気炎の刃   作:とりてん

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煉獄さんが好きすぎたので書いてしまいました。


煉獄杏寿郎

 鬼と、戦い続けた生涯だった。

 

 煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)の人生は、生まれながらに戦いの螺旋の中にあった。一族に代々続く炎の呼吸の継承と、鬼殺の柱としての責務。ゆえに彼は鬼を滅する刃であり、人を護る盾であり続けた。

 

 世は大正、人々が生活を営む浮世には、それを脅かす悪の存在があった。人喰い鬼……化外のモノらはまさしく人類種の天敵。並人ならぬ膂力を持ち、受けた傷は瞬く間に治る不死であり、さらに上位の鬼は妖がごとき特異な術すら身につける。陽の光を浴びる以外では決して死ぬことのない悪鬼。煉獄杏寿郎の生きた世界は、このようなモノどもが跳梁跋扈する地獄であった。

 

 鬼は強い。人よりも強い。鬼に対して人ができることなど闇夜に怯え、助けを希うが関の山。抗う術などどこにもなく、弱者はただ強き鬼に喰われるが世の定め。

 

 

 ──そんな地獄を、決して許さぬ者たちがいた。

 

 

 悪鬼・滅殺。

 

 怨念が如き宿願を掲げるその組織は鬼殺隊(きさつたい)、彼らは智慧を絞り技を極め、永きに渡り鬼と戦い続けた。彼らの目的はただ一つ。

 

 鬼を、狩る。

 

 岩を砕く力も、傷を治す不死も、只人に過ぎない彼らにありはしない。だがそれでも、限界を超えて彼らは鬼を狩りつづける。闇夜にあって鬼ならず、原種たる厄災を滅するその日まで。

 

 そして煉獄杏寿郎もまた、鬼殺隊に所属する隊士のひとりであった。彼はその中でも最高位、柱と呼ばれる9人の隊士が一柱・炎柱。煉獄は人類の中でも最上位の剣士であり炎の呼吸を極めた鬼狩の玄人として、数多の鬼を屠り、人々を守り続けた。

 

 だが、どれだけ強くとも、固い意志を持とうとも、人として戦い続ける以上逃れ得ないものがある。

 

 それは『死』。

 

 煉獄杏寿郎は、死んだ。戦い抜いた果てに死んだ。だが、決して敗れはしなかった。

 

「いつだって鬼殺隊はお前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!!

 生身の人間がだ!! 傷だって簡単には塞がらない!! 失った手足が戻ることもない!! 逃げるな 馬鹿野郎!! 馬鹿野郎!! 卑怯者!!」

 

 彼が護った後輩は、未来の鬼殺隊を託した『日輪』は、煉獄と戦い、陽光から逃げようとする鬼に向かってそう叫んだ。

 上弦の参・猗窩座(あかざ)。煉獄が死闘を繰り広げたのは総ての鬼のなかでも最上位に数えられる悪鬼であった。煉獄の力を持ってしても、かの鬼を殺すには至らなかった。

 

 だが、

 

「お前なんかより煉獄さんの方がずっと凄いんだ!! 強いんだ!! 煉獄さんは負けてない!! 誰も死なせなかった!! 戦い抜いた!! 守り抜いた!!」

 

 彼は護り抜いた。下弦の壱と上弦の参。凶悪極まる鬼の頂点、十二鬼月のうちの二匹から、列車の乗客200名あまりと若輩の鬼殺隊士数名。ただの一人の犠牲者もなく彼は護りきったのだ。

 

「お前の負けだ!! 煉獄さんの勝ちだ!! うあああああ、ああああ!!! あああああ!! あああ、わあああ」

 

 少年……竈門炭治郎(かまどたんじろう)は、滂沱の涙とともに絶叫する。猗窩座に対して、彼は何もできなかった。ヒノカミ神楽による疲労や腹部の傷を差し引いてもなお、煉獄に加勢することすら叶わなかっただろうほどの実力差があった。

 

 だからこそ、炭治郎は煉獄を凄いと思う。自分と何ら変わらぬ人間でありながら、燃え盛る炎のように強かった。「鬼になれ」と促す猗窩座に、微塵も狼狽えることなく人間であることの素晴らしさを説いた。

