしまう。
まあ、許可を貰えたんだし、普通にタメ口に変えようか。
「じゃあ、改めて。あんたが船長なんだよな?」
「そうさ。あたいが、この船を率いる長だね」
肯定の声を上げた女海賊──船長。
大仰に足を組んで笑みを浮かべ、酒瓶を傾けて酒を口に運ぶ。
「名前を聞いてもいいか?」
「そんなものはとっくに捨てたさ。あたいの事は、敬意を払って船長とでも呼びな」
「じゃあ、船長。
俺達を、しばらくこの船にいさせてくれ!」
頭を下げて頼み込むと、コツコツと足を叩く音が鳴る。
思案するような一定の感覚で、足音が駆け抜けてから少し経ち。
机の上に酒瓶を勢いよく置く音が鳴り、それから船長が立ち上がる気配も察知。
「いいだろう。
あんたらを、あたいの船の雑用係に任命してやる」
「本当か!」
頭を上げた俺を見て、船長は視線を隣に移す。
「そっちのお嬢ちゃんも、こいつと同じって事でいいのかい?」
船長に話を振られたなのはは、頷いてシグナムの方に目を向ける。
「うん。わたしは、この人とお話したいから」
「シグナムとぉ?」
その言葉を聞いたからか、はっと鼻で笑って椅子に座り込む船長。
眉をしかめて舌を打ち、険が乗った口調で告げる。
「こんな人形と話しても、なんにも面白い事はないね」
「人形……?」
「そうさ!
こいつは、あたいの命令しか聞かないグズ。
己の意志というものがない、可愛い可愛いお人形さんなのさ」
明らかに、自身を卑下する言葉が含まれていたのだが。
シグナムに堪えた様子はなく、ただただ静かに佇んでいた。
その姿を見とがめ、船長は更に機嫌悪さげに眉間を寄せる。
「やめてください!」
「あん?」
更に、船長がなにかを言い募ろうとした瞬間。
大声でなのはが言葉を遮り、毅然とした表情で言い放つ。
「そうやって、人を悪く言わないでください!
シグナムさんは、ちゃんとした人間です!
だから、だから……そんな悲しい事を言わないでください」
涙目のなのはを睨めつけていた船長だったが、やがて目を逸らすと酒をかっ食らう。
「……興がそがれたね。
シグナム。こいつらを部屋に案内しな」
「御意」
慇懃に頭を下げると、踵を返してドアに向かうシグナム。
慌てて立ち上がって追いかける俺の耳に、微かな呟き声が耳に入る。
「──これも、運命なのかねぇ」
運命、か。
どういう意味で漏れた言葉なのか、今の俺には察せられない。
しかし、憂いに帯びた船長の横顔を見ると、どうしてもシグナムに対して思う部分があるように感じてしまう。
船長室を後にして、船内を歩いていると。
前にいたシグナムが、なのはの方へと振り向いて目を細める。
「……貴様」
「えっ?」
「先ほどの事だ。
主の言葉に割り込むとは、一体どういう了見だ?」
「なっ!」
どうして、シグナムがそんな事を言うんだよ。
なのはから庇ってもらった、お前が!
胸中に怒りの感情が湧き上がり、意識の赴くままシグナムを強く睨む。
「なんだ、その目は?」
「あんたがなのはの好意を無下にしたからだろっ!」
「いいの、静香ちゃん」
「良くないだろ!
こいつの顔を見てみろよ! 俺達をなんとも思ってねぇ!
……こいつには、船長の言葉しか耳に入っていない。
主の存在しか認めてないから、なのはの思いを切り捨てる事が──」
「静香ちゃん」
「──っ……」
再度止められたので、渋々矛を収める。
不満顔になる俺に微笑みかけた後、なのははシグナムへと手を差し出す。
「わたしの名前は、高町なのは。
シグナムさん、なのはとお友達になってください」
瞬間、なのはが輝いたように見えた。
辺りに漂う存在感が増大していき、自然と惹かれる出で立ちとなる。
自分の意志を突き通そうとする、その鮮烈なる双眸。
目が離せないとは、まさにこの事だ。
シグナムも同様だったのか、初めて表情を大きく崩す。
目を瞑って沈黙を保ちながら、首を横に振る。
「友達、というものがどういう意味なのか、私にはわからない。
だが、それでも、この胸に来る感覚は──」
「シグナムさん?」
ふと、なのはが尋ねた事がきっかけだったのか。
シグナムの雰囲気が、瞬く間に常の硬い物に戻ってしまう。
瞳を開いた時には、既に無表情だ。
なのはの伸ばされた手を一瞥する事もなく、シグナムは踵を返して足を動かし始める。
「あっ……」
「主を待たせるわけにはいかない。早く行くぞ」
早足で進むシグナムに、なのはは寂しげな眼差しを送っていた。
しかし、直ぐに気を取り直したようで、笑顔で俺に声を掛ける。
「わたし達も、行こっか」
「……そうだな」
なんだろうか、この気持ちは。
嫉妬……とは違う。かと言って、プラスの感情でもない。
シグナムを見ていると覚える、ムカムカと胸に募る不快感。
色々と思うところはあるが、今は目先の出来事に目を向けよう。
ため息をついて気持ちを切り替えた俺は、なのはと一緒にシグナムの背中を追いかけるのだった。