「兄貴が来るなら心強い。そう言ってくれれば良かったものを!」
演説を聞いたのだろう、ドズルが俺にそう言う。
「二ヶ月ほど先の予定だ。それまでルナツーへは妨害程度にして兵の鍛錬をさせておけ」
「言われずともいつでも兄貴の戦力に頼らずに落としてやるぐらいの意気込みよ! ミネバの為にもな! シャアからも連絡があればすぐに報告書を送る!多少連邦に漏れても構わんだろう?」
ドズルはシャアの任務が成功すると信じて疑ってないようだ。
良い上司だな本当に。
俺は出来ればシャアには失敗してもらいたいが。
「ああ、了解した。それと娘だけでなく妻との時間をつくるのだぞ」
「お、おうよ! 俺が言えたことではないかもしれないが兄貴も父上とキシリアによろしく頼む」
そう俺の演説を聞いたドズルから言われて早5日。
ドズル、シャアからの連絡はない。
この5日の総帥業は多忙の一言だった。
特に話す事は2つほどある。
まずNT-D、ニュータイプデストロイヤーの元祖とも言われるEXAMシステム搭載の青い機体が一年戦争中に生まれることはなくなった。
ジオンサイドでは、多分。
クルスト・モーゼス博士は拘束したし、ニュータイプへの人体実験は手に負える範囲で比較的穏当なものに変更させた。
明らかに行き当たりばったりでNT能力持ちを無駄に消耗させていた。
キシリアが俺に隠れて裏でやっているかもしれんがそれは好きにやらせておくほかないか、進展があるかもしれないからな。
あとあのハマーン・カーンに恨まれるのはさらに寿命が縮むからな。
ハマーンは今キシリアの下でNT能力の検査を受けている。
ニュータイプにきつい事をやったのはキシリアだと明確にしておこう。
これは、あんまり意味がないだろうが俺も同罪だ。
解放したニュータイプ、マリオン・ウェルチは無事目を覚ました。
彼女を新たなニュータイプを探すために使うように指示。
自由にしてやりたいがジオンのために働いてもらう。
研究者がNT能力持ちを無駄に消耗させないための監視役も合わせて任せた。
当然別の監視役も用意してはいる。
今頃ジオン圏全体で孤児やら未亡人やら芸術家やら感受性豊かだったり不幸を味わったりしたことがある人間が集められ始めているだろう。
原作知識でニュータイプっぽい人探すマニュアルも一応作って渡しておいた。
なにも知らないよりは見つけやすくなるだろう。
実は議会に通させておいた、学生に対して行われる訓練にはニュータイプ用科目も追加してある。
まぁ現状としては瞑想やらヨガやらではあるが。
連邦が一層アホなことしてると思ってくれると良いのだが。
まぁ瞑想には学習効率を上げる効果があるらしいから学校に導入するのはいいだろう。
クェス・パラヤも地球で瞑想やらの訓練をしてたからすぐにニュータイプとして使えたと言う話を前世で聞いた記憶があるからやってみているがまぁ期待はしていない。
この世界にはニュータイプと言う力は実在している。
まだエスパーとしか認識されていないが、この世界では科学でいずれは証明されるだろう。
ニュータイプ、全く。
進んだ技術は魔法に見える典型だな。
人類はいずれ死者との交信も出来るようになるのだ。
サイコフレームがあれば死者が現世に影響を与える事も可能になるほどだ。
光速を超えるMSを操る死者。
さっさと地球になんかこだわったり戦争だったりなんかやめてこの広大な宇宙を開発しろと言いたくなる代物だ。
実用化できればさっさと地球を離れるんだが死者は俺に教えてくれないものだろうか。
ついでに月光蝶の技術もだ。
何かの冗談で連邦に勝っても。
ニュータイプが死者の世界から俺を消しに来るだろうか。
死者の世界は大分混雑してそうだがどうなのだろうか。
どっちにしても俺も瞑想やヨガを始めるか。
月光蝶をください。
