目覚めたら魔王の娘に!?
これから私(おれ)どうなっちゃうの~!?

みたいな話

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魔王の娘に生まれました~わがうでの中で息絶えるがよい!~

 

 

 

 

 

 空気に香りがある。

 僅かな湿り気を帯びた埃混じりの臭い。それは慣れ親しんだ我が家のものではない、例えるならそれは幼少期に一度だけ行ったことのある古本屋を思い出させる臭いだった。一瞬の浮遊感、深い微睡みから目覚めるように俺は薄っすらと瞳を開ける。

 

 日の光がない薄暗闇の中、視界の端に映る――あれは、確か篝火というのだろうか――炎が頼りなく揺らめいていた。

 

 ここは――古ぼけた洋館だろうか。だだっ広い広場にぼんやりと見える景色は年季の感じさせるレンガ造りの壁と床で建築されていて、まるで映画に出てくる古城のようだ。自分は未だ夢を見ているのかも知れない、いずれにしてもここが俺の家でないことは間違いないようである。付け加えるならこんな場所記憶になければ見たこともなかった。

 

 意識が明瞭になっていくに連れて僅かに焦燥が募っていく。瞬きを何度か繰り返し、眼を擦るがそこには慣れ親しんだ我が家の安物カーペットではなく硬く冷たい石床が広がるのみだった。

 

「………………な」

 

 ――――なんじゃこりゃあ!?

 

 思わず内心で絶叫しつつ俺は勢いよく起き上がった。昨日の夜、俺は何をしていた? 仕事して、帰って飯食って寝た、覚えているのはそれだけだ。

 よもや記憶を無くすほど酒を飲んだでもなし、寝て目が覚めたら見知らぬ場所、全く訳がわからない。夢だとしたら酷い悪夢である。

 立ち上がった時妙に視線が低いことが妙に気になったが、今は何よりも現状把握が優先だと、その他刹那に去来した幾つもの疑問を頭の隅に押し遣って――、

 

「気分はどうだ?」

 

 次の瞬間、俺のものではない。底冷えするような声と共にパチリと指を鳴らしたような音が響く。

 するとそれが合図だったかの如く真っ暗闇だった部屋の篝火が一つ二つと次々に灯っていった。ともすれば目を奪われるような幻想的な光景だがしかし俺の意識はそこには目もくれずある一点にくぎ付けとなった。

 

 ――橙色の長いローブ。肩口の飛び出した奇抜なデザインの深紅のマントに成人男性の倍はあるだろう見上げるほどの巨躯が豪奢な玉座に寝そべるように座ってこちらを見下ろしていた。

 その肌は青白い。いや文字通り真っ青に染まっていた。およそ人間の物ではない。否、それは当たり前のことだろう。俺の記憶に間違いなければ目の前の生物は正しく人間ではないのだから。

 

 半ば唖然としたまま俺は無意識の内にその名を呼んでいた。

 ゲーマーと呼ばれるほどのゲーム愛好者ではないが、だがそれでも数多のゲームをプレイしてきた俺が最も記憶に残るボスはと聞かれたら真っ先にその名を挙げるだろう。思い出補正もあるが、それでも当時の俺からしてみれば圧倒的な悪のカリスマ性を覚えたものだ。RPGゲームをしたことのある人間なら知らぬ人の方が少ないのではないだろうか。ドラゴンクエストという社会現象にもなった超有名ゲームシリーズの第三段、そのラストボスの名を。

 

「――――大魔王、ゾーマ」

 

「――――ほう?」

 

 細められた両目から覗く真っ赤な瞳がこちらを見据える。ただそれだけで俺の全身は氷漬けになったかのように硬直した。頭の天辺から足のつま先に至るまでまるで手の中に掌握されているかのような気分に陥る。

 

「我が名を呼ぶか。……既に知っているというのなら、要らぬ説明はしなくてよいな? 我が愛し子よ」

 

 こ……これはどういうことなんだ!?

