気炎の刃   作:とりてん

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おそくなってすみません


迅悠一

「うんまあ……一本目が一番よかったな!」

 

「そうですね……そうですよね……」

 

 10本終わって自販機前。煉獄は緑茶、黒江はココアを飲みながら先の模擬戦を検討を行っていた。煉獄はいつも通りの様子だが、黒江の表情はやや暗い。心なしかツーサイドアップの髪もやや下向きだ。

 

 結果的にいって、勝負はその後10-0で煉獄の勝ちに終わった。内容を鑑みても、おそらく最も黒江が煉獄に迫れたのは最初の一本目だというのは両者ともに疑いようもなく、残りの九本は悪かったとは言わずとも一本目の黒江の戦闘の組み立てに比べれば、いささか甘い部分が多かったというのが煉獄の見解だ。

 

 まあ、簡単にいってしまえば、あれだけうまく自分本位の展開に持ち込んで敗れた一本目が、逆そのあとまでメンタルに響いたとみるのが妥当なところだろう。別に10-0という結果自体は珍しくもないのだが、その中でも一本目は今までにないほど煉獄を追い詰めていたうえでのアレである。

 

 実情を言えば、いかに煉獄とはいえ錐揉みに吹っ飛びながらの旋空は、とてもじゃないが絶対当てられる自信などなかっただろうし、あの一閃が決まったのは運もあったはずだ。

 それをされた側は、そう思わないかもしれないが。

 

「落ち込むことはない。特にそうだな、韋駄天の使い方は抜群に良くなっているぞ」

 

「そうですか?」

 

「うん。韋駄天自体は強力無比だが、相応に穴もあるトリガーだからな。格下相手には雑に使っても問題ないかもしれないが、格上相手であればあるほど連打は禁物だ。なので、使いどきを見極めて使っていたのはよかったぞ!」

 

 はい、と嬉しそうに頷く黒江。

 

 よきかなよきかな。子供は笑顔が一番である。

 

「でも、煉獄さんの技には改めて驚きました。旋空をあんなタイミングで放つなんて!」

 

 きらきらの笑顔でそう言われる。

 

 先ほども述べたが、あのときのモチベーションなどと相まって割とたまたまでできた感じなので、もう一回やれと言われても煉獄も困り物であるはずだが、しかし、煉獄はいつものなんとなく思考の読みづらい表情のまま堂々としている。

 まあ弟子の手前、必要とあらばやってみせるのが煉獄杏寿郎であろう。一度できたことが二度できぬ道理はない。

 

「ところで煉獄さん、もうすぐお昼ですけど、よかったらご一緒してもいいですか?」

 

 そんな調子で先の模擬戦を話し合い、あらかた言うところもなくなったところで、黒江はそう切りだした。目を輝かせた黒江は、尻尾がついていたらそれはもうぶんぶんと振り回しているのだろうという様子だ。

 

 しかし、実に無念。無念ではあるのだが、煉獄にはこのあと、黒江とは昼食をとれない理由があった。

 

「昼か! そうだな、だがすまん! 今日の昼は先約がある!」

 

「あ……そうですか」

 

「珍しく迅悠一に誘われてな!」

 

 迅悠一。

 

 ボーダーでは知らぬ隊員はいない、自他共に認める実力派エリートの名前を聞いて、黒江の眉間に皺がよる。ぶっちゃけ黒江的には関わりも薄く、なんかいつも飄々としている軽薄そうなヤツくらいにしか思っていなかったので、そんな彼に師匠との昼食を邪魔されたのは気に入らない。

 

 対する煉獄としても、かわいい弟子の昼食の誘いを断るのは忍びなかっので、

 

「そう落ち込むな。昼は無理だが、それなら夕食はどうだ? もちろん俺の奢りだ!」

 

「いきます!」

 

 即答だった。

 

 迅悠一のことはもう黒江の頭からは霧散していた。

 

 黒江双葉13歳、大人びていてもまだ子供である。

 

 

 

 

 

 φφφφφ

 

 

 

 

 

 

「率直にいうけど煉獄さん。たぶん2日以内に人型近界民(ネイバー)と遭遇するんだけど、そのとき見逃してあげてくんない?」

 

 ラーメン屋にて、煉獄が5回目の替え玉に入ったところで、迅悠一はそう切りだした。

 

「ずずずずずずずーっ」

 

「あの、煉獄さん」

 

「ずずずずずずずーっ」

 

 しかし、この男。話を聞くどころかまるで麺をすすることを止めようとしない。否、勢いを増しているようにすら見えるのは気のせいか。

 