ニュータイプが放つ粒子スウェッセム、つまりは感応波を検知できるならば、フラナガン博士かクルスト博士あたりにニュータイプ探知機とかを作ってもらえないだろうか……なんならミノフスキー粒子下においての脳波による通信技術だけでもオールドタイプでも使えるようにならないものか。
数十年はかかるだろうか。
拘束しているクルスト博士をどうにか説得してEXAMではなくそんな便利な代物をオールドタイプのために作ってもらえないだろうか。
どうにもニュータイプを駆逐する事しか考えてないようで話はするが聞く耳をあまり持ってくれない。
ニュータイプには今のうちに首輪を作ろうぜって感じで話しに行ってるのだが。
オールドタイプからニュータイプが生まれるんだから駆逐は不可能だとわかると思うが。
人類抹殺する以外では。
拷問してEXAMシステムの内容だけでも喋らせるしかないのか。
聞き出せたとしても実用化はすぐには無理だろう。
話をしておこう。
対策も考えておこう。
だが願望や妄想は置いておこう。
話が逸れてしまったがもう一つは暗殺計画に関しての対処もした。
驚いた事にこのギレン・ザビという男は自分の暗殺計画を進めさせている。
もちろん今は膠着状態のジオンだから乗ってくる者も少ないが。
自分に反対するものを監視、可能ならば一網打尽にするために自分の暗殺計画を立てているのだ。
この男は命をかけて独裁者へと邁進しているのである。
これに関して一網打尽にしてしまうとスペースノイドの独立と思ってたらザビ家の独裁が始まったとかいう話にならざるをえない。
だから方向修正だ。
この計画が悪用される危険も当然あるしな。
もしジオンが連邦に勝っても、戦後ザビ家はスペースノイドの自治独立を守る事をどうにかして伝えられればいいのだが。
彼らもギレンからみれば連邦と戦っているときに何考えとんじゃ馬鹿野郎と言うものだが、彼らなりにこのジオンを、スペースノイドを思っての行動だ。
ザビ家がどうのこうのと連邦と戦っている時に考えることではない。
ギレンとしては言えないが。
このようにニュータイプ部隊に関する話や俺の暗殺計画に関して対処をしていた。
あとは裏で色々手を回していてそれの把握に苦労したがなんとかこなせていると思う。自分のクローン計画だとかプロパガンダの内容とかどこぞの誰々にどのような強みや弱みがあるのやら、政治の繊細な力学をギレンのデータパットやメモ書きなどからなんとか把握してやっている。
その途中で目に留まった自著『優勢人類生存説』はニュータイプ論で書き換えてやる事を決定した。
空いた時間に書き換えている。
人の革新の芽を潰しているのはジオンも連邦も一緒だ。
大人達皆だ、とでもいえば良いか。
肝となる部分がやはりまだ言葉に出来ていない。
それもまだニュータイプがエスパーでしかないからだ。
人類の革新などまだ理想でしかないのだ。
話をまた戻そう。
もちろんMS開発計画に関しても俺は多数の行動を起こしていた。
そのうちの一つとしてサイド3・21バンチコロニー、リゾンテに俺は隠れて訪れた。
コロニーを出ようと思えば出れるものである。
顔を変える特殊なマスクを被って目的の人物以外には会わないという条件でさえあれば。
そんなことまでしてこんな観光コロニーになぜ来たか。
ここにはホト・フィーゼラーがいるのだ。
ホト・フィーゼラーはジオン共和国建国の立役者のうちの一人だ。
重工業の存在しないコロニーに独立というものは夢物語であったのだが、彼らが月の協力を取り付けたお陰でジオニックなどの重工業が生まれたのだ。
彼らのおかげでジオンは力をつけ、独立し、いま戦えている。
ホト・フィーゼラーは今はもうこの南国の楽園のような場所で余生を過ごす翁だがジオニック社創設メンバーのうちの一人でもあり、未だ裏では多くの影響力を持っている。
ジオニックやツィマッドやエムイーペーに対して働きかける一環としてやってきたのだ。