 

 ゆえに認められない、認めてなるものか。煉獄杏寿郎は負けてなどいない。ただの一人も取りこぼさず救ったこの男の戦いが、敗北などであってなるものか。それは良く言えば人としての意地であり、悪く言えば子供の駄々のようで。それを見て、煉獄杏寿郎はもはや死を待つのみとなった満身創痍の身ながら微笑んだ。

 

 全く、負けていないなどと、それを言うのは本来俺だろうに。

 

「もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く、君も軽傷じゃないんだ。竈門少年が死んでしまっては俺の負けになってしまうぞ」

 

 自身がもはや幾許もない身でありながら、本人ですら驚くほどに穏やかな声で、煉獄はそういった。涙を流し続けたままに、炭治郎がこちらを振り返る。

 

「こっちにおいで、最後に少し、話をしよう」

 

 気弱な足取りでこちらまで来て正座した炭治郎に、煉獄は語りかける。炎柱の手記のこと、弟のこと、父のこと、炭治郎たちのこと。

 

 語りかけながら、思う。

 

 自分はここで死ぬのだろう。だけれども、この結末は決して悪いものなんかじゃない。

 

 意志を継ぐ者がいる。

 

 未来を託せる者がいる。

 

「俺は信じる。君たちを信じる」

 

 最後に、煉獄はそういった。炭治郎は言葉もなく、涙を流す。煉獄はやはり晴れやかに笑っていた。

 

 夜は明けた。陽の光の向こうに、一人の女性の姿が見える。

 

 ──母上……

 

 太陽を背にした女性は、ただ黙ってこちらを見ている。

 

 ──俺はちゃんとやれただろうか。やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?

 

 声などを上げる力はもう残っていない。だから心の中で尋ねた。

 

 そうして、憮然としていた母は、その表情を柔らかな笑みへと変えてこう告げた。

 

 ──立派にできましたよ。

 

 

 

 そして、煉獄杏寿郎は息を引き取った。

 

 だが彼の魂は、燃え尽きたのではない。それは炭治郎たちへと受け継がれる。明けない夜など決してない。煉獄杏寿郎は黎明に散ったのだ。

 確信していた。彼らが次代の鬼殺の柱となることを、だから彼には、自分の死に微塵の後悔すらなく。輝ける希望とともに世を去った。

 

 

 

 

 

 それが煉獄杏寿郎の物語。燃え盛る炎のような彼の生涯はここで閉じる。

 

 

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

 

 

 φφφφφ

 

 

 

 

 

 

「うまい! うまい! うまい!」

 

 世は平成。ファミリーレストランにて、凄まじい勢いでカツカレーをかき込む一人の男がいた。大きく開かれた両の眼に黄と赤の混じったまるで火炎のような髪のその男の脇には、平らげたのであろう空になったカツカレーの皿が積み上げられ、その健啖ぶりが伺える。

 

「うまい! いやあ流石は風間蒼也の好物とだけあって実にうまいな! このカツカレーというのは! しかも! 今日は君の奢りときた! ありがとう!」

 

「…………」

 

 礼を言いながらも決してスプーンを止めることのない炎髪の男は再び「うまい! うまい!」と連呼しながらカツカレーを貪り食う。

 それを前にして、正面に座る短髪の男……風間蒼也は、普段通りの無表情でそれを観ている……ように見えるが、実のところ、彼に近しいものでなければ気づかないぐらい若干、その顔を引き攣らせていた。原因は無論この目の前のとにもかくにも豪快な快男児。

 なぜこの男に奢るなどと言ってしまったのか、自分の軽率な発言を深く反省する風間を他所に、先ほどまで山盛りだったカツカレーはマジックのように平らげられる。

 

「うん、おかわり!」

 

「よし、本部のブースへ来い煉獄杏寿郎。お前に常識を教えてやる」

 

 煉獄杏寿郎は死んだ。それは真実ではあったのだが。

 

 事実は小説より奇なり。運命はまだ、彼の物語を望んでいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プロローグ的な話なので、次話から本格的にワールドトリガーの話になります。

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