「ずずずずずずずーっ」

 

「煉獄さーん」

 

「うまい!」

 

「うん、だろうね」

 

 どうやら6玉目も食べきったらしく、満足そうな顔でうまいと唸る煉獄。さすがの迅も呆れ顔だったが、もうこれ以上食べる気は無いらしく、ようやく煉獄は箸を置いてこちらに耳を傾けた。

 

「よし、迅! なにか話があるんだろう! 腹は八分目に抑えておいたから存分に語れ!」

 

「もう全部言ったよ」

 

「なんと⁉︎」

 

 聞いてなかったらしい。

 

 しかもこれで腹八分目らしい。

 

 仕方がないので迅はもう一度先ほどの言葉を繰り返す。

 

「見逃せ、か」

 

「うん、煉獄さんが会うはずのやつはたぶん悪いやつじゃないはずなんだ。煉獄さんにとっても、ボーダーにとっても」

 

「…………珍しいな、君が未来のことについてここまで他人にまるっきり明かすのは」

 

「これくらい言わないと、煉獄さん自分曲げないでしょ?」

 

「これくらい言われても曲げんだろうな俺は!」

 

 相変わらず、どこに焦点を当てているのかわかりづらい双眸を見開きながら、煉獄はなぜか胸を張る。

 

 自分が納得できない要求は飲めないというのは煉獄自身もよく自認するところだ。前世においても竈門兄弟の処分に納得できぬときにはお館様に具申したことからも明らかな彼のサガ。つまりはなかなかの頑固者。

 

「そこをなんとかならない? 煉獄さん」

 

「ならなくは、ないな! 迅、君がその人型を庇う理由はなんだ? 正しい理由があるなら俺は支持するし、そうでないならその人型を庇う君も(・・・・・・・・・)斬らなくてはならない! その人型は君の知り合いかなにかか?」

 

「いや、会ったことはないよ。おれは煉獄さんの未来を通して(・・・・・・・・・・・)、見ただけだからね」

 

 未来を通して。

 

 迅悠一のこの言葉はふざけているわけではない。

 

 副作用(サイドエフェクト)。トリオン能力の高い人間に発現する特殊技能。それは超能力と呼べるほどのものではなく、人の能力の延長上にあるものが普通だが、迅のものに関して言えばその限りではない。

 

 彼の能力は未来視。

 

 自分がみた人の未来の可能性を見ることができるサイドエフェクト。

 ボーダーでもサイドエフェクトとして最上位に位置付けられる超感覚と呼ばれる技能。すなわち彼は煉獄を通して煉獄の未来の可能性を垣間見たというわけだ。

 

「君らしくないな! そんな適当なことでいいのか! 得体の知れない人型など、斬り捨てるに決まっているだろう! 市民に何かあってからでは遅すぎる!」

 

「適当なんかじゃないよ。その人物とは会ったことはなくても、おれたちのボーダーの未来を変えてくれる人物だって確証はあるんだ。もちろんいい意味でね」

 

「そうか! だが、それだけでは話にならないな! その人型が絶対安全とは断定できない!」

 

「おれの話は信用できない?」

 

 迅は薄く笑ってそういった。

 煉獄も見慣れている、いつもの軽薄そうな笑みだ。

 

 けれども煉獄は知っている。

 

 彼が薄い笑みの下で、どれだけ未来を案じているか、先に見えているだろう未来を良いものにするためにどれだけ苦心しているのかを。

 

 確かに。未来視のサイドエフェクトはボーダーとしても非常に有力な能力だ。先が見えているのなら、不測の事態というものは起こり得ない。たとえこの先また大規模な近界民侵攻が起こっても迅がいれば相当な被害を抑えられるのだろう。

 

 それはなんと素晴らしく、優れた能力であることか。人々の先を知るということは、彼にはそれを変えることができるのだ。もし時代が時代ならば、天下を取ることさえ叶うだろう。

 

 しかし、それは人の身に余る。

 

 これはただの人が、一人で持っていていい能力ではない。

 

 未来が見えているのなら、起こりうる悲劇を全て回避できるのだろうなどと、都合よく解釈する者も少なくない。便利な能力だ羨ましいと嫉妬するものもいるのだろう。

 

 だが、実際に持たされてみればどうか。

 

 便利な能力? 否、こんなものはまるっきり呪い(・・)みたいなものだ。迅には見る未来を選ぶことができない。人々の不幸な未来まで否応無しに見透さざるを得ない。

 迅が他人のことなど知らぬ存ぜぬというような、手前勝手な男だったのなら、あるいは本当にただ便利なだけの能力だったかもしれない。

 

