コードギアス 皇国の再興   作:俺だよ俺

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第06話 欧州大戦勃発 

祓治2年4月14日、皇歴2012年4月12日。日露相互安全保障条約締結。

シベリアのサクラダイト鉱山開発を宣言したロシア帝国はベーリング海を挟みブリタニアとの対立。アラスカとチュクチ・カムチャッカに集結する両軍の数が増え続けていく中での出来事であった。従来兵器が主力のロシア軍とKMFを所有するブリタニア軍であれば軍配はブリタニアに上がるはずである。では、なぜブリタニアはロシアへの侵攻に振り切れずにいるのか?

 そう、日露相互安全保障条約に組み込まれて来た軍事技術の供与。これに日本の噴進弾技術が含まれており、この噴進弾は先の東北騒乱でブリタニア軍に大打撃を与えた兵器であり日本軍は艦対地兵器として保有していたがロシア軍はさらに発展されカチューシャ自走式多連装ロケット砲車を主力地対地兵器としてチュクチ、カムチャッカに集中配備を実施したために手を拱くこととなったのだ。

 また、日本皇国も超戦艦日本武尊・航空戦艦信玄及び謙信の3隻のみの配備であったが戦艦・巡洋艦・護衛艦に至るまでを目標に噴進弾垂直発射機の取り付け改装を開始。取り付けの終わった一部艦隊をベーリング海へ派遣する動きを見せたのであった。また、陸軍も多連装ロケット発射機が自走型・固定砲台型の双方が配備され始めている。

 

 

だがブリタニアは覇権をあきらめたわけではない。

ブリタニアはロシアへの宣戦布告を先延ばしにした代わりにオランダへ宣戦を布告。

 

祓治2年7月11日、皇歴2012年7月11日。オランダ領東アジアへと侵攻を開始した。

 

オランダの富は蘭印植民地からもたらされるものであった。つまりはオランダの富の源泉であった。この時すでにオランダの国力は最盛期から比べても衰退が酷くブリタニアと比べる間でもなくであった。

 それでもオランダの投入した戦力は海軍護衛空母1隻・旧式戦艦6隻を軸とした艦隊、陸軍正規軍1個師団と植民地軍同じく1個師団規模が動員され、これは当時オランダが投入できる最大戦力であった。

 

蘭印軍司令官テイン・ハル・ポールテン中将はバンドンの航空基地から出撃して行くフォッカーD32戦闘機を見送る。テイン中将と居並ぶ将校も敬礼でそれを見送る。

(治安維持や暴徒鎮圧目的の軍隊モドキの我々でどこまでやれると言うのだ。本国も援軍を出してくれると言っているが。果たしてそれも間に合うものだろうか……。たしかに本国よりも優遇されてはいるが東インド領土とブリタニア軍の戦力比は1:4ブリタニアのKMFの実力が分かった今となってはその戦力比はさらに広がっている。そもそも海軍強国の日本ですら勝てなかったと言うのに……)

 

バタビア沖 蘭印軍艦隊旗艦戦艦デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン

「駆逐艦ヴィッテ・デ・ヴィット、バンケルト撃沈されました!!軽巡ヤコブ・ヴァン・ヘームスケルク通信途絶!!艦橋が吹き飛びました!!」

「損害報告はいい!!戦艦は敵艦に砲撃を!!軽巡と駆逐艦の水雷戦隊は敵に食らいつけ!!防巡は対空防御を優先しろ!!航空参謀!!ナイナラの艦載機と基地航空隊で連携してブリタニアの輸送機を優先して叩かせるんだ!!避難民の乗った船団が離脱するまで引いてはならん!!」

 

オランダ海軍はブリタニアの極東事変での民間人への蛮行を知っていた為に激しく抵抗した。テイン蘭印軍司令官は蘭印の自国民の避難を優先し自国の民間人脱出の時間稼ぎの為だけに戦う腹積もりであった。このカレル・ドールマン提督もこれに同調しブリタニア艦隊やブリタニア航空隊に激しく抵抗した。

 

「ドールマン提督!!艦隊損耗率50%を越えました!!…………て、提督…バンドン総司令部が陥落しました。ティモール島のポルトガル軍がブリタニア側に参戦……。」

「民間船は?」

「全艦安全海域に離っ!?待ってください!客船オプテンノールがまだ離脱できていません!!ブリタニアの爆撃で船足が低下した模様!!」

「っく!!奴ら無抵抗な民間人も皆殺しにするつもりか!!艦隊残存艦に通達!!オプテンノールを守りこの海域を離脱せよ!!民間船を守れ!!」

 