これはその手当たり次第の訪問のうちの一つである。
なんだか俺が死んだら死んだでより混沌とした宇宙世紀になるだけだろうと開き直ってもいる。
「こちらです」
「ありがとう、エリース」
彼と面識のある人間を総帥府の者から選んで連れてきたが、どう出るか。
「エリースを連れてくるとはな、元気か」
「は、はい。元気です。フィーゼラーのお爺様」
俺を無視して話すか。
俺の目の前には車椅子に座ったフィーゼラー氏が居る。
膝掛けをしていてだいぶ弱っているようにも見えるが見た目に騙されてはいけない。
「お久しぶりです、フィーゼラー様」
「ふむ、総帥が私のような者にそのような態度をとられますか。しかもほとんど1人で来られようとは」
フィーゼラー氏は開き直ったようにそう言う。
まぁギレンに殺されていてもおかしくはない人物ではある。
もう力がないとただの傍観者であるから影響力もありながら狙われなかっただけである。
「フィーゼラー様には我が父デギンを、いえ、スペースノイドの独立を助けていただきましたから。あなたがいなければ今ジオンはこうして連邦相手に戦えていない」
「私がいなくても誰かが代わりにやったことでしょう。ですがここでこうしていると、私がいない方が良かったのかもしれないと思う時があります。総帥にそう言っていただけるとは大変、名誉な事ですが」
当然だな。
独裁者を生む気などなかったのだろうし、ここまで悲惨な戦争が起きるなど想像も出来なかっただろう。
短期決戦で済めばどれほど良かったことか。
この一年戦争をこの老人はだだ見ていることしかしていない。
「戦争は残酷なものです。当初の予想を超えるほどに。連邦の体制は強固なものです。私は今も戦っている同胞達を無駄に死なせるつもりはありません。だからここに来ました」
「なんとそれは……ですがその言葉を本当に信じていいものか、ギレン総帥、貴方が連邦ではなんと呼ばれているかご存知でしょうか?」
ヒトラーの尻尾だろうか……いや単なる危険な思想を持った過激な独裁者だろうな?
俺はフィーゼラー氏の瞳を正面から見据える。
「14歳です」
「ふむ?」
「宇宙世紀0058年、貴方達のお陰でジオン共和国が誕生した時、私は14歳でした。そして貴方達大人を見て私も育ちました。連邦との戦いは貴方にとっても他人事ではないはずです。大人達が夢見た世界を、悲惨な戦争を繰り返さない為にもあなたの力がいまも必要なのです。私はそう考えたのです」
深くは言わないし取り繕う気もない。
建国の立役者にそんなものが通じるとは思えなかった。
「ふぅーー、ひとまずは良いでしょう。用件は聞きましょう。総帥府ではなく総帥が直々に来るほどの要件を、話はそれからです」
この後色々話した後ホト・フィーゼラーの協力を得ることが出来た。
ちなみにフィーゼラー氏は膝掛けの下に拳銃を隠していた。
話の内容次第では俺を殺すか自害するつもりだったとの事だ。
それを明かされた時は後ろから頭を撃ち抜かれなくて良かったと心底安心したのとギレンへのヘイトの高さを実感した。
と言うかよくそんな心の内を話してくれたものだ。
俺は他にもジオニックとツィマッドに協力体制を作る為裏から影響を与えた。
あとはMAの開発をしていたエムイーペーにも。
エムイーペーにはデンドロビウムのようなMSをMAに拡張するようなものを考えさせるつもりだ。
多くのMA開発計画を凍結してしまったからな……。
ちなみにドズルがその計画のいくつかを拾っているみたいだが好きにさせている、連邦に行くよりはマシだ。
そしてMS開発会議が始まった。
「王手だ。キシリア」
「負けました。久しぶりにやれば勝てると思いましたが兄上にはまだまだ勝てません。会議もあのような結果になるとは」
「ふん、どちらも危ういところだったがな」
俺は今キシリアと将棋を指していたところだ。
どうしてこうなったかって?