 だが、違った。

 

 彼は見える未来の全てに責任を持っている。一人でも多くを救おうとしている。そのために陰で働きすぎて、趣味は暗躍だなどと噂されることもあった。

 

 今こうして煉獄を説得しようとするのもまた、そういうことなのだろう。そんな迅を、煉獄は尊敬さえしていた。その身に天から背負わさせた責務をやり遂げようとする姿勢は、好ましい。そんな男の言葉を信じられないはずがない。

 

「君のことは信じているとも、他の誰より。だが、未来視は絶対の力なんかじゃない。俺が疑っているのは未来視のほうだ。

 未来の可能性は無限に広がっている。君はそれらを見ることができるが、読み逃すこともあるはずだ。というより、可能性が無限ということは、そもそもからしていい方向性にも悪い方向性にも広がっているのだろう。俺の会う相手が見も知らぬ近界民なら、君が読み逃している可能性に悪い未来が全くないとは思えん。悪い未来につながる全てを排除することなどできんことはわかっているが、少なくとも俺にも君にも繋がりのないものをどう信用しろという」

 

 未来が見えるのだからそれに頼れば絶対安全。などいう盲信は腑抜けの考えだ。未来視は絶対ではない。そんなことは煉獄のみならず、旧ボーダー(・・・・・)からいる人間からすれば当たり前の事実だ。

 

 誰より、煉獄が言うまでもなく、そんなことは迅自身こそが最もよくわかっている。

 

 彼は未来視を持っていてなお、自らの師匠を喪った。

 

 だからこそ、よりよい運命を引き寄せるために、迅はまだあっていないその人物と自分のサイドエフェクトを信じた。だが、煉獄は人を守るためにそれを疑う。

 

 どちらの主張にも理はあるのだろう。ゆえに相容れない。

 

 煉獄杏寿郎は譲らない。

 

 しかしまあ、付き合いの長い迅にしてみれば、それも想定内ではあった。だから彼が本当に通したいのは次の要求。

 

「ならもう見逃せとは言わないよ。けど、その代わりに、煉獄さん自身でそいつを見極めてもらえない? そいつがおれたちにとって、敵か味方か」

 

 煉獄杏寿郎は線引きをしている。

 

 たとえどんなときでも、人間ならば必ず守る。そして、近界民ならば必ず斬る。感情ではなく自らの責務として、絶対的にそれらを切り分けて考えている。だからブレない。決してブレない。

 

 けれども融通が全く効かない人物ではないし、ましてやバカでもない。そして、これは迅も知らないことではあるが、煉獄はかつて、元いた大正の世にて、例外中の例外を知っている。

 

 鬼でありながら、血を流してまで人を護る優しき娘を知っている。

 

 それは鬼すべからく滅するべきという煉獄をして、その娘を鬼殺隊として認めると言わしめた。鬼だからただ斬ればいいのではないのだと、改めて教えられた出来事だった。

 

 ゆえに煉獄も、かつてほど頑なではない。だから迅の言葉に煉獄は笑みを返す。

 

「もとよりそのつもりだ! 君がそこまで頼むのだから、それぐらい譲歩はするとも! よし、これでこの話は終わりだな! 締めにチャーハンでも頼もうか! 君も食べるか!?」

 

 やけにあっさりと、煉獄はそういってのけた。その即答に、迅は少し驚きつつも、すぐに食事を続けようとする煉獄を見て呆れたように笑う。

 

「煉獄さんまだ食べるの? じゃあおれも頼もうかな」

 

「そうだ! 食え! 食わねば大きくならないぞ!」

 

「いやあ、流石にもう縦には伸びないよおれ」

 

「なんだ、もうそんな歳か!」

 

 あっはっは、と煉獄が笑う。

 

 煉獄と迅の付き合いは長い。今のボーダーができる前からのつきあいとなるので、4年以上にはなる中だ。

 

 ──迅少年。

 

 そう、第一次近界民侵攻の前ぐらいのときは、まだそう呼ばれていたのだ。気づいた時には『少年』は呼び名から外れていた。単に年齢経過で外したのだろうか。それは本人にしか分かり得ないことで、詳しい時期も覚えていなかった。

 

「迅」

 

「っと。なに、煉獄さん?」

 

 そんなことを考えていると、意識の外から煉獄が声をかけた。

 

「あまり一人で気負うなよ。お前はすごいやつだが、そこだけは欠点だ」

 

「割とみんなのことあてにしてると思うけどなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本編ということで

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