 ブリタニアとオランダの戦いは4ヵ月に渡り、開戦2ヵ月目にはオランダ本国より2個連隊の援軍があったものの皇歴2012年11月24日、オランダは敗戦し蘭領東インドを失うこととなった。この戦いでテイン・ハル・ポールテン中将以下司令部高官は捕虜にされたのち処刑。カレル・ドールマン提督が守った民間船はその多くがオランダ本国へと帰還した。

 

EUではオランダの敗戦を受けて危機感を持ったフランスがEU諸国に結束を促した。

 

EUはその名をユーロ・ユニオン、欧州連合。今回のブリタニアの覇権国家化はEUの瓦解が原因と言える。現在の4大勢力のひとつロシア帝国は元々はEU加盟国であったが皇歴1922年ロシアの富の再分配と言う共産・社会主義化によって当時のフランスを中心とする民主国家と対立を深めた。結果としてロシアはEUと言うベールを脱ぎ世界の覇権勢力のひとつとして顕在化したのだ。そして、ロシアであるが皇帝が共産主義者の長である書記長を務めることで帝政を維持し、共産主義における貴族階級者の排除を推し進め共産主義と王権主義のグロテスクすぎる結婚が大成功し超強力な中央集権化を実現した結果がロシアソビエト社会主義帝国と言う国家なのだ。そして話をEUに戻すがこのロシア離脱とそれに倣った赤化諸国誕生に伴うEU弱体化が盟主国フランスの中華連邦との紛争に繋がる。結果仏領インド、ビルマ、インドシナを失うと言うことにもつながりEUの弱体化とブリタニアの覇権主義国化へとつながったのであった。

 

そして、ブリタニアの覇権国家化に引きずられるかのように周囲に領土的野心を剥き出しにし始めた国家が現れる。ドイツとイタリアである。ドイツとイタリアは強力な独裁者が登場。ハインリッヒ・ヒトラーとベナート・ムッソリーニである。彼らの政治は民主主義からかけ離れたものであり、その姿はむしろブリタニアに近いものがあった。フランスとしてはこの動きを抑制する目的でいくつかの懐柔政策を行ったが完全に逆効果であった。

 

皇歴2013年9月4日

 

「世界は我ら優良人種によって管理運営され始めて新たなる段階に到達するのである。世界では人類同士が覇権を競っている。世界は弱者が淘汰され強者が覇を唱える段階へと来ているのだ!我ら優良種たる人類が奴ら劣等種たる人類を支配し搾取する事には全く問題はないのである!かつて我々は戦争に敗れ弱者となった。だが、我々は今強者としてここに君臨している!無論弱者にも這い上がる権利はある。だが、強者である我々は強者の権利として這い上がってくるものを蹴落とす権利がありこれを行使する。それこそが強者の義務であり適者生存と言う真理なのだ!無論これに異を唱える者達もいたフランスを中心とするEUなどだ!余は断言する!それは弱者のたわごとであり甘えなのだ!余は世界を正しい方向に導くために志を同じくするブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニア、イタリア総統ベナート・ムッソリーニと共にこの世界の浄化をここに宣言する!!」

「「「「「ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!」」」」」

 

武独伊三国同盟の締結であった。三国(枢軸)同盟の締結はEU凋落の象徴でもあった。これを受けEU内の赤を掲げる国(社会主義国)がEUを離脱しロシアへ急接近することとなる。

 

これが皇歴2013年12月28日に締結されたワルシャワ条約機構(ベラルーシ、ウクライナ、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンと言ったソビエト社会主義共和国。ポーランド社会主義共和国)へと繋がることとなる。

フランスもEUの残骸をかき集めそれなりの勢力を維持したが、独裁の傾向が強かったブルガリア王国、ルーマニア王国が枢軸側へ参加する事態へとつながるのであった。

そして皇歴2014年3月7日EU盟主国フランスを中心とした同盟でオーストリア連邦、アイルランド共和国、アイスランド共和国、スカンジナビア連合王国、デンマーク王国、エストニア共和国・ラトビア共和国・リトアニア共和国、ベルギー王国、オランダ王国、ルクセンブルク大公国、アルバニア王国・ユーゴスラビア王国・ギリシャ共和国、マケドニア共和国と言った残り物で構成された。EUはユーロ・ユニバースとして一体化を図ったが共和主義国、王国と主義主張の違いに加えEU有力国のスカンジナビア連合王国のブリタニアへの関心の薄さ、有力国には違いないが帝政時代の問題を解決できないオーストリア連邦、植民地の大半を失い過去の蓄財を持って有力国とするオランダ王国などEUのまとまりのなさが目立つ者であった。