会議にはキシリア本人も来させたのだ。
会議の結果は既存の開発はやめさせるかキシリアの下に投げ入れ、ガンダムに数で対抗する為の新規量産機と質である程度対抗できうるエース専用機の開発を決めさせた。
会社間で争う方式ではなく、総帥府主導の下協力するよう決定した。
開発陣にはコストや現場を考えてもらわなければならない。
あと量産機はジムに負けずに連携すればある程度はガンダムとも戦えるものが欲しい。
というのは無茶な要求である。
そんな思惑から進んだ会議だったが現在開発中のゲルググの開発と統合整備計画が早まるという感じに落ち着きそうだった。
新型機の開発は今後の各企業の連携を確かめつつだ。
ギャンやこの時期に作られるMSの開発計画はゲルググを含めて各企業の技術の良い所を取り入れるための実験機として使われる事になった。
あの評判の悪い、シールドにミサイル埋め込んだりしたり使いづらいビームナギナタを標準装備させたりなんてさせる気は無いからな。
あとは使えそうなこの世界ではアナログな技術を試してみるしかないか。
会議はフィーゼラー氏の協力もあったからか表面上はすんなり決める事が出来た。
裏のドロドロは書くだけ無駄だ。
総帥府がその権力と賄賂、脅迫、ハニトラ、なんでもござれで全力で動く、ただそれだけだったのだから。
権力ってすごい。
ギレンの頭がなければ精神が衰弱して死ぬ。
子供の頃からこんな政治の世界に触れてたらそりゃこんな思考になりますわ。
出席者達のガンダムの性能やらすんなり進む会議やらで一々驚く顔は痛快だったが会社同士の仲の悪さがどうなるかは監視を続けないとならないな。
あとはサハリン家のアプサラスが完成すれば二、三機のジェネレータを積んだMSや100はマルチロック可能な拡散メガ粒子砲が生まれる……ジェネレータ連結技術に関しては援助すると開発してもらえなくなる可能性もあるから追加で指示を出しておいた。
拡散メガ粒子砲は戦艦の主砲にでも使える物にできないかとも期待している。
「ニュータイプは人間ですよ。正規の軍人に力を入れなければなりません」
そう考えていると突然キシリアがそう言った。
なんだなんだ。
お前、俺に隠れてニュータイプ研究を進めてたくせに俺が興味持つとそんな言い方で止めようとするなんて、なんてツンデレなんだ。
まぁニュータイプを探して集めて部隊を作ろうとしていてさらには学生にも軍事訓練させようとしているのだからな……。
ただのプロパガンダ部隊に、意識高いもしもの時の防衛訓練だから(白目)
それにどこぞの俺のクローン説もあるおぼっちゃまくんがニュータイプのクローン部隊を作ったけど普通にやられてたからな。
わかっているとも、戦いは数だよと。
クローン……考えてはおくか。
「もちろん、わかっている。ドズルなら戦いは数だよ兄貴とでもいうだろうな。それにお前のところの特殊部隊には優秀なものが多い、頼りにしている」
仏頂面でそう答えて思った。
俺もまったくなんてツンデレなんだ。
35歳だぞギレン、コミュ力をもっと磨け……家族の会話していけ。
ドズルにもよろしく言ってくれって言われてただろうが。
なんて思いながらしばしの沈黙が続く会話の中でセシリアがノックもなしにいきなりやってきた。
「ドズル様から緊急の報告書が」
ようやくきたか。
仏頂面を保つのに苦労する。
「シャアか、ここで見よう。キシリアも見るだろう」
最重要機密としてセシリアから渡された報告書にはガンダム二機鹵獲に成功という華々しい戦果とガンダム4機に囲まれたという戦闘報告、さらにはアムロ・レイの拉致というとんでもない報告が書かれていた。
「作戦は褒められたものではないですが、大戦果ではないですか。しかし連邦が本当にこれほどのMSを……」
そう言うキシリアのツンツンしながらも嬉しさと不安を隠せていない声が俺にはどこか遠くに聞こえていた。
俺の表情は憂いに満ちていただろう。