自分と同室になる人物がまさか再会した幼馴染だった事に驚いた一夏だったが、反面助かっていた。見ず知らずの誰かよりは、ずっとマシだったからだ。それに現実世界では姉の千冬と、SAOでは簪や本音(と風林火山のメンバー達)と同じ屋根の下で生活していたため、女性との同居生活に意外と慣れていたのだ。
―――最も、同居生活する以上は、キチンと線引きするよう和人や巧也から耳に
兄貴分達に注意された通り、そこはちゃんと話し合ったのだが……途中で何度も箒が赤くなったり、怒鳴ったり、言葉を濁したりといった変化があり、話を纏めるだけでも一苦労だった。その後は特に何事も無く、翌日に備えて早めに休む一夏であった。
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「なあ……」
「…………」
右隣の幼馴染に声をかけるが、返事が無い。それどころか目に見えて不機嫌そうに黙々と朝食を食べている。それが気まずくて、一夏は反対側に声をかけた。
「なあ、オレ何か悪い事したのか……?」
「すみません、僕には解りかねます。一夏も特別相手を怒らせるような言動には心当たりが無いのでしょう?」
「そうなんだよなぁ……」
ため息をつきつつも、箸を進める。巧也とは今朝ばったり会ったので、同じ男子として親睦を深めたい一夏は朝食に誘ったのだ。ちなみに和人は―――
「一夏?何故呆れたような目をしているんですか?」
「いや……あの二人、朝っぱらから甘さ全開だなぁって……」
―――昨日の昼食同様、人目を気にせずに明日奈と二人だけの世界を作っていた。仕草一つ一つに気品が溢れていながらも、コロコロを変わる明日奈の表情は心底幸せそうで、男女関係なく見惚れてしまう程に魅力的である。
「あの人……桐ケ谷君と付き合っているのかなぁ……」
「すっごい綺麗……うぅ、勝てっこないよぉ……」
遠目に二人を見ている女子達は、既に明日奈との戦力差に竦んでしまっている。尤も、明日奈としても見せつけているのか普段よりも大胆である。少なくとも、一夏が知る彼女ならばこんな大人数の前で堂々とイチャつく事はほとんど無かった筈だ。一方の和人は気恥ずかしいのか僅かに頬を染めながらも、明日奈を気遣う事を忘れない。誰から見てもお似合いな二人を邪魔しようとする輩は、今の所いない様子だった。
「お、織斑君!」
「ん?」
兄貴分の様子を眺めていると、不意に声をかけられた。何だろうかと思い声がした方を向くと、朝食のトレーを持った女子が三人、一夏の反応を待っていた。
「どうしたんだ?」
「え、えっとね……い、一緒に食べていいかな?」
初対面だからだろうか、緊張した様子で聞いてきた彼女に、一夏は迷う事無く頷いた。
「別にいいぜ。二人もいいよな?」
「はい、構いません」
「……好きにしろ」
快諾してくれた巧也とは対照的にぶっきらぼうな箒に苦笑しながらも、一夏は三人に笑いかける。それに安堵したように息を吐きだしながらも、三人はスムーズに向かいの席に着いた。
「うわ~、男子って結構食べるんだね」
「いや、オレはこれでも少ないつもりなんだけど……」
「うっそぉ!?」
一夏は昏睡状態から目覚めてまだ半年も経っていない。二年間使われていなかった消化器官はまだ全快と言えず、二年前に比べればまだ食事の量は少ないままだ。そんな自分よりも明らかに少ない量の朝食で足りるのかと、一夏は目の前の女子達が心配になった。
「そっちはそれだけしか食べなくても平気なのか?」
率直に思ったことを口にすると、目の前の少女達は少々困ったような笑みと共に顔を見合わせる。
「わ、私達は……ねぇ?」
「うんうん、平気へーき!」
「へぇ~」
「あとお菓子食べるし!!」
「へぇ~……っておい!?」
途中までは彼女達の低燃費に感心していた一夏だが、最後の発言は聞き逃す事ができなかった。同級生のみならず、年上たるクライン達からも爺臭いと言われ続ける彼の健康思考は、衰弱した自分の体を元に戻す為にも一層磨きがかかっているのだ。
「間食って太りやすくなる原因なんだぞ?あと人の老化ってのは―――」
「―――続きはまた後にしましょう、一夏。あと五分で朝食を終えないと、走って登校しなくてはなりませんよ?」
一夏の健康談義が開始される直前、巧也が絶妙なタイミングで彼の意識を逸らす。見れば巧也自身は食事を終えているし、箒も先に行く、の一言と共に席を立っている。
「やっべぇ!?」
「落ち着いてください。普通のペースなら、十分間に合います。焦って喉に詰まらせる方が危険ですよ」
「お、おう……」
直後に寮長を務める千冬の声が響いたが、巧也に再びなだめられた一夏は、普段通りの速度で無事に朝食を平らげた。