また、明確な態度を示していないがポルトガルは独裁政権となり厳しい植民地政策を執り行う関係上枢軸同盟へ接近している。スペインでは左派と右派が激しく対立しておりどこに与するか態度を保留している。スイスは例によって中立である。

 

 

 

皇歴2014年7月17日、スペイン共和国植民地モロッコにてスランシスコ・フランコ将軍が共和国政府に対して反乱を起こしたのだ。フランコはモロッコを地盤にスペイン本土へと攻め上がった。共和政府によって権勢を失っていた既得権益の汁を吸っていた地主、軍部、資本家たちはフランコを支援した。スペイン本土の軍部は主に地理的事情で人民戦線側に付いた者も少なくなかった。そして、軍部は数の上では真っ二つに割れた。だが主力は反乱軍側に付いたため、民主戦線側の軍事力は当初から劣勢であった。

 

この内戦に際してEU、中華連邦、ワルシャワ条約機構は政府軍を、枢軸同盟とポルトガルは反乱軍を支援した。

ブリタニアはフランコ率いる反乱軍にKMF含む騎士団を派遣しエブロ川の戦いで民主戦線を破り11月16日には壊走させた。12月より、フランコは30万の軍勢でカタルーニャを攻撃、翌1939年1月末に州都バルセロナを陥落させた。そして民主戦線側を支持する多くの市民が、冬のピレネー山脈を越えてフランスに逃れた。これによりスペインは民主派を一掃したことを内外に宣言。内戦に勝利したフランコ側は独裁政権を立ち上げ、人民戦線の残党に対して激しい弾圧を加えた。

 

皇歴2014年11月14日、ハインリッヒ・ヒトラー率いるナチスドイツとベナート・ムッソリーニ率いる二か国はブリタニアより聖ミカエル騎士団、聖ラファエル騎士団、聖ガブリエル騎士団、聖ウリエル騎士団を軍事顧問として受け入れる。そしてオーストリア連邦へ侵攻を開始。ブリタニアの軍事顧問団を前面に押し出しオーストリア連邦チェコ方面軍を早期に壊滅させたナチスドイツ軍はスロヴァキアを占領し傀儡国家スロヴァキア独立国を建国させた。

 皇歴2014年12月18日、ナチスドイツ軍はポーランド共和国へ宣戦布告及びオーストリア連邦のさらに奥へ侵攻を開始した。オーストリア連邦と同盟関係にあったEU諸国はナチスドイツへ宣戦布告し、ワルシャワ条約機構もポーランド共和国国境に軍を集結。国境を接していない国にも軍の動員がかかる。ブリタニアやイタリア他枢軸は同盟国であるナチスドイツを助けるとする名目でEU諸国・ワルシャワ条約機構に宣戦を布告した。

 

ここに欧州大戦の火ぶたは切り落とされたのだ。

 

 

 

 

太平洋上

蘭印軍艦隊カレル・ドールマン提督は負傷し自身の参謀達に支えられながら超戦艦日本武尊の艦橋にいた。

 

「アドミラル大石。この度はオランダ国民の保護を認めてくれて感謝している。」

「ドールマン提督、我々は当然の事をしたまでです。」

 

ドールマン提督達蘭印軍の艦隊は本国への航路をふさがれ太平洋上をさまよっているところを旭日艦隊に保護されていた。

 

「我が艦隊は本国まで戻る余力がない。できる事なら貴国での保護をお願いしたい。」

「わかりました。私の方で大高首相の方に繋いでおきましょう。」

「何から何まで感謝します。」

 

ドールマン提督に向かい合う大石はコーヒーを2つ淹れて片方をドールマン提督に渡す。

 

「ドールマン提督、昨今のブリタニアやナチスドイツの勢力拡大は危険なものだと考えています。かの国の政策は他国民の奴隷化です。占領地では歴史上類を見ない残酷な統治が行われております。」

「確かに我が国も植民地支配を行ってはおりましたが人権を名実ともに奪い取るのはやり過ぎです。我が国でもかの国のやり方は危険視していました。」

「ですから、我々は巨大な敵に対して個々であたるのではなく、協力して一致団結して事に当たるべきです。」

 

大石とドールマンは固く握手を交わす。

 

「私もそう思います。港に着き次第、本国に打診してみます。仮に本国の答えが芳しくなくても我々は貴国に賛同します。」

 

 

 




本筋は日本なので欧州の大きな描写はしばらくありません。

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