 はっきり言って状況がまるで分からなかった。目が覚めたら知らない場所ってだけで手一杯なのにゲームのキャラが現れて俺に向かって喋りかけている。とっくに脳みそはオーバーフローである。というか情報が少なすぎて訳が分からない。どういうことなんだこれは。

 と、内心で大絶叫をしているがどういうわけか表情筋はぴくりともしない。……なんだか嫌な予感がしてきたというところで、眼前の魔王が口を開いた。

 

「最初はただの興のつもりだったが……存外に予想以上の物が生まれたな。さすが、我が力の一端を分けただけのことはある。我に勝るとも劣らぬ禍々しい魔力だ……」

 

 そのままにやりと悪辣な笑みを浮かべるゾーマ。笑顔で人が殺せるのなら俺はもう死ぬんじゃないか、そんな邪悪な笑い方だった。

 とはいえ何となく話が掴めてきたような気がする。

 どうやら俺は今魔王の愛し子? とやらに思われているらしい。しかし禍々しい魔力云々は理解できない。日本で、平和に暮らしていた俺にはそんな大層な物は存在しない。魔法が使えたらと妄想したことなら何度かあるが。と俺は自身の両手に視線を下ろしたところで、

 

 違和感を覚える。

 何だこの白く小さい腕は。まるで幼児のそれである。と、視線を下まで落としたことで今気が付いたが俺は一糸纏わぬ姿だった。そして無駄なぜい肉の一つもないほっそりとした体型になっている。

 そこでハラリと流れるようにキラキラと淡い光を輝かせる銀糸が頬に掛かった。

 慎重にそれに触れる。さらさらとした手触りが心地好いがどういうことかそれが俺の頭から垂れ下がっているようだった。

 

「……これは」

 

 言ってから思わず喉に手を遣った。呆然と呟いた声は鈴を鳴らしたようなソプラノ。明らかに平素の俺の物ではないことは理解できた。

 ……これはあれと解釈していいのだろうか。転生的にな。つまりそういうことである。

 

「……ふむ」

 

 俺が言葉を失っているとパチリとゾーマが指を鳴らした。するとどこからともなくローブを着た、二足歩行のトカゲのような生物が現れる。

 あれは――バラモスか? それにしては青っぽい。確か中ボスにそんなやつが居たような気がする。バラモスの兄弟だったか。

 

「ブロスよ。姫に相応しい衣服を」

 

「ハッ!」

 

 ブロス。と呼ばれたモンスターは俺に向かって目上の人間にするような恭しい礼を取った後「こちらです。姫様」と暗闇を先導して歩いて行った。

 

 どうやらとてつもなく面倒なことになりそうである。

 愉快そうにこちらを見下ろし薄い笑みを浮かべるゾーマに俺は夢なら早く覚めればいいと強く願うのだった――。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 アレフガルド暦八〇九年。

 人と魔物の永きに渡る戦争は遂に人の王が支配する王国の大敗で勝敗を決した。

 緑豊かだったアレフガルドの土地は魔王によって光を奪われ草木も育たぬ荒れ地と化す。国も町も村も。有りとあらゆる場所に住まう人々は魔王軍によって淘汰され、僅かに生き残った人間は日々、魔物の脅威に怯えながら隠れ、忍ぶことを余儀なくされた。

 

 ――世はまさに暗黒の時代である。

 

 魔王を打ち倒さんとした英雄たちは次々に斃れていき、遂には人々と親交が深かった古の精霊までもが魔王の手に下された。

 

 伝承に伝えられた神器の数々は、その力を恐れた魔王の手で破壊や封印が施され、再び人間の手に渡ることは極めて困難なこととなった。

 日に日に勢力を増し、規模を拡大していく魔物に対し人々は衰退していく一方である。もはや魔王があまねく世界を支配する時は近いと確信するほどに。

 

 そして、その日。魔王の手ずからによって一人の強大な力を持った魔族が生み出された。

 全ては魔王の気紛れ、その真相は定かではない。しかしそれは紛れもなく後生に渡って伝わるロトの伝説の一端。

 

 魔族でありながら勇者や精霊と手を取り合いその仲間たちと共に遂には自らの父――大魔王を打ち倒した。英雄の一人。

 

 ――――姫魔マリアの誕生だった。

 

 







ざんねん ぼうけんのしょは ばぐってしまった!


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