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「ISは道具じゃなくパートナー、か」
「何となく解るぜ。あの世界でも、剣は唯の道具じゃなかった」
「うん、きっとISにも、心があるんだよ」
ISに関する基礎知識についての授業の後、一夏達は真耶からの言葉を思い出していた。ISには意識が存在し、操縦時間が長ければ長いほど乗り手の事を理解しようとしてくれる。故に道具ではなく共に戦うパートナーとして扱う事が大事だと。
普通に生活していたのならイメージしにくかったかもしれないが、一夏達はSAOサバイバー。手にした剣に己の命を預けて戦い続けた彼等にとって、とても共感できる考え方だった。
「この子とお話できる日が、いつか来るのかな……」
明日奈がそっと右手の人差し指を撫でたため、一夏がつられて彼女の手を見ると……そこには白い指輪が付いていた。
「え、明日奈さん、それって……」
「うん、私の専用機《白夜》だよ」
何年も前から彼女の進路はIS学園に決まっており、加えてレクトの子会社にIS関連の企業が存在するため彼女が専用機を持つ事に疑問は無い一夏だが、こんな早くから所持していたのは驚いた。
「この中で専用機を持ってないの、お前だけだぞ?」
「はぁ!?マジですか!?」
見れば和人は明日奈と同じ位置に黒い指輪があり、巧也は襟元を緩めて灰色のペンダントを取り出してみせた。
「い、何時の間に……」
「不快かもしれませんが、僕達男子は世間からすればモルモットですから。近日中に一夏にも専用機が手配される筈です。貴方だけ開発元が違うので、受け取るタイミングがずれているんだと思います」
「それって何時なんだよ……」
ペンダントをしまい、緩めた襟元を戻しながら巧也がそういうが、知らぬ間に取り残された一夏はがっくりと机に突っ伏す。モルモット……データ採取の為とはいえ、専用機が与えられるのはありがたいのだが、彼自身にはその手の情報が一切入ってこなかった。その事の少しばかりおいて行かれた感じがしなくもないが、今は文句を言う余裕すら無い。独学で身に着けた拙いISの知識を少しでも増やす為、明日奈や本音達に教えを乞う一夏の表情は真剣なものだった。
……クラスメイト達もそんな彼に無遠慮に話かける事はしなかったが、代わりにとばかりに和人に詰めかける。
「ねえねえ、桐ケ谷君!」
「質問しつもーん!」
「今日のお昼って暇?」
完全に我先に、と言わんばかりの勢いに、流石に和人も少しばかり表情が引きつる。一夏の前では兄貴分として情けない姿を見せたくない事もあってか男子三人の中では同年代とは思えないくらい大人びた印象を持つ和人だが、根っこの部分はコミュ障のネットゲーマー。大勢の異性に質問攻めされるのは一人では荷が重い。
「和人?何故急に僕の腕を掴むんで―――」
「―――決まってるだろ。お前も道連れだからな……!」
避けられぬのならば、せめて一人にはなるまいと幼馴染を巻き込む彼の表情は必死なものだった。
「それは構いませんが……この人数は捌ききれませんよ?」
「あぁ……そんくらいは解ってるさ……」
どこか達観しつつも、和人は巧也と共に目の前いるクラスメイト達の質問に答え始める。尤も、思い思いに話しかけてくる彼女達の質問を拾うだけで時間がかかり、休み時間中に答えられたのは僅か二、三個程度だったが。
「いつまで遊んでいる。最低でも一分前には着席しろ」
いつの間にか教卓の前に立っていた千冬の一言で、クラスメイト達は迅速に自分の席に戻る。
「ところで織斑、お前のISは予定より到着が遅れるそうだ」
「え?……って試合には間に合わないって事ですか!?」
「その日には着くらしいが、どう転んでもいいように備えておけ」
先程和人達に一歩置いていかれたと思っていた一夏にとって、千冬の宣告はそこそこの追い打ちだった。それでも不満を漏らさずに、己にできる事を考えようとする彼の姿勢に千冬は―――身内にしかわからないほど僅かだが―――微笑した。
(変わった……いや、成長したな。本当に)
昔のように「なんじゃそりゃ!」と不平不満を口にしたり、「ま、何とかなるだろ」と楽観的な思考になったりすると予想していただけに、今の必死に足掻こうとする姿は千冬にとても好ましく感じた。つまりニヤけたのだ。なんだかんだで彼女はブラコンである。……尤も本人は頑なに認めようとしないが。
(おっと……私が公私混同とはいかんな。真耶に示しがつかん)
軽く頭を振って思考を切り替えると、千冬は普段通りの声音で号令をかけ授業をはじめるのだった。
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「あれ?アインの奴、今日は簪と一緒じゃないんだな」
午前の授業が終わり、和人は昨日と同じく明日奈と共に食堂で昼食をとっていた。最愛の少女を気遣いながらも、ふと弟分の方を見て……彼が恋人と共にいない事に疑問を抱いた。
「簪ちゃんは今日、アイン君とご飯一緒に食べれないって言ってたよ。それにほら、箒ちゃんはさっき……」
「あぁ……そうだったな」
一夏の隣で気まずそうにしている箒を見て、和人も納得した。
「どこだろうと、生まれはついてまわる……全く難儀な話だぜ」
「うん……特に箒ちゃんは、望んでも無いのに普通の女の子から変わっちゃったんだよね」
和人も明日奈も、自分の家柄故に普通の人とは違ったしがらみや悩みに囚われてきた。その為、箒が『篠ノ之』である事―――ISの生みの親である篠ノ之束の妹である事―――に苦しんできたのだろうと、容易に想像できた。だからこそ、数刻前に姉妹である事に気付いたクラスメイト達が急に群がってきた時に怒声を上げてしまった彼女を責めるつもりは無かった。とは言えそれで箒がクラスで浮いてしまったのも事実であり、かといって昨日出会ったばかりの和人や明日奈も、彼女との距離の取り方をうまく掴めずにいたのだ。
「彼女の事は任せてくれ、と言っていましたが……本当にその通りにできるのには驚きました」
やや強引とはいえ、孤立しかけていた箒を引き連れてクラスメイト達の環に入って食事を摂る一夏を見ながら巧也がそう呟くと、和人は心なしか得意げに片頬を釣り上げた。
「あれがアイツのいい所なんだ。初めて会った奴だっていつの間にか馴染んでて、アイツを中心に繋がりが広がっていく……俺にはないものさ」
「もう、キリト君にだってそういう所はあるんだよ?」
和人の言葉から僅かに滲んだのは、自嘲。他人と比較して自己肯定感の弱い彼は嫉妬や羨望よりも先に、自己否定の感情を抱いてしまうのだ。だが明日奈からすれば決してそんな事は無く、彼自身も人を惹きつける力があるのだ。
ベータテスター達を守る為、やがて攻略組の団結を強める為の憎悪の対象としてビーターであり続けた彼に、人を惹きつける力が無ければ……今こうして自分が生きている事は無いのだと、明日奈は思っている。事実アインクラッドでのボス戦に於いて、不測の事態で活路を見出そうとした彼には、多くの者達が続き、力を合わせていたのだから。
「それでもさ。アスナとアインが表舞台にいてくれたから、攻略組は纏まっていたんだ。俺は影から少し手伝っただけだよ」
微笑みながら告げる彼の目は一夏へと向いており、眩しいものを見るかのように穏やかに細められていた。
(僕の知らない和人や簪を、明日奈さん達は知っている……直葉もこんな感情を持て余していたんでしょうか……?)
巧也の中の、幼馴染としての心に一つ、波紋が広がる。ずっと一緒に育ってきたからこそ、自分がいなかった二年の間に起こった事を知りたくて……それを知っている明日奈や一夏を羨ましく思ってしまう。
勿論明日奈が和人の、一夏が簪の傍にいる事に関して、巧也は何の不満も持っていない。共に過ごしたのは極僅かな時間だが、それでも明日奈達が抱く想いは本物であり、同時に和人達が向ける愛情も遊びではなく本気である事も解っている。だからこそ巧也は、明日奈や一夏も命を賭してでも守らなければならない対象である事を改めて自分の心に刻み付ける。
「巧也君?お箸止まってるけど、どうかしたの?」
「いえ、先ほどの授業内容で気になった所があったので、復習しておかなければと思っていただけです」
「あー、ISが何で浮いてんのかってヤツか……アレを完全に理解できる奴なんてそうそういないだろ」
「反重力力翼と流動波干渉になっちゃうもんね……巧也君が分からなくてもおかしくないよ」
苦笑しながらも納得した様子の明日奈に、とりあえず誤魔化せた巧也は心の中でホッと一息つく。任務に関係無い私情で彼女達に負担をかけるわけにはいかない以上、キチンと自己管理しなければと気を引き締めなおす。
「そう言うアスナだって二年のブランクある筈なのに……よくわかるな」
「進路が変わらないって分かってから、リハビリの合間とかに勉強しなおしたからね」
和人の賛辞に、彼女は得意げに胸を張る。明日奈自身の才能もあるだろうが、彼女はそれに驕らずに、人一倍努力を重ねる性格である事を和人は思い出した。
「なら俺も、来週の決闘でカッコ悪いトコは見せらんないな」
「代表候補生相手だから、勝ち目は薄い筈なんだけど……キリト君なら勝ってもおかしくないかも」
「そりゃ買いかぶり過ぎだって。向こうだってずっと努力を重ねてきた筈なんだし……まぁ、やれるだけやってみるさ」
穏やかな言葉とは裏腹に、和人の瞳には闘志の炎が宿